2011年12月27日火曜日

ニューヨーク州司法長官がマイクロプロセッサー・メーカーIntel社を反トラスト法違反で起訴






(本ブログは2009年11月13日に掲載したものに最近時の裁判情報等を追加したものである)

ニューヨーク州司法長官アンドリュー・M・クオモ(Andrew M.Cuomo)(2011年1月1日にエリック・D・シュナイダーマン(Eric D.Schneiderman)が後任長官として就任)(筆者注1)が11月4日に世界最大のマイクロプロセッサー・メーカーである米国インテル社を反トラスト法(筆者注2)違反で起訴陪審に向けた手続に入ったニュースは、わが国のメディアでもすでに報じられている。

一方、インテルの最大のライバル会社であるAMD(Advanced Micro Devices)は、11月11日、インテルへの米国デラウェア連邦地方裁判所や日本の裁判所で起こしていた米国反トラスト法や独占禁止法違反を理由とする全訴訟は取り下げるとともに特許技術の相互利用に関するクロスライセンス契約の延長について12億5千万ドル(約1,125億円)で和解合意(Settlement)を行った。今回の両者の和解合意が政府による訴訟や欧州委員会による調査等には影響しないとするメディアが多い。

インテルへの反トラスト法違反訴訟は、欧州委員会(筆者注3)や韓国公正取引委員会(Korea Fair Trade Commission:KFTC)(筆者注4)の課徴金処分、日本の公正取引委員会(筆者注5)による排除勧告を受けた一連の行動であることは言うまでもないが、非競争に関する連邦法執行・監督機関である連邦取引委員会(FTC)の今後の出方も注目されている。

今回のブログは、内外のメディアによるややセンセーショナルかつ限定的な情報だけでなく、反トラスト法を中心とする法律的に見た正確な情報の提供を目的としてまとめた。すなわち連邦反トラスト法だけでなくニューヨーク州の反トラスト法(Donnelly Act)の内容等にも言及するとともに同州の非競争行為に対する法執行体制についても解説する。

また、今回の事例は米国の消費者保護における連邦政府(FTC)や州司法長官の役割(いわゆる父権訴訟(parens patriae ))の具体例である。その歴史的経緯や機能については2008年6月に日弁連消費者行政一元化推進本部研究会において日本女子大学の細川幸一准教授が「米国の消費者保護における政府の役割~父権訴訟を中心に~(メモ)」で詳細な報告を行っている。

わが国では消費者庁が9月1日に稼動を始めたが、その基本機能は日常的な生活苦情窓口だけでよいのか、不正競争に基づく消費者の救済といった個人では手が出せないし、また集団訴訟提起もなおハードルが高い問題等にその公的機能が本格的に発揮されるためには公正取引委員会の自由競争阻害要件を中心とする方式から一歩踏む出すことの検討も必要となろう。(筆者注6)

特にニューヨーク州とはいえ世界最大のマイクロプロセッサー・メーカーにFTCより先んじて挑む姿勢の意義と今後の展開に強い関心をもって今回のブログをまとめた。

なお、わが国では内閣府の「独占禁止法基本問題懇談会の最終報告(独占禁止法における違反抑止制度の在り方等に関する論点整理)」等において非競争行為における課徴金、刑事罰の併科問題等が議論されているが、それ自身が大きな課題であり機会を改めて論じたい。


1.同司法長官の起訴陪審に向けた起訴状(案)の要旨
 インテル社に対する87頁の起訴状(案)は、デラウェア連邦地方裁判所(筆者注7)に提出された陪審審理(正式事実審理)請求(trial by jury demanded)である。事実関係については一般メディアでもかなり詳細に書かれているが、内容の重複を承知で「リリース」に基づき仮訳で解説する(リリースでは2008年1月から捜査が開始され、司法長官府(Attorney General’s Office)による数百万ページにわたる文書や電子メールさらの数十人の証言をもとに起訴が行われたと発表している)。なお、メディアではほとんど報じられていない点は、CEOや幹部間相互の電子メールが極めて立証上で重要な証拠となっていること(デジタル・フォレンジック)(筆者注8)の重要性が極めて問題となる事件となろう。一方、インテル社は起訴状記載の電子メールの内容は言葉尻をとらえているのみでリベートや報復的強圧をかけるなど非競争行為を意図的に行ったことの証拠性は弱いと反論している)である。

