2009年7月9日木曜日
海外における新型インフルエンザ感染拡大の最新動向と新たな研究・開発への取組み(N0.11)
WHOの統計では米国大陸、オセアニア、英国等の確認累計感染者や死者数は引続き拡大傾向にある。今回は、WHOの7月6日公表の累計感染者数や死者数を解説する。
6月29日比(No.10)で比較すると、これまで累計感染者数の多い国とりわけ米国、アルゼンチンにおける死者の増加が依然高い水準にある一方で、ペルー、ブラジル、オーストラリア、ニュージーランド、中華人民共和国、タイ、フィリピン、シンガポール等南半球や東南アジアの国々等の感染拡大が続いている。
また、今回はWHOと汎米保健機関ハイレベル会議における米国のタミフル42万治療分のラテンアメリカやカリブ海の国々への地域備蓄(regional Stockpile)への供与をめぐる動向、米総合医学専門雑誌の新型インフルエンザ特集に関する最新情報を追加する。
なお、本文に述べるとおり、これらの動向は相互に関連しているので、その関連性をわが国の関係者は理解しておく必要がある点を改めて指摘しておく。
1.わが国の最新情報
2009年7月7日現在の厚生労働省の発表では、日本の新型インフルエンザ感染者数は、1,867人(6月29日比+660人)である。各都道府県別発生状況は厚生労働省サイト「新型インフルエンザに関する報道発表資料」で確認できる。
2.WHOの最新発表情報
WHOの公表確認感染者数(2009年7月6日世界標準時9時現在)(update58)データに基づき累計確認感染者数が100人以上の国(42か国)のみ紹介する。(多い順に並べ替えた)
全体の数字は123か国(6月29日比+14か国)、累計感染者数は94,512人(6月29日比+23,619人)(うち死者は429人(6月29日比+118人))
「国名」、「累計感染者数(死者数)」、「6月29日比増加数(死者数)」の順に記載した。
①米国:33,902人(うち死者170人(+43人))(+6,185人)、②メキシコ:10,262人(うち死者119人(+3人))(+1,983人)、③カナダ:7,983人(うち死者25人 (+4人) )(+208人) 、④英国:7,447人(うち死者3人(+2人)) (+3,197人)(筆者注1)、⑤チリ:7,376人(うち死者14人(+7人))(+2,190人) 、⑥オーストラリア:5,298人(うち死者10人(+3人)) (+1,260人)(筆者注2)、⑦アルゼンチン:2,485人(うち死者60人(+37人)) (+997人)、⑧タイ:2,076人(うち死者7人(+7人)) (+1,302人)、⑨中華人民共和国:2,040人(+598人)、⑩日本:1,790人(+578人)、⑪フィリピン:1,709人(うち死者1人(+0人)) (+728人)、⑫ニュージーランド:1,059人(うち死者3人(+3人)) (+472人)、⑬シンガポール:1,055人(+456人)、⑭ペルー:916人(+556人)、⑮スペイン:776人(うち死者1人(+1人)) (+235人)、⑯ブラジル:737人(うち死者1人(+0人)) (+611人)、⑰イスラエル:681人(+212人)、⑱ドイツ:505人(+139人)、⑲パナマ:417人(+14人)、⑳ボリビア:416人(+290人)、(21)ニカラグア:321人(+44人)、 (22)エルサルバドル:319人(+93人)、(23)フランス:310人(+75人)、(24)ガテマラ:286人(うち死者2人(+0人))(+32人)、 (25) コスタリカ:277人(うち死者3人(+2人))(22人)、(26) ベネズエラ:206人(+34人)、(27)エクアドル:204人(+79人)、 (28) 韓国:202人(+0人)、(29) ウルグアイ:195人(うち死者4人(+3人))(+0人)、(30) ベトナム:181人(+97人)、(31) ギリシャ:151人(+65人)、(32) イタリア:146人(+34人)、(33)オランダ:135人(+17人)、(34)インド:129人(+65人)、(35)ブルネイ・ダルサーラム:124人(+95人)、(36) ホンジュラス:123人(うち死者1人(+0人)) (+5人)、(37)コロンビア:118人(うち死者2人(+0人)) (+30人)、(38)サウジアラビア:114人(+45人)、(39)マレーシア:112人(+0人)、(40)キプロス:109人(+84人)、(41)ドミニカ共和国:108人(うち死者2人(+0人)) (+0人) 、 (42)パラグアイ:106人(うち死者1人(+1人)) (+21人)
3.メキシコのカンクン(cancun)で開催された汎米保健機関ハイレベル会議での米国の坑ウイルス薬タミフル(Oseltamavir)の供与発表と同会議におけるWHOマーガレット・チャン事務局長の基調講演の要旨
(1)PAHOハイレベル会議における米国のラテンアメリカおよびカリブ海諸国に対する42万治療分の坑ウイルス薬タミフル供与の公式発表
7月2日米国連邦保健福祉省長官セベリウス氏(Health and Human Services Secretary Kathleen Sebelius)は、新型インフルエンザに対するアメリカ大陸諸国戦略会議において、フェリペ・カルデロンメキシコ大統領、WHOチャン事務局長、およびPAHOミルタ・ローズ長官により支持された旨発表した。
