2009年12月24日木曜日

米国連邦財務省がウェルズ・ファーゴとシティグループから総額450億ドルを返済受領

12月23日、米国連邦財務省は「不良資産救済プログラム(Troubled Asset Relief Program:TARP)」にもとづき資金投入していたウェルズ・ファーゴとシティグループから合計450億ドルを受け取り、現在、不良資産救済プログラムによる金融機関からの返済総額は1640億ドルに上る旨のリリースが同省広報局から筆者の手元に届いた。

このニュースはわが国のメディアも夕刊で取り上げるであろうが、その内容の正確性を期すため筆者なりに仮訳してみた。

なお、12月24日午後13時現在で財務省の最新プレスリリース・サイトを見たが23日のリリースはまだ掲載されていない。


(仮訳) 米国連邦財務省は、このほどウェルズ・ファーゴとシティグループから「不良資産救済プログラム(Troubled Asset Relief Program:TARP)」に基づく資金投入に関し、合計450億ドル(約4兆500億円)の返済金を受領した。これにより、TARP投入資金の総額(約7千億ドル)中、1640億ドル(約14兆7600億円)の返還を得たことになる。

 今回、ウェルズ・ファーゴは「公的 資本注入計画(Capital Purchase Program:CPP)」の下で250億ドル(約2兆2500億円)を返済、またシティグループは「不良債権損失補てん計画(Targeted investment Program:TIP)」(筆者注1)の下で200億ドルを返済し、これら銀行からの返済総額が2010年の終わりまでに1750億ドルを超えると見込んでいる(これは10年間かかると見込んでいた銀行への総納税負担リスク(総額約7千億ドル)を4分の3に削減することになる)。

 さらに12月23日付けで、財務省、連邦準備制度理事会、連邦預金保険公社(FDIC)およびシティグループは、米国政府が元々3000億ドル(約27兆円)のシティグループ資産の損失を分担する合意を「解除」した。この合意は、2009年1月に成立し、当時、財務省により「特定不良債権損失補てん制度(Asset Guarantee Program:AGP)」の下で締結され、その補償期間は10年間と予想されていた。(筆者注2)


 連邦政府は、同合意の下で何らの損失も負担せず、かつ米国政府はそのような保証のための考慮されていたシティグループにより発行される普通株のための証明書と同様に保証された「トラスト型優先証券(trust preferred securities)」により、70億ドル中52億ドルを維持できた。この合意解除により、AGPは納税者へ利益を確保した。


 現在、財務省は金融システムを安定させる目的をもつ“TARP”について、配当、利息、早期返済、および新株引受権販売により利益を上げられると見込んでいる。 当初2009年財政年度において760億ドル(約6兆8400億円)の負担により 総額2450億ドル(約22兆500億円)に上ると予測していた銀行への資金投入は、現在、利益をもたらすと予測される。

 米国の 納税者は、“TARP”から既に160億ドル(約1兆4400億円)の利益を得た。また、財務省が行う数週間先の追加的な新株引受権販売により、その利益はかなり高いものになるであろう。

(筆者注1)「 特定不良債権損失補てん制度(Targeted investment Program:TIP)」とは、 「2008年緊急経済安定化法(H.R.1424)第102条に定めるもので不良資産の損失補てんのため「保険プログラム」の創設が認められている。財務省はシティグループ向けの支援策として2008年12月の段階では同条の適用を検討していた。

(筆者注2)シティグループは2009年1月15日に米国連邦財務省、連邦預金保険公社およびニューヨーク連邦準備銀行との損失分担プログラムにつき最終合意している。

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2009年12月7日月曜日

Googleのストリートビュー・サービスをめぐる海外Watchdog の対応とわが国の法的検討課題

スイス連邦情報保護および情報自由化委員(以下「情報保護委員」という)(Der Eidgenössische Datenschutz- und Öffentlichkeitsbeauftragte:EDÖB/ PFPDT)(筆者注1)Hanspeter Thür氏は、Googleおよびスイス・グーグルに対し2009年9月11日に行った画像等の非特定性(ぼかし)を確認したうえでの中止勧告に同社が適切に応じなかったこと等を理由に、連邦情報保護法(DSG)等に基づき11月13日、連邦行政裁判所(Bundesverwaltungsgericht)(筆者注2)に提訴した。

実はこのような各国のプライバー監視・監督機関による監視強化やGoogleとの条件交渉は、Googleのサービス提供国数の増加(米国や欧州ほかアジア等100都市以上)とともに欧州やカナダの保護委員等で見られるように拡がっている。(筆者注3)

