2009年5月24日日曜日

米国が高齢者医療健康保険や低所得者医療補助制度悪用詐欺阻止および法執行活動チームを立上げ

 
米国連邦保健福祉省(Health and Human Services:HHS)は、5月20日に標記専門チームの立上げを発表した。
 オバマ新政権の柱となる政策に、高齢化社会対策と医療保険制度の抜本的改革(筆者注1)であるが、国民や議会の支持を得るためには一方で数兆円といわれる同制度を悪用した詐欺行為や財政基金使途の濫用等の阻止が必須という事情がある。
 今回のブログは、わが国ほどではないが高齢化が進む米国社会の取組みと現行の2つ公的医療保険制度等を悪用した詐欺行為の手口の実態を理解するとともに、わが国として将来を見越し取組むべき課題を整理することにある。
 なお、筆者は米国の社会医療政策の専門家ではない。しかし、従来から本ブログで適宜紹介してきているとおり、連邦関係機関の公式リリースや新規情報はほぼリアルタイムで把握できる。ウェブ上で検索できる範囲内の基本的情報(筆者注2)に筆者が確認した情報を追加しつつ説明を行う。


1.現行の米国の高齢化社会対策に関する基本的法律および施策・財政面の課題
(1)根拠法
 1935年社会保障法(The Social Security Act of 1935:米国の社会保障・高齢社会対策の基盤となる法律)。米国の社会保障制度の中核は連邦政府が直接経営する「老齢・遺族・障害・健康保険(Old-Age,Survivors,Disability,and Health Insurance:OASDI)」であるが、同法の改正を含む高齢化社会対策法は次の4つであり、各州が行う施策の展開もこれらの法律に基づく。(筆者注3)
「1965年社会保障法の改正(Title XVIII and Title XIX of the Social Security Amendments of 1965 )」 “Medicare”および“Medicaid”
「1965年高齢米国市民法(the Older Americans Act of 1965)」
「1967年雇用年齢差別禁止法(The Age Discrimination in Employment Act of 1967)」
「1990年障害者保護法(the Americans with Disabilities Act of 1990)」(2) 高齢社会対策に係る施策
1967年の社会保障法改正により2つの代表的な社会保障制度が創設された。
(筆者注4)(筆者注5)

(ⅰ)「高齢者医療保険制度(Medicare)」は、「10年以上ソーシャル・セキュリティ税を納めた65歳以上であれば医療サービスを受給できる。2006年において4,320万人(高齢者3630万人、障害者700万人)が受給しており、連邦政府が運営し、サービス内容は大きく3つの支給区分に分けられている。(「パートA」と「パートB」はそれぞれ別の信託基金により管理されている)

①パートA(入院保険:Hospital Insurance:H1)
 主に入院費用をカバーし、社会保障(年金)有資格者は全員が対象となる。財源は社会保障税(税率は課税対象所得の2.9%。労使折半)が主体。本人または配偶者による10 年以上の社会保障税の納付が必要であり、未納の場合は保険料の納付が必要となる。CBO(連邦議会予算局)の推計によれば、2007 年度の給付支出額は2,003 億ドル(19兆6,300億円)でメディケア給付全体の47.2%。一定期間以上保険料を支払った実績があれば、受給者になってからは、保険料の負担なしで病院の入院費用や退院後のナーシング・ホーム(日本の特別養護老人ホーム)の入所費用(100日以内の期限付)等が支給される。 受給者は一定の割合を利用料として負担する仕組みになっている。

②パートB(補足的医療保険:Supplementary Medical Insurance:SMI)
 任意加入で保険料負担が必要で、主に外来診療、精密検査、医療器具の費用などが賄われる。主に医師報酬をカバー(任意加入)。財源は、保険料収入(全体の1/4)と連邦政府の一般財源(3/4)からなる。2007 年度の給付支出額は1,774 億ドル(17兆3,900億円)でメディケア給付全体の41.8%。

③パートD(処方せん薬給付:Prescription Drug Benefits)
 処方せん薬費用をカバー(任意加入)する。財源は、保険料と連邦政府の一般財源が主体。一部州政府からの移転等がある。2007 年度の給付支出額は470 億ドル(約4兆6,000億円)でメディケア給付全体の11.1%。

