2010年8月28日土曜日

米国「スケアウェア詐欺」に見る国際詐欺グループ起訴と国際犯罪の起訴・裁判の難しさ

 
 米国では、この数年サイバー詐欺犯罪として“scareware scam”という言葉が定着してきた。「偽のウィルス除去ソフトウェア(bogus anti-virus software)」で、その意味は、簡単にいうと資金収入を得ることを目的とした詐欺の一種で、ブラウザー上で本来のセキュリティ検知機能がないのにもかかわらず「エラーが見つかりました」等と、嘘のセキュリティ感染結果を報告させ、その後、ユーザーの意思とは関係なくソフトウェアを半強制的にインストールもしくはダウンロードさせられることにより「不具合箇所の修正のため」と称しソフトウェアを購入するように誘導する。

 利用者はウイルス駆除やスパイウェア駆除が出来ないばかりか、コンピュータの起動に必要なシステムファイルまで削除するものもある。

 ユーザーを虚偽の感染報告で恐怖に落としいれ、正常な状況判断をできなくさせた上でソフトウェア購入ページに誘導し違法な販売を行うことから「脅えさせる」という意味の「スケア(scare)」と”ソフトウェア”を組み合わせた造語である。誤った情報を通知するソフトという意味の「ミスリーディング・アプリケーション」等とも呼ばれる。また、ソフトの行為自体が詐欺であるため「詐欺ソフト」とも呼ばれる。(筆者注1)

 2010年5月27日、連邦司法省イリノイ州北部地区(Northern District of Illinois)連邦検事局は連邦「電子通信詐欺法(Wire Fraud Act)」 「コンピュータ詐欺および不正使用防止法(Computer Fraud and Abuse Act)」等に基づき国際詐欺グループをシカゴ連邦地方裁判所に起訴した旨リリースした。(筆者注2)
 
 現在、同裁判所の大陪審(grand jury)で審理中であるが、今回のブログは、連邦司法省やFBIの資料等にもとづき、(1)犯罪グループの起訴事実と手口の詳細、(2)犯罪者組織の国際的な活動実態とその背景、(3)サイバー犯罪条約の批准がすすまない等国際サイバー犯罪の取組みの難しさと米国の法執行戦略、(4)2008年以来の連邦取引委員会や司法省等の法執行当局による告訴等の取組み、(5)2006年1月に改正コンピュータ・スパイウェア法を適用する初めてのスパイウェア裁判を起こしているワシントン州の規制効果等について解説し、最後にわが国における類似犯罪に対する適用法や立法論等につき補足する。

 筆者が最も関心を持つ起訴の根拠法についてシカゴ連邦地裁のサイトでは確認できなかったが、関連サイトで「起訴状」 が確認出来た。詳しくは本文で述べるが、米国のサイバー犯罪にごく一般的に適用される連邦現行法律集(U.S.C.)第18編第371条(共謀罪:Conspiracy)、第1030条(コンピュー詐欺及び不正利用防止罪)、第1343条(電子通信詐欺罪:Wire Fraud)および第2条(正犯の定義)で起訴されている。

 その時点から米国におけるscareware刑事裁判の歴史は始まっていたといえるが、その裁判の結末等も含めて解説する。

 この種の連邦司法省等の公式リリースは、起訴事実は詳細に解説するものの根拠法については比較的説明内容は丁寧ではない。「起訴状」で確認すればよいのであるが、わが国の大学のように外国法や判例検索に関する専門チューターがほとんどいない状況では正確な情報が入手できず十分な理解はままならないのが現状である。本ブログが何がしかの役に立てば幸いである。

 なお、米国のサイバー犯罪に関する最近の法執行や取締り強化の動向として、(1)6月28日付けで連邦取引委員会(FTC)が“Money Mules(海外への違法資金送金請負業)”(筆者注3)のネットワークを利用した デビットカードやクレジットカード所有者の個人情報の「小口(被害総額では1,000万ドル(約8億7,000万円)以上)なりすまし詐取」の国際犯罪グループに対する裁判所の資産凍結・停止命令を得た旨のリリースが出されており、また(2)2009年8月26日および10月29日付けで連邦預金保険公社(FDIC)が「金融機関のCEO宛に犯罪組織によるインターネット上での海外への電信送金(wire transfer)(筆者注3-2)や銀行間電子的資金決済システム(ACH)を利用し、無権限のログイン証明に基づくウェブ上での資金運び屋(money mules)を介した違法詐欺による電子資金移動の拡大化傾向に関する警告通達」を発している。

 一方、英国では3月23日、英国ビジネス・イノベーション・職業技能省( Department for Business, Innovation and Skills :BIS)は自動呼出装置を使用した無言電話セールスに対し最高200万ポンド(約2億5,800万円)の刑罰強化規則を施行した。BISの解説サイト 、英国「通信・メディア庁(OFCOM)」の“silent and abandoned calls”に関する動画解説①動画解説② を行っている。

 これらについての解説は、機会を改める。


Ⅰ.連邦司法省の起訴状(刑事事件)に基づく起訴事実および被告の概要
1.起訴事実の概要
 60か国以上の国のインターネット・ユーザーが被害者となり、総額1億ドル以上となる100万以上の「偽のウィルス除去ソフトウェア製品」を詐欺的に購入させられるという国際サイバー犯罪の手口が明らかとなった。連邦政府の起訴状によると、被告は米国オハイオ州シンシナティ地域に住む男性1人と米国以外に住む男性2人とされる(日本の被害者がいかほどいるか筆者は分からない。英文の画面を読んでそのまま購買行動に移れるほどわが国のユーザーの英語力はないこと幸いしているのか?)。

 起訴状によると、被告は自らが経営するソフトウェア会社である「Innovative Marketing ,Inc:IM」(中央アメリカの英連邦加盟国Belizeで法人登記)や「Byte Hosting Internet Services LLC:Byte Hosting」(オハイオ州のシンシナティに本部)の名を使い各種の正当な会社のウェブサイトにマルウェアを非難するひも付きバナー広告(価格は30ドル~70ドルで商品名は“Malware Alarm”、“Antivirus 2008”、“VirusRemover 2008”(筆者注4)を掲載し、インターネット・ユーザーをして自分のコンピュータがマルウェアに感染したりもしくは重大なエラーをかかえているとして、限られた処理能力しかなかったり、あるいは救済能力が存在しない瑕疵があるソフトウェア商品であるスケアウェアを買わせるよう仕向ける欺罔行為を行った。

 起訴状にある犯罪手口は、インターネット詐欺として広くかつ最も急成長し流行っている類型の1つに当たるものである。

2.個人被告3名の概要
①ビヨン・ダニエル・スンディン(Bjorn Daniel Sundin)は、IMの最高技術責任者(chief technology officer)かつ最高執行責任者(chief operating officer)
でスェーデン国籍、31歳で現在スェーデンにいるといわれている。

サイレスクマール・P・ジャイン(Shaileshkumar P. Jain)(通称Sam Jain)はIMのCEOで米国籍(インド出身)、40歳で現在はウクライナにいるといわれている。(国際刑事警察機構(Interpol)で指名手配されている)

③ジェームズ・リノ(James Reno)は、26歳で現在はオハイオ州のアメリアに住んでいる。他の2人の被告とともに元Byte Hostingの所有者兼運用責任者でありIMに代り被害者である消費者に対しコールセンターおよび代金請求事務を行ったとされている。

3.裁判の視点から見た犯行の具体的手口
 犠牲者は、IMがコントロールするスケアウェア・ウェブサイトでは次のような具体的な誘導が見られたと述べている(なお、スケアウェア・サイトのIE 等ブラウザ画面展開は9月29日のワシントン州司法長官サイトの最後“Registry Cleaner XP demo” で具体的に見ることができる)。

①IMのスケアウェアのサイトはウェブサイトとはどう見ても思えないもので、むしろユーザーのPCのOSから発信された警告メッセージのように見えた。すなわち、操作上のエラーをユーザーに知らせてそこに表示されたボックスをクリックするよう指示しているように思えた。
 さらにそのエラーメッセージ・プロンプト(コンピュータがユーザーに対して入力を促す記号)はユーザーが同意や拒否にかかわらず、またエラーメッセージ・ボックスの閉鎖(Xの入力)を無視して画面に表示された。

②IMのスケアウェアは、ユーザーのPCが様々なエラーやウイルスのスキャンを行っているようなアニメのグラフィック画像を表示した。その結果、偽のスキャン結果は偽のスキャンで重大なエラーが検出されたことを示した。

③IMのスケアウェアのサイトは、存在しない重大なエラーを補修すると偽って犠牲者たるユーザーがIMの製品の無料トライアル版をダウンロードするよう促した。

 被告らは以上のような「ブラウザ・ハイジャック」、「マルチ・詐欺的スキャン」および「偽のエラーメッセージ」を行った結果、” Malware Alarm”、”Antivirus 2008”や“Virus Remover 2008”等の製品を販売した。

 起訴状によると、被告は時々一定のプレチェック用オプションボックスを意図的に隠し、被害者への販売数量を増加させたりした。

 通常これらクレジットカードによる資金決済手続は、被告らが管理する世界中に設けた銀行口座にいったんは預入され、さらにヨーロッパに設けた銀行口座に送金された。

 また被告らは、IMのソフト購入者からの苦情窓口として”Byte Hosting”を使用した。つまり、被告リノ等は同製品が偽の表示など詐欺的商法により販売されていることを承知の上コールセンターとしてすでに被告がインスロール済の合法的なウィルスソフトの削除をするよう説得した。

 さらに同コールセンターの従業員には、犠牲者がクレジットカード会社や法執行機関に通知するのを思いとどまらせるため一定の払戻し(refund)に応じる権限が与えられていた。

4.各被告に対する起訴訴因と適用処罰および没収措置
 スンディンおよびジャインに対しては、電子通信詐欺罪に関する24の訴因、またリノに対しては電子通信詐欺罪に関する12の訴因が適用され、全員に対してはコンピュー詐欺の共謀罪につき1つの訴因で告訴された。また、26の訴因にかかるコンピュータ詐欺に関する起訴は2010年5月26日シカゴ連邦地方裁判所大陪審に送付された。
 この結果、有罪となれば被告は最高20年の拘禁刑および最高25万ドルの罰金刑が科されることになる。
また、連邦検事はウクライナに集められた違法な売上金1億ドルの没収を求めている。

5.シカゴ連邦地方裁判所に係属された本刑事事件の推移
(1)被告の欠席裁判
 シカゴ連邦地方裁判所に係属された本刑事事件の被告の容疑に関し、連邦検事局は裁判所に対し2008年12月に連邦取引委員会がスケアウェア詐欺を行った被告に対してとった民事申立の大部分を繰り返した。

 連邦判事はInnovative Marketing に対する法廷侮辱罪を支持し、また 告発された3人の被告は、不特定のウェブサイトに広告を掲載するため少なくとも無権限で7つの架空の広告代理店(“BurnAds”、“UniqAds”、“NetMediaGroup”、“ForeceUp”を含んでいる)を設置した。その広告代理店により約束された詐欺犠牲会社に対し少なくとも85,000ドルが未払いとなっている。その被害会社数は未確認である。

(2)2010年6月3日、リノ被告は「無罪の答弁」を行った。

Ⅱ.同サイバー犯罪グループに見る国際的な活動の実態とその背景
 6月21日付けの「タイム」は次のような記事を独自の調査に基づき特集している。サイバー犯罪は世界中の一部のマニアックな犯罪グループというより、知的レベルが高くしかし就職機会が恵まれないウクライナ等を中心とする国際化が急速に拡がっていることは間違いない。また、以下述べるとおりこれらの犯罪捜査には世界中の警察・司法機構だけでなくマカフィー(McAfee)の例にみるとおり民間セキュリティ調査専門家の協力は欠かせない。その意味で、わが国のIPA等調査体制はいかがであろうか。

 世界的に見たサイバー犯罪とりわけスケアウェア詐欺は急増し、マカフィーによると2009年の増加率は400%増で2010年には最も犠牲が大きいオンライン詐欺と指摘している。すなわち1日あたり約100万台以上のコンピュータに感染させて3億ドル以上の不法なグローバル不正収益を得ると見込んでいる。

 IMのキエフ事務所では数百人のプログラマー、翻訳者、データベース技術者がソフトウェア開発の世界的リーダー企業に育て上げた。億万ドルの収益を上げたことは窮迫している前ソ連邦における例外的な成功例といえるが、一方でその経営者は現在シカゴ連邦地方裁判所の被告となっている。

 今回のFTCの告訴の例はサイバー犯罪に対するまれな勝利であった。サイバー犯罪はウクライナ等のように法執行体制が緩い国で活動する。

 FTCによるとIMは2003年に“AntiVirus”、“DriveCleaner”等の名前で数百のアンチウイルス・ソフトを売り始めた。米国のナショナル・ホッケーリーグ、経済専門紙「エコノミスト」やメジャーリーグ・ベースボールの正当なウェブサイトに誤解を招く広告を置き、消費者に悪意のあるソフトを購入する前に偽のスキャンを自動的に機能させるというものであった。FTCは消費者から1000以上の苦情を受け世界中に設置しているダミー会社(shell companies)を通じて容疑者の追跡・調査に乗り出した。

 このような中でドイツ・マカフィーの研究者Dirk Kollberg氏は、2008年にIMの広告のいくつかにおいてユーザーの同意なしに自動的にソフトをダウンロードしていることを発見した後、捜査は大きく発展した。驚くべきことにIMのサーバーはパスワードによって保護されていなかったため、保有情報は広く部外者によるアクセスが可能であった。その結果、IMの社内データはKollbergによるIMの内部構造や製品についての洞察を可能にした。Kollbergは、スマートなロゴと顧客ケア用のホットラインの裏でIMは極めて大規模に偽のアンチウイルス・ソフトを製造、販売していた情報を得た。同社のサーバーから得られたデータに基づきKollbergは2008年単年度で1億8,000万ドルを違法に得ていたと見込んだ。このことはFTCが告訴に踏み込むのに大いに貢献した。

 スケアウェア業界を破壊させるという試みは、弱い規制立法、取締り効果が薄い法執行体制および堕落した役人のいる国で機能することで身動きできなくなる。
 しかし、ウクライナはゆっくりではあるが、サイバー犯罪と戦う必要性に目覚めつつある。
ウクライナ内務省は2009年に「反サイバー犯罪」捜査部隊を設置、リーダーのルスラン・パホーモフ(Ruslan Pakhomov)は苦しい戦いを行っていると述べている。
「すなわち極めて重要な調査資源や裁判官や検察官が取り扱い事件を有罪に持ち込むために必要な知識に欠いている。

 また1か月あたりの平均賃金がわずか200ドル(約17,400円)であるウクライナでは、たとえスケアウェア製造会社であっても若いコンピュータエンジニアは仕事に就くため行列を作っている。多くの有能で十分に教育を受けたプログラマーは多くいるが仕事は十分にない。彼らは自分の腕を振るう場を探している」と述べている。

 なお、IMは2009年に閉鎖したしたが、内務省は別の場所で業務を行っているかも知れないと述べている。Kollbergは誰が裏にいるかを特定するのは困難であるが、スケアウェア詐欺は依然多くが行われており、その理由として「あなたは企業があって数億円稼ぐなら、あなたはそれをあきらめるでしょうか」と指摘している。

