2007年9月17日月曜日

米国連邦巡回区控訴裁判所が電話サービス契約内容のウェブ上の変更表示の法的効果を否定












わが国でも携帯電話やブロードバンド顧客の新規獲得をめぐり、家電量販店等の値引きセールスは厳しさを増すばかりである。わが国における消費者保護に関する法制度として代表的なものは「クーリング・オフ制度」であろう。しかし、その問題点は関係者からすでに指摘されているとおり、根拠法は「特定商取引法」を中心としながら複雑多岐にわたり、消費者には完全な理解はまず不可能である。(筆者注1)
 
この複雑性に目をつけた司法専門家である司法書士や行政書士が、相談業務や代行業を始めていることも一般常識になりつつある。なお、わが国のクーリング・オフ制度は限定列挙であり、わが国ではそのほかに解約・法的救済方法もある。

例えば、(1)契約の「取消」が可能な場合としては、①不実告知(消費者契約法4条21項1号)、②断定的判断の提供(同法4条1項2号)、③不利益事実の不告知(同法4条2項)、④不退去(同法4条3項1号)、⑤詐欺(刑法96条)、⑥脅迫(同法96条)、未成年者取消権(民法5条)がある。


(2)契約の「無効」が可能な場合としては、①消費者契約法による一部無効(事業者の損害賠償責任を免除する条項(消費者契約法8条)、消費者が負担する損害賠償の予約や違約金を定める条項(同法9条)、消費者の利益を一方的に害する条項(同法10条)、公序良俗違反(民法90条)、錯誤(同法95条)がある。


(3)契約の「解除」が可能な場合としては、①合意による解約・解除、債務不履行解除がある。
その他としては「不法行為」による損害賠償、「支払停止の抗弁」がある。

 わが国の消費者がこれらの内容をすべて頭に入れながら商品やサービスの提供を受けなければならないという現実は消費者保護行政制度上無視しえない重要な課題といえよう。
これに関し、2003年(平成15年)10月に独立政法人化された「国民生活センター」の権限強化問題が昨今問題となっており、本年4月に同センターのあり方や同センターを中核とした裁判外紛争解決等に関する制度のついて検討するため、内閣府は「国民生活センターの在り方等に関する検討会」を設置、7月30日にその中間報告を公表し、8月22日を期限とするパブリックコメントに付している(筆者注2)。この点については、2007年6月7日から施行されている消費者団体訴訟制度との関係やわが国のクラス・アクションのあり方等も含め別途検討したい。

 ところで、企業のM&Aに伴い対顧客との重大な契約内容の変更が生じた場合の通知義務の内容はどこまでが認められるのであろうか。この問題は電子商取引契約法の分野の問題といえようが、米国の通信事業会社が消費者との契約内容の変更についてウェブサイトで行った一方的通知による法的効果について、6月7日付けの連邦第9巡回区控訴裁判所は同通知を有効とした下級裁判所の判決(クラス・アクション)を破棄した。判決文では、このような契約内容の変更は予め利用者に通知しかつ同意を得る必要があると判示した。


 今回のブログは、単なる消費者保護論だけでなく、ますます増えつつある電子商取引契約の内容について基本的かつ共通の問題を提起した判決として紹介するものである。また、あわせて英国の電子商取引法理の観点から見た本判決のコメントと英国の通信事業者の監督機関であるOfcom(英国通信規制局)の指摘を受けて改正された英国の電子政府ポータルサイト(Gov.uk)の利用規約の内容について補足する。


1.事実関係
  原告ジョー・ダグラス氏(Joe Douglas)は、アメリカン・オンライン(AOL)と長距離電話サービスの提供契約に署名した。ISPであるTalk America INC.,(筆者注3はAOLからプロバイダー・サービスを買収したが、ウェブサイトに契約内容の変更を掲示することで契約内容の変更(具体的には、①新たな追加料金、②紛争適用法(choice –of-law)としてニューヨーク州法を強制する、③仲裁条項、④集団訴訟権の放棄(class action waiver)を明記するという内容である。
  ダグラス氏は、追加料金に気づくまで4年間Talk America を利用し続けたが、気がついた時点でクラス・アクションを起こした。
 当然、Talk America は変更した契約内容に基づき仲裁手続きに入ることを強制し、ニューヨーク州地方裁判所は仲裁手続きに入った。

2.連邦第9巡回区控訴裁判所の判決内容
 ダグラス氏等原告はこれを不服とし、カリフォルニア州連邦第9巡回区控訴裁判所(United States District Court of Appeals for The Ninth Circuit)は、6月7日に下級審であるカリフォルニア州中央地方裁判所(United States District Court for The Central Disitrict of California)の仲裁命令を取消す職務執行令状(writ of mandamus)(筆者注4)を発布した。
(1)争点
サービス・プロバイダーは、前記契約内容の変更について単にウェブサイト上での契約内容の変更表示のみで行いうるか。

(2)事実関係の詳細
 原告は前記の事実に基づき連邦通信法(Federal Communication Act)および
カリフォルニア州の消費者保護に関する法律違反を理由にクラス・アクションを起こした。

(3)法的論点と過去の判決を踏まえた検証
 職務執行令は特別な法救済手段がゆえに、当裁判所はその発布の可否について次の5つの要素を明らかにする。(Bauman v.U.S.Dist.Court,557 F.2d 650,654-55(9th Cir.1977))(以下「Bauman factor」という。))

① 原告が求める救済段として職務執行令以外に連邦最高裁への直接上訴(Direct Appeal)(筆者 注5)といった適切な手段があるか。
② 原告は控訴審による修正が行われない場合、損害または権利の侵害が生じるか。
③ 地方裁判所の命令は、法律問題(a matter of law)に関し明らかに誤りであるか。
④ 地方裁判所の命令は、再三繰り返された誤りまたは連邦裁判所規則に対し継続的に不一致なものであるか。
⑤ 地方裁判所の命令は、新規または重要な法律問題または先例がない法律問題を提起するものであるか。
(中略)
 原告はTalk Americanが原告に通知なしにサービス契約の内容を変更した旨主張する。原告はTalk Americanのウェブサイトを開いたときにかつその契約内容の変更について検証できるのみである。地方裁判所は、原告が利用料請求書を見る際に契約内容は閲覧可能であると見なしうるとしている。しかしながら、原告はAOLを利用していたときからクレジットによる自動支払いを認めており、Talk Americaもこの方法を踏襲している。したがって、原告は請求書支払いにおいてTalk Americaのウェブサイトを閲覧する機会はないのである。
 仮に原告がウェブサイトを閲覧する機会があったとしても、そこに掲示された契約について注視(look)すべき理由は存しない。
契約当事者は、相手の条件が変わったか否かにつき定期的に条件を確認すべき義務はない。事実、一方の当事者は契約条件の一方的変更は不可であり、事前に他方当事者の「同意」が必要とされる。過去の判例においても、一般的に変更の申し出(offer)は相手がその存在を知らない限り承認(accept)したことにはならないとされる。

 地方裁判所が、ダグラス氏が契約内容の変更について通知を受け取っていない時に契約条件の変更に拘束されるとした点は誤りである。この誤りは、契約法の基本的誤解に基づくものであり、原告の請求の中核部分である。この点だけでも上記第3要素を満たすといえるが、地方裁判所はさらに2つの誤りを犯している。仮に原告が新たな契約条件によって拘束されるとしても、新たな条件はカリフォルニア州では法執行力を持たない。その理由は、これらの新条件は不当な契約(unconscionable contracts)に当たるからである。カリフォルニア州と同様ニューヨーク州も手続的および実質的の双方で不当な契約は不当とされる。地方裁判所のこの誤りは、この手続面および実質面の分析における誤りに基づくものである。

 変更契約にある仲裁条項を支持した地方裁判所は、原告は電話サービスに関し意義のある代替的選択肢があることから手続的に不当には当たらない(法執行可能)としたが、ニューヨーク州法におけるこの選択肢条項は手続的に不当な訴えを排除するためのものである。
 カリフォルニア州において、契約の内容に関しサービス・プロバイダーが圧倒的な販売力を持ちかつ消費者との契約において「買うか去るか」を強制するような権限を有するときは不当契約となる。
 同様に、地方裁判所がクラス・アクション放棄条項を支持した点についても、ニューヨーク州法はこのような条項は実質的に不当とする。

3.判決の結論
 前記5つのBauman factor中、第4番目の要素のみについては不十分といえるが、その他4つが職務執行令による救済を支持している。したがって、当裁判所は執行令の発布を必要と認め、地方裁判所の命令を取り消す。

4.英国の弁護士による本件についてのコメント
(1) 大手ロー・ファームであるPinsent Masonsの弁護士であるJon Fell氏は次のように解説している。
 「英国の特に消費者契約において、一方当事者の一方的契約内容の変更は裁判所に持ち込まれるのが一般的である。電子商取引サイトで顧客への販売条件を変更したい場合、その手続きは簡単である。すなわち、ベンダーは顧客が注文する前に契約条件が変更された旨画面上にメッセージを表示する。ただし、顧客がその変更を認めたことを確認しなければならない。その場合、細かな文字や長文にならない配慮が重要である。顧客のために主な変更内容の要約を説明したりかつ変更申し出の内容は完全なものとすべきである。
 クレジットカード会社が契約条件の変更について変更内容の詳細と要旨について書面をおくる例が一般的である。これらの手紙はすぐに顧客のごみ箱に捨てられるかも知れないが、この通知行為自体は重要であり、顧客の継続的カード利用のためには取消しうる真正な機会を持っていることを顧客に理解させるべきである。特に当初の契約時に将来契約内容の変更時の通知方法についてのメカニズムを入れることで顧客の取消権を行使する機会の提供となる。」

(2)英国通信規制局(Ofcom)が行った電子政府啓蒙サイト(UK Online:現在のGov.uk)(筆者注6)の利用規約の内容に関する改正要請
 2006年1月に英国通信規制局は、一般利用者からの苦情に基づきUK Onlineに対し、利用規約の内容について見直しすべき具体的問題指摘を行った。その中にも、ブロードバンド・プロバイダーはいつでも利用者にメールを送信するだけで利用条件を変更できるとする規定の見直しを要請した(旧利用規約2.8項)。その他の要請も含め詳細は省略するが、不公正規約といえる内容についてかなり詳細に指摘し、かつUK Onlineが行った見直し検結果についてOfcomサイトで詳細に解説している。 
 これらの手続きの「公開性原則」についてもわが国の行政監督機関に求められる点であろう。

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(筆者注1)携帯電話やブロードバンド契約については特定商取引法やその他の法律に基づく「クーリング・オフ」の適用はない。そもそも店舗でのアルバイトの説明だけで1か月7千円以上もするし、短期解約にはペナルティを課すような契約条件で量販店の店員を使った説明に終始する商法が果たして有効な契約といえるか。まさにクーリング・オフの対象となるべきものと考えるのは間違いか。消費生活センターでも、後日トラブルになるケースが多いと聞く。

(筆者注2)7月31日付けの朝日新聞がこの件を報じている。しかし、記事の内容が不正確であると思う。内閣府の幹部が「国民生活センター法(平成14年12月4日法律第123号)」の改正の可能性についてコメントしたとしても、いかにも拙速な取材である。同検討会の中間報告を斜め読みしたが、この報告の内容のみで国民生活センター法(現行の同法は10条が業務の範囲を極めて簡単に定めているだけである)の改正による機能強化や関係法との調整がそう簡単にできるとは思えないのである。少なくとも関係の法律専門家のコメント付で記事とすべきであろう。取材・編集責任者の質が不満である。)

(筆者注3)Talk America社(ペンシルバニア州本社)は、市内および長距離通信を合わせたサービスを米国各地の居住者および小規模企業顧客に提供する総合通信プロバイダー。

(筆者注4)連邦地方裁判所の命令に不服がある原告は、控訴裁判所に対しこれを取消すための職務執行令状(writ of mandamus)の発布を申し立てることを要する。

(筆者注5)米国では連邦地方裁判所が3名の裁判官によって決定した命令に対し、控訴裁判所を経ずに権利として最高裁判所に直接上訴することができる。(128 U.S.C. §1253)

(筆者注6) 2012.1.31 英国Gov.uk: Government Digital Service Blog「Introducing the beta of GOV.UK」でbeta 版につき詳しく解説している。

〔参照URL〕
http://www.out-law.com/page-8328


Last Updated January 2,2017 

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