(ⅱ)「低所得者医療扶助制度(Medicaid)」
 一定の要件を備えた低所得者を対象とする医療扶助制度であり、2004 年時点で5,700 万人をカバーしている。運営は州政府によって行われ、受給要件や給付内容そのものは州が定めるが、連邦政府は給付条件等に一定のガイドラインを設けて補助金を交付している。高齢者に限ったものではない。受給者の半分は21歳未満の児童で高齢者は、1割程度という状況である。年齢、妊娠や障害の有無などによって受給資格が与えられ、例えば子供は親の所得にかかわらずメディケイドの対象となる。各州では低所得高齢者に対して連邦政府の定めた基本的なメディケイドのメニューに加えて、州独自のプログラムをいくつか提供している。
 なお、メディケイドの費用に占める連邦政府の支出割合は、連邦医療補助比率(Federal Medical Assistance Percentage:FMAP)と呼ばれ、各州の一人当たり平均所得を一人当たり全国平均と比較して決定される。2007 年度に関しては、最高は75.89%(ミシシッピー州)から最低は50%(17州)となっている。

(3)財政面の課題
 米国の2006年財政年度で社会保険・福祉関係の連邦支出額はOASDI関連で約67兆円、高齢者医療保険制度関係で約47兆円、低所得者医療扶助制度関係で約22兆円である(日本の社会保障給付金(2006年度)は約89.1兆円である)。米国における財源問題が最大の課題であり、すでに1983年社会保障法改正で支給開始年齢を2003年から2027年までの間に現行の65歳から67歳に引上げる予定(筆者注6)を決めており、米国の医療保険政策立案機関「カイザー財団」(筆者注7)の推定値5/21(25)等多く長期的財政収支推計が行われている。 

2. 高齢者医療保険制度を悪用した詐欺行為の阻止にかかる連邦司法省と連邦保健福祉省連名の共同(interagency)行動チーム(Health Care Fraud Prevention and Enforcement Action Team:HEAT)を新たに設置
(1)発表リリース
連邦司法省長官(Eric Holder)および同保健福祉省長官(Kathleen Sebelius)は、5月20日付けで標記リリースを行った。両長官が行った発表の要旨は次のとおりである。
①HEAT チームは、詐欺、無駄や不正利用の阻止に関する新しい資源や技術を投資する一方で、詐欺と戦うため既存プログラムの積み上げと強化のため連邦司法省(DOJ)と保健福祉省(HHS)から派遣される上級担当官をメンバーに含めた。これらの取組みは南フロリダやロスアンゼルスで効果的に戦ってきたDOJ-HHS共同メディケア詐欺攻撃部隊(joint DOJ-HHS Fraud Strike Force)の組織拡大という面を含む。2007年に設置されたこれらのチームは、不可解な詐欺パターンを特定するため「データ駆動型アプローチ(data-driven approach)」(筆者注8)を使用するとともに、詐欺活動の監視やそれらの詐欺の稼ぎ手を捜査するうえで成功裡に実績を上げてきたものである。メディケア詐欺攻撃部隊は南フロリダの活動においてすでに146人の被告を有罪とし、1億8,600万ドル(約182億2,800万円)の民事損失補填処分(Civil Recovery)(筆者注9)とした。南フロリダの成功を受けてHEATチームは2008年5月のロスアンゼルスで第二フェーズの運用に取組み、その結果37人が詐欺犯罪として有罪とされ、メディケア・プログラムに対し5,500万ドル(約54億円)の損害回復命令が発せられた。
 同チームは耐久性のある医療器具(Durable medical Equipment:DME)の提供業者に的を絞りHHS監察総監局と“Center for Medicare & Medicaid Services:CMS”による実証プロジェクトがあらたに構築される予定である。同プロジェクトでは、詐欺師が正当なDMEの供給業者のふりを行うことを防止するため潜在的提供業者のサイトへの監察を強化するとともに、次の点に率先して取組む。
①メディケア提供業者に対し法令遵守に関する教育訓練を増やすとともに詐欺行為の特定とその阻止に関する資料や知識を提供する。
②詐欺につながるパターンを特定できるよう“CMS”と法執行機関間の情報の共有化を改善する。
③“Medicare パートC”および“同パートD”の法遵守状況のモニタリングと法執行の強化と完全性を保証する。

(2) 高齢者医療保険制度詐欺の実態の概観と詐欺被害に遭わないための具体的施策
 連邦政府HHSの「Medicare専門サイト」や“Center for Medicare & Medicaid Services”の「パンフレット」が詳しくこの問題について説明している。筆者が常日頃主張しているとおり、最近わが国の関係機関・メデイアも反応が早くなってきたが、詐欺の手口の被害者からの早期情報入手とその公開が二次被害の歯止めになることは言うまでもない。ここでは適格者手続について順番をおって説明している「後者」を中心に説明する。

A.手口例
①あなたが決して受けたことないサービスや品目に関し、CMSや別の提供事業者からの請求書が届く。
②あなたが入手したものと異なるメディケア用機器に関する請求書が届く。
③医療、医薬品や医療用品(items)に関し、あなたではない他人のメディケア・カードが利用されている。
④自宅で使用する医療用品を一旦返却した後にもかかわらずメディケア請求書が届く。
⑤メディケア・プランに関し、あなたの誤解を招く誤った情報を使用された。
 以上のほか、「なりすまし詐欺(Identity Theft)」に会わないよう社会保障番号やクレジット・カード情報等を決して第三者に漏らさないよう自ら守ってください。