Ⅲ.連邦取引委員会の取組み
 連邦取引委員会(FTC)は、違法詐欺の被害者急増を阻止すべく連邦地方裁判所へ次の一時差止命令の申立告訴を行い判決が下された。

(1)2008年12月2日、1,000以上の消費者からの苦情に基づき、FTCは被告の告訴につき委員会評決を行い、その結果が4-0であったことを受け同日付けでメリーランド州連邦地方裁判所に「業務の一方的一時的(緊急)差止命令(Ex Parte (エキソパルティ)temporary restraining order:Ex Parte(筆者注5) TRO)」を告訴した。(事件番号08-3233)、同裁判所はIMやByte Hostingの「業務の一時的(緊急)差止命令( temporary restraining order:TRO)」を12月2日付けで発した旨、FTCは12月10日付けでリリースした。
 同時に、この一時差止命令に従わなかったことを理由とする1日あたり8,000ドル(約70万円)の罰金を科すという命令内容であった。
 また、裁判所は同時に被害者たる消費者の被害金保護を留保することを目的として、同手口にかかるウクライナにあるとされる資産の凍結を命じた。(筆者注6)

 FTCが申し立てた内容によると、被告は誤って正当な会社や団体に代りインターネット広告を行ってしまったと主張しているが、被告がバナー広告に挿入した隠しプログラミングにより、これらの広告がおかれたウェブサイトを開いた消費者は正当なサイトにはリンクできずに、代りに被告のウェブサイトから1つの搾取的な広告を受け取ったのである。そこでは消費者のコンピュータのセキュリティ上の問題を指摘し39.985ドル以上の被告の販売するセキュリティ・ソフトを買うようせき立てるのであるが、実際そのソフトによるウィルス・スキャンはまったく機能しなかった。

 この時点でFTCの告訴対象者はこれら2社および個人であるスンディン、ジャイン、マルク・デスザ(Marc D’Souza)、クリスティ・ロス(Kristy Ross)およびジェームス・リノであった。告訴の根拠は消費者のコンピュータを検索スキャンしかつウィルス、スパイウェア、システムエラーやポルノ等各種のセキュリティやプライバシー保護の機能を持つという誤った表示を行った点でFTC法(筆者注7)に違反したというものである。

 なお、告訴では第6番目の被告モーリス・デスザ(Maurice D’Souza)を、不正資金保全のための不正資金保全のための「救済的被告(relief defendant) 」(筆者注8)として指名した。

 以下、同裁判所の被告に対する差止命令等につき時間を追って記すが、メリーランド連邦地方裁判所の一時差止命令において、被告はいかなる形でのコンピュータ解析や消費者のコンピュータにおけるセキュリティやプライバシー問題の調査を行うといった誤った表現行為が禁止された。
 また、第三者の同意なしに第三者に代り意図的な広告を行うという欺瞞または不完全な情報に関するドメイン名の使用が禁じられた。さらにウェブサイト・ネットワーク管理会社に対し、被告のウェブサイトに誤って呼び込まないよう、消費者が必要なステップをとるかたちでドメイン登録サービスを行うことを命じた。

(2)2009年3月、被告Marc D’SouzaはFTCの告訴はFTC法の要件を十分満たしていないがゆえに破棄されるべきであるという連邦民事裁判所規則(the Federal Rules of Civil Procedure)12条(b)6 に基づく「簡易申立(instant motion)」を行ったが、同地裁から拒否された。(筆者注9)

(3)2009年6月25日、被告ジェームズ・リノとByteHosting社はFTCとの間で11万6,697ドル(約992万円)の和解が成立し、裁判所から以下の「条件付最終命令(stipulated final order)」が発せられた。FTCが申し立てた2人の被害総額は190万ドル(約1億6,150万円)であったが、被告は全額の支払い能力がないことを理由に11万6,697ドルの和解金となったものであり、もし被告の財政状態の説明に虚偽があれば、あらためて全額の支払が命じられることになる。
 なお、本和解についてFTCの評決は4-0であったが、本和解は6月12日メリーランド連邦地方裁判所に係属されており、裁判所による承認が必要である。

 本和解で明確化した内容は次の通りである。
①詐欺的スケアウェア広告戦術および消費者のコンピュータに不正プログラムをインストールすることを禁ずる。
②リノとByteHosting社は共同被告人との間で再度同じ業務を行うことを禁ずる。

(4) 2009年9月16日、メリーランド連邦地方裁判所は被告個人から出されていた最近時の連邦最高裁判決(2007年、2010年)に基づき、FTCの告訴は公訴事由が不十分とする公訴棄却申出を却下した。

(5)2010年2月24日、メリーランド連邦地方裁判所は被告であるビヨン・ダニエル・スンディン(Bjorn Daniel Sundin)および“Innovative Marketing ,Inc”に対する「恒久的差止命令および金銭支払判決にかかる欠席裁判判決(Default Judgement and Order For Permanent Injunction and Money Judgement )」および同判決が下された。

同判決の要旨は次のとおりである。
①金銭支払:1億6,316万7,539ドル95セント(約138億6,924万円)
②資産凍結命令:①のFTCヘの支払を担保するため凍結する。
③本判決の遵守のモニタリング:FTCのモニタリングや調査に関する遵守
④今後5年間FTCへの報告義務

(6) 2010年2月24日、同連邦地方裁判所は被告であるサイレスクマール・P・ジャイン(Shaileshkumar P. Jain)に対する「恒久的差止命令および金銭支払判決にかかる修正欠席裁判判決(Amended Default Judgement and Order For Permanent Injunction and Money Judgement )」が下された。

Ⅳ.サイバー犯罪の国際化―今後の米国連邦裁判所の判決の海外在住者への執行力の問題―

 米国の「欧州評議会のサイバー犯罪に関する条約」批准と今回の刑事事件に有罪判決が出された場合の適用問題は次のとおり要約できる。

 2006年8月4日、米連邦議会上院は,欧州評議会(Council of Europe:CE)(筆者注10)の「サイバー犯罪に関する条約(Convention on Cybercrime)」(筆者11) (筆者注12)の16番目の国として批准(ratification)を承認し(批准日は9月29日)、ブッシュ大統領の署名により2007年1月1日国内法が施行された(欧州評議会の同条約専門サイトによると2010年8月23日現在の批准国は30カ国、署名したが未批准国は日本を含め 16カ国である。欧州評議会加盟国以外で批准した国は米国のみである )。

 欧州評議会加盟国であるウクライナは2006年3月9日に同条約を批准、2006年7月1日に発効している。
同条約第24条は犯罪人引渡しに関する規定であり、同第1項は「第2条から第11条までの規定に従って定められる犯罪が、双方の締約国の法令において長期1年以上の拘禁刑又はこれよりも重い刑を科することとされている場合には、当該犯罪に関する締約国間の犯罪人引渡しについては、この条の規定を適用する。」

 ここからは筆者の独断と偏見の理論である。であるとするならば、米国は有罪判決が下りた時点でウクライナ政府に対し同国内に潜伏していると思われる被告ジャインの引渡しを強行することになろう。
 しかし、スェーデンは2001年11月23日に同条約に署名したものの批准はしていない。被告スンデイはこのことを知っているか否かは不明であるが米国から見た法執行の可能性は低いと見られる。

 今回の犯罪にみるとおり米国の国際組織による犯罪ビジネスの阻止に関して、テロ資金については違法な資金の流れを絶つべく2010年8月1日施行された「SWIFTにおけるテロ資金追跡に関するEUとの協定」の例が見られる。他方、今回のサイバー犯罪に対する有効な施策についてはどのように考えているのであろうか。

 これに対する答えの1つは米国連邦議会によるサイバー犯罪処罰強化法案の動向であろう。2007年以降の連邦議会での数多く上程されている法案の審議状況を追いながら、米国のサイバー犯罪の国際化に関する立法面の取組みについて資料にあたってみたが、残念ながらサイバー攻撃に対する世界的な取り組みの重要性や専門家の養成の必要性を唱える法案はあるものの、直接的な連邦強化法案は見出しえなかった。

Ⅴ.ワシントン州における「2005年改正スパイエア取締法(Chapter 19.270 RCW Consumer Spyware Act)」および「不公正なビジネスに実践に関する消費者保護法(Chapte 19.86 RCW, Unfair Business Practices-Consumer Protection Act)」に基づく“scareware”企業の告訴実績

 時間を追って告訴の実績をまとめておく。
①2006年1月、同州司法長官は” Spyware Cleaner”のメーカー・販売者である“Secure Computer”社に対し100万ドルの賠償訴訟を起こした。同年12月2日には同司法長官は“Secure Computer”との間で100万ドルの和解判決を得た。

②2007年2月7日、computer spyware act等 に基づく5番目の告訴がキングカウンティ最高裁判所あてに行われた起訴のリリース文:に告訴(被告はカリフォルニアに本拠を持つ3社と代表者)、同時に差止命令を請求した。(告訴状原本)。同年10月10日、本件の一部被告(FixWinReg and president HoanVinh V. Nguyenphuoc)との和解判決を得た(和解判決原本
 さらに2008年3月2日、和解に応じた以外の被告の有罪を支持する判決が出た(司法省リリース参照)

③2008年9月29日、詐欺ソフト“Registry Cleaner XP”の経営者でテキサス州に住むJames Reed McGreary Ⅳ世とテキサス州の“Branch Software”およびヒューストンの/“A;pha Red,Inc.”の2社を告訴(McGrearyは両社の代表である)。
告訴状原本参照)

Ⅵ.サイバー犯罪に関する各国の協調的な取組みと「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約の取組み
(1)欧州評議会(CE)主催のカンファレンス「Octopus Interface Conference 2010」の意義
 

 “CE”は2010年3月23~25日、フランスのストラスブールでカンファレンス「Octopus Interface Conference 2010」を開催した。同カンファレンスには全世界の政府組織や取り締まり当局、国際機関、インターネット関連企業から300人以上の専門家が出席し、「サイバー犯罪に対する共闘」をテーマに意見交換した。
 McAfeeのフランソワ・パジェット氏(Francois Paget)が参加し、その報告が日本語でも仮訳されている。サイバー犯罪に対する各国の姿勢の違いがグローバルな課題として大きく世界の国々を巻き込んでいる状況がうかがえる良いレポートである。(筆者注13)

 同レポートを読んで特に筆者が印象に残った点は次の2点である。
①インターネット上の違法コンテンツ(児童の性的虐待画像、過激な暴力、人種差別/外国人排斥、獣姦、ヘイト/外国人排斥サイト、ポルノ)に情報共有で対抗する 国際インターネットホットライン協会( International Association of Internet Hotlines:INHOPE)がある。INHOPEの作った地図は、違法コンテンツを「拒否」している国を緑色に塗っている(Countries Saying No to Illegal Content)。これを見ると、明らかなようにいわゆる経済やICT分野等の先進国であり、目標達成までの道のりはまだまだ長いことがわかる。

②クラウド・コンピューティングとこの新たな環境から取り締まり当局にもたらされる困難が議題だった。フランス政府のサイバー犯罪対策部門トップであるChristian Aghroum氏(筆者注14)は「インターネットに国境はないが、我々の活動は国家主権という概念に阻まれる。人権は世界中でよく認識されており、国際的な航海/航空権も尊重される場合がほとんどだ。ところが、インターネットは普遍的な権利が例外的に及ばない領域である。・・・現在の欧州評議会サイバー犯罪条約は「全世界の国々が漏れなく受け入れる」という状態までほど遠い。条約を批准する国が多くないため、警察が日々行っている捜査活動には犯罪者につけ込まれる穴が生じてしまう。・・・1年か2年後には、全く国境のない「完全なクラウド」環境の影響で事態は悪化するだろう。早急にサイバー犯罪条約ベースの国際法を作らないと、問題は確実に悪くなる。」

(2)米国の「 国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」留保宣言つき締結

 国際組織犯罪防止条約(正式名称:国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約)は、法の網をかいくぐって暗躍する国際的な組織犯罪に効果的に対処することを目的とした条約であり、2000年11月15日に国連総会で採択された。2007年9月27日現在、136か国もの国が既に国際組織犯罪防止条約を締結しており、我が国以外のすべてのG8諸国はこの条約を締結済みです。国連総会決議やG8サミットにおいても、繰り返し各国に対しこの条約の締結が要請されてきている。

 米国は連邦制をとっており、条約締結に当たり、憲法上の連邦と州との間の権限関係と整合性をもたせるとの観点から、留保・宣言を行っているが、本条約で犯罪化が求められている行為について、連邦法によっても州法によっても犯罪とされていない部分はほとんどない。

 一方、日本においては、この条約を締結することについて、2003年5月に既に国会の承認が得られている。しかしながら、条約を実施するための国内法が国会において成立していないため、日本政府として条約を締結するには至っていない状況にある(外務省「国際組織犯罪防止条約について」(2007年9月)より一部抜粋)。

Ⅶ.国際的なマス・マーケティング詐欺阻止への取組例
 今回取り上げた課題に極めて係わり合いが高い問題が「マス・マーケティング詐欺」である。関係者の論によるとマス・マーケティングの時代は終わったという意見があるが“spam”で代表されるとおりITメディアをたくみに利用した詐欺は実は急速に増加している。
代表的な取組み事例をあげておく。

1.2010年6月に 「国際マス・マーケティング詐欺作業部会(International Mass-Marketing Fraud Working Group)」が公表した「 Mass-Marketing Fraud: A Threat Assessment(全36頁)」
 この情報は米国連邦財務省FinCEN(金融犯罪法執行ネットワーク(Financial Crime Enforcement Network)(筆者注15)のサイトを読んでいた際に見つけたものでFinCENは次のとおり説明している。
「国際マス・マーケティングFraud作業部会は、国際的なマス・マーケティング詐欺のときに脅威の評価結果をリリースした。 本評価は、米国連邦司法省、オーストラリア、ベルギー、カナダ、欧州刑事警察機構(Europol)、オランダ、ナイジェリア、およびイギリスの法執行機関、規制・監督機関および消費者保護機関との共同作業に基づき作成したもので、マス・マーケティング詐欺が世界中で引き起こす脅威の性格と範囲を政府や国民に提供するためにまとめた。 FinCENは、マス・マーケティング詐欺に関連する報告する銀行機密報告義務法(Bank Secrecy Act:銀行等に対する機密性が高くまたは不審な現金払いおよび海外との金融取引等に関する報告義務法」の範囲を特定するために同法に関するデータについて研究した。 この評価査定における情報と分析は2010年5月までが対象となっている。

2.米国連邦司法省のブログ(2010年6月1日付け)「米国と海外の法執行機関が協力してマス・マーケテング詐欺に取組む」
 マス・マーケテングは、米国の連邦関係機関(FinCEN、ICE(移民・関税局)等)が取組んでいる重要課題である。中心となるのは連邦司法省であり、専用サイトを設けており、その中で次のような説明が行われている。(筆者注16)

 一般に、「マス・マーケティング詐欺」という用語はインターネット、電話、郵便、大人数の集会など1つ以上のマス通信技術や科学技術を使用するいかなるタイプの詐欺を指す。そして、詐欺的な誘い掛け将来の犠牲者の数まで提示したり、犠牲者といっしょになって詐欺的な取引を行ったり、または金融機関や他のものに詐欺の金額を送信する。概していえば、マス・マーケティング詐欺の手口は次の2つの一般的なカテゴリに分けられる。 (1)数10ドルから数百ドルという1犠牲者あたりの比較的わずかな損失でより多くの犠牲者を狙う手口である。 (2) 手口の性格によっては、数千から数百万ドルまで及ぶ1犠牲者あたりの多額の損失を生じさせる犠牲者を狙う手口に分けられる。