また、同時にPAHOとWHOは従来から感染拡大を阻止するため同地域への坑ウイルス薬の適切な使用をすすめており、タミフルの40か国以上の加盟国や属領への提供のためパナマの地域備蓄センターに35万治療分を、またWHOの世界備蓄センターに27万治療分が備蓄されているが、今回の米国のタミフル供与はチリやアルゼンチンなどの国々の備蓄を補強するものである。(筆者注3)
(2)WHO 事務局長マーガレット・チャン氏の基調講演要旨
本日のハイレベル会議の企画・準備いただいたメキシコ・米国・カナダの保健省相に感謝するとともにとりわけ主催者であるメキシコ政府に感謝する。
我々がメキシコのカンクンの集まったという事実について、新型インフルエンザが初めて検出されて以来WHOが一貫して出してきた推奨声明(recommendations)の主旨を再度確認したい。これらは、メキシコやその他感染確認国への旅行を避けることを目的とするものでなく、また公衆の保護、新型インフルエンザの大規模発生や国際的な感染拡大を阻止するものではない。
今我々は「フェーズ6 」(2009年インフルエンザの世界的流行)の初期にいる。今日見たとおり完全に世界的流行が出現すると100以上の国々が感染事例を報告しており、その国際的拡大は阻止できない。
インフルエンザの世界的流行はほとんど大部分が感染に影響されやすい人口の地域に広がる顕著な出来事といえる。それは感染の同等性原則が津波と同様に特定の地域を襲う傾向を持つ。人口密集地において我々が見たものは感染者数の急増と急減であった。いったん新型ウイルスは感染者数を一掃することがあるが、しかし転移ははるかに低いレベルで強く続く可能性がある。
一方、人口が密集していない地域や国は感染状況のピークは実際よりよく見えるかもしれない。また積極的な規制措置は疫学的な感染のピークを実際よりよく見せるかも知れない。
メキシコ特にメキシコ・シティはこの津波のピークを2009年4月に経験したが、後からウイルスが感染した他の国々は今それを経験している。これらの国々は今後数か月の間、このメキシコと同様の経験を見ることになろう。
しかし、メキシコは最悪の時期は過ぎたものの、少なくとも津波の第一波の間にいることは間違いない。我々がここにいること自体が信頼の表現である。メキシコは訪問する地として、安全であり、美しく、また暖かく優雅な場所である。
本論に入るが、新種の感染性病原体が大発生を引き起こすとき、常に最も苦しむのはその影響を受ける最初の国である。新しい病気は出現したとき定義上十分に理解されない。最初に感染が広がって国は、何が原因で初めて大流行したかを文字通り理解できない。
メキシコは新型インフルエンザの広範囲な大流行を経験した最初の国であった。新種のウイルスが特定されておらず、また病気の原因が判明していなかった時点で、メキシコはこれらの大きな負担に耐えた。メキシコは世界中に対し早期警戒の警告を行い、また迅速かつ透明性をもった報告、積極的な規制手段、さらにデータやサンプルの共有について寛大な行動モデルを実施した。
カナダと米国はこのメキシコの早期規制措置を支持し、自国における大発生が始まったとき、透明性と寛大な報告に関し、メキシコ・モデルに従った。
WHOや国際社会は、先例を作ってくれたこれらの3か国に感謝するとともに、実際ほとんどの国がこの先例に倣っている。
これらの協同作業のおかげで、我々はまさに今、国民を保護し、健康への影響を緩和するとともに目前にある出来る限りの準備をするといったことが可能という答えを持つことになった。
私が以前に述べたとおり、少なくとも初期の段階では、この世界的大流行が中程度の厳しさをもっていると信じる十分な理由がある。学校閉鎖やキャンプの中止などは両親や雇用者による社会的分断のケースに遭遇してきた。各国の医療機関、研究機関、データなどにかかる健康保護システムは良く対応できたといえる。
しかし、我々は今、冬季にある南半球で起きている状況を大変注意深く見守る必要がある。我々は大部分で安心できる臨床像を見ている。患者の圧倒的多数は適切な医療がなされなかった場合でも1週間以内の軽度の症状で回復している。
先週発表された研究報告でも、メキシコにおけるこのパターンすなわち季節性インフルエンザ類似の弱い疾患症状について指摘されている。(筆者注4)
一方で、特別に関心を寄せるべきいくつかの例外もある。十分に理由が解明されない健康な若年層の死亡である。さらに一部の患者は生命維持装置を必要とする重症で生命に危険を及ぼすウイルス性肺炎による急激な臨床症状の悪化を見せている。
我々は広く公衆に情報を提供する上で困難な問題に直面している。我々は心配な人々がスタッフ、病院、研究所を求めて緊急病棟をあふれさせる過剰な心配性主義者(alarmist)ではない。公共施設は本当に重症な患者のみ対応すべきである。
先週、メキシコの研究者がニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディスンに早期の新型インフルエンザの臨床分析結果を発表した。そこに記されているようにこの病気について完全な臨床スペクトラムが完全に理解されたわけではないし重症また致命的な感染力に関する予測因子(predictive factors)
を理解できていない。
