2010年6月24日木曜日

米国史上最大規模の原油流出事故を巡る連邦政府、関係州政府や連邦規制・監督機関等の対応(第1回)

 
 4月17日付けの本ブログで、3月30日にフランスのパリ控訴院(Cour d’appel de Paris)は1999年12月12日に発生した老朽タンカー「エリカ号(Erika)」の沈没とそれに伴うフランス史上最悪というブルターニュ海岸の重油汚染問題につき、2008年1月16日に出された第一審のパリ大審裁判所(Tribunal de grande instance)刑事法廷の判決を支持し、エリカの依頼主である「トタル(Total.S.A.)および航行性・安全性認定につき十分な検査義務懈怠につきイタリア国際船級認定協会会員会社リナ(RINA)に各37万5,000ユーロ(約4,613万円)の過失・注意義務違反による「罰金刑」を言い渡した旨の情報を紹介した。

 皮肉にも、その約1か月半後に米国いや世界史上最大の原油流失事故が発生した。
 
 米国ルイジアナ州沖のメキシコ湾(Gulf Coast)で国際石油資本である英国BP社(旧社名: British Petrolerum )が操業する(掘削作業自体はトランスオーシャン(Transocean)が受託)石油掘削基地「ディープウォーター・ホライズン(Deepwater Horizon)」 の半潜水型海洋掘削装置(rig)(筆者注1)で4月20日夜に大爆発が発生、作業員126名中11人が行方不明、17名が負傷したと報じられた。(筆者注2)

 正確な原油流出量が把握できないまま、4月30日までにメキシコ湾に隣接する4州(ルイジアナ、ミシシッピー、アラバマ、フロリダ)が非常事態宣言を公布している。なお、BPは当初1日あたり流失量が1,000バレル(16万リットル)と公表したが、4月28日国土安全保障省合衆国沿岸警備隊(USCG) は1日5,000バレル(80万リットル)と公式に公表した。しかし、6月13日現在のフロリダ州環境保護省によると1日当り12,000~40,000バレル(192万リットル~640万リットル)とされ、その後6月17日時点では連邦政府の公表(6月15日)とおり35,000~60,000バレル(560万リットル~960万キロリットル)に修正されている。

 今回のブログは関係州、連邦政府機関である連邦環境保護庁、エネルギー省、司法省、環境保護団体さらに「1990年油濁法につき沖合原油掘削施設(offshore facility)に関し責任を持つ企業の責任強化に関する改正法案」等の対応を中心に述べる。

 単に米英等のメディアが報じている政治面や環境保護面以上に海洋国であるわが国にとって重要な海洋の危機管理対策の任に当たる連邦商務省・海洋大気保全庁(National Ocean and Atmospheric Administaration: NOAA)の下部機関である海洋局(National Ocean Service:NOS)に属している危険物流出対策室( Office of Response and Restoration:OR&R)やUSCGといった関係機関の対応さらに食品医薬品局の対応等については次回以降で解説する予定である。さらに米国メディアでもほとんど報じていない連邦内務省の下部機関で石油やガス施設の掘削認可・監督機関である「海洋エネルギー管理、規制・執行局(Bureau of Ocean Energy Management, Regulation,and Enforcement:BOE)」(旧MMS)の深海海洋掘削の監督権限の強化を巡るための人事や改組・改革についても言及する。

 また、現下の最大の課題は、BP社等当該企業の公開性遵守に基づく正確な情報公開義務は当然ながら、USCGによる被害の拡大阻止、連邦環境保護庁(EPA)等環境保護機関、州や司法機関等の協力体制の下で米国がこのオバマ政権の基本を揺るがすような「オバマのカトリーナ」にならないための迅速かつ緻密な対応が望まれよう。このような状況下でオバマ政権は (筆者注3) 、BP社のカール・ヘンリック・スバンベリ(Carl-Henric Svanberg((スェーデン人))会長等幹部は16日、メキシコ湾の原油流出事故に関してホワイトハウスで会談し、BPが被害者への賠償として預託口座に4年間で合計200億ドル(約1兆8,000億円)を拠出することで合意したと報じた。

