2010年11月26日金曜日

米国刑務所独房服役中の元ロシア・スパイ被告が息子を使いスパイ活動見返り金を要求していた裁判で有罪答弁



 11月8日、米国連邦司法省(DOJ)とFBIはスパイ映画でもありえないようなプレス・リリースを行った。
簡単にいうと、標題のとおりであるが、この裁判の被告ハロルド・ジェームズ・ニコルソン(Harold James Nicholson,1950年生れ)は元ベテランCIA上級職員でDOJいわく米国内でスパイ活動で有罪判決を受けた最も高いランクの1人である。

 これが事実であるならば、米国の刑務所内での収監者の情報・行動管理とりわけ国家反逆罪(米国連邦現行法律集U.S.C.第18編パートⅠ章第794条)(筆者注1)の有罪受刑者の管理はいったいどうなっているのであろうか疑いたくなってくる。(794条(c)項が「共謀罪」規定である)

 しかし、事実関係はもっと泥臭いもののようである。
 簡単に言うと、離婚後自分を育ててくれた父を最も尊敬する息子がアルバイト先であるピザ・ハットのパートとしてピザを届けるため父親のいる刑務所に出入りし、面会所で渡された父親のテッシュやキャンディーの包み紙に走り書きしたメモを届けるためにキプロス、ペルー等を廻りロシア連邦の謀報員に会い札束を受け取っていたというものである。

 新たなスパイ活動は行っていた事実はなく、過去においてロシアに提供した美防諜情報の対価を「年金」としたロシアに要求したこと等を検察も起訴にあたりその点は配慮したようである。
 オレゴン地区連邦地方裁判所のアンナ・ブラウン判事は、本件における検察とニコルソンとが取り決めた「司法取引」に応じたとすれば既存の刑罰(拘禁刑)に8年追加するのみということになろう。すなわちニコルソンは外国政府のためのスパイ行為およびマーネー・ローンダリングの既遂に関する訴因各1つを認め、一方その交換条件として連邦検事は2009年の告訴時の5つの重罪(felony charges)にかかる訴因を破棄することに同意した。

 同リリースに関するコメント数等を見る限り、この問題に関する米国民の反応は今一弱いようであるが、事実関係を1996年の起訴や裁判までさかのぼって本スパイ裁判の経緯と今回の有罪答弁から得られた事実関係のみとりあえず紹介する。

 なお、過去・現在において米国のCIAやFBI等の職員が外国謀報機関から金銭等を対価に国防の機密情報を提供し、起訴・有罪となった事件は多い。
 代表的なものは1994年2月21日、妻と同時に逮捕、22日に起訴された元CIA職員オルドリッチ・ヘイゼン・エイムズ(Aldrich Hazen Ames)(筆者注2)(釈放なしの無期懲役刑(いわゆる終身刑)(life imprisonment without parole):現在ペンシルバニア州アレンウッド連邦刑務所(筆者注3)で服役中)、1996年スパイ容疑で逮捕され、拘禁刑27年で服役中の元FBI特別捜査官アール・エドウィン・ピッツ(Earl Edwin Pitts)や、今回のハロルド・ニコルソンといえる。
 筆者はこの種の犯罪捜査の専門家ではないが、この3人の基本的な共通性は金や女を目当て、勤務状況は平均よりやや上、子供がいるが離婚歴あり、給与の水準は米国の官吏として平均的以上、個人的には離婚による慰謝料負担が大、アル中、浮気という点に着目した。では何が彼らを狂わせたのか。

 当然のことながら、わが国の刑務所ではハロルドが行ったような収監当局に協力者がいるといったことはないとは信じたい(現在ハロルドはオレゴン州シェリダン刑務所に収監中)。(筆者注4)


1.2010年11月8日のハロルドの有罪答弁に関するDOJのリリース内容
(1)抗弁審問(plea hearing)においてハロルドは息子ナザニエルと面会しロシア連邦に寄与する情報を息子の提供したこと、サンフランシスコ、メキシコシティーやリマに息子を出向かせロシアの謀報機関に面会させたことを認めた。

(2)被告はロシア連邦の指示に従い、海外に位置するロシアのスパイに情報を提供した見合いに息子を使い秘密裡にロシア機関から現金を受領したうえで家族に渡すよう指示した。

(3)ハロルドに対する判決は、2011年1月11日に予定された。

2.1996年11月18日の父ハロルドの起訴裁判の詳細
 筆者が最も気になったのは国際スパイ事件それも相手国はロシア連邦の外国諜報機関(Sluzhba Vneshney Razvedki Rossii:SVRR(元KGB))である。また、刑期23年半(283ヶ月)の拘禁刑の起訴・判決内容や今回の捜査に関する正確な情報がDOJ、CIAやFBIサイトで確認できるであろうかという点であった。

 確かに、ニューヨークタイムズには「Harold James Nicholsonに関する同紙の記事リストアップ一覧」がある。しかし、その記事内容は極めて簡単なもので司法・捜査関係者が読んで参考になる内容ではない。

 さらに調べたところ次のような資料やビデオが見つかった。
(1)1996年11月18日に行われた、中央情報(CIA)長官(Director of Central intelligence)ジョン・ドイチュ(John Deutch)、FBI長官ルイス・J・フリー(Louis J.Freeh)の共同記者会見時の配布リリース公文書である。当然ながら連邦司法長官ジャネット・リノ(Janet Reno)も声明に名を連ねている。また、同日FBIやCIAが行った共同記者会見の様子はc-span動画で見れる。

 その内容は、東西冷戦時ほどではないが米国、ロシア間のスパイ活動はなお引続いており、2010年7月に報じられたロシアと米国のスパイ容疑者の交換トレードになるとまるで東西冷戦時の再現である。

(2)FBI捜査、犯罪容疑に関する情報
 全米科学者連盟(Federation of American Scientists:FAS)サイトが起訴状でしか見られないであろう事件の捜査の詳細情報を報じている。

 その内容は当時のDOJのリリースだけでなくFBI特別捜査官(special agent)の「宣誓供述書(affidavit)」(筆者注5) 、「逮捕状(warrant of arrest)」ならびに「家宅捜査令状(search warrant)」が貼り付けている。
 おそらくDOJ等の起訴状だけでなく逮捕状の原本コピー基づくデータであろうが、具体的な捜査内容・事実に関する記載内容は極めて詳細である。
 FSAは、このような社会的な事実をも冷静に報じるNPO機関である。米国の科学者はある意味で信念を貫くつまり「がんこさ」がある。

(3)米国における外国からの謀報活動対策の基本姿勢
 対ロシアや中国等に対する対謀報活動(Counterintelligence)の重要性は、ポスト・アメス(post-Ames)改革後においても変わらないというのが米国諜報関係者の見方である。
なお、1996年11月18日、ハロルド起訴時のリリースで外国からの謀報活動阻止のため、次の具体的改革の内容を挙げてある。その実質的な効果が上がっているか否かの評価は別として、国家の機微情報管理の難しさはYou Tube等メディアの多様化とともに拡がっていることは間違いない。

①CIAの反謀報活動グループの責任者は、FBIの上級官吏でCIAの最も機密データへの完全なアクセス権を持ち両機関の完全な共同的活動の任にあたる。
②CIAの反謀報活動グループは、CIAのセキュリティおよび運用の規律の両面から代理権を持ち、反謀報活動グループの正規職員である少なくとも1人のFBI特別捜査官を含む。
③「1995年財政年度諜報権限法第811条(Section 811 of the Fiscal Year 1995 Intelligence Authorization Act)」は機密情報が外国勢力に権限なしに公開されるおそれがあるというときは、すみやかにFBIに通知すべき義務を定めている。
④運用兼反謀報副局長の地位は、CIAの反謀報および対スパイ活動への高いレベルの努力を確実にするために創設した。
FBIと完全な協調を含む運用兼反謀報にかかる義務を担う副局長は、現在FBIの国家安全部と毎週会合を持つ。
⑤反防諜の努力を強化・改善する新しい研修教育主導権が引き受けられた。
⑥連邦議会は共同した反スパイ活動を行うべく増加した各種資源を提供した。

(4)ニコルソンのCIAでの任務と刑事告訴の具体的な内容
①ニコルソンは16年間CIAに勤務し、機密取扱資格(セキュリティ・クリアランス)における「最高機密(Top Secret)」および「取扱注意で断片的にのみ開示されうる諜報成果(Sensitive Compartmentalized Information:SCI)」資格を有していた。(筆者注6)
被告は、仮に無権限アクアセスして開示したときは米国の国家安全に対する修復不可能な損失を生じさせたり外国国家に有利な情報を与えるという高いレベルの情報を保持していた。被告はこの点に関し無権限開示は犯罪行為であり、不適切に秘密指定情報の開示を絶対に行わない旨誓約・同意していた。

②告訴状では次の違法行為を具体化した。
・1995年10月1日前後、被告は定期的なセキュリティ検査としてCIAが管理する嘘発見器による一連の検査(polygraph examinations)を受けた。これの検査の分析では、外国謀報機関との無権限の接触についての未解決の問題が起きた。

・CIAの記録分析により、被告の個人旅行の解析と預金の入手金を見る限り、説明がつかない金融取引後に外国への旅行するパターンが見られた。

・マレーシアのクアラルンプール勤務時、被告はロシアの謀報機関(Rissian intelligence service:SVRR)との接触が認められていた。1994年6月30日、被告が最後の接触時の1日後、金融残高記録をみると被告は米国の取引銀行の貯蓄口座に12,000ドル(約984,000円)を送金しているが、その根拠となる合法的な資金源は見出しえなかった。

・1994年12月、被告は個人旅行でロンドン、ニューデリー、バンコクおよびクラルンプールにアメリカから出かけている。クアラルンプールにいた時、貯蓄口座に9,000ドル(約74万円)を振り込み、またクレジットカード口座に6,000ドル(約49万円)を入金した。帰国後被告は100ドル札130枚を使って債務を返済したが、これらの資金の合法的な資金源は見出し得なかった。

・1995年6月、7月、被告は年次休暇を使って再度クアラルンプールに旅行したが、その時および直後に合計23815.21ドル(約195万3千円)の金融取引を行った。しかし、これらの資金の合法的な資金源は見出し得なかった。

・1995年12月、被告はタイのバンコクとプーケットに旅行した。金融取引記録ではこの旅行の間および帰国後に26,900ドル(約220万6千円)が表示されている。
 しかし、これらの資金の合法的な資金源は見出し得なかった。

・1996年3月、SVRR特別連絡事務所は公式に米国FBIに対しチェチェンのテロ情報を求めて来た。1994年4月、被告はCIA本部に出向き教育目的と称してチェチェンに関する情報を入手した。しかし、実際チェチェンに関する研修計画は存在しなかった。

・1996年6月、被告は個人旅行でシンガポールに出かけたが同時期にシンガポールには2人の名が知れたSVRR謀報機関職員がいた。被告はロシアの謀報機関に会う前に現居場所を秘匿する監視回避技術(counter-surveillance technique)を使用したがそれは被告には認められていない技術であった。
 被告はロシア側との接触は認められていなかった。この接触後に被告は約2万ドル(約164万円)を含む大きな現金取引を行った。

・1996年7月16日前後に、被告はCIA本部で反謀報センターの新ポストに着いた。CIAのコンピュータの記録では、被告が“Russia〔n〕”や“chechnya”を使ったキーワード検索を多数回行っていることが判明した。被告の新しい任務にはこれら情報収集する必要はまったくなかった。

