2010年12月4日土曜日

米国国防総省が「1993年同性愛公言禁止法(Don’t Ask,Don’t Tell Act)」の廃止に伴う包括的見直し報告を発表



 11月21日の本ブログで詳しく紹介した、さる10月12日にカリフォルニア中央地区連邦地方裁判所(判事:バージニア・A・フィリップ)が判示した「1993年同性愛公言禁止法(Don’t Ask,Don’t Tell Act:DADT)」の連邦憲法違反判決等を受けて、国防総省(DOD)における軍事戦略面や人事面への影響に関する見直し作業部会(hight-level working group:部会)報告書およびその廃止に対応した実施計画がさる11月30日、DODのゲイツ長官やマレン統合参謀本部議長(Chairman, Joint Chiefs of Staff)の声明等とともに公表された。(筆者注1)

 この問題につき、筆者はオバマ政権が支持した「外国人若年層の人材開発・支援・教育法(Development, Relief and Education for Alien Minors Act: DREAM ACT法案)につき連邦議会上院が否決した一方で政権は年内に下院での成立を目指す等の問題についてまとめつもりで作業していたが、この作業部会報告書が先行する形で発表されたので、今回はこの報告書の要旨につきゲイツ長官の声明およびDOD等の議会に対するDADTの廃止に向けた働きかけ強化と司法主導への牽制姿勢について紹介する。(筆者注2)

 なお、11月30日の報告書発表に引続きDODや各軍幹部の連邦議会上院軍事委員会での証言が行なわれている。報告書の要旨および議会証言の詳細な内容については別途まとめる予定である。


1.11月18日、DOD報道官ジェフ・モレル(Geoff Morrell)が報じたDODでの検討内容
 DODのいわゆる「“Don’t Ask,Don’t Tell Act”廃止に関する包括的見直し作業部会」の報告は12月1日に完全なかたちで公表する予定である旨公表した。その際、同報道官はオバマ政権が支持した「外国人若年層の人材開発・支援・教育法(Development, Relief and Education for Alien Minors Act: DREAM ACT法案)につき連邦議会上院が否決した件で連邦議会上院民主党(多数派)院内総務であるハリー・ライド(Harry Mason Reid)や軍事委員会委員長(Senate Committee on Armed Services)カール・M・レヴィン(Carl Milton Levin)に対し、法案成立への強い協力要請を行っている旨報じた。

2.11月30日、DODのゲイツ長官およびマレン統合参謀本部議長ならびに作業部会共同部会長のジョンソンDOD法律顧問とハム陸軍大将による共同記者会見
 同日午後、この報告書につき連邦議会および国民に対し報告する旨の記者会見が行われた。また同時にその廃止に対応した実施計画が公表された。

 本ブログでは、記者会見および実施計画の概要について紹介する。なお、11月30日の記者発表の内容は必ずしも用意周到とはいいがたく、以下の内容は筆者がDODの資料等に基づき独自に補完、アレンジしたものである。

(1)ゲイツ長官(Defense Secretary Robert M. Gates)の部会報告に対する基本取組み姿勢の声明
 DOD等は2010年3月2日に米軍に従事する同性愛者に対し、“DADT”法の廃止に伴う軍維持の観点からの問題点の洗い出しおよびその成果に基づく法改正に関する勧告を行うことを目的として部会を設置した。

 長官として作業部会に2つの主要任務を命じた。1つはDADT法が廃止されたときの軍の実効力、部隊の結合力、新人募集および家族の心構えの影響を評価すること、2つ目は同法が廃止されたときのDODの諸規則、政策、および指導内容に関する勧告の内容である。さらに、廃止時の適用を支援すべく行動計画を策定するという内容であった。
 その概要は次のとおりである。

①第一に当初からの考えであるが、部会の作業目的は法改正を行うべきか否かの投票を軍に問うものではない。事実そのようなことはわが国の政権システムの考えとは対極的なことであり、またわが国の長い文民統制に基づく軍の歴史上で先例のないことである。わが国の軍の最高指揮官(commander in chief of the Armed Forces)であるオバマ大統領の考えは私の支持する考えどおりであり、我々の任務たるDODの国民および軍に対するリーダーシップは、議会が法改正したときに備え、いかなる準備を行うかという視点である。(筆者注3)
 しかしそれでもなお、私は結局のところその変革(法改正)について決定権が軍やその家族にかかわる重要な問題であると考える。私は、法改正が行われる時に必要とされる姿勢、障害および懸念材料を学ぶ必要があると信じる。このことは、我々は制服組の軍人やその家族に手を差し伸べまた考えを聞くことのみにより実現できるといえる。
 部会は、数万人の軍人や配偶者に対するマス調査から、同法に基づき除隊処分を受けた人々を含む小グループや個人面談等各種の手法に基づき調査を行った。