 この問題に限られたことではないが、最近時のわが国のメディアもやっと取り上げ始めたが人類史上最大規模の海洋汚染危機に対し、あまりにも米国連邦政府や英国系のメジャーの経営戦略の無責任さは明らかである(筆者注4)。

 なお、BP社の原油流失事故の関する英国「エネルギー・気候変動省(DECC)」のクリス・ハフニー(Secretary of State for Energy and Climate Change)閣内大臣のリリース:ディープウォーター・ホライゾンの大惨事を受けて北海の石油リグ(rig)の検査強化策等や「2004年環境破壊賠償責任に関するEU指令(Environmental Liability Directive :ELD)」から見た問題や欧州議会や欧州委員会の動きについても別途まとめたい。


1.BP社の原油流失への対応を巡る最新情報
 BP社の原油流失事故の対応を巡る最新情報サイトを見ておく。後述するエネルギー省の報道もそうであるが、専門家向けのみでなく国民に正確な事故原因や世界中で行われている海底油田やLPGガス掘削作業に伴うリスクとその安全の対策が世界中の市民が理解できるレベルが求められているといえる。

2.大統領行政命令第13543号に基づく「BP社 ディープウォーター・ホライズン原油流出および沖合い掘削に関する全国委員会(National Commissioner on the BP Deepwater Oil Spill and Offshore Drilling )」の設置と今後の予定
 (1)設置目的
 同委員会は、ディープウォーター・ホライズン爆発事故の根本原因に関する事実と状況を検証し、また将来における米国沿岸での原油掘削への影響を明らかにすることを目的とする。委員会の大統領への最終報告期限は2011年1月12日である。

 この目的に沿い連邦法、連邦規則や企業の実務慣行の見直しに関する勧告等を行う。
 委員会に対する検討要請項目は以下の項目である。
①マコンダ原油噴出口の爆発(Maconda Well Explosion)と掘削作業の安全性
②米国の国内エネルギー政策における沖合い原油掘削の役割
③行き会い掘削事業の監督・規制の在り方
 ④原油流出対策
⑤流出の影響と調査
⑥復旧に向けた取組みと選択肢

(2)委員
 共同委員長は元上院議員ダニエル・ロバート・グラハム(Daniel Robert Graham:一般的には、“Senator Bob Graham”)、元連邦環境保護庁長官ウィリアム・k・ライリー(William K.Reilly) である。
 その他の委員は次のとおりである。なお、これら委員の略歴のホワイトハウスの公式発表は6月14日であった。
・環境保護NPO団体である「天然資源保全協会(Natural Resources Defense Council :NRDC)代表フランシス・G・ベイネック(frances G.Beinecke)
・メリーランド大学環境科学センター所長・教授ドナルド・ボッシュ(Donald Boesch)
・全米地理学協会(National Geographic Society:米国ワシントンD.C.に本部を置く、世界最大の非営利の科学・教育団体。日本版もある)執行副会長のテリー・ガルシア(Terry Garcia)
・ハーバード大学のエンジニアリングおよび応用科学(SEAS)学部長チェリー・ミューレイ(Cherry A. Murray)
・アラスカ・アンカレッジ大学学長のフランシス・ウルマー(Frances Ulmer)

3.関係州や連邦司法省の対応
(1)関係5州の対応
 各州の専用サイトによる対応状況は次のとおりである。
 前述したとおり、ルイジアナ州等4州は非常事態宣言の発出とともに州民への情報開示を目的とするウェブサイトを構築している。概観した限り、その内容については差異があるものの連邦関係機関との情報連携を極めて重要視していることはいうまでもない。
 また、テキサス州リック・ペリー(Rick Perry)知事サイトを見ると「非常事態宣言」は行っていないが、原油流失に係るあらゆる可能性に対応するための連邦や州の関係機関と会議・調整を行い、 毎日ホワイトハウス、USCG、国土安全保障省、NOAAおよびメキシコ湾に面した州知事と電話会議を行っていると述べている。

