2009年6月7日日曜日
英国血友病患者800人の変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)感染問題
世界中のメディアや国際機関が「新型インフルエンザA(H1N1)」で大騒ぎしている一方で、英国では本年2月以降 変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)(筆者注1)やHIV、C型肝炎(hepatitis C)のリスクを抱えた血漿製品(blood plasma)の注入放置の事実が大きな政治・社会問題となっている。
わが国の厚生労働省サイトの“vCJD”の説明によると「プリオン病の中でも感染性プリオン病のひとつで、牛の海綿状脳症(BSE)との関係が指摘されているものです。1996年に英国において初めて“vCJD”の患者が報告されて以降、BSE感染牛が多く発生したヨーロッパ諸国を中心に169例(平成17年2月8日現在)が報告されています。その内イギリスが154例、フランスが9例となっており、ヨーロッパ以外のアメリカ、カナダで発生した症例については、英国の滞在歴があることがわかっています」とある。(筆者注2)
英国の各メディアが5月20日に報道した内容は、汚染された血液製剤を受けた血友病(Haemophilia) (筆者注3)患者に関する保健省政務次官(Lord Darzi) の議会での答弁が極めて消極的な内容であったり、犠牲者への不十分な対応を繰り返していたことを理由として国民健康保健サービス(NHS)委託専門家グループや血友病患者グループ等から強い反発を受けていたものである。
わが国の狂牛病問題(BSEは、TSE(伝達性海綿状脳症:Transmissible Spongiform Encephalopathy)という、未だ十分に解明されていない「異常プリオンタンパク」という伝達因子(病気を伝えるもの)と関係する病気のひとつで、牛の脳の組織にスポンジ状の変化を起こし、起立不能等の症状を示す遅発性かつ悪性の中枢神経系の疾病)については、厚生労働省や農林水産省の取組み(筆者注4)や関係国との協力に基づく努力が続けられているが、世界的に見れば狂牛病問題のリスクは依然十分に解決されていない重要な課題であることを忘れてはならない。
1.英国における最近のvCJDによる血友病患者の死者事例と凝固因子対策
(1)英国の国立クロイツフェルト・ヤコブ病監視機構(National CDJ Surveillance Unit)の調査結果では、英国のvCJD患者数は2009年6月1日現在で164人である。
(2)本年2月17日に英国保健省健康保護局(Health Protection Agency:HPA)が、“vCJD”に感染した供血者からの凝結剤で治療を受けた1人の血友病患者(英国内の血友病患者数は約4千人)が、BSEの人間版とされるこの病気に感染した証拠が発見されたと発表した。・・・70歳を超えたこの患者は、“vCJD”と無関係の病気で死亡、死に先立ち、“vCJD”またはその他の神経病のいかなる症候も示さなかった。脾臓(ひぞう)の死体解剖(post mortem)検査で、“vCJD”を引き起こした異常プリオンタンパク質(abnormal prion protein)が判明、“vCJD”感染の証拠が見つかった。・・・HPA感染センター長のマイク・キャッチポゥル教授(Professor Mike Catchpole)は、「この新たな発見は、今まで理論的リスクであったものが、リスクはなお非常に低いものの、血漿製品を受け取った一定の個人には現実的リスクになった可能性を示す。この発見が、調査とその解釈の完了を待っている血友病患者には重大問題だと認める。また、さらに優先すべきことは新たな調査結果と最新情報にアクセスできるようにし、可能な限り血友病センターの医師から専門的助言を得られるよう保証することである」と言っている。・・同じく2月17日、英国保健省(Department of Health:DH)はこれとは別に血液の安全性と供給のための供血者のスクリーニング検査と、それに続く“vCJD”のさらなる伝達の予防措置のあり得る結果(影響)の考察に関する新たな報告書を発表した。(筆者注5)
(3) BSE問題と輸血のリスクに関する英国の対応
英国ではBSEの恐怖とその輸血を介しての伝播のリスクを理由として、1999年に輸血の供給と試験に関する規則をより厳しいものとした。すなわち、血友病患者は1996年に輸血した6か月後“vCJD”の症候を見せたドナーの血漿を採取するときは第Ⅷ因子の1群(one batch)として治療されることとなった。また、2004年には血友病を含む出血疾患の全患者はすべて1980年から2001年の間に英国内で製造された血漿製品の取扱い上「リスクあり(at risk)」として分類されることになった(今回の死んだ患者もこの期間中に血漿治療を受けた1人である)。1999年以降、凝固因子(clotting factors)の製造に英国の血漿を使用せず、患者に合わせた合成凝固因子(synthetic clotting factors)を投与している。
2.血友病患者等への引き続く輸血感染死リスクと英国政府の支援対応の問題
