2011年6月15日水曜日

EU評議会における公共放送やビデオ・オンデマンド、映画等に関するEU加盟国のための監視機関の役割と機能



 筆者は、2010年3月2日、EU 指令(2006/24/EC)を受けたドイツ連邦通信法改正に関するドイツ連邦憲法裁判所の違憲判決(筆者注1)に関する概要の解説ブログを同年12月20日にまとめた。実はその後のドイツ連邦政府の法改正の動向を正確に読み取るうえで重要な情報サイトを発見した。

 この問題を解く鍵として欧州評議会(Council of Europe)および欧州委員会(教育・文化事務局)が共同管理する監視機関である” European Audiovisual Observatory ”(EAO)が毎月取りまとめ公表している“IRIS”の概要について解説することが第一の目的である。

 さらに、EUのメデイア規制に関し解析することの重要な目的は、1992年12月(筆者注2)に設立されたEAOの制度面の枠組みについて正確な概要を説明することである。
 同機関について欧州連合の各機関に比べわが国では一部専門家以外では言及したものが極めて少ない。欧州連合(EU)の欧州委員会については、わが国では通商問題については「EU通商ニュース - 週間ダイジェスト」があるし、駐日欧州連合代表部が提供する最新情報がわが国でも簡単に閲覧できる。
 しかし、欧州評議会やEAOに関する詳細なデータを解析しようとして、その作業にかかる時間と予備知識を考えるとその情報量の格差は歴然である。

 今回のブログは、わが国のメデイア 関係者ならび(筆者注2)(筆者注3)(筆者注4)(筆者注5)で詳しく述べるEAOが取組んでいるテーマに関心を持つ方々にとって多少でも寄与できればという思いで作業してみた。


1.” European Audiovisual Observatory ”の制度的枠組み
(1)EAOは1992年12月、欧州のオーデオ・ビジュアル分野の専門組織の33カ国からなる「Audiovisual Eureka」(筆者注6)、欧州評議会および欧州委員会(教育・文化事務総局)の共同的努力により本部をフランスのストラスブールとして設立した。その具体的な活動は、欧州評議会の業務とりわけ「メディア事業部(Media Division)」、「ユーリマージュ(Eurimages)」(筆者注7)に関するメデイア分野を支援する。

(2)会員資格は、欧州37カ国と欧州連合(欧州委員会が代表する)で、会員からの直接的な資金提供と一部商品やサービスの販売代金が資金源となる。

(3)EAOの運営は事務局長(Executive Director:現事務局長はWolfgang Closs(ヴォルフガング・クロス)が率いる。各メンバー国は総務会(Executive Council)に1名を代表として任命し、一般的に総務会はEAOの予算とプログラムの決定のため1年に2回開催する。総務会は事務局(Bureau)を選任する。事務局は管理委員会としてのEAOの会合の準備やEAOの活動内容につきモニタリングする。

(4)EAOの年間活動計画は欧州のオーデオビジュアル分野の専門機関の代表からなる「諮問委員会(Advisory Committee)」の勧告内容に基づき作成される。

(5)EAOの年間予算は、独立した「監査委員会(Audit Committee)」によりチェックされる。

(6)EAOサイトは、わが国ではオープンなものとしてはほとんど公になっていない。主要国の公共放送等に関する監視監督機関の現状についてはわが国では、総務省の「世界情報通信事情」ならびにドイツオーストリア等一部の国のみであるがNHKのサイトにも解説がある。

2.EAOの主要任務や具体的活動分野とその責任の範囲
(1)欧州におけるオーデオ・ビジュアル分野の情報の透明性の確保である。
(2)具体的な活動対象分野
 EAOは以下の4分野に関し、市場と統計、法律および制作や資金を中心に次の情報を提供する。

①映画分野(Film)
・Legal Information
・General Data
・Public Funding Mechanisms
・Feature Film Production
・映画配給や展示(Distribution/Exhibition)
・National Reports
②テレビ分野
・Legal Information
・General Data
・Digital TV
・TV Fiction
・Audience Measurement
・By country
③ビデオ/DVDおよびその拡張分野
・Legal Information
・Market Information
④ニューメディア
・Legal Information
・General Data

2.IRISの編集方針と内容
(1)毎回約30程度の短い記事であるが、加盟国およびEU全般における公共放送、映画、ビデオ・オンデマンド・サービスおよびIPTV(IP(Internet Protocol)を利用してデジタルテレビ放送を配信するサービスまたはその放送技術の総称)の分野における立法、裁判判決に関し起きていることを定期的かつ自由な視点から概観するものである。
 簡単に言うと、EUのすべての政策決定者決定者やオーディオ・ビジュアル分野の専門家にとって不可欠の発刊物であり、これら分野の情報の流通および透明性の改善を目的としてEUの”the European Audiovisual Observatory ”が作成するものである。

(2)IRISは定期的に通信部門と緊密に関係するテレビ、オンデマンド・サービス、映画部門の製作に関するテーマを取上げる。伝統的な法分野、競争、著作権、データ保護、犯罪および税法についてそれらがオーデオ・ビジュアル部門に関係する限りにおいて最新の開発動向につき電子ニュースとして取り上げるのものである。
法律関係の政策展開に関するものとして、IRISは情報の自由、メデイアの集中(Media concentration)(筆者注8)、メディアの多元性(media pluralism)、若者保護、自己および共同的規制に関する記事を含む。