これらの監視・監督機関の要求内容を整理すると、①撮影に当り該当市町村への事前通知義務、②映像のぼかし技術の徹底、③ぼかし修正前の原画像データの一定期間内の完全廃棄、④情報主体者の公開拒否手続の簡素化等である。
なお、Googleは、本提訴に関し11月13日付けのブログ“European Public Policy”で反論を載せている。本ブログと併せ参照されたい。

また、スイス(UBS)と米国の間には金融取引における個人情報保護をめぐる秘密保持義務と課税回避措置をめぐる民事裁判(“John Doe” summons)の和解や政府間合意問題(筆者注4) (筆者注5)やセーフ・ハーバー協定問題があるが、今回のGoogleの告訴とは関係なさそうである。

今回のブログ作成にあたり筆者自身“Street View Service”( 「Google マップ」サービスの一環である)で具体的にどのような内容が町並みや家並みとして見ることができるのか、その精度、非特定性や最新性等について実際に検証してみた。その結果、その潜在的とはいえプライバシー面やデータの精度から見た重大なリスクに気がついた。(筆者注6) 特に、筆者が懸念するのはカナダやギリシャに見られるとおりストリート・ビュー類似サービスが広がっていることである。各国とも法解釈や立法措置の検討が遅れた結果、近い将来に悔いを残すことがないよう慎重かつより掘り下げた専門的検討の重要性を改めて感じた次第である。

一方、わが国の法的規制等の議論はどうであろうか。本文で述べるとおり、国のレベルでの実質的議論は皆無であり、東京都の「情報公開・個人情報保護審議会」や「町田市議会」等の意見書がせいぜいである。対応が遅れている最大の理由は言うまでもなく、わが国では「プライバシー権」という極めて法概念が曖昧で定義になじまないすなわち行政処分や裁判等になじみにくい問題について独立性をもった“Watchdog”が存在しないことが最大の理由といえよう。
さらに言えば中立的かつ国民の考え方等につきメディア等にも強い影響力を持つ“Watchdog”的人権擁護団体や行政感覚を持った研究者がいないということであろう。

今回のブログは、限られた時間でまとめたので補足すべき点が多いと思うが、特に憲法等人権法関係者だけでなく海外から「物言わぬ日本人」と指摘されない、すなわち「問題の本質をとらえ正確に問題指摘と行動が行える日本人」といわれるよう日頃からきちんと勉強しておきたい。


1.スイス連邦情報保護委員のGoogle等に対する勧告および連邦行政裁判所への提訴
 スイス連邦情報保護委員会委員Hanspeter Thür氏は、2009年9月11日に米国Googleおよびスイス・グーグル(以下“Google”)に対し、同社が提供する「ストリートビュー・サービス」について個人のプライバシー保護の観点から各種保護手段をとるよう求めたが、Googleは大部分の項目において応じなかったため、委員は11月13日に連邦行政裁判所に提訴した。
 以下、リリースの内容および訴状の概要を紹介する。(筆者注7)

(1)委員のリリースの内容
 11月17日付の同委員サイトで告訴に至る経緯や問題の本質がわかりやすくかつ正確に解説(英文)されているが、ここではリリースに基づき紹介する(両者を併せ読んで欲しい)。
「2009年8月中旬にオンラインサービスを開始した「ストリートビュー・サービス」は多くの関係する個人の顔や車のナンバープレートにつき個人情報保護の観点から十分な特定不能措置とりわけ病院、刑務所や学校といった機微性の高い場所での撮影において配慮すべきであった。これらの理由から、本委員は9月11日、Googleに対し情報保護やプライバシー保護に努めるよう求める勧告書を発した。10月14日にGoogleから書面による回答があったが、その内容は当方からの要求の大部分を拒否するものであった。

 Googleが、サービス開始にあたり本委員に予め提出した情報は不完全な内容であった。例えば、Googleは主として都市部中心街を撮影すると発表していたが、インターネット上で公開された写真は多くの町や都市部の包括的なイメージ写真を掲載していた。 辺ぴな地区の写真は、顔の簡単なぼかしのみであり個人の特定を回避するには不十分であった。そこでは、主としてウェブサイトのズーム機能により同サービスのユーザーは画面上で個人の写真イメージを取り出し、拡大することを可能にする。

また、勧告書で問題視したとおりGoogleの撮影車上のカメラが撮影する高さ(2.75M)も問題が多い。それはフェンス、生垣や壁の上からの視界を提供する結果、ユーザーは普通の通行人として見る以上のものを見ることが出来る。 これは、囲い込んだ土地(庭や中庭)でもプライバシーが保証されないことを意味する。

 これらの理由から、本委員は本問題をさらに重要視するとともに連邦行政裁判所に提訴することを決定した。(訴状(Klageschrift)の全文はドイツ語のみで利用可能である)」