 詳細な調査結果は別途ジョンソン氏とハム大将の説明があるが、要約すると3分の2以上の制服組はオープンなかたちでのゲイやレスビアンに反対しない。それは短期的には軍の規律の混乱はありうるものの、多くの人が恐れまた予言したとおりの痛みを伴うトラウマ的な変化ではないという結果であった。
 また調査データは、戦闘専門部隊には現行のDODのDADTポリシーの改正に対する強い反対や抵抗があることを示している。私自身この米国戦闘部隊への適用における問題は陸・海・空軍参謀に対する懸念材料として残っており、この点は後から議論したいと考える。

②また、部会は軍人やその家族が受ける諸給付、住居、階級間の付き合い関係、隔離および除隊(discharge)措置について調査した。共同部会長が数分間で述べたとおり、性的行動、軍隊内で禁止される親交(franternization)(筆者注4)、官舎提供協定(billeting arrangements)、婚姻または遺族手当て(marital or survivor benefits )は既存の法律や規則で管理できる。既存のDOD方針は同性愛者や異性愛者(heterosexuals)にも適用できるし、そうすべきである、

③部会は、部隊の結合力(unit cohesion)、採用や要員の確保やその他重要な問題につき軍としての準備における法改正に伴う潜在的な影響について検証した。
 私の考えでは、このカテゴリー権に属する問題が最も重要な点であると考える。

 米軍は現在イラクやアフガン戦争における兵力削減という困難かつ複雑な2つの海外での重要な軍事展開行動の途上にある。この2つは戦闘地や家族を極めて強いストレスをもたらしている。私が約4年前にペンタゴンでの任務について各決定を下すにあたり導いたのは9/11以来戦闘や死に直面してきた勇敢な若い健康な米国兵士である。仮に同法が廃止されたときに最前線の配備される戦闘部隊の兵士の士気、結合力および戦闘の実効性へのマイナス効果をいかに最小化するという問題である。
 その準備に関して報告書は全体としてみてDADT法の廃止によるリスクは低いと結論付けた。しかしながら前に述べたとおり調査結果データは、40%~60%の割合で陸軍や海軍の全員が男性からなる戦闘専門家部隊においてはマイナス効果があると予測している。

(2) 作業部会報告に基づく「同性愛公言禁止法の廃止に伴う実施支援計画(Support Plan for Implementation)」
 記者会見時、ジョンソン顧問はその内容につき次のような具体的なコメントを述べた。本ブログでは支援計画報告(本文87頁)の詳細は省略する。

「今回の部会報告が行った勧告内容は、法が廃止されたときでもすでに軍事行動を統治する規則上存在するものであり、法が廃止された場合でも軍の大規模な行動基準の改定は不要と考える。しかしながら、我々は性的な性向に関係なく軍のすべての行動基準に適用する指導指針を策定することを推奨する。計画の各事項は(1)検討の背景、(2)計画を準備するにあたり考慮すべき文献・資料、(3)具体的進行に当たっての段階、すなわち「法廃止前」、「実施時」および「維持時」である。
 我々は、当分の間、連邦が認めた結婚をしていないすべての軍人は軍が提供する給付を受けるについては「独身」扱いされるべき点を推奨する。また、我々はDODの管理官は、部会メンバーが指定したカテゴリーについて追加的な給付について政策、財政ならびに実行可能性の観点から理にかなうよう再構成すべきと考える。さらに、部会は性的性向の基づく分離したかたちでの宿泊施設や兵士用宿舎を用意すべきと考える。
 その他の部会の勧告内容としては、 「統一軍事裁判法(Uniform Code of military Justice)」から成人間の「合意に基づくソドミー」引用規定を排除し、かつ軍からの分離の原因として明記した軍規則からホモセックス規定を除く点である。
 さらに、過去にDADT法に基づき軍から除隊処置を受けた軍人が一定の適格要件を満たすなら再度軍に戻るよう見直すことを勧告する。

2.DOD等の議会に対するDADTの廃止に向けた働きかけ強化と司法主導への牽制姿勢
 12月2日の連邦議会上院軍事委員会(Senate Committee on Armed Services)公聴会での証言に先立ち、ゲイツ長官やマレン議長はDADTの廃止に向けた連邦議会の動きを強く求めた旨DOD は報じている。