ルイジアナ州「ディープウォーター・ホライズン(Deepwater Horizon)事故対応」サイト(連邦政府機関であるUSCG、USCG統合部隊および連邦環境保護庁の専門サイトとリンク)

ミシシッピー州「ミシシッピー州環境保全省「ディープウォーター・ホライズン(Deepwater Horizon)事故対応」サイト」
同州環境保全省の「海岸線の水泳安全監視情報」

アラバマ州「ディープウォーター・ホライズン(Deepwater Horizon)事故対応」サイト
同州環境保護省(ADEM)の「ディープウォーター・ホライズン(Deepwater Horizon)事故対応」サイト

フロリダ州:環境保護省の「ディープウォーター・ホライズン(Deepwater Horizon)事故対応」サイト
同州保健省の地域別保健影響情報等の専門サイト
同州の例で「非常事態宣言」について補足しておく。2010年4月30日に州知事が「群別非常事態宣言(州知事の行政命令(Executive order Number 10-99))を公布、また、2010年5月3日に「追加群別非常事態宣言(行政命令(Executive order Number 10-100))を公布した。

⑤テキサス州:テキサス州総合土地管理局(general land office:GLO)の「ディープウォーター・ホライズン(Deepwater Horizon)の原油流失阻止および対応プログラム(Oil Spill Prevention and Response Program)」サイト:GLOは州法“The Oil Spill Prevention and Response Act of 1991 (OSPRA)”に基づく州の監督責任機関である。

(2) ディープウォーター・ホライズン問題に関する前記5州以外の州の対応例
 カリフォルニア州知事は、5月3日、州の財政再建の一環として同州サンタバーバラ(Santa Barbara)沖で計画されていた原油開発拡大計画の中止を決めたと報じられている。

4.連邦エネルギー省の対応
 連邦エネルギー省のチュウ長官(Steven Chu)は「Deepwater Horizon」専用サイトの冒頭で、「透明性原則は公益面だけでなく科学的な対応過程の一部である。我々は独立性をもった科学者、技術者およびその他の専門家が、この事故情報につき見直しかつ自らの結論を下すべくあらゆる機会を確認すべきである。」と述べている。
 また、同省は「オバマ政権のBP社時原油流失に関する透明性をもった現下の取組機関として、現地原油流失の図解(schematics)へのオンラインアクセス、加圧試験(pressure test)、診断結果および誤作動している噴出防止装置(blowout preventer)やその他のデータを提供している」と説明している。

 同省のサイトでは、全面的にBP社の直接的提供データに基づき極めて専門的な図解解説を行っている。しかし、皮肉にもBP社は、司法省の言明を待つまでもなく環境保護面だけでなく労務管理なども含め適切な対応を取ってこなかった「地球を壊す穴掘り企業」の代表になった。この点につきエネルギー政策全体の監督庁であるエネルギー省長官や連邦内務省の下部機関で石油やガス施設の掘削認可・監督機関である「海洋エネルギー管理、規制・執行局(Bureau of Ocean Energy Management, Regulation,and Enforcement:BOE)(同局は6月17日即日施行で従来の「鉱物資源管理局(Minerals Management Service)」から海岸線・沖合いの石油・ガス開発の監督権限 の強化のため改組・改革を行い名称も変えた。)の責任者である内務省長官ケン・サラザール(Ken Salazar)氏は、6月16日のBP社との協議の場には出席していない(筆者にはその辺の背景までは推測できない)。これらの対応のアンバランスさはオバマ政権の「エネルギー政策の脆弱性のあらわれ(energy vulnerability )」といえるかもしれない。

5.連邦環境保護庁の対応
 連邦環境保護庁(U.S.Environmental Protection Agency:EPA)は「メキシコ湾原油流失に対するEPA対応」サイトを立ち上げている。同サイトでは、まず「BP社による分散化剤(dispesants)の安全性、環境面から見た解説」に重点が置かれている。
 ここでは6月14日時点のサイトの内容に基づきその要旨のみ紹介するが、この問題に関し専門家でない地元住民等にも理解できるよう電話会議の内容も含めリリース内容が全面的に公開されている。これらの公開の確保が「風評防止」に役立つことは言うまでもない。