3.“IRIS”編集上のガイドライン
 標題にかかわらずIRISの記事のコア部分は事実に基づきかつ明確な内容である。すなわち、大部分のレポートは新しい法律、判決または重要な行政決定に関するものである。
 また、IRISの記事は新しい立法が採択される前に予備的に行う政治的出来事やさらに国際協定、2国間条約、重要な運賃協定(tariff agreement)に言及する。法律文は、慎重に解析され文脈において簡潔に説明される。

4.EAOのオンラインデータ・サービス
 有料の「The Yearbook Online Premium Service」と無料の「IRIS電子版」がある(筆者がsubscribeしているのは後者である)。


(筆者注1) 2010年3月2日にドイツ連邦憲法裁判所(Bundesverfassungsgericht:Federal Constitution Court)は、法執行機関が活用できることを目的とする携帯電話や電子メール等の6か月間の通話記録の保持を定めた現行通信法( 「2004年通信法(Telekommunikationsgesetz vom 22.Juni 2004(BGBl.IS.1190)TKG)」につき、EU 指令(2006/24/EC)を受けて、2007年12月21日「通信の監視およびその他秘密裡捜査対策ならびに2006/24/EG指令の適用に関する法律」2条にもとづき新規定を追加した)の規定は連邦憲法に違反する可能性が高く大幅な修正を求める旨判示した。
 なお、この法律および憲法裁判所判決については、本ブログ(2010年12月20日「米国連邦控訴裁判所が裁判所の許可なくISPの保持するEメール・データの押収・捜索行為を違憲判断(その2完)」を参照。

(筆者注2) 立命館大学立命館大学政策科学部教授 安江則子氏「EU における視聴覚メディア政策と公共放送― 市場と文化の間で ―」において“European Audiovisual Observatory”につき次のとおり説明している。
「 なお、視聴覚メディアに関する機関としては、欧州審議会の設立したEAO(1992 年設立、European Audiovisual Observatory)がある。EAO は、欧州の視聴覚メディア産業に関する情報収集とその利用のための機関で、2010 年現在37 の国とEUが参加し、関連業界との緊密な連携のもとで会議を運営し各種報告書をまとめている。映画・TV・ビデオ・DVD・その他のニューメディアを対象とし、市場調査と統計、関係法令、制作と財務などの情報提供を行っている。」
 なお、ここで使われている「欧州審議会」とはわが国では一般的に「欧州評議会」と訳されている。
 わが国の外務省の説明およびEAOのサイト情報に基づき補足すると「1949年、人権、民主主義、法の支配という共通の価値の実現に向けた加盟国間の協調の拡大を目的としてフランスのストラスブールに設立。加盟国は47か国(EU全加盟国、南東欧諸国、ロシア、トルコ、NIS諸国の一部)、オブザーバー国は5か国(日本、米、加、メキシコ、バチカン)。
 伝統的に人権(欧州人権裁判所、欧州人権条約、子供の権利、死刑制度、拷問禁止(prevention of torture)、人種差別(racism)、ロマ民族と域内旅行者(roma and travellers )、同性愛嫌悪主義(homophobia))、法律(組織犯罪、国家汚職(group of sates against corruption)、サイバー犯罪、マネー・ロンダリング、個人情報保護、テロ、司法の効率化)、民主主義(ヴェニス委員会(筆者注3)、性の同等性、市民社会、選挙と民主主義)、社会(ヨーロッパ社会憲章(筆者注4)、体罰(corporal punishment)、身体障害者保護、移住、欧州社会開発銀行(Council of Europe Development Bank:CEB )、メデイアや通信(子供とインターネット、メデイアの自由化)、生命と健康(生命倫理(bioethics)、麻薬、欧州の医薬品業界、健康保護、文化と自然(映画やオーディオ・ビジュアル、欧州文化条約(筆者注5))知的および異教間対話、少数言語、生物種の多様性(biological diversity)、持続可能な発展、気候変動)、教育とスポーツ(市民権、校内暴力、スポーツ全般、ドーピング、スポーツにおける暴力)。各種条約策定(約200本)、専門家会合開催の他、国際問題などに関する勧告・決議採択、決議事項のモニタリングに取り組む。

(筆者注3)欧州評議会のヴェニス委員会は正式には「法による民主主義のための欧州委員会」(European Commission for Democracy through Law; La Commission européenne pour la démocratie par le droit)」である。その組織や目的等については、山田邦夫「欧州評議会ヴェニス委員会の憲法改革支援活動―立憲主義のヨーロッパ規準―」(レファレンス 2007年12月号45頁以下)が詳しい。

(筆者注4)ヨーロッパ社会憲章については、中野聡「欧州社会モデルの現在と未来」(豊橋創造大学紀要 第10号19頁以下)が詳しく解説している。

(筆者注5)欧州文化条約 (European Cultural Convention) は、1954 年 12 月 19 日にパリで調印され、これが今日まで続く文化・教育および青少年育成・スポーツ活動分野での国際協力の源となっている。