 また、ハム大将およびジョンソンDOD法律顧問は教育訓練の内容の見直し等軍として解決すべきいくつかの障害はあるが、撤廃への対応についての強い決意を表した。
 このこと自体は11月30日の報告書の発表時に行われたことであるが、国民や議会への軍の姿勢を強化している点がうかがえる。さらにDODは連邦最高裁が2003年「ローレンス対テキサス州裁判」(筆者注5)において同性愛者からの請求に寛容になっていること、過去1年間を見ても2010年8月4日、カリフォルニア北部地区連邦地方裁判所(裁判長:ヴォーン・ウォーカー) は「同性愛者間の結婚を禁止するカリフォルニア州民投票に基づく規則案8を憲法違反として破棄する判決」(3.参照)を下したこと、同年10月12日のカリフォルニア中央地区連邦地方裁判所判決による「1993年同性愛公言禁止法(Don’t Ask,Don’t Tell Act)」は同性愛者にも同等の権利を認めた合衆国憲法に違反するとの判決等への強い苛立ちも見られる。

 DODは議会への請願としてこの法律を解決は裁判所に委ねるべきでないとし、同時に長官や議長はDODとしてDADT法の廃止に伴う軍規則の改正および軍の教育、訓練の準備が整うまでは法改正を認証しない旨明言している。すなわち裁判所決定にもとづき法改正が行われるなら十中八九これらの対応は不可能としている。


(筆者注1)同報告書の米国にとっての重要性から見て予想したとおり「米国日本大使館」ウェブサイト“U.S. Information Alert”において12月2日付けで掲載されている。報告書や法廃止に伴う実施行動計画や軍トップの声明などが網羅的にリンクされている。ただし、すべて英文であり、日本人がそれらを読みこなすにはさらに時間がかかろう。また、致命的なミスがある。「1993年Don’t Ask Don’t Tell Act」(10 U.S.C.§654) を「同性愛公言禁止に関する規定」と訳しているが、正しくは同法は「法律」である。“Act”の記載も抜けている。

(筆者注2) 今次の連邦議会(111th Congress)に上程されている「Development , Relief and Education for Alien Minors Act :DREAM ACT」法案については従来の経緯については国立国会図書館のレポートがあるが、いずれもブッシュ政権時代のもので名称は同じでも内容が古い。

 いずれにしてもこの問題は米国の歴代政権にとって重石となる重要課題であり、以下の内容は2009年3月26日に下院に上程された 最新法案についてNILCの解説要旨等をまとめておく。
「DREAM Actでは州民用の学費を不法滞在中の子供たちにも適用させるために現行移民法の一部を改定することになる。この法案には、16歳になる前に合衆国に入国した子弟たちに条件付きの永住権を与えるという要項も含まれている。この対象となる子供は、この法律が可決された時点で最低5年はアメリカに滞在していることが証明できる、良識を持った(Good Moral Character)高卒者となっている。さらにこの法律の恩恵を受けるには、高校卒業後6年間に次の2つの条件のうちのどれか1つを満たさなければならない。
1.2年制の短大を卒業しているか、学士号またはそれ以上の学位を取得するために現在就学中でよい成績を2年以上保っていること。
2.最低でも2年間アメリカの兵役についており、もしすでに除隊している場合は「名誉除隊」をしていること。
 
 このDREAM Act の提案は、不法滞在の移民の子供たちの潜在的な能力を育て、学業のチャンスを与えるものとして、アメリカ合衆国の将来にも大変画期的なことといえる。多くの不法移民の子供たちがこれまで、州外学生に適用される高額な学費や 情報の不足等の理由で、大学進学や高等教育を諦めてきた。しかし、不法移民の 子供には罪はないわけで、彼らの将来を奪うわけにはいかないという理由である。
 他方、多くの反戦活動家たちは、この法案は軍隊により多くの若者たちを送るだけだと警告している。
 なお、12月2日にDODのウェブサイトで人事・即応担当次官(undersecretary of defense for personnel and readiness )であるクリフォード・L・スタンレー(Clifford L.Stanley)は「DREAM Actが成立した暁には他の候補者と同様、軍へ入隊の厳しい検査はあるものの、DODは不法移民の子供に2年間の兵役に基づき米国市民権を与えることを支援し、その結果、米軍にとって適任の新人採用の予備要員が確保される」とDODの本音を述べた旨が報じられている。