(2)訴状の概要(筆者注8)
・訴状の標題:スイス連邦情報保護法(1993年7月1日施行)第29条第4項(Art. 29 Abs. 4 DSG)(筆者注9)および連邦行政裁判所法(2007年1月1日施行)第35条b号(Art.35 b VGG)(筆者注10)の委任に基づく公法上の訴(Klage in öffentlich-rechtlichen Angelegenheiten (Art. 29 Abs. 4 DSG, i.V.m. Art. 35 lit. b. VGG)

・被告:米国グーグル社およびスイス・グーグル社
・原告:スイス連邦情報保護委員会 (EDÖB) 住所地:ベルン
・事件名: 2009年9月11日付け連邦情報保護委員の個人を撮影した写真およびナンバープレートのインターネットでの適正な扱いとその公開に関する勧告について

I. 訴えの内容( Begehren)
(法律の規定上の措置形式)
1.米国グーグル社および現地子会社である有限会社スイス・グーグルは、スイス国内でスイス連邦情報保護法第33条第2項 (筆者注11)に定める連邦行政裁判所による緊急的救済措置に関する暫定決定の対象となる禁止される写真撮影を行った。

2.Googleは、今後正式通知があるまでスイス国内での撮影行為は禁止すべきである。

(起訴事由の枠組み)( Im Rahmen der Klage)
1.Googleは、「グーグル・ストリート・ビュー・サービス」において完全に特定不可とした場合のみ顔やナンバープレートの写真を公開すると偽った。

2.Googleは、「グーグル・ストリート・ビュー・サービス」において女性の保護家(夫の暴力から逃れてきた妻を保護する家:Frauenhäusern )、刑務所(Gefängnissen)、老人ホーム(Altersheimen)、学校(Schulen)、社会福祉事務所(Sozialbehörden)、後見人局(Vormundschaftsbehörden)、裁判所(Gerichten)、病院(Spitälern)など機微性の高い場所での匿名性を保証すると偽った。

3. Googleは、「グーグル・ストリート・ビュー・サービス」において個人の私的管理エリア(生垣で囲われた中庭や庭等(umfriedete Höfe, Gärten usw)の撮影は行わないとし、すでに撮影済データについては、同サービスから削除すると偽った。

4.Googleは、「グーグル・ストリート・ビュー・サービス」において私道からの撮影につき同意がない場合は行わないと偽った。

5.Googleは、少なくとも撮影の1週間前に当該市町村にその旨を通知すべきである。

6.Googleは、ネット上への写真の登載につき1週間前に該当市町村に通知すべきである。

II.情況証拠(Sachverhalt )
1.2009年3月19日、被告であるGoogleは共同してスイス国内の道路において特殊装置車(筆者注12)による撮影を開始した。

 これらの撮影の目的は、ユーザーがGoogle マップ((http://maps.google.ch/maps?hl=de&tab=wl))により道路位置の確認およびインターネット上で360度の視界をもってバーチャルな道路歩行を体験できるようにすることである。

2.Googleのストリートビュー・サービスは数州(Ländern)で導入または導入が予定されており、またEUの「EU保護指令第29条専門調査委員会(die Artikel 29 Datenschutzgruppe der Europäischen Union)」(筆者注13)は2009年6月、その調査の取組みを開始している。

 また、Googleは十分な情報に基づく公開の承認および特定される個人情報につき適当な期間は削除が求められるべきである。

 Googleは、スイス国内において写真掲載の承認前に十分な情報が提供されるべきとする保護委員会の意見に反対した。すでに新サービスに関し意見が分かれている時点で写真を公開しようとしたため、2009年9月14日本委員は第1回目の削除要求書面を用意した。

3.2009年8月17および18日の夜、Googleはスイスでのストリートビュー・サービスのウェブページを立ち上げた。Googleのデータによると公開した写真は2千万枚以上であった。保護委員に対し不特定性が不十分な写真や私道、私有財産の写真に関する多くの苦情が寄せられた。

4. これら問題の解決を目指した保護委員とGoogleの数回の議論の結果、2009年9月4日付けの手紙で2009年9月2日の交渉の場でGoogleはぼかしの次期使用ソフトにおいて非特定性を図るという提案を行った。しかしながら、この提案の実現には組織化と計画が必要であるというものであった。
 さらにGoogleは今後スイス国内では新たな写真は撮影しないとした。

5.2009年9月11日に保護委員はGoogleに対する勧告を発したが、Googleは10月14日付けで拒否する旨およびストリート・ビューについては2009年末までのみ新しい写真は撮影しないという旨の回答書を送ってきた。

