2010年2月21日日曜日

米国連邦下院改革委員会がトヨタのPL訴訟や元社内弁護士のRICO Act訴訟にかかる全文書の提出命令を発布

 
 米国におけるトヨタ車のリコール問題は2月24日の豊田社長の連邦議会下院エネルギー・商業委員会(委員長:ヘンリー・A・ワックスマン(Henry A. Waxman)の公聴会への出席・証言(testimony)というかたちとなったが、実は米国議会が問題視している重要な企業の公開原則・コンプライアンス問題としてトヨタの「証拠隠避問題」がある。(筆者注1)

 筆者は、下院の「監視・改革委員会」(エドルファス・タウンズ委員長(Chairman Edolphus Towns))のサイト情報をチェックしていたところ、24日の豊田社長の公聴会出席のリリースと同日付けで2003年から2007年の間、北米トヨタ販売の元顧問弁護士のDimitrios P.Biller氏が不当解雇原因を理由にトヨタを提訴した事件で、同氏が占有、保管する訴訟関連ならびにカリフォルニア州で起こされているPL訴訟の全文書に対し2月23日午後5時までの委員会宛の提出命令(subpoena)(筆者注2)が出されていた。

 トヨタ社長の連邦議会委員会での証言というセンセーショナルか観点からのみ取り上げるメディア情報のみでなく、世界の自動車界のトップ企業としての安全性・信頼性確保対策に加え、訴訟社会の米国で製造物責任訴訟(Product Liability Litigation)対策をどのように取組んでいくかを理解することが、トヨタだけでなく世界的なビジネスに取組むわが国企業の共通的な経営課題を理解することにつながると筆者は考える。

 今回のブログは、2009年以来のトヨタをめぐる製造物責任訴訟の具体的な内容や今回の元トヨタの社内弁護士の告訴理由が組織経済犯を取締る“RICO Act”を取り上げている点、さらには多くの自動車事故に関する全米ハイウェイ運輸安全委員会(NHTSA)への意図的隠避報告等問題に言及しつつ、トヨタの反論内容や米国の民事訴訟法や証拠法の側面から考えておくべき最新情報を紹介する。

 なお、この件で最近時のわが国の関係論文等を調べたが適切なものは見当たらなかった。本文で述べるとおり、本件は米国民事訴訟における「電子証拠開示(eDiscovery)」の重要性を改めて問うものでもあり、日本企業の対応の遅れは裁判において命取りになることも認識すべきであろう。さらに言えば、わが国の企業が社内弁護士との契約における守秘義務・倫理規約等をどの程度厳格に運用しているかなど今回の関連訴訟の事実関係を整理するだけでも、企業の法務部門の取組むべき課題が見えてこよう。


1.最近時のトヨタの製造物責任訴訟やRICO Act訴訟対応
(1)トヨタの米国における製造物責任訴訟
 トヨタはわが国の自動車メーカーとして1970年代から米国のPL訴訟への対応を進めてきたと、1995年時点で当時の同社法務部内外訟務部牧野純二氏、設計管理部の安田紀男氏は「米国でのPL訴訟の現状」において述べている。この時期(1995年7月)はちょうどわが国の製造物責任法が施行されたときで、このレポートは米国のPL訴訟の現状とメーカーの対応について論じたものである。

(2)米国トヨタ販売の元トヨタの社内弁護士(inhouse counsel)によるトヨタのPL訴訟の証拠隠避にかかる不当な働きかけを理由とする提訴
 2009年7月24日、カリフォルニア州中央連邦地方裁判所に全117頁の告訴状がファイルされた(事件番号CV-09-5429 CAS)(被告はトヨタ自動車とトヨタ販売)

 告訴事由は次の3点である。①米国の組織的経済犯取締法である“Racketeer Influenced and Corrupt Organizations Act(RICO Act)” (筆者注3)違反、②公共政策に対する積極的な悪意基づくメーカーの義務の停止行為(筆者注4)、③原告に故意による精神的苦痛を与えたこと、である。
これらの事由を訴状の原文に則して具体的に説明しておく
①同弁護士は2003年から2007年の間、カリフォルニア州のトヨタ販売の社内弁護士であったが、自分が担当した数百の死亡事故や傷害事故の原因となったスポーツ用多目的車(sport-utility vehicle :SUV)やトラックの横転事故(rollover Accidents)を担当し、すべてトヨタの勝訴や和解で決着したが、争点となった屋根の強度に関するテストや設計データを外部に公開しないようトヨタから強く圧力をかけられたと主張した。
②これらの一連の行為においてトヨタの行った圧力行為は、トヨタによる無慈悲な組織的共謀行為(ruthless conspiracy)にあたるものである。
③これにより同氏は精神的に苦痛を強いられた。