(1)原油流失に伴う分散剤の使用許可と環境、水質など安全性検査結果(記者会見、声明発表、電話会議録写し)
 今回の原油流失危機が発生した際に、沿岸警備隊とEPAはBP社に対し流失の影響を削減させるため水面上の現有原油への「許可された分散剤(2-Butoxyethanol および2-Ethylhexyl Alcohol)」の使用許可を与えた。
 この使用許可は、環境保護および影響を受ける地域住民の健康を保証するための一定の条件を含むものである。現在BP社は水面における分散剤の使用を継続することが認められている。近隣住民への情報提供とその健康保護を保証するため、EPAは継続的に航空機による大気のモニタリング、常設および移動式飛行場を使い湾岸地区の大気質(air quality)のモニタリングを行っている。

・EPAおよびUSCGはBP社に対し、Deepwater Horizonの原油流失源における水中での分散剤の使用を許可した。予備検査結果では水面下の分散剤の使用により表面に達する原油量の削減効果があることを示した。
 BP社が水面下での分散剤の散布を行っている間、連邦政府はその効果、環境・水、大気質ならびに厳密なモニタリング・プログラムに基づく人間の健康への影響に関する定期的な分析の実行を要求する。このためEPA指示命令は、BP社が環境保護および国民の健康を保証するために厳格に遵守すべき監視計画を含んでおり、EPAは分散剤の使用がもし環境への効果以上にマイナスの影響を与えると判断するときは、ただちにその使用を停止させる権限を留保する。

・具体的に分散剤の使用による環境への影響へのモニタリングの各カテゴリー別結果概要
①空気データ:2010年6月12日までの間にEPAが行ったモニタリング結果においてオゾンおよび微粒子物質(particulates)の大気中の濃度は、この時期の通常の海岸線地区の数値としては正常値内にある。EPAは低レベルの海岸線における石油製品が関連してにおいが引き起こす汚染物質につき観測した。これらの化学物質は頭痛、目や鼻やのどの炎症、吐き気を引き起こすものであり、同地域は通常低レベルであることから住民は短期的に臭いのため健康上の問題を引き起こすことがありうる。
②沈殿物(sediment)データ:6月1日までに海岸線で収集された沈殿物サンプルでは通常、石油中に含まれる化学物質の上昇値は見られなかった。
③石油廃棄物(waste)管理データ:EPAはメキシコ湾に沿って石油残骸物(oil debris)、原油の塊(tar balls)、ムース・オイル(mousse oil)(重質油が時間の経過により固めのグリース化したもの)およびその他の石油廃棄物(other petroleum waste products)の収集のための専門家チームを配置した。その予備検査では通常、石油製品にみられる化学成分のみが検出され典型的な健康保護を取るべきというものであった。
 なお、EPAの沿岸水質検査(Coastal Water Sampling)として5月22日~23日にかけて ルイジアナ州の海岸10箇所で採取した権検査の結果では、BPが使用許可された「分散剤(2-Butoxyethanol および2-Ethylhexyl Alcohol)」は検出されなかったと報告されている。

6.連邦司法省の取組み
 これまで述べた州や連邦機関に比べると腰が引けているというか連邦議会等政治的問題との調整について意識過剰なところが鮮明にうかがえる。とはいえ、6月1日、ホルダー司法長官は記者会見において現地視察結果を踏まえ司法省の取り組み方針につき以下のとおり言明している。

①本日の朝に我々が見たものは何マイルにもわたる原油であった。我々が見た原油は海岸線に沿ってすでに植物や動物の生態系に悪影響を与え、かつこの地域の人々の日々の生活に多くの影響を与えている。今回の災害は悲劇(tragedy)そのものである。
 私自身、この事故で忘れられない点が1つある。我々の環境やガルフコーストのコミュニティが被った莫大な費用に加え、4月20日の爆発と火災により11名のrig作業員の貴重な命が失われたことである。