5月20日英国インディペンデント紙が報じた保健省Darzi政務次官の英国議会(上院)での答弁内容が問題となっている。当該公式議事録(Hanzard)(筆者注6)に基づく正確な情報把握や、英国の国民健康保健サービスが委任している医療専門家グループの意見書等について正確に調べるのに時間がかかったことが、このブログの作成が遅れた最大の理由である。
(1) 国民健康保健サービス(National Health Service:NHS:英国全域の保健医療サービスを提供する政府組織)が2008年9月に公表した英国医療専門家グループの2008-2009年次報告の内容は現状把握には欠かせないが、今回はその要旨のみ紹介する。
「2008年1月10日にNHSの特殊医療問題の諮問機関である「全英特別委託専門家グループ(National Specialised Commissionig Group:NSCG)」(筆者注7)と「患者および大衆関与運営委員会(Patient and Public Involvement Steering Group:PPISG)は2007年12月10日に開催した会合においてHIVと血友病の優先的ケアについて政府の次の段階の誘致戦略政策について決定、申し入れたい。」
(2)議会Hanzardから見た政務次官の答弁の不十分さ
Darzi 政務次官の議会での答弁の内容を公的記録で再検証してみる。
①2008年11月11日(column WA120):
[質問者]O’Cathain 女性男爵(本名:Ms Detta O’Cathain(1938年生))(筆者注8):2008年10月9日のThornton女性男爵が質問した問題(Official Report,House of Loads,cols.331-32)に関し、さらに血友病患者団体の権利剥奪の範囲・その程度および英国血友病協会(Haemophilia Society)への主要助成金の7割削減について、この財政問題の解決のため政府はどのような行動をとるつもりか。
[Darzi 政務次官]:保健省の担当官は12月の早い時期に同協会との会合を開催し、そこではどのように効果的に第三セクターを利用できるか見出せることを希望している。保健省はこの問題に関し、全面的に支援や助言を行いたい。
②2009年5月14日(column WA230):
[質問者]Morris男爵(本名:Mr.Alfred Morris(1928年生))(筆者注9) :
保健省の医療局長(Chief Medical Officer:CMO)(筆者注10)は血友病患者の輸血リスクに関し、異種クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)のドナーから輸血を受けたことで死んだとするのは仮説(hypothtical)であり、最近の事例の検死結果では脾臓から“vCJD”が見つかったと書き換えている。何人の血友病患者がドナーからの輸血が原因で“vCJD”で死亡しているのか。
[Darzi 政務次官]:保健省および健康保護局(HPA)は2004年に1980年から2001年の間に英国で製造された血液製剤により出血性疾患の全患者について、vCJDのリスクに関し、潜在的にそれらの製剤の関与の可能性を認めている。HPAの「クロイフェルム・ヤコブ病事故調査委員会(CJD Incidents Panel)」は、最近時の無関係の原因で死亡した血友病患者における無症候性の死亡の研究結果を証拠および本年5月20日に会った他の血友病患者への適用につき検討している。HPAの助言はCMO、保健省および英国輸血サービス機関の提供されることになろう。
今日まで英国血友病センター医師データベースに登録されている、英国で後日vCJDを発病したドナーから英国製造の血漿から凝固因子を供給された血友病患者数は802人である。
加えていえば、後日vCJDを発病した血液ドナーから血液成分輸血(blood components transfusion)(赤血球、血小板、冷凍血漿を含む)を受けた22人の生存者がいる。
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(筆者注1)「変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)」とは、神経難病のひとつで、抑うつ、不安などの精神症状で始まり、進行性痴呆、運動失調等を呈し、発症から1年~2年で全身衰弱・呼吸不全・肺炎などで死亡する。 原因は、感染性を有する異常プリオンタンパクと考えられ、他の病型を含めて「プリオン病」と総称される。“CJD”の詳細については健康保護局サイトの解説参照。
(筆者注2)この説明はあまり正確でない。ちなみに国立医薬品食品衛生研究所安全情報部「食品安全情報((No.8/2009)」(2009.4.8)が引用している、英国政府の「海綿状脳症諮問委員会(Spongiform Encephalopathy Advisory Committee,UK:SEAC)の第102回議事要旨とかなり異なる。すなわち、同会合報告では「現在までに報告された英国のvCJD の確定または疑い患者数はのべ168 人で、うち165人が食品によりBSE に暴露し、3 人は後にvCJD を発症したドナーからの輸血によって感染した。食品からBSE に暴露した患者の死亡時の平均年齢は28 歳であった。1989 年以降生まれのvCJD 患者はいない。英国以外のvCJD 患者数はのべ44 人で、フランス23 人、スペイン5 人、アイルランド4 人、米国とオランダ各3 人、ポルトガル2 人、カナダ、サウジアラビア、イタリアおよび日本が各1 人である。アイルランドと米国の各2 人、フランス、日本1人(神奈川県相模原市保健予防課が平成17年2月4日に公式の認めている)、カナダの各1 人は英国滞在時に感染したと推定された。」とある。医療情報は最新かつ正確でなければならないと考えるが、いずれが医療情報として有用か。
