2009年8月25日火曜日
海外における新型インフルエンザ感染拡大の最新動向と新たな研究・開発への取組み(N0.14)
わが国のメディアも欧州疾病対策センター(ECDC)が毎日更新・発表している新型インフルエンザの世界的な感染拡大情報に注目している。本ブログのN0.12で紹介したとおり、WHOが7月22日以降各国別の感染確認件数統計の公表を中止し、WHOの世界6つの地域事務局(regional office)(アフリカ、アメリカ、東地中海、欧州、東南アジア、西太平洋)からの累計確認数と死者数の集計方式に改定したことが、ECDCの個別国情報の意義があらためて浮かび上がった理由の1つといえよう。
しかし、ECDCも従来独自に集計してきたEUやEFTA加盟国以外の各国の確認済累計感染者数の公表につき「8月9日」をもって中止している。その最大の理由は、ECDCの説明によるとわが国と同様世界の主要国が感染数の公表が出来ていないという最悪の状況になったことであろう。さらに疫学上の重要課題といえる監視情報の混乱の実態は、ECDCの独自の統計とWHOの集計時の誤差の解釈のあり方の問題も浮かび上がってきた。例えば、8月13日現在のWHOの世界統計では累積確認感染者数は182,166 人、死者は1,799人である。一方、ECDCが8月22日に公表したEU加盟国(EFTAを含む)感染者数は42, 099人(うち死者は80人)、その他の国々の感染者数は208,496人(うち死者は2,459人)である。世界全体では累計確認感染者は250,595人、死者は2,539人である。(筆者注1)
一方、わが国の厚生労働大臣のコメントを待つまでもなく、新型インフルエンザの本格的な流行は本年秋以降といわれていたが、実際は夏から始まっている。都道府県ごとの集計でみた感染発生事例の累計疑似症患者数は8月16までの2009年第33週は1.69(患者報告数:7,750)となり季節性インフルエンザの全国的流行開始指数値(1.00)を上回った。第33週の受診患者数は約11万人と推計され、そのほとんどが新型インフルエンザであると国立感染症研究所は推定している。8月18日までの累計入院患者数は230人である。
本文で述べるとおり、世界的な感染拡大傾向はこの数週間は従来拡大が続いていた北半球の北米や英国等は低下傾向にあり、わが国の増加傾向はアジア地域や中南米の傾向に近いともいえる。
このような本格的感染拡大への対応として、一層の医療体制の強化や学校等の集団感染対策が必要でありことはいうまでもないが、筆者が従来から懸念していたとおり新型インフルエンザ接種ワクチンの不足問題も具体化してきた。(筆者注2)(筆者注3)
今回のブログは、グローバルな情報源として注目を集めている一方で、閲覧・検索が困難となっているECDCの最新感染情報の見方や特徴的情報公開を行っている個別国について紹介する。
1.感染主要国における最新情報
(1)WHOの地域別累計感染者・死者数
WHOが8月21日の公表したupdate62(8月13日現在)によると、累計確認感染者は182,166人以上、死亡者数は1,799人である
なお、WHOは地域別の動向をモニタリングしており、この1週間の傾向を次のように分析している。
A.世界的傾向:南半球の温和な地域では遅れて感染が報告されている南アフリカを除き他の国では引き続き感染者数は減少傾向にある(オーストラリア、チリ、アルゼンチン等は国全体では減少しているものの一部地域で増加がみられる)。
B.インド、タイ、マレーシア等熱帯アジア地域は雨季に入るため拡大傾向にあり、香港も同様である。中米の熱帯地帯のコスタリカ、エルサルバドルは急激な増加傾向が見られる。
C.北米や欧州の北部温帯地域(northern temperate zones)では米国の3州や西欧州の数カ国での増加を除くと感染拡大率は減少傾向にある。
D.抗ウイルス薬タミフルの耐性ウイルスの報告は世界全体(累計)で12例報告(日本4例、米国・香港特別自治区各2例、デンマーク・カナダ・シンガポール・中華人民共和国各1例)されている。この分離された耐性ウイルスはノイラミニダーゼ(neuraminidase)(筆者注4)(H275Yという)によりタミフル耐性を持つ変異を検出している。(筆者注5)
(2)ECDCの新ポータルサイトのアクセス方法
