2010年2月25日木曜日

欧州委員会がEUの排出権取引におけるインターネット犯罪阻止のための登録規則改正(案)を承認

 
 欧州委員会(環境総局)は、2月18日にEUにおける「排出権取引」の登録手続におけるセキュリティ強化に関する規則改正(案)を承認した。近々、欧州議会や欧州理事会において最終的に採択される予定であるが、この問題が1月28日に発生したオランダやノルウェイから報告があったサイバー詐欺(フィッシング詐欺)に対するEUの対応である。また、EU内で今後拡がる可能性もあり、わが国においても無関係でない問題であり、その詳しい問題点や対応内容を整理して紹介する。

1.EUの排出権取引登録システム(筆者注1)を悪用したフィシング詐欺
 2月4日、欧州委員会は一部加盟国において「排出権取引(EU Emissions Trading System:EU ETS)上でサイバー攻撃による違法な取引が実際に行われたため、具体的な調査を行うとともにEU ETSのセキュリティ・ガイドラインを改正する旨発表した。

 フィッシング詐欺行為の手口は、ETSのユーザーに偽のメールで登録行為を求めるとともに、ユーザーIDコードやパスワードの開示を求めるものである。同委員会のコメントでは、EUのETS登録システムの安全性や「EU独立登録簿・システム」自体は感染されていないとしている。

 なぜこのようなフィッシング詐欺が行われるのか。筆者なりにEU ETSのスキームを改めて見直してみた。あくまで推測であるが2.で述べるとおりEU域内の約10,500の事業所・施設は年単位で自国が定める排出枠に温室効果ガスがその枠内に収めなければならず、未達成の場合は後述するとおり罰金・事業所名の公表というペナルテイが科される。

 このため、目標を達成できない事業所は下回る企業からET ETSシステムを介して排出権(排出許可証(EU Allowance))を買い取ることになる。

 今回の詐欺の手口は、この取引の「なりすまし詐欺」目的といえる。なお、すでにEU ETSがらみの詐欺手口としては後述する「VAT詐欺」(筆者注2)も出ている。

2.EUのEU ETS登録規則の改正内容
 欧州委員会は、詐欺対策のための規則改正につき次の内容を公表している。
(1)今回の規則改正の主たる目的
 2012年からの運輸・航空機部門がEU ETSの対象になる時期にあわせ、現行の国別電子登録簿システム(national registries)から排出権データをEUの統一的登録システムに変更することにある。

 また同時に、今回の改正は各国の登録システムに対する犯罪行為や詐欺的活動を阻止する手段についても定める。

 改正規定のほとんどは、2012年1月1日から適用が開始され、そのためには大規模なIT作業が必要となるが、詐欺阻止に関する改正条項は2010年夏に発行予定の「EU官報(Official Journal)」に掲載後即施行する予定である。

 この詐欺阻止手段としては新規の国別電子登録簿システムの口座開設につき各国の管理当局に拒否権を与えるもので、控訴手続(appeals procedure)に従い口座の停止や閉鎖を行うことも含む。

 さらに改正により各国の国内の法執行機関が犯罪行為に対してより効果的に対処できるようEUの法執行機関と各国の機関とが登録情報の共有が出来よう規定化を行う。

3.EU ETSおよびEU独立登録簿・システム
(1)EU ETSの概要(筆者注3)
 EU-ETSの制度枠組みは、EU指令2003/87/EC によって規定されている。加盟27カ国およびアイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェイの計30カ国を対象とする約10,500の事業所・施設(Installation)を対象にしたキャップ&トレード型の排出権取引スキームである。2005年1月1日に正式に施行された。第Ⅰフェーズ(2005年~2007年)はエネルギー集約産業(対象施設は、出力20メガワット以上の燃焼施設、石油精製、コークス炉、鉄鋼生産、セメント・ガラス・石灰・れんが・セラミクス生産、パルプ・製紙などの大型施設に限定されている)が対象となっており、これら施設からのCO2排出量はEU全体の45%、温室効果ガス総排出量の30%に相当する。