 主なマス・マーケティングのタイプとして次のようなものがあげられている。
①前払い手数料詐欺(Advance-Fee Fraud Schemes)
・オークションや小口決済詐欺(Auction and Retail Schemes)
・オンラインによる就業機会提供や内職斡旋(Business  Opportunity/"Work-at-Home" Schemes Online)
・クレジットカードの利息割引(Credit-Card Interest Reduction Schemes)
・宝くじ・賞金・くじ一般(Lottery/Prize/Sweepstakes Schemes)
・オンラインの詐欺販売(Online Sales Schemes)
・にせ恋愛詐欺(“Romance” Schemes)
②銀行や口座金融機関かたり詐欺(Bank and Financial Account Schemes)
・"Phishing"
・“Vishing” ( フィッシングの VoIP 版)
③投資機会詐欺(Investment Opportunities)
・違法な株の売り逃げ行為(“Pump-and-Dump”" Schemes(“Pump and Dump” とは、仕手筋が特定企業に関する虚偽情報を流して株価を操作し、その際に生じる利ざやを稼ぐ証券詐欺をいう。例えば特定銘柄を株価が安い時期期に仕込んでおき、ある段階でスパムメール等を利用して当該企業の偽の新製品情報やプラス材料を不特定多数の人物へと大量にばらまく。もし、この偽情報に投資家が反応すれば株価は急騰するため、そこで仕込んだ株を売り抜ける。情報は偽物であるため、一時的に上昇した株価はすぐに急落し、元の水準、あるいはそれより下の水準へと落ち込むことになる)
・短期利鞘稼ぎ勧誘詐欺(Short-Selling "Scalping") Schemes) スキャルピング(scalping)とは、デイトレードの一種だが、より頻繁な売買を行い、数テティック(ごくわずかな値動き)において頻繁に売買を繰り返すことにより利益を取ろうという投資スタイルをいう。通常の株取引においては差金決済の禁止などの規制があるため、難しいがFX取引(外国為替証拠金取引)、オプション、先物等で行われることが多い。)

Ⅷ.わが国における類似犯罪に対する適用法およびサイバー犯罪の国際化に適用できる立法面の課題
(1)サイバー犯罪条約の批准を巡る国内議論の再開始の喫緊性

(2)米国における“cyber criminal act”の適用の限界をいかに考えるか(国際組織犯罪への対処方法)

(3)ワシントン州の「2005年改正スパイウェア取締法」や「不公正なビジネスの実践に関する消費者保護法」に学ぶべき点は何か。


(筆者注1)この説明は、わが国の「ウィキペディア」の「偽造セキュリティツール(scareware)」から引用した。本来であればわが国の情報処理推進機構(IPA)の定義を載せたいところであるが、まだ解説はない。わが国では直接的な被害がない。なお、ウィキペディアの説明を引用した理由としては、FBIや連邦司法省の手口の説明と近似しているという点もある。

(筆者注2) わが国でこのような手口(Scareware詐欺)の犯罪を罰する法律は現状あるのか。すなわち、1987年6月22日施行の刑法改正で追加された「電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)」にいう「事務処理用コンピュータに虚偽の情報もしくは不正な指令を与えて財産権に関する虚偽の電磁的記録(データ)を作り,または虚偽のデータを人の事務処理に使用させることにより,違法な利益を得た場合,10年以下の懲役に処する行為に該当するか」、そうではなく刑法246条の詐欺罪にあたるのか、またはいずれにも該当しないのか、という問題である。
 この点につき、わが国のサイバー法専門である明治大学の夏井教授は2009年10月20日付けの自身のブログで「スケアウェア詐欺(scareware scam)について、日本の刑法における詐欺罪では「財物」または「財産上の利益」の違法な取得が伴わないと詐欺罪が成立しない。しかし,フィッシング詐欺やスケアウェア詐欺では,「財物」でも「財産上の利益」でもなく,単なる「情報」が違法に取得される場合が圧倒的に多いので,詐欺罪とはならない。強いて言えば,事案により,不正アクセス罪または業務妨害罪等が成立することがあるだけだ。ここらへんは,日本のサイバー犯罪法制の最も重大な弱点となっているところであり,可及的速やかに新規立法または法改正がなされるべきだろうとずっと主張してきた。しかしながら,どうやらそのような立法や法改正等の可能性は非常に低いようだ。遺憾なことだと思う。」と記されている。
 夏井教授の指摘が米国の犯罪手口の詳細な分析を踏まえたものかは不明であるが、わが国の立法論を論ずる前に、少なくとも本文でいう連邦現行法律集第18編第1030条(コンピュー詐欺及び不正利用防止罪)、第1343条(電子通信詐欺罪:Wire Fraud)との比較分析を行うべきであろう。従来から、米国ではこれらの類似犯罪の多くが被告の有罪答弁(plead guilty )を得ていることから、そのこれら法律の法適用面の有効性分析が前提となろう。

(筆者注3) “Money Mules”とはいかなる犯罪行為を言うのか。筆者(旧ペンネーム)のブログ(2005年11月6日)で簡単に取り上げている。より詳しいものとしてはトレンドマイクロ社ITPRO 等を参考にして欲しい。

(筆者注3-2)電信送金( wire transfer/funds transfer )とは、一定の資金を受取人( beneficiary person〔自然人および法人〕)が別の金融機関で利用しうることを目的とする、送金人(originator person〔自然人および法人〕)のために、金融機関を通じて電子的手段で行われるあらゆる取引を指す。送金人と受取人は同一人である場合も含む。

(筆者注4)2008年12月にFTCが裁判所に告発した際の情報では、被告が販売したscarewareの商品名はこの他にWinFixer ,WinAntivirus,DriveClean,ErrorSafe XP Antivirusがあげられている。

(筆者注5) 「Ex Parte TRO」の裁判手法について補足する。EX Parteとはラテン法律用語で「相手側に通知しないという意味」であるが、米国行政機関や企業は必要に応じ、この手を使う。例えば、2010年2月25日Microsoftは「Waledac」ボットネットを閉鎖に追い込むため相手側に通知することなく犯罪者と彼らのボットをつなぐリンクを切断する必要があったことから、裁判所に対し“Ex Parte”という側面は極めて重要と考え、そうした法的措置を講じる正当な理由があることを、裁判所に納得させたと公表している。Microsoft社のビジネスブログ参照。

(筆者注6) FTCは違反行為の禁止のみならず、将来的差止めも命じうる行政命令である「排除命令(cease and desist order: FTC Act §5(b) 」ではなく、裁判所に申し立てる「 排除命令手続の開始前・係属中の仮差止め( FTC Act §13(b))」を使った。その理由は思うに
「排除命令の発効は、これを争うための出訴期間の経過後、または提訴された場合はその後60 日間経過後である(FTC Act §5(g))。そこで,FTは、その間に至急に違法行為を止める必要があると判断し、FTC は2008年12月10日にTRO(temporary restraining order)を申立、直後の12月15日に“preliminary injunction”を裁判所に申し立てている」と筆者は考えた。

(筆者注7) 連邦取引委員会法(15 U.S.C. §§ 41-58)第5条 は、「取引における又はそれに影響を与える不公正な又は詐欺的な行為又は慣行」を禁止する。同条のもとで、委員会は、取引に参加する多様な企業及び個人による不公正な又は詐欺的な慣行を禁止するための広汎な権限を有する。

(筆者注8)“relief defendant”とは、別の被告による不法な行為の結果、不正に入手した資金や資産を受け取った自然人または事業体を言う。“relief defendant”は差止め救済を求めた場合に指名される 。原告が通常当該事件において違法に入手された基金か資産を保護し、また最終的な資産の回復に適用するため「差し止め請求権」を求める場合に命名される。 また、不正資金保全のための救済的被告は「名目上の被告(nominal defendant)」とも呼ばれる。この問題はわが国の司法関係者では「 犯罪収益の剥奪及び犯罪被害回復制度」に絡んで論議されている。

(筆者注9) 連邦民事訴訟規則(the Federal Rules of Civil Procedure)12条(b)(6)に関し、連邦最高裁は約50年間普及してきた「訴えの却下の申立(motion to dismiss)」の解釈につき一連の判決でその解釈基準を変更した。
 やや専門的になるが、その判決内容を紹介する。また、2010年6月24日、ワシントン州最高裁判所は連邦最高裁判決とは異なる連邦訴答基準(federal pleading standard)の解釈判決(McCurry 対 Chevy Chase Bank事件)判決(No.81896-7) を下したので、この点についても参照されたい。

「Bell Atlantic Corp.対Twombly事件」2007年5月21日判決(550 U.S. 544(2007) において連邦最高裁は「公訴棄却を申し出に対抗するには、告訴内容は裁判所が真実と受け入れる十分な事実を含み、少なくともその告訴が「もっともらしい(plausibly)こと」を暗示させる側面的に支援させるものでなければならない」と述べ、また「Ashcroft 対 Iqbal,事件」2009年5月18日判決( 129 S. Ct. 1937 (2009)) で、同最高裁は「告訴内容は、原告の答弁時に裁判所が被告が責任を有すると合理的に推論する事実の内容を含む表面的な「もっともらしさ」を持たねばならない」と判示した。この「もっともらしい基準(plausibility standard)」について補足すると、Twombly事件において裁判所は連邦審理法廷が適切に「証拠開示手続の濫用(discovery abuses)」を阻止できないため、告訴事由が脆弱なものについても証拠開示手続上除外することが出来ない。これは証拠開示手続を極めて高価なものとし、原告には大部分が根拠のない告訴については和解とするよう奨励すべきである」というものである。

(筆者注10)欧州評議会(Council of Europe:CE) は1949年、人権、民主主義、法の支配という共通の価値の実現に向けた加盟国間の協調の拡大を目的としてフランスのストラスブールに設立。加盟国は47か国(EU全加盟国、南東欧諸国、ロシア、トルコ、NIS諸国の一部)、オブザーバー国は5か国(日本、米国、カナダ、メキシコ、バチカン)。閣僚委員会(Committee of Ministers)はCEの意思決定機関。原則として加盟国の外相で構成され、年1回会合(閣僚級、非公開)が開催される。欧州連合の機関である欧州理事会 (政治レベルの最高協議機関:European Council)やEU理事会(決定機関:Council of the European Union)と基本的に異なるので要注意である。

(筆者注11)欧州評議会「サイバー犯罪に関する条約(Convention on Cybercrime)」の公式解釈として同評議会サイトで” Explanatory Report”が作成されている。

(筆者注12) わが国の欧州評議会「サイバー犯罪に関する条約」の署名に関する関係機関の取組みについて簡単に説明しておく。
①2001年11月23日付けの外務省リリース。同日、日本は欧州評議会「サイバー犯罪に関する条約(Convention on Cybercrime)」への加盟署名(経緯(2004年4月21日国会承認 、2004年7月1日 発効)説明文あり。
(概要)
(1)定義規定:定義(第1条)
(2)刑事実体法
(不正アクセス、不正な傍受、コンピュータ・データの妨害、コンピュータ・システムの
妨害、コンピュータに関連する偽造、コンピュータに関連する詐欺等について規定)
不正アクセス(第2条)、不正な傍受(第3条)、データの妨害(第4条、システムの妨害(第5条)、装置の濫用(第6条)、コンピュータに関連する偽造(第7条)、コンピュータに関連する詐欺(第8条)、児童ポルノに関連する犯罪(第9条)、著作権及び関連する権利の侵害に関連する犯罪(第10条)、未遂及びほう助又は教唆(第11条)、法人の責任(第12条)
(3)刑事手続法(コンピュータ・データの保全、提出、捜索・押収等に関する規定)
手続規定の適用範囲(第14条)、条件及び保障条項(第15条)、蔵置されたコンピュータ・データの迅速な保全(第16条)、通信記録の迅速な保全及び部分開示(第17条)、提出命令(第18条)、蔵置されたコンピュータ・データの捜索及び押収(第19条)、通信記録のリアルタイム収集(第20条)、通信内容の傍受(第21条)、裁判権(第22条)
(4)国際協力(捜査共助や犯罪人引渡し等に関する規定)
国際協力に関する一般原則(第23条)、犯罪人引渡し(第24条)、相互援助に関する一般原則(第25条)、自発的な情報提供(第26条)、適用可能な国際協定が存在しない場合の相互援助の要請に関する手続(第27条)、秘密性及び使用制限(第28条)、蔵置されたコンピュータ・データの迅速な保全(第29条)、保全された通信記録の迅速な開示(第30条)、蔵置されたコンピュータ・データへのアクセスに関する相互援助(第31条)、同意に基づく又は公的に利用可能な蔵置されたコンピュータ・データへの国境を越えるアクセス(第32条)、通信記録のリアルタイム収集に関する相互援助(第33条)、通信内容の傍受に関する相互援助(第34条)、24/7ネットワーク(第35条)(筆者注:この意味分かる?CEの公式コメンタールの原文では“point of contact available 24 hours per day, 7 days per week”つまりこの条約の効力を保証するため署名・批准国は365日24時間の運用体制を持つ責任があるという意味である。外務省はアルバイト?に翻訳作業はさせるべきでない。)
(5)最終規定(条約発効要件等に関する規定)
署名及び効力発生(第36条)、条約への加入(第37条)、宣言(第40条)、連邦条項(第41条)(筆者注:この意味分かる?正確にいうと「連邦国家適用条項」である)、留保(第42条)、改正(第44条)、締約国間の協議(第46条)、廃棄(第47条)
(外務省の署名リリース時の解説文から引用)

②経済産業省:サイバー刑事法研究会報告書(2002年)
「欧州評議会サイバー犯罪条約と我が国の対応について(全122頁)」

③2004年5月14日 日本弁護士連合会「国際刑事立法対策委員会 サイバー犯罪条約とその国内法化に関するQ&A

④平成15 年7 月30 日社団法人情報サービス産業協会が法務省刑事局刑事法制課宛提出した意見書「欧州評議会サイバー犯罪に関する条約批准に伴うわが国の刑事法の整備について」

⑤わが国のサイバー法の専門家の問題指摘例
「日本国は,サイバー犯罪条約に加盟している。国会でも承認されている。しかし,承認したはずの国会議員の多くは,サイバー犯罪条約に定める義務を履行するための国内法(刑法及び刑事訴訟法)の改正には強く反対している(夏井教授のブログより)

(筆者注13) わが国ITproサイトの同レポートの仮訳を読んで誤訳や誤解を招く訳語が目立ち残念に感じた点がいくつかある。
1つ目は参加者名簿を見て気がついた点である。IT犯罪捜査専門家会議なのに、わが国の出席者はストラスブルグ日本総領事館の領事(弁護士)( Consul (Attorney) Consulate General of Japan in Strasbourg)であるminami hiroshi氏であること。
2つ目は「欧州評議会」を「欧州会議」と訳している点である。
3つ目は「ブタペスト条約」という訳語である。原文では“Budapest Convention on Cybercrime”である。正確に言うと2001年11月8日に「サイバー犯罪条約」が 欧州評議会閣僚会議で採択、2001年11月23日にブタペスト情報ネットワーク犯罪に関する国際会議(Budapest Convention on Cybercrime)においてわが国等に署名のために開放されたものである。

(筆者注14)フランスの Christian Aghroum氏ついて補足しておく。 米国のFBIに相当する捜査機関である「中央司法警察局情報・通信技術関連犯罪撲滅中央部長・局警視(Commissaire Divisionnaire Chef de l’Office central de lutte contre la criminalité liée aux technologies de l’iformatio et de la communication(OCLCTIC) Direction Centrale de la Police Judiciaire)」ならびに「フランス国内警察幹部同友会名誉会長?」である。欧州評議会(COE)の「サイバー犯罪条約委員会(THE CYBERCRIME CONVENTION COMMITTEE (T-CY))」フランス代表委員でもあり、サイバー犯罪捜査に関するフランスの第一人者である。

(筆者注15) FinCEN(金融犯罪法執行ネットワーク(Financial Crime Enforcement Network:FinCEN)は1989年に米国のFIU(Financial Intelligence Unit)として設置された機関である。FIUとは マネー・ローンダリングに対抗するために、 (1)犯罪に起因すると疑われる収益に関する金融情報、(2)国内法令により必要とされる金融情報の報告を受理・分析し、ならびに権限当局に提供・回付する責任を有する中央政府機関として定義付けされている。