8月17日にECDCのポータルサイトが新しくなった。おそらく世界中の関係機関や個人からのアクセスが集中し、サーバーの管理上等で問題が出てきたのかもしれない。Pandemic(H1N1)2009を選択、閲覧しようとすると、IDやパスワード入力が求められエラーとなる。これは、欧州委員会の公衆衛生専門ポータル“Public Health”や米国CDCの“2009 H1N1 Flu:International Situation Update”からアクセスしても同様である。それを避けるには次の手順を参考までに薦めたい。
①ECDCのホームページにアクセスする。
②“Press Centre”を選択する。
③画面右“STAY UP TO DATE”の“RSS Subscribe to the Daily Update-Pandemic
2009”を使ってRSSフィードを利用する。
また、EU加盟国における新型インフルエンザの取組みに関する最新情報は前記“Public Health”でも確認できる。
また、EUの個別国の担当省等の原データの見方について説明しておく。
①“Public Health”の“Influenza A(H1N1)”を選択する。
②“Information and Advice”の“Information from Member States,Candidate and EEA countries”を選択する。
ただし、この場合各国の言語が正確に理解できることおよびリンク先が外務省等必ずしも国を代表する保健機関でないこともあり、あまり薦められない。
2.個別国情報で情報内容につき特徴がある事例紹介
米国等主要国や国際機関であるWHOの公表内容が入院患者数と死亡者数の推移等に移る中、疫学的に感染拡大情報を詳細にウォッチしまた国民の不安を解決すべく個人的な対応を行なっている国やあまりわが国では紹介されない国々もあり、今回はそれらの国の情報をあらためて紹介する。
A.カナダ
公衆衛生庁(Public Health of Canada)の専門サイトは“FluWatch”である。8月15日に終わる週(第32週)で見るとインフルエンザ様疾患 (ILI) )診察率(consultation rate)は全国ベースで見て1,000分の15で前週と同様である。一方、陽性結果の割合は4.2%と前々週の9.9%,前週の5.5%からさらに低下した。
累計感染者数7,083人のうち入院患者数は1,420人、うち集中治療室で治療中が275人である。累計死亡者数は70人である。アルバータ、マニトバ、オンタリオおよびケベックの4州だけで見ると入院率は90%以上、死亡率は約85%である。
年令層別に見ると15歳未満の入院率が最も高いが、死亡率について見ると45歳以上の比較的高年齢層が最も高い。
B.オーストラリア
連邦保健高齢者担当省サイトで見てみる。同国は毎日更新しており、8月25日現在の累計確認感染者数は33,844人、累計死亡者数は132人である。25日現在の入院者数は440人(累計入院患者数は4,198人)で、うち100人は集中治療室(Intensive Care Units)に入る重症患者である。
C.英国
健康保護局(HPA)は毎週最新情報を公表している。英国の各地域の感染拡大傾向はこの時期として予想より盛んではあるが、収まりつつあり、8月16日までの第33週のイングランドやウェールズのインフルエンザ様疾患 (ILI) )診察率は季節性インフルエンザの率を下回る水準まで下がっている。なお、本ブログでたびたび紹介しているHPAの“Weekly pandemic flu media update”の分析内容は分かりやすいし、毎週公表している“Weekly epidemiological updates archive”は疫学的研究には必須のデータであると思う。
一方、英国保健省の専門サイト“NHS choices”を8月21日時点で見ると、2週間前の1週で約25,000人が、前週には11,000人になり急速に減少傾向が見られたと分析している。累計死亡者数は59人である。
英国の保健省サイトは8月13日には、2009年-2010年のブタ由来インフルエンザについてワクチンのグラクソスミス・クラインやバクスターという製薬メーカーに対す発注済である点や、欧州薬品審査庁(European Medicines Agency)により9月末または10月までの検査承認段階に入っており、10月中旬には接種がはじめられると公表している。また、英国「ワクチン接種および免疫合同委員会(Joint Committees for Vaccination and Immunisation:JCVI)」において健康弱者に対する本年10月に供給予定のブタ由来インフルエンザワクチン第一陣の接種の優先順位について次の順序とする考えが示されている。