・2回にわたり、FBIの職員文書監視では被告宛の偽の返却先名と外国の私書箱を宛先とした郵便ハガキを入れた封筒を確認した。郵便はがきのメッセージはCIA本部における被告の任務に関するもので1996年11月23日~24日のスイス旅行を予期させるものであった。
・裁判所が認めた被告が使用するノートパソコンの検索結果、1996年8月11日、CIAの多数の秘密文書とロシアに関する文書の断片が明らかとなった。これらの文書ファイルはプログラム・デレクトリから削除されていた。
 同文書ファイルには、モスクワに派遣予定の職員の任務、経歴およびCIA職員としての任務や経歴、ロシアのチェチェンに関する採用募集や報告が含まれていた。また、モスクワのCIA分署の情報、オルドリッチ・エイムズに関する要約情報、被告の嘘発見器検査を含む膨大な個人の監視情報が含まれていた。
 さらにCIAの7つの人事情報要旨と彼らの機密情報を記録したFDが発見された。この人事情報は、コードネームと地位によって特定可能なものであった。

・1996年11月3日前後、裁判所が認めた被告の勤務する事務所の捜査でロシアの軍備に関するCIAの高機密文書、ロシアの防諜能力、CIAにおける被告の任務上では密接に結びつかない問題に関する文書を所有していたことが判明した。

・CIA本部のニコルソンの勤務事務所の電子監視は、機密文書の分類印を削除した後に文書を写真撮影している被告を記録していた。

3.2009年1月27日、ハロルド・ニコルソンが末っ子ナザニアル・ジェームズ・ニコルソン(Nathaniel James Nicholson,1985年生れ)(筆者注7)とともに起訴DOJリリース:および有罪答弁

(1)オレゴ地区連邦地方裁判所(ブラウン判事)に対し、同日司法省オレゴン地区担当副検事は父子2人の起訴状を提出した。
 大別すると、①司法長官への事前通知なしに外国政府のスパイとして行動したことの共謀罪(第一訴因)(18 U.S.C. §371 , §951 )、②司法長官への事前通知なしに外国政府のスパイとして行動したこと(第二訴因) (18 U.S.C.§951)、③マネー・ローンダリングの共謀罪(第三訴因)(18 U.S.C. §1956(a)および(h))、④マネー・ローンダリング(第四、五、六、七訴因)の計7訴因である。
 ブラウン判事は、判決日は当初は2010年1月25日を予定した。しかし、その後延期され同年12月7日判決予定となっている。
 父ハロルドの息子に対する共謀の働きかけについて、メディア情報は、父がどのような具体的手口で息子を巻き込んだかについて家宅捜査令状や宣誓供述書等に基づき詳細に説明しているが、長くなるのでここでは略す。

 DOJの起訴時のリリース概要は次のとおりである。
・被告ナザニアルは公判前釈放(pretrial release)の際、自分が希望して父と面会し、その際ロシア連邦のスパイとして父から情報と指示を受け取っていた。ナザニアルは米国外の指定された数箇所でロシア連邦の職員と接触し、スパイ行為の見返り金を受け取った。その資金は直接ハロルドの家族に支払った。

(2)2008年12月11日、司法省に起訴に先立ち、FBIの特別捜査官ジャレッド・J・ガース(Jared J.Grath)はオレゴン地区連邦裁判所に「宣誓供述書(全49頁)」を提出している。
 その詳細は省略するが、1996年11月の第一次起訴時の事実関係の分析から始まり、第17項目(8頁)以降は今回の起訴の背景となる捜査の事実関係を説明している。

(3)2009年8月28日、連邦司法省は息子ナザニアルがオレゴン地区連邦地方裁判所(判事:アンナ・J・ブラウン)の前で起訴された2つの訴因(前記①、③)につき有罪答弁を行った旨リリースした。
 外国政府のためのスパイ行為については最高刑は5年の拘禁刑と25万ドルの罰金(併科が可)(18 U.S.C.371 )、またマネーローンダリング行為については最高刑は20年の拘禁刑と50万ドルの罰金刑(併科が可)である。(18 U.S.C 1956)

 同答弁の内容の内容は次のとおりである。
・ロシア連邦から受け取った資金は、父親がかつてスパイ活動を行ったこと対価として受け取った。
・ナザニアルは次のとおり米国外に出向きロシア連邦のスパイ組織から現金を受け取った。毎回の金額を見て分かるとおり1996年の父ハロルドがスパイ行為実行時に受け取った金額と比較しても極めて少ないことが理解できよう。

①2006年12月17日、メキシコのニューメキシコでスパイ組織から約1万ドル(約82万円)を受け取りオレゴン州ポートランドに戻った。
②2007年7月12日、メキシコのニューメキシコでスパイ組織から約9,080ドル(約75万円) を受け取りオレゴン州ポートランドに戻った。
③2007年12月13日、ペルーのリマでスパイ組織から7,013ドル(約58万円)を受け取りオレゴン州ポートランドに戻った。
④2008年12月14日、キプロスでスパイ組織から9,500ドル(約78万円)を受け取りオレゴン州ポートランドに戻った。

 被告ナザニアルは答弁で2008年12月15日にキプロスから帰国した際に差し押さえられた9,500ドルの没収に同意した。また、答弁の一部として2006年から2008年の間における父とロシア連邦にかかわる行為について政府に代り証言することに同意した。

(筆者注1) US Code - Section 794: Gathering or delivering defense information to aid foreign government

(筆者注2) オルドリッチ・ヘイゼン・エイムズ(Aldrich Hazen Ames )(1941年5月26日生れ)は、元CIAの反謀報担当職員兼分析担当者で1994年にソビエト・ロシアのスパイ容疑で起訴され、現在は仮釈放無しの終身刑で服役中である。DOJは“Ames”と呼ぶ。

(筆者注3)連邦アレンウッド連邦刑務所は複合刑務所であり、セキュリティ・レベルが「低(FCI Allenwood Low)」「中(FCI Allenwood Medium)」「上(USP Allenwood)」の3施設に分かれている。オルドリッチ・ヘイゼン・エイムズが現在収監されているのは“USP Allenwood”である。

(筆者注4)父ハロルドが収監されているシェリダン刑務所は、セキュリティレベルで見た場合、DOJの下部機関である「連邦刑務所局(federal bureau of prisons)」の説明によると「中」である。この点が刑務所内で引続きスパイ行為が出来たことと関連するかは分からないが、関係があるかも知れない。

(筆者注5) 米国における刑事裁判において何らかの犯罪に関する告発を行う場合、告発者(犯罪の被害者またはFBI等その捜査代理人)が「宣誓供述書(affidavit)」を裁判所に提出して「逮捕状(warrant of arrest)」、ならびに「家宅捜査令状(search warrant)」を発布してもらうことが必要である。

(筆者注6) 米国の軍事・諜報機関で用いられている「 機密取扱資格(クリアランス)」と「機密指定の段階種別(クラスィフィケイション)」についてニッキー・ハーガー著『シークレット・パワー』の日本語版に、訳者・佐藤雅彦氏が訳注としている書籍では省略した原稿がウェブ上で掲載されており、一般的に公開されていない専門的なものなので一部抜粋した。関心のある読者は是非ウェブ全体を読まれたい。
「機密取扱資格(セキュリティ・クリアランス)」は、機密指定になった情報を閲覧する資格を、個々の人員に与える手続きを指す。機密情報の所有者は、国家安全保障の観点からみてその情報を知るに足る人物が、合法的で正当な根拠を持った国家統治目的を成し遂げる目的で機密情報を見たいとか、知りたいとか、保有したいと求めてきた場合には、「必要限定開示(Need-to-Know)」の原則――つまり「必要時にのみ必要な情報だけを必要な人にだけ供給する」という機密管理の原則――に基づいて、その人物に機密情報を提供することになる。
 米国政府・軍部の諜報共同体においては、機密情報や秘密情報の取扱資格を受けるにふさわしい、と見なされた人物は国防保安局(Defense Security Service)の身元調査(BI)を受けることになっている。さらに「最高秘密」やそれよりも機密度の高い「取扱注意で断片的にのみ開示されうる諜報成果(SCI)」の取扱資格を与えるべき候補者には、「望遠鏡的身元調査」(SBI)を行なうことになっている。
また、「機密指定の段階種別」は諜報活動によって得られたデータや成果に対する閲覧行為を管理統制するための最も基本的な方法は、個々の諜報データや諜報成果に、必要な「機密度」に応じた段階別の機密指定を行なうことである。それぞれの「機密の段階」に応じて、「必要時にのみ必要な情報だけを必要な人にだけ閲覧させる」という"必要限定開示"の原則にもとづき、機密取扱資格を与えられた人々に情報を見せるわけである。
「最高秘密(TOP SECRET)」は、正当な権限を持たない勢力に知られた場合には国家安全保障に極めて重大な損害をもたらす恐れがあると予測されるような情報を指す。
(略)
「取扱注意で断片的にのみ開示されうる諜報成果(SENSITIVE COMPARTMENTALIZED INTELLIGENCE)」(略称SCI)は、この機密指定で保護対象となるのは偵察衛星・偵察機・潜水艦などが収集した諜報データなどである。
 「取扱注意で断片的にのみ開示されうる諜報成果」の閲覧資格を得るためには「最高秘密」閲覧資格に必要な身元調査を凌ぐ厳格な身元調査を受けることになっており、完全に信頼できる人物だと判定されぬ限り閲覧資格は与えられない。「最高秘密」への閲覧資格を有している者でもこの機密指定文書への閲覧が許可されない場合がありうる。

(筆者注7)ナザニエルは現在オレゴン州立大学工学部の学生である。

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Copyright © 2006-2010 福田平冶(Heiji Fukuda).All rights reserved.No reduction or republication without permission.

2010年11月25日木曜日

米国SECやFDICが「ドッド・フランク法」等を背景としたよる役員報酬の規制強化解釈ガイダンス(案)等を提示






本ブログでは、2009年9月12日付けで政府からの不良資産救済プログラム(TARP)に基づく資本注入を受けている金融機関の役員報酬規制強化に関する連邦財務省の暫定規則やガイドランの内容を詳しく紹介した。

また、本年7月21日に成立した「ドッド・フランク・ウォールストリート金融街改革および消費者保護法(Dodd-Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act:H.R.4173)(以下、「ドッド・フランク法」)」の主要な改革のポイント事項について解説してきた。

ドッド・フランク法は本ブログでも解説してきたとおり、米国の銀行、証券、保険、金融先物等の金融監督面での影響が極めて大きくまた条文数も多い法律であるが、連邦監督規制機関
(筆者注1)はこれを受けた規則案や金融機関における具体的対応に資するためのガイダンスの策定が進んでいる。

筆者は、この膨大な条文にわたる法律の内容についてまとまった解説を行うべく準備は進めているが、何にせよ関係する金融監督機関が個々に対応をとっており、また同法は上院・下院の多くの関係法案との調整結果を踏まえて1本化されたものであり、内容的な批判を含めた包括的な資料は極めて少ないことから、さらに時間がかかると思われる。
(筆者注2)(筆者注3)

そのような状況下で最近時、アメリカ銀行協会(American Bankers Association:ABA)が「ドッド・フランク法の本格実施に向けた銀行員のための重要テーマに関する施策」と題するウェブサイトを立ち上げた。
その中では、「預金保険」、「消費者金融保護局(CFPB)」、「OCCとOTSの併合」、「FRBの金融監督機能」、「新たな貯蓄組合規則」、「不動産抵当ローン市場」、「デビットカード処理における適切な手数料への置き換え等に関する規則の策定」、「証券、スワップデータならびにその金融派生商品の適正化ルール」、「役員や従業員の報酬の公開性」、金融システム全体とした監督制度改革問題である「金融安定化監督協議会(FSOC)」、「システミックな監督体制」、「金融調査局創設」等があげられている。
ABAは金融実務面からこれらの個々のテーマにつき金融界への最新の情報提供や連邦議会対策サミット
(筆者注4)等の準備を進めている。