(筆者注6)わが国では、EUのユーレカ計画(Eureka Project)の全体については次のような説明があるが、“Audiovisual Eureka”プログラムについて説明したものはない。いずれにしても同プログラムは2003年6月30日に機能停止している。
 以下の説明のうちデータが古くまた正確さを欠く記述があるので、最新のデータにあわせ加筆した。
「ユーレカは、1985年、米SDI構想に対抗する研究開発奨励に向け、フランスの先導で欧州を中心に設立された国際組織であり、製品・サービスの技術革新を目指した汎欧州規模のプロジェクトを推進する企業、研究開発機関、大学等を支援することを通じて、欧州経済の競争力を高めることを目的としている。フランスは現在でも指導的立場におり、参加数・投資額でトップに立つ。
議長国(Chair)は1 年毎の輪番制で、2003 年7 月から2004 年6 月までフランスが務めた後、2004 年7 月から2005 年6 月までオランダが、2005 年7 月から2006 年6 月まではチェコが議長国の任に当たっている。
参加国は欧州地域の39か国と40番目としてEUである。」
 なお、ユーレカ・プロジェクトの成果についてはたとえば、「GSM方式携帯電話」、「ナビゲーションシステム」、「モバイルや電子商取引を支援するスマートカード」、「映画のための特殊効果用ソフトウェア」、「環境汚染のモニタリングや制限する最先端医療機器と技術」である、なお、ユーレカの組織全体や意思決定組織についてはユーレカ・プロジェクト・サイトで詳しく説明されており、ここでは略す。

(筆者注7)ユーリマージュ(Eurimages)の概要は次のとおりである。なお、以下の内容は、公益財団法人ユニジャパンのサイトから引用したが予算金額や加盟国数等については、ユーリマージュのサイトの最新数値に基づき修正した。
①運営行政区:欧州評議会(EC)
②予算:2,400万ユーロ
長編フィクション作品、ドキュメンタリー作品、アニメーション作品の共同製作や劇場のデジタル化、配給に対する文化支援。
「Eurimages」は、欧州映像作品の共同製作や配給、上映・放送を支援するため欧州評議会が設置したファンド。現在、本ファンドには35カ国が参与している。
1. 共同製作
予算:最大80万ユーロ
条件:
・国際共同製作契約の規定に準じる。
・プロデューサーが申請書を提出すること。
・本ファンド参与国から共同プロデューサーを2人以上立てること(同一国は不可)。
・共同製作の主出資国の最大出資割合は総予算の80%とする。
・共同製作の副出資国の最大出資割合は総予算の10%とする。
・二国間共同製作で予算が500万ユーロを超える場合、主出資国の最大出資割合は総予算の90%とする。
最大で総支出額の80%相当額(ただし、1万ユーロ以下)

(筆者注8) “media concentration”に関し、群馬大学社会情報学部研究論集第14巻155―174頁「2007アメリカ合衆国における2003年のメディア集中規制について― Prometheus Radio Project v. FCC が提起する問題を中心に―」160頁以下の「考察」は、わが国にとっての重要な課題を投げかけている。筆者が日頃関心を寄せている問題点に近いものであり、一部ここで抜粋・引用する。
「近時において、過去のどの時点にも増して、メディア集中規制についての議論がなされてきた背景には、1990年代中頃以降のインターネットの普及が存在する。それは、一般の個人にも、双方向性を有する「多対多」の通信を可能としてきた。FCC は、2003年のメディア集中規制において、インターネットを最も驚くべき通信の発展であると認識し、また、DI の算定の根拠の1つとして位置づけた。しかし、インターネットによって、莫大な数の情報源にアクセスが可能であるという前提は、過去において実現されてきたのと同様に、インターネットへのアクセスを提供するネットワークの保有者が、それに対する支配を有さないこと、換言すれば、当該ネットワークを経由して伝送されるコンテンツ等に対して影響力を行使しない状況が、規制的枠組み等によって実現される場合にのみ妥当性を有する。すなわち、メディアとしてのインターネットの存在によって担保されると主張される情報の「豊富さ」は、メディア産業における垂直的統合の可否、特にブロードバンドのインターネット・アクセス・サービスに対する規制のあり方とも密接に関係する。近時では、当該サービスを含むメディア産業における垂直的統合の可否及びそれに対する規制のあり方に対する検討も、活発に行われてきた。(以下略す)」

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2011年6月8日水曜日

米国の株価大暴落の背景にあるインサイダー取引事件や住宅ローン・バブル等の懸念材料



(本ブログは2007年3月12日に掲載(2回に分けて掲載)したものであるが、米国の証券投資に関する投資家保護や情報提供機関である全米証券業協会(NASD)が7月30日に金融取引業規制機構(FINRA)に改組されたことが反映されていないこと、また連載3回目は オーストリアにおけるインサイダー取引法の規制強化(公平性、効率に向けた)、および(3) 米国の住宅ローン・バブルの懸念と金融規制・監督の強化に向けたガイドライン(案)の公表の概要等を報告する予定が延期したままになっていることから今回改めて1回にまとめて書き直した。)

 2007年2月末から3月上旬に続く世界連鎖型株価低落については、テレビ等でいわゆる国際金融アナリストが勝手な根拠の薄い論説を縷々述べている。株価自体日々または一定の周期で高騰や低落を繰り返すものであり、本来の金融アナリストは世界経済または個別国の深部のある経済・金融の問題点をより分析し、十分な予見をもって指摘するのが本来の役目であろう。(筆者注1)