さらに、以下の電子メール等の証拠内容から見て、反トラスト法の解釈と絡んでくるであろうが、自由市場ルール違反や消費者保護と言う観点からみるとデルやHPは本当に被害者なのであろうか。共犯ではないかとも考えられよう。

なお、筆者が従来から米国の法制度調査とりわけ法律の条文の原本を確認する上で最も気になっていた簡易かつ迅速な「検索性」は、次項で述べるとおり州法で見る限り期待はずれであった。今後、あり方について米国のロー・スクールや弁護士等と意見交換するつもりである。

(1)企業内電子メールがインテルのコンピュータ・メーカーへの違法な圧力を明らかにする:我々はインテルのこのような報復行為を受忍しるであろうか?
2009年11月4日、ニューヨーク州司法長官アンドリュー・M・クオモは世界最大のマイクロプロセッサー・メーカーであるインテル社に対し、連邦反トラスト法違反に基づく訴訟を起こした。本訴訟は、電子メールの解析で明らかとなったインテル社がマイクロプロセッサー市場における独占力と価格を維持する目的で世界中にわたるかつ組織的かつ違法な活動キャンペーンを行ったことに対する責任を問うものである。

この数年間、インテルは総額で数十億ドルにのぼる支払と引き換えに同社のマイクロプロセッサーの使用に同意した大手コンピュータ・メーカーから独占的契約を取り付けている。また、同社は事実上インテルの競合他社と極めて緊密の行動したことを察知したPCメーカーを脅迫するとともに実際に処罰的行為を行った。これらの報復的な脅迫の内容には、直接コンピュータ・メーカーの競争相手に資金を供給して共同開発事業を終了させ、またコンピュータ・メーカーがインテルから受け取っていた資金のカット措置が含まれていた。

インテルは、公正な競争より市場での締め付けを維持するため賄賂や強制を使った。本日、連邦地方裁判所に起こした訴訟はインテルの更なる反競争的行為を禁じ、失われた競争を復元させニューヨーク州の政府機関や消費者が被った金銭的な損害を取り戻すために刑罰を科すことが目的である。

(2)インテルは米国の最大手のコンピュータ・メーカーに贈賄や強制を行った
「インテルx86マイクロプロセッサー(ほとんどのPCの頭脳部分)」は一般的に直接企業や消費者に販売しないかわりにPCの部品としてコンピュータ・メーカーに販売する。インテルの違法行為は合衆国の3大コンピュータ・メーカー(デル(Dell)、ヒューレット・パッカード(HP)、IBM)を巻き込んでいた。

(デルに関する違法行為)
・2006年、インテルはデルに対し約20億ドルのリベートを支払ったが、そのリベート額はデルの2四半期分(9半年分)の純利益(net income)を超えていた。
・2001年から2006年の間、インテルはデルに対しインテルの主たる競争相手であるAMD社(Advanced Micro Devices)の製品を販売しない見返りとして他のコンピュータ・メーカーに比べ相対的に特権的な地位を与えた。
・インテルとデルは、AMDが戦略的に重要な競争力のある成功を収めることを阻止するため原価を下回る価格でのマイクロプロセッサーやサーバーの販売に協力した。
(HPに関する違法行為)
・インテルは、HPがAMDの製品販売を促進するなら今後のHPのサーバー技術の開発を頓挫させるであろうと脅かした。
・インテルは、HPのAMDのプロセッサーを使った業務用デスクトップ・パソコンに5%の販売割引価格の上限(Customer Authorized Price:CAP)(筆者注9)を設ける合意の見返りとして数億ドルを支払った。
・2006年にAMDの支出に係るHPの販売におけるインテルのシェアの増加を見合いに9億2,500万ドルを支払う旨のより幅広いかつ全社的な合意を取り交した。

(IBMに関する違法行為)
・インテルはAMDベースの商品を購入しないようIBMに1億3,000万ドルを支払った。
・インテルは、IBMがAMDを組み込んだサーバーを販売した場合は、IBMにとって利益が得られた共同事業から資金を引上げると脅した。
・インテルはIBMに対しAMDプロセッサーを組み込んだサーバーを「ノーブランド商品」とするよう圧力をかけた。