 2008年~2012年の第Ⅱフェーズでは運輸・航空部門を取り込んだ。なお、第ⅠフェーズはCO2のみ、第Ⅱフェーズはメタンなど他の温室効果ガスも対象(EU ETS指令の付則Ⅱ)となった。各国は、排出枠(allowance)総量(筆者注4)などを盛り込んだ国内割当計画(National Allocation Plan:NAP)を作成し、これを欧州委員会に提出して承認を得る必要がある。第Ⅰフェーズに関し委員会は2004年7月7日にオーストリア、デンマーク、ドイツ、アイルランド、オランダ、スロベニア、スェーデン、英国を承認し、同年10月20日にベルギー、エストニア、フィンランド、フランス、ラトビア、ポルトガル、スロバキア共和国、ルクセンブルグ、同年12月27日にキプロス、ハンガリー、リトアニア、マルタ、スペイン、2005年3月8日にポーランド、同年4月12日にチェコ共和国、同年5月25日にイタリア、同年6月20日にギリシャが承認されている。26カ国の各国別NAPの委員会決定(COMMISSION DECISION)は閲覧可である。

 第ⅡフェーズのEU加盟27カ国にノルウェイとリヒテンシュタインが加わったNAPの委員会決定についてもEUサイトで確認できる。

 また、各企業がその目標達成のためにCDM・JIからのクレジットを利用することを認めている。

なお、第Ⅲフェーズ(2013年から2020年)では、①対象事業所:アルミ精錬所や化学製品製造所を対象にいれること、②全排出量に対する無償割当量の割合やオークション割当量への制限をかけないことなどを検討である。(筆者注5)

(2) 割当枠違反の事業所に対する罰金
 第Ⅰフェーズでは、割り当てられたCO2の排出枠を超過した企業は、1トン当たり40ユーロの罰金が科される。この罰金は第Ⅱフェーズでは100ユーロに引き上げられている。排出枠を超過した企業は事情にかかわらず、翌年には
削減を達成しなければならず、違反事業者は名指しで公表される。第Ⅰフェーズでは、不可抗力の状況にある施設に対して例外的に追加排出枠の申請を認めることとなっているが、追加分に関しては取引できない。

(3)国別電子登録簿システム
 EU割当の所有権を記録し、追跡するシステムであり、EU排出権取引制度の中枢をなしている。加盟国は、中央政府の担当局を通して、国別電子登録簿システムを管理、運用しなければならない。

 EU排出権取引制度の参加企業は、自国政府の運用する国別電子登録簿システム内に口座を開設する。政府から発行されるEU割当は、毎年に一括して各参加企業の口座に交付される。電子登録簿システムに口座を保有している参加企業は同口座を通して、EU割当の保有、移転、取得、取消、償却等の取引記録管理を行うことができる。なお、EU排出権取引制度対象企業には、電子口座の保有が義務付けられている。この他、EU排出権取引制度の対象外の企業、すなわち参加義務のない企業でも、排出権取引参加に参加するために、個人あるいは企業単位で口座を開設することが可能である。(口座開設費用は国によって異なる。)

 国別電子登録簿システムの管理者である省庁は、全ての口座の動きを監視することができる。本システムは、あくまで取引を記録する電子会計システムであり、取引用のシステムではない。

(4) EU独立登録簿共同体取引ログ・システム(CITL)
 NTTデータ欧州マンスリーニュース 2009年3月号「欧州における排出権取引システムの動向」の解説がシステム面からは分かりやすいので抜粋引用のうえ一部加筆した。なお、筆者が独自に各キーワードについてはEUの関係サイトにリンクさせた。

「2005年から運用されているEU排出権取引制度登録簿共同体独立取引ログ(Community Independent Transaction Log:CITL)は、EU排出権取引制度でのEU排出権割当の所有者を追跡する電子会計システムである。CITLは、EU割当の発行(issuance)、移転(transfer)、取消(cancellation) 、脱退(retirement)、溜め込み(banking)データを保管する。全ての国別登録簿システムは、CITLに連結されており、CITLは、対象事業所が国別割当計画に基づいて、排出上限を遵守できたかを監視する役割を持つ(このログに全取引の内容を記録してNAPとの整合性のほか不正等がないかがチェックされる)。

なお、取引登録は法人以外の自然人も口座開設が可能である。

EU排出権取引制度にて、京都議定書によって定められている排出権を取引するためには、京都議定書によって定められたクリーン開発メカニズム(Clean Development Mechanism:CDM)(筆者注6)理事会が管理するCDM登録簿、UNFCCが管理する国際取引ログ(International Transaction Log:ITL)とEU排出権取引制度のCITLをネットワークで接続することが不可欠である。

