2010年4月15日木曜日
日本の農林水産省は米国の食肉牛肉の安全・検査体制の問題点を本当に理解しているのか
わが国の農林水産省(Ministry of Agriculture, Forestry and Fisheries :MAFF)が、さる4月8日に米国農務省(USDA)との間で2007年以降中断していた米国産牛肉の輸入制限問題について政府間協議を再開することにつき合意したことが報じられた。
農林水産省は、カナダでは2003年5月、米国では同年12月に初の牛海綿状脳症(BSE)の発生の疑いに基づき緊急に輸入停止措置を講じたのち、米国やカナダと安全性協議のうえ2005年12月12日に米国およびカナダから日本向けに輸出される牛肉等の輸入停止措置の解除について決定を行った。(筆者注1)
その後、「2005年12月12日、米国・カナダ産の牛肉等の輸入条件について合意した。現在、米国・カナダから輸入される牛肉等には、各政府が発行する衛生証明書が添付され、その証明書において、輸出プログラムに規定された条件を満たした旨の内容等が記載されていることが必要であり、輸出プログラムの主な条件は次のとおりとする。
(1) 全頭から特定危険部位(SRM)が除去されていること。
(2) 20か月齢以下の牛由来であること。
なお、輸出プログラムにおいて、ビーフジャーキー、ハム、ソーセージ等の牛肉加工品やひき肉は輸入可能としない。」
筆者も、これらの点は従来から理解していたし、今回の交渉再開についてもこれらの問題につき米国の食肉の安全管理体制が米国政府として保証できることが前提であると信じていた。(筆者注2)
しかし、4月12日付けの“USA TODAY”の記事「市場に出回る汚染牛肉(tainted beef)に関する不安増加」を読んで大きな勘違いをしていることに気がついた。
直接的な情報源は、連邦農務省の監察総監室(OGI)が3月25日付で公表した報告書「2010年畜牛に関する全米残留物検査プログラム結果報告(FSIS National Residue Program for Cattle)」である。
今回のブログは、米国の牛肉内の化学物質残留物を含む食品の安全検査体制(NATIONAL RESIDUE PROGRAM:NRP)の概要を紹介するとともに、OGIが指摘した食肉の安全性管理システムの具体的問題点、規制法案の動向をまとめる。
なお、“USA TODAY”記事の反響は大きい。登載10時間後時点でのコメント数は231件である。
1.米国における食肉の安全性管理システムとその運用面の問題点
基本的な理解のためにわが国の「米国食肉輸出連合会サイト」の解説を見ておく。
「米国では、食肉の衛生と安全性を確保するために、
1.連邦保健福祉省食品医薬品局(The Food and Drug Administration : FDA)
2.連邦環境保護庁(United States Environmental Protection Agency:EPA)
3.連邦農務省食品安全検査局(The Food Safety and Inspection Service : FSIS)
の3つの政府機関が主要な役割をはたしている。 この3つの政府機関は、それぞれが所管している法律に基づいて様々なプログラムを実施するとともに、合同の委員会を設けて協議し、緊密な連携プレーにより、食肉の安全性を厳しく規制している。」
2.食肉中の残留化学物質に関する安全性検査体制
前記米国食肉輸出連合会サイトの説明では、「NRPには、大きく分けて2つの目的がある。ひとつは、化学物質が違法に残留した食肉が市場に出されることがないよう、製品をチェックすること、もうひとつは、今後の検査・監視体制をより高度で効率的なものにするために、残留実態を調査することである。NRPの検査方法も、大きく2つにわけることができ、ひとつは「モニタリング」、もうひとつは「強制検査(Enforcement Testing)」と呼ばれている。」
制度全体については「 アメリカン・ミート・セーフティガイドブック(飼育・加工工場に関する食肉の安全性情報)(第二版)」がわが国でも翻訳・公表されており、これだけ読むとなんとなく信頼性が高い気がする。
筆者なりに同ガイドブックから関係機関の役割分担を中心に関係個所を抜粋してみた。
(1)飼料等から移行する農薬への対策
農薬の残留基準は、飼料作物はもちろん、飼料を通じて汚染される可能性のある食肉に対しても設定されています。食肉への残留農薬の検査は、FSISが実行しています。FSISの残留農薬検査は、NRP(National Residue Program)にのっとって行われます。なお、FDAも毎年、食品中の残留農薬のモニタリング検査を行っています。併せて州レベルでも独自にモニタリング検査を行っています。
(1)-3.食肉への農薬残留基準