(3)各社の社内文書や電子メールがインテルの違法行為を明らかにした
本訴訟ではインテルの違法活動を示す電子メールの通信が含まれている。その具体例は次のとおりである。
①2005年1月、IBM役員の社内電子メール:「私はAMDが完全な商品ラインの面で欠けている理由・原因を理解した。質問ですが、我々はインテルの復讐を受け入れる余地があるか。」
②2004年6月、HP役員のHPがインテルを無視してAMDを組み込んだ製品を販売した後の社内電子メール:「インテルはHPがOpteron(AMDのサーバー・チップ(筆者注10)発表に数十億ドル($B)かけたことこのことに対し、HPを罰する計画があると我々に話した。」
③2004年9月、HPの役員のインテルの競争相手からの販売製品を得たことの必然的な結果に関する社内電子メール:「我々がそうするか(そうするつもりであるが)、インテルからの資金は停止してしまうであろう。そのリスクは極めて高い。その資金がなかったら、我々は財務的に耐えられないであろう。」
④2003年2月、インテルの競争相手からデルが積極的な購入を行った場合の想定される結果についての社内文書:「インテルによるリベート額の減少は厳しくその影響はデルのあらゆるLOB (筆者注11) に長引いて及ぶ。」
⑤2004年2月、デルがインテルとの排他的関係を終了させる可能性についての内部電子メール:「デルがAMDへの大移動に参加するなら、PSO/CRB(インテルのCEOであるPaul Otteliniと会長のCraig Barett)による聖戦(jihad)への用意が行われる。我々はインテルが詳細を調査する間、我々は少なくとも3ヶ月間リベートがゼロになる。これを避けるためにはいかなる法的・倫理的・脅威も問題となりえない。」
⑥2006年9月、インテルのHPとの交渉責任者(negotiator)(筆者注12)の社内電子メールにはインテルの反トラスト法違反に抵触しないよう意図的に試みた記録のとおりある:「あなた方(メールの宛名人)は市場シェアMSS:market share)に関する部分を交渉記録上除くことが出来た。ボリューム目標のみ残すよう工夫した。我々の顧問弁護士団は交渉スタッフに対し口うるさい。従って、私の会話内容はボリューム目標か関連するボリューム目標のみに限定した・・・(メールの相手から )有難う(thx)の返事があり。」
⑦2006年4月、インテル役員の社内電子メール:「反とラスト法の問題の懸念をなくすためは文書や電子メールは問題であり、電話でもう少し話すことにしましょう。」
⑧2005年11月、デルCEOのMichael DellからインテルCEOのPaul Otteliniに宛てて送られた社内電子メール:「我々は指導力を失い、その結果いくつかの分野で当社の事業上重大な影響を与えています。Otelliniの返事:この分野には新たなものは何もないのです。我々の製造計画(product roadmap)そのものです。

それは日々急速に向上しています。そのことが指導的製造を増加させるし、さらに競争努力に合致させるため、インテルはデルに対し1年当り10億ドル($1B)をデルに譲渡する予定です。このことは貴社のチームにおいても競争問題を補償するに十分以上であると判断されました。」

(4)ニューヨーク州対インテル社裁判の起訴状の具体的内容およびその後の情報
前述したニューヨーク州司法長官がインテル社を起訴した裁判で、その基礎を裏付ける具体的事実については前述したとおりである。ここでは、起訴状の結論部分である裁判所に対する4つの「救済請求(Claims for Relief)」をとりあげる。
①第一請求(シャーマン法(Sherman Anti-Trust Act)2条違反
②第二請求(ニューヨーク州Donnelly Act:ニューヨーク一般ビジネス法律集(N.Y.Gen.Bus.Law)第22編340条以下「独占行為」)
③第三請求(ニューヨーク州執行部法(New York Executive Law)63条(12)違反)(筆者注13)
④第四請求(同条)

なお、裁判の途中段階の情報は省略するが、2011年12月24日にデラウェア連邦地裁判事レオナルド・スターク(Leonard Stark)は2012年2月14日に予定している公判予定の取消を命じた。その理由は、本裁判が破棄されるべきか否かにつきニューヨーク州が論議中であるということにある。いずれにせよインテル社はすでに反トラスト裁判の解決に関し、すでに27億ドル以上を費やしている。スターク判事は起訴事由のうち三倍損害賠償を破棄するなどいくつかの請求を退けている。また、同判事は事件の対象範囲につき原告であるニューヨーク州に対しここ3年間におけるコンピュータの購入に焦点を当てるとするなどの訴訟指揮をとってきた。これに対し、州当局は6年間の期間を求めていた。