(筆者注16)欧州連合理事会は2010年5月7日、「欧州警察機構、欧州司法機構および欧州対外国境管理協力機関によるEU域内のセキュリティに関する共同報告(The Joint Report by EUROPOL, EUROJUST and FRONTEX on the State of Internal Security in the EU)」を公表しているが、その第6章でサイバー組織やテロ犯罪に関し、次のような問題指摘を行っている。
「組織犯罪とテロが各種ICTの進化と匿名性の元でサイバー化が広がっている。コミュニケーション機器、情報源、市場、人材勧誘拠点(recruiting ground)、および金融サービスが相俟って、インターネットは違法な医薬品抽出(illicit drug extraction)、合成(synthesis)、および運搬、性的搾取のための違法な人の移動(trafficking in human beings (THB) for sexual exploitation)、マス・マーケティング詐欺(Mass Marketing Fraud:MMF)、付加価値税回避詐欺:VAT詐欺(VAT 詐欺の最も単純な形態は“Missing Trader Intra-Community(MTIC)fraud”と呼ばれている。すなわち、VAT 登録した事業者はEU 域内の他国からVAT 無しで商品を購入できる。このためVAT 無しの商品購入を目的としてVAT 登録番号(事業者登録・インボイス発行のための番号)を不正に入手した上で、当該商品をVAT 込みの購入価格で国内販売して、VAT を納付しないまま雲隠れしたり(missing)、破産したりする。)、ユーロ製品の偽物販売、および禁止武器等、すべてのタイプのオフラインの組織化された犯罪を容易にする。特に、Eメールや、インスタント・メッセージングやインターネット電話(VoIP)などの通信技術で提供された匿名性は、組織犯罪やテロリスト集団に対する法施行機関の捜査や監視にとって大きな障害となっている。」



[参照URL]
・2010年5月27日、連邦司法省のscareware詐欺被告の起訴時リリース
http://www.cybercrime.gov/sundinIndict.pdf
・Bjorn Daniel Sundin事件の起訴状原本
http://lastwatchdog.com/wp/wp-content/uploads/100527_Reno_indictment.pdf

・連邦取引委員会(FTC)によるメリーランド連邦地方裁判所への一時差止命令
http://www.ftc.gov/os/caselist/0723137/081203innovativemrktgtro.pdf
・メリーランド連邦地方裁判所の「恒久的差止命令および金銭支払判決にかかる欠席裁判判決
http://www.ftc.gov/os/caselist/0723137/100224sundinjudgement.pdf
・欧州評議会(Council of Europe:CE)の「サイバー犯罪に関する条約(Convention on Cybercrime)」の解説(外務省)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/treaty159_4b.pdf
・ワシントン州「2005年改正スパイエア取締法(Chapter 19.270 RCW Consumer Spyware Act)原本
http://www.leg.wa.gov/pub/billinfo/2005-06/Htm/bills/House%20Passed%20Legislature/1012-S.PL.htm
・同州「不公正なビジネスに実践に関する消費者保護法(Chapte 19.86 RCW, Unfair Business Practices-Consumer Protection Act)」
http://apps.leg.wa.gov/rcw/default.aspx?cite=19.86
・欧州評議会(CE)主催のカンファレンス「Octopus Interface Conference 2010」
http://www.coe.int/t/dghl/cooperation/economiccrime/cybercrime/cy-activity-interface-2010/interface2010_en.asp
・INHOPEの違法コンテンツを「拒否」している国を緑色に塗っている地図(Countries Saying No to Illegal Content)。
http://www.coe.int/t/dghl/cooperation/economiccrime/cybercrime/cy-activity-Interface-2010/Presentations/Ws%204/Ruben%20Rodriguez_Inhope_ws4.pdf
・米国連邦司法省のブログ(2010年6月1日付け)「米国と海外の法執行機関が協力してマス・マーケティング詐欺に取組む」
http://blogs.usdoj.gov/blog/archives/820

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2010年8月16日月曜日

米国史上最大規模の原油流出事故を巡る連邦規制・監督機関やEU関係機関等の対応(第6回)

6月29日付けの本ブログで、本年4月20日に発生した歴史的海洋汚事故である米国メキシコ湾「ディープウォーター・ホライズン(Deepwater Horizon)」 の半潜水型海洋掘削装置(rig)爆発事故とその後の「MC252鉱区」の大規模な原油流失について連邦監督機関の対応を中心にとりあげた。

 その際、連邦商務省・海洋大気保全庁(National Ocean and Atmospheric Administaration: NOAA)の取組状況や連邦内務省(DOI)による鉱物資源管理局(Minerals Management Service:MMS)」の機能の抜本的機構改革とトップ人事について説明した。

 一方、わが国のメディアでも報じられたとおり、オバマ大統領は8月4日、NOAAが発表した政府および独立系専門家の25人の科学者の報告「ディープウォーター・ホライズンの結末:原油流失事故で結果的に原油に何が起きているか( BP Deepwater Horizon Oil Budget: What Happened To the Oil?)」を引用し、NOAAやDOIが8月4日付けで発表した流失原油の74%が回収または自然分解・蒸発により海中に残った原油は26%と推定する調査結果を述べた。
 また、泥等を油井に注入するMC252鉱区Macondo 海底油田におけるBP社の封鎖作業につき「完全封鎖(static kill)」工法(static kill技法とは海上から泥を詰め、その後セメントで固める。目標は全ての 原油を海底数マイル下の溜め池(reservoir)に戻し、油井を完全封鎖するというもの)(筆者注1)につき8時間にわたり行われた同作業は望ましい結果が得られたと述べた。(筆者注2)

 これと時期を合わせ8月2日、連邦保健福祉省・食品医薬品局(FDA)は漁業が認められる海域の海産物につきフロリダ州ミシシッピー州の「安全宣言」(筆者注3)を行った。

 ここまでであれば、今回のブログをあえて書く意味は極めて薄い。筆者は「安全宣言」に関しNOAA等の資料を改めてこれまでの経緯を含め整理し、同時にNOAA・DOIがまとめた科学者報告の内容につき原資料の内容を検証してみた。

 専門外の筆者にとってこのような作業に意味はごく限られた科学的意味しかないことは十分承知しているが、内外のメディアが正確に分析していない2009年12月に欧州委員会が行った米国からの貝類(molluscan shellfish)および一定の水性無脊椎動物(marine invertebrates)等の本年7月1日以降の全面的輸入禁止措置決定や、米国の食品の安全性問題の専門家の意見についても正確に反映しなければ「真実」は永久に見えてこないし、消費者の健康は誰も保証できないと考えあえて本ブログをまとめた(オバマ大統領がミシシッピーを訪問した際、現地でシーフードを食したというAP通信やBP社の幹部がメキシコ湾産の魚介類を家族にサービスするというコメントを鵜呑みしてはいけない)。

 また、これらの作業を通じて筆者は連邦機関と州機関によるメキシコ湾沿岸の商業漁業の再開に向けた連携の内容と、そこから見える今回の安全宣言は決して十分な科学的根拠に基づく手法といえるのか、BP社の被用者が本当の被害の訴えを出来るのか、さらにわが国の海底開発や食品安全関係者による専門的検討やその公開が重要であるという確信が得られた。
 その意味で本文で紹介する全米科学アカデミー医学研究所(Institute of Medicine of the National Academies)が7月22日、23日に主催した研究会「メキシコ湾原油流失による人の健康被害に関する科学的評価」の各アジェンダは網羅的かつ専門的であり、その内容は極めて興味がある。

 さらに補足すると「スペイン・ガリシア海岸沖のタンカー流失原油清浄作業者の長引く呼吸器系疾患(Prolonged Respiratory Symptoms in Clean-up Workers of the Prestige Oil Spill)」は2002年11月19日、スペインのガリシア海岸沖で発生した老朽タンカー「プレステージ号」の海洋汚染事故によるスペインやフランス等近隣国の清浄作業員や地元住民の健康や自然環境への影響の分析は数少ない研究成果として貴重なものであるが、米国行政・研究機関がどれほど重要視しているかは定かではない。


1.NOAA・DOIが発表した「ディープウォーター・ホライズンの結末:原油流失
事故で結果的に原油に何が起きているか( BP Deepwater Horizon Oil Budget: What Happened To the Oil?)」の内容と意義
(1)本報告(全5頁)の要旨
 ここで報告書の内容についてあえて詳しく紹介する意義を述べて置く。
 本報告のポイントは2点であり、4月20日のrig爆発から流失の封じ込めが成功したとされる7月15日の間の原油流質量は490万バレル(約78万キロリットル)と推計したこと、油膜など流失原油の海中に残っているのはそのうち約26%であるというものである。
 わが国のメディアも報じているとおり、74%の内訳はBP社等による直接回収(17%)、海上での燃焼処理(5%)、手作業等によるすくいとり(3%)、処理剤による分散(8%)である。
 また、バクテリアによる自然分解や気化で41%が消失したという内容である。
 関係機関による今後のモニタリングや調査活動の重要性は継続するとともに連邦機関専属科学者によるメキシコ湾の生態系への重大な懸念は依然残されているという表現も残している。
 筆者は報告書から次のような米国の大規模災害時の全米非常時指令官(National Incident Command:NIC)(筆者注4)を中心とする関係機関による具体的な活動内容に注目した。長くなるが、メディア報告以上にダイナミックに理解するため、以下のとおり仮訳する(専門外の訳文作業なので誤訳等があればコメントいただきたい)。

 「全米非常時指令官(National Incident Command:NIC)は、BP 社のデープウォーター・ホライズンの原油が油井から流失した際、原油とその最終結果を見積るために多くの省庁の専門家による科学者チームを組成した。 これらのチームのメンバーとなる連邦機関専属科学者の専門的技術は、流失量の推定計算と流失結末を見直す民間および政府の専門家によって補完された。
 第一のチームは、原油の流速と総流失量を推定計算した。 連邦エネルギー長官スティーブン・チュウ(Steven Chu)と連邦地質調査局(USGS)局長のマーシャ・マクナット(Marcia McNutt)によって指揮されたこのチームは、2010年8月2日に合計490万バレルの石油がBP Deepwater Horizon掘削パイプから流失したと見積もったと発表した。
 2番目の省庁チームは、連邦商務省・海洋大気保全庁(NOAA)と連邦内務省(DOI)によってリードされ、最終的に何が流出原油に起こったかを確定するために「流失原油の最終結末(Oil Budget Calculator)」と呼ばれる推計計算ツールを開発した。同ツールにより何が流失原油に起っているかを決定するとともに490万バレルの流失量の見積りを行った。 以下の関係省庁共同科学報告書は、同計算結果に基づき、これまでの原油の状況をまとめたものである。

 結論を要約すると、油源から流失されて、海上燃焼処理 (burning)、海面でのすくいとり(skimming)、および原油の直接回収により源由井からの流失源油の四分の一(25%)を取り除いたと見積もられた。 総油の四分の一(25%)が、自然に気化(evaporated)したか、または溶けた(dissolved)。そして、自然または清浄部隊の作業の結果、ちょうど四分の一(24%)未満は顕微鏡大の小滴としてメキシコ湾の水域に分散した。 残りの量とちょうど四分の一(26%)以上は 海面の上または海面のすぐ下で軽い輝く物(light sheen)として残り、乾燥タールの塊(weathered tar balls)となったり、岸に漂着するか、岸で集められるか砂と沈殿物の中に埋れた。 残余物や分散化カテゴリーに含まれる原油は分解された。 以下でのレポートは、それぞれのこれらのカテゴリーとその計算根拠について説明する。 これらの推定見積りは、追加情報が利用可能になるかぎり精査され続ける。

[分析結果の補足説明]
 非常時指令官(National Incident Command:NIC)を中心とした緊急時対応: 原油流失に対処するための関係機関の努力は極めて積極的であった。 円グラフ(図1)に示されているように、人為的対処の努力は流出原油の33%を回収することに成功した。 これには油井パイプ挿入チューブとトップ・ハット・システム(17%)による回収、燃焼(5%)、すくいとり(skimming)および化学的分散(8%)が含まれる。 直接採取、燃焼、およびすくいとり水から油を完全に取り除くが、以下で議論するようにそれが生物的に分解されるまで、化学的に分散している油は水中に残っている。

 化学処理剤による分散: 見積りに基づくと、自然に原油の16%は海洋の鉛直構造の水柱(water column)の中で自然分散し、また8%は海面の上および海面の下の化学分散剤の散布で分散された。 自然分散は高速でライザー管から油がわずかな小滴状態で水中にスプレーされた結果で起きた。 そのこの分析の目的のために、‘分散された原油'は人間の髪の直径に相当する100ミクロン未満の小滴と定義された。 ごく小さいこれら油滴は、自然に浮揚性があって、その結果、次にそれらが生物分解し始めるところで水柱に残っている。 化学的分散では、またそれが大きい表面油膜が浜に上がるのを妨げるためにわずかな小滴に油を壊れさせるため、それは生物分解のために容易により利用可能になる。 化学分散剤は海面およびその下で適用された。 したがって、化学的に分散された原油は水柱における深部みと表面のすぐ下では作業は終わった。 分散剤は減油が水柱と表面で生物分解される可能性を広げる。分散剤は少量な量でさえ、それが生物分解されるまで自然的または化学的に分散された油は弱い生物には毒性がある。

 蒸発(Evaporation)と分解(dissolution): 流失原油総量の25%がすぐに自然気化したか、または水柱に溶けたと見積もられている。 蒸発と分解割合の推定は、ディープウォーター・ホライズン事故の間に行われた科学的研究と観測データに基づいている。

 「溶解」は「分散」と異なる。「溶解」は油からの個別炭化水素分子(Hydrocarbon Molecules)がちょうど水で砂糖を溶かすことができるように水の中に分離して溶ける過程である。一方、「分散」は油のより大量が油のよりわずかな小滴へ砕ける過程である。

 残余部分の問題: 直接測定するか、または見積もることができるカテゴリー(すなわち、直接回収、分散、蒸発、および分解)を計算した後におよそ26%が残る。 [図1]はそれのすべてが測定するかまたは見積もることが難しいカテゴリの組み合わせである。 それはいくつか海面上、または海面下でまだ軽い輝き物またはタールの塊の形のもの、岸に漂着したりまたは岸で集められた原油、さらに砂と沈殿物の中に埋められ時代を通して再浮上されるかもしれないいくつかの原油を含んでいる。 また、この原油は自然回復過程の中で分解し始めた。

 生物分解(微生物分解): 水柱における分散油と水面の油は自然に生物分解する。 湾の中の生物分解のレートを定量化するために行われるより多くの分析がある一方で、多くの科学者からの早期の観察と予備研究の結果は、BP Deepwater Horizon流出からの原油がすぐに生物分解しているのを示している。 NOAA、EPA、DOE、および科学アカデミーの科学者は、この分解率のより正確な推計について計算するために働いている。 原油の溶解や分散については表面油を破壊するバクテリアが機能することはよく知られており、メキシコ湾は大部分が温水、好ましい栄養物および酸素レベルが豊富であることから自然を通して定期的にメキシコ湾に流入する原油の掃除機能があるという事実になじむ。

[分析方法と推定に関する説明]
 流速(flow rate): 原油の結末推計計算(Oil Budget Calculator)は流出の過程の上で放出された油の総量の推計からは始めた。 最も新しい推計は米国地質調査所の(USGS)ディレクターのマーシャ・マクナットが率いるNICの”Flow Rate Technical Group:FRTG”、およびでエネルギー省長官スティーブン・チュウによって導かれたエネルギー省(DOE)のチームとによる科学者と技術者による議論と共同作業を反映したものである。 このグループは、約490万バレルの原油が2010年4月22日から原油流失が一時中断した7月15日の間にBP Deepwater Horizon現場から流失したと見積もった。この見積りの不確実性は10%+である。 図1の円グラフはこのグループの490万バレルの原油流失量の見積りに基づいている。