従って、筆者としてもABAの最新情報分析は勿論のことであるが、本ブログでは体系的な解説に優先させて個別問題を取り上げ、全体的なイメージが纏まった時点で包括的な解説を行うべく方針を変更したい。なお、金融監督機関のこれら規則制定や各種報告作業量は膨大なものであり、優先順位はその重要性とは別の観点からスケジュール化し進んでいることに留意されたい。
(筆者注5)

今回は、同法に基づく改革の基本柱の1つである金融機関における「役員報酬」に関する規制強化規則(案)に関する策定状況を概観する。

なお、
(筆者注3)で述べるとおり、現状わが国での同法に関する体系的な解説は極めて少なく、かつ法律や米国の専門家のレポートに含まれるキーワード(例えば“Say on Pay”、“Golden Parachutes”、“Volcker Rule”等)の意義・解説が十二分に行われていない。
今後わが国の金融実務関係者等がより正確な解釈や理解を行う意味で、本ブログが多少でも米国の原資料との橋渡しができればと考え、今後も関連テーマを取上げていきたい。


1.2010年10月14日、FDICが金融機関向け通達「銀行等におけるゴールデン・パラシュートの申請に関する解釈ガイダンス(Guidance on Golden Parachute Applications)」を発出
連邦金融監督である連邦預金保険公社(FDIC)は、金融サービス業界における役員報酬にかかる規制・監督強化の取組みの一環として、FDICは金融機関が許されるゴールデン・パラシュート報酬支払いをする場合の「申請ガイダンス」(通達に添付)を公布した。 このガイダンスは、銀行検査結果でCAMELS(筆者注6)レイティング評価が「4」、「5」である 金融機関(troubled institutions)におけるゴールデン・パラシュート報酬にかかる、(1)報酬の支払基準の明確化、(2)FDICによる承認要件を充足するのに必要な情報の種類の指定、(3)FDIC職員がゴールデン・パラシュート支払いを承認する否かを決定するにあたって考慮すべき要素を明確化する目的で策定したものである。
以下、ガイダンスのハイライトの内容をあげる。
(1)ゴールデン・パラシュート報酬支払は、問題金融機関が関連事業会社(institution-affiliated party:IAP)がその関連性の廃止に伴い支払う報酬にも関与する。

(2)預金保険法(FDI Act)およびその適用規則は問題金融機関(銀行検査で総合評価の格付けが「4」および「5」に合致する金融機関については規則に別途の定めがある場合を除き、ゴールデン・パラシュート報酬の支払を禁止する。その例外は、特定の状況でかつ特別な承認がなされた場合のみ「申請」により許可される。

(3)銀行の上級管理者に利するゴールデン・パラシュート報酬支払の申請は、当該受給者の銀行への影響や主要な法人の主導性や政策決定とりわけハイリスクな銀行戦略にかかる活動への関与といった個人の実績評価を含む高度な精査結果(scrutiny)に従う。

(4)本通達は、申請時に要求される情報の類型の詳細なガイダンスならびに監督機関職員が申請や支払額案を評価する際の考慮すべき要素を提供する。

(5)申請手続きの簡素化や申請数の削減を意図して、本ガイダンスはほとんどのケースに該当する1人あたり最高5千ドル(約41万円)のゴールデン・パラシュート報酬の支払については「申請不要」とした。ただし、その場合、銀行は受取人の署名および受取り金額について確定日付とともに支払い記録の保管が義務付けられる。

(6)複数件をまとめたゴールデン・パラシュート報酬の申請形式として、金融機関が同様の責任を持つ比較的低水準の従業員に対しまたは人員整理や組織再編に伴う低額の支払を求めて来た場合も同様に認められる。

(7) FDICは、ゴールデン・パラシュート報酬の支払申請の承認に際し、段階的分割支払または報酬を条件付で減らす「条件付回収条項(clawback provision)」を求めることができる。

2. 2010年10月18日、証券取引委員会(SEC)が「銀行等における『法的拘束力のない投票権(“Say on Pay”)』および委任状投票(Proxy Vote)に関する規則案」を提示
10月18日にSECがリリースした 内容は「ドッド・フランク法」第951条に基づくものである。(筆者注7)
同リリースには、(1)役員報酬にかかる総会議案 “Say on Pay”に関する規則(案)(Reporting of Proxy Votes on Executive Compensation and Other Matters)のリリース(No.34-63123)(全85頁) 、(2)株主の役員報酬にかかる承認手続きおよびゴールデン・パラシュート報酬に関する規則(案)(Shareholder Approval of Executive Compensation and Golden Parachute Compensation)のリリース(No.33-9153)(全122頁)

この“Say on Pay”とは、経営者の報酬を株主総会の議案として株主の「賛否」を問うものである。

(1)今回提案された規則案では、公開(上場)会社は連邦規則に基づき委任状投票にあたり次の手続の遵守が必要となる。
・株主に対し役員報酬および同投票の頻度要求に関するに勧告的決議投票(advisory vote)の機会の提供
・株主に対し、役員報酬協定(compensation arrangements)および“ゴールデン・パラシュート”で知られる合併取引時の報酬合意(understandings)について勧告的決議投票の機会の提供
・合併に関する株主総会招集通知(proxy statements)における“ゴールデン・パラシュート”協定についての追加的開示

今回SECが提示した規則案は、金融機関の投資管理者報告においてSEC規則に基づく別の報告が要求され場合を除き、少なくとも毎年役員報酬および“ゴールデン・パラシュート”協定に関する投票を求める。

2009年SECは「不良資産救済プログラム(Troubled Asset Relief Program:TARP)」の下で未返済債務を負う公開会社では株主に対し総会議案において経営者の報酬投票権を明記することを採択した。

(2)経営者の報酬を株主総会の議案として株主の「賛否」を問う“Say-on-Pay”投票権および追加的開示要求
A.株主の役員報酬に関する承認
ドッド・フランク法の適用にランするSEC規則案では、連邦委任状規則に従う会社は役員報酬に関する勧告的決議投票権を株主に提供しなければならない。
ドッド・フランク法に基づき追加したSEC法第14A(a)( Shareholder Approval of Executive Compensation)は初めての株主総会が2011年1月21日以降に開始する初めの年次総会において少なくとも3年に1回“Say-on-Pay”投票を行う旨を明記した。
SEC規則案は、公開会社は非拘束の投票を含む年次株主総会招集通知において“Say-on-Pay”投票を提供することを求めている。

B.役員報酬に関する株主投票の頻度に関する株主の承認
(略)

C. “ゴールデン・パラシュート”協定に関する株主の承認と開示
(略)

(3) “Say-on-Pay”等の投票に関する金融機関の投資管理者報告
(略)

(4)本SEC規則(案)に対するパブリックコメント期限
2010年11月18日

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(筆者注1) 今までも重ねて述べてきた内容であるが、一般的に複雑な制度になっているのであらためて概要をわが国の預金保険機構の解説である原和明「米国における銀行破綻処理」から抜粋、引用しておく。(正確な訳語は筆者の責任で補足した)
「米国においては、監督権限(primary regulatory authority)は、原則として免許付与機関が持っており、国法銀行については財務省連邦通貨監督局(OCC)、州法銀行については州当局、連邦免許の貯蓄金融機関については財務省貯蓄金融機関監督(OTS)、州免許の貯蓄金融機関については州当局となっている。
また、FDIC加入の州法銀行・州免許の貯蓄金融機関については、別に連邦監督機関(primary federal regulator)があり、連邦準備制度加盟の州法銀行についてはFRB、連邦準備制度未加盟の州法銀行・貯蓄銀行(savings bank)についてはFDIC、州免許の貯蓄貸付組合(S&L)等についてはOTSとなっている。
別に預金保険制度加盟金融機関については、FDICが連邦預金保険者として検査権限を持っている。
米国においては、監督機関の間で検査原則や基準等を統一し、ひいては金融機関の監督を統一するために、1979年にFFIEC(Federal Financial Institutions Examination Council)が設けられており、FRB、FDIC、NCUA、OCC、OTSなどが参加している。また、FFIECを通じて検査情報や監督情報が共有されている。」

(筆者注2) ドッド・フランク法の全体ならびに逐条的な解説レポートとして引用できるのは、
米国のデベボイス・アンド・プリンプトン法律事務所(Debevoise & Plimpton LLP)の「ドッド・フランク法の逐条要約解説(Dodd-Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act-Summary of Key Provisions)(全196頁)であろう。
ただし、厳密に言うとこのレポートの元となっている法案は2010年6月29日に「H.R.4173両院協議会(Conference Committee)」で承認された報告(Report115-517,111th Cong,2ndSess.,dated June 29 2010)に基づくものである。
本ブログでも8月14日に紹介した同法案の審議をあらためて紹介すると、2009年12月11日に下院でH.R.4173を可決、また2010年5月20日には上院はクリス・ドッド銀行・住宅・都市委員会委員長が上程した上院独自法案「S.3217:2010年米国金融安定化復元法案(Restoring American Financial Stability Act of 2010)」を可決した。
しかし、この両法案には重要な点での相違点が含まれていたため、6月14日から21日の間に「H.R.4173両院協議会」で調整が行われ、6月29日に協議会報告を採択の上、30日に下院総会で再度最終的に採択されたものである。

また、同法に関するわが国の金融関係や法律関係者が参照できるレベルのものとしては次の2つのレポートを推奨したい。

(1) ディビスポーク・アンド・ウォードウェル法律事務所(Davis Polk & Wardwell LLPの“Summary of Dodd-Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act,Enacted into Law on July 21,2010”である。全体で130頁にわたるものであるが、面白いと感じたのは冒頭に各監督機関がドッド・フランク法に基づき今後規則制定や報告書をまとめる数を推定していることである。また、記載項目の順序は法律自体の順序には準拠していないで「ボルカー・ルール」を三番目にもってくるなど独自の優先順序をつけている点である。
また、同法律事務所の日本事務所ではブログ“U.S. Legal Developments”のカテゴリーで「ドッド・フランク」を取上げ、そこでは「ドッド・フランク法における金融調査局」、「ドッド・フランク法のおける店頭デリバティブ」、「ドッド・フランク法のおけるボルカー・ルール」等を個別に取上げて仮訳している。わが国ではこれに類したものがないだけに貴重なブログといえる。

(2)企業法務専門のレキソロジー法律事務所(Lexology )の“Summary of Dodd-Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act”である。8頁であり財務省の「金融安定化監督協議会(Financial Services Oversight Council)」には言及しているものの同省の下部機関として創設する「金融調査局(Office of Financial Research)」は触れていない。網羅性については不満が残るものの主要なキーワードには言及している。

(筆者注3) わが国で「ドッド・フランク法」の全体的構成について要旨を解説したレポートとしては国立国会図書館 井樋三枝子「外国の立法 (2010.7/8) 」「【アメリカ】 金融規制改革法」があげられる。
執筆時期にはまだ(筆者注2)で紹介したような米国法律専門家による資料がなく、法案内容自体が調整中ということもあり苦労したとは思うが、公的資料として見た場合、内容的に問題がある。
以下気が付いた点を一部例示であげておく。
(1)紙幅の制約があるとは思うが、正確な法律の逐条内容の検索につながる情報がない。少なくとも“Thomas”、 “GovTrack.us”、”OpenCongress“等にリンクできるURLは必須であろう。