CDM登録簿は、CERの発行、保有、移転、取消、償却に関するデータを管理する。CERは、 ITLを通して、国別登録簿に移転される。ITLは、CITLがEU割当の管理を行うのと同様に、京都メカニズムの排出権の発行、国別登録簿内の保有口座への移転、償却、取消のデータを管理するための電子会計システムである。京都メカニズム参加国の国別登録簿は全てITLに接続されている。 国別登録簿間における排出権の移転は、全てITLを通して行われる。また、ITLは、京都メカニズムの排出権の管理のみならず、排出権の種類、移転量等を確認するモニタリング機能を有している。

国別登録簿のソフトウェア(英国のソフトGRETA の利用国が最も多い)(筆者注7)は、ウェブベースのアプリケーションであり、登録簿システムの相互認証や、取引市場の形成を促進するために、参加国は同ソフトウェアを利用することができる。ウェブサイトは、公共エリアとセキュアなエリアから構成されており、公共エリアでは、新規口座の開設と、公開報告書の閲覧ができる。セキュアなエリアへは、「ユーザネーム」と「パスワード」の認証によってアクセスできる。」

(5) EU における排出枠の法的性質と財産権性の議論
 基本的に重要な問題であり、参考までにわが国での検討内容につき簡単に「国内排出量取引制度の法的課題に関する検討会」資料(筆者注8)から抜粋、紹介しておく。
①排出枠の法的性質
・ EU-ETS では、EC 指令において、排出枠(allowance)とは、「一定期間における二酸化炭素等価量1t-CO2 を排出する割当量」を意味するとされている(3 条(a))。
・EU では、排出枠は、行政上の許可(grants)と私的所有権(財産権)の双方の性質を有するとされている。政府から割り当てられるときは、行政上の許可の性質を帯びるが、一旦民間企業や操業者に移転されると、私的財産権のいくつかの特徴を呈するものとなるとされる。

・EC 指令では、EU-ETS における排出枠の発行、保持、譲渡及び取消を確実に行うため、加盟国が国別登録簿を創設し、管理することとされている(19 条(1))。
 また、いかなる者、すなわち自然人も法人も、登録簿に口座を持ち、排出枠の保持等をすることができるとされている(19 条(2))。

・EC は、標準化された電子データベースの形態による、安全性を確保した登録簿システムに関する規則を定めることとされており(19 条(3))、EC 登録簿規則(Commission Regulation(EC) No.2216/2004)において、登録簿の構成等基本的な仕様、登録簿システムにおける排出枠の発行、移転、償却、取消に関する基本的な手続、登録簿システムの安全性基準等について定めている。すなわち、排出枠は、登録簿上の電子データとしてのみ存在することが前提となっている。

②券面がなく、固有のシステム上にのみ電子情報として存在するが、財産権的性質を持つものの取扱いを定めた法律としては、例えば社債、株式等の振替に関する法律(平成13 年法律第75 号。以下「社振法」という。)や、温対法がある。

(筆者注1)なぜ” EU ETS”をめぐる不正な利得を目的とするフィッシング詐欺やVAT詐欺行為が発生するのか。その理由について考える場合、次のような説明が分かりやすいであろう。「EUの排出権取引制度は、企業による二酸化炭素排出に上限(Cap)を設定し、排出者にEU排出枠(EU排出許可証、EU Allowance)とよばれる売買可能なクレジットを割り当てるものである。具体的には、加盟国政府はEUによって割り当てられた国別の排出枠を、欧州委員会の承認を受けた国家割り当て計画により、個別企業に割り当てる。割り当てを受けた個別企業は年間を通じて排出枠以上の削減(排出枠内での排出)に成功した場合、余剰分を排出権市場で売却することができ、逆に排出量が排出枠を上回った企業は排出量を枠内におさめるために排出権を排出権市場で購入するという制度(キャップ&トレード;排出上限の割り当てと売買)である。いわば、経済社会において二酸化炭素の排出を制限することで、人為的につくりだした炭素の希少性を価格シグナルとして企業に伝えることを狙いとした制度であり、企業による二酸化炭素排出量の削減効果が期待できるとともに、コスト効率的な二酸化炭素削減技術を持たない企業にとっては、高度な削減技術をもつ企業の余剰分を排出権市場で購入することで、結果として、自社で削減するよりも削減コストを低く抑えることができるという効果も期待されている。(財)国際貿易投資研究所研究主幹 田中 信世氏「温暖化ガス削減の切り札としてのEU排出権取引制度」(2008年3月28日)から抜粋。
日本機械工業連合会の解説も作成時期が2006年3月であるため第Ⅰフェーズや第Ⅱのみであるが、EUの公式資料等に基づくもので正確な解説である。