 直接的流失測定と最高の推定: 原油の結末計算はどこでも可能な方法でありまた計測が不可能なときは科学的に可能な推定に基づいている。 直接回収量や燃焼量は、毎日の調査作業上の報告で直接測定され報告されたものである。 毎日のすくい取りの量もまた報告に基づき推計下ものである。残りの数値は過去の科学的分析や入手可能な情報ならびに広い科学的専門知識に基づいている。 これらの数値は、追加情報と継続的な解析に基づいて精製され続けるであろう。 これらの計算方法の詳細については、2010年8月1日から”Deepwater Horizon Incident Budget Tool Report”の中で2010年8月1日からオンラインで利用可能である。同 ツールは国土安全保障省合衆国沿岸警備隊、NOAA、およびNISTとの共同作業に基づき連邦地質調査局によって作成された。

[今後の継続的モニタリングと調査]
 原油、分散剤、生態系の影響および人間への影響に関する我々の知識は発展し続けるであろう。連邦機関と多くのアカデミックで独立した科学者が活発に原油の最終的運命のより良い理解や搬送および影響について追求している。 連邦政府は定期的に活動、結果およびデータを広く国民に報告し続ける。 www.restorethegulf.gov で最新内容の情報を見つけることができる。また、www.geoplatform.gov では対処とモニタリングに関するデータを見ることができる。

 DOI、NASA(航空宇宙局)およびNOAAは、ガルフ湾の表面で油のままで残る量の理解を精緻化し続けている。 NOAAの対応チームはタールの塊や水面下の原油の監視戦略につきの統一指揮官(Unified Command)と共に働いている。研究者はそこで原油の集中、分配、および影響等をモニターするために水面下のスキャンと標本抽出を続けている。 EPAとNOAAは、慎重に湾における分散剤のBP社の使用所状況をモニターして分散剤と原油成分の存在のために特別な注意を払い、空気、水および沈殿物をモニターし海岸線の近くで人々の健康影響への特別な注意を行っている。 多数のNOAA、全米科学財団(NSF)によって資金を供給された学術研究者、およびNOAA専属科学者は生物的分解、生態系(ecosystem)および野生生物への影響の割合を調査している。 DOIとDOEの対応チームは、環境に自然に残る油の正確な測定方法のコントロールすることを保証できる適切な方法に開発について働いている。 DOIは原油の地域的な野生動物、天然資源や公有地における影響を最小限化するためのリーダー的役割を担っている。

 BP社の油井流失個所のキャピング作業により海岸線、魚、生態系への脅威は減少しているにもにもかかわらず、連邦機関専属科学者によるメキシコ湾の生態系への重大な懸念は依然残されている。その意味で引き続きのこれらの問題に関する完全な理解を得るためのモニタリングと調査が重要である。」

 なお、NOAAの具体的BP社の原油流失事故へのresponseについては6月29日の本ブログで詳しく紹介したので参照されたい。

(2)同報告の批判的考察
 連邦機関(NOAAやNIST(筆者注5))に所属する科学者を中心にまとめたものであり、一方、日常的に陸海空にわたる多面的な日々の調査活動から得られた結果をもとに書かれたものであることから科学的根拠に基づくものであることは間違いない。
 しかし、かえってその結論部分には説得力が乏しいように思える。すなわち微生物による自然分解や気化により41%が消失したと言うくだりになると全体の推計計算の信頼性に疑問がわいてくる。

①現地での正確な情報を巡るメディアの視点と読者の参加
 メキシコ湾およびその周辺湾岸、河川等における原油の流失状況を定点観測しているメディアも多い。例えば、CNNの“Gulf Coast beaches update”や読者の投稿専用サイトである“iReport”を斜め読みしてみた。一般向にまとめられており、素人にも分かりやすい内容や図解があり、そこでの紹介される写真やレポート・ビデオの各閲覧数は数千とかなり多い。

そこで見られる特徴を掻い摘んで紹介する。
“Depths of the disaster” :日々の原油流失量(総量490万バレル)の推移やメキシコ湾地域の3年以上にわたる潜在的経済的損失227億ドル、BP社の文書苦情受付件数85,923件などキーとなる数値が読みとれる。
“Map: Impact of the oil disaster”:湾岸9箇所の拠点からの漁業禁止海域や撤去作業の画像報告等が見れる。

②後述するメルビン・クレーマー博士の問題指摘やIOMが開催した7月の研究会等でも指摘されているとおり、2002年11月19日、スペインのガリシア海岸沖で発生した老朽タンカー「プレステージ号」の海洋汚染事故の影響はスペインやフランス等近隣国の清浄作業員や地元住民の健康や自然環境への影響の分析は数少ない研究成果として貴重なものであるにもかかわらず、そのフォロー研究は決して十分ではない。

③米国の地球温暖化や核エネルギー、クリーン・エネルギー施策等を提言している先進的科学者グループ(NPO)で、最近筆者も参加した「米国憂慮する学者連盟(Union of Concerned Scientists:UCS)」(筆者注6)によるエネルギー政策提言
 5月5日付でUCSは「原油流失対策は表面的油井のセメント固定という取組だけではなく米国の石油依存体質を見直す石油節減政策でなくてはならない」と論じている。環境問題の根本的な解決なくして今回のような原油深海掘削施設の爆発事故や老朽タンカーの海難による原油汚染は後を絶たないといえよう。

2.連邦保健福祉省・疾病対策センター(CDC)等の対応
 今回まで特に取り上げてこなかったが、メキシコ湾の周辺州民や清浄作業員の健康に関し、極めて重要な役割機能を担っているCDCや分散剤等毒物被曝への取組みはどのような内容であろうか。
 CDCは“2010 Gulf of Mexico Oil Spill”という専用ウェブサイトを設置している。8月4日付けの最新リリースでは次のような内容の業務に取組んでいる。
「ガルフ・コーストの各州に配置された11名を含むCDCと「毒性物質・疾病登録管理局(Agency for Toxic Substances and Disease Registry: ASTDR)の計 328名のスタッフが対応している。その主な業務は次のとおりである。
[健康への影響の監視体制]
①沿岸5州の原油流失に基づく健康脅威に関する監視体制
CDCは2つの確立された国民の健康に関する国家的監視システム「全米毒物データ監視システム(National Poisoning Data System)」および体的な疾病が診断される前に疾病発生の兆候パターンを検知するウェブベースの電子疾病兆候監視情報システム“BioSense”システム(筆者注7)を使用している。これらの監視システムは喘息(asthma)、cough(咳き)、胸に痛み(chest pain)、目の炎症・痛み(eye irritation)、吐き気(nausea)、頭痛(headache)の悪化を含む目、皮膚、呼吸、心臓血管、胃腸神経系システムの兆候の追跡に使用する。これに関し5州とCDCは定期的にデータと概要を交換している(州の調査結果はCDCウェブサイトで公開される)
これら監視システムがこれらの兆候と合致するグループにつき州や地域の国民健康管理職員はそのフォロ-アップのため兆候と原油流失の相関関係につき調査することになる。
これらの監視システムは異なる方法ではあるがいずれも原油の接触する可能性の高い人々やグループへの健康への影響への兆候を保健当局に提供するよう設計されている。また、CDCの国立労働安全衛生研究所(National Institute for Occupational Safety and Health:NIOSH)は産業界、労働安全衛生局や沿岸警備隊その他連邦や州の機関と情報を緊密に共有している。

②ディープウォーター・ホライズン対応作業員の「BP作業に係る病気・怪我に関するNIOSH 報告」を設置している。
NIOSHはまた必要に応じ、原油流失に関する病気や怪我に関し記録の作成や接触するためのメカニズムへの労働者の任意調査への参加も働きかけている。この結果現在までに4万9千人以上の対処作業者(BPの教育を受けた作業員、ボランティア、臨時船舶運行者、連邦機関の作業者等)が回復している。

[データ解析作業]
CDCの環境健康保護チームは、連邦環境保護庁(EPA)と協力してメキシコ湾から送られてくるデータを検証し続けている。原油、原油の構成物や分散剤が長期短期的に健康被害を引き起こすかどうかを決定するためにデータの標本抽出の検査している。これらのデータには空気、水、土や沈殿物、および実際に海岸や沼地に行き着いた廃油の見本等が含まれる。」

3. 連邦保健福祉省・食品医薬品局(FDA)のフロリダ州ミシシッピー州の「安全宣言」に至る経緯と検討課題
(1)FDAの商業漁業海域規制に関する安全性監督面の法的根拠
 FDAは「食品・薬品および化粧品法(Federal Food, Drug, and Cosmetic Act :FD&C Act) 」に基づき、すべての魚類や水産製品につき化学物質や生物学的に見た危険がないことにつき監督責任を持つ。
この目的の実行のため、各州は海産物の収穫海域の閉鎖や再開煮を行う法的権限を持つ一方でFOAAは連邦の監督海域の開閉の権限を持つ。このためFOAA、FDA、EPAお呼び沿岸諸州はメキシコ湾産の海産物の安全性監督のため包括的、協調的複数機関の共同手順を定め一元的な運用を保証している。

[海への原油流出により消費に不適合となるのはどのような場合か]
①発がん性がある多環式芳香属炭化水素(PAHs)の存在が確認された場合である。
②石油臭いが確認された場合である。海の汚れ(taint)といわれており、規制法の下で不純物混入とみなされ食品として販売することは認められない。

[分散剤により海産物が消費不適合となる場合とはどのような場合か]
現在の科学レベルにおいてデープウォーター・ホライズン対応のために使用されている分散剤は海産物における食品の生物濃縮(bioaccumulate)の可能性は低く、また人間にとって毒性は低い。それにもかかわらず用心のため政府は分散剤のモニタリングと被曝したかも知れない海産物の検査を続ける。
分散剤の汚れは有害ではないかも知れないが薬品臭(chemical smell)をもつ海産物の法定基準に不適合とされ、その販売は許可されない。

[標本抽出、検査および閉鎖穫海域の再開に関する共通手順]
1.実際にはまったく原油に汚染された漁業海域の再開手順
2.実際原油に汚染された海域の再開手順
 この試験は魚、エビ、カニおよび二枚貝(牡蠣、イガイ等)に対し行われる。
臭覚試験の評価基準:サンプルは試験される海産物の種の食べられる量により決められる。最低10人の臭覚専門家からなる委員が「生」および「煮た」両サンプルを評価する。再開決定のためには老練な専門家の70%が各サンプルから石油や分散剤の臭いを検出しないことである。

(2)全関係州が安全宣言してはいない
 FDAサイトで見る限り、7月末に再開宣言したのはフロリダ州、ルイジアナ州およびミシシピー州の3州である。

 8月2日のAP通信の記事や7月末にNOAA、FDAが関係州の「漁業・野生動物保護委員会」あて報告しているとおり、その安全宣言の元になる検査は「臭さ検査(smell test)」である。

 なお、8月7日時点のFDAサイトではいつ撮影した写真かは不明であるがFDAのハンブルグ局長がニューオリンズのオクラ料理店(gumbo)でうまそうにシーフード料理を食している写真が載せられている。この写真はあくまで「FDA's Role In Ensuring Seafood Safety」の項目の横に掲載されており、今回の安全宣言とは無関係といえばそれまでであるが、紛らわしい写真である。

4.全米科学アカデミー医学研究所(Institute of Medicine of the National Academies:IOM)が7月22日、23日にルイジアナ州ニューオリンズで開催した研究会「メキシコ湾原油流失による人の健康被害に関する科学的評価(Assessing the Human Health Effects of the Gulf of Mexico Oil Spill:An Institute of Medicine Workshop)」の意義とその内容
 “Bloomberg Businessweek”によると連邦保健福祉省のシベリウス長官のたっての要請にもとづき開催された研究会である。連邦機関による一方的な情報開示だけでなく、歴史上類を見ない大事故に対し米国の科学者の良識を具体的に体験できる良いサイトであるし、科学者が広く国民に扇情的ではなく、あくまで科学的研究結果に基づき正確に説明する姿勢はわが国の研究機関もこのレベルまで進んで欲しいと考え、やや詳しく紹介する。
特に、2日間の全発表のプレゼンテーション資料や速記録も読めて専門外の筆者にとっても大変参考になるウェブ・サイトである。
 そこで網羅的ではあるが、現在および将来の取組み課題を整理する意味で”Agenda”をあげておく。なお、速記録を読みやすくするため1日目と2日目に分け、各agendaにつき該当頁を付記した。

第1日目(7月22日)
SESSION I: AT-RISK POPULATIONS AND ROUTES OF EXPOSURE
・Panel Discussion:「実績の調査( Taking Stock)」:「誰がどのように各種リスクに曝されているのか?( Who Is At risk and How Are They Exposed?)」(64頁~)
・「被曝ルートや被曝する人々(Routes of Exposure and At-Risk Populations)」(66頁~)
・「汚染地域の住民(Residents of Affected Regions: General and Special Populations)」(75頁~)
・「清掃担当者やボランティアの職業面からのリスクと健康への危険(Occupational Risks and Health Hazards:Workers and Volunteers)」(82頁~)

SESSION II: SHORT- AND LONG-TERM EFECTS ON HUMAN HEALTH –
Panel Discussion: The Here and Now: What are the Short-term Effects on Human Health?(109頁~)

・「短期的な身体への影響(Short-term Physical Effects)」(111頁~)
・「短期的な身体ストレス(Short-term Psychological Stress)」(119頁~)
・「暑さによるストレスと疲労(Heat Street and Fatigue)」(126頁~)  

Panel Discussion. 「身体への遅れてかつ長期に健康に影響することにつき正確に理解することの必要性(The Need to Know: What are the Potential Delayed and Long-term Effects on Human Health?)」(146頁~)
・「神経性疾患のガンとその他慢性的な症状(Neurological Cancer and other Chronic Conditions)」(147頁~)
・「子供の健康への影響と脆弱性(Impact on Health and Vulnerabilities of Children)」(154頁~)
・「妊婦や子供への影響(Human Reproduction)」(164頁~)
・Stress(176頁~)
・「従来の原油流失事故で学んだこと(Lessons Learned from Previous Oil Spills)」(180頁~)

SESSION III: STRATEGIES FOR COMMUNICATING RISK
・「国民を引き込む一方で健康の保護(Engaging the Public, Protecting Health)」(205頁~)
・「本研究会参加者との対話(Dialogue with Workshop Participants)」(223頁~)

第2日目(7月23日)
SESSION IV. OVERVIEW OF HEALTH MONITORING ACTIVITIES
Panel Discussion. 「各州政府はどのようにメキシコ湾原油流出に人間への影響についてもモニタリング活動を行っているのか(How are State Governments Currently Monitoring the Effects of the Gulf of Mexico Oil Spill on Human Health?)(10頁~)

SESSION V. RESEARCH METHODOLOGIES AND DATA SOURCES
Panel Discussion.「批判的考察 Critical Thinking」: 「どのような調査手法やデータ資源は監視やモニタリング活動に利用できうるか(What Research Methodologies and Data Sources Could Be Used in Surveillance and Monitoring Activities? )」(65頁~)
・Overview of Research Methodologies and Data Collection(68頁~)
・ Surveillance and Monitoring(73頁~)
・Environmental Assessment, Risk and Health(81頁~)
・Mental Health(87頁~)
・「生物医学的情報科学(Biomedical Informatics & Registries)(95頁~)

SESSION VI. FUTURE DIRECTIONS AND RESOURCE NEEDS
Panel Discussion. 「今後の対策:どのようにして我々は効率的監視およびモニタリング・システムを開発するか(Looking Ahead: How Do We Develop Effective Surveillance and Monitoring Systems? )(128頁~)