(筆者注3)「 血友病」は先天性血液凝固障害の一部である。その他にも様々な先天性血液凝固障害がある。そのうち、先天性血液凝固第Ⅷ因子障害(血友病A)と先天性血液凝固第Ⅸ因子障害(血友病B)を総称して、「血友病」と呼ぶ。血友病は、血液を固める凝固因子の一部の因子活性が低いか無いため、止血するのに時間がかかる障害である。(立命館大学北村健太郎氏の説明より引用)
(筆者注4) 農林水産省は海外の発生状況や輸入牛肉の検査体制に関する報告は2004年10月までであり、BSE確認状況について」によると最も近時では平成21年1月30日の報告事例がある。
(筆者注5)農業情報研究所(WAPIC)2009年2月17号から一部引用、またHPAのリリースやインディペンデント紙記事から一部補筆した。なお、2月17日の英国タイムズ紙は輸血によるvCJD感染はこれまで3例(いずれもすでに死亡)報告されているが、凝血のため血漿を通じた感染例はないとしている。
(筆者注6)英国議会の本会議録(Hanzard)の調べ方について、わが国で参照できる説明は国立国会図書館の「リサーチ・ナビ」だけであろう。英国の議会の審議内容を知ろうとすると膨大な“Hanzard”を個々に調べなくてはならない。今回のDarzi政務次官の上院での答弁内容は以外と簡単に調べることが出来た。英国議会の審議記録データベースの効率化は思っていたより進んでいる。実際、審議した時刻から3時間後には“本日の上院(Today in the Loads)”クリックすることでその内容が調べられる。具体的な英国議会法案情報以外の情報の調べ方は、機会をあらためて説明する。
(筆者注7)特別医療サービスの定義は法律の授権の下、行政レベルで制定される規則(Statutory Instrument(SI)= secondary legislation:SIは日本でいえば政省令。議会において、審議の上可決されるのが「法律(Act of Parliament= primary legislation)」)の「No.2375」において定義され、さらに詳細な定義が「全英特別医療サービスサービス定義セット(Specialised Services national Definitions Set(SSNDS))」に定められている。2002年12月にSSNDSの35の定義を持つ第2版が発布され、見直し作業の上、現在第3版の準備が進められている。
例示すると、癌(cancer)、血液・骨髄移植(blood and marrow transplantation)、血友病および関連する出血異常(haemophilia and other related bleeding disorders)、脊髄(spinal)、脳障害および複合障害(brain injury and complex disability)に関するリハビリ、神経科学(neuroscience)、熱傷(burn care)、嚢胞性繊維症(cystic fibrosis)、腎臓障害(renal)、在宅非経口的栄養法(home parenteral nutrition)、胸部移植を含む心臓胸郭部手術(cardiology and cardiac surgery including cardiothoracic transplantation)、HIV/AIDS、口唇口蓋裂(cleft lip and palate)等である。
(筆者注8) 英国議会上院(貴族院)の議席数:定数なし(2009年1月12日現在732議席)、任期:終身である。上院は「一代貴族」、一部の「世襲貴族」、「司教」等から構成され、公選制は導入されていない。英国議会の“Hanzard”サイトを検索すると、各議員の本名、生年月日、就任時期、過去の議会での発言記録はすべて閲覧可能である(該当年月、テーマをクリックすると画面一番上に表示される)。
(筆者注9)モリス議員はマンチェスター選出で、“Hanzard”2005年会期で見ると、医療、年金、障害者問題等多くの関連法案に関与している。
(筆者注10)医療局長(現局長はSir Liam Donaldson)保健省の医療政策に関する幹部であることは間違いない。
〔参照URL〕
http://www.guardian.co.uk/society/2009/feb/17/cjd-bse-blood-donor-plasma/print
http://www.independent.co.uk/life-style/health-and-wellbeing/health-news/800-haemophiliacs-given-tainted-blood-at-risk-of-vcjd-1687768.html
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