 同年3月1日に米国証券取引委員会(SEC:読み方は「エス・イー・シー」である。くれぐれも「セック」と呼ばないように。海外では誤解や恥をかく)、FBIおよびニューヨーク南部地区連邦地方検察庁当局(筆者注2)は、大規模なインサイダー取引きに関与したとしてUBS証券(UBS Securities LLC(筆者注3))の法人担当専務取締役・調査部門の幹部やベアーズ・スターンズ( Bear Starns & Co., Inc)の従業員兼ヘッジファンドの運用マネージャー、モルガン・スタンリー(Morgan Stanley & Co.,Inc)の担当弁護士夫婦2人、2人のブローカー兼ディーラー、ディ・トレーダー会社(筆者注4)、高額の違法利益を得た3ヘッジファンド等による1,500万ドル(約17億5,500円)以上に上る違法な利益を得たことを理由として14人(うちに3ヘッジファンド会社(法人)を含む)を逮捕、告訴した(筆者注5)。

 これらの犯人13人は刑事責任(criminal charge)および11人の個人と3法人は民事責任(civil charge)を問われることになったが、刑事責任容疑者のうち9人は逮捕され、また主犯格以外の4人は大陪審(grand jury)において証券詐欺罪(securities fraud)、証券詐欺にかかる共謀罪(conspiracy)および収賄罪(bribery)について有罪答弁(pleaded guilty)を行っている(筆者注6)。

 また、SECの訴状内容は監督権にもとづき、独自に①恒久的な差止請求(permanent injunctive relief)、②判決前の保持利益に関する不当利得返還請求(disgorgement of illicit profits with prejudgement interest)、③民事制裁金(civil money penalties )を求めている。筆者なりに今回の監督・司法当局がとった行動の背景にある事件の特徴(多くの容疑者がヘッジファンドのポートフォリオ・マネージャーであり、米国の連鎖的株価低落はこれらを放置(またはいたちごっこ)している米国の証券投資制度そのものの信頼性が問われている)とコンプライアンス強化等監督規制面からの問題点についても概観する。(筆者注7)

 なお、オーストラリアの財務省政務次官であるクリス・ピアス(Chris Pearce)は3月2日に「インサイダー取引に関する立場および諮問書(案)」に関するパブリック・コメントを6月2日を期限として求めている。世界の主要国の金融監督機関は証券取引の規制強化に向けて取組んでいる中、その法規制強化に向けた具体的内容の検討は、わが国でも業界関係者や司法関係者に重大な課題を投げかけているといえる。特に「2007年問題」は米国でも同様であり、1948年から1964年の17年間に生まれた約7,800万人のベビー・ブーマーは2008年以降毎年約400万人ずつ退職期に入る。年金や医療等の社会保障制度の大半が民間に委ねられている米国では老後のための貯蓄に関心が高く、また証券会社は従来の投資サービスから資産の活用、維持等を目指すラップ口座(投資一任勘定、分離管理口座)の残高を伸ばしている。今回の事件は、このような多大な顧客の信頼を失う事件としても注目すべきであろう(筆者注8)。


1.証券取引委員会等による大規模インサイダー犯罪告訴
(1)SEC等による捜査の結果判明した犯罪グループの存在
 今回の非公開情報にもとづくインサイダー取引の犯罪グループは2つに大別できる。容疑者によってはこの両者に関与している。
①UBS証券関連詐欺グループ(UBS scheme):2001年以降行われたもので、8人(うち1人は日本人(31歳)である)の証券投資プロ、3つのヘッジファンド、ディ・トレーダー会社1社、2ブローカー兼ディーラーによる数千の違法取引と1,400万ドルにのぼる違法利益容疑である。
②モルガン・スタンリー関連詐欺グループ(Morgan Stanley Scheme):数名の証券プロや企業買収に関する機密情報の漏洩を行った弁護士によるインサイダー取引である。60万ドルにのぼる違法利益容疑である。
主犯格のミシェル・グッテンバーグ(Mitchel S. Guttenberg 41歳:大証券会社であるUSBの株式調査部門の代表権を持つ役員兼登録代理人)は、共犯者たちとニューヨークの有名な牡蠣(かき)料理店で秘密の会合を続け、そのやり取りは使い捨て携帯電話、暗号、現金リベート(cash kickbacks)というものであった。

(2)SECの訴状における各容疑者の違法行為の概要

①ミシェル・グッテンバーグ(Mitchel S. Guttenberg 41歳)UBSが保有する非公開情報を機密裡に内報、株式取引きに違法な利益を得た。

②エリック・フランクリン(Erik R. Franklin 39歳)ベアー・スターンズの従業員でありかつ、Lyford CayおよびQ Capitalのヘッジファンドのポートフォリオ・マネージャー、Chelsey Capital ヘッジファンドのアナリストである。UBSおよびモルガンから非公開情報を入手、違法取引を行った。

③デビッド・タヴィ(David S. Tavdy 38歳)私設取引トレーダー(proprietary trader) (筆者注9)でありかつ登録代理人である。ディ・トレーダー会社であるジャスパー・キャピタルのトレーダーである。UBS詐欺に関与した。

④マーク・レノヴィッツ(Mark E. Lenowitz 43歳)Chelsey Capitalファンドのポートフォリオ・マネージャーでかつQ Capitalの有限責任パートナーである。UBS詐欺に関与した。

⑤ロバート・バブコック(Robert D. Babcock 33歳)サントラスト・キャピタル・マーケット社およびベアー・スターンズの登録代理人であり、またLyford Cay ヘッジファンドの共同事業者である。UBSおよびモルガン詐欺に関与した。

