2007年7月16日月曜日

英国企業内弁護士に見る内部告発義務と同弁護士に対する「公益開示法(PIDA)」適用に向けた改正論議

 





 この数年わが国でも「内部統制」や「コーポレート・ガバナンス」という言葉がメディアに日常的に載るようになってきた。しかし、最近の牛ミンチ偽装事件を待つまでもなく企業犯罪は跡を絶たないし(筆者注1) 、ますます組織化、多様化、悪質化してきているといえる。

 内部統制の具体的実現には「内部告発」がもっとも効果的であり、被害の拡大予防に効果的であることも従来から指摘されてきた。内部告発者の保護を目的として、わが国がドイツ、イギリスやフランス等の海外の制度を参考として鳴り物入りで成した法律が「公益通報者保護法(平成16年6月18日法律第122号)」である。同法は平成18年4月1日に施行されたが(筆者注2) 、昨今の一連の事件を見るにつけ直接的な立法効果はなお不透明といえる。一方で、厳しい監督下におかれる金融機関やマネー・ローンダリング面からみた内部通報義務および通報者の保護問題について具体的な事例等を元にした議論はわが国ではあまり本格的に論じられていない。

 今回は、とりわけわが国の公益通報者保護法の立法に影響を与えた英国 (筆者注3)における事務弁護士協会(ソリスター協会:The Law Society)承認の「商工グループ(Commerce & Industry Group)」の「コーポレート・ガバナンス委員会(Corporate Governance Committee)」が2007年4月20日に取りまとめた「イングランド・ウェールズの企業内弁護士 (筆者注4)の内部通報あり方」と題する内部統制に関する第3回目公表ガイダンス(全20頁)の概要等を紹介する。

 従来、PIDA(Public Interest Disclosure Act 1998 )の保護対象は、企業に働く従業員、契約先、その他労働者による内部告発について、告発者の信義誠実(in good faith)の原則などいくつかの条件を定めているが、条件に合致する告発を行った告発者の解雇およびその他の損害を法的に禁止し、雇用審判所判決に基づく補償を定めている。

 このガイダンスをまとめた背景は、英国における内部告発者が広く法的に保護されている一方で、その他の法令は金融サービス庁(FSA)や組織犯罪取締機関等直接外部の機関に対し報告・開示すること求めている。したがって、企業内弁護士が自ら事業所の重大な違法行為であると十分に信じうる立場から取締役会だけでなく外部へ開示した場合、当該弁護士はPIDAに基づく十分な法的保護を受けられないという現実的問題に対する疑問である。
 本ガイダンスは、この問題を英国の法制・事例に基づき正面から論じた有益な内容であり、わが国でも改めて論じなければならない重要な問題であるといえる。


1.同委員会がまとめた過去の企業内弁護士の内部統制のあり方についてのガイダンスとその
  共通的な取組み課題
  今回を含め過去3回ガイダンスを公表している。これらにおける共通的な課題は次の点にある。なお、前書きにもあるとおり、本ガイダンスはイングランドやウェールズ法のみに関するものであるが、法律専門家やアドバイザーは本文書の内容とりわけ、①法律や法的特権、利益相反、マネー・ローンダリング等といった関連するテーマとの相互作用、②企業活動の監督・規制、③外国法(米国のSarbanes -Oxley法やEUの関係法)、④企業や弁護士自身の過誤の法的・風評リスクについて論じていると評している。

 (1)従業員はいかなる内部通報を行う法的義務を負っているか、また内部通報を行う場合、企業による虐待やその他の不利益な扱いに対し法律(PIDA)はいかなる保護を行うかといった点についての法律の内容を概観する。
 (2)企業の望ましい内部通報ポリシーの策定、適用のためのガイダンスを提供する。
 (3)企業内における企業内弁護士の立場に関し、他の役職員と異なる重要な法的かつ倫理的な義務を負っているか、弁護士が内部通報を行う場合いかに効率よく保護すべきか、さらに仮に内部通報を行った場合に結果として保護法の保護を受けられないといった法的ギャップ内容の確認を行う。