2.ニューヨーク州の反トラスト法(Donnelly Act)および同州の非競争行為に対する法執行体制
(1)米国の連邦および州ベースの反トラスト法の関係
わが国で広く一般的に読める海外情報としては公正取引委員会サイトで連邦司法省反トラスト局の公表ニュースを簡単に紹介しているのが唯一の情報であろう。
ニューヨーク州経済司法部反トラスト局のサイトでは、連邦反トラスト法について簡潔にまとめている。連邦司法長官と州司法長官の権限との法的関係(いわゆる父権訴訟)にも言及しており参考までに紹介する。

「連邦反トラスト法(Federal Antitrust Laws)」
1890年に制定された「シャーマン法」は、州際取引や商業における制限的性格をもつすべての契約や共謀行為を禁止する。具体的には、価格吊り上げ(price fixing)、市場配分(market allocation)、ボイコット、談合入札(bid rigging)および抱き合せ販売(tying arrangements)を含む。
連邦裁判所は、これらの禁止行為の停止や回復、また違法に取得した利得の返還、実際被った損害額の3倍の損害賠償(三倍賠償(treble damages))を裁可する権限がある。また違反者には法人の場合は最高1億ドルの刑事罰、個人の場合は最高100万ドルおよび10年以下の拘禁刑が科される。
「クレイトン法」は実質的に競争を抑制したり独占を生じさせる買収(mergers)や一定の排他的合意(certain exclusive dealing arrangements)を禁止する。

「1976年ハート・スコット・ロディノ反トラスト法」は、連邦の反トラスト法訴訟における州の住民を代表して各州の司法長官に新たな広い起訴権限を与えた。このため司法長官は消費者の代理人としてシャーマン法違反に基づき失われた金額の三倍損害賠償を起こすことができる。この方式により司法長官は多くの市民が少額でかつ個々人が提訴する余裕がない場合に1つの訴訟に統合することができる。

一方、「連邦取引委員会法」は「不公平な取引慣行」や「不公平または詐欺的またはその実践行為」を禁止する。本法は、①シャーマン法とクレイトン法の非競争条項の法執行を実現させる、②FTCの反トラスト法では対処し得ない違法活動の消費者保護代理機関として機能を果たす権限を定めている。

(2)各州の反トラスト法の調べ方
そもそも州ベースの反トラスト法の執行体制や関連法を調べるにはどのようにすればよいのか。
筆者なりに模索した結果は、以下のとおりである。
A.同州の経済司法部反トラスト局(Antitrust Bureau, part of the Division of Economic Justice)サイトを閲覧した。
B.同サイトでDollenny法の解説を読む。ただし、同サイトや州の一般サイトから条文そのものは確認できない。
C.同州の法律検索専門サイトでDonnelly 法の条文内容を確認しようとした。なお、同サイトはアルファベットで検索するようになっているが、連邦法のように法律名(Dollenny)では検索できない。 “General Business”(GBS) まで知っていると条文内容にたどり着く。

この検索方法はカリフォルニア州ではどうなるか。同州の反トラスト法の正式名は“CALIFORNIA BUSINESS AND PROFESSIONS CODE:Cal.Bus.&Prof.Code”である。一般的には通称の“Cartwright Act”で解説されているか、または両者が併記されている。
ついでに、検索手順を解説しておく。
A.州の公式法案・制定法検索サイト“Official California legislative Information” を閲覧する。
B.画面下の選択肢から“California Law”を選択する。
C.“California Code”を閲覧する(29の法典の最新更新内容が確認できる)。
D.法律の内容を示す一覧から該当の法典(code)を選択する。法典名が分からないと更なる検索である「キーワード検索」もできない。
筆者が一番困惑したのは一覧から該当法典名である“CALIFORNIA BUSINESS AND PROFESSIONS CODE”を調べる方法であった。同法は450頁の大法典であるが、連邦法の検索時の習慣で通称である“Cartwright Act”に基づく検索に固執しすぎた。