⑥アンドリュー・スレブニック(Andrew A. Srebnik 35歳)ジェフリーズ・アンドカンパニー社およびベアー・スターンズの登録代理人である。UBS詐欺に関与した。

⑦Ken Okada(岡田 謙? 31歳)キャセイ・フィナンシャル社およびベアー・スターンズの登録代理人である。UBSおよびモルガン詐欺に関与した。

⑧デビッド・グラス(David A. Glass 32歳)Jasper CapitalのオーナーでありかつAssent LLCの登録代理人である。UBS詐欺に関与した。

⑨ランディ・コラータ(Randi E. Collotta 30歳)弁護士であり、ガーデン・シティグループ社の証券運用部長である。またモルガンのグローバル法令遵守部門(global compliance department )の弁護士である。モルガンの機密情報を漏洩し違法な利益を得た。

⑩クリストファー・コラータ(Christfer K. Collotta 34歳)個人開業弁護士。妻であるランディから得た非公開情報にもとづき違法な利益を得た。

⑪マーク・ジュルマン(Marc R. Jurman 31歳)マリンズ・キャピタル LLCおよびファイナンス500社の支店の登録代理人である。モルガン詐欺に関与した。

⑫Q Capital Investment partners, LP

⑬DSJ International Resources Ltd.,

⑭Jasper capital LLC

(3)今回の大規模インサイダー取引犯罪の背景にある投資証券取引規制および投資一任勘定の規制強化
 米国におけるオープンエンド型投資信託(mutual fund)やヘッジファンドをめぐるトラブルは極めて多い。株式市場の不安定さによることも1つの原因といえようが、米国の連邦議会行政監査局(GAO) は、2004年1月27日付で「投資信託の受託手数料やその他の販売推進活動についてより一層の公平性・透明性」を求める報告書を連邦議会上院「国家財政管理、予算および国際証券取引に関する小委員会」あて提出している。

 SECや金融取引業規制機構(FINRA)(筆者注10)による厳しい規制監督や投資家保護に関する詳細な情報提供にもかかわらず、SECによる投資顧問会社(アドバーザー)やヘッジファンドの告訴があとを絶たない。ちなみにSECの法執行部(Division of Enforcement)サイトを見てみよう。SECの法執行行為は、①連邦裁判所への民事告訴(Federal Court Actions)、②行政手続(Administrative Proceedings)、③行政審判官による第一次審決(Administrative Law Judges Initial Decisions & Orders )、④委員会の意見(Commission Opinions)に区分されるが、連邦裁判所への民事訴追も本事件後だけでも13件起きている。 一方、FINRAのヘッジファンドに関する投資家向け情報(自信のある向きは投資に関する金融クイズ(18問)にチャレンジされたい)提供も継続的に行われている。
 SECサイトでは「あなたの投資資金を分散投資(Hedging Your Bets)―ヘッジファンドの有利な運用、ヘッジファンドのヘッジファンドとは―」(筆者注11)や2002年8月23日付の「ヘッジ・ファンズによるファンズ(Funds of Hedge Funds)-高い潜在的収益のための高いコストとリスク」を読んで欲しい。ヘッジファンド・マネージャーがいかに高度な?投資戦略と技術を用いているか、その違法すれすれの手法を紹介している。

(A)米国のおける投資家間の重要な企業情報へアクセスの公平性確保策(筆者注12)
 米国やわが国の企業において、投資家の信頼確保面の最大の問題は証券アナリストや機関投資家さらに個人投資家の間の情報格差の是正である。そのような点を背景として米国SECは2000年8月に「選択的情報開示およびインサイダー取引の規制に関する最終規則(Selective Disclosure and Insider Trading)」を採択、同年10月23日に施行した。
 本規則の主な狙いは、①発行者による未公開情報の選択的開示(レギュレーションFD(Fair Disclosure))、②インサイダー取引の責任問題は未公開情報のトレーダーの使用または意図的占有に基づく(同規則10b5-1)、③家族やその他ビジネス外の関係の基づくインサイダーにおける横領理論(misappropriation theory)(同規則10b5-2)の3つの問題に帰結するため、本規則は債券発行者による完全・公正な情報開示の徹底とインサイダー取引きに対する既存の禁止処分の一層の強化を図ったのである。
すなわち、SECは従来のインサイダー取引規制とは別に情報を保有しうる立場にある人間の選択的な情報開示自体を禁止することで、証券アナリストを通じた情報の漏洩の禁止策をとったのである。

 この開示義務が課されるのは、債券発行者(規則101条b項)および発行者に代って行動する発行者の上級幹部やIR担当役員やブローカー兼ディーラー、投資顧問業者、証券アナリスト等(規則101条c項)である。

 このような新たな観点からSEC規則を定めた背景には、企業の内部者が業務を通じて知りえた内部情報に基づいて証券売買を行った場合ならびに外部者がこれらの内部情報に基づいて売買を行った場合は当該内部者は共犯者として米国証券取引所法等に基づき罰せられる可能性が大であった。
しかし、近時の取引きの実際は、証券アナリストが顧客である機関投資家等に内部情報を提供し、これら情報に基づいて不当な売買行為が行われることが多くなってきた。