 なお、裁判所資料によると同氏は2007年の解雇時にトヨタ販売から370万ドル(約3億3千万円)の解雇手当を支給されている。

(3)トヨタ販売の2件の告訴に対する反論
 2009年10月12日、トヨタ販売広報部は次のような反論コメントを掲載した。わが国のメディアはまったく報じていない事実関係や裁判での主張内容に関し逐一反論しており、日本国民として事実を知るためにも、やや長くなるが紹介する。

「先週、ロサンゼルスでトヨタは米連邦地方裁判所に対し、あらゆる裁判所で裁判中の係争問題の仲裁の強要と同様に元トヨタの弁護士デミトリオ・ビラー氏(Dimitrios P.Biller)が当社に対して起こした民事RICOを破棄させるべく動いた。

カリフォルニアとテキサスの2つの係争訴訟では、トヨタはビラー氏の連邦裁判所への提訴はカリフォルニア州最高裁におけるトヨタの同氏に対する訴訟のとりあえずの回避策としてのもので、RICO Act違反を持ち出したのは「明らかに不備(patently defective)」であると主張する。トヨタは裁判所定提出文書で「ビラー氏とその弁護事務所は州法の下で「ゆすり」を理由として雇用紛争(employment dispute)を装ったのはRICO法の適用を誤っていると指摘した。
また、RICO法は雇用契約に関する州法を管理することを目的とする法律ではないと主張した。またトヨタは、ビラー氏は企業のゆすり行為や金銭的の損害をネタに関する証拠を含むRICO法に基づく請求において要求される基本的な要素を充足していない。

さらに、トヨタの裁判所提出文書ではビラー氏は本地方裁判所を同じ主張に基づく多くの係争中の問題につき、カリフォルニア最高裁で規則化しようと付随的攻撃を試みている点を指摘した。
トヨタは、ビラー氏の連邦裁判所への提訴は州裁判所の一連の不利益な決定の後に起こしたもので、提訴したもので希望する判決を求めるというより、本連邦裁判所によりそれらの決定を覆す意図があると述べた。

また、先週、テキサス州マーシャルの連邦地方裁判所で原告弁護人トッド・トレイシー氏(Todd Tracy)が完全にビラー氏の誤った告訴に基づき起こした訴訟の審判手続き弁論(procedural hearing)は取り消された。トレイシー氏にとってメリットとは無関係のスケジュール化された聴聞ではすでに担当する事件の資料はすでに保有しているという理由で不参加であった。また、両当事者はビラー氏がこの問題に関する安全なかたちでアクセスできるため裁判所に提出した追加文書の取扱に関する手続について合意に達している。

テキサス連邦地方裁判所での訴訟のコメントにおいて、トヨタはトッド・トレーシーのPL訴訟における根拠のない提訴を争うし、また我々はPL訴訟に関してふさわしい行動を取ったと確信している。そして、我々はビラー氏の裁判と同様にこの訴訟に対しても積極的に弁護するつもりである。

今週の訴訟準備としては、9月25日にビラー訴訟に関し重要となるカリフォルニア州最高裁判所判決に続く対応を行なう。 「 個人的な金儲け」が動機であると書かれるビラー氏の行動について、裁判所はトヨタが申し立てたビラー氏に対し本件ですでに実施されている暫定差止め命令(temporary restraining order )に代る「予備差止め命令(preliminary injunction)」を発した。
また、同最高裁判所は以前の事件に関し、ビラー氏は法律専門家として故意に行動規範に違反していると述べている。

これらの一連の活動は、トヨタがビラー氏に対し起こした同氏が法学教育事業の一部として使用したり広告公告材料やセミナーの材料としてトヨタのケーススタディや機密文書を使用するのは不適切で、その使用停止を裁判所に求めたことに由来する。
本件でのビラー氏に対する裁判所の差止め命令にもかかわらず、ビラー氏は引続きトヨタの情報を不適切に公開し続けている。さらに、ビラー氏が7月に連邦裁判所に起こした訴訟において、さらにトヨタの機密情報を開示するだけでなく、PL事件に関するトヨタに対する不適切かつ誤った苦情をも作り出している。

カリフォルニア州最高裁判所の行動に関して、トヨタは次のとおり主張する。

「我々は、ビラー氏が主張は誤っておりかつ不適切である点を強調したし、また最高裁の判決がビラー氏のトヨタに対する誤った主張を続けることを阻止する支援材料となることを希望する。
トヨタは法慣行において最高の専門的かつ倫理的な基準を有しており、PL訴訟においても適切に行動し連邦の運輸安全監督機関(NHTSA)に対しすべての報告を行っている。

トヨタならびにカリフォルニア州最高裁判所の視点は、Biller氏が弁護士として我々に対する取組みにおいて企業の機密情報を繰り返し不適切に開示することにより法律専門家としての義務や倫理義務に繰り返し違反している。」