IV. 争点の要旨(Formelles)
 訴状内容については長くなるので項目のみ以下紹介する。それぞれ重要な意味があるので研究者はさらに読み込んで欲しい。特にDSGの第4条の諸原則はわが国の個人情報保護法の第17条や第18条の規定をさらに保護面で明確化した内容であり、EU保護指令(95/46/EC)第6条等にも準拠した内容である。
 わが国が今後あらたに「プライバシー保護法」を策定する際のメルクマールといえる内容と考える。

・個人情報の処理内容(Bearbeitung von Personendaten)

・連邦情報保護法の適用可能性(Anwendbarkeit des DSG)

・米国とスイス間の個人情報保護に関するセーフ・ハーバー協定の適用問題
(Anwendbarkeit des U.S. – Swiss Safe Harbor Framework und DSG)

・Zuständigkeit des EDÖB 連邦情報保護委員の裁判管轄権(Zuständigkeit des EDÖB)

V.法的考察(Erwägungen)
・DSG第4条第1項に基づく取扱いの合法的手段原則(その1)(Zum Rechtmässigkeitsprinzip gemäss Art. 4 Abs. 1 DSG (1))

・優先的課題:DSGの視点からみた米国Googleの個人情報の取扱いについての分析(Vorfrage: Untersuchung der Datenbearbeitung durch Google, Inc. in den USA im Lichte des DSG)

・DSG第13条第2項e号に基づく法律に定める非特定性の配慮(Rechtfertigungsgrund gemäss Art. 13 Abs. 2 lit. e DSG)

・個人の識別・特定不可性のレベル問題(Grad der Unkenntlichmachung)

・潜在的な個人プライバシーの侵害についての考察(Erwägungen zu einer möglichen Persönlichkeitsverletzung)

・連邦情報保護委員による事前の検査結果の要旨(Zusammenfassung der Vorprüfung)

・DSG第4条第1項に基づく取扱いの法的節度(合法的手段)原則(その2)( Verhältnismässigkeitsprinzip Art. 4 Abs. 2 DSG)

・DSG第4条第2項の個人情報処理にあたっての節度性原則(信義誠実や行き過ぎた行為の禁止原則)(Ihre Bearbeitung hat nach Treu und Glauben zu erfolgen und muss verhältnismässig sein.)

・DSG第4条第3項に基づく取扱目的の節度性(収集目的、状況から明確または法の規定内)原則(Personendaten dürfen nur zu dem Zweck bearbeitet werden, der bei der Beschaffung angegeben wurde, aus den Umständen ersichtlich oder gesetzlich vorgesehen ist.)

・DSG第4条第4項に基づく本人の要認識性原則(Erkennbarkeitsprinzip gemäss Art. 4 Abs. 4 DSG)

VI. Googleの見解(Zu den Anmerkungen von Google, Inc.)

VII. 結論(Fazit)

2.スイス以外の国々における“watchdog”によるGoogleの規制強化や住民等による撮影等の直接的反対運動

(1)カナダのプライバシー委員のGoogleのデータ保存期間に関する説明内容に対する意見書や連邦議会関係常任委員会での審議

A.カナダのプライバシー委員
 カナダの連邦個人情報保護法は、 「1985年プライバシー法(Privacy Act :Act(R.S., 1985, c. P-21)」、「2000年個人情報保護および電子文書法(Personal Information Protection and Electronic Documents Act:PIPEDA) (2000, c. 5) )」 の2法からなる。州の保護法との関係でやや複雑である。(筆者注14)
 2009年8月21日、カナダのプライバシー保護監視機関である「カナダ・プライバシー委員事務局(the Office of the Privacy Commissioner)」は、Googleのカナダ政策担当弁護士(policy counsel)(筆者注15)に対し次のような内容の意見書を再度送っている。
 「我々は8月5日にGoogleが提示した原画像の保存期間および原画像の破棄に関する提案内容につき、1年間の保管経過後に完全にぼかしを行い、その結果、再度原画像を見るという逆作業はありえないと理解した。
 全体として我々はGoogleがカナダの民間部門の保護法の責務を果たしている限りにおいて業務目的から見て一定期間の原画像データの保存は合理的であると考える。
 また、我々は原画像が適切かつ安全な手段により保護されるべきと述べてきた。連邦議会下院の「情報公開法改正、プライバシーおよび内閣等の政治倫理に関する常任委員会」(The House of Commons Standing Committee on Access to Information, Privacy and Ethics)」におけるGoogleの証言時の説明にあるとおり確実に保護するという発言を信頼する。
 さらに我々は、再度データ主体の撮影や公開に関する情報提供や同意が必要な点を強調する。すなわち、Googleはデータ主体に対し、「いつ」、「なぜ」写真が撮影され、また当該写真の削除方法に関する情報の提供義務があると考える。また、我々はGoogleが撮影対象とする地域に関して住民が敏感になるよう働きかけることになろう。
 最近の本委員への説明において、Googleはいくつかの点で原画像の保存期間の短縮について言及しているが、その点は歓迎するとともにその完全破棄を含め更なる改善を求めたい。」