3.欧州委員会の輸入品目規制のうち「第三国リスト」の意味と改正内容
 EUの食品の安全性に関する規制は米国に比べ厳しいことはいうまでもない。
 EUの輸入品目規制 II.農産品輸出入ライセンス制度、動物の獣医学的検査、食品衛生については今回のメキシコ湾の原油流失事故と大きく係わってくる(筆者注8)
 欧州委員会決定(2009/951/EU)は2009年12月時点では米国におけるEUに輸出予定の二枚貝に関し適所な管理システムの評価につき生きた二枚貝については認識していたが、メキシコ湾を除き人体への重大なリスクについては具体的に表明していなかった。そのためメキシコ湾以外については2010年7月1日までの6か月間の相互検査体制の同等性を条件に輸入を認める「暫定決定」を行っていたのである。

「筆者注8」で説明したとおり、7月1日以降、結果的にEUの二枚貝や棘皮動物、被嚢亜門動物、海洋性腹足類の輸入が承認される第三国リストから米国は外されたことになり、米国のメキシコ湾だけでなく輸出漁業全般への影響極めて大きいと考える。

5.EHAコンサルテング・グループによる米国食品安全性試験の信頼性への懸念
 環境問題や公衆衛生問題の専門家からなる同グループの研究者であるメルビン・クレイマー博士(Dr.Melvin Kramer)は7月19日、FDA等の海産物採取の安全宣言につき懸念材料がなお多い点を指摘している。
その内容を概略紹介する。
・EHAコンサルテング・グループはメキシコ湾海域における魚類、甲殻類(エビ、カニ)、二枚貝(牡蠣)の調査を独自に行い重要な食品安全面の懸念を見出した。
・原油に含まれる炭化水素は分析が容易ですべてのタイプの化学母体(matrixes)が含有されていることは間違いない。炭化水素は発癌性があるとされる「多環芳香族炭化水素(polycyclic aromatic hydrocarbons)」のレベルにつきまず検査される。炭化水素は食品における石油の臭いをチェックするため化学分析と官能分析(organoleptic analysis)を行う。米国の「食品・薬品および化粧品法(Federal Food, Drug, and Cosmetic Act :FD&C Act) 」では分析結果がポジティブの場合は製品は不純物が入っており商業ベースにのせることを禁じている。
定量分析の値が低いが検出可能な臭いがある場合も商業ベースにのせることは出来ない。
・残る問題は、検査生物種の数、サンプル数、湾内のどの領域が検査され、どのくらいの頻度で検査されたか、油や分散剤等の不純物が混じっていないかなどである。

・FDAが6月29日に安全宣言として発表した内容は、化学分析より官能分析や臭い分析に基づくものである。
EHAとしては、次の2つの疑問点を投げかける。
①人間が消費する製品につき統計的かつ環境面からの試験の取組が行われているか。
②動物モデルがこれらの化学物質検査の安全性レベルの敷居値(threshold level)を保証しているか。
FDA、CDC、NOAA、EPAはいずれもこの質問に答えていない。
 さらに、メディア報告によると多くの牡蠣の採取業者が床(beds)で死んでいる牡蠣を見つけており、食品の安全面でこれらの情報は無視しえない。
 
6.2002年11月19日、スペインのガリシア海岸沖で発生した老朽タンカー「プレステージ号」の海洋汚染事故の影響
 詳細は略すが、欧州環境保護局(European Environment Agency)の「欧州環境情報および監視ネットワーク(European Environment Information and Observation Network:Eionet)」(土地利用と空間情報に基づくサイト)の解説によると、2002年11月19日、イベリア半島北西のスペイン・ガリシア海岸の数マイル沖で老朽タンカー「プレステージ号(Prestige)」(原油約77,000トンを運搬中)が2つに破壊した大惨事について詳細に解説している。
Eionetの情報解説の最終更新は2007年3月12日版であるため、その後の詳しい情報は機会をあらためて調べてみたいが、同時点でも船体中になお5万トンが残っており、毎日約120トンが流失し続けている。解説によると約20,000トンが海中に流失したが高レベルの硫黄化合物(いったん遊離するときわめて有毒性)であり、きわめて溶解性が低く、さらにクロームやニッケル等二枚貝に蓄積するという長期的な問題を示している。
 また、公衆衛生・医学分野の調査としては例えば「プレステージ号」の海洋汚染事故に基づき清浄作業者の健康被害につき独自に調査したレポート:America Journal of Respiratory and Critical Care medicineの2007年6月7日号で「スペイン・ガリシア海岸沖のタンカー流失原油清浄作業者の長引く呼吸器系疾患(Prolonged Respiratory Symptoms in Clean-up Workers of the Prestige Oil Spill)」がある。海岸線の清浄作業に携わった6,869人の漁業従業者が調査対象であるが、あきらかに長期的な呼吸器系疾患があると指摘している。

(筆者注1) 7月15日に油井にキャップを取り付け、ラムを閉めて原油流出を止めた以降、噴出につながる漏れがないか確認するため油井の圧力や周辺の海底を調査しているが、漏れは見つかっていない。作業は2段階で行われる。まず8月3日から、キャップの下部から泥を流し込んで油井を封じる「Static Kill」(静的封じ込め)と呼ばれる作業を実施する。
1ガロン当たり30ポンドの泥を低速、低圧力で井戸に流し込み、原油を油層に押し戻す。
その5~7日後にリリーフ井戸の完成を待ち、リリーフ井戸からセメントを流し、油井を下から密封する。(7月29日現在で、流出油井から数フィートの位置まで掘削が進んでいる)
BPは前回、同様に油井に泥やセメントを流し込む「Top Kill」を試み、失敗したが、この時は原油が流出している場面で実施した。
今回はキャップで流出は止まっており、成功の可能性は強いという。(8月2日付「化学業界の話題」から引用。)
 なお、連邦関係機関は直ちにセメントによる油井の完全封鎖を行うか、8月中旬までのリリーフ井の調査結果の基づき行うかを決定しなくてはならない。これには「リリーフ井(Relief Well)」(リリーフ井は現在原油流出が続く油井(本油井)から離れた場所(今回の場合は800m離れている)から斜めに井戸を掘り進み、本油井と交差する場所まで堀り、そこへセメント等を流し込み原油流出を遮断する方法である。この方法は原油フローを遮断する方法としては一番確実な方法とされている。― 2010 年 6 月10 日JPEC 海外石油情報(ミニレポート)より一部抜粋引用。)に漏れがないかどうかの調査が必要である。

(筆者注2) BP社のメキシコ湾原油流で事故専門ウェブサイト“gulf of Mexico Response”は8月5日付けで「BP Completes Cementing Procedure on MC252 Well 」と題してセメント注入作業は完全に遂行できたと報じている。また、BP社の探査・生産担当COOのデューク・シュトル氏(Doug Suttles)はMC252鉱区の今後について「BP社はメキシコ湾の流失完全停止が現下の最大の課題であり、reservoirの将来の活用については考えていない。またセメント注入がうまく行った元々掘削した穴(wellbore)や2つのリリーフ井については今後の油田開発の一部として使用することはない」と強調している。
なお、BP社は流失封じ込め作業手順についての動画解説サイトで解説している。

(筆者注3) 確かにフロリダ州の商業的漁業海域の再開時のFDAのハンブルグ局長の声明は確かに「安全宣言」といえる内容である。しかし、本文で紹介したNOAA・DOIが発表した「ディープウォーター・ホライズンの結末:原油流失事故で結果的に原油に何が起きているか」の原文を再度読んでほしい。ここでは原油や分散剤の気化や処理がすすんでいる証拠は記載されているが魚介類等の安全性について直接は言及していない。

 また、8月5日付け朝日新聞夕刊は「FDAは2日、漁業が認められる海域の海産物について「安全宣言」を出した。」と報じているが本文で説明したとおり、商業的漁業許可海域は連邦管理海域と州の管理海域があり、またすべての漁業が再開されたわけではない(8月2日にFDA局長であるMargaret A. Hamburg氏が安全宣言したのはルイジアナ、ミシシッピー、フロリダの3州のみであり、7月30日時点でフロリダ州漁業・野生動物保護委員会宛送った通知でも漁業・またカニ(crab)やエビ( shrimp)についての検査結果は出ていない旨明記している)。朝日新聞が米国のどのメディア報道を元に書いたのかは不明であるが、このようなミスリードを招く報道は言うまでもなく「No」ある。

(筆者注4) NICは、地方自治体から州政府、連邦政府までの各行政レベルに散在する各種の資源を有機的に動員するため平時は別々の組織であっても、緊急時には相互が連携して統制のとれた活動ができるよう、あらかじめ災害対応手順、指揮命令系統、さらには用語を統一させておくといったもの。その管理システムを”National Incident Management System (NIMS)”という。

(筆者注5)“NIST”は米国国立標準技術研究所(National Institute of Standards and Technology, NIST)であり、1901年に設置された連邦商務省傘下の物理科学技術部門の最先端研究機関であり非規制・監督(non-regulatory )機関である。

(筆者注6)“UCS”が専門分野として専門家を擁している分野は次の8分野である。
①科学的公平性(scientific integrity)(この用語のもととなる理念はどのようなものであろうか。あくまで推測であるがオバマ大統領が2009年3月9日に連邦機関のトップ管理者に宛てたメモ「タイトル: Scientific Integrity」との関連を探ってみた。目指すところは同一なのであろう。大統領は「国民は公共政策の決定に当たっての科学と科学的過程を知らねばならないし、公務員は科学的・技術的な調査結果と結論を抑圧・変更すべきでない。また連邦機関は科学技術に関する情報の開発・使用するなら広く国民も利用できるものとしなければならない。この連邦政府は連邦機関の科学・技術過程の完全性につき最高レベルを保証するため「科学技術政策局長(Office of the Science and Technology Policy)」にその責を持たせた。」と述べている。)
 一方、この点でUCSサイト(Scientific Integrity)では連邦機関の科学情報の政治干渉により米国の直面する難問への対応能力を弱めている(まさに今回にBP社の原油流出への対応がその例にあげられよう)。連邦や議会の政策立案者は情報に基づく決定を行うため詳細な情報に依存する。このため我々はこれらリーダーたちが自身の健康、安全や環境を完全に守るため改革を後押しするのである。UCSサイトでもオバマ大統領に対する連邦政府の政策立案に関し具体的な科学的公平性勧告を行っている。

②地球温暖化(Global Warming)
③クリーンな乗り物(Clean Vehicles)
④クリーンなエネルギー(Clean Energy)
⑤原子力(nuclear Power)
⑥核兵器およびグローバルな安全性(Nuclear Weapons & Global security)
⑦食物と農業(Food & Agriculture)
⑧侵入生物種(Invasive Species)

なお、余談であるが最近UCSからどのような研究分野で協力できるかについて照会メールが届いた(筆者はオブザーバ参加であるのであるが)。
内容文は次のとおりである。
“I want to personally extend a warm welcome, and tell you a little more about all that is available to you on our website and via e-mail.

First, I want to make sure you know that your involvement is helping UCS work for a cleaner, healthier environment and a safer world. Your
action supports and amplifies our independent voice for change that is
based on solid scientific analyses. And finally, your passion about the
issues helps motivate policy makers and business leaders to take
positive steps toward addressing some of the most critical environmental and security challenges of our time.

But beyond saying thanks, I want to let you know about the variety of
ways you can keep informed about our work together and take action on
the issues you and I both care so deeply about.”

Sincerely,

Kevin Knobloch
President

 ここまで読まれた読者は気が付くであろうが、筆者に対する「かすかな期待?」がうかがえる。さて、筆者は東大「サステイナビリティ学連携研究機構(IR3S)」等にもオブザーバーとして協力・参加しているのであるが、元々社会科学系の人間である筆者としてはどのように返事を書いたらよいのやら、誠意を持った対応は当然であるが、悩ましい限りである。

(筆者注7) CDCは2003年、具体的な疾病が診断される前に疾病発生の兆候パターンを検知するウェブベースの電子疾病兆候監視情報システム「BioSense」を開発した。BioSenseは、連邦・州・地方政府機関や病院などの公共衛生関連組織向けのシステムであり、一般公開はされていない。BioSenseは、州・地方の公衆衛生局が管轄区域内の病院から取得したデータや、病院、国防総省(Department of Defense:DOD)や退役軍人省(Department of Veterans Affairs:VA)の医療施設や研究所から直接集めたデータを分析し、経時変化や地理的分布などの分析結果をほぼリアルタイムで表示することができる(NTT データ:米国マンスリーニュース 2009年11月号より一部引用)
 なお、CDCの説明では、5つのメキシコ湾岸州の86の医療施設等を包含しており、その職員は原油流失の関連する特異症候群をチェックできる体制となっており、調査結果は日々関係州に通知される。

(筆者注8) わが国のJETROがEUにおける輸入品国規制につき次のとおり解説(6頁以下)している。(英学名および一般的な名称は欧州委員会決定原文に基づき筆者が補足)
「・二枚貝(bivalvia molluscs:ハマグリ、シジミ、牡蠣)、棘皮動物(echinoderms:ウニ、ヒトデ、ナマコ等)、被嚢亜門動物(tunicates :ホヤ等)、海洋性腹足類(marine gastropods:バイガイ、巻貝等 )ならびに魚製品(fishery products)の輸入が承認されている第三国リストを規定する2006 年11 月6 日付欧州委員会決定2006/766/EC(2006 年11 月18 日付官報L320 掲載)
・食用のいかなる種類の魚介製品の輸入も承認される第三国のリストに関し決定2006/766/EC を改正する2008 年2 月18 日付欧州委員会決定2008/156/EC(2008 年2 月23 日付官報L50 掲載)
・決定2006/766/EC の付属書I およびII を改正する2009 年12 月14 日付欧州委員会決定2009/951/EU(2009 年12 月15 日付官報L328 掲載)

[JETROの解説]欧州委員会決定2008/156/EC(2008 年3 月1 日より適用)により、欧州委員会決定2006/766/EC で規定された二枚貝や棘皮動物、被嚢亜門動物、海洋性腹足類および魚製品の輸入が承認される第三国リストが更新された。
欧州委員会決定2006/766/EC は、食用の動物性製品の公的管理体制に対するルールを規定した規則(EC)854/2004 に基づき、これまで個別に規定されていた2 つの第三国リストを統合したもので、同規則の付属書I には二枚貝や棘皮動物、被嚢亜門動物、海洋性腹足類の輸入が承認される第三国リストが、また付属書II には魚製品の輸入が承認される第三国リストが記載されている。
輸入承認の対象となる個別の製品の変更や要件の変更ならびに第三国リストへの国の追加および削除などを反映し、決定2008/156/EC および決定2009/951/EU が採択された。
なお、日本はこの第三国リストに含まれており、日本からの魚製品の輸入および冷凍または加工した二枚貝等の輸入は基本的に可能となっている。ただし、衛生証明書の添付やEU により認定された施設で生産された製品であることなど、その他の要件も満たす必要がある。」


[参照URL]
・NOAAが発表した科学者の報告「ディープウォーター・ホライズンの結末:原油流失事故で結果的に原油に何が起きているか( BP Deepwater Horizon Oil Budget: What Happened To the Oil?)」
http://www.deepwaterhorizonresponse.com/posted/2931/Oil_Budget_description_8_3_FINAL.844091.pdf
・FDAのフロリダ州沖の海産物の安全宣言
http://www.fda.gov/NewsEvents/Newsroom/PressAnnouncements/ucm220843.htm
・FDAのミシシピー州沖の海産物の安全宣言
http://www.fda.gov/NewsEvents/Newsroom/PressAnnouncements/ucm220841.htm
・全米科学アカデミー医学研究所(IOM)が7月22日、23日に主催した研究会「メキシコ湾原油流失による人の健康被害に関する科学的評価」
http://www.iom.edu/Activities/PublicHealth/OilSpillHealth/2010-JUN-22.aspx
・欧州委員会の輸入品目規制のうち「第三国リスト」に関する決定
http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:L:2009:328:0070:0075:EN:PDF
・2002年スペインのガリシア海岸沖で発生した老朽タンカー「プレステージ号」の海洋汚染事故の人体への影響検査報告
http://ajrccm.atsjournals.org/cgi/reprint/176/6/610