(3)ニューヨーク州 反トラスト法“General Business”(GBS)の内容
反トラスト法である“General Business”(GBS)の内容について逐一解説は行わないが、経済司法部反トラスト局のサイトの同州反トラスト法の解説内容を概観する。

ニューヨーク州の反トラスト法(340-347 of New York’ General Business law )は一般には「ドネリー法」といわれ1899年に制定された。一部重要な点で異なる部分もあるが、その後の法改正や解釈により緊密なかたちで連邦シャーマン法の内容との整合性が図られてきた。すなわち同法は、価格吊り上げ、地域や顧客配分(territorial and customer allocation)、ボイコット、談合入札(bid rigging)および抱き合せ販売(tying arrangements)を禁止する。

同法は、司法長官に法人の場合は最高100万ドル、個人の場合は最高10万ドルの民事罰を求める訴訟提起の権限を定める。またプライベート・パーティ(被害者たる訴訟当事者)はこれらの違法行為を禁止させまた三倍賠償を得るため訴訟の提起が出来る。ドネリー法違反は重罪(felony)であり、法人の場合は最高100万ドル、個人の場合は最高10万ドルと4年の拘禁刑が科される。

3.今後の国際的非競争法強化に対応した研究課題についての私見
わが国では日本企業の海外進出とともにわが国の企業のEUや米国における非競争法違反・制裁問題に危機感をもっており、最近ではあるが経済産業省は経済産業政策局長の私的研究会として、「競争法コンプライアンス体制に関する研究会」を設置し、第1回会合を2009年8月4日に開催し、以降月1回ベースで開催されている。

第1回会合配布の「資料4」に指摘されているとおり、同研究会は制裁金・課徴金という行政制裁の強化によるか罰金・禁固刑という刑事制裁の強化によるかという手法の違いは別として、現在、日米欧いずれの競争当局においても、カルテル等の競争法違反行為の抑止という観点から、執行強化がなされているという問題意識から検討が行われている。
なお、同研究会は、2009年8月から11月にかけてのべ4回開催し、2010年1月29に報告書「『国際的な競争法執行強化を踏まえた企業・事業者団体のカルテルに係る対応策』について」を取りまとめている。

一方、筆者自身、今回ブログの原稿作成を通じて次のような具体的課題を整理した。①世界的独占企業の非競争戦略の「法的きわどさ」、②中小企業も含むわが国企業の国際化が急速に進む一方で、海外の非競争法の正確な理解の不足や執行機関に関する研究の遅れ、③ニューヨーク司法長官府サイト等で見るとおり非競争行為はわが国でいう「内部通報者保護法」(2007年False Claims Act)の機能に期待する点が極めて大である問題であり、各州の運用実態調査の重要性、④連邦司法省サイトで見るとおり、被害者保護面からのオンブズマン制度の機能の実態調査の重要性、⑤わが国の司法関係者や法執行機関のデジタル・フォレンジックに対する意識の低さ。

これらの課題については、順次最新情報を追いながら解説していくつもりである。いずれにしても、わが国の独占禁止法も含め非競争規制法は経済規制法という側面から消費者保護(消費者の権利保護)法の側面に焦点を当てたさらなる研究が求められよう。(筆者注13)

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(筆者注1)「司法長官」と言う名称から連邦と同様に執行機関の最高責任者である州知事が任命すると思われがちであるが、ニューヨーク州においては、連邦政府と異なり、他州と同様に、知事のみならず副知事・州監察長官(State Comptroller) ・州司法長官(Attorney General)という主要な行政官が公選職員として住民の直接選挙で選出される。1846 年のニューヨーク州憲法(Constitution of the State of New York )改正(5条1項)により、州司法長官も州監察長官も共に公選職員(任期4年)となった。(自治体国際化協会のサイトから引用)
前クオモ長官(民主党系勤労家族党(Working Families Party)ニューヨークのマイナーな党であるが自由主義的性格が強い政党である)の選挙は、2006年11月7日に行われ、58.31%の票を獲得している(Wikipedeiaの解説等から引用)。現長官シュナイダーマンは前ニューヨーク州議会上院議員(民主党)で2010年9月に党候補に指名され、総選挙の結果、当選し、2011年1月1日に第65代長官に就任した。