B.連邦議会下院「情報公開法改正、プライバシーおよび内閣等の政治倫理に関する常任委員会」(筆者注16)の研究報告に見るGoogle問題
”Study: Privacy Implications of Camera Surveillance (Google, Canpages(筆者注17), etc.)” と報告されている。問題の政治的な機微性かどうかは不明であるが、Googleの証言内容も含めその内容は非公開である。今後の議論の展開によっては公開されるであろうし、筆者自身同委員会サイトの情報を直接入手する手段はあるので機会を見て分析したい。

 なお、同常任委員会の重要な研究テーマである「情報公開法(1980 Access to Information Act)」の改正問題やカナダの情報公開Watchdogである「情報公開委員事務局(the Office of the Information Commissioner of Canada)」(臨時委員Suzanne Legault氏)、さらには「利益衝突倫理委員(the Conflict of Interest and Ethics Commissioner)」(筆者注18)の取組みはわが国としても重要な研究テーマであるが今回は省略する。

C.「行政オンブズマン」事務局
 カナダでは連邦法に基づく単一機関ではなく、7つの地方州単位で州政府や公的機関の監視や地域住民からの苦情を受付け、調査や和解交渉を行う議会を支援する独立「行政オンブズマン」事務局が州など地区ごとの法律に基づき設置されている。例えば、ブリティッシュコロンビア州オンブズマン(Ombudsperson)では“Ombudsperson Act[RSBC 1996]”がその権限や活動の根拠法である。プライバシー委員はこれらの「行政オンブズマン」事務局との共同的調査活動も行う。

(2)ギリシャの例:
 2009年5月11日、ギリシャ個人情報保護委員会(Hellenic Data Protection Authority:HDPA) はGoogleおよびギリシャでの同サービスの関連会社である“kaupou.gr”に関し、許可条件文書を発した。
 同委員会はギリシャ憲法上独立性が保証された機関(筆者注19)で、 「1997年個人情報の取扱いに係る個人の保護に関する法律(Law 2472/1997)」および2002年のEU指令(個人情報の処理と電子通信部門におけるプライバシーの保護に関する欧州議会及び理事会(2002年7月12日)の指令(2002/58/EC)」に基づき2006年に改正された「1997年法律2472の改正および電気通信分野における個人情報保護とプライバシーに関する法律(3471/2006)」に基づく保護機関である。
 許可文書の内容について概要を記すが、EUの大国以上に具体的でかつ厳しい内容を含むものである。
「HDPAは、通知内容を検討し、「保護指令第29条専門調査委員会」の見方を考慮に入れた後に、特定のサービスが個人的なデータを保有や収集がギリシアの領土に合致した手段によって行われるように、処理の合法的を判断することが有効であると判断した。
 その結果、HDPAはGoogle等による追加的明確化要件の承認後まで合法性の決定権を留保し、それまでは写真の収集の開始は許可しないこととした。 特に追加的に要求する事項の内容は次のとおりである。:
①ギリシャ国内でのGoogleの代理権者の指名通知およびサービス提供エリアの明確化に関し、ギリシャ国内に設立した関連会社の役割の明確化を実行すること。
②サービスの特性および情報主体の権利に関する適切かつ十分な情報を提供すること。専用撮影車であることの表示のみでは情報主体に知らせる適切かつ十分な手段とはいえない。
③機微個人情報が漏洩されるかもしれない地域の写真を撮ることを避けるために、実施する具体的対策に関して報告すること。
④ぼかし処理前の原画像の保有期間の十分な正当性および保有目的や保管の必要性について、これらのデータの可能な受取人のカテゴリーを決定すること。
⑤定期的なセキュリティや情報保護監査を専門的監査会社により行うこと。

 Googleのギリシア内の関連会社であるKapou.Ltd.によって提供される同等のサービスに関して、当分の間、HDPAはテッサロニキ(Thessalonica)(世界遺産) 、アテネとトリカラ(Trikala)において、法律に従った義務的な通知を提出するとともに有効に個人情報を保護する対策を実施するため、通過する人々の確認できる顔、車のナンバー・プレートのぼかし処理など適切な処理を行い、同処理が完了するまではGoogleに要請したのと同様、一般公開は禁止する。」

(3)英国の例:
 2009年4月3日付けの英国のメディア(TimesOnline)は、バッキンガムシャー州の村でGoogleの撮影専用車が村人の人の鎖により撮影阻止が始まり、警察がその間に入ったため撮影車は村人に屈したと報道している。
 英国の例では撮影車が 警官に不審車扱いにされている写真が公開されている。
 ところで、英国のWatchdogである英国情報保護委員事務局(Information Commissioner’s Office:ICO)はどのような意見・対応を行っているのか。