(筆者注2)2009年夏に大規模に発生した「VAT詐欺」の手口を簡単に説明すると詐欺師はある国でカーボンクレジットをVAT(EUから域外(例えば、日本)に輸出される貨物については、VAT(付加価値税)は0%(ゼロレート即ち実質免税)になっている。輸出される商品の価額は税抜き原価でなければならない。EUの輸出者は輸出証書を揃え自国内でVAT仕入れ税額控除処理ができる。日本の輸入者にはVATは課税されないので、日本の輸入者がVAT会社登録番号を取得する必要はない。日本側で輸入時に日本の輸入消費税がかかる。
一方、EU域内の取引の場合は、売り手は買い手側にVAT登録番号を聞いてVATの仕入れ控除の手続きを行う。(ジェトロの「貿易・投資相談Q&A」から抜粋)抜きで購入し、他国にVATを上乗せて売却するが、政府への税金の納付前に情報を削除してしまう。詳しくは“EurActive”の記事を参照されたい。

(筆者注3)みずほ総研みずほレポート(2008年5月21日号)「活発化する国内排出権取引制度の導入論議」から 抜粋して引用した、データが古い部分は欧州委員会の環境問題専門サイトから直接引用した。

(筆者注4) 国家割当計画(National Allocation Plan:NAP)と排出枠(Allowance)
EU-ETS 対象施設への排出枠の割り当ては、NAPに基づき割り当てられる。NAP は、加盟国が京都議定書の削減目標以上の削減を達成することを目的として各国が作成し欧州委員会の承認を得なくてはならない。「アローワンス」とは、EU排出権取引スキームにおいて取引されるもので、各対象施設は政府から所定のアローワンスを割り当てられる。1EUA=1tCO2。

(筆者注5) EU ETSの第Ⅲフェーズについては次のレポートが詳しい。
①ジェトロ・ブリュッセルセンター「EU-ETS第三期間に向けた制度改正の概要」
②環境省市場メカニズム室「2013 年以降に向けたEU 域内排出量取引制度(EU-ETS)の改正指令の概要」

(筆者注6)“CDM”は、温室効果ガス排出を削減するための京都メカニズム(クリーン開発、共同実施、および排出量取引)の一手法。先進国が資金的技術的支援を行って、途上国で温室効果ガス削減事業または二酸化炭素吸収促進事業を実施した場合、排出削減量の一部をその先進国の排出削減量としてカウントできる制度。排出削減クレジット(Certified Emission Reduction:CER)は CDM で発行されるクレジットのこと。クレジット1 単位はCO2 削減量1 トンに相当し、1 トン単位で取引される。(新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)海外レポート No.1030, 2008.10.15「EU 排出量取引(EU-ETS)の実施状況」から抜粋。

(筆者注7)GRETAのユーザマニュアルは、 「EU / ETS Emissions Trading Registry User Manual」で公開されている。

(筆者注8) 環境省はわが国の地球温暖化対策の一環の施策として「国内排出取引制度(キャアップ・アンド・トレード」について①制度設計面、②法的課題と言う観点から専門家による検討が行われており、本文で引用した内容は②の検討会中間報告からの抜粋である。 「国内排出量取引制度の法的課題について(第二次中間報告)」2010年1月13日:国内排出量取引制度の法的課題に関する検討会資料。


[参照URL]
http://europa.eu/rapid/pressReleasesAction.do?reference=MEX/10/0218&format=HTML&aged=0&language=EN&guiLanguage=en
http://www.euractiv.com/en/climate-change/eu-moves-tackle-carbon-trading-fraud/article-185933
http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=CELEX:32003L0087:EN:HTML
http://ec.europa.eu/environment/climat/emission/emission_plans.htm
http://europa.eu/legislation_summaries/energy/european_energy_policy/l28012_en.htm
http://ec.europa.eu/environment/climat/emission/citl_en.htm
http://www.env.go.jp/earth/ondanka/det/other_actions/ir_100113.pdf

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