2.第3回ガイダンスの構成
 結論部位のみ仮訳し、その他は目次のみあげておく。E章が詳細な内容である点はいうまでもない。
A.はじめに
A1.企業のコーポレート・ガバナンスの背景
 A2.内部通報の定義
 A3.企業内弁護士の役割
 A4.内部通報に関する2つの仮定シナリオ

B.従業員にとって内部通報に関する法的義務とは

C.内部通報者に対する法的保護の内容
 C1.1998年公益開示法(PIDA)(1996年雇用法の改正法)
 C2.PIDAの内部への開示
 C3.PIDAと外部への開示
 C4.PIDAの法的欠陥
 C5.PIDAに関するケース・ロー

D.内部通報ポリシーの適用
 D1.事業者がポリシーを策定するにあたっての支援
 D2.内部通報役員・管理者の任命
 D3.スタッフの守秘義務
 D4.スタッフに対するポリシー内容の教育
 D5.内部通報役員としての企業内弁護士
 D6.内部通報役員への助言
 D7.非公式な打診の取扱い
 D8.訴訟による対応時に企業内弁護士が取るべき行動
 D9.内部通報ポリシーの見直し

E.内部通報者としての企業内弁護士
 E1.他の役職員以上に企業内弁護士は法的・倫理的に内部通報義務を負うか。
 E2.PIDAは内部通報を行う企業内弁護士をいかに効果的に保護するか。
 E3.企業内弁護士が内部通報の実行判断を行うときにいかなる調査を行うべきか。

F.結論
 取締役会は、企業のよきコーポレート・ガバナンスの実行に第一次的に責任を負うものであるが、仮にそれがなされない場合や上級経営層や監督機能を持つ機関(内部監査や法定・財務部門等)に頼りえない場合がありうる。
 企業のあらゆる階層の職員は、コーポレート・ガバナンスの実践に介在しなければならないし、そのためには通報を行うことで自らが被害者になるという恐怖感をもたずに組織の可能な違法行為に関する懸念をエスカレートさせることが重要なポイントとなる。
 企業内弁護士の重要な役割は、法律の範囲内で企業がおかれている状況について助言し、仮にCEO等直接の上司が重要なコーポレート・ガバナンス問題について取り上げることを拒否したときは、取締役会や最悪の場合は外部への開示も辞さないことになる。このような理由から、企業内弁護士は他の従業員に比べて内部通報者となる可能性が高い。
 特定の法律は、一定の環境の下で従業員等に対し違法行為の報告を義務付けており、またマネー・ローンダリング役員(MLRO)やコンプライアンス役員に対しては外部監督機関に対し報告を行わなかったときは刑事罰や行政罰を科す定めを規定している。
 PIDAは一般的に企業内の責任を負うまじめな内部通報者が違法行為について報告を行ったり、最後のよりどころとして外部に対し通報を行う行為を保護している。
 企業内弁護士は、従業員が責任をもってかつ迅速に潜在的違法行為に関する懸念を表明、通報行為を採用したりポリシーを適用する企業を支援する立場にある。
 ただし、これら弁護士はPIDAの下における保護を伴う通報義務について常に同一視することは危険である。すなわちPIDAは法的または倫理的な責任を負うあらゆる環境下において当該個人を保護することはないからである。
 コンプライアンス役員やマネー・ローンダリング役員は、金融監督機関であるFSAやSOCA(筆者注6)の外部機関への報告義務が課されており各種の危機にさらされる。このことは、PIDA法案策定時には予期されていなかった点であり、本委員会は法律の欠陥であり異なる法規制の下で外部報告義務が課される誠実義務に基づき法遵守を行なう個人を保護すべくPIDAの改正の必要性を訴えるものである。
 企業内弁護士の場合、PIDAの保護例外である「法的助言特権(legal advice privilege)」が特に問題となる。同特権は違法行為の開示は取締役会等への企業内開示が優先されることになっているのであり、この欠陥はPIDAの改正により解決すべきと考える。