 2009年3月30日および4月23日にICOが後述する英国の人権保護団体“Privacy International”の意見書に対する回答を行っている。
 4月23日の要旨は次のとおりであるが一般常識論に終始しており、後記ローファームの見解と同様、リスク・アセスメントの重要性やプライバシー権の基本が理解できていないように感じたのは筆者だけではなかろう。
「ICOは、人々のプライバシーを保護するためにこれらのイメージをぼかす重要性を強調した。 Googleは、現在行っているように、すばやく削除要求と苦情に応じなければならない。 ICOは、このことが実際に実践され続けているのを確実にするために緊密に監視する。しかしながら、Googleのストリートビューが画面に掲載されることが即保護法には違反しないと考える。テレビのニュースを見て欲しい。そうすれば、人々が通りでレポーターの前を通り過ぎているのを見るであろう。これらについて本人は同意していない。
 2008年7月に、ICOはストリートビューがどのように実行されるだろうかについて議論するためにGoogleに説明を求めた。 ICOは、主体者個人が不満に思う写真を報告するよう手続の重要性を強調して、Googleが人々のプライバシーへの不当な侵入を避けるために適切な安全装置を適所に置いていたことに満足した。

 ICOはGoogleのストリートビューに関して多くの苦情と調査を受けた。 これらは彼らの写真がストリートビューにあることが不幸と思う人々を含んでいる。 要するにICOとしては一般論ではなく、Googleが問題の多い写真の除去を適格に行っていない感じる個人によって提起された具体的問題には手を打つつもりである。」
 なお、英国の大手法律事務所のサイト“OUT-LAW news”で各国の監視機関の対応記事を読んだ。感情論はいけないという指摘については、果たして法的な意味で曖昧のままでよいのか、そこでの指摘には筆者自身大いに疑問が残る。

(4)ドイツの例
 “Spiegel Online”の記事やドイツ連邦情報保護・情報自由化委員(Bfdi) (ペーター・シャール:Peter Schaar )氏や州(land) 情報保護・情報自由化委員 (筆者注20)のサイトでドイツのWatchdogの取組み状況を確認したが、スイスの連邦情報保護委員のような裁判所への提訴といった明確な法的規制活動は行っていないようである(連邦情報保護法(BDSG)により連邦保護委員の権限自体が連邦機関の監督であることが最大の理由であろう。後述するハンブルグ州の保護委員のコメントでも同様である)。

 一方、ハンブルグ州の情報保護委員ヨハネス・カスパー氏(Johannes Caspar)(筆者注21)は、Googleとの交渉によりおそらく世界で初めてのケースとなるであろう、顔、財産や車のナンバーの削除要求に応じる際、ぼかし修正前の「原画像データ(Rohdaten)」を削除することなどにつき合意した。(筆者注22)
この合意について、ハンブルグ州の保護委員サイトでは次のとおり解説するとともに、同委員はデータ主体の自己決定権や情報開示請求権等につきドイツにおける新たな立法措置等に言及する発言も行っており、併せて紹介する。

「2009年6月17日、Googleはストリートビュー・サービスに係るハンブルグ保護委員の要求を受け入れることに合意した。本日、同社がすでに保有する個人、財産および乗物に関する写真の「原画像データ」は永久に削除される。さらに、Googleは委員が指摘したデータ主体の削除権および市町村への書面による事前通知につき迅速に対応することとなった。

ヨハネス・カスパー保護委員は、今回の合意を歓迎して次のとおり語っている。
「Googleがタイミングよく以前からの論争問題に関し、原画像データの削除等我々が要求したすべての妥協案につき明確な発言を行ったことを歓迎する。我々は現時点で限定的効果しか期待できない法的手段は無視する。しかし、緊密なモニタリングを行い、時期を見て我々は適切かつタイミングを見て具体的取組み方につき検討することとなろう。Google本社のある米国の保護監督機関の反対の見解にもかかわらず、我々は適切にデータ処理が行われていないと強く信ずる。今後、Googleはサービスの中止や原画像データに関するぼかしの技術面や組織面の安全対策の記述に関する訴訟による反対手続等についての包括的文書を作成する旨保証している。

 ドイツ連邦保護委員は、Googleに対しどのような法的手段が可能かとりわけ法執行力のある手段が可能かと言うぎりぎりの要求は避けた。ストリートビュー・サービスは世界的なデジタル・ネットワーク社会にとって優れた方法であるとする議論は、ドイツ連邦情報保護法(BDSG)に基づく1世紀前のホコリをかぶった道具立てであり有効性に欠ける。