(2)内容から見て法律の条文に準拠していると思ったが、例えば「金融安定化監督協議会(Financial Stability Oversight Council:FSOC)」の投票権を持つ委員10名の列挙中、NCUA(全米信用組合管理機構)が漏れている。また、FSOCやその下部機関的機能を担う金融調査局が連邦財務省の機関である点の説明が抜けている。

(3)第3章に関し、財務省貯蓄金融機関監督局(OTS)を廃止し監督権限を移管する件に関し「権限はFDICと財務省に合併するOCCに移行。FDIC及びFRBは現行の権限を継続」と説明している。これではあまりにも説明不足のそしりを免れない。
米国の金融監督機関の権限とは何を指すのか。「監督権限」、「規則制定権限」、「法執行権限」に分けて説明しないと連邦や州にまたがる複雑な問題を正確に理解できない。筆者なりに例示的に解説を試みる。
すなわちドッド・フランク法第Ⅲ編「Transfer of Power to the Comptroller of the Currency,the Corporation,and the FRB」の内容を引用すると次のようになる。
・FRBヘの移管:監督権限、規則制定権限
・OCCへの移管:連邦貯蓄協会(Federal Savings Associations )の関係事項および規則制定権限
・FDICへの移管:州の貯蓄協会に関する法執行権限

(筆者注4) ABAは2011年3月13日~14日の2日間にわたり「金融界として来る規制強化に対処すべく相互の協力関係強化のための全米規模のコミュニティ・バンク会議」を開催し、その結果を踏まえFDICシェイラ・ベア議長宛意見書を提出している。この会議の主目的は連邦議会対策である。2010年3月にはABAは「ドッド・フランク法案」に対する議会への発言力保持のために約1,000人の銀行家がワシントンに集結した。

(筆者注5) 連邦準備制度理事会のドッド・フランク法(DFA)対応の適用状況は「ドッド・フランク法に基づく規制改革にかかる実績達成および今後の適用項目予定一覧」で確認できる。同サイトの構成は、次のとおりである。
(1) 主導作業項目中の完了事項(Initiatives Completed)
・信用格付け(Credit Ratings)(DFA939A条)
・透明性強化政策(Transparency Policy)
・消費者金融保護局の設置に伴う移行資金口座をニューヨーク連銀に開設(DFA1017(b)(1)条)
・貸付真実法関連:第一順位の不動産抵当ローン(ジャンボ・ローン)にかかる固定資産税および保険に関しローン融資者がエスクロー勘定(不動産会社とは別に、取引物件の権原調査、関係書類等の保管、決済の代行等を行っている。この専門会社エスクロー会社は寄託された手付金等の金銭を別個に開設した口座(Escrow Account)に預けておくことが法律によって義務付けられている。このことによって、もしエスクロー会社が差し押さえを受けても、その口座は差し押さえの対象から除外される。)を開設する必要があるか否かを決定するための閾値(年率)の引上げ案
なお、「政府保証のない民間住宅ローンであるコンベンショナル・ローンのうち、ファニー・メイ(連邦抵当金庫)やフレディ・マック(連邦住宅貸付抵当公社)といった政府支援機関(GSE)の買取り条件に適合するローンを、コンフォーミングローン(Conforming Loan)と呼ぶ。GSEの買取り条件に合致しないノンコンフォーミングローンのうち、債務者の信用力は十分だが、ローン額がGSEの買取り上限額を超えるものが、ジャンボローン(Jumbo Loan)である。」「世界を覆うサブプライム問題の脅威」第2回 サブプライムローンの主な特徴(2008年7月6日)から引用。
・デビットカードの置き換え料金、決済ネット等に関する調査
・金融監督安定化協議会の設立準備(DFA111条)
・ボルカー・ルールの研究(DFA111条) なお、FRBは2010年11月17日にボルカー・ルールに関し、禁止される自己勘定売買、企業投資ファンドまたはヘッジファンド活動を扱っている金融機関におけるその遵守期間に関する規則(案)公表した(コメント期限は連邦官報発出後45日以内)。 
・統合的な監督のためのノンバンク金融会社の指定準備(DFA113条)
・不動産鑑定士における評価の独立性保障にかかる暫定規則案(DFA1472条)
・証券化市場における信用リスク保持による潜在的影響に関する報告書(DFA941条)
(以下、略)

(2)FRB主導項目についての作業予定(2010年11月~12月)
(3)同(2011年1月~3月)


(筆者注6) 米国の銀行検査結果は、1979年に導入された「統一金融機関格付制度(Uniform Financial Institutions Rating System:UFIRS)」に基づく「CAMELSレイティング」で評価される。「CAMELSレイティング」は、(1)自己資本の充足度(Capital Adequacy)、(2)資産内容(Asset Quality)、(3)経営内容(Management)、(4)収益力(Earnings)、(5)流動性(Liquidity)、(6)マーケット・リスクに関する感応性(Sensitivity to market risk)の6つの項目につき5段階(Component Ratings)で評価され、最終的に1(良好)から5(破綻の危険性大)までの総合的評価(Composite Ratings )が行われている。総合評価が「4」ないし「5」という格付けとなった銀行は、問題銀行(troubled bank)として捉えられて監督機関からその強化が行われる。(「資本市場クォータリー」1999年春号 林 宏美「英米の銀行検査体制」5頁以下が参考になる)

(筆者注7) SECはドッド・フランク法対応に関する成果一覧のウェブサイト“Implementing Dodd-Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act ”を設けて関係機関による参照に寄与している。

Last Updated December 23,2016


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2010年11月21日日曜日

米国国防総省が緊急対応した“Don’t Ask,Don’t Tell Act”差止命令と連邦憲法上の諸問題



 筆者の手元に10月12日にDODから初めは意味不明のプレス・リースが届いた。「1993年 同性愛公言禁止法(Don’t Ask,Don’t Tell Act)(DADT)」(筆者注1)に対するカリフォルニア中央地区連邦地方裁判所判決(判事:バージニア・A・フィリップ(Virginia A.Phillips))による連邦憲法違反判決および国防総省による同法執行の恒久的差止命令(injunction order)への対応に関するリリースである。米国など外交・軍事等海外通の読者であればある程度その意味が分かろう。

 その後、DODは連邦司法省等との協議を進め、10月15日には先の地裁判決に対し控訴の検討を行う一方で、12日の判決は遵守する旨を発表した。

 今回のブログは、米国オバマ政権の公約の1つである同性愛者やレスビアンと軍隊の問題であり、連邦議会をも巻き込んだ大きな社会問題となっているこの問題を巡る動向を取上げる。

 筆者は両分野につき専門家ではないし、コメントできる立場にはない。
 しかし、国家機能とりわけ国防機能に関する問題となると話は別である。とりわけ“Don’t Ask,Don’t Tell Act”そのものについて正確な理解と経緯、米国社会が現実にかかえる影の部分に正確に焦点を当てて検討すべき問題点を整理したいと考えた。

 米国の大学を含め関係機関の情報を独自に調べて見た。とりわけ同法の人権上や憲法上の問題については制定当初から米国の人権擁護団体だけでなくロー・スクールや大学におけるDODの大学内でのリクルート活動とスカラーシップに関する「人を金でつる問題(Solomon Amendment)」(筆者注2)に対する大学・研究機関の自治に関するフォーラム(Forum for Academic and Institutional Rights:FAIR)(筆者注3)等も問題視している点も明らかとなった。

 特に、筆者が関心を持ったのはジョージ・タウン大学ロー・スクールの抗議グループ“SolomonResponse .Org”のサイトである。(筆者注4) 大学の自治問題はわが国ではほとんど本格的な議論は現在は見ない。しかし、米国は現在戦争中の国である。米国軍の人材確保は政府・軍幹部の最重要課題であり、そのために連邦議会はリクルート活動支援強化策を議会と連携して進めている。この問題と「同性愛規制」は極めて密接に関係しているのが現状である。

 海で囲まれたわが国の国防問題について国民の理解なくして戦略や人材確保の問題は解決し得ないと考える。公的機関窓口等でのポスターの掲示だけでは優秀な人材は集まらない。現下の雇用対策問題と絡めるのは適切とはいえないが、日本の未来をまじめに考える機会として公開したかたちでの関係機関横断的な(interagency)取組みを期待する。「平和ボケ」といわれない日本を国際社会にアピールする良い機会と考えるべきである。

 また、今回のブログでは関連する同性愛問題として、同性婚の禁止を決めたカリフォルニア州の州憲法改正決議が米国合衆国憲法に違反するかどうかが争われていた裁判についても言及する。
 同州北部地区連邦地方裁判所(裁判長:ヴォーン・R・ ウォーカー(Vaughn R. Walker)は2010年8月4日、同性婚禁止は同性愛者にも同等の権利を認めた合衆国憲法に違反するとの判決を言い渡した。カリフォルニア州では2008年11月の住民投票で、結婚を男女間のものと定める州憲法改正の住民投票提案8号が52%の賛成多数で可決された。これに対して、同性婚を支持する側が決定の無効確認などを求めて提訴していたものである。・・・一方で、8月16日、第9巡回区控訴裁判所は同性婚禁止にかかる州憲法改正の憲法問題につき裁判所の検討中は郡書記官(county clerk)による「結婚許可証」の発行につき無期限での留保を命じた。 (筆者注5)(筆者注6)

 米国の同性愛問題の根の深さは単に宗教や信条ならびに性的指向の自由権の問題と言うだけでなく、軍隊の基本機能やその運営そのものにかかる重要な政治課題であることを理解しておく必要がある。

 わが国の自衛隊で同様の問題が起きた場合の関係機関の対応はいかなるものか。


1.2010年10月12日、 「1993年 同性愛公言禁止法(Don’t Ask,Don’t Tell Act)10 U.S.C.§654(DADT)」に対するカリフォルニア中央地区連邦地方裁判所(判事:バージニア・A・フィリップ)による連邦憲法違反判決および国防総省による同法執行の「恒久的差止命令」問題

(1)判決および恒久差止命令内容の要旨(事件番号:CV04-8425 VAP)
〔宣言:Declares〕
同法("Don't Ask, Don't Tell" Act)は米軍人(U.S.servicemembers)および軍人予定者の基本的権利を侵害し、また、(a)合衆国憲法修正第5で保障する実質的適正手続((デュー・プロセス)、(b) 合衆国憲法修正第1で定める言論・請求権保障に違反するものである。

〔恒久的禁止:(Permanently Enjoins)〕
被告たるアメリカ合衆国および国防長官(Secretary of Defense)、その将校(Agents)、公務員(Servants)、監督者(Officers)、被雇用者(Employees)は、いかなる者に対してもその法的権限および指揮命令権に基づき同法("Don't Ask, Don't Tell" Act)および同法に基づく規則等による法執行や適用行為を恒久的に差止めかつ禁止する。

〔裁判所命令:Orders〕
被告たるアメリカ合衆国および国防長官は、本判決時に直ちに同法("Don't Ask, Don't Tell" Act)および同法に基づく規則等によりすでに開始した調査(investigation)、除隊措置(discharge)、組織的隔離(separation)、その他の手続を一時中止(suspend)または中止(discontinue)しなければならない。

(2) 同裁判所における本判決にいたるまでの経緯の概要
ここでは概要のみ上げるが、本訴訟における原告・被告の詳細な申立経緯等は原告団である“Log Cabin Republicans”のウェブサイトで詳しく紹介されている。