しかしながら、ますます多くのエータが利用可能になることで、我々は緊急の医療を必要とすることが出来る危険信号の把握がより正確に出来るようになってきた。その兆候とは、呼吸困難(difficulty in breathing)、息切れ(shortness of breath)、胸痛(chest pain)および激しいまたはしつこい嘔吐(severe or persistent vomiting)である。成人の大人で患者の容体を悪化させるような高熱が3日間以上続くときは危険信号である。子供の場合は無気力(目覚めが悪い、注意力散漫や遊ばない)が危険信号である。
中程度の症状の世界的流行病において人々に対しいつ心配しなくてよいか、またいつ応急措置が必要であるかを示すことは、我々の最大の取組み課題の1つである。これが命を救う1つの鍵となるのである。
パニックと無頓着の両極端の間で警戒(vigilance)すべき強固な根拠がある。
今回の会議は警戒に関するものであり、我々が学んだこと、この気紛れな新種ウイルスが何を驚かそうともその準備を怠らないということである。継続的、ランダムな変異は微生物界の世界では生き残るからくりである。あらゆるインフルエンザ・ウイルスと同様にH1N1は驚くべき優位な特徴をもっている。一方、我々にはデータの収集・分析やコミュニケーソンによる科学、合理的かつ厳密な検査能力がある。
我々は、共同作業と連帯感に基づき本会議で例示されるとおり、更なる利点をもってこの難局に立ち向かっていただくことが私の切なる願いである。
4.米国「ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディスン(The New England Journal of Medicine)」の新型インフルエンザ特集
6月29日付け“Online first”は新型インフルエンザに関する特集記事をまとめて掲載している。今後の対策を検討する上で重要な問題を取り上げていると思われるので、参考までに掲載論文のテーマのみあげておく。
(1)「新型インフルエンザH1N1の循環において共通的にみられる重度の呼吸器
疾患(Severe Respiratory Disease Concurrent with the Circulation of H1N1 )」
(2)「メキシコにおけるブタ由来インフルエンザA(H1N1)に見る肺炎および呼吸器不全(Pneumonia and Respiratory Failure from Swine-Origin Influenza A (H1N1) in Mexico)」
(3)「歴史的疫学大局―新型インフルエンザA(H1N1)の出現(Historical
Perspective — Emergence of Influenza A (H1N1) Viruses)」
(4)「1918年インフルエンザの持続的遺産問題(The Persistent Legacy of the 1918 Influenza Virus)」
(5)「国際航空運送を介した新型インフルエンザの感染拡大(Spread of a Novel Influenza A (H1N1) Virus via Global Airline Transportation)」
(6)「人間におけるブタ由来新型インフルエンザの簡易検査手法の感度(Rapid-Test Sensitivity for Novel Swine-Origin Influenza A (H1N1) Virus in Humans)」
(筆者注1) 英国も感染者数が急増しているが、7月2日に健康保護局(HPA)は米国と同様に毎日公表してきた研究室の検査結果に基づく感染者や死者数の公表を毎週ベースに変更した。なお、HPAの説明では今後は感染拡大処置よりも患者の医療措置中心に方針変更を変更する旨発表している。すなわち坑ウイルス薬タミフルの効果は短期に限定されるため、重症時のみ投与する方針に変更し、これは米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、チリ、メキシコと同様の措置であると述べている。
しかし、素人の筆者としては自信はないが、これらの方針変更の背景には世界的感染拡大の勢いが一向に収まらない一方で、製薬会社の生産体制の問題等が現実に起き始めているのではないか。
(筆者注2) オーストラリア連邦保健高齢者担当省(DHA)によると、7月7日現在の感染者数は6,353人(前日比620人増)、死者数は13人である。
(筆者注3)当然のことながらPAHO(本部米国ワシントンDC)のサイトでも米国のタミフル供与の件を大きく発表している。
(筆者注4)筆者はWHOに直接確認した訳ではないが、チャン事務局長が指摘している報告とは米国総合医学専門雑誌サイト「ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディスン(NEJM)」2009年6月 29日号」で紹介されている「メキシコにおけるブタ由来インフルエンザH1N1に見る肺炎および呼吸器不全」(10.1056/NEJMoa0904252)のことであろう。筆者は6月30日にNEJMからのメールにより同論文を読んでおり、今回のブログで解説するつもりでいた。
〔参照URL〕
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/19.html
http://www.who.int/csr/don/2009_07_06/en/index.html
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