 これに関し、司法機関の解釈は「1934年証券取引所法」10条(b)項「SEC規則10b-5条」に関し限定的であり、例えば1983年の連邦最高裁判所判決(DIRKS v. SEC)は「証券アナリストがインサイダー取引きの共犯として処罰されるためには、①企業の内部者が個人的な利益を得るために証券アナリストに対し重要な情報を選択的に開示し、②その結果、企業に対する信認(fiduciary)義務」に違反した場合で、③情報を受け取ったアナリストもその義務違反の事実を知っていたかあるいは知るべきであった場合に限る」と判示している。 

(B)わが国の投資顧問業法にいう投資一任勘定(ラップ口座)に関する情報提供不足問題
 2003年10月に国民生活センターは「投資取引きにおける消費者向け情報に関する調査研究結果(英米日比較)」を公表している。前述のNASDのサイトも照会されているが、個人投資家が被害に会わないためのノウハウ提供が最も重要であろう。
 ちなみに、わが国の投資顧問業界の窓口である「投資顧問業協会」サイトで「投資一任勘定」見ると「お任せ」の一言である。これではまったく投資家保護にならない。一方、金融庁等のサイトも専門家向け以外の情報はない(2007年3月に金融庁は「ヘッジファンド調査(2006)の結果」を公表している。その中で米国でも問題となっている「ファンズ・オブ・ヘッジファンズ」おける運用手数料の二重徴収に言及している。それなりのパーフォーマンスを出すのであれば問題ないとする機関投資家も少なくないと述べているが、具体的な比率(20%プラス5%等)までは述べていない。個人投資家の場合はその評価は異なるはずである。そこが米国では問題になっているのである)。

(C)証券アナリストの利益相反行為と企業改革法( Sarbanes –Oxley Act of 2002 )の機能強化の必要性
 利益相反行為の制限・規制のポイントとなる点は証券アナリストによる利益相反行為である。大手証券会社は証券アナリストをかける市場リサーチ部門と投資銀部門が共存している。証券アナリストは大口顧客の証券会社に厳しい評価をつけづらく、その独立性の確保が課題となる。企業改革法501条(登録証券アナリストに関する利益相行為規制 15 U.S.C.§78o-6(a))では、この点について1934年証券取引所法の改正、新設(15D)が行われている。(筆者注13)

 すなわち、①投資銀行業務に従事するブローカーもしくはディーラーに雇われる者または投資リサーチに直接責任を負わない者は、法務または法令遵守部門を除きアナリストのリサーチ報告書を公表前に審査または承認することを制限される。②証券アナリストの監督または給与査定については、投資銀行業務に従事しないブローカーまたはディーラーにより雇われた職員が行わなければならない。③証券アナリストのリサーチ報告書がブローカーまたはディーラーの投資銀行取引に悪影響を及ぼしたとしても、アナリストに報復してはならない。④証券アナリストがリサーチ報告書の対象とする企業に対し、債券または株式を有しているか否か、リサーチ報告書で推薦の対象とされた企業が、その1年内にブローカーまたはディーラーの顧客であったか否かといった事実を、SEC 規則に従って開示しなければならない。


(筆者注1)本ブログを書いている間にも、わが国のインサイダー取引事件が発覚した。2007年3月9日に証券取引等監視委員会は総理大臣および金融庁に対し小松製作所に関する証券取引法175条7項、1項に基づく課徴金(4,378万円)の納付命令勧告を行った。

(筆者注2)マイケル・ガルシア・ニューヨーク南部地区連邦地方検察庁検事(MICHAEL J. GARCIA: United States Attorney for the Southern District of New York)の記者会見ビデオ(MSNBC)は、次のURLで見れる。この記者会見で同長官は後方に今回の容疑者の関係図を示しながら説明している。関係図は残念ながらこの画面でしか見れない。なおこのビデオの前に宣伝が入るが我慢して欲しい。http://www.msnbc.msn.com/id/17401254/

(筆者注3)平成18年5月に施行されたわが国の「新会社法」では有限会社が廃止され、新たに日本版LLC(合同会社:Limited Liability Company)制度が認められた。LLCの特徴は社員(出資者)が経営に参加しながら(人的会社)、会社の債務に対する責任は出資額が限度(有限責任)である点や内部組織や定款を自由に定めることができる。合同会社に関する規定は、合同会社固有のものとしてではなく、会社法上は「持分会社」というタイトルの下で、合名会社・合資会社と共通するものとして規定された。すなわち、合名会社・合資会社・合同会社の3種の会社は、その社員が有する会社に対する割合的地位のことを「持分」とし、内部関係において組合的規律がなされる点で共通する。そこで、会社法では、それら3種の会社をまとめて「持分会社」と称し(会社法575条1項)、会社法第三編で「持分会社」という独立の編を設けて規定がなされた。つまり、合名会社、合資会社および合同会社において、共通に適用すべき規律については、同一の規定が適用される(会社法575条~675条)。それらの会社形態のうち各会社のみに適用される内容については、特則という形で会社形態が明示されて規定される。

 なお、LLCに類似した経営形態にLLP(有限責任事業組合:Limited Liability Partnership)がある。LLPはLLCのように会社ではなく組合であり根拠法も「有限責任事業組合契約に関する法律」である。その最大の特徴は税金が組織に対して課されるのでなく出資者に対して課税される点である(構成員課税、出資者の事業所得との損益通算が可)