①2004年に“Log Cabin Republican:LCR”グループがDADTおよびDODの施策(policy)は合衆国憲法修正第1(信教、言論、出版、集会の自由、請願権規定) および修正第5(適正な裁判手続:デュー・プロセス保障規定)に違反するとして同裁判所に合衆国を被告として告訴した。(LCR側は2003年6月26日連邦最高裁の判決:Lawrence v. Texas(02-102 539 U.S. 558 (2003))を根拠としている)(筆者注7)

②2010年5月27日、「連邦議会下院」および「同上院軍事委員会(Senate Armed Services Committee)」は同ポリシーの廃止による軍事の有効性、軍人の保持や家族にとっての準備等にいかなる効果があるかの調査結果が出るまで、その実施を保留するというより進んだ妥協案に投票した。

 下院の投票結果は賛成234,反対194でさらに同ポリシーの抜本的な改正法案である「性的性向に関する軍事準備強化法案(Military Readiness Enhancement Act of 2009)H.R.1283」(筆者注8)に修正を加えるという条件で5月28日に法案全体の投票が行われる予定であったが、まだ実施されていない。

 一方、上院委員会の投票結果は賛成16、反対12であった。(なお、上院でも同タイトルの「法案:S. 3065」が上程されている)

③フィリップ裁判官は、2010年7月5日の週に事実審理を開始したが、政府側から出されていた連邦民事訴訟規則56条に定める「略式判決の申立(Motion of Summary judgment)」を拒否した。その理由は、政府の従来の政策の廃止のための立法措置は本件の手続を進めたうえでも十分にとりうる可能性があるというものである。
フィリップ裁判官は7月13日~16日ならびに20~23日の間に陪審なしで審理を行った。

(3)2010年9月9日、フィリップ裁判官の予備判決(Memorandum Opinion:Filed Concurrently with Findings of Fact & Conclusions of Law)
この判決の意義は、事実および法解釈上で明らかになった点を包括的にまとめたもので全86頁にわたるものである。

 この原告への判決案の提示という裁判行為自体、筆者は良く理解できていなかったため混乱したが、結論部分を読んである程度理解できた。
 すなわち、予備判決第4章〔結論部〕は次のとおりまとめている。

「本裁判での論議の考察および解決を通じ、裁判所は議会の執行権限と司法の役割の相違は議会の権限に基づく軍隊を強化しかつ支援する立法および政府ら行う規則等の制定という取組により頂点に達するという原則を無効視すべきものとして十分に留意してきた。連邦最高裁の1981年6月25日判決「ロストカー対ゴールドバーグ(Rostker v. Goldberg,453 U.S.57 (1981))」(筆者注9)が述べているとおり、この相違は放棄されるべきでない。原告はメンバーに代り憲法修正第1および第5に基づき、"Don't Ask, Don't Tell" Actの憲法違反ならびにDODなどの執行行為につき恒久的な差止命令といった法的な救済を求める権利が認められる。
原告は、2010年9月16日にまでにこの本裁判所の理由メモ(Memorandum Opinion)に合致するかたちで恒久的差止命令にかかる判決案(Proposed Judgment)を受け入れることが出来る。また、被告は原告が本判決案を認めた後7日以内に判決案に意義を申し立てることが出来る。」

(4)2010年9月23日、国防総省および司法省民事局が「原告が裁判所に要請した判決の適用範囲に関する異議申立」を裁判所に提出
 同申立書の趣旨は次のとおりである。
「過去の最高裁判所が明らかにしたように、合衆国は典型的な被告ではない。そして、裁判所は注文を引き受ける前の政府が議会によって正当に制定された法を実施するうえで政府の能力を制限するか、または他の裁判所で合憲性を防御する能力を制限する場合は警告と実行せねばならない。 本事件のように全国いたる所の他の多数の法廷で問題と法律が本質的であることがわかっている場合はこれは特に重要な点である。
当該警告は、法律がわが国の軍の規律にかかる問題として最高裁判所が軍事の判断に実質的な服従を行うよう裁判所に命じた領域では一層適切である。
 このような背景にもかかわらず、原告(LCR)は支持できない差止め命令提案を裁判所に求めた。この場合、いかなる差止命令はそれが原告(LCR)およびそのメンバーを代表して行う請求に制限されなければならず、非訴訟当事者に達することができないので、原告は、当該法律につき世界中で差止命令を求めており、入口の時点で問題がある請求を行っている。
 さらに、軍全体にかかわる広い範囲にかかる裁判所命令自体、他の裁判所での同様の訴えへの考慮を禁止することとなり、最高裁判所の明確な指示すなわち合衆国が被告である場合、それらが特定の巡回区裁判所で拒絶された後でも、法律で認められた主張を進め続けることが認められなければならないという法律上の重要な問題への対処を凍らせるという問題を引き起こす。(以下略す)」

(5)司法省による裁判判決の差止命令請求に関するメモの提出
この問題は、連邦議会やホワイトハウスを巻き込んだ極めて政治色が強まっていることは間違いない。(筆者注10)
 なお、1993年以来、約13,000人の軍人や女性がDADTに基づき除隊処分を受けている。

 被告は10月14日、同裁判所に対し判決の緊急執行停止等を求める書面を提出した。

 また連邦司法省民事局は、10月14日に同裁判所に対し「本訴訟の争点および法的権限に関するメモ(Memorandum of Points and Authorities:Case 2:04-cv-08425-VAP-E Document 253-1 Filed 10/14/10 )を提出した。
その結論部分を引用する。
「以上の理由から裁判所は、2010年9月9日判決(10月12日修正判決)、および10月12日の判決と恒久的差止命令に関し被告の控訴権を保障するため差止の停止措置を行うべきである。また、被告は通常の訴訟における控訴裁判所への控訴猶予期間と同様に10月12日判決の緊急行政措置に基づく判決執行停止を求めるものである。被告は問題の重要性に基づき、本決定については10月18日までの一方当事者審理(ex parte)の適用を求める。(以下略)」

 これと並行して、10月14日に原告は第9巡回区連邦控訴裁判所に対し正式の控訴申立通知を提出した。(10月15日の国防総省の控訴のプレス・リリース)

2.DADTに基づく除隊処分裁判例としての「マーガレット・ウィッツ裁判」
 2010年9月24日、ワシントン西部地区連邦地方裁判所は「空軍予備役軍団(Air Force Reserves)による原告空軍少佐(major)で“flight nurse”(筆者注11)であるマーガレット・ウィッツ(Margaret Witt)のレスビアンであるとの理由で除隊処分を行ったことは合衆国憲法修正第5に定める適正手続に違反する」とする裁判所命令の理由書(memorandum opinion)で述べ、ウィッツの復職を命じた。

 この裁判(事件番号:06-5195-RBL)は2004年から軍に対応が始まっている長期にわたる裁判である。訴訟内容の概要と裁判の経緯についてまとめておく。(筆者注12)
 6日間にわたる公判の後にロバート・レイトン裁判官はウィッツの性的指向が部隊の士気やまとまりにマイナスの影響を与えていないことが理解できた。
 この裁判の突破口が見えてきたのは2008年12月4日、第9巡回区控訴裁判所が被告たる空軍はウィッツを除隊処分する場合、軍の準備の目的上必要であることを証明しなければならないと裁決(Order:Witt v. Department of the Air Force, 527 F.3d 806, 813 (9th Cir. 2008))したことである。同判決では、政策に基づいて軍人を除隊処分するときは当該個人の行為が実施に部隊の士気やまとまりに害を与えることを証明しなければならないとすると判示し、公判廷に差し戻した。この基準は「ウィッツ基準」と呼ばれている。

 実際に彼女は19年間軍のフライト・ナースとして米軍に貢献し、彼女の上司は常に高い評価を行って来ており、多くの勲章や賞賛を得ている。

 ACLUの説明では、除隊処分や告訴にいたる事実関係は次のとおりである。
「ウィッツ少佐は1997年から2003年の間、民間の女性との性的関係を持った。2004年夏にウィッツは空軍が同性愛関係をもっているという訴えに基づき調査を開始した旨の通知を受けた。2004年11月にウィッツは無給休暇が与えられ、正式な隔離手続中はこれ以上の軍務は行えないという通知を受けた。

 2006年3月、空軍はウィッツに対し「同性愛行動」を行っていたことを理由として人事監督上の除隊処分を行うことをウィッツに通知した。ACLUはこの処分に対しウィッツの復職を求めて裁判所に告訴した。」

2010年8月31日、ACLUは裁判所に対し17頁にわたる意見書を提出している。

3.同性婚の禁止を決めたカリフォルニア州民の州憲法改正決議(vote 8)が合衆国憲法に違反するかどうかが争われていた裁判内容と今後の取組み課題
 2010年8月4日、カリフォルニア北部地区連邦地方裁判所(裁判長:ヴォーン・ウォーカー) は「同性愛者間の結婚を禁止するカリフォルニア州民投票に基づく規則案8を憲法違反として破棄する判決」を下した。(筆者13)

 判決文(事件番号:C-09-2292-VRW)の要旨は次のとおりである。
「原告は合衆国憲法修正第5の適正手続と第14の法の下での平等に違反したとして規則案8に挑戦した。規則案8は結婚に関する違憲なことを実践させるものでかつ性的指向を理由として不合理な差別を行わせるものである。原告はカリフォルニア州に対し2人の関係構築の努力を認めさせるよう努め、また原告の関係は合衆国の結婚の歴史、伝統および結婚の実践結果と合致する。規則案8は結婚許可書に作成拒否のための同性愛者のゲイ男性やレスビアンを選び抜く合理的な根拠をより進めることに失敗した。」

 一方、8月16日、第9巡回区控訴裁判所(3人の裁判官合議(three judge panel)はカリフォルニア州が本裁判の結果を受けて同性愛者の結婚の連邦憲法の合憲性について検討している間は同州の同性者間の結婚は無期限に受付けない旨決定(Case: 10-16696)した。

 実はカリフォルニア州最高裁判所は2009年5月26日、州憲法改正決議(vote 8)は合憲とする判決を行っている。この裁判は同性愛者カップルの結婚の憲法判断を求めるため、連邦最高裁判所に持ち込まれることは間違いないと言われている裁判である。

 原告はウォーカー判決につき控訴しないとしているが、控訴裁判所の問題視してる点ははたして州の官吏でない「修正決議vote 8」の支持者が、同控訴裁判所に控訴権を行使できるかどうかと言う点である。

 いずれにしても、第9巡回区控訴裁判所は2010年12月6日に控訴審の審問を開く旨決定で明記しており、連邦最高裁の憲法判断・対応を含め、今後の展開が注目されるところである。(筆者注14)

 なお、米国で同性の結婚が法的に認められている州はマサチューセッツ、アイオワ、コネチカット、ニューハンプシャー、バーモント、ワシントンD.C.のみである。


(筆者注1) わが国で「1993年“Don’t Ask ,Don’t Tell Act”」について論じているのはサイト上で読めるものとして「みやきち日記」が2009年10月12日に取り上げている。
「オバマ大統領が10月10日、ワシントンD.C.(Washington D.C.)で開かれた国内最大の同性愛者の権利擁護団体「ヒューマン・ライツ・キャンペーン(Human Rights Campaign:HRC)」のイベントで演説し、米軍による同性愛者の入隊規制政策を撤廃することを約束した。」という内容である。

 その指摘している点は大統領のスピーチとしては落第という米国内のメディアの評価について論じているのみである。本文で述べたとおり、この問題は単にHRCなど人権擁護団体に対する大統領の声明の紹介で済む話ではないと考える。