①その時点で季節性インフルエンザの治療をうけている生後6か月から65歳の者。
②欧州薬品審査庁の承認条件に従い、全妊婦または一定の期間(trimsters)の妊婦。
③免疫システムに影響をもつ個人と接触せざるを得ない家族。
④65歳以上でかつ現時点で季節性インフルエンザで高い医療リスクを負っている人。
さらに、保健と社会医療の最前線従業者へもワクチンを提供する。今後の予定について、豚インフルエンザワクチン接種プログラムの実現の更なるガイダンスがPrimary Care Trust(PCT)免疫のコーディネータ宛に送られるとしている。
なお、特記すべき記事として英国の“National Pandemic Flu Service”について簡単に解説しておく。わが国では基本的に厚生労働省の新型インフルエンザサイトに個人がアクセスできるとすれば「インフルエンザかな?症状がある方々へ」くらいであろうし、その他には地元保健所等ということになろう。
一方、“National Pandemic Flu Service”の利用方法の詳細は詳しく見ていないが「本サービスの利用目的」から読み取る限り高い熱がある患者がまず一定の個人医療情報を整理した上で本サイトに直接アクセスするほか、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの各地区情報の入手も可である。
D.ニュージーランド
保健省サイト(Update 142)の情報を見る。8月16日までの第33週で見ると、ILI診察率は前年同週比でなお高い水準にある(特に0歳から19歳の年齢層が最も高い)。
8月24日現在の確認累計感染者数は3,106人、死亡者数は16人である。
F.香港特別行政区(The Government of the Hon kong Special Administrative Region)
環境衛生局(Center of Health Protection:衛生防護中心)が担当部署である。最新情報は8月21日現在の情報である。累計確認感染者数は8,535人で、この24時間で326人が新たに感染(うち男性174人、女性153人)しており、感染傾向の分析は別途チャート化したデータサイト(流感速遞)を作成、公表している。
G.ドイツ
累計感染者数が英国(12,957人)を上回る(8月21日現在で14,325人)。ECDCの情報によるとドイツの感染情報は連邦機関である連邦保健省(Bundesministerium für Gesundheit)と、ロベルトコッホ研究所(Robert Koch Institute)が対外窓口になっている。
後者の情報の方が詳しいのでその概要を紹介する。
8月21日(第33週)現在の累計確認感染者数は14,325人である。第33週の感染者数増は1,947人で第32週の2,279人、第31週の2,847人から低下傾向にある。またインフルエンザ様患者の陽性結果の割合については第31週が8%、第32週が15%であったのに対し第33週は18%に上がっている。
3.ECDCに見るEU加盟国の新型インフルエンザ・ワクチン接種の優先順位決定状況
この問題に関するわが国の取組み状況 (注2)で紹介するとおりであるが、世界の政府・保健関係者の最大の関心はワクチン接種の優先順位であるといっても言いすぎでないかもしれない。
本ブログでも米国の状況等一部紹介してきたが、その他の国々はどうであろうか。わが国メディアではあまり出てこないEU加盟国の最新情報をECDCの情報等によりスェーデンの例を最後にまとめておく。前記英国の情報と合せ読んで欲しい。
○ECDCの“DC DAILY YPDATE” 8月24日号記事:スェーデンの全国保健福祉委員会がワクチン接種の優先順位に関する勧告を採択した。2グループに分れるが並列的に位置づけている。
1)重症化するリスクのある者
a.3歳以上全員および6か月以上で次の基礎的疾患を病んでいる者
ⅰ.慢性肺疾患(Chronic lung disease)
ⅱ.極端な肥満または神経疾患により呼吸困難を引き起こす者(Conditions that cause breathing difficulties like extreme obesity or neuromuscular