・ビラー訴訟に関する追加的詳細情報
ビラー氏の主張とは反対に、トヨタ車は厳重かつ厳格なテストを実施し、またすべての面で世界の車の安全性につきリーダーといえる「全米ハイウェイ運輸安全委員会(NHTSA)」が定める基準を超える高い技術をもっている。ビラー氏はその訴訟における多くの誤りの中では、はなはだしくトヨタがNHTSAへの報告に関し全体として誤った特性をもたらしている。 トヨタが車の屋根強度規格に関してNHTSAを誤解させたというビラー氏の主張は完全に誤っている。ビラー氏の主張とは反対に、トヨタはNHTSAに提供した情報の完全性と精度に関し、いかなる質問も出されたことは一度もない。

ビラー氏が引用するNHTSAへのコメントの状況の事実は以下の通りである。
NHTSAは過去10年以上の間、数回にわたり屋根の強度に関しパブリックコメントを求めている。 2005年8月、NHTSAは連邦政府の自動車安全基準(Motor Vehicle Safety Standard:FMVSS)216の改訂案を発表し、利害関係者から自発的なコメントを求めた。 米国自動車工業会( Automobile ManufacturersのAlliance:AMA)は自動車メーカーのメンバーを代表してNHTSAへのコメントをファイルした。そのメンバーは、ゼネラル・モーターズ、フォードモーター社、ダイムラークライスラー、BMW グループ、フォルクスワーゲン、ポルシェ、マツダ、三菱自動車工業、およびトヨタを含んでいた。 また、いくつかのメーカーは個別にコメントを提出した。

2005年11月21日、トヨタは改訂案のFMVSS216の一定の側面に関するコメントをファイルした。 ビラー氏の 主張とは反対に、それは、トヨタではなく、コメントでNHTSAに対するコメントを提出するために支援記事を準備するために外部コンサルタントを雇ったのはトヨタではなくAMAである。 構造面変更と改訂案の遵守のための予定表と言う現実的な調査であり、他のメーカーやAMAによってされるコメントと一致する。

すべてのNHTSA規則策定手続と同様、この規則策定手続ではNHTSAは結局、新しい安全規格の内容を決める際に、強度レベルと各メーカーの遵守に関する予定表を含む自身の独自の分析を実行した。
また、ビラー氏はトヨタ車の横転事故裁判について誇張する。 事実、トヨタ車は何百万台もの車に比例して路上での素晴らしい安全記録を持っている。横転事故は厳しい事故であるが、現在2,700万台のトヨタ車が運行されているにもかかわらず横転事故は極まれである。

ビラー氏の行動と彼の提訴のタイミングは、彼が公益(public policy)によって動機づけられているという彼の主張は支持できない。 さらに、カリフォルニア州最高裁判所によって表現される見方と一致している点であるが、ビラー氏の行動は彼自身の個人的な金銭的利益によって動機づけられている。 Biller氏は倫理的問題でトヨタを離職したのではない。それどころか、彼は解雇手当を要求する際に、彼は弁護士としてトヨタで働く機会を留保するオプションを保持した。 また、彼も個人的に彼の訴訟で引用された事件を管理する責任があった。そして、当時トヨタの利益のためそれらの訴訟事件においてトヨタを擁護すべき彼の行為責任は、彼が現在行っている主張とは完全に相反するものである。

2.米国おける連邦議会調査権の裁判所決定に対する法的優劣問題
 下院委員会関係者の説明によると、今回の下院委員会のsubpoenaは連邦地方裁判所のトヨタに関する民事事件の訴訟資料の非開示決定を覆すものである。この議会調査権の裁判所だけでなく大統領や行政機関に対する効果の優位性は米国ではしばしば問題となり、関係機関でも報告書が出されている。

①2003年4月に連邦議会調査局がまとめた報告書「連邦議会調査権の裁判所に対する無視権限(Congressional Investigations:Subpoenas and Contempt Power)」
②第110連邦議会で委員会がかちとった成果報告
大統領の絶対的拒否権を否定する歴史的な裁判所判決に基づき、元ホワイトハウスの職員の数千の内部のホワイトハウス文書記録にかかる証言を召喚により引き出し、歴史的な立法につなげたという内容である。

3.米国の電子証拠開示規則(eDiscovery )問題とトヨタ問題
 トヨタの米国での裁判に関し、わが国の米国の電子証拠開示手続については、次のような指摘が出されている。
わが国の米国の電子証拠開示手続について次のような指摘が出されている。
「今回のニュースを受け、同社の過去の横転事故に関する訴訟を見直す動きが見られており、既にトヨタが過去の訴訟で違法に証拠を隠蔽したとする集団提訴が起こされています。同様に、本件の今後の動きによっては、トヨタの過去の何百というPL訴訟が再び審議に掛けられる可能性があります。さらに、このような動きはトヨタだけに限らず、弁護士の間からは日本の自動車業界全体の証拠開示体制を疑問視する声も上がっています。」