 なお、わが国では似非軍事評論が多い。筆者は本ブログの執筆にあたり情報源はあくまでDOD,DHSやDOS、NATO等や派遣国から直接毎日届く多数のニュース解析や関連裁判の判決文等の検索作業から始めた。さらに言えば世界の軍事情勢の分析は米国だけの情報では不十分であり、「北大西洋条約機構軍(NATO)」や「国際治安支援部隊(ISAF)」ならびにこれらに軍隊を派遣している各国の軍事情報までカバーしないと正確な情報は把握できないと考えるがいかがであろうか。

(筆者注2)“Solomon Amendment” について補足しておく。元々米国の大学やロー・スクールは性的指向に基づく学生の差別を行わないとする施策を取ってきた。
 1995年、連邦議会は国防総省の新兵募集活動をキャンパスから締め出した大学にはいかなる基金の交付も禁止するという「Solomon Amendment 法」 (法案提出者が下院議員Gerald Solomon)を可決した。1996年に議会は対象連邦機関を教育省、労働省、保健福祉省に広げた。1999年にバーニー・フランク下院議員(現下院金融サービス委員会委員長で「2009年ドッド・フランク・ウォールストリート改革・消費者保護法」の提案者である)とキャンベル議員は、連邦機関による学生財政支援基金への同法の適用除外を働きかけソロモン法の改正を行った。
 その後、2002年にはDOD規則において1つの大学において一学部のみ徴兵活動に対する反対があった場合でもロー・スクールを含む全大学に対する基金交付を取り消すという改正を行った。これらの経緯の詳細については“SolomonResponse org”サイトのほかスタンフォードロースクール大学のサイト等が詳しい。政府側の法的見解については軍法律顧問によるレポートもあり、併せて読むべきであろう。

(筆者注3)“FAIR”は“Forum for Academic & Institutional Rights”の略で、36 の大学やロー・スクールからなる協議会である。学問の自由の推進し社会的差別を反対すべく活動している。

(筆者注4) “SolomonResponse. Org”の具体的活動はアカデミックの観点からの単なる意見表明のみではなく、国防総省に対し告訴(Litigaion)まで行いかつ勝訴していることである。“Don’t Ask,Don’t Tell ACT”の議会での制定経緯や条文の内容等その詳細は同グループのHPを参照して欲しい。

(筆者注5) 本原稿は、2010年8月5日付けCNN.JPやAP通信ニュースから引用の上、筆者がピッッバーグ大学ロー・スクールの“JURIST”サイト等独自に調べた判決原文の内容等に基づき加筆した。

(筆者注6)原告の弁護士は、控訴裁判所が12月6日に口頭弁論予定を明示し規定の迅速な審理を約束したことから原告は連邦最高裁に上告しない旨の発表を行っている。(8月17日AP通信記事)

(筆者注7)2008年5月21日、第9巡回区控訴裁判所は米国軍が性的性向のみに基づいて除隊させることは出来ないという判決を下している。

(筆者注8) 過去に本ブログでも取上げた米国連邦議会法案の監視民間プロジェクト(Sunlight Foundation等NPOの1プロジェクト)である”OpenCongress”も、筆者の今回のブログを「H.R.1283」関連で取上げている。

(筆者注9) 「ロストカー対ゴールドベルグ」連邦最高裁判決についてはわが国では上原正夫「アメリカにおける男女平等-男だけの徴兵登録合憲判決に寄せて-」(判例タイムズ446号1981年10月1日号)が詳しく紹介している。筆者なりに連邦最高裁の判決要旨等の基づき簡単に事実関係と法廷意見等をまとめておく。
「1948年選抜徴兵法(Military Selective Service Act of 1948, 50 U.S.C.App. § 451 seq.
)は大統領が女性ではなく、男性のみ可能な兵役のための登録を必要とすることを認めており、徴兵登録の目的は同法に基づきいかなる徴兵も容易にすることであった。徴兵召集のための登録(Registration for the draft)は1975年に大統領告示(Presidential Proclamation)によって中止されたが(同法は、1973年に徴兵制を排除するために改正された)、南アジアの政治危機の結果として、カーター大統領は1980年に徴兵登録手続を再度有効化することが必要であると決め、そのために連邦議会に基金の配分を求めた。
また、大統領は議会が男性と同様に女性の登録と徴兵を可能にするために法改正を進めた。連邦議会は、登録手続を有効化することの必要性については同意したが、男性を登録するのに必要なそれらの資金だけを割り当てて、女性の登録を可能にするために法律を改正するのは否定した。その後、大統領は指定された青年グループの登録を命令した。 条例の合憲性に挑戦する数人の男性によって起こされた訴訟では、3人の裁判官で構成する連邦地方裁判所は、結局、法律の性別による差別は米国憲法修正第5の「デュー・プロセス規定」に違反するとして法律に基づく登録を命じた。
この裁判が最終的に最高裁に上告され、同裁判所は共同防衛・軍事については議会の判断を尊重するという法廷意見に大筋で同意し同法を合憲とした。ただし、レーンキスト(William H.Rehnquist)判事の法廷意見やマーシャル(Thugood Marshall)、ホワイト(Byron R. White)判事の反対意見等意見が分かれた判決であった。
 米国では徴兵問題は常に国際的な政治不安(第一次世界大戦、第二次世界大戦、東西冷戦、朝鮮戦争など)による議論が高まっている。
 なお、米国の選別徴兵制度に関する法解釈問題についてはコーネル大学ロー・スクールのサイト“law and legal reference library”が詳しく解説している。

(筆者注10)米国メディアの“CNN”は、2010年5月に行った世論調査結果では米国成人では78%が同性愛者がオープンな形で軍務に服すことは認められるべきであると投じた旨報じている。

(筆者注11) 米軍における「フライト・ナース」の重要性や活動の実態について実際にDODの解説文を読んでみた。1つ目はアフガンやキルギスタンの戦地での24時間体制で「Alpha alert(1時間以内の重傷者向け対応)」、「Bravo alert(2時間以内で即時の非難を要しない対応)」、およびより緊急性の薄い患者に1週間に2回看護するといった任務内容である。戦地での看護作業は悪条件の下での活動であり、兵隊の効率的な戦時活動に欠かせないものである。また、もう1つの記事は航空医療活動のためのフライト・ナースの合同訓練についてである。その専門性もさることながら「飛ぶ病院」としての重要性が詳しく解説されている。

(筆者注12) 本裁判は、米国の人権擁護団体ACLU(Americans Civil Liberties Union)が全面的に支援した訴訟である。

(筆者注13) 国立国会図書館「外国の立法 (2009.7)」は2009年5月26日、カリフォルニア州最高裁の判決につき簡単に解説している。

(筆者注14)カリフォルニア大学法学部憲法専門のビクラム・ディビッド・アマル(Vikram David Amar)教授がウォーカー判決の意義につき憲法解釈上の論点を整理して“Find Law”に発表しており、わが国の関係者にとっても参考になる。

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[参照URL]
〔2010年10月12日、「1993年 同性愛公言禁止法(Don’t Ask,Don’t Tell ACT)」に対するカリフォルニア中央地区連邦地方裁判所(フィリップ裁判官)判決〕
・http://sblog.s3.amazonaws.com/wp-content/uploads/2010/10/DADT-final-injunction-Philllips10-12-10.pdf
〔2010年9月9日、フィリップ裁判官の予備判決〕
・http://www.cacd.uscourts.gov/CACD/RecentPubOp.nsf/bb61c530eab0911c882567cf005ac6f9/4f03e468a737002e8825779a00040406/$FILE/CV04-08425-VAP(Ex)-Opinion.pdf
〔2010年9月24日、ワシントン西部地区連邦地方裁判所(レイトン裁判官)の除隊処分の憲法違反判決〕
・http://www.aclu-wa.org/sites/default/files/attachments/Witt-MEMORANDUM%20OPINION.pdf
〔2010年8月4日、カリフォルニア北部地区連邦地方裁判所(ウォーカー裁判官) の同性愛者間の結婚を禁止するカリフォルニア州民投票に基づく規則案8に関する判決」〕
・http://sblog.s3.amazonaws.com/wp-content/uploads/2010/10/DADT-final-injunction-Philllips10-12-10.pdf

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2010年11月4日木曜日

日本とベトナムの「アジアの平和と繁栄に関する戦略的包括的開発に関する共同声明」の全内容



 2010年11月1日の各社の朝刊は10月31日に日本がベトナムの原子力発電施設の建設につき「協力パートナー」(2基の建設受注の内定)とするほか1兆円規模のプロジェクトの受注、レアアース(希土類)の共同開発に関する共同声明を採択したと報じた。
 これはわが国の経済協力活動の話である。一方で、わが国の原子力発電支援の前提として今年の6月以降交渉を進めてきているベトナムとの「原子力平和利用に関する協定交渉」の結末はどうなったのか。わが国のメディアは「実質合意」があり早期署名を目指すことを確認したと解説している(どのような協定案が策定されているのか国民は「蚊帳の外」である)。(筆者注1)
 当然ながらわが国の外務省のサイトで確認したが、そこにある説明は、10月7日の第2回交渉までである。実は10月19日にハノイで第3回交渉が行われている。(筆者注2)

 ベトナム政府の外務省(MOF)サイトで確認したが、その内容は公開されていない。しかし、「アジアの平和と繁栄に関する戦略的包括的開発に関する日越共同声明(Japan-Vet Nam Joint Statement on the Comprehensive Development of Strategic Partnership for Peace and Prosperity in Asia)」については確認できた。

 今回のブログは、同共同声明につきベトナム政府外務省の「プレスリリース全文」(筆者注3)を仮訳で紹介するとともに、ODA支援を含めベトナムが日本をどのように見ているか、日本のベトナムへの経済やその他の支援の実態等についての正確かつ包括的な情報提供を目的でまとめた。(ベトナム政府の公式サイトの記事・写真参照)
 
 筆者独自に注釈つき仮訳作業した後、「外務省の仮訳」結果を同省のサイトで確認した。外務省のサイトの発表日付は10月31日となっている筆者が同日確認したときには存在しなかった。(今まで気にしなかったが、日越共同声明文ということは事務方段階で声明文の内容は発表前に完全に詰めているはずであり、合意後に後から和訳(それも仮訳)を発表すとはいかにも準部不足の謗りを免れないと言えよう。また外務省のサイトでは声明文原文(英文)が添付されていないのはどういうことか。ベトナム政府外務省のサイトをわざわざ探せということなのか、手順が甘い。

このような翻訳作業のみは筆者が本来意図するものではない。わが国の外交、経済協力、文化交流を理解するのは単なる声明文を仮訳して公開するだけで良いとは思えない。本ブログと外務省の仮訳文とをじっくり比較して欲しい。

 読者は気が付かれていると思うが、本ブログは単に海外メディア情報を訳すサイトではない。その背景にある理念は、国際社会を公的機関等の情報に基づく最新情報で理解し、正確かつ肌で感じる国際性を身につけて欲しいと願うボランテア精神である。

 なお、筆者が本当に注目しているのは実は米国のクリントン国務長官の東南アジア外交戦略(筆者注4)の内容である。DOSからの情報を日々読んでいるうちに今回の記事の件を思いついたのである。この件は別途まとめたい。


1.はじめに
 グエン・タン・ズン ベトナム社会主義共和国首相閣下(H.E.Mr. Nguyễn Tấn Dũng )(筆者注5)の招待により、日本の管直人首相閣下(H.E.Naoto Kan)はアジア・サミットに引き続き10月30日~31日にわが国を公式訪問した。
 訪問の間、管直人首相はグエン・タン・ズン首相と首脳会談(summit meetingを行うとともに、ノン・ドゥック・マイン共産党中央執行委員会書記長(H.E.Mr. Nông Đức Mạnh )およびグエン・ミン・チェット大統領元首(H.E.Mr. Nguyễn Minh Triết)を表敬訪問した。