米国では、家畜が飼料作物に残留した農薬による汚染を受けないように、飼料作物に残留農薬基準を設けるとともに、食肉に対しても残留農薬基準を定め、監視を行っています。食肉に対する残留農薬基準の設定は、「連邦食品・医薬品・化粧品法(FFDCA)」に基づいてEPAが行います。実際の残留検査は、主にFSISが「連邦食肉検査法(FMIA:Federal Meat Inspection Act)」によるNRP(NationalResidue Program)にのっとって行いますが、FDAも、FFDCAに基づき独自にモニタリング検査を行っています。
(2)疾病予防と動物用医薬品
動物用医薬品は、主にFDAによって規制されています(ワクチンなどの生物製剤の製造・販売承認の権限は、USDAにあります)
動物用医薬品は、「連邦食品・医薬品・化粧品法(FFDCA)」と「連邦動物厚生法(AWA:Animal Welfare Act)」という法律により、規制されています。動物用医薬品のうち、ワクチン等生物製剤だけが、USDAの所管となり、AWAにより製造・販売および使用が承認されます。
米国では、FDAが実施するトータル・ダイエット・スタディーに基づき、動物用医薬品の総摂取量が、ADIと比較して有意に低いレベルに抑えられるよう、各食品(食肉を含む)に対して残留基準を設定しています。そして、残留基準が遵守されているかどうか、動物用医薬品の残留実態を把握するために、FSISが、NRPによるモニタリング調査や工場内での迅速テストを行うことで、厳しく監視しています。
3.OGI報告が指摘するFDA、 EPAおよびFSISの連携システムの不完全性に関するUSA TODAYの指摘
しかし、USA TODAYの記事は次のようなOGI報告の指摘内容と安全性神話に関する落とし穴を指摘する。
(1) 米国連邦農務省監察総監室(OGI)の監査報告(2010年3月25日付)のFSISへの指摘改善事項とFSISの回答
全文で50頁の監査報告兼改善勧告書である。その要旨にあたる“executive summary”と14項目の勧告項目に対するFSISの同意内容が7頁にわたり明記されている。今回のUSA TODAYの記事はこの報告書にもとづくものである。
なお、今回の監査はOGIの「2009財政年度総監計画(Annual Plan Fiscal Year 2009 October 1, 2008 – September 30, 2009)」に基づき行われた。参考までに総監計画のハイライトの重要部を抜粋すると次のとおりであるが、特にBSEを重要視している点などが顕著である。
(目標1)安全とセキュリティが農業や農務省資源とともに公衆衛生を保護すべき安全・安心な手段実現にかかる農務省の能力強化
①農務省の食物の安全と検査が有効にプログラム目的に即したことを保証すべく監査を行う。
②牛海綿状脳症(BSE)標本抽出計画の実施状況の監査を行う。
③「2008年農業法」の規定に基づき、食品安全検査局が州の検査計画に関連する条項を実施したかどうか決定する監査を行う。
④境界における農業利益の保護を継続すべく農務省のプログラムを確実に実施すべく監査する。
⑤動物、動物性食品、植物、および植物生成の密輸入調査。
(以下略す)
(2) OGIの主な指摘事項(USA TODAY記事から抜粋)
連邦規制・監督機関であるFSISは、残留化学物質の規制や適正な試験を実施しておらず、結果意的に有害な殺虫剤、動物用抗生物質および重金属を含有する牛肉を市場での販売を許容している。すなわち、残留化学物質の試験プログラムである“NRP”は商業ベースで流通する食品に含有する危険物質をモニタリングするという任務を達成しておらず、結果としてそのような食肉を食べる一般大衆の健康への懸念が増加している。
米国の牛肉の安全性検査プログラムは農務省食品検査局が運営しており、その検査はサルモネラ菌や大腸菌(E.coil)といった菌などの危険なものがないかといった検査に適合した形で行われている。
しかし、その他の検査プログラムは環境保護庁(EPA)や食品安全検査局(FDA)からの支援で行われているが、EPAは殺虫剤や他の汚染物質の人体への許容レベルを設定し、またFDAは抗生物質や他の薬剤に係る許容レベルを設定する。
すなわち、OGIはFSISにとってEPAやFDAの規制設定基準は十分に補完していないと結論付け、OGIはFSISに対し報告書第1節においてこれらの現行のNRPの再構築にかかる7項目の改善勧告を行った(FSIS, FDA, and EPA Need to Reestablish the National Residue Program)(報告書11~27頁参照)
これに対し、FSISは3月2日付けで各改善勧告に対し回答(FOOD SAFETY AND INSPECTION SERVICE RESPONSE TO AUDIT REPORT)を提出した(報告書44頁以下)。