 我々は爆発とその後の原油の流失の原因を調査することで、これらの貴重な命の価値を決して忘れないことをアメリカ国民に確約する。

②今回の事故対応の早期の段階において、我々はニューオリンズでの活動すなわちガルフコーストの近くで働いたり住んでいる人だけでなく、アメリカの納税者や同地域の環境や野生生物の保護するため、連邦司法省の環境・天然資源部長(Environment and Natural Resources Division)であるイグナシア・モレノ(Ignacia Moreno)市民権部長(Civil Division)であるトニー・ウェスト(Tony West)を含む連邦検事グループを派遣した。彼らはそのとき以降、事実の収集と政府の法的対処策を調整すべく誠実に働いている。

③我々は納税者の税金を1セントたりとも無駄なく取り返し、環境と野生生物が被った損害を取り戻すことを確約する。すなわち、我々は責任を持つ者が大混乱(mess)を整理し、悲劇で失われまた傷ついた天然資源を回復したり置き換えるべくことを確実にするつもりである。そして法律の範囲内の最大範囲でいかなる違法行為を起訴に持ち込むつもりである。

④それらの適用に関し、司法省の検事等が取組んでいる具体的な法律は次の通りである。(筆者注5)
「水質汚濁防止法(Clean Water Act:CWA)」(民事罰および刑事罰を定める)
「1990年油濁法( Oil Pollution Act of 1990:OPA)」
「1918年渡り鳥保護条約法( Migratory Bird Treaty Act)」
「1973年絶滅保護種法(Endangered Species Act)」(同法は絶滅の危機に瀕した種の動物につき怪我をさせたり死なせた場合には刑事罰を科す)
その他伝統的な犯罪処罰法

7.環境保護団体の取組み事例紹介
 米国に本拠を持つ環境保護NPO団体“Food & Water Watch”の代表(executive director)であるウエノア・ハウター氏(Wenonah Hauter)は6月8日、英国エネルギー・気候変動省(DECC)のクリス・ハフニー(Secretary of State for Energy and Climate Change)閣内大臣がディープウォーター・ホライゾンの大惨事を受けてオイル検査者を増員した件を取り上げている。

7.オバマ政権とカール・ヘンリック・スバンベリBP会長等との合意内容
 6月16日のホワイトハウスの声明(筆者注6)によると、BP社は今年を含めた4年間で計200億ドル(年50億ドル)を政府やBP社がコントロールするのではなく補償専用口座(エスクロー勘定(escrow account):この用語は「プロジェクト・ファイナンスの返済原資となるキャッシュフローをプロジェクトの破綻等の非常事態に備え、プロジェクト事業体から隔離しておくための口座。返済の確実性を高める。」という意味である)に拠出する。同口座は原油流出で被害を受けた個人や企業への補償を目的とし、弁護士のケネス・ファインバーグ(Kenneth Feinberg)氏の監視下に置かれる。

 同氏は、2001年の「9.11米同時多発テロ」の犠牲者向け補償基金を管理して名をはせ、その後、不良資産救済プログラム(TARP)の適用を受けている企業の役員や高報酬従業員の報酬規制に関する報酬基準およびコーポレート・ガバナンスの暫定最終規則の制定および連邦財務省のTARP担当特別報酬監督官(Special Master)として任命され、さらに今回BP補償基金の管財人となったのである。(筆者注7)

 ホワイトハウスの声明では、次のような点を強調している。
①200億ドルの補償金額は上限キャップではない。メキシコ湾岸で生活や仕事を行う人々や企業等に対しBP社は彼らの請求を遵守することを公に明言した。今回のオバマ政権がBPとの間で合意した内容は金銭面および法的な枠組みの確立することにある。
②200億ドルの補償基金は原油流失のより住民自身や漁業等事業において経済的損失が生じたときは、この200億ドルの一部に対する請求訴訟を起こす原告適格が認められる。この基金は、裁判所における現存の個人的請求または州による裁判請求を無効とするものではない。
③BP社は原因となる環境破壊に関する責任を引続き持つし、政府はその活動を支援することを継続するつもりである。
また、補償請求手続の独立・中立性を保証するための「請求手続機関」および「エスクロー勘定の内容」について次のとおり明記する。