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2010年8月14日土曜日

米国連邦預金保険公社が一部預金保険対象預金の保障額を25万ドルとする恒久措置通達を出状

 
 5月3日付けの本ブログで米国金融監督機関でありかつ預金保険保障機関である連邦預金保険公社(FDIC)の預金保護限度額の引上げ措置および暫定措置の延長にかかる経緯等について次のとおり詳しく解説した。

 「米国では2008年10月3日 「緊急経済安定化法(Emergency Economic Stabilization Act of 2008(EESA):H.R.1424)」が成立し、同年10月8日にFDICは、EESAに基づき、預金保護限度額を 10万ドル(約850万円)から25万ドル(約2,125万円)に引き上げたと発表した。また非金利の当座預金等についてはFDICによる「暫定流動性保護プログラム(temporary Transaction Account Guarantee Program:TTAGP)」として金額無制限に保護すると発表した。施行は同年10月3日からであり、何れも2009年12月末までの暫定的措置であった。

 しかし、銀行の経営破たんの状況は引続いており、預金者の信用不安を回避するため2009年5月20日に成立した前記“Helping Families Save Their Homes Act of 2009”により、オバマ政権は、借入枠の拡大(2010年までは5,000億ドル)と、預金保護拡大措置の延長とを決めた。すなわち2008年10月に成立した金融安定化法で導入された保護上限の拡大措置(10万ドルを25万ドル)を2013年12月31日まで延長するとした。」

 実はこのようなTTAGPに基づく暫定延長措置はその後も続いており、FDICは2009年8月26日に2010年6月30日まで金額無制限の適用範囲の拡大を行い、さらに2010年4月13日には、同措置の2010年12月31日までの暫定期間の再々延長(更なるFDIC規則の改正措置なしに12か月の再延長の可能性も明記)通知を行うとともに、TTAGPの延長措置の脱退を希望する加盟金融機関については4月30日までに「オプト・アウト」する権利を留保した(同権利は2010年7月1日から有効となる)。

 今回のブログは金融規制監督や銀行経営の抜本的改革を目指して本年7月21日に成立した「ドッド・フランク・ウォールストリート金融街改革および消費者保護法(Dodd –Frank Wall Street Reform)and Consumer Protection Act:H.R.4173)」(ドッド・フランク法)(筆者注1)の包括的な解説作業をまとめる中で出てきた問題ではあるが、実は米国金融改革の更なる大きな課題を提供する預金保険制度の課題を正確に見据える意味で取り上げた。


1.FDICによるTTAGPに基づく保障金額や対象預金に関する暫定措期間の延長
(1)FDICは2009年8月26日に2010年6月30日までTTAGPに基づくFDIC加盟金融機関において金額無制限の適用範囲を「非金利(無利子)預金(要求払い預金(Demand Deposit Account:DDA))、0.5%以上の金利を得られない「低金利の普通預金(low-interest NOW account)」、「銀行振出小切手(cashier or bank checks)」および「弁護士預り金信託勘定(Lawyer Trust Accounts)」(筆者注2)まで拡大することを通知した。

(2)2010年4月13日には、同措置の2010年12月31日までの暫定期間の再延長(更なるFDIC規則の改正措置なしに12か月の再延長の可能性も明記)通知を行うとともに、TTAGPの延長措置の脱退を希望する加盟金融機関については4月30日までに「オプト・アウト」する権利を留保した(同権利は2010年7月1日から有効となる)。

2.「ドッド・フランク・ウォールストリート金融街改革および消費者保護法」の可決・成立と一部預金につきFDIC標準保証金額25万ドルの恒久措置
(1)2010年7月21日「ドッド・フランク・ウォールストリート金融街改革および消費者保護法」の大統領署名と成立
 第Ⅲ編副編C FDIC 第335条「銀行や信用組合の預金保障額の恒久的増額( PERMANENT INCREASE IN DEPOSIT AND SHARE INSURANCE):165頁」に定める内容に従い、従来の預金保険法(12 U.S.C.1821(a)(1)(E))で定める10万ドルから暫定措置により引上げられていた25万ドルに恒久的に引上げられた。
(7月21日付、FDIC通達参照。)

(2)FDICの最終規則
 これを受けて、FDICは8月10日開催の理事会において「FDICの標準保障限度額(standard maximum deposit insurance amount:SMDIA)の10万ドルから25万ドルへの恒久的引上げおよびその店頭ロゴ広告の改正規則最終案)(Final Rule to Conform Deposit Insurance and Advertising (Logo) Regulations to Permanent SMDIA of $250,000 )」を採択した。この結果、連邦預金保険規則の第12編パート330および同編パート328が改正され、SMDIAは7月22日から施行されることとなった。
 なお、FDIC保障額の公式署名ロゴは即日25万ドルに改正されており、加盟金融機関は2011年1月3日までにロゴ等の差し替えを行うことが義務付けられている。
(8月12日付、FDIC通達参照)

(3)FDICのその他関連措置
 FDICの保障保険料計算の専用ウェブ“Electronic Deposit Insurance Estimator:EDIE”の内容も即日限度額は25万ドルに更新された。


(筆者注1)「ドッド・フランク・ウォールストリート金融街改革および消費者保護法(ドッド・フランク法)」に関する連邦議会での審議経緯の概略は次のとおりである。
「2009年12月11日、連邦議会下院で「ウォールストリート金融街改革および消費者保護強化法案( Wall Street Reform and Consumer Protection Act of 2009:H.R.4173)(以下“H.R.4173”という)」が可決された(提案者(sponsor)は下院「金融サービス委員会」委員長バーニー・フランク(Barney Frank:民主党、マサチューセッツ州選出)および連邦財務省)。本法案はオバマ政権も強くその成立を希望しており、今後はより規制強化の内容をもつ別法案「2009年米国金融安定復元法(Restoring American Financial Stability Act of 2009)」(提案者はクリス・J・ドッド上院「銀行・住宅・都市委員会」委員長)を擁している上院で審議が行われた。
また、フランク委員長が同時に提案した「2009年金融安定化改善法(Financial Stability Improvement Act of 2009:H.R.3996)(以下“H.R.3996”という)」も11月18日、金融サービス小委員会で修正のうえ同委員会を通過している。

 参考までに2009年12月、H.R.4173が下院に上程されたときの主旨説明のキーワードを紹介しておく。
①「消費者金融保護庁( Consumer Financial Protection Agency:CFPA)」の創設
②財務省内に「金融安定化協議会(Financial Stability Oversight Council:FSOC)」の創設
③財務省内に「金融調査局(Office of Financial Research:OFR)」の創設
④銀行事業体に対する自己勘定取引の原則禁止、ヘッジファンド等への投資の一般的禁止(ボルカー・ルール)
⑤巨大な金融機関の解体権限と「破綻させられないくらい大きすぎる金融機関」の存在を終結させる(Dissolution Authority and Ending “Too Big to Fail”)
⑥役員報酬やゴールデンパラシュートに対する株主の勧告的投票権(Executive Compensation)付与:
⑦SECの権限強化など投資家保護(Investor Protection)
⑧金融派生化商品の規制強化(Regulation of Derivatives)
⑨不動産担保制度改革と略奪的融資禁止(Mortgage Reform and Anti-Predatory Lending)
⑩信用格付け機関の改革(Reform of Credit Rating Agencies)
⑪ヘッジファンド、未公開株式および私募資本プール登録制度(Hedge Fund, Private Equity and Private Pools of Capital Registration)
⑫連邦財務省内に保険局の創設(Office of Insurance)

 同改革法案は上院で2010年5月20日可決、6月30日に下院で上院との調整修正案が可決、H.R.4173は7月15日に上院で最終可決された。
 この間、上院と下院は内容の調整協議(House and Senate conferees)を行い、6月29日に下院委員会は「ドッド・フランク・ウォールストリート改革および消費者保護法(Dodd-Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act)」の最終調整案の要旨を公表した。

(筆者注2)“Interest on Lawyers Trust Accounts (IOLTA)”とは、弁護士が依頼者から受け取っている預り金を、小口のまま銀行に預けていたのでは手数料等差し引かれ実質的な利子が付かないので、1つの口座にまとめてその利子を貧困者への法的サービス提供の資金して利用する効率的口座管理制度である。


[参照URL]
[FDICの関係通達]
http://www.fdic.gov/news/news/press/2010/pr10161.html
http://www.fdic.gov/news/news/financial/2010/fil10049.html

[ドッド・フランク・ウォールストリート改革および消費者保護法(ドッド・フランク法)の原文]
http://frwebgate.access.gpo.gov/cgi-bin/getdoc.cgi?dbname=111_cong_bills&docid=f:h4173enr.txt.pdf

[連邦議会下院金融サービス委員会のH.R.4173専用サイト]
http://financialservices.house.gov/Default.aspx

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2010年8月4日水曜日

米国史上最大規模の原油流出事故を巡る連邦規制・監督機関やEU関係機関等の対応(第5回)

 
 6月24日付けの本ブログで米国連邦環境保護庁(U.S.Environmental Protection Agency:EPA)は「メキシコ湾原油流失に対するEPA対応」サイトを立ち上げ、同サイトでは、まず「BP社による原油分散化剤(dispesants)の安全性、環境面から見た解説」を行っている旨紹介した。
 その際に、EPAはBP社が使用する原油分散化剤は「2-Butoxyethanol」 および「2-Ethylhexyl Alcohol)」と説明していた点につき、筆者もまったくの専門外ではあるとはいえ、その危険性についてほとんど認識せずにEPAの情報開示は十分に行われているとコメントしていた。

 しかし、為清勝彦氏が主催・翻訳する2010年6月11日付けのブログ(Beyond 5 senses)「メキシコ湾に撒かれている分散剤コレキシット(Corexit)の有毒性」(筆者はマイク・アダムス(米国のヘルス・レンジャー)や6月14日付けのプロジェクト綾氏のブログ「原油流出:懸念される『分散剤』の環境汚染」を読んで唖然とした。

 後者によると、米国連邦環境保護庁(EPA)は「コレシキット(Corexit) 9500 およびCorexit 9527」の化学成分につき6月8日に公表している。そもそも薬品の化学成分の内容は最もレベルの高い企業秘密であり、EPAもやっと聞き出したようである。

 その大規模な環境汚染問題とともに(1)2010年6月8日、BP社の株主2名によるメキシコ湾のディープウォーター・ホライズン原油流失事故発生前における株主への情報開示を意図的に怠ったとして、BPグループのCEOであるAnthony  Bryan "Tony" Hayward 等を被告とする告訴(クラス・アクション)が行われ、また(2)ルイジアナ州の牡蠣(かき)採取業者グループ(oystermen)は2010年6月16日、ルイジアナ東部地区連邦地方裁判所に「実質的損害賠償(actual damages)」および「金額不特定の懲罰的損害賠償(unspecified amount of punitive damages)(筆者注1)」の告訴(クラス・アクション)を行った(身体的被害訴訟ではない)。

 さらに(3)6月26日にはBP社とCorexitの製造メーカーであるNalcoに対し、2人のガルフコースト住民や資産所有者によるBPが多量に使用した原油化学処理剤(chemical dispersant)によるはじめての「吐き気(nausea)」、「めまい(dizziness)」、「息切れ(shortness of breath)」等直接的身体疾患を理由とする申立がアラバマ南部地区連邦地方裁判所(クラス・アクション)に起こされた。

 今回のブログは、(1)日常生活の中で、わが国の一般メディアではほとんど報じられていない石油分散剤の有毒ガス化の危険性や我々自身が安易な化学物質汚染を引き起こしている日常性の怖さを関係レポートやブログに基づき解説し、(2)前記3つのクラス・アクション裁判の訴状の内容を中心に解説する。
 なお、6月中旬で州および連邦裁判所への原油流失事故に伴うBP社等の告訴は230件以上あるとされており、アラバマ南部地区連邦地方裁判所だけで見てもBP社関連の訴訟は環境破壊、土地への不法行為、財産物への損害賠償事件が数多く係属されており、その意味で裁判籍問題も含め裁判上でも多くの課題を生じさせているといえる。(筆者注2)

1.3つのメキシコ湾原油流対策の人体への直接的影響を論じた小レポート」
レポート1「メキシコ湾のBP石油噴出の有毒ガスから身を守る方法(2010年7月10日)」、レポート 2「メキシコ湾の石油漏出対策に関する17の疑問(2010年6月19日)」、レポート3「石油分散剤コレキシット(Corexit)の有毒性(2010年6月11日)」のインパクトについて述べておく。

 これらの小レポートは、いずれも為清勝彦氏が米国の関係者のレポートを訳したものである。同氏のメキシコ湾の原油流失事故に関するブログはこの他にもあるが、ここでは代表的なものを取り上げる。
とりわけ、[レポート1]によると「今回関係者が焦点を当てている有毒ガス発生のメカニズムは1989年3月24日アラスカ州プリンスウィリアムサウンドにおける「エクソン・バルディス号 」座礁事故においてエクソンが使用したもので何千人もが被害を受けた。当時の清掃作業に直接関わった人で、今も存命している人はいない。平均死亡年齢は51歳だった。エクソンは、苦しむ人々に医療費を払わずに済ませている。
このあまり役に立たないが非常に有毒な分散剤は、イギリスでは禁止されているが、BPはEPA(環境保護庁)の求めにもかかわらず、使用中止を拒んでいる。・・
汚染物質としては、硫化水素、ベンゼン、塩化メチレンである。かなり有毒だ。・・
2つの防護手段がある。活性炭粉を塗布したマスクと、室内用の空気フィルターである」と説明されている

また、[レポート2](筆者は米国のヘルスレンジャー:マイク・アダムス)では、訳者は次のような極めて現代資本主義社会の根本的問題を投げかけている。「マイク・アダムズが訴えているのは、企業による政府の支配の問題である。我々は、国営など公共事業は非効率であり、「自由競争」の私企業こそが素晴らしいという思想を刷り込まれてきた。確かに公共事業の職員には態度の悪い人が多いため、実感的にも受け容れやすい発想だった。だが、一方で、厳しい競争にある私企業は「お客様は神様」と態度は柔らかいが、笑顔で消費者を騙す。つまり、エラそうな態度に嫌な思いをするのと、おだてられて騙されるのと、どっちが良いかという究極の選択に過ぎず、実は問題の本質は、民営か公営かではなく、競争の有無でもない。」
本文で紹介されている米国政府等の対応の問題点は、米国の先進的とされるメディアの視点をさらに超えた批判的内容といえよう。

 なお、英国海洋管理機関(Marine Management Organisation:MMO)(筆者注3)は2010年5月18日に「英国における石油流失時処理剤の使用認可一覧」を公表している。その最終10頁で“Corexit 9500”は1998年7月30日に本一覧から削除されている。これに基づき欧米の関係者が英国では“Corexit 9500”の使用が禁止されていると述べているのである。