その内容は、FSISは連邦保健福祉省食品安全検査局(HHS/FDA)とEPAの執行幹部や上級職員との会合において、3つの政府機関の間の了解覚書(MOU)の内容に即した内容のガイドラインの確立を計画的に試みるというものである。すなわち、 FSISはNational Residue ProgramにおけるFDA、およびEPAに対するFSISの取組みに関する1984MOUを見直して、改訂・更新を行う。 FSIS内部の決裁の後に、FSISは彼らのコメントとともにFDAとEPAとこれらの改正内容を共有する。 見直しされたガイドライン文書は協力的な定期的検査に関する文言を含むものとなる。
すなわち、取扱量が大量である牛肉の検査において、危険度が高い殺虫剤や抗生物質と同一視することは結果において危険を封じ込める点で無力化してしまう。
例えば、2008年メキシコの牛肉検査当局は銅の含有量が基準以上のため米国産の牛肉の出荷を拒否した。しかし、米国では安全基準となるものがなく、FSISは牛肉の製造業者が拒否された牛肉を他へ転売するのを阻止するうえで根拠がなかった。
また農作物から流れ出た殺虫剤が牛の飲み水となるなど封じ込めは不十分である抗生物質や他の汚染物質が、しばしは農耕における化学物質の使用とリンクする。OGIは、例えば牧場主は薬を投与した牛のミルクを子牛にあてるため子牛はより高濃度の残留抗生物質がある。抗生物質の濫用は病気に対する耐性菌を作り出す原因となる。
これらにつき、全米肉牛生産者・牛肉協会(the National Cattlemen's Beef Association:NCBA)のスポークスマンは牛肉生産者は残留殺虫剤や抗生物質の安全性については産業界や政府機関と協力して厳格な安全対策をうっていると述べている。
しかし、連邦議会下院ルイス・スローター議員(Louise Slaughter)(ニューヨーク選出:民主党)は、今回のOGI報告は家畜に対する抗生物質の使用に関しいくつかの明確な制限を設けるよう議会による迅速な行動が必要であることを指し示しており、同議員が提案する7つのタイプの抗生物質を牧場で無差別に飼料に使用することの規制法案につき100人以上の議会の共同上程者(co-sponsors)がいると述べている。
(3)食肉の化学的残留物・薬品により潜在的に発症するであろう人体への副作用
OGI報告は、次のようなリストを紹介している。
①フルニキシン(flunixin)(筆者注3):便潜血(fecal blood)、胃潰瘍(gastrointestinal ulcers)および腎臓壊死(renal necrosis)
②ペニシリン(penicillin):生命に危害を及ぼすであろうアレルギー反応、神経障害(nerve damage)、結腸の重度炎症(severe inflammation of the colon)、唇、舌または顔の腫れ、出血、下痢(diarrhea)
③砒素(arsenic):非悪性の皮膚病、皮膚病、内臓悪性腫瘍(internal malignancy)、血管系疾患(vascular diseases)、高血圧(hypertension)
④銅(copper):溶血(血球破壊)(hemolysis)、黄疸(jaundice)、脂質プロファイル(lipid profile)の変化、酸化的ストレス(oxidative stress)、腎機能障害や死(renal dysfunction and death)
⑤イベルメクチン:寄生虫用剤(ivermectin):神経または神経細胞の中毒
(筆者注1) 米国・カナダ産牛肉等への対応(輸入停止から輸入再開までの経緯)については農林水産省のサイトで詳しく説明されている。
(筆者注2) 当然のことながら、筆者は米国食肉輸出連合会の「NRPによる化学物質残留対策」解説等も読んでいた。
(筆者注3) 「フルニキシン」は牛、豚の細菌性肺炎における解熱および消炎、馬における運動器疾患に伴う炎症および痺痛の緩和、症痛時の鎮痛剤(は非ステロイド性抗炎症薬)
平成21年3月23日付けで、衛生審議会食品衛生分科会 農薬・動物用医薬品部会報告は「平成21年2月2日付け厚生労働省発食安第0202009号をもって諮問された食品衛生法(昭和22年法律第233号)第11条第1項の規定に基づくフルニキシンに係る食品規格(食品中の動物用医薬品の残留基準)の設定について、当部会で審議を行った結果をとおり取りまとめ報告している。
[参照URL]
http://www.usatoday.com/news/washington/2010-04-12-tainted-meat_N.htm?csp=DailyBriefing(USA TDAYの記事)
http://www.asahi.com/politics/update/0408/TKY201004080334.html(日米BSEの協議再開の記事)
http://www.usda.gov/oig/webdocs/24601-08-KC.pdf(連邦農務省の監察総監室(OGI)報告書)
http://www.americanmeat.jp/csm/safety/archive/system/word.html(米国食肉輸出連合会の「米国における食肉の安全性管理システム」の解説)
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