 10月31日のグエン・タン・ズン首相と管直人首相の会談では、2人のリーダーはこの数年における両国の相互関係の重要な発展を歓迎するとともに、より強力で包括的な方法でアジアの平和と繁栄に向けた戦略的協力関係を構築する意思を共有した。

2.意見交換と対話の強化
・両国は、毎年実施する訪問による首脳レベルの会談を実現し、あらゆるレベルでかつあらゆる領域で対話のルートを強化することの重要性を確認した。

・両国は、2011年の出来るだけ早く都合の良い時期に新しいベトナムのリーダーが日本を訪問することへの期待を表明した。

・両国は、2011年に関係大臣ならびに両国の行政機関の高級官吏が参加した第4回「ベトナム・日本協力委員会(Viet Nam –Japan Cooperation Committee)」を開催し、総合的な相互協力関係強化を図ることを決定した。

 また、両国は2010年12月に包括的な政治、外交、防衛および安全保障問題につき議論するため第1回「ベトナム・日本戦略協力対話(Viet Nam –Japan Strategic Partnership Dialogue)」を開催することを決定した。両国はこのような両国間の対話がアジア地域の平和、安定と繁栄に貢献するという見解を共有した。

3.ベトナムへの日本の経済協力
・ベトナム側は、ベトナム政府およびその国民は日本がODA(政府開発援助)の最大の支援国としてベトナムの経済、社会開発に貢献したことを常に忘れずに真摯に感謝しており、またそのODA援助額は2009年度で見て1,550億円という過去最高水準に達していることを深く歓迎している。

・グエン・タン・ズン首相は、ベトナム南北高速道路、ホラック・ハイテク・パーク・プログラム(Hoa Lac High-Tech Park)(筆者注6)およびホーチミン市・ニャチャン(Ho Chi Minh-Nha Trang)間およびハノイ・ビン(Ha noi-Vinh)間の高速鉄道の2つの部門に関する実現可能性研究 というベトナムの優先インフラ計画に関する日本の支援の進展に感謝している。
 また、ベトナムはダーナン・クアンガイ(Da Nang-Quang)間の高速道路およびハノイ・ノイバイ(Ha Noi-NoiBai)間の鉄道の機能向上の重要性を日本に説明し、日本のこれらプロジェクトへの関心を引き付けた。

・管直人首相は日本の進んだ技術や専門性を利用する一方で、ベトナム側の見解に注目(take note)し、経済成長の推進、生活水の改善、セーフティ・ネット(筆者注7)、人的・制度的な組織の構築といった優先的な分野での支援を通じてベトナムの経済開発を強力に支援することを再確認(reaffirmed)した。

・日本側は、経済改革を進めるベトナムの決定および日本のODAに関するベトナムの反汚職問題(anti-corruption)(筆者注8)への対策措置を歓迎した。

・管直人首相は、係留施設(berth facility)の維持や実施につきベトナムと日本の企業による複合企業体により開発している「ラックウェン港複合施設(Lach Huyen Port Complex)」(筆者注9) を含む5つのプロジェクトに合計790億円の“ODA Loan”(筆者注10) を提供する旨述べた(expressed)。

・グエン・タン・ズン首相は、これらの支援に感謝するとともに日本政府が「ロンタイン国際空港建設計画(Long Thanh international air port project)」(筆者注11)、「ニンビン・バイボ(Ninh Binh-Bai vot)」間の高速道路計画、「ニャチャン・ファンティエット(Nhas Trang-Phan Thiet)」間の高速道路計画および新しい地下鉄線計画につき補助することを重要視し、迅速に決定したことに感謝する。

・管直人首相はベトナムの経済発展と国民の生活改善を支援すべく日本のODAを拡大し続けるという首相の意思を述べた。また管直人首相はベトナムとの人材開発やベトナムにおける支援産業の開発に向けた強固な協力活動を行うことを確認(affirmed)した。

4.貿易と投資
・両国は、ベトナム社会主義共和国と日本の間の貿易の自由化、推進、投資の保護に関する「経済連携協定(Economic Partnership Agreement )」(筆者注12)による経済協力協定がより大きなもの、サービスおよび投資プロセスを推進することで両国間の新たな段階と相互に利益をもたらす経済協力を推し進めることを再確認した。
・また、両国は経済関係の強化は企業部門のビジネスの機会と利益を膨らませ、両国の経済開発に貢献し、かつベトナムと日本の国民の幸福・福祉を増加させることに合意(agreed)した。

・両国は、前記協定(Agreement)が「WTOの多国間貿易システム(WTO multilateral trading system)」(筆者注13)の目標達成に貢献することを確認した。
 また、両国は経済連携協定に従い自然人の移動の自由交渉を促進させる必要性を確認した。

・日本政府が可能な限り時期にベトナムの完全市場経済状態を認めるべきというグエン・タン・ズン首相の要求にこたえるべく、両国はこの問題を検討する加速過程を加速させるべく取る組むこと、ならびに2010年12月にベトナムの完全市場経済化に関する第2回会合を開催することを決定した。

・両国は、ベトナムと日本との「ベトナムの競争力強化に関するビジネス環境改善のための共同の取組み(Vietnam-Japan Joint Initiative to Improve Business Environment with a view to strengthen Vietnam’s Competitiveness)」(筆者注14)を誇るとともに、この取組がベトナムの競争力の強化とベトナムへの日本の投資拡大において効果的な役割を演じていることを共有した。

・また両国は、ベトナムにおける日本企業のためのさらなる投資環境の改善の必要性を理解するとともにこの共同的な取組の第4フェーズに対する関係当事者の意図を歓迎した。

5.エネルギー、転園資源開発および気候変動
・両国は、エネルギーの安全保障と地球環境の保護の観点から原子力エネルギーの平和的利用分野における共同活動の重要性を認識した。

・両国は、原子力エネルギー平和的な利用のために必要なインフラ開発を含む一方で、核拡散防止を保証し、ベトナムと日本が締結している国際的な条約の条項に従い安全性やセキュリティの保証の必要性を理解して、原子力エネルギー分野の相互協力を強化するとともに新たな観点からこの協力関係を高めるつもりである。

・両国は、出来るだけ早期に平和利用協定に署名できるよう期待しつつ、ベトナム・日本の原子力エネルギーの平和的利用協定締結のための実質的な交渉結果が成功裡にあることを歓迎する。

・ベトナム側は原子力の平和的利用に関する日本の継続的な支援を高く評価する。ベトナムは、日本からの提案の検討結果を踏まえ、ベトナム政府は日本をベトナム・ニン・トウアン州(Ninh Thuan)に建設予定の2基の原子力発電所の原子炉(reactor)の建設の協力パートナーとして日本を選択・決定した。

・管直人首相はこの決定を歓迎し、日本はベトナムが設計するこの計画の実現可能性研究の指揮の支援、低利の融資や同プロジェクトへの優先的融資、最も高い安全性基準に合致する最先進技術の使用、日本の技術移転や人材教育、廃棄物処理に関する協力ならびに本プロジェクトの全期間における安定的な物資の提供を保証した。

・両国は、上記で述べたプロジェクトの関係文書の署名を早期に実現するための作業を続けるため、2国の関係する機関や事業者による作業を協力して行った。

・ベトナム側は、鉱山資源、石炭、天然ガス、石油備蓄(oil stockpiling)、石油、電気、エネルギーの効率性や保存、クリーン・エネルギーおよび情報通信技術(ICT)について日本の協力に感謝する。
 両国は、共同地質調査の形式でのベトナムにおける「レアアース(rare earths)」の開発、人材開発、持続的資源開発のための環境にやさしい技術の移転、および政府対政府間の共同R&Dプログラムに関し協力を推進することを確認した。

・グエン・タン・ズン首相は、ベトナム側が日本をベトナムにおけるレアアースの調査、探査、開拓(exploitation)および処理におけるパートナーとして決定したことを発表した。
・管直人首相は、この決定を歓迎するとともに、両国によるレアアースの開発において日本側が支援する財政的および技術的な準備としての各種方法によりスムーズに進むことを期待するとした。

・両国は、森林緑化協力(forester-related cooperation)や海面上昇(sea level rise)等にインフラ構築計画など気候変動分野での現下の協力を再確認した。両国は、この分野の協力をさらに推し進めるという決定を確認した。

・両国は、クリーンエネルギー開発、環境保全という省エネルギーに関する先端技術が環境と経済を互換性のあるものとする上で、持続的な成長をなしとげつつ機構変動問題に取り組むことが極めて重要であることを確認した。

・両国は、双方の「オフセット・クレジット・メカニズム」(筆者注15)の将来的な確立を含むこれらの目的の実現と意見交換の目的で両国の関係政府機関に取組むことで合意した。

・両国は、気候変動問題の解決が差し迫った必要のある問題であることを認識し、また両国がすべての経済大国が参加する公正かつ効果的な国際的な枠組みの構築に向けて国際交渉に協力することを再確認した。

6.科学および技術面での協力
・両国は、2009年6月19日にハノイで開催した「ベトナム・日本の科学および技術に関する共同委員会(Viet Nam-Japan Joint Committee on Science and Technology)」を思い起こすとともにその成果を歓迎した。

・ベトナム側は素両国の宇宙協力を促進するため日本の努力ならびにAPEC2010の議長国である日本に役割に感謝するとともに2010年11月に日本で開催する第18回APEC首脳会議の成功のために緊密の働くことを確認した。

・両国は、アセアンと日本、アセアン+3(日本、中国、韓国)とEAS(東アジア首脳会議)のような既存の地域の枠組みについてより緊密な協力の重要性について再度強調するとともに相互の利益となる各種分野での協力の推進に関する決定を再確認し、「東アジア包括経済連携(Comprehensive Economic Partnership in East Asia)」に関する研究、「東アジア・アセアン経済研究センター(Economic Research Institute for ASEAN and East Asia: ERIA)」(筆者注16)への効果的な寄与を含む東アジア地域の統合に向けた努力を奨励した。

・両国は、国連が21世紀に向けより現実に対処できるため、世界を代表すること、正統かつ効率的な機関であるため恒久的および非恒久的の双方の範疇を拡大を含む国連安全保障理事会の早期改革に向けた協力を進めるべく決定を再確認した。ベトナム側は、日本が常任理事国になるよう支援することについて再度確認した。

・両国は、「2005年9月の六者会議の共同声明(September 2005 Joint Statement of the Six-Party Talks)」および「関連する国連安全保障理事会決議(UN Security Council resolutions)」(筆者注17)に従い、「朝鮮半島エネルギー開発機構(The Korean Peninsula Energy Development Organization:KEDO)」の完全かつ証明された非核化の実現を支援することを再確認した

・両国は、国際社会の人道主義の懸念問題につきその解決の重要性を強調した(underlined)。

・両国は、管直人首相のベトナムへの初めての公式訪問の結果が大変満足のいくことを表明し、また今回の訪問がベトナムと日本の友好的かつ多元的な協力体制の新たな段階の幕開けであるという認識を共有した。

2010年10月31日 ハノイ


(筆者注1)わが国のベトナムとの経済・政治・文化関係を整理するには外務省サイトで確認できる。


(筆者注2) http://www.presscenter.org.vn/jp/content/view/1239/27/を参照した。

(筆者注3)日本・ベトナム政府間の共同声明文の「要約リリース」もベトナム政府は公表している。しかし、内容的に見て具体性がないのであえて全文を仮訳した。

(筆者注4)クリントン長官の直近の外交日程を掻い摘んで紹介する。10月29日グアム米軍基地、10月30日ベトナム、10月30日~11月1日(10月31日にはバーレーン王国訪問)、11月2日マレーシア、11月4日ニュージーランド等である。

