2010年5月3日月曜日
米国の連邦預金保険公社(FDIC)による暫定保護限度額引上げや全額保護措置の概要と今後の行方
金融関係者で本ブログを読んでいる方の中には、“FDIC's Electronic Deposit Insurance Estimator(EDIE)” のことを知っておられる方もあろう。わが国の預金保険制度の原型となる米国の預金保険制度は期間限定ながら、今、金融危機の中で極めて異例な保護措置を実行している。
今回のブログは、このような前例のない保護措置を取らざるを得ない米国の金融リスク、信用不安の実態等をあらためて整理するものである。
なお、2009年5月21日付けでわが国の預金保険機構(DIC)のHP調査(海外事情・預金保険研究)において「米国:預金保険制度の変更を含む法律が成立」という標題で「預金保険制度の変更としては、(1)臨時的な保護限度額引上げ期間の延長、(2)預金保険基金回復計画の回復期限の延長、(3)預金保険機関の借入限度額の引上げ、(4)連邦預金保険法に基づくシステミック・リスク・エクセプション(筆者注1) (筆者注2)実施により損失が生じた場合の特別保険料の賦課対象の追加、賦課基準の弾力化」にかかる立法措置(住宅ローンの差押回避と利用促進を意図した法律(Helping Families Save Their Homes Act of 2009:S.896))の概要を説明している。
しかし、今回取り上げる(1)の変更内容についての詳しい説明は、その後の預金保険機構サイトでも行われていない。
1.FDICの預金保護限度額の引上げ措置および臨時措置の延長にかかる経緯
米国では2008年10月3日 「緊急経済安定化法(Emergency Economic Stabilization Act of 2008(EESA):H.R.1424)」が成立し、同年10月8日にFDICは、EESAに基づき、預金保護限度額を 10万ドル(約930万円)から25万ドル(約2,325万円)に引き上げたと発表した。また非金利の当座預金等についてはFDICによる「暫定流動性保護プログラム(temporary Transaction Account Guarantee Program:TTAGP)」として金額無制限に保護すると発表した。施行は同年10月3日からであり、何れも2009年12月末までの暫定的措置であった。
しかし、銀行の経営破たんの状況は引続いており、預金者の信用不安を回避するため2009年5月20日に成立した前記“Helping Families Save Their Homes Act of 2009”により、オバマ政権は、借入枠の拡大(2010年までは5,000億ドル)と、預金保護拡大措置の延長とを決めた。すなわち2008年10月に成立した金融安定化法で導入された保護上限の拡大措置(10万ドルを25万ドル)を2013年12月31日まで延長するとした。なお、TTAGPにもとづく金額無制限の暫定保護措置は2010年6月30日まで存続することとなった。
この延長措置については、FDICは2009年5月22日付け金融機関向け通達“FDIC Insurance Coverage Extension of Temporary Increase in Standard Maximum Deposit Insurance Amount”で詳しく解説している。
2.FDICの預金保護限度拡大措置の内容(筆者注4)
(1)FDICに関する法律および規則の内容
FDICサイトのFact Sheet や預金者向け小冊子(Your Insured Deposits-Temporary Changes to FDIC Deposit Insurance Coverage-)が簡潔に説明しているので、ここで引用する。
特に危機的な臨時措置と感じたのはFDICサイトでの「あなたの保護預金額についてのQ&A」である。
設例では1家族の全口座が「1金融機関」に預入されており、各預金口座、夫婦の共同名義預金(Joint Account)(筆者注3)、退職者個人貯金年金口座(Retirement Account)(個人退職基金口座(IRA)、撤回可能信託(revocable trust account)取引を行っている4人家族(両親と子供2人)となっており、当該家族の全口座残高300万ドル(約2億7,900万円)が全額保護されると説明されている。
以下、FDICの具体的な解説内容を紹介するが、設例が米国では一般的であるとすると、全額保護額の大きさはいかに受け止めるべきであろうか。
(A)単一名義所有預金
FDICは同一預金者名で所有される同一銀行の単一名義預金口座を名寄せし合計額につき25万ドルを限度として保護される。設例では夫、妻につき各25万ドルの残高があり、その全額計50万ドルが保護される。
(B) 退職者個人貯金年金口座