B.あなたが当初のメディケア・プランに基づき医療サービスを受ける場合、同サービスの請求事務を扱う会社から「メディケア要旨通知(Medicare Summary Notice):MSN」が届く。MSNにはあなたが受けるべき医療サービス、医薬品等に係る費用額およびCMSに支払うべき金額が示されている。実際あなたがCMSから得られるメディケア・サービスであるかの確認をし、相違があれば以下の専用電話や医師、提供業者等に電話してください。
 また、もし医師や提供業者から的確な返事がないときは次の連絡先に電話してください。あなたが次の要件を満たし、かつ後日「うたがわしい報告」に基づく調査により詐欺であることが判明したとき、あなたはその報酬として最高1,000ドル(約98,000円)が得られる(この説明は「パンフレット」でのみ説明されている)。

C.サービス等提供者が次のような説明をしたときは、まず詐欺ではないかと疑ってください。
①テストは無料です。記録用にメディケア番号(9桁の数字とアルファベット1桁)
だけで結構です。(注書:臨床検査(clinical laboratory tests)に関し、自己負担金はない。提供業者が善意でこの点を説明している場合があるので、そのことは注意してください。)
②提供業者がメディケア・サービスは、まずあなたに医療用品やサービスを決めるよう求めるよう説明する。
③提供業者は同サービスの対価としてCMSがどのように支払うかについて知識があります。
④テストは回数が多いほど割安です。
⑤医療用品やサービスはすべて無料です。

 また、提供業者が次のようなことを行うときは詐欺ではないかとまず疑ってください。
①臨床検査、メディケアで保護される子宮外頚癌検査(PAP smears test)や前立腺癌検査(prostate specific antigen:PSA test)、インフルエンザや肺疾患(pneumonia shots)検査に関する自己負担額請求を求める。
②あなたの支払い能力をチェックすることなく、以前に説明した以外のサービスに関する自己負担額を放棄させる。
③CMSの公式サイト“People With Medicare”で相談してくださいとすすめる。(筆者注10)
④自分等はCMSの正規代理業者であると主張する。
⑤より高い料金の医療サービスや検査を受けるようあなたに圧力をかけたり脅します。
⑥テレマーケテイングや訪問販売を使用する。

D.詐欺防止のために予備知識
①あなたのメディケア請求者番号(Medicare Health Claim Number:メディケア・カードに印字)は医師またはメディケア提供業者以外に示してはなりません。
②適切な信頼できる医療専門家以外にあなたの医療記録カルテや医療アドバイスのために見せてはなりません。
③無料であると表示されているメディケア・サービスを受け入れる際十分い注意して確認してください。

3.各州司法機関におけるメディケイド詐欺対策
 メディケイド詐欺問題は、各州の司法省でもその阻止強化が大きな課題のようである。オレゴン州司法省サイトで見ると、法執行部門の5部門のうち1つを同詐欺対策部門(Medicaid Fraud Unit:MFU)に当てている。参考までにその機能概要を記しておく。
・法的な支援業務
MFUは連邦、州や地方の関係機、すなわち社会保障機関、法執行機関、事業者団体、保険会社および市民からの照会を受け付ける。MFUはまず潜在的な犯罪訴追を検討、一定の場合、民事救済に利用する。
刑事訴追を行う場合、連邦地方検事からの照会に対応する。多くの場合、MFUの弁護士は地方の検事局との合意のもとで特別支援者としてその起訴活動に寄与する。その他FBIや連邦司法省と連携を取る。


(筆者注1)オバマ政権が選挙公約に掲げた「医療保険制度改革」の遂行は、米国内の最重要課題の一つであり、大統領は、全国民を医療保険の対象とすることは道徳的な義務だとし、制度の拡充によって、メディケア(高齢者医療保険)など社会保障のコストが削減できる可能性があると主張している。DOJ・HHSのリリースにおいても「メディケア・メディカイド」詐欺防止に関する2010財政年度予算は3億1100万ドル(約304億8,000万円)と2009年度比で50%の増額を行った。この監視強化により今後5年間で27億ドル(約2,650億円)の損失削減が図れる旨述べている。