[レポート3]は、まさに今回取り上げている「石油分散剤コレキシット(Corexit)の有毒性」についての危険性問題である。
その中で特徴的に感じた点は「住まいの洗剤、化粧品、園芸用品など、全般的にアメリカの大企業では日常製品に含まれる有毒化学薬品は危険な秘密のままである」と言うくだりである。わが国との比較において訳者の為清氏は「日用消耗品の危険物質の日本国内における表示義務については、よく調べたわけではないが、例えば「化学物質等の危険有害性等の表示に関する指針」という労働省の告示に次のような条項がある。その第5条では「前2条の規定は、主として一般消費者の生活の用に供するための容器又は包装については、適用しない。」とある。
第3条(譲渡提供者による表示)は「 危険有害化学物質等を容器に入れ、又は包装して、譲渡し、又は提供する者は、当該容器又は包装(容器に入れ、かつ、包装して、譲渡し、又は提供する場合にあっては当該容器。次条において同じ。)に、当該危険有害化学物質等に係る次の事項を表示するものとする。以下略」
第4条(譲渡提供者による表示)「危険有害化学物質等以外の化学物質等を容器に入れ、又は包装して、譲渡し、又は提供する者は、当該容器又は包装に当該化学物質等の名称を表示するものとする。」
この点につき、為清氏いわく「確かにシャンプーや歯磨きに髑髏マークの警告が付いていると不快な思いをするので、一つの「やさしい」心遣いであろう。」と皮肉られている。

 また「ヘルスレンジャーの指摘する通り、有害化学物質で髪を洗いながら、メキシコ湾の石油災害を心配するのも変な話である。確かに、家庭排水から下水道を通じて河川や海を汚すことと、飛行機で空中から有害物質を散布することに、本質的な違いは無いだろう。」と言う言葉が強く印象に残った。

 とりわけ筆者自身、石油分散剤の気化による有毒ガス問題についてはほとんど認識がなかった。

2.牡蠣業者による損害賠償請求(クラス・アクション)および原油化学処理剤(chemical dispersant)による身体被害者からの告訴(クラス・アクション)

(1)2010年6月16日、ルイジアナ東部地区連邦地方裁判所への実質的損害賠償(actual damages)および金額不特定の懲罰的損害賠償(unspecified amount of punitive damages) 請求
・原告はスコット・パーカー(Scott Parker)、スコッチ M.デュファレン(Scottie M. Dufrene) )、ジェス・ランドリィ(Jesse Landry)、レオン・ブルネ(Leon Burunet)は個人およびクラス・アクション代理人として告訴した。

・起訴状によると“actual damages”として、「原告の経済的ならびに補償(economic and compensatory damages)として500万ドル(約4億3,500万円)以上」とある。

・訴因(cause of action )は過失(negligence)である。項目23(起訴状8頁以下)の内容に基づき補足する
原告が集めた情報および確信にもとづき、全被告は次のとおり直接または間接的に「Corexit® 9500」の空中散布を行った。
a.原油そのもの以上に有毒な(toxic)化学物質を散布した。
b.メキシコ湾の浄化と原油の除去にかかる財政負担の軽減化を図るため100万ガロンになる大量の有害化学物質を散布した。
c.海底に有害物質を取り込ませることでメキシコ湾の生態系システムを恒久的に変えた。
d.化学物質により数百人の湾内の清掃作業員に疾患を引き起こさせた。
e.被告のその他の原因となる行為については証拠開示手続および審理公判で明らかにする。

(2) 6月26日、アラバマ南部地区連邦地方裁判所に対するBP社とCorexitの製造メーカーであるNalcoに対し、2人のガルフコースト住民や資産所有者によるBPが多量に使用した原油化学処理剤(chemical dispersant)Corexit9500に関するはじめての吐き気(nausea)、めまい(dizziness)、息切れ(shortness of breath)等直接的身体疾患を理由に基づくクラス・アクション請求

・原告はGlynis H. Wright(19歳) と Janille Turner(19歳) の2人であり、事件番号「1:2010cv00397」である。

・原告側弁護士事務所はアラバマ州都モントゴメリーの大手法律事務所である「ビーズリー・アレン・ロー・ファーム(Beasley, Allen, Crow, Methvin, Portis & Miles, P.C.)」である。
なお、本事件の起訴状につき筆者なりに調べてみたが、見出しえなかった。しかし、同事務所のサイトでは簡単に見つけられた。同裁判所の電子有料検索サイトである“PECER”によることも考えたが時間と手間を惜しんだ。起訴状原本の検索方法としては、弁護担当のロー・ファームのウェブサイトに当たるのが一番近道であるという良い経験であった。

・訴因(causes of action)の内容は次のとおりである。
第一訴因は「過失(negligence)および危険性の放置(wantoness)」
第二訴因は「私的生活妨害(private nuisance)」(筆者注4)
第三訴因は「過去および現在継続する不法侵害(trespass)」(筆者注5)
本件では原告は“trespass to land”に 関しては「違法な土地リースまた恐喝的リース」および「原告の身体や合法的に占有する財産への有害な化学物質の分散剤の被曝(exposure)」である。
第四訴因は「過去および現在継続する暴行(Battery)」(筆者注6)

3.6月8日、ルイジアナ東部地区連邦地方裁判所に対するBP社の株主によるBP社や同社「安全性・倫理・環境保全委員会」等に対するクラス・アクション
・原告代表は、Lore GreenfieldとAlan R. Higgsの2人である。
・事件番号:「10-cv-1683」(告訴状原本は本件に関するlexisnexisの解説記事からリンク可)

・本訴訟の意義と内容(nature of the action)
本訴訟はクラス・アクションであり固有の手続が必要となる。その一例が“nature of the action” である。連邦民事訴訟規則第23条はクラス・アクション固有のルールを定めている。(筆者注7)
・わが国ではクラス・アクションの起訴状自体を直接読むケースが少ないので参考までに概要を紹介する。

1.本クラス・アクションは、2008年2月27日から2010年5月12日の間(クラス期間)、BP社の普通株式(BP sahares)および「米国預託証券(American Depository Receipts:ADR)」(筆者注8)の全購入・取得者を代表して被告の連邦証券法の違反に基づく包括的損害の回復をもとめるものである。
2.各ADRは6つのBP社株からなる。
3.本訴は、被告の安全性や運営の完全性とりわけ深海での原油掘削の取組みについての説明により誤った情報を得たBP社株やADRの購入した投資家を含む。
4.クラス期間を通じて証券取引委員会(SEC)、鉱物資源管理局(Minerals Management Service:MMS)」に記録された資料およびその他の公的文書によると、被告はBP社について(a)メキシコ湾での原油探査や生産につき安全かつ信頼性がある方法を用い、(b)深海掘削技術を持ち、(c)深海掘削にかかる周知の
流失などリスクその知識、手続を持つと述べてきた。
5.本起訴状の申立にかかわらず、被告はBP社の事業運営はとりわけ原油流失やその結果の関するリスクに関し不適切かつ安全性に欠くことを認識していた。

・被告:
BP社、BP explorastion & production inc.、CEOのAnthony B. Hayward、CFOのBryone E.Grote、探査・生産担当執行役員のAndy G. Inglis、BP社の「安全性・倫理・環境保全委員会(BP environmental assurance committee of the board :SEEAC)のメンバーであるCarl-Henrie Svanberg、Paul M.Anderson、Anthony Burgmans、Cynhia B.Carroll、William Castell、Erroll B.Davis、Tom Mckillop、およびBP社の日々の運営監視担当役員であり、連邦議会で証言したH.Lamar Mckay等である。

 特にBP社の「安全性・倫理・環境保全委員会(BP environmental assurance committee of the board :SEEAC)の現メンバー全員(非常勤役員)が被告となっている点で世界的企業における名目だけでない対外的責任の重さが理解できよう。

 また、その法的責任を問う根拠として起訴状ではBP社の「2009年度年次報告書(BP annual Report and Accounts 2009)」の中の“Board performance and biographies”の2頁目に記載されている「BP社のガバナンス概要図(BP governance framework)」を起訴状に転記している。このことからもSEEACの責任を重要視していることは間違いない。

・クラス・アクションの対象となる申立内容
A.BP社の米国における刑事事件における安全面の過失
 今回の申立内容は、本年4月20日に発生した爆発事故やその後の原油流失だけでなく2005年テキサス市で発生、15人が死亡(170人が負傷し、10億ドル以上の救済費用)した事故や2006年アラスカ州プルドー湾(Prudhoe Bay)の操作パイプラインからの流失事故等、過去のBP社の掘削施設等における原油流失、火災、爆発事故等についても対象としている。

B.BP社の業務運営の安全性に関する誤った一般イメージ

C.BP社の沖合いの原油掘削に関するリスクの無視
噴出防止バルブの安全性等に関する懸念の無視、掘削にあたり十分なセメンチング(cementing)やパイプ保護のためのケーシング(casing)の無視(筆者注9)

D.被告CEOやCOO等のBP災害発生後の被害拡大の容認

E.市場に対する詐欺的情報提供
「2008年度BP社の戦略成果発表」「2008年度年次報告」および「BP社行動規範」等における株式市場を故意に(scienter)騙す行為を行ったことは「1934年証券取引法」に違反する行為である。

F.BP社の株主やADR購入者に対する損失の原因発生責任
その結果、事故発生時に60ドルしていたBP社の株価は7月初めには約30ドルと約半分に下がり株主やニューヨーク証券取引所やロンドン証券取引所の普通株主やADR購入者に多大な損失を生じさせた。

・本訴の原告代表の届出締め切りは、2010年7月20日である。


(筆者注1) 6月18日付けの“Bloomberg Businessweek”の記事では“unspecified punitive damages ”と記載されているが専門用語としてはおかしい。筆者は独自に関係サイトで調べてみたが起訴状原本の以下の記述等から見て“unspecified amount of punitive damages”が正しいと思う。
JURISDICTION AND VENUE:This Court has jurisdiction over this class action pursuant to 28 U.S.C. §1332 (d) (2) because the matter in controversy exceeds the sum or value of $5,000,000, exclusive of interest and costs and it is a class action brought by citizens of a state that is different from the state where at least one of the Defendants is incorporated or does business.

(筆者注2) アラバマ南部地区連邦地方裁判所に現在係属しているデイープウォーター・ホライズン・リグ事故に関する訴訟については、筆者は米国訴訟検索サイトの“Justia .com”で調べた。

 また、米国連邦裁判官会議(U.S. Courts)が8月3日に発表した連邦裁判所の裁判管轄を決める「広域係属訴訟司法委員会(Judicial Panel on Multi-District Litigation)に関し、メキシコ湾原油流失事故に伴う大規模裁判移送・統合等に関する意見書(証拠開示手続(discovery)の重複、無節操な正式事実審理前手続(pre-trial rulings)の防止、訴訟当事者・弁護士や司法関係者の人的資源の節減の働きかけ)や7月29日付けの Bloomberg.co.jpの記事「BPと米政府や原告:流出事故関連の裁判、最初の審理場所めぐり対立 」を参照されたい。

(筆者注3) わが国の海洋政策研究財団の論文「 平成21年度総合的海洋政策の策定と推進に関する調査研究各国および国際社会の海洋政策の動向報告書」(2010年3月)37頁以下で同法制定の経緯や海洋管理機関の活動内容につき次の通り解説している。英国の海洋開発や環境戦略が鮮明に書かれており、米国の取組みと比較する上で貴重な論文である。
「海洋管理機関は、今回制定される海洋法に基づいて設立され、イギリス海洋管理において主導的な立場をとり、環境・食糧・農村地域省大臣を通して議会への報告任務を持つ機関である。また、環境・食糧・農村地域省大臣は、海洋管理機関が持続可能な開発の達成に寄与する様、管理局に対し指針(guideline)を出し、大臣はこの指針の準備において、海洋管理機関の機能と資源を勘案して、海洋管理機関と協議する義務がある。
海洋及び沿岸アクセス法は、すでに競合する海域利用の調整と今後の新たな海域、および海洋資源利用の実施を戦略的また包括的に行う事を目的として制定された。 単一の法制は、海洋における活動を管理する為これまで重層化していた開発に関する手続きを環境アセスメント等の管理制度の質を下げることなく効率化する。さらに、同法制の利点として、今後気候変動等の環境変化によって生じる海洋の利用・管理への影響とその対策に、政府の柔軟な対応を促す事が可能になる。また、沿岸域管理と直接関連する事項として、同法制において「沿岸へのアクセス」という項目を新たに加え、散歩等による国民の沿岸地域環境への触れ合いを促す事を政策の重要な目的として提示している。

 なお、為清氏の訳ではMMOを「海務局」とされている。しかし、MMOのHP“About us”では「2009年海洋および沿岸アクセス法(Marine and Coastal Access Act 2009)」に基づく特定の省庁の直下には属さない無所属公的行政機関(NDPB: Non Departmental Public Body:NDPB)として運営され、政府から一定の距離を保った自律的組織であるのが特徴」とされている。
NDPBの意義ならびにその法的解説や訳語につき、わが国では正確なものが少ない。
「独立行政組織」、「独立行政法人」「非省公共団体」等と正確な意義も含め遅れている。

(筆者注4)米国法に詳しくニューヨーク州弁護士でもある平野晋中央大学教授の説明「アメリカ不法行為法の研究」は次のとおりである。「ニューサンス」(nuisance)の典型事例は、隣地の被告の運営する家畜飼育場からの悪臭や、空気や水の汚染により、近隣の土地に居住する原告が権利侵害を受けたと主張するものである。損害賠償を請求するのみならず、当該活動の差止を求めるインジャンクション請求が伴う場合も多い。すなわち「 ニューサンス」とは、近隣の土地使用および享受に於ける利益へのアンリーズナブル(理不尽)な侵害である。

(筆者注5) 不法侵害(trespass)は、①trespass to land(土地への不法侵害)は、土地の「占有権」(possession)の排他性を保護法益とすると、②「動産」(trespass to chattels)即ちpersonal property(人的財産・動産))の侵害の両者を含む概念である。前述の平野論文参照。

(筆者注6) 人を殴り、または唾を吐き掛けた場合のような、他人への違法な接触を対象とする類型が、「battery」(暴行)である。前述の平野論文参照。

(筆者注7) 連邦民事訴訟/規則第23条の仮訳を日弁連の消費者問題対策委員会が2007年6月にまとめた「アメリカ合衆国クラスアクション調査報告書」「資料1」として、弁護士の大高友一氏が仮訳されている。

(筆者注8) “ADR”とは「外国企業・外国政府あるいは米国企業の外国法人子会社などが発行する有価証券に対する所有権を示す、米ドル建て記名式譲渡可能預り証書」である。ADRの預かり対象は、通常は米ドル以外の通貨建ての株式であるが、制度的にはあらゆる種類の外国有価証券でも可能である。」野村證券「証券用語解説集」から抜粋。
 
(筆者注9)「 セメンチング」や「ケーシング」の石油や天然ガス掘削における安全性や生産性向上面での重要性について、東京大学エネルギー・資産フロンテアセンター長縄成実氏「最新の坑井掘削技術(その11)」(石油開発時報No.158(2008年8月号))が素人にも分かりやすく解説されている。

[参照URL]
[石油分散剤の有毒ガス化の危険性]に関するもの
・http://tamekiyo.com/documents/healthranger/toxicair.html
・http://tamekiyo.com/documents/healthranger/bp17q.html
・http://tamekiyo.com/documents/healthranger/corexit.html
・http://eco-aya.info/energy-news/67-2010-06-14-06-58-23

[メキシコ湾の牡蠣業者による損害賠償請求(クラス・アクション)]
・http://www.courthousenews.com/2010/06/17/Disperse.pdf(告訴状原本)

[原油化学処理剤Corexit9500に関するはじめての吐き気、めまい、息切れ等直接的身体疾患を理由に基づくクラス・アクション]
・http://www.beasleyallen.com/newsfiles/07%2026%202010%20-%20Wright%20Complaint.pdf(告訴状原本)

[BP社の株主等によるクラス・アクションの解説レポート]
・http://www.lexisnexis.com/Community/emergingissues/blogs/gulf_oil_spill/archive/2010/06/13/shareholders-pursue-class-action-suit-in-eastern-district-of-louisiana-for-misleading-investors-over-deepwater-horizon-gulf-oil-spill-by-bp.aspx(告訴状原本へのリンク可)

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