〔独立性のある請求手続機関〕
①手続の独立性を保証するため独立請求監督官(independent claims administrator)としてケネス・ファインバーグ(Kenneth Feinberg)氏を任命する
②同機関は、被害回復請求に関する標準を作成する予定である。
③3名の裁判官からなる合議体は、監督官の決定に対する上告の際に利用可能となる。
④同機関は、原油流失により損害を被った個人や事業者すなわち地方、州、部族および連邦といった各政府による請求のために設計される。
⑤同機関の決定に不同意な請求権者は、引き続き法律の下で裁判所に訴えたり、「重油流失責任信託基金(Oil Spill Liability Fund)」(筆者注8)への請求が認められる。
⑥独立請求監督官による現行法の下での決定は、BP社を法的に拘束する。
⑦同機関が下したあらゆる請求内容につき、支払のためエスクロー勘定に求めることができる。

〔エスクロー勘定〕
BP社は2010年の50億ドルを含む4年間に合計200億ドル提供する(contribute)することに合意した。BP社はこの責任を果たすため米国にある同社資産200億ドルを預託することとする。
・BP社は責任ある当事者として被害の撤去や損害の回復にかかる支払につき確約した。そのことは、責任を回避するため1990年油濁法(OPA)に基づく補償支払額のキャップを適用することを主張しないことを意味する。

(筆者注1) 石油リグ(rig)は石油プラットフォームとも呼び、海底から石油や天然ガスを掘削・生産するために必要な労働者や機械類を収容する、海上に設置される大きな構造物をいう。(三菱東京UFJ銀行のワシントンDC・レポートから引用)

(筆者注2) わが国で、独自に今回のメキシコ湾原油流失事故に関する詳細な記事は皆無といってよい。その最大の理由は情報源が大手メディアに限られていることである。その中で損保ジャパン・リスクマネジメントの解説「メキシコ湾沖 石油掘削基地 爆発炎上・原油流失事故」は唯一、各種情報を収集し冷静に情報を整理している。また、オバマ政権や議会のエネルギー政策の見直し課題については5月14日付の三菱東京UFJ銀行のワシントンDC・レポート「 Obama政権にとってタイミングの悪いメキシコ湾石油流出事故」がポイントを簡潔にまとめている。これら以外にまともな情報がないこと自体が、わが国の海外情報の偏りの証左といえる。 

(筆者注3)ちなみに、カール・ヘンリック・スバンベリ(Carl-Henric Svanbergの年間総報酬はいくらくらいと思うか。Bloomberg Businessweek で見れる。2008年度で見ると2億4,500万円(20,423,391スェーデンクローネ)である。米国のウォールストリートの金融経営者の場合と比べていかがか。

(筆者注4) これらの点を明確に指摘したユニークなブログを見つけた。5月6日から6月5日までの間に計8回連載している。図解や動画を駆使して前後して読めるので是非参考にされたい。ただし、情報源が限られており、内容面の信頼性は保証しかねる。
連載第1回目( 5月6日投稿)のURL: http://nappi10.spaces.live.com/blog/cns!39E8451829AE7F4!21549.entry
連載8回目(6月5日投稿)のURL: http://nappi10.spaces.live.com/blog/cns!39E8451829AE7F4!22220.entry

(筆者注5)読者は気づかれると思うが、多くのセグメント立法を有する米国で環境規制法はこれだけと思うであろう。今回適用の中心となっている「1990年油濁法( Oil Pollution Act of 1990:OPA)」が1989年「エクソン・バルディス号」の流失事故を背景に成立したことから考え、その規制強化に向けた改正法案は連邦議会下院や上院ですでに出されている。その概要を述べておく。