(筆者注4)被告David A. Glassはディ・トレーダー会社(Jasper Catital LLC)のオーナーである。会社の証券を1日のうちに売ったり買ったりして、目先の値ザヤ稼ぎをすることを「日計り商い」(day trading)というが、「ディ・トレーダー」とは、この日計り商いを行う投資家のことで、それら顧客向け商売にしているのが「ディ・トレーダー会社」ある。1990年代後半、アメリカではインターネットに開設された証券会社のホームページを通じて、低コストで取引をする個人投資家のディ・トレーダーが急増した。インターネットをはじめとするハイテクのおかげで、個人投資家がこの取引に参入しやすくなったが、損失を被る被害者も増加し、それが問題となっている。(スペースアルクより引用、一部変更)

(筆者注5)本事件についてワシントンポストやニューヨークタイムズ、フィナンシアルタイムズその他多くの世界のメディア(もとはAP、AFP通信等)が取り上げたのに拘らず、わが国のメディアでこの件を取り上げたのは朝日新聞(3月3日付)のみである。日頃海外情報に熱心な日本経済新聞といった専門紙はどうなったのか。

(筆者注6)これだけの大規模インサイダー事件となると裁判管轄も各州にまたがる。証券詐欺等容疑等に基づき最高25年の禁錮刑が科せられる主犯格のミシェル・グッテンバーグ(Michel S.Gutteberg )は無罪を主張しニューヨーク連邦地裁で50万ドルの保釈金、弁護士のランディ・コラータ(Randi Collotta)とクリス・コラータ(Chris Collotta)は無罪を主張し25万ドルの保釈金で釈放されている。デビッド・タヴィ(David S.Tavdy )はマイアミの連邦地裁に出廷予定とされている。エリック・R フランクリン(Erik R. Franklin )やその他の容疑者はいずれも釈放されている。

(筆者注7)米国の証券ブローカー・ディーラーの資格に関する登録制度等について簡単に見ておく。主たる証券取引の責任者は取引所法および全米証券業協会(NASD)規則に従いブローカー・ディーラーを運営する知識および経験を有していることについて、全米証券業協会の条件を満たす必要があり、また、SECに登録されているブローカー・ディーラーは、原則として取引を行っている証券の販売もしくは買付のための募集を行っている各州において登録を行わなければならない。さらに、各州や地域(provincial)の監督機関は、北米証券行政協会(North American Securities Administration Association:NASAA)のもとで一元的に管理され、証券取引業を営んでいるブローカー・ディーラーの従業員が、販売代理人として登録されることを要求するとともに、証券取引所法の15条(b)項に基づき登録され米国内で事業を行うブローカー・ディーラーは、証券投資家保護公社(Securities Investor Protection Corporation:SIPC)に加盟することが要求されている。

 SECは、証券関連法違反、とりわけ相場操縦、詐欺、マネー・ローンダリング、インサイダー取引、または横領を含む重大な違反がある場合には、ブローカー・ディーラーに対し、中止および停止命令または一時的ないし恒久的な差止命令の措置を取ることができる。また、SECからブローカー・ディーラーの監視権限の委託を受けている全米証券業協会(NASD)は、ブローカー・ディーラーが所定の資本要件を充足しなくなった場合や、全米証券業協会の規定に違反した場合、ブローカー・ディーラーの会員資格を取消すことができる。

(筆者注8)野村総研のレポート「変貌したアメリカのリテール証券市場(上)」(2005年11月)が参考になる。http://www.nri.co.jp/opinion/chitekishisan/2005/pdf/cs20051102.pdf

(筆者注9)取引所外で私設取引を行うトレーダーとは、クライアントを拠点とするビジネスに関して働くのではなく投資銀行の自己資金(自己勘定部門の資金)を運用するトレーダーのこと。そのようなトレーダーは、さまざまな資産における市場取引きにおいて、広範囲な戦略(技術的分析手法や統計的手法を含む)を利用する。なお、最近では、私設取引システム(Proprietary Trading System またはPTS)といった取引所外の新たな取引方法の導入等により、有価証券の売買の場が拡大してきている。

(筆者注10)全米証券業協会(National Association Of Securities Dealers:NASD)は2007年7月30日に新たに金融取引業規制機構(Financial Industry Regulatory Authority :FINRA)が発足した。この件については星野英二ブログ(2011年1月22日)(注4)で概要を説明しておいた。

(筆者注11)米国のヘッジファンド規制(設定、運用、販売)についての法制度面の解説はSECサイトより金融庁の解説(平成17年2月「ヘッジファンド調査の概要とヘッジファンドをめぐる論点」)の方が分かりやすいので以下引用する(SECの投資管理部サイトの最新情報を含め一部加筆、補足した)。以下の関係法の詳細を検索しようとするとSECサイトから「シンシナティ大学のサイト」に行き着く。米国らしい。

(1)ヘッジファンドの「設定」に関する法規制
 1934年証券取引所法(Securities Exchange Act of 1934)において、国法証券取引所上場会社のみならず、発行済証券の保有者が名簿上500人以上で、かつ100万ドル超の資産を有する証券発行者は、その発行する証券をSECに登録しなければならない。証券を登録した発行者には、継続開示義務(年次・四半期報告書等)、大量保有報告義務(5%超保有報告)および短期売買報告義務(10%超保有するファンド内部者の取引報告)が課せられている。なお、多くのヘッジファンドは、発行済証券の保有者が500人未満であることから、本登録を免除されている。
 また、1940年投資会社法(Investment Company Act of 1940)は、原則、すべての投資会社のSECへの登録、投資会社およびその関係者に対する行為規制、SECによる制裁等を規定している。ただし、証券の実質所有者が100人以下で、かつ公募を行っていない証券発行者は、本法上の投資会社とはみなされない。多くのヘッジファンドはこの規定により、SECによる規制が免除されている。なお、多くのヘッジファンドは、適格購入者を無制限に受け入れていることから、SECによる規制が免除されている。