 将来的には自分の情報について自己決定権を保護するための効果的かつ法執行力をもつ立法措置が必要であり、そのような問題は情報保護機関が不適切な情報収集や手続について禁止命令が出せない全体として不十分な現在の法的状況に適用されるべきであり、本委員はこの立法議論にすすんで参加するつもりである。」

(5)フランスの例
 フランスの公的個人情報監視Watchdogである“CNIL(La Commission nationale de l’informatique et des libertés)” (略すときの呼び方は「クニル」である)はストリートビュー・サービス開始に対し、どのように対応しているか。
 2008年7月3日、CNILはフランスのストリートビュー・サービス開始の情報とその開始に当り顔やナンバープレートのぼかし措置や利用方法を特集したサイトを立上げ、プライバシーや個人情報保護法等から見た基本的問題点やぼかし処理に関し100%はないとの技術的課題を簡単に解説している。

 そこではフランスでのサービス開始のきっかけは「ツール・ド・フランス」参加者にコース上の「大きな曲がり角(grande boucle)」の効率的な確認情報を提供することであると説明している。
また、2009年8月3日には引続き個人からの苦情が届いていることや、最近パリ、リールやオンフルール(Honfleur)において三輪自転車による撮影が始められており、これらは車が入れない場所での撮影用に使用されているとの情報を提供している。その他、Google画面上での公開拒否手続等について説明している。
 なお、スイスのような法的保護措置の可能性についてCNILサイトでの情報はなかった。

(6)国際的な人権保護団体の意見書等
 英国“Privacy International”やオーストラリア“Australian Privacy Foundation(AFP)”といった保護団体における独自の取組み内容について簡単に説明しておく。なお、米国の代表的人権擁護団体である“EPIC”や“CDT”のサイトではストリートビュー・サービスの問題を正面からとりあげていない。いつもこのような問題にはまずとびつくのにどうしたのか。

A.Privacy International
 2009年3月23日付けで英国情報保護委員事務局(Information Commissioner’s Office:ICO)宛ストリートビュー・システムのぼかし技術の確実性に関する「苦情申立書」を提出している。Privacy InternationalとGoogleは2008年5月に顔やナンバープレートのぼかし技術に関する確認書簡の交換を行っており、その不実行についての説明が主たる内容である。特に英国の「2008年改訂CCTV Code of Practice(監視カメラ実施規範)」違反問題や身体的な不具合をもつ人々の人権保護等についても言及しており、わが国の検討において参考となろう。

B.Australian Privacy Foundation(AFP)
 2008年8月に“APF Policy Statement re Google StreetView”を再度公表している。 ストリートビュー・サービスは同月オーストラリアで開始されたが、撮影や公開されることによる各種リスクを踏まえ、通常行われるべき「リスク・アセスメント」をGoogleは的確に行っていないとする内容で、2008年5月に行った予備政策綱領(preliminary policy statement)を正式にまとめあげている。項目のみあげておく。
「サービス開始直後であり、Googleオーストラリアの努力にもかかわらず、いくつかの具体的重要な懸念が明らかとなった。
①The Difficulty of Finding Where to Report a Problem:特定性で問題のある箇所の指摘にかかるヘルプ画面の内容や手続きがわかりにくい。
②The Lack of a Complaints Channel:適切な苦情窓口の欠如
③The Lack of a Privacy Policy Statement(Googleのプライバシー・ステイトメントはあるがGoogle Mapについては存在しない)
④The Lack of Formal Undertakings by the Company:大企業としてのオーストラリア「競争取引および消費者保護法(TRADE PRACTICES ACT 1974)」第52条第59条)等的確な法運用と遵守姿勢に欠ける)」(筆者注23)

 なお、オーストラリアの「連邦競争・消費者保護委員会(Australian Competition & Consumer Commission:ACCC)」は同法に基づく公的Watchdogである。(筆者注24)