〔上院〕S.3305 「Big Oil Bailout Prevention Liability Act of 2010」(2010年5月4日上程:「1990年油濁法につき沖合原油掘削施設(offshore facility)に関し責任を持つ企業の責任強化に関する改正法案」(提出議員:民主党Bill Nelson(Fla.),Frank Lautenberg(N.J.),Robert Menendez(N.J.)他6名):共同提案議員は23名。
公式法案要旨は、「2010年4月15日施行の本法にもとづき、深海港(deepwater port: 沖合のLNG受入基地については、LNG基地建設促進を目的として2002年に改正された深海港法(Deepwater Port Act)に基づき、米国運輸省(DOT)(沿岸警備隊、海事局)の規制下に位置付けられることになった(沖合3マイル以遠のプロジェクト)を除く航行可能水域や海岸線隣接地域での原油掘削施設からの石油排出につき責任を負うものは、撤去にかかる総費用に加え100億ドル(現行7,500万ドル)の賠償金を科すというもの。 」

〔下院〕H.R.5214「Big Oil Bailout Prevention Act of 2010」(2010年5月5日上程:「1990年油濁法につき沖合原油掘削施設(offshore facility)に関し責任を持つ企業の責任強化に関する改正法案」(提出議員:共和党Holt Rush他72名が提案)。
公式法案要旨はS.3305の内容のほかに、(2)として州や地方政府が原油流失被害の準備および被害の緩和措置のため、大統領に「重油流失責任信託基金(Oil Spill Liability Fund)」からの事前支払を行う命令を発布できる規定を盛り込むというものである。
 なお、同様の内容の法案が上院ではS.3472 、下院ではH.R.5355 が上程されている。

 米国は議員立法が最優先される国であるが、行政機関も適用法の限界には敏感で、下院や上院の関係委員会の委員長との二人三脚立法はごく一般的である。司法省等政府関係者の発言等から見て当然現行法の適用の限界は承知しており、オバマ政権は適切な立法措置のために議会幹部との水面下の調整を行っていると見るのが常識であろう。

(筆者注6)6月16日のオバマ政権幹部とBP社幹部の会合の出席者名は次の通りである。
政府側(6名):President Barack Obama, Vice President Joe Biden ,Senior Advisor(大統領上級顧問)Valerie Jarrett,Labor Secretary(労働省長官)Hilda Solis,司法長官Eric Holder,国土安全保障省長官Janet Napolitano
BP社側(4名):会長Carl-Henric Svanberg,CEOのTony Hayward,法律顧問Rupert Bondy,sen専務取締役Robert Dudley

(筆者注7)2009年9月17日付けの本ブログで米国やEU加盟国における金融機関の役職員の高額報酬問題につき解説した。米国の金融危機を発端とする緊急経営支援策の裏腹の問題としての高額報酬規制の取組みにつき述べたが、ここでその後の財務省や特別監督官の具体的な報酬規制の主な決定内容について時間をおって補足説明しておく。

・2009年6月10日、連邦財務省が” Interim Final Rule on TARP Standards for Compensation and Corporate Governance”を公布。すなわち、不良資産救済プログラム(TARP)の適用を受けている企業の役員や高報酬従業員の報酬規制に関する報酬基準およびコーポレートガバナンスの暫定最終規則の制定および連邦財務省の不良資産救済プログラム(TARP)特別報酬監督官(Special Master)としてケネス・ファインバーグ(Kenneth Feinberg)氏を任命した。

・2009年10月22日、ケネス・ファインバーグが高額の公的資金の注入を受けた米国企業(AIG, Citigroup, Bank of America, Chrysler, GM, GMAC and Chrysler Financial)の役員等上位高所得者計175人(トップから25名×7社)の現金報酬(cash compensation)につき90%以上削減、またボーナスを含む総報酬を平均50%以上削減および現金報酬の上限を50万ドル(約4,500万円)とする第1次強制決定(first rulings)のリリースした。

・2009年12月11日、ケネス・ファインバーグはAIG, Citigroup, GM, and GMACの4社の上位26位~100位従業員に対する第2次強制報酬額決定(second rulings)をリリースした。

・2010年3月24日、 ケネス・ファインバーグはAIG, Chrysler, Chrysler Financial, GM, and GMAC.の5社計119人(Bank of America および Citigroupは特別支援金を全額返済済のため適用除外)に対する2010年度の現金報酬は2009年度比平均33%削減、総報酬額は15%近くまで削減すること、および「2009 年アメリカ再生・再投資法(American Recovery and Reinvestment Act(H.R.1)」に基づき2009年2月17日以前に支援を受けた企業411社に対しトップ25位の報酬額の報告を特別監督官に30日以内に提出のうえ納税者に適切な返済を促すよう交渉する旨リリースした。