(2) ヘッジファンドの「運用」に関する法規制
 SECは、2004年10月に1940年投資顧問法(Investment Advisors Act of 1940)を改正し、投資顧問の登録義務を強化する新ルールを追加するとともに、関連規則の一部改正を行った。本改正法は2005年2月10日に施行、登録義務の開始は2006年2月1日からとなっている。

A. 登録の対象
 米国に本部を置き、営業を行う投資顧問48のうち、①米国内に15人以上の顧客を有し、②2,500万ドル以上の資産運用を行う者は、投資顧問業者としてSECに登録する義務が生じる。米国に本部を置かないオフショア投資顧問も、米国に15人以上顧客を有する場合は、運用資産額に関係なくSECに登録する義務が生じる。なお、従前、直近12か月間の顧客が15人未満であることなど一定の要件を満たす投資顧問業者は、SECへの登録義務が免除されていたが、法改正により、顧客数の計算方法が変更となり、ヘッジファンドに投資している投資家の数も顧客の数に算入されることとなり、多くのヘッジファンドの投資顧問が規制の対象となった。

B. 開示義務
 投資顧問業者は、投資顧問業者登録様式により、ヘッジファンドの数・運用資産総額・従業員の数・顧客の種別等を含む情報をSECに登録しなければならない。また、登録された情報は投資家に開示される。投資顧問は、顧客利益に奉仕する旨書面で約し、その方針・手続に関する情報を顧客に開示する必要がある。また、業務方法・処分歴・財政状況等を含む書面の開示も必要となる。

C. 法令遵守(コンプライアンス)関連義務
 登録投資顧問業者は、SECによる定期的な検査や法令遵守に関する方針・手続を書面で採用し、毎年見直すとともに、それを管理する最高コンプライアンス責任者を任命しなければならない。また、職員の行動基準等を含む倫理規範を作成しなければならない。

D.その他の義務
 その他の義務として、成功報酬を徴収する投資家を、最低150万ドルの純資産か75万ドルの預入資産を有する者に限定、顧客資産の維持・管理、業務に関する帳簿・記録の5年間の保存が課される。

(3)ヘッジファンドの「販売」に関する法規制
 1933年証券法(Securities Act of 1933)は、原則すべての公募証券をSECに登録することおよび勧誘に当たり投資家に目論見書を交付すること等を義務付けている。
 ただし、これらの義務は、①私募の場合ならびに②適格投資家に対して募集を行う場合および③募集の額が少額である場合には適用除外となることから、多くのヘッジファンドは当該規定の適用を受けているようである。ただ、適格投資家への販売除外規定および少額免除を利用したヘッジファンドを投資家に勧誘する際には、新聞・雑誌・手紙・テレビ・ラジオ放送等を利用した不特定多数への勧誘が禁止されるほか、購入者が当該証券を転売しないよう、証券発行者は必要な措置を講じなければならない。

(筆者注12)SECの「公平情報開示およびインサイダー取引の規制に関する最終規則」についての解説は、一般的に読めるものとしては平松那須加「知的資産創造」2001年9月号24頁以下が上げられる。特に証券アナリストを介した内部情報の入手事件として有名な1983年7月1日連邦最高裁「DIRKS v. SEC事件(463 U.S.646)」におけるインサイダー取引規制(証券取引所法、SEC規則違反)の適用制約を回避することが同規則制定の背景にある点の解説が参考となろう。

 ただし、同稿は米国におけるインサイダー取引規制の経緯については十分言及していない。その点についてはやや古くなるが、1998年9月ケンブリッジ大学で開かれた第16回「国際経済犯罪シンポジューム」においてSECの法執行部次長トーマス・ニューキーク氏(Thomas C. Newkirk)が歴史的な流れについて分かりやすく解説している。また、同氏が言及している「EUにおけるインサイダー取引および市場操作に関するEU指令(2003/6/EC)」(2004年4月12施行、2004/72/EC指令で改正済)についてはEUの公式サイトで確認できる。
また、家田崇「アメリカ証券流通市場における選択的情報開示および内部者取引の新規則(1)(2)」(甲南大学会計大学院)もよりSEC規則の内容について詳しい。
http://www.nucba.ac.jp/cic/pdf/njeis462/03IEDA.PDF

(筆者注13)国立国会図書館「外国の立法215(2003.2)」88頁以下から 引用した。


〔参照URL〕
SEC: http://www.sec.gov/news/press/2007/2007-28.htm
ニューヨークタイムズ:http://www.nytimes.com/2007/03/02/business/02inside.1.html?ex=1330491600&en=b8f2c508e96155e3&ei=5088&partner=rssnyt&emc=rss
ワシントンポスト:http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/03/01/AR2007030100853.html
フィナンシャルタイムズ:
http://www.ft.com/cms/s/84f0e2ba-c81f-11db-b0dc-000b5df10621.html

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