(筆者注3)今回のブログでは深く立ち入らないが、世界最大の軍事国家における文民統制についてわが国の詳しく述べた論文は極めて少ない。

 例えば、「大統領が軍の総指揮官、最高助言機関として国家安全保障会議。国防長官に対し、文官中心の国防長官府が政策面で、軍人中心の統合参謀本部が作戦面で補佐する。国防長官府は軍の作戦にも関与。副長官、次官らが幅広く政治任用される」といった内容である。
しかし、これでは今回紹介するDODや軍幹部について具体的に誰がどのようなかたちで指揮権や助言を何なる根拠に基づいて行うかが不明であり、各所見内容についての正確な理解は不可能といえる。
 これは米国でも例外ではない。筆者は“WikiLeaks”の運営方針には批判的な立場を持つが、国民が基本的に理解すべき軍事情報が予算だけでなく軍そのものを適格に把握できる情報が米国でも極めて少ないことも問題があると考える。
 さらにいえば、米国の文民統制の最新情報は何を読めば理解できる正確な情報が入手できるのであろうか。Wikipedeia だけに頼る現状でよいのか。軍事問題は100%聖域ではないはずである。今回のDOD等の文民統制の実質最高責任者の所見を読んで感じた点である。
 なお、議会と国民に対する透明性と説明責任を高めることを狙いとして、2010 年度国防予算については、オバマ大統領は2009 年10 月28 日、国防予算の大枠を決める「2010年度国防予算権限法案 (FY 2010 National Defense Authorization Act)」に署名・成立した。国防予算権限法には、主としてイラクとアフガニスタンにおける海外事態対処作戦の予算、1,300 億ド(10兆7,900億円)が含まれている。

(筆者注4)“franternization”をここでは仮に「 軍隊内で禁止される親交」と訳した。
わが国では適切な訳語は見出せなかったがWikipedia は次のような解説を行っている。参考になろう。
“In many institutional contexts (such as militaries, diplomatic corps, parliaments, prisons, schools, sports teams, and corporations) this kind of relation transgresses legal, moral or professional norms forbidding certain categories of social contact across socially or legally-defined classes. The term often therefore tends to connote impropriety, unprofessionalism or unethical behavior.”

(筆者注5) 「ローレンス対テキサス州裁判」についてはコーネル大学ロースクールなどが多くの連邦憲法修正第14の問題として詳細に解説しまたわが国でも解説は多い。
 簡単な内容であるが国立国会図書館「外国の立法」2004年2月号 宮田智之「連邦最高裁判所、テキサス州のソドミー禁止法に違憲判決」や神戸学院大学法学第35巻第1号(2005年7月号)大島俊之「ソドミー法を終わらせたヨーロッパ人権裁判所」等が参考となろう。なお、この種のレポートは法律面だけでなく同性愛問題や心理学等に関する特殊用語の知識が必要である点は言うまでもない。

 さらにいえば「死」と直面する戦場でのアブノーマルな性行動について、今回のDODのトップ責任者の考えでも見られるとおり、精神ストレスの解消に向けた取組みが行われないと本本質的な解決には結びつかないと考える。その意味で12月2日、海軍省は「海軍戦闘ストレス対症プログラム(Navy’s Operational Stress Control program)は海軍兵士やその家族にその理解において一定の効果を上げている」と報じている。しかし、本当の解決策が見えてくるにはさらに長い道のりがあると考える。

 この問題に関するわが国のレポートの一部を引用しておく。
 「イラク戦争後、海外に派遣された米兵や退役軍人の間で、「外傷後ストレス障害」(PTSD)など「心の病」を発症する者が続出し、自殺者も増えているといわれる。こういった症状は、戦地での苛烈な体験とストレスに起因する「戦闘ストレス障害」と見られるもので、第1次世界大戦後、各国の軍関係者が対応を迫られてきた課題である。
② 米軍の「戦闘ストレス障害」対策にとって、ベトナム戦争は、大きな転機となった。帰還兵や退役軍人の間に精神的な障害がまん延し、戦闘の精神的外傷(トラウマ)によってもたらされる後遺症が、患者個人に止まらず、社会全体に広く影響を及ぼすことが、明確に認識されるようになったのである。(以下略)」(国立国会図書館「レファレンス 2009年 8月号」鈴木 滋「メンタル・ヘルスをめぐる米軍の現状と課題―「戦闘ストレス障害」の問題を中心に―」

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