(筆者注8)1990年油濁法( Oil Pollution Act of 1990:OPA) は、1989年3月24日にアラスカ州プリンスウィリアムサウンドで「エクソン・バルディス号」が座礁し、約37,000トンの原油が流出し、船主は流出油の清掃費用(expeditious oil removal ) 、汚染による被害者への損害賠償及び罰金等で多大な支払いを強いられた。一方、アメリカ合衆国政府は当時の連邦法と州法を見直し、油濁に関する責任及び補償に関する包括的な法体系の確立・整備を実施し、1990年8月18日に新連邦法として制定された。OPA の主な内容は、①油濁損害に関する責任や賠償について、各州独自の立法権の優先(州法優先)。②連邦政府以外の州や第三者に責任当事者(船主)への損害賠償請求権を与えており、船主は厳格責任(無過失責任)を負う。③責任限度額として、3,000トン以下のタンカー:トン当り$1,200、最低$2,000,000、3,000トン超のタンカー:トン当り$1,200、最低$10,000,000、その他の船舶:トン当り$600、最低$5000,000、但し、重過失、故意、連邦の安全基準に対する違反がある場合は責任の制限はない。④汚染除去費用及び損害補償のための基金制度(OSLTF:補償限度額10億ドル)を設置、その後「2005年エネルギー政策法(The Energy Policy Act of 2005)」に基づき基金限度額は27億ドルに引上げられ、また「2006年デラウェア河川保護法( Delaware River Protection Act of 2006)」 および「2006年海岸線保護および沿岸警備法第4編( Coast Guard and Maritime Transportation Act of 2006)」に基づき責任限度額が引上げられた。基金の財源は国内産原油と輸入石油製品1バレル(約159リットル)当り5セントの税金からであり、基金制度は、原因者が不明、支払能力がない、責任限度額の超過分、支払拒否の場合、適用される。⑤すべての油輸送船及び300トン超のその他の船舶は、米国の国土安全保障省合衆国沿岸警備隊(USCG)が発行する賠償資力証明書(Certificate of Financial Responsibility:COFR)を取得して船内に備え置かなければならない。⑥米国水域内で油の輸送を行う船舶の所有者及び運航者は、事故対応として船舶油濁事故対応計画書(Vessel Response Plan:VRP)を作成し、コーストガードの承認を受け船内に備え置かなければならない。なお、油濁事故による損害には、私的財産だけではなく、自然資源の損害(natural resource damages:NRDs)も含まれることが明記されている。(谷川久監修、東京海上火災保険株式会社船舶損害部編:『アメリカ合衆国油濁法の解説』、 U.S. Coast Guard’s National Pollution Funds Center :NPFC): http://www.uscg.mil/npfc/About_NPFC/opa.asp)に基づき筆者が各法律原典とのリンクなど補筆した)

[参照URL]
・BP社のディープウォーター・ホライズン対応専門サイト:
http://www.bp.com/extendedsectiongenericarticle.do?categoryId=40&contentId=7061813
・連邦政府のディープウォーター・ホライズン対策専門サイト“Water Horizon Response”:
http://www.deepwaterhorizonresponse.com/go/doc/2931/578227
・フロリダ州環境保護庁の被害状況専門サイト:http://www.dep.state.fl.us/deepwaterhorizon/
・連邦エネルギー省長官のサイト:
http://www.energy.gov/organization/dr_steven_chu.htm
・連邦環境保護庁の「ディープウォーター・ホライズン(Deepwater Horizon)事故対応」の専門サイト:
http://www.epa.gov/bpspill/index.html
・6月1日の連邦司法省ホルダー長官の記者会見:http://www.justice.gov/ag/speeches/2010/ag-speech-100601.html
・6月16日のホワイトハウスのBP社会長他との損失補償合意内容声明:
http://www.whitehouse.gov/blog/2010/06/16/important-step-towards-making-people-gulf-coast-whole-again


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