(筆者注2)筆者から見ると、わが国ではこれら問題について正確かつ最新情報がないというのが本音である。そこで、東京大学総括プロジェクト機構ジェロントロジー寄付研究部門(2009年4月から同部門は「東京大学高齢社会総合研究機構)として恒久的組織化されている」主催で2007年7月24日に行われた報告(報告者は元ノースカロライナ州高齢化対策局・ ジェロントロジー寄付研究部門客員研究員 クルーム洋子氏)「米国(ノースカロライナ)の高齢化:現状と対策」等を参考とした。この報告は専門家向けではあるが、米国の実態を正確に把握する上で参考となるレポートである。

(筆者注3)各法律名の訳語は意訳となるが、あえてクルーム洋子氏とは異なる訳語を用いた。その理由は本ブログで常日頃説明しているとおり、米国の法律名は法案提出時に提出議員が付けたままであり、時として意味不明や誤解を招く場合があるからである。
 例えば、“The Americans with Disabilities Act of 1990”を訳す場合、筆者は同法の12101条“FINDINGS AND PURPOSES” の内容を改めて読んでみた。そこに書かれていることは、まさに法案提出の意義すなわち「身体・精神等を持つ人々が過去の歴史において多くの差別や社会からの排除行為があったことを前提に、あらゆる場においてこれらの人々にとって機会均等、全面参加、生活の自立、経済的自立といった社会的課題を法的に解決すべく」定めたものである。米国社会のまさに憲法に近い内容の法律である。「障害のあるアメリカ人に関する法」というクルーム洋子氏の訳語ではその趣旨は正確に伝わらないと思うが、いかがであろうか(個人的に注文をつけたわけではない。法律専門家の場合も含め、わが国で訳される法律名のほとんどがこのような傾向にあり、筆者としてもあえて述べたかっただけである)。

(筆者注4)本説明は、クルーム洋子氏のレポートおよび平成19 年6 月「財政制度等審議会 財政制度分科会 海外調査報告書」から一部抜粋、引用した。

(筆者注5)米国HHSは、Medicare受給対象者からの多くの質問への準備として“Q&A”サイトを用意している。これ自身目新しいことではないが、筆者は同サイトの“Medicare Eligibility Tool(自分自身で適格性のある” Medicare “を検索できるツール)”サイトに関心があり、実際入力してみた。自分がどのパートでどのような給付が受けられるかにつき、入力しながら確認できる仕組みとなっている。

(筆者注6)米国における“Medicare”の対象年齢引上げ問題は1983年の社会保障法改正に併せ多くの関係機関で議論され、例えば1993年8月HHSの監察総監局(Office of Inspector General:OIG)の資料“Medicare Entitlement Age”において財政面から21世紀を見据えた年齢引上げの背景等につき論じている。また、毎年度「連邦病院保険およ補足的医療保険信託基金理事会(the Board of Trustees of the Federal Hospital Insurance and Federal Supplementary Medical Insurance Trust Funds)」が発表している年報においても長期的観点にたった分析が行われている。
 なお、歴代の大統領は医療制度改革に取組んでおり、例えば2003年「ブッシュ政権の医療保険制度改革案」2003年3月31日みずほUSリサーチや前記平成19 年6 月「財政制度等審議会 財政制度分科会 海外調査報告書」でも詳しく論じられている。

(筆者注7)“the Kaiser Family Foundation”は、米国の健康医療保険制度などに関するNPO財団であり、他の助成財団(grant-making foundations)と異なり、独自の調査や他の「助成財団と組んで活動を行っている。

(筆者注8)“data –driven approach” という用語わが国の自体司法関係者では馴染がなかろう。データ分析に基づく広域犯罪、コンピュータ犯罪、詐欺犯罪など予見可能性の困難な知能・地域犯罪捜査を効率化すべく導入されている科学的捜査手法の専門用語である。米国の連邦司法省や筆者がログイン資格を持つNCJRS(連邦刑事司法レファレンスサービス )、連邦司法研究所(NIJ)の資料ではよく出てくる用語である。代表的プログラムが“COMPASS:Commuinity Mapping,Planning and Analysis for Safety Strategies”である。なお、“Mapping”に関する司法機関の教育研修ツールについては“SUPPORT COMMUNITY POLICING WITH 21ST CENTURY TOOLS”が詳しい。

(筆者注9)“Civil Recovery”は、「民事損失補填」であるがその法的意義については詳しく調べてみないとはっきりしない。英国と米国ではその根拠法や使われ方が異なるようである。英国における“Civil Recovery”については内務省サイトで詳しく説明されている。

(筆者注10) この説明の意味が不明であり、その理由を筆者なりに調べてみた。実際にアクセスしての感であるが“Phishing”が行われているようである(総合セキュリテイ・ソフトが警告する)。前述したとおり、「なりすまし詐欺に要注意」と何回も説明している背景が理解できた。

〔参照URL〕
http://www.hhs.gov/news/press/2009pres/05/20090520a.html
http://www.medicare.gov/fraudabuse/Overview.asp

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