なお、わが国では州の“Attorney General”の訳語を「検事総長」としているものが多い。しかし、これでは連邦の司法長官(法執行の最高責任者で大統領が指名、議会が承認)と機能が異なることになる。起訴状にあるとおり、連邦地方裁判所になぜ州の司法長官等のみが原告として関与しているのか(なぜ連邦地区首席検事(United States Attorney:米国連邦裁判所の裁判区 (judicial district) ごとに1名ずつ大統領が指名し、連邦の刑事事件で検察官の活動を統括する役職)が起訴しないのか)。詳しく書くとそれだけで博士論文になってしまうので「私見」ではあるが結論だけ記しておく。

インテル社の反トラスト法違反行為は前記のとおり連邦法や州法違反であり、本来連邦司法省長官が起訴すべきものと思われるが(例えば2001年10月11日連邦司法省が原告となり、“HSR Act”遵守違反を理由として米国最大のメデイア企業“Hearst Corporation”を被告とする民事制裁を求める訴訟を提起している。この違いはどこにあるのか等々)、実は米国「1976年ハート・スコット・ロデイーノ・反トラスト改良法(Hart-Scott-Rodino Antitrust Improvements Act)」によりクレイトン法4c条(U.S.C.ではSec. 15c. Actions by State attorneys general)は連邦司法省(反トラスト部)の代理訴訟権限の州司法長官への付与を定めている。本文2.(1)で見るとおり、今回の起訴は同条にもとづくと思われる。

(筆者注2)米国競争法の専門家でない読者のために補足しておく。本文(起訴状の内容)で説明するとおり米国の「反トラスト法」とは、単一の法律ではなく、いくつかの法律の「総称」であり、主に以下の3つの基本法およびこれらの修正法から構成されている。
①シャーマン法(1890 年6月2日制定)( Sherman Antitrust Act:15 U.S.C. §§ 1-7) カルテル・ボイコット等の取引制限、独占の禁止に関する規定。
②クレイトン法(1914 年10月15日制定)(Clayton Antitrust Act:15 U.S.C. §§ 12-27) 価格差別、排他取引、不当な条件付取引、企業結合に関する規定。
連邦取引委員会法(1914 年制定)(Federal trade Commission Act of 1914):不公正な取引および欺瞞的取引の禁止、連邦取引委員会の権限・手続等の規定。

このほか、ほとんどの州がシャーマン法やクレイトン法に準拠しつつ独自の反トラスト州法を制定している。これらの法律や最近の判例に関する概括的な解説は、コーネル大学ロースクールのサイト「反トラスト法:概観」を読むのが最も近道であろう。
また、連邦司法省反トラスト法担当部サイトでは内部ガイダンスである「反トラスト法マニュアル」を公文書として一般公開している(米国現行連邦法律集(U.S.C.)と法律名称検索とで条文番号が異なる場合があり、同マニュアルではその比較が出来る)。
(2008年1月現在公正取引委員会のサイト「世界の競争法:米国」、内閣府がまとめた「アメリカ反トラスト法の概要」等から一部引用のうえ筆者が独自に追加した)

さらに留意すべき点は、米国反トラスト法は連邦司法省と連邦取引委員会という2つの執行機関を有し、各執行機関に執行権を付与したことから、2系統、2本建ての実体法規制となっている。一方、わが国の独占禁止法は単一の執行機関として構成されている反面、米国の反トラスト法を原型とするがゆえに2系統の実体法規定を受け継いでいる。このため、わが国の法解釈上で複雑な問題を多くかかえるという指摘がある(2000年4月1日号NBL 村上政博「独占禁止法違反行為についての私人による差止請求権(1)」から一部引用)

(筆者注3)「2009年5月13日、欧州委員会は、x86セントラル・プロセシング・ユニット(CPU)と呼ばれるコンピューターチップ市場から競合他社を排除するために、欧州共同体(EC)条約(第82条)に抵触する反競争的行為を行っているとして、Intel(インテル)社に10億6,000万ユーロの制裁金を科した。欧州委員会はまた、今も継続している違法な行為のすべてを直ちに中止することを命じた。(以下省略)」駐日欧州委員会代表部サイトから一部抜粋引用。その原文は” Antitrust: Commission imposes fine of €1.06 bn on Intel for abuse of dominant position; orders Intel to cease illegal practices”と題するものであるが、上記代表部の訳文もかなり事実関係も含め詳細に原文の内容を紹介している。