 わが国では“eDiscovery”に関する本格的な論文は極めて少ない。少なくとも米国に進出する規模の企業であれば独自に研究する社内体制の構築は喫緊の課題であろう。

4.わが国企業の社内弁護士の秘密情報管理や雇用契約の厳格管理や弁護士倫理の不十分性問題
 筆者としては現時点でトヨタの反論文などからのみではトヨタとビラー弁護士との雇用契約や守秘義務合意書の内容はうかがい知れない。しかし、トヨタの反論はこれらの手続が厳格に運用されていたらもっと反訴材料があると思える。

さらに言えば、これらの合意事項に基づき同氏がトヨタに与えた具体的損害について「懲罰的損害賠償請求」等が可能ではないかと考える。

「昨日の友は明日の敵」ではないはずである。社内弁護士の活躍や権限強化が期待されるわが国企業でもトヨタの取組み課題は他山の石とすべき重要な研究課題といえよう。
なお、この問題に関し米国の参考レポートのURLを記しておく。
・http://www.hricik.com/WrongfulDischarge.html
・http://digitalcommons.unl.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=1033&context=lawfacpub

(筆者注1) トヨタの前顧問弁護士に対する証拠公開回避差止め命令問題については、やはりCNNが2月19日の記事で紹介していた。しかし、当然ながら議会の文書提出命令と州裁判所の差止め命令との法的効力の差の根拠などについては詳しくは言及しておらず、本ブログで独自に解説することとした。なお、CNNの訳文は原文にあるトヨタのスポークスマンの以下のコメントが抜けている。"Mr. Biller is a former Toyota attorney who left the company in 2007," Toyota spokeswoman Cindy Knight said in an e-mailed statement. "He would have no knowledge about Toyota matters since that time and is not a reliable source of information."
 わが国ではほとんど紹介されていないが、ビラー氏と争う姿勢を徹底しているトヨタにとって重要な発言であり、ぜひとも紹介すべき部分であろう。

(筆者注2) 米国の場合subpoena とは裁判所や議会が証人として裁判所に出頭や証拠文書の提出を命ずるものであって、通常のsubpoena(正式にはsubpoena ad testificandum[サピーナ・アド・テスティフィカンダム]と呼ばれ、証言をするべく証人としての出頭を求める召喚状)と、関連する書類を作成、それを所持して出頭を求めるsubpoena(subpoena duces tecum[サピーナ・デューシーズ・ティーカム])とがある。この召喚書に従わない場合には、法廷侮辱(Contempt of Court)として罰せられることになる。今回議会の委員会が発したサピーナは後者でかつ公聴を伴う(duces tecum(hearing))ものである。

(筆者注3) RICO 法(the Racketeer Influenced and Corrupt Organizations Act:18 U.S.C.§1961 -1968)
「RICO 法は、犯罪組織が正当な経済活動に影響を与えることを防止するために制定された。法律に規定された一定の連邦犯罪・州犯罪(=前提犯罪)を団体の活動として行うこと等を禁止し、違反に対して刑罰(20 年以下の自由刑、罰金、没収)(Criminal RICO)と民事的救済手段(団体からの被告人の排除、将来の違反行為の禁止、私人による3 倍額賠償(+弁護士費用)(Civil RICO)訴訟など)を規定している。適用範囲が組織犯罪に限定されておらず、前提犯罪に「詐欺」(mail and wire fraud:18U.S.C. §1341,1343)が含まれていること、私人が訴えを提起できる(有罪判決は民事的救済の要件ではない)ことから、組織犯罪と関係のない経済取引にも適用 されてきた。」平成22年1月29日第4回集団的消費者被害救済制度研究会:配布資料1 東京大学教授佐伯仁志「アメリカ合衆国における違法利益の剥奪」より抜粋。

(筆者注4)第2告訴事由の原文は“Constructive Wrongful Termination in Violation of Public Policy”である。告訴状の本文を読まないと何のことか分からないが、要するにトヨタが多くの自動車事故に関する全米ハイウェイ運輸安全局(NHTSA)への意図的隠避報告等を行ったことが、動車メーカーとして米国社会の自動車の安全対策を自遵守しなかったことにあたるというものである。


[参照URL]
http://oversight.house.gov/images/stories/Hearings/Committee_on_Oversight/2010/022410_Toyota/2-18-10_Biller_Subpoena.pdf
http://www.cbsnews.com/htdocs/pdf/BILLERvTOYOTACOMPLAINT.pdf
http://pressroom.toyota.com/pr/tms/toyota-update-regarding-the-biller-111221.aspx

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