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(筆者注1)牧野二郎弁護士はわが国の内部統制のあり方論を論じた著書「新会社法の核心」の中で、企業犯罪を次の4つのカテゴリーに分類している。(1)経営者自身が自ら犯す犯罪、(2)管理者による偽装・管理責任違反、(3)現場の偽装・現場の事故、(4)企業ぐるみの不祥事・事故である。

(筆者注2)わが国の公益通報者保護法について、個人、民間企業および行政機関向けに実務面も意識した専門サイトが内閣府国民生活局の「公益通報者保護制度ウェブサイト」である。一方、英国では民間NPO法人・消費者支援団体(職員数約850名)である「Public Concern at Work」が、政府とは独立した立場でDIPAの普及に向けた次のような具体的な活動をチャリティで行っている。(1)事業者向けガイダンス(Whistleblowing Best Practice)、(2)事業者の監査委員会向けガイダンス(Guidance for Audit Committees:Whistleblowing Arrangements)、(3)スコットランドの公的部門の部長等に対するガイダンス(不正行為に目をつぶるな:Don’t turn a blind eye)、(4)事業者向け公益開示ポリシーの策定モデル、実践的ガイダンス、ケーススタディなどを内容とする有料CD-ROM(187.50ポンド:約46,000円)、(5)公益開示法の内容と事業者にとっての重要性。

(筆者注3) 「英国公益開示法における事業者外部への通報の保護要件」に関する同法の関係条文や雇用審判所の判決の詳細については「国民生活審議会消費者政策部会・公益通報者保護制度検討委員会」第4回での配布された資料が詳しく紹介している。また、民間事業者向けガイドライン研究会の委員である柏尾哲哉弁護士が「参考意見」で紹介されている。特に、筆者としては従業員が事業者による不利益な処分を受けるリスクを負いながら内部通報を行うためには、企業が従来から委託する顧問弁護士を相談窓口とするのではなく、完全な独立性・中立性を持った弁護士や通報者支援団体を窓口とすべき点を強調されている点は支持したい。

(筆者注4) わが国の一般人には「企業内弁護士(In-House Lawyer)」という言葉自体まだ耳なれないかも知れない。総合商社や金融機関等一定規模以上の企業では「法務部門」は古くからもっており、また訴訟や紛争関連の問題が発生したときのために外部弁護士(顧問弁護士)を代理人または外部助言者として当該法務部門との協調とすみ分けが存在していた。しかし、最近では特に「知的財産権」「国際契約」「コンプライアンス」等への対応を目的として総合商社等は法務部門自体の拡大や拡大を行ってきている。わが国および米国企業における企業内弁護士の実態やその役割等については三菱商事(株)理事の大村多聞氏が「企業内弁護士の時代」と題する論文をまとめられており、本稿をまとめるに当たっても参考とした。
 
(筆者注5) わが国の東京弁護士会サイトではこの点について「一般的に弁護士への相談について、弁護士自体が職務上知り得た秘密を保持する守秘義務を有しており、具体的な事実を示した相談でも保護法にいう「通報」に当らない」としている。

(筆者注6) SOCA(Serious Organized Crime Agency)は、2006年4月に正式発足した英国の犯罪捜査、摘発組織。 SOCA創設は、数年前に、エリザベス女王が議会でおこなった演説にて提案された後、関連法規の整備がされてきた。従来、内務省に属していた複数の捜査組織が統合され、およそ5,000人以上の職員が配置されている。米国のFBIをモデルに組織されたといわれ、英国内の広域で重大な組織犯罪に対処することを目的としている。2013年10月に国家犯罪対策庁(英 National Crime Agency、NCA)に改組された。

〔参照URL〕
http://www.out-law.com/page-8256

Last Updated December 23,2016

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