3.わが国でGoogleのストリート・ビューに適用できるプライバシー保護等に関する規制法問題
 
 筆者自身、実際“Google マップ”の「ストリート・ビュー」で自宅の写真を調べてみた。わが家は一応一戸建てであるが、自分で歩いて町並み散歩している感覚で写真が見れる。問題となっている特定情報のぼかしの程度を見てみた。カースペースにある車(当然、中古のおんぼろ車)のナンバー・プレートや表札の文字は判読不可である。しかし、車の専門家であれば車種や年型を判断することは容易であろうし、自治会の案内図(筆者注25)や市役所の公的地図と合わせて確認すれば個人の家の特定は可能である。
 いずれにしても、Googleが地図情報とりわけ市街地ではない住宅地を対象とした概観写真サービスの意図する本当の目的は何か。単なるのぞき行為とどこが異なるのか(単なるのぞきなら映像は犯人の脳やカメラのメモリーにしか残らないが、Googleは世界中の人が見ることができるし、特に悪意をもった人間が見た時の反応は誰でも予想できよう)。
 また、Googleは特に公道からの撮影で私有地に無断で入っての撮影ではない点を主張している。しかし、写真を見ると単に車内からの撮影だけでなく2.75メートルの位置から撮影している。実際はGoogle専用車の表示をつけた車で撮影を行っている。 
 これらの問題について、わが国ではいわゆるプライバシー法の専門家による分析を読んだ記憶がない。以下、筆者なりに問題点を整理する意味で具体的な疑問点をあげておく。なお“atwiki”でGoogleの行為の違法性を問うために法的観点から問題を整理しており読んだが、明らかに説明や分析が不足している。(筆者注26)

(1)軽犯罪法23条1条23号
 「正当な理由がなくて人の住居、浴場、更衣場、便所その他人が通常衣服をつけないでいるような場所をひそかにのぞき見る行為」があたる。Googleの写真で見ると昼間に撮影しているせいか、さすがに風呂場内が写っているものはなかろう。しかし、後述する牧野二郎弁護士は「同法にいうのぞき見については、単純に1回ののぞき行為を問題としており、機械を設置して記憶装置に記録するという行為形態を予定していないことは明らかであり、こうした営業的なあるいは反復して閲覧可能という光学的記録が違法性において格段の違いがあることはあきらかである。」と指摘する。(筆者注27)

(2) 刑法130条前段(住居不法侵入罪)
 無断で私有地に入れば住居不法侵入罪(正当な理由がないのに、人の住居もしくは人の看守する邸宅、建造物もしくは艦船に侵入し、または要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しないこと)に該当する。しかし、公道やそれに準ずる道路から撮影しているGoogleには適用できないであろう。
 住居不法侵入について、Googleは撮影上注意を払っているようである。例えば、筆者の自宅の北側道路は公道とつながった敷地延長地であり、奥の家の写真を正確に撮るためには車を乗り入れるべきであったと思うが、実際は乗り入れていない。全体的に見て住宅地のメイン通りからの撮影で、私道や敷地延長地などには乗り入れていないようである。この結果、データの精度や対象の建物に偏りがある。
 さらに、Googleへの申入れに基づき削除は可能(筆者注28)であり、筆者の近隣でも4~5軒分が完全に抜けているエリアが複数ある(推測であるが、その理由の1つとして考えられるのは「政党ポスター」であり、後日削除したのか初めから撮影しなかったのかは不明である。いずれにしても、Googleはトラブルを回避したものと思う)。

(3)憲法上のプライバシー権侵害
 わが国では最高裁判決はあるものの「プライバシー権」の定義そのものが明確に確立されておらず、いまだに多くの解釈論が存在する。
この点について、弁護士の牧野二郎氏がまとまった形で整理しており、筆者も賛同する点が多いので一部引用・加筆する。
 同氏は多くの法律専門家も明確に説明していない「プライバシー権」と「個人情報保護権」とを峻別し、別々の法律により保護すべきであると主張している(わが国の個人情報保護法は後者の保護法であり、前者を包含するものでない点を明確化している)。
「すなわち「プライバシー」とは「内心の自由を含む場所的・空間的私的領域概念」であり、茫漠たる多数の権利を包摂する最も価値の高い部分である。プライバシー権とは、こうした空間に無断で介入することを拒否し、みずからの情報を提供することの可否を決定する権利(自己決定権)を包摂するものである。(その意味で、筆者は公道からの撮影は私的領域を侵していないとするブログ(atwiki)の分析例を批判する。)
 一方、「個人情報保護とは、管理されている情報の管理、利用、処分に関する基本的ルール(ガイドライン)であり、個人情報保護法とは、情報管理者規制・規律法である。」

(4)個人情報保護法の「取扱事業者」の該当問題
 実際にGoogleマップでストリート・ビューを見ればすぐに気がつくと思われるが、検索したい家や建物の住所さえ分かり入力するだけで、写真は正確にリンクでき、当該家の写真(家の全体像や特に玄関周り)が瞬時に閲覧可となる(まさに、そこがGoogleの同サービスの「売り」である)。
 すなわち、同法2条(個人情報の定義)1項「この法律において「個人情報」とは、生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)をいう。」および同条2項「この法律において「個人情報データベース等」とは、個人情報を含む情報の集合物であって、次に掲げるものをいう。
一 特定の個人情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したもの」
の適用問題は後述(4.(2))する東京都情報公開・個人情報保護審議会でも指摘されているとおり、Googleが取扱事業者に該当することは間違いなