2010年9月30日木曜日
米国FBIが米国の重要な最新ホワイトカラー犯罪動向を公表(第2回)
9月21日付けの本ブログで、米国連邦捜査局(FBI)がこの1年以内に扱ったいわゆる(1)重要ホワイトカラー犯罪の内容、(2)米国の関係法執行機関が取組んでいる内容について要約したレポート内容を詳細に報告した。
このレポートは知的財産犯罪を中心とするものであったが、FBIは今年の8月から9月にかけて行った3件の企業機密や知的財産権盗取起訴事件をまとめたリリースを9月24日に公表した。
今回のブログはその内容ならびに関係する裁判の内容をフォローすべく、確認できた範囲で起訴状の内容を含め事実関係を中心に解説する。
なお、今回取上げた事件はいずれも米国籍や永住権がある中国人である。FBIのリリースでは、うち1件の被告は中華人民共和国(People’s Republic of China:PRC)が派遣した産業スパイであると明言している。筆者は断言できるほどの情報は特に持たないが、これらの実態を踏まえると今回の起訴は氷山の一角であり、さらに考えればわが国の企業や研究機関等の知的財産権のファイアー・ウォールは十分なのか極めて不安になってくる。
ちなみに沖縄・尖閣諸島周辺の日本の領海内で、海上保安庁の巡視船に中国漁船が衝突した事件で公務執行妨害容疑で逮捕された漁船の船長である「詹其雄(セン・キユウ)」(筆者注1)41歳の勾留が10日間延長されていた中で、急遽の釈放等わが国政府や司法当局の奇異な行動なども気がかりである。
一方、同船長は国家統制下にある中国政府公式サイト(中华人民共和国中央人民政府)でも英雄扱いである。
今回のFBIのリリースが意図的とは思えないが、中国系人材で米国の最新技術開発や企業経営、経済がもっている面は見逃せない。しかし、このような国ぐるみの経済犯罪となると問題は別である。わが国の政府や関係機関はこのような米国の実態を理解して、今回の措置を行ったのか極めて遺憾としか言いようがない。また、海外情報に疎い日本といわれても仕方がないと言える。(筆者注2)
Ⅰ. 米国の企業機密や知的財産権盗取起訴事件
1.インディアナポリスに本社をもつ米国大手農薬会社「ダウ・アグロサイエンス(Dow AgroScience L.L.C.)(以下、ダウ社という)」から企業機密を中国政府と協力して盗取したとして中国人研究者を産業スパイ容疑で2010年8月31日に起訴(筆者注3)(筆者注4)
(1)中国人科学者の黄科学(Ke-xue huang、通称John、45歳)は(1)外国政府(中華人民共和国:PRC)およびその手段として利益を得ることを目的とした「1996年経済スパイ活動法(Economic Espionage Act of 1996)」(筆者注5)および(2)盗取データの州際および米国外への持ち出しを理由として、2010年7月13日に逮捕、インディアナポリスFBIと連邦司法省インディアナポリス南部地区刑事部から起訴され、8月31日に黄被告は同地区の連邦地方裁判所に初めて出廷した。
(2)黄被告は、中国国籍であるが米国の永住権を持つ。カナダの市民権も持つ。
(3)起訴状の内容の概要は次のとおりである。
・被告は2003年前半から2008年2月29日の間、ダウ社の科学専門研究員として雇用されていた。ダウ社は農薬とバイオテクノロジー製品を供給する農薬会社であるが、1989年頃以降同社は一連の有機的害虫駆除(organic insect control)と製品管理を行うために多額の研究開発費を投入した。独占権をもつ酵母などの微生物の作用で、有機体が単体に分解する化学過程発酵工程(Proprietary fermentation process)は有機的害虫駆除の開発に利用された。
・被告は、ダウ社の従業員として企業機密を含む機密情報の取扱いおよびダウ社の同意なしに機密情報を持ち出すことの禁止条項を盛り込んだ雇用協定書に署名している。
・被告は、2008年12月に中華人民共和国・長沙(Changsha)の湖南師範大学(Hunan Normal University)(筆者注6)の雑誌を通じてダウ社の事前同意なしに共著論文(K.Huang et al.“Applied Microbiology and Biotechnology.Volume 82,Number 1.13-23,「生化学的農業化合物スピノシンの最新研究動向」(Recent advances in the biochemistry of spinosyns)」を公表した。
また、被告が発表した論文は中国政府の中国国家自然科学基金委員会(National Natural Science Foundation of China:NSFC)からの交付金を資金的背景に書かれたものである。また、被告はダウ社の企業機密の内容につき同大学の実験室で研究するよう個人的に指示した。
さらに、被告はダウ社を退職後、2008年3月以降NSFCからの交付金を申し込み、最終的に受領した。
・被告は2007年9月に早くもPRCに対し、自身がダウ社の雇用中にもかかわらず取組んでいるダウ社の企業機密の研究を指示した。さらに、被告はPRCに対し製造設備およびダウ社と同一市場の競合企業の情報提供を求めた。
・経済スパイ活動について被告は「12の訴因」で起訴されたが、有罪と判断されたときは各訴因につき最高15年の拘禁刑、罰金50万ドル(約4,200万円)が科される。また、盗取物の海外への移送については「5つの訴因」で起訴されたが、最高10年の拘禁刑、罰金25万ドル(約2,100万円)が科される。
(4)米国の企業機密にかかわる科学者等が中国政府との提携を理由とした起訴有罪の例等にみる司法・関係当局の取組み
“nature”の記事によると、2009年7月元テネシー大学の教授ジョン・リース・ロス(John Reece Roth)が中国およびイランの大学院生とともに無人機のプラズマ誘導システムに関する機密情報を共有したとして「米国武器輸出管理法(Arms Export Cotrol Act)」違反を理由に4年の拘禁刑判決を受けた。
また、2008年6月18日、連邦司法省は中国生れのソフトウェア技術者Xiaodong Sheldon Meng(孟小东、シャオドン・シェルドン・メン)(42歳、カリフォルニア州居住)がサンホセの連邦地方裁判所により判決「拘禁刑24カ月、罰金1万ドル(約84万円)および押収されたコンピュータ機器の没収」が下され、刑期終了後3年間裁判所の監視下におかれるという内容をリリースした。(筆者注7)
この判決に関し、刑が軽すぎると感じる読者も多かろう。米国の同盟国のイスラエル人で連邦海軍の諜報部員であったが1987年にイスラエルのためのスパイ活動を理由に終身刑(Life Sentence)を言い渡されたJonathan Jay Pollard (1954年生まれ)の場合等と比較して、いくら量刑ガイドラインが改正されたとはいえ、その不均衡について問題視する意見もある。
この裁判に関する詳細な分析は機会を改めざるを得ない。しかし、そのスパイ情報の重要性などから見て、被告が2007年8月1日に経済スパイ活動法(第1訴因)および武器輸出管理法や国際武器取引規則(International Traffic in Arms Regulations:ITAR)(筆者注8)(第2訴因)につき有罪答弁したことも関係があるとしても、何か政治的な背景を勘ぐらざるを得ない(連邦司法省の2008年6月18日のリリースは、「経済スパイ活動法」セクション1831違反を理由に刑事責任を追及した5件の先例につき解説している)。
なお、2009年カリフォルニア州の半導体会社から企業機密を盗み、それを中国に移送した罪で起訴された事件で陪審は中国生まれの技術者2人を無罪とした裁判も注目したい(この裁判の詳細は略すが“California Lawyer Magazine”(2009年11月号)のレポート「経済スパイ活動法の被告が無罪(Economic Espionage Acquittal)」が詳しく論じているので参照されたい)。
2.米国籍の中国人夫婦によるGMのハイブリッド・カーのモーター制御等技術の共謀による盗取罪起訴
ミシガン南部地区連邦地方裁判所に対する起訴状および連邦司法省のリリース等に基づき事件の詳細をまとめてみる。
(1)起訴事実
2010年7月22日、企業の承認を受けない企業機密情報の所有(possess)、企業機密の不正所有および電子通信詐欺の共謀を理由とする2人の個人に対する起訴(計7つの訴因)デトロイトで行われた。
なお、筆者は後記3.で紹介する現中国企業の元フォード社員が企業機密を盗取した罪で起訴した事件と同様に起訴状原本の検索に時間がかかった。99%の解説記事が連邦司法省やFBIのリリースとのリンクであり、はっきり言って役に立たなかった。
結果的には、筆者はミシガン南部地区連邦地方裁判所の大陪審判断を求める連邦検事の正式起訴状原本のURLを探し出した。
この作業の意味は、米国刑事裁判における訴因に基づく具体的適用法・条文の確認、証拠や犯罪捜査の具体的内容を確認することであり、筆者の最大の関心事項である。
被告は夫:秦宇(Yu Qin 通称Yu Chin 49歳)妻:杜珊珊(Shanshan Du 通称Shannon Du 51歳)でミシガン州居在の米国市民である。
・起訴状の内容は、概要以下のとおりである。
杜被告は2000年にGMのエンジニアとして採用された際、雇用期間中に取得したり創作的な機密情報の保護に関する合意書に署名した。2003年に杜被告はGM社に対し、ハイブリッドカーのモーターコントロールを含む仕事への配転を要請した。
このことは、GMの企業機密のアクセス権を与えたことになり、実際被告はその後数年間にわたりGMの機微情報や自身のGM内のe-mail アカウントを社外のHDやUSBにコピー・送信した。
被告宇は電気会社(power electronics company)(筆者注9)に勤務する一方で、秘密裡に自身が経営するハイブリッド技術を扱う会社を経営していた。
被告2人は2003年12月から2006年5月の間に共謀しGM社のハイブリッドカーに関する企業機密情報であることを知りつつ、情報をメディア変換しまた同社の承認なしに盗取した。
被告杜は技術者としてGMに勤めている間、夫とともに自分たちが経営する会社「ミレニアム・テクノロジー・インターナショナル社(Technology International Inc.:MTI)」の利益を目的としてGMの企業機密を提供した。2005年1月に被告杜はGMと雇用契約解除したその約5日後に、企業機密を含む数千枚の社内文書をコピーMTIの外部HDにコピーした。
数か月後、夫宇は中国に本拠を置くGMの競合企業である中国の自動車メーカー「奇瑞汽车(Chery Automobile:チェリー自動車)」に対し、ハイブリッドカー技術を提供する新事業計画を進めた。
また、被告は2006年5月時点でGMの承認なしに自宅にGMの企業機密を記録した数台のPCと電子媒体を所有していた。
被告の証拠隠滅に関し、被告2人は、連邦大陪審がMTIとGMのハイブリッドカーの関係を調べる目的の召喚に迅速に対応するため、2006年5月23日に宇が運転する車で食料品店の裏の大型ゴミ箱にシュレッダーにかけた証拠文書を廃棄した。
GM社は10年以上の間、ハイブリッドカーの開発と製造に取組んでおり、何百万ドルをも研究開発費を投入してきた。GMの試算によると、今回盗取された新技術の価値は4千万ドル(約33億6千万円)以上あるとされる。
(2)起訴状の内容と被告が有罪となった場合の刑事罰の内容
起訴状によると、各訴因にかかる適用法は次の条文である。
①[第1訴因]無許可による企業機密情報盗取にかかる共謀行為(conspires) (18 U.S.C.§1832(a)(5))
②[第2訴因]無許可による企業機密情報の所有に係る教唆(aiding)および幇助(abetting)行為の正犯行為(18 U.S.C.§2)
③[第3訴因]無許可による企業機密情報の盗取のための所有行為 (possesses)(18 U.S.C.(a)(3))およびの教唆および幇助行為(18 U.S.C.§2)の正犯行為
④[第4~6訴因]電子通信詐欺(Wire Fraud)(18 U.S.C.§1343)9/27(21)
⑤[第7訴因]目撃者、犠牲者、または通報者を故意に干渉した司法妨害行為(18 U.S.C.1512(c)(1))
⑥[刑事法に基づく没収(criminal forfeiture)](18 U.S.C.§981(a)(2)(C)、18 U.S.C.1834 および2323
仮に被告が有罪となった場合、訴因第1から第3訴因のそれぞれにつき最高10年の拘禁刑と最高25万ドルの罰金刑が科される。また、第4~6訴因については最高20年の拘禁刑と最高25万ドルの罰金刑が科される。さらに、第7訴因については最高20年の拘禁刑と最高25万ドルの罰金刑が科される。
(3)今回の事件でみる米国のR&D研究体制の問題点
被告宇(Yu Chin Qin)は、米国の連邦エネルギー省の中核研究機関であるサンデイア国立研究所(Sandia National Laboratories)(筆者注10)が公表した論文「太陽光発電インバータに関するパワー・エレクトロニクスの現状とニーズ(Status and Needs of Power Electronics for Photovoltaic Inverters)(2002年6月無制限公表)」に会社名も含め名乗り上げている。
ここで同論文の前書きの概要の内容を専門外の筆者による仮訳で紹介しておく。
「今日のPVインバータは、AC電力を発生させる太陽光発電システムの高価かつ複雑な部品であるが、 現在のインバータMTFF(故障するまでの平均時間・寿命 )は容認できない。 PVインバータの低い信頼性は再生可能技術に関しても頼りないばかりでなく発電システムへの信用の喪失にも寄与している。 インバータが生産するPVの低容量は、精巧な研究や信頼性プログラムや製法もない製造を小規模な供給事業者による製造に限定されている。 したがって、PVインバータ供給の現在の取組みは、連邦エネルギー省の信頼性目標についていえば低い目標達成率でしかない。
連邦エネルギー省(DOE)のパワー・エレクトロニクスへの投資は、米国パワー・エレクトロニクスの信頼性と費用問題を扱うことを意図する。 本レポートは低コストを実現する一方で、パワー・エレクトロニクスの進歩を詳しく述べて、現在、使用されている技術を特定して、インバータの信頼性にかなりの改善を提供できる新しいアプローチについて調査したものである。 改良されたインバータ・デザインへの主要な要素は設計するシステム・アプローチである。 このアプローチは設計されている製品のための要件のリストを含んでおり、そして予備の要件文書は本レポートの一部である。
最終的に、そのデザインはいくつかの技術に適用できる普遍的なインバータのためにものになるであろう。 普遍的なインバータの目的は、大規模な生産技術に適用できるように製造量を増加させることである。
本レポートは、最初にMTFFへの10年の平均寿命を持ちかつ低い費用で製造できる新しいインバータのための要件と勧告できる設計デザイン含んでいる。
この開発は新しくかつ高信頼性を持つインバータを作り出すための未来技術と最も良い製造プロセスに投機する能力における「飛躍前進」を構成するであろう。 その狙いとするインバータ・サイズは10~20KWである。
レポートは4つの編にまとめられている。第1部は サデイア研究所による簡潔な序論、第2部はMillennium Technologies(無停電電源装置(UPS)の製造経験がある会社)の紹介、第3部はXantrex Technology Inc.(カナダに本拠を有するPV製造会社)によって提供され、そして第4部はミネソタ大学により提供された。本レポートは、非常に詳細であり、専門外の人にとっては無関係のインバータ設計情報を提供します。 そこで立証された内容はPVインバータに関する包括的な文書とすることを目的としている。 また付属の報告はPVインバータ開発のため勧告できる取組みの概要を提供するであろう。」
この導入文を読むだけでも専門外の筆者も思わず読みたくなるような見出しではないか。
3.現中国企業の元フォード社員を企業機密盗取の罪で起訴
中国人による米国企業の機密事件として2009年10月15日、連邦司法省ミシガン東部地区連邦検事局・FBIは次のような詳細なリリースを公表した。
前述したとおり、この種の裁判では起訴(連邦)側は犯行の手口については詳しくは取上げない。担当検事の指示等が異なるのか良く分からないが、この種の事件の起訴状自体の入手は難しい。(起訴状の日付は2009年7月8日)
(1)起訴事実
ミシガン州東部地区検事局のリリース内容は次のとおりである。
被告は翔董于?(Xiang Dong Yu,シャン・ダン・ユウ)は、2009年10月14日、企業機密盗取および保護されたコンピュータへの不正アクセスの未遂を理由に起訴された。
于被告は、10月14日、中国からシカゴ国際空港に着いた時に逮捕された。
起訴状によると于被告は、1997年から2007年の間にフォード・モーター社の生産技術者としてフォードの設計文書を含む企業機密にアクセスできた。2006年12月に被告はフォードを退社して米国の会社の中国支社での仕事を引き受けた。
起訴状では、その際、被告はフォードを退社して新しい会社への就職についてフォードに説明する前に約4千枚のフォードの機密設計文書を含む社内文書を社外のHDにコピーした。それらの文書に含まれる内容は、特に「エンジン・トランスミッションのマウンティング・サブシステム(Engine /Transmission Mounting Subsystem)」、「電子系統制御システム(Electronic Distribution System)」、「電力供給システム(Electronic Power Supply)」、「電子サブシステム」、「業界標準車体モジュール(Generic Body Module)」その他であり、フォードはデザインや仕様の改良のため研究、開発、試験等に数百万ドルおよび10年以上を費やしてきている。
被告は2008年に中国の自動車メーカーの採用を確実にするため、これらフォード社の機密文書を盗取した。
(2) 起訴状の内容と被告が有罪となった場合の刑事罰の内容
起訴状によると、各訴因にかかる適用法は次の条文である。
①[第1訴因]企業機密の盗取未遂(Attempted Theft of Trade Secrets) (18 U,S.C.1832(a)(2)および(a)(4))
②[第2~3、5訴因]企業機密の盗取(Theft of Trade Secrets)(18 U.S.C.§§1832(a)(1),(a)(4))
③[第4訴因]保護されたコンピュータへの無権限アクセス(18 U.S.C.§1030(a)(4))
仮に被告が有罪となった場合、第1訴因から第5訴因の企業機密の盗取および同未遂についてはそれぞれにつき最高10年の拘禁刑と最高25万ドルの罰金刑が科される。また、第4訴因については最高5年の拘禁刑と最高25万ドルの罰金刑が科される。
4.元塗料製造会社の化学者による企業機密の盗取による起訴と有罪答弁
2010年9月1日、イリノイ北部地区検事局は大手塗装会社バルスパー社(Valspar Corporation)の元社員 (李彦:David Yen Lee:デビッド・イエン・リー、54歳)が、化学者が海外の競合企業(日本ペイント)に就職するにあたり、約2千万ドル(約16億8千万円)に相当する同社の製品の化学公式と機密情報を盗取し連邦地裁イリノイ東地区連邦地裁(事件番号:No.09 CR 2909に起訴していたが、同日有罪答弁(pleads guilty)を行った旨発表した。(9月8日付け中国語の記事「窃商业机密 亚裔男认罪」参照)
この事件では同検事局は2009年6月25日に起訴している。その際のリリース内容および有罪答弁時のリリースならびに米国塗料業界ニュース(The Journal of Architectural Coatings:2010年9月2日付け記事)に基づき事実の概要や裁判面の解説を試みる。
(1)起訴事実
起訴状によると被告は2006年バルスパー社の技術部長として働き始めた。その際、雇用上の義務に関し、バルスパー社および中国子会社である「華潤塗料集團有限公司(Hua Run Paints Holdings Company Limited)」(筆者注11)の機密情報保護に関する指示を受けていた。
一方で被告は、2009年4月1日から上海で塗装製品の開発および技術開発を条件として日本ペイントの子会社(筆者注12)の技術部門の副社長および研究開発部長としての就職の条件交渉を2008年9月から2009年2月の間に行っており、採用を決めたとされている。しかし、バルスパー社の競合会社である日本ペイント自身は本刑事裁判の被告とはなっていない(被告は2009年3月27日の退職時に日本ペイントへの採用につきバルスパー社には何ら通知を行っていない)。
2008年11月から2009年2月の間、被告はバルスパー社のセキュリティ保護を守るため社内ネットワークに保存された企業機密を含む技術文書や資料類を違法にダウンロードするとともに、シカゴのウィーリングにあるバルスパー社の事務所から多数の文書を持ち去った。
なお、“The Journal of Architectural Coatings”は起訴状に基づき時系列的にまとめている。
(2) 起訴状の内容と被告が有罪となった場合の刑事罰の内容
訴因は第1~第5訴因すべてが企業機密盗取罪(18 U.S.C.§§1832(a)(3))である。
仮に被告が有罪となった場合、訴因第1から第5訴因の企業機密の盗取についてはそれぞれにつき最高10年の拘禁刑と最高25万ドルの罰金刑が科されるというものであった。
(3)有罪答弁合意書の内容
2010年9月1日、李被告は連邦検事局との間で有罪答弁を行った旨連邦検事局はリリースした。
今後の合意書に基づき、連邦裁判所は57~71か月の間で拘禁刑の範囲を「連邦量刑ガイドライン」に基づき判決を検討することになるが、裁判所は強制的弁償命令(mandatory restitution order)(筆者注13)を下さねばならない。
Ⅱ.最近時の中国国内の知的財産権問題への取組み
中华人民共和国最高人民法院(筆者注14)は、たとえば中国法院知识产权司法保护状况(2009)(英文本)(Intellectual Property Protection by Chinese Courts in 2009)で見るとおり、知的財産権保護強化に向けた取組みは顕著である。これは欧米だけでなくわが国に対する関心が高いことを意味する。
ちなみに、中国の大手ローファームである金杜法律事務所のHPでは「最高人民法院の特許権侵害紛争事件審理における法律適用の若干問題に関する解釈(意見募集稿)」と題する日本の顧客向け解説を2009年6月に行っている。
「意見募集の締め切りは2009年7月10日である。顧客様が該司法解釈の内容を早急に把握できるように、本期のNewsletterは該司法解釈意見募集稿全文の日本語訳を掲載した。今後も該司法解釈の実施により生じ得る影響について詳しく説明する予定である」と記されている。
(筆者注1)釈放後は正確に表示されたが、しばらくの間、わが国のメディアで中国漁船の船長名「詹其雄(セン・キユウ)」を正確に記しているものは沖縄タイムス以外は皆無であった。筆者は決して中国語に精通しているわけではないが、この程度の調査はごく簡単である。中国とは漢字文化の共通性がありながら訳の分からない「セン其雄」(共同通信)、「●(=擔のつくり)其雄(せんきゆう)」(産経ニュース)のような記事はやめて欲しい。
(筆者注2)わが国のメディアは「ラジオ・フランス・アンテルナショナル(Radio France Internationale、:RFI) 」を読んでいるだろうか。世界中のメディア記事等に基づき機械翻訳でない主要国の言語翻訳が的確に行われている。今回紹介するダウ社の産業スパイ事件の起訴の経緯の詳細について9月1日付けの中国語の解説記事「华裔化工学者被控经济间谍罪」を読んで欲しい。香港の特約記者がまとめているが、FBIのリリース等に基づくもので内容はかなり正確である。
ちなみに、わが国の大問題である中国漁船の船長釈放の解説記事があるので、ぜひ読んで欲しい。
なお、“RFI”フランス政府によりラジオ・フランスの一部として1975年に設立された国際放送サービスである。(Wikipedia から一部引用)
より国際的メディアとして有名な“BBC”の例で中国語情報の調べ方を説明する。今回のブログの2番目の記事「米国籍の中国人夫婦によるGMのハイブリッド・カーのモーター制御等技術の共謀による盗取罪起訴」についてBBC中国語サイトでどのように書かれているであろうか。その手順を紹介する。
①英国BBC国際ネットのHP からWorld Serviceにリンクする。→②画面左下の“langage services”の中国語(中文)を選択→③BBCの中国語版HP →④BBC中国語HPの「国际新闻(国際新聞)」にリンクし、右上の「BBC接続」欄に「被告夫の姓名:秦宇」を入力すると中国語関連記事一覧が出てくる。「美籍华人夫妇被控窃取通用汽车商业机密」(2010年7月23日付け記事)を選択し、記事内容を確認する。
このBBCの記事は中国内の一般メディア「萬維讀者(creaders.net)」の「美国看台(USA NEWS)」等に直接引用されている。
中国の世論を動かすためには何が必要か、改めてわが国の情報世界戦略を考えるべきであり、NHKワールドや民間メディアもこのくらい国際化して欲しいと考えるが無理か。
なお、中国の公的国際メディア「チャイナネット」の国際度、情報発信力をいかが見るか。
(筆者注3) 本ブログの執筆にあたりFBIのリリース以外に米国化学会(American Chemical Society)が発刊するニュース“Chemical & Engineering News”の解説記事「化学者が知的財産権違反で逮捕拘留される:FBIは元ダウの従業員を逮捕」を参照した。
(筆者注4)本事件については、科学技術振興機構が発刊している2010年8月2日付け「学術情報流通ニュース」でごく簡単に紹介されているが、そこには知的財産権や外国からの経済スパイ活動に関する危機感がない。
(筆者注5)「1996年経済スパイ活動法」は国防・軍事機密よりビジネス民間部門による外国からのスパイ活動の増加に対処するために立法された法律である。すなわち、企業機密の盗取や横領(misappropriation)行為を連邦法上の犯罪として扱うものである。
(筆者注6) 湖南師範大学の姉妹大学は日本にいくつあるのであろうか。中途半端な姉妹校はわが国の政府や企業の機密情報の漏洩だけに終わる。
なお、被告は中国吉林農業大学(Jilin Agricultural University)で生物学を専攻、日本の東京大学(?)で博士号(phD)を取得、その後1990年代半ばにはテキサスのA&M 大学での2年間の博士課程後期の任務後、さらにライス大学に移り、「ビタミン12の生産にかかる生合成遺伝子配列(sequencing biosynthetic genes for vitaminB12 Production)」についての研究を行っている。2009年7月以降はバイオ燃料開発会社“Qteros”に勤務している。
(筆者注7)「6日のWeb Wire 掲載記事。米検察当局が5日、元中国人でカリフォルニア住民のXiaodong Sheldon Meng(孟小东)(42)は、米国の経済スパイ法(EEA)、輸出管理法(AECA)及び国際武器取引規則(IRAR)に違反して、軍事訓練目的の模擬プログラムQuantum3D を盗み中国海軍へ売り渡そうとしていたと発表した。この事件摘発は、米検察のコンピュータ・ハッキング及び知的財産部門と、FBI、ICE 等の3年間の合同調査並びに国務省及び国防総省の協力による成果であるという。」(安全保障貿易情報センターNewsletter Vol.13, No.5 2007.09.12 より一部抜粋。中国名は筆者が加筆)
(筆者注8)わが国で米国の輸出規制(武器輸出管理法や国際武器取引規則等)について更新つきで邦訳している個人サイトがあるので参照されたい。
(筆者注9) 被告宇が勤務していた電気会社名は明記されていないが、流れから見てバッテリー電池等関係の企業であろう。となると、この会社の機密情報も盗取されている危険性は高い。
(筆者注10) サンディア国立研究所は、米国エネルギー省が管轄する国立研究所。核兵器の開発と管理、 国防・軍事科学、エネルギー・気候や設備の保護、米国内外の核の安全性、安全保障の全分野などについて、国家機密に属する先進的な研究が行われている。現在、研究所施設は政府の財産であるが、管理・運営は請負契約を結んだサンディア社(Sandia Corporation、ロッキード・マーチン社の 100% 出資子会社)が行っている。主要なgovernment owned/contractor operated (GOCO) facilitiesである. (Wikipediaから引用後、同研究所のHPに基づき筆者が加筆)
2002年時点のものであるが、同研究所は「次世代の太陽光発電インバータ(DEVELOPING A “NEXT GENERATION” PV INVERTER)」と題するレポート(要旨)を発表しているし、その中で被告宇の論文が引用されている。
また米国電子電気学会(IEEE)(IEEE日本カウンシルのウェブサイトの説明:世界最大の技術者組織です。「アイ・トリプル・イー」と呼称され、世界160カ国以上に395,000人以上の会員を擁し、米国ニューヨークに本部がある非営利団体です。IEEEは、コンピュータ、バイオ、通信、電力、航空、電子等の技術分野で指導的な役割を担っています。 38の専門部会(Society)と7つのTechnical Council(関連Societyの連合:略称TC)があり、国際会議の開催、論文誌の発行、技術教育、標準化などの活動を行っています。)なども随時、PV inverterの機能・信頼性強化に関する研究発表を行っている。
なお、“power electronics”という用語が多用される。「電力・電子・制御の混合領域であると定義されている。電力の部分は変圧器や電動機等の機器であり、パワーエレクトロニクス装置の制御対象や入出力機器であるといえる。電子は電力用半導体デバイスやこれを用いた回路を指し、パワーエレクトロニクスの中心的な部分である。制御は電力分野と電子分野をコントロールする分野で、連続系や離散値系等がある。このようにパワーエレクトロニクスは多くの技術分野を包含した領域であり、電力用半導体デバイスを用いて電力の変換、制御、開閉を行う技術である。」(「電気事業事典」電気事業講座2008 別巻から引用)
ちなみに、米国連邦エネルギー省の“Vehicle Technologies Program”は効率的な交通・運輸手段開発プログラムについて国家レベルとしての取組み姿勢がわかりやすく説明されている。特に筆者が興味を持ったのは“Energy Storage”の個所であり、その分野のR&Dの取組みの「2009年アメリカ再生・再投資法(America Recovery and Reinvestment Act of 2009)」等法的な側面を含む説明は米国の近未来への取組課題を理解する上で興味深いものがある。
(筆者注11)起訴状や有罪答弁合意書原本のValspar社の中国子会社名はいずれも“Huarun Limited”である。 これは正確に書くと本文に書いたとおり「Hua Run Paints Holdings Company Limited (華潤塗料集團有限公司)」である。司法省に確認するまでもないが、このような誤った記述は問題であろう。
(筆者注12)日本ペイントがPRCに置く子会社とは、“Nippon Paint (China) Co., Ltd.” を指すと思う。
(筆者注13)裁判所による「強制弁償命令(mandatory restitution order)」“”とはすべての州法および連邦法で、刑事裁判所が被告に対し弁償命令を出す制度であり連邦量刑委員会(USSC)が制定する連邦法“18 USC 2248 - Sec. 2248. Mandatory restitution ” および連邦量刑ガイドラインが定めるものである。その歴史的な背景や具体的手続きについては、たとえば「連邦刑事事件における弁償手続(Restitution in Federal Criminal Cases)」で詳しく解説されている。その他の資料としては「連邦刑事裁判における強制的弁償命令(MANDATORY RESTITUTION IN FEDERAL)」などもある。
(筆者注14) 「最高人民法院は国の最高裁判機関であり、裁判権を独立して行使し、同時に、地方各クラス人民法院および専門人民法院の裁判の仕事の最高監督機関でもある。最高人民法院は全国人民代表大会およびその常務委員会に責任を負い、活動を報告し、最高人民法院院長、副院長の任命および最高人民法院裁判委員会委員の任命はいずれも全人代によって決定される」(中華人民共和国の国家機構の「中华人民共和国最高人民法院」の日本語解説(チャイナネット)から抜粋)ただし、この解説は2003年時点のもので内容は古い。
最新情報を見る意味で、最高人民法院の主页(HP)を見ておこう。一番上に構成画面が出ている。①工作动态(現時点の取組み課題)、②裁判文书(裁判判決文)、③调查研究(調査研究)、④开庭公告(開廷公告)、⑤知识产权战略实施(知的財産権戦略)、⑥司法解释和指导性文件(司法解釈およびガイダンス)であり、中国にとって知的財産権問題が重要な司法行政問題であることは間違いない。これに関し、国家知识产权局(State Intellectual Property Office:SIPO)のHPを参照されたい(英語版のサイト内容から見て国際化がすすんでおり、EUや米国などの最新情報を提供している)。ただし、最新画面下の著作権表示“Copyright © 2009 SIPO. All Rights Reserved”はいただけない。珍しいことではないが、改訂は行っているはずであり“2009-2010”への更新漏れか?
[参照URL]
・2010.9.24:司法省・FBIが公表した中国人による企業機密の盗取犯罪事件
http://www.fbi.gov/page2/september10/secrets_092410.html
・2010.8.31:司法省・FBIが公表した大手農薬会社の企業機密を中国政府と協力して盗取したとして中国人研究者を産業スパイ容疑で起訴
http://indianapolis.fbi.gov/dojpressrel/pressrel10/ip083110a.htm
・2010.7.22:米国籍の中国人夫婦によるGMのハイブリッド・カーのモーター制御等技術の共謀による盗取罪で起訴
http://www.fbi.gov/page2/september10/secrets_092410.html
・2009年10月15日:現中国企業の元フォード社員を企業機密盗取の罪で起訴
http://detroit.fbi.gov/dojpressrel/pressrel09/de101509.htm
・2010年9月1日:元塗料製造会社の化学者による企業機密の盗取による起訴と有罪答弁
http://chicago.fbi.gov/dojpressrel/pressrel10/cg090110.htm
・最近時の中国国内の知的財産権問題への取組みに関する「中华人民共和国最高人民法院」の解説ウェブサイト
http://japanese.china.org.cn/japanese/77700.htm
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