(筆者注4)2008年6月4日、韓国公正取引委員会が韓国インテル社に対して行った「矯正命令(corrective order)」および「課徴金(surcharge)」の詳細については同委員会サイトで確認できる。

(筆者注5) 2005年3月8日、公正取引委員会は,インテル株式会社に対し,独占禁止法(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)の規定に基づいて審査を行い、同法3条(私的独占の禁止)の規定に違反するものとして,同法48条1項の規定に基づき,次の内容の排除勧告を行った。
「日本インテルは,インテル製CPUを国内パソコンメーカーに販売するに際して,国内パソコンメーカーに対し,その製造販売するパソコンに搭載するCPUについて,前記(1)MSS(各国内パソコンメーカーが製造販売するパソコンに搭載するCPUの数量のうちインテル製CPUの数量が占める割合をいう。)を100%とし,インテルコーポレーションが製造販売するCPU(以下「インテル製CPU」という。)以外のCPU(以下「競争事業者製CPU」という。)を採用しないこと。
(2)MSSを90%とし,競争事業者製CPUの割合を10%に抑えること。
のいずれかを条件として,インテル製CPUに係る割戻し又は資金提供を行うことを約束することにより,その製造販売するすべて又は大部分のパソコンに搭載するCPUについて,競争事業者製CPUを採用しないようにさせる行為を取りやめること。」
この勧告に対する諾否の期限は2005年3月18日であったが、4月1日まで延期が認められ、インテルは4月1日付けで「同勧告を応諾しますが、同委員会が主張する事実やこれに基づく法令の適用を認めるものではありません。インテルは引き続き、同社の商行為は公正であり、かつ法律を順守していると確信しています。したがって、インテルは勧告に示された排除措置の枠組みによっても、同社が今後も顧客の要望に十分応えていくことができると考えています。」と言う内容のコメントを行っている。同コメントを法的にどのように解するかについては機会を改めて論じたいが、かりに今回のニューヨーク司法長官の起訴状が指摘するような事実があるとすれば、反トラスト法上かなりの問題があるコメントであろう。

なお、現状の日本の法律では排除勧告を応諾したとしても制裁金が課されない(この問題を論じているのが今回のブログ前文で述べた「独占禁止法における違反抑止制度の在り方等」(2006年7月21日内閣府大臣官房 独占禁止法基本問題検討室の資料)である)。 
このため日本AMDは2005年6月30日、インテルの日本法人が日本AMDの業務活動を妨害したとして、その損害賠償を求める訴訟を東京高裁と東京地裁に起こした。同社が東京高裁に対して提起した訴訟は、同年3月8日に公正取引委員会が排除勧告で認めたインテルの独占禁止法違反行為による損害賠償(請求額は約55億円)に、排除勧告で認定された違反行為以外の妨害行為で被った損害賠償を加えた、総額約60億円の損害賠償を求めたものである。
その東京高裁への訴状の要旨によれば、インテルは、国内PCベンダー5社(NEC、富士通、東芝、ソニー、日立製作所)に対して、資金提供などを条件に、各社が製造するPCにAMD製CPUを採用しないようにしむけたという。また、東京地裁への訴状要旨では、インテルが「日本AMDの新製品発表会に参加を予定していた顧客に対し圧力をかけ、参加を辞退させた」「日本AMDと顧客の共同プロモーション・イベント用に製造されたAMD製CPUの新製品を搭載したPCを、イベント直前に全台買い取り、インテル製CPU搭載PCに入れ替えさせた。その際、インテルはPCを無償で提供したうえ、宣伝費用も支給した」などの営業妨害行為を行ったという。
一方、米国AMDは6月27日にデラウェア連邦地方裁判所に対し、シャーマン法2条、クレイトン法4条・16条、カリフォルニア州企業・職業法(the California Business and Professions Code)に基づきインテルによる取引き妨害による損害賠償請求訴訟を提起した。
これら訴訟については、11月12日のインテルとAMDの全面和解によりAMDはデラウェア連邦地方裁判所および日本の2件の係争中の独占禁止法違反訴訟は取り下げるとともに全世界の規制当局への訴えを撤回する旨発表した。

(筆者注6)日本女子大学の細川幸一准教授が、2008年1月に「消費者庁構想について」において従来の規制行政から支援行政の重要性を指摘されている。筆者も同感であり、消費者庁のHPを見るたびに残念に思うとともに、抜本的な機能の見直しが必要と考える。

(筆者注7)デラウェア連邦地方裁判所のサイトにアクセスすると、まず「モニタリング通知」が出る。引き続き「アクセス(Entrance)」しても良いし「退出(Excit)」も可である。

(筆者注8)フォレンジック(Forensics)とは法科学と訳され、司法における犯罪や不正の証拠として科学的知見をいかに生かすかという学問である。デジタル・フォレンジック(Digital Forensics)とは、この法科学の中でもコンピュータをはじめとするIT機器に残存する証拠(電磁的証跡と呼ぶ)から犯罪や不正の証拠をいかにして取り出し、生かしてゆくかという技術であると言える。情報通信技術が社会のインフラとして重要性を増すにつれ、その障害や不正アクセスなどのインシデントに際して、事件と事故の切り分けからインシデント原因の同定、犯罪や不正が疑われた場合の被疑者の同定(Identification)といった作業が「法廷の場で証拠として耐えうるように」行われることが求められてきており、今後研究を進める必要性の高い分野であると言える(京都大学情報メデイアセンターより抜粋)。なお、わが国のデジタル・フォレンジック研究については、「NPOデジタル・フォレンジック研究会」が唯一アカデミックかつ実践面からの積極的な活動を行っており、関心のある人は是非会員になってみてはいかがか。

(筆者注9)“Customer Authorized Price”(CAP) に関する説明は起訴状原本16頁にも記載はない。筆者なりに調べた範囲で解説すると、OEM契約(OEM(Original Equipment Manufacturing/ Manufacturer)とは、納入先商標による製品の受託製造(者)をいいます。すなわちメーカーが納入先である依頼主の注文により、依頼主のブランドの製品を製造すること、またはある企業がメーカーに対して自社ブランド製品の製造を委託することです。開発・製造元と販売元が異なり、製品自体は販売元のブランドとなります:JETRO貿易・投資相談Q&Aから引用)の場合に使用される用語である。ここからは筆者の推測であるが、インテルはデル等とOEM契約を締結する際の条件としてデルはインテルの標準価格5%を販売割引価格の上限に合意したのではないか。

(筆者注10)「サーバー・チップ」とはどのようなものをさすのか。技術系でない筆者としてはこだわって内外サイトを調べた。要するに「サーバー・コンピュータ用の高機能マイクロプロセッサー・チップ」のことのようである。次世代サーバー・チップの解説(インテルの“Nehalem”、AMDの“Magny Cours” IBMの“POWER’”等)は海外の記事の基づく素人には極めて分かりづらい記事は多いがほとんど理解できない。この世界ははやたら「次世代」が好きであるが、足が地に着いていない世界かも?。筆者の専門である「法律」の世界では正確な定義がない言葉は使えない。

(筆者注11)“LOB”とは、“line of business ”の略語で企業が業務処理に必要とする主要な機能を行うアプリケーションの総称である。LOBに該当する主なアプリケーションとしては、会計や在庫管理、受発注システム、サプライ・チェーン・マネジメント(SCM)などがある。(IT用語辞典から引用)

(筆者注12)起訴状で言う“negotiator”とは具体的にどのような人物を指すのか。起訴状本文62ページ以下を読んだが、個人名は記されていない。HPとの交渉責任者(the principal Intel negotiator of the deal to his HP counterpart)としか書かれていない。

(筆者注13)「ニューヨーク州執行部門法(New York Executive Law)」について概要のみ補足する。同法は全50編(Articles)からなる法律であり、知事、各州機関の機能や任務を定める。その第5編(60条~74条)が同州の法務局(Department of Law)の責務に関する規定を定め、63条は司法長官の一般的責務に関する事項を定める。

(筆者注14) このような問題意識はすでに「第14次国民生活審議会(1992年12月12日~1994年12月11日)消費者行政問題検討委員会報告」において指摘されていた点である。しかし、その後の運用はいかがか。


〔参照URL〕
http://www.oag.state.ny.us/media_center/2009/nov/nov4a_09.html
http://www.oag.state.ny.us/media_center/2009/nov/NYAG_v_Intel_COMPLAINT_FINAL.pdf

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