FDICは同一預金者名で所有される同一銀行の退職者個人年金貯金口座を名寄せし合計額につき25万ドルを限度として保護される。設例では夫、妻につき各25万ドルの残高があり、その全額計50万ドルが保護される。
(C)共同名義預金口座
設例では夫婦は同一銀行に1つの共同名義預金口座をもっている。FDICは共同所有者の持分(寄与分)を合計して保護する。設例では残高は50万ドルで夫と妻の所有権割合は50%である、すなわち25万ドル以下であることから各25万ドル、計50万ドルが全額保護される。
(D) 撤回可能信託
まず保護額の算出にあたり、FDICは各所有者が持つ預金残高を計算する。
・夫の持分相続人割合:75万ドル
夫が死亡時の妻を相続人指名(POD Account beneficiary)しているため100%の割合を持ち、また子供Aと子供Bを受託者とする生前信託に関しては夫と妻が50%持つ。
・妻の持分相続人割合:75万ドル
妻が死亡時の夫を相続人指名(POD Account beneficiary)しているため100%の割合を持ち、また子供Aと子供Bを受託者とする生前信託に関しては夫と妻が50%持つ。
次に、FDICは各所有者につき受益者(相続人)数を計算する。設例では各所有者は異なる3人の受益者(配偶者、子供A、子供B)を持つ。撤回可能信託については所有者が5以下の受益者を有するときは所有者は各異なる受益者につき25万ドルまで保護される。
夫の撤回可能信託預金の持分割合につき75万ドル(25万ドル×受益者3人)が保護され、妻についても同様で計算される
以上まとめると設例では、(A)+(B)+(C)+(D)=300万ドルが保護されることになる。
(2)口座の所有者の死亡や撤回可能信託受益者の死亡時の保護範囲の扱い
FDICは口座名義人の死亡後、当該口座につき権限者により再設定などが行われない限り、6か月間の据置期間(grace period)は生存しているとみなして預金を保護する。(筆者注5)
また、非公式の撤回可能信託方式である例えば“POD Account”において相続人が死亡した場合は前記据え置き期間の適用はない。ほとんどの場合、保護額は直ちに減額される。
(例)母親は2人の子供を“POD Account”の相続人として50万ドルを銀行に口座に預託していた。口座所有者と相続人が生きているときは口座は50万ドルまで保護される(25万ドル×2人の相続人)。1人の相続人が死亡したとき、母親の“POD Account”に対する保護額は25万ドルに減額される。
さらに正式な撤回可能信託の場合、6か月の据置期間や非公式の撤回可能信託のような制約は適用されない。ただし、契約上の諸条件は承継受益者(successor beneficiary)やその他の信託預金の再配分に影響を与えるため保護額が変更される可能性がある。
(3)FDICの臨時措置にかかる預金者向け啓蒙活動(Q&A)の内容
FDICは、今回の暫定措置の有効期限である2013年12月31日までの間、預金者の混乱を避けるため次のような店頭での掲示等の推奨措置を行っている。
本措置の徹底を図るため預金者への通知や預金窓口で掲示する「FDIC加盟金融機関である旨のロゴ」の横などに暫定措置に関する「声明文」を貼る。特に新規口座の開設時の説明や2013年12月31日以降に満期を迎える定期預金証書への表示が重要であるとしている。
(4)保護金額の計算に関するオンライン・シュミレーション・サービスの例
FDICは、預金者や銀行の担当者が正確に暫定的な保護内容を理解できるよう専用サイト(FDIC's Electronic Deposit Insurance Estimator(EDIE)”)を用意している(FDICサイトで良く出てくる文言であるが、「FDIC加盟機関に預けられたあなたの預金は何が起ころうと100%保護され、1ペニーたりとも失うことはない」)。
EDIEサイトを見ると、対象となる主な預金として、当座預金(Checking Accounts)、貯蓄預金(saving accounts)、マネーマーケット口座(MMDAs)、譲渡性預金(CDs)と記載されている。なお、EDIEは投資信託(mutual Funds)、株式、債券、年金保険(Annuities)等の金融取引には適用されない旨説明されている。
また、EDIEサイトでは具体的なFDIC加盟金融機関ごとに保護範囲を調べる手間を省くため金融機関名や預金種類別を入力することで検索が出来、その結果の印刷までが一連して行える画面が用意されている。
なお、2010年4月22日、FDICは計算サイトの内容更新通達を発している。
3.FDICの預金保護限度拡大措置の法的・財政的な問題点
金融監督制度改革と極めてかかわりを持つ問題であり関係する問題につき簡単に触れる。
(1)GAO勧告
2010年4月15日、連邦議会の行政機関への監視機関である「連邦議会行政監査局(GAO)」は、今回の金融危機に伴い2008年および2009年中に実施されたFDICの5回の勧告中、財務省が援助決定に至った3回の緊急援助につき、(1)起動決定に至るFDIC、FRBおよび財務省により取られた手段、(2)決定の根拠、結果的に取られた行動の目的、および(3)預金保険加盟金融機関と非加盟金融機関に与える経営改善刺激策や行動に関する起こりうる効果の検証結果報告(Regulators’ Use of Systemic Risk Exception Raises Moral Hazard Concerns and Opportunities Exist to Clarify the Provision)を公表した。同要旨も閲覧可である。
詳細は省略するが、結論部分において「システミック・リスク・エクセプションに関し、透明性と責任をより確実にするために、連邦議会は財務省に対し発表された行動、要件をはっきりさせる支援を決断しない場合の文書による理由説明および財務省の要求条件やその例外についての条件を明確化すべく、連邦議会は「連邦預金保険公社法:Federal Deposit Insurance Corporation Act:FDI Act)」を改正すべきである。
特に現在進められている連邦議会での金融規制監督制度改革を審議する際、それらはシステミック・リスク・エクセプションの使用による市場原則の弱体化効果を緩和するために金融システム上重要な金融機関に対し、より重大なかたちで規制・監督上の監視を確実にすべきである。今回のGAOの調査結果につき連邦準備制度理事会と財務省は全体的に同意した。」とGAO報告は述べている。
(2)今回、FDICが行った措置の根拠に関する連邦破産法との関係でみた法的な課題
具体的には連邦規則集12巻360.1条(12 C.F.R. § 360.1 Least-cost resolution)に基づく法的な問題点に関し、米国大手ローファームGibson, Dunn & Crutcher LLP (GD&C)が2008年9月26日に発表した小論文「資産保全管理人(consevator)または破産管財人(receiver)としてのFDICの機能の概観(OVERVIEW OF THE FDIC AS CONSERVATOR OR RECEIVER)」があり、その冒頭で次のとおり述べている。
「同メモは、連邦預金保険公社(FDIC)の資産保全管理人または破産管財機関としての管理の全体を概観するものである。 このような関係においては起こりうる多くの複雑な特定の問題から見ると、本メモは概観の必要性だけでなく、重要な地方銀行などの比較的大きい複雑な銀行の場合に起こるかもしれない契約相手(counterparty)の問題に特別な 関連性を与え、一般的な企業倒産と異なるFDICの枠組みの要素の概要を述べるものである。
本メモは3つの部分からなる。すなわち (1) FDIC独自の解決を統治する法的枠組みの背景と1990年代以降の変更や開発についてのハイライトの整理、 (2) 連邦破産法の条文との比較に関するFDIC独自の取組みの6つの特有の局面に関する概要、 および(3)最終章ではFDIC独自の解決手続における問題と不明確な点を例証する2つの例:債券の証券化(loan securitizations)と参加の処理、およびスタンドバイ信用状(standby letters of credit)に基づきさらに詳細な考察を行う。」
これだけで大問題であり、その分析は機会を改めたい。
(筆者注1) 金融危機対応(システミック・リスク・エクセプション)の内容は国や監督機関法制により異なる。わが国の預金保険機構が比較しているのでここで引用する。
米国の場合、システミック・リスクの例外規定(systemic risk exception)を適用するためには、以下の承認が必要。
•FDIC 理事会の3 分の2 の承認。
•連邦準備制度理事会の3分の2の承認
•財務長官が、大統領と協議した上での承認
なお、筆者なりに調べたところ、2007年3月3日、国際預金保険協会(筆者注2)の会合においてFDIC副総裁Martin J. Gruenberg氏はスピーチの中でシステミック・リスク・エクセプションの適用条件につき次のとおり述べている。
“The systemic risk exception requires the approval of two thirds of the members of the FDIC's Board of Directors, two thirds of the members of the Board of Governors of the Federal Reserve System, and the Secretary of the U.S. Treasury, who must first consult with the President.”
(筆者注2)「国際預金保険協会(International Association of Deposit Insurers(IADI); Basel, Switzerland)」は、2002年5月に世界各国の預金保険機関・関係当局等により、各国預金保険機関等の相互協力の拡大を通じ、金融システムの安定化に資することを目的として設立された(預金保険機構の解説)。
(筆者注3) Joint Account(共同名義口座)にすることで、1つの口座を配偶者等と二人以上で使うようにできる口座であり、小切手発行が連名になり、配偶者自身で小切手を切ることが可能となる。配偶者にもATMカードが送られる。この預金契約は法的に見ると「合有(joint tenant))」にあたるとされ、“Joint Account”に関する米銀“U.S. Bank”の解説を引用しておく。なお、“WITHDRAWAL RIGHTS, OWNERSHIP OF ACCOUNT, AND BENEFICIARY DESIGNATION”の項目で検索すること。
“Joint Account(生存者権付共同(合有)預金口座)”: これは以下の特徴をもつ2人以上の自然人の氏名名義による口座をいう。口座名義人の引出権: 各共同名義人は口座残高および引出権につき完全かつ分離した別々のアクセス権を持つ。そして、それぞれはもう片方(複数の場合もある)は合有に係る預金の支払について承認を行う。 一部合有権者の死亡により生き残った合有権者は残った預金残高に対する完全な引出権を持つことになる。 1人以上の生き残っている合有名義人がいるときは、その生存権者には同じ引出権が残る。
(筆者補足)「合有(joint tenant)とは、生存者権(Right of Survivorship)という財産保有(預金や不動産等)形態で、その構成員が死亡時に残った者が必然的に合有資産を相続する方式である。
合有している財産は正式に裁判所の手続きにより遺言検認(probate) 手続を受ける必要がないため、裁判手続き費用を節約出来るということから利用されている。他方、合有にて財産を所有すると税金における利点(Tax Benefit)を大幅に失う点や、合有財産は遺言や信託の対象にならないため財産としての確実性を失うなどの信託財産を設計する上でデメリットがある。
なお、遺言検認手続の簡素化策として“Payable 0n Death (POD)Beneficiary”を指定しておけば、所有者の死亡時には、指定のBeneficiary(相続人)にprobateなしで移行できる。」
各合有権者は口座の所有権をその所有者の引出権利の範囲内でその変更権を持つ。
(1)共同名義口座の所有権: 各合有口座名義人は口座の基金に対するその者の純貢献差益に比例して各合有名義人が「所有する」と推定される。 各合有名義人は、ある人が死亡したときときに同人によって所有されていたファンドが、生存者によって所有されることを意図する。 1人以上の生存者がいれば、故人のファンドの「所有権」は等しくそのような生存者と共有される。
(2)他の合有口座残高に対する権原(Title): 米国のいくつかの州法では、「Joint tenancy in common(通常合有権:生存者財産権のない合有権つまり各合有権者の権利は、遺言に従って分配されるもの)」または「夫婦全部所有権(tenancy by the entirety)ではない」のどちらかを加えるかまたはともに上で述べた意思を明示するのが、賢明とされている。
(筆者注4) FDICの付保限度額は、単独名義預金口座(single account)、共同名義預金口座(joint account)、信託勘定口座(trust account)、退職者個人貯金(retirement account)等、別々に設定される。保険金額は、金融機関ごとに、同一の資格(capacity)と同一の権利(right)を有する預金者ごとに10万ドル(利息を含む)に設定される。退職者個人貯金は例外的に25万ドルに限度額が設定される。
(筆者注5) 預金者死亡時の保護方式はわが国とFDICでは異なる。わが国の預金保険制度では次のとおりとなる。
(1)破綻日前に死亡していた場合:相続分が確定しているときは、各相続人の相続分と相続人の他の預金等とが合算され、保険の対象となる預金等のうち、決済用預金は全額、それ以外の預金等については各相続人ごとに元本1,000万円までとその利息等の合計額が付保預金額となる。
(2)破綻日後に死亡した場合:死亡した親の預金等として名寄せされ、保険の対象となる預金等のうち、決済用預金は全額、それ以外の預金等については元本1,000万円までとその利息等の合計額が付保預金額となる。
「預金保険制度の解説-制度概要及びQ&A-」のQ36より抜粋。
[参照URL]
http://www.dic.go.jp/kenkyu/chosakenkyu/20090521.html
http://www.govtrack.us/congress/billtext.xpd?bill=h110-1424
http://www.fdic.gov/news/news/financial/2009/fil09022.html
http://www.fdic.gov/deposit/deposits/insured/index.html
https://www.fdic.gov/edie/index.html
http://www.fdic.gov/news/news/financial/2010/fil10016.html
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1 件のコメント:
いつも楽しく拝見させていただいております。今度、FCPAについてもその当局動向を解説していただけませんか。
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