ⅲ.循環器疾患(高血圧症を除く)(Chronic cardiovascular diseases(excluding hypertension))
ⅳ.免疫抑制(HIVを含む)(Immune suppressed(incl HIV))
ⅴ.慢性肝不全(Chronic liver)または腎不全(renal failure)(GFR<30ml/min)
ⅵ.糖尿病(発熱性疾患の合併症を引き起こす)(Diabetes mellitus ,when a febrile illness can lead to complications)
ⅶ.過去3年以内に喘息治療をうけた(Asthma under medication for the past three years)
b.妊婦(Pregnant women)
2)医療従事者(Health care personnel)
(筆者注1)ECDCもEU以外の国々が累計確認感染者数の統計を中止したことから、8月9日を最後にEU以外の国の情報公表は中止し、死者数のみ公表している。また、EU加盟国については独自に入院患者者数(hospital admission)、集中治療対象者(intensive care)を集計、公表している。
(筆者注2)新聞でも報じられているとおり、新型インフルエンザ用ワクチンの接種の優先順位の問題が厚生労働省の主催による公開意見交換会が8月20日と同月27日に開催されている。(筆者注3)で説明するとおり、世界中の国でワクチン不足は現実のものである。本ブログ連載No.12(8月7日付け)3.で述べたとおり、米国CDCはワクチン接種の優先該当者を明示した推奨文書を公表し広く世論の支持を仰いだ。今回報道されているわが国の意見交換会の結果もその推奨文書とほぼ同じ内容であり、仰々しく意見会の名目で関係者の意見を聞いたかたちのこだわるより、世界のワクチンの受給体制の現状分析に注力すべきではないか。わが国の場合、準備にかかる体制・時間的余裕は極めて限られている。
(筆者注3) 8月19日の AFP通信は、次のように報じている。「世界保健機関(WHO)は新型インフルエンザA型(H1N1)のワクチンについて、北半球の各国からの発注がすでに10億回分を超えたことを明らかにするとともに、ワクチン不足が発生する可能性を警告した。
ギリシャやオランダ、カナダ、イスラエルなど一部の国は、全国民に必要な接種分の2倍にあたるワクチンを発注。一方、米英仏独などの発注量は、それぞれ国民の30-78%分にとどまっている。こうした状況に専門家は、需要の急増と製造の遅れが重なって今後ワクチン不足が発生する可能性があると警告。死亡率が高まると見られている流行の第2波に備え、各国政府がワクチン接種対象者の優先度を決める難しい選択を迫られることになるかもしれないと指摘している」。
(筆者注4) 「ノイラミニダーゼ(neurminidase)」とは、ウイルス、微生物、動物の種々の臓器に存在する酵素の1種。シアル酸(ニイラミン誘導体)を糖タンパク質や糖脂質から切り離す作用をもつ。特にインフルエンザウイルスのもつノイラミニダーゼ(NA)はウイルスの標的細胞への侵入に重要な働きをし、ウイルス抗原としても重要である。精製されたノイラミニダーゼは糖タンパク質や糖脂質の機能や構造の研究に用いられる。(株式会社AMBiSサイトから引用)
(筆者注5) 米国における坑インフルエンザ薬への耐性変異についての詳細はCDCの「疫学週報(MMWR)(8月21日号第58巻32号885頁~912頁)に載せる情報が8月15日に筆者に直接届いていた。専門的に調べたいと思う方は是非原文を読まれたい。なお、“MMWR”について、わが国では(財)国際医学情報センターが毎週「抄訳」を発表(最新で8月7日号が訳されている)しているので、しばらく待つのも手かと思う。
〔参照URL〕
http://ec.europa.eu/health/ph_threats/com/Influenza/novelflu_en.htm
http://www.who.int/csr/don/2009_08_21/en/index.html
http://www.dh.gov.uk/prod_consum_dh/groups/dh_digitalassets/documents/digitalasset/dh_104315.pdf
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