(筆者注5)外交用語“H.E.” について補足しておく。“high explosive”略語である。「閣下」と訳すと分かりやすい。くれぐれも「高性能爆弾」と訳さないように。

(筆者注6) “Hoa Lac High-Tech Park”:「 本プロジェクトは、ハノイ西約30km(ハタイ省)に立地し、1998年JICA(国際協力機構)マスタープランに準拠し、同年10月12日ベトナム国首相承認を得て推進中のプロジェクトです。(総開発面積1650Ha,完成予定2020年)
 研究開発ゾーン、ソフトウエアゾーン、ハイテク工業ゾーン、そしてICTプラットフォームを基盤に、人材開発・新規企業育成・ハイテク技術移転・生産等を目途としたベトナム国の初の開発モデルとして、国際共同プロジェクトとして推進されています。
  現在、我国(経済産業省)の協力の下、現地にVietnam-Japan E Learning Center, 及びVietnam IT Examination Center (VITEC)の運営を行っています。」(参加企業ヴァイコム社サイトから引用)。
なお、2006年のものであるが、駐越南台北經濟文化辦事處科技組(ベトナム・ハノイ駐在台湾経済文化事務所・科学技術部)が作成しているパワーポイント資料はイメージが分かりやすい。

 ベトナム政府の「ホラックハイテク・パーク・プロジェクト(HHTP」専用サイトで最新の動向が見ることが出来る。

(筆者注7) わが国では「セーフティ・ネット」について正確な意義を解説したものがない。発展途上国だけでなく世界の先進国でさえこの問題に根本から取る組まざるを得ない状況にあり、ここで説明しておく。
「セーフティ・ネット(安全網)とは元々サーカスの空中ブランコの下に張られたものから由来している。セーフティ・ネットは、空中ブランコの演技者が演技に失敗して下に落ちる事故を未然に防ぎ、軽減すると共に、演技者に安心感を与え、思い切った演技を行わせるという役割を果たしている。セーフティ・ネットの目的は3つあり、第一に、不幸が発生したときの損害を最小にする、第二に、被害が生じた時の補償を行う制度をあらかじめ用意しておく、第三に、セーフティ・ネットの存在によって安心感が与えられたことによる効果(人々が失敗をおそれず勇気ある行動を取ること)を期待する、ことである。一方、セーフティ・ネットの提供はモラルハザード(倫理の欠如あるいは制度の悪用)の問題を招き、ネガティブな効果が生じる場合もある。例えば、年金や健康保険、失業保険などで手厚い支給が得られるようになると、人は怠慢になり、働かなくなったり、ただ乗りしたりすることが生じる。SSNは傷病や失業、貧困など個人の生活を脅かすリスクを軽減し、保障を提供する社会的な制度やプログラムを総称するものということができる。SSNの主要な内容には、年金や健康保険、失業保険などの社会保障制度、障害者や母子家庭、高齢者、児童などの社会的弱者に対する福祉・社会サービス、失業者対策として雇用創出を図る公共事業や職業紹介・職業訓練、貧困層への食料補助、教育補助、住宅整備など幅広い支援が含まれる。これらの制度やプログラムは病気や失業、貧困などのリスクに見舞われたときにリスクを軽減し、保障を提供するものである。」JAIC研究所「ソーシャル・セーフティ・ネットに関する基礎調査 -途上国のソーシャル・セーフティ・ネットの確立に向けて-(2003年10月)」第2章第1節から引用。

(筆者注8)ベトナムだけでなくインドネシア等でも汚職・賄賂問題は現地に進出する日本企業にとって極めて大きな問題である。
 今回の声明で取上げられている両国間の合意とは、2009年2月に報告が行われた「日本・ベトナムの日本のODA関係汚職の防止のための具体的手段にかかる共同委員会報告(Japan-Vietnam Joint Committee for Preventing Japanese ODArelated Corruption (Anti-ODA-related Corruption Measures)」を指すといえよう。

なお、日本貿易振興機構(JETRO)は2010年3月に日系企業向けに「日系企業のためのベトナムビジネス法規調査」を公表している。その中で「汚職防止法(Law No. 55/2005/QH11 on Anti-Corruption dated 29 November 2005」をあえて取上げていることがその証左であろう。
べトナム政府の声明ではベトナムの汚職・賄賂について具体的な説明がないが、以下のようなわが国企業の意見は本音であろう。
「官・民に及んで賄賂の授受が常態化しており、健全なビジネスの運営に支障をきたしている。(行政において、ビザの発行・更新、会社設立の申請、税務申告書類の受理など)
(民間において、購買担当など購入決定者に賄賂を提供することが常態化している点)
・・・上記腐敗闘争に関する通達によると、汚職とは、政府官吏によって、職務遂行の間に政府、組織または個人の利益に損害をもたらすような役人自身の利益のために行われる行為である。汚職は、職務遂行の間に個人の利益のために、資産の流用、賄賂または職権の濫用を含む。政府官吏は、民間企業、パートナーシップ、協同組合、民営の病院、学校、団体の設立及び経営が禁止されている。汚職を犯した政府官吏は罰せられるか、労務の懲戒措置に服さなければならない。50万ベトナムドン(約30米ドル)以上の賄賂を受け取った者、または500万ベトナムドン(約330米ドル)以上の資産を横領した者は、刑事上の罰金の対象となると告示されている。」(「貿易・投資円滑化ビジネス協議会-各国・地域の貿易・投資上の問題点と要望 「2009年版」―」から一部抜粋)。

(筆者注9) 2002 年に策定されたベトナム北部地域における深水港開発計画(ハイフォン国際ゲートウェイ港開発計画)では、ラックウェン(Lach Huyen)海域が開発対象として選定された。同プロジェクトには日本企業3社(伊藤忠、商船三井(MOL)、日本郵船(NYK))が日本政府のODA融資を背景に参加している。

(筆者注10)“ODA Loan”とは「円借款(有償資金協力)」をいう。すなわち、本政府が途上国政府に対し、円建てで貸付を行うことを総称して円借款という。通常は国際協力銀行(JBIC)が実施する政府開発援助(ODA)借款のことを指す。贈与を基本とする無償資金協力に対し、有償資金協力ともいう。円借款の貸付条件(金利、返済期間、据置期間)は商業ベースのものと比べ、きわめて緩和されたものとなっており、平均金利は約年1.4%、償還期間の平均は約35年。形態的には開発途上国政府の開発ニーズに合わせてプロジェクト借款(道路や橋梁、発電所などの経済・社会基盤整備)とノン・プロジェクト借款(構造調整借款、セクター・プログラム借款など)に大きく分けられるが、特に経済発展に必要な経済・社会基盤整備部門で資金需要が高い。(JICS:「調達用語集」より引用)
なお、“ODA Loan”の詳細な説明は(財)日本国際協力システム(JICS)のサイトに詳しい。

(筆者注11) 「ロンタン国際空港建設計画(Long Thanh international air port project)」は(ベトナム南部ドンナイ省に開設し、2011年までに運用開始、最大年間1億人の乗客を運ぶ予定である。

(筆者注12)2008年12月25日に署名・締結した日本・ベトナムの「経済連携協定(EPA)」については外務省サイトで経緯も含め確認できる。なお、わが国のEPA戦略の意義とビジネスのための手引きを外務省「対外経済対策総合サイト」は用意している。

(筆者注13) “WTO multilateral trading system”問題は2010年APECの 主要議題であり、6月5日~6日,札幌市において,APEC貿易担当大臣会合(MRT)が開催された。岡田克也外務大臣および直嶋正行経済産業大臣が議長を務め,APEC参加21エコノミーの貿易担当閣僚等が参加した。今次会合の成果として,「議長声明」および多角的貿易体制の支持と保護主義の抑止に関する「閣僚声明」が出されている。(APEC JAPAN 2010サイトから引用)

(筆者注14)ここでいう両国の共同取組みの行動計画(action plan)ついて外務省サイトでは詳しい解説はない。その経緯について簡単に補足しておく。
2003年4月7日、小泉首相とファン・バン・カイ(Phan Văn Khải: Phan Van khai)ベトナム首相は東京でベトナム・日本のベトナムの競争性強化に関するビジネス環境改善のための共同の取組み(Vietnam-Japan Joint Initiative to Improve Business Environment with a view to strengthen Vietnam’s Competitiveness)につき検討することに合意した。
4月8日、第1回目の委員会が開催され、共同委員長として服部則夫(当時ベトナム日本大使)、宮原賢次(日本経団連)、ヴォン・ホン・クォック(Vo Hong Phuc)ベトナム計画投資省大臣
、ヴー・ズン(vu dung)ベトナム日本大使である。その他両国の官民代表が出席した。
2003年12月4日第1段階の最終報告書「ベトナム・日本のベトナムの競争性強化に関するビジネス環境改善のための共同の取組み」が報告され両国の委員がこれに署名した。
2007年11月に第2フェーズ報告書がまとめられ、第3フェーズの検討に入った。
“foreign direct investment (FDI)”がキーワードである。

(筆者注15) 「オフセット・クレジット・メカニズム」につき補足する。“カーボン・オフセットとは、市民、企業、NPO/NGO、自治体、政府等の社会の構成員が、自らの温室効果ガスの排出量を認識し、主体的にこれを削減する努力を行うとともに、削減が困難な部分の排出量について、他の場所で実現した温室効果ガスの排出削減・吸収量等を購入すること又は他の場所で排出削減・吸収を実現するプロジェクトや活動を実施すること等により、その排出量の全部又は一部を埋め合わせることをいう仕組みをいう。(環境庁の定義)


(筆者注16) 「東アジア・アセアン経済研究センター(Economic Research Institute for ASEAN and East Asia: ERIA)」は、東アジアの経済統合に資する政策研究および統計資料の整備などを通じた政策提言活動を実施することを目的として、主として日本政府の出資により設立された国際研究機関である。(Wikipediaから引用)

(筆者注17)外務省の資料によると、2007年6月に開催された「G8ハイリゲンダム・サミット」において「議論をリードする形で北朝鮮による核兵器開発は容認できず、引き続き国際社会として圧力をかける必要がある、拉致問題は国際的広がりのある人道問題であり、G8として連携して強い対応をとる必要がある、これらについて国際社会は北朝鮮に対して明確なメッセージを送るべき旨述べた。その結果、参加首脳の支持を得、議長総括で力強いメッセージを発出することができた。」とある。さらに「首脳文書関係部分」として、「 我々は、北朝鮮に対し、NPT上の義務を完全に遵守するとともに、2005年9月19日の共同声明及並びに安保理決議第1695号及び第1718号に従って、すべての核兵器及び既存の核計画並びに弾道ミサイル計画を放棄するよう求める。我々は、六者会合及び2005年9月19日の共同声明の誠実かつ完全な実施に向けた第一歩としての2007年2月13日に合意された初期段階の措置の速やかな実施を完全に支持する。我々は、北朝鮮に対し、拉致問題の早急な解決を含め、国際社会の他の安全保障及び人道上の懸念に対応するよう求める。」とある。今回のベトナム政府の声明はこれらを踏まえたものといえよう。

〔参照URL〕

http://www.mofa.gov.vn/en/nr040807104143/nr040807105001/ns101031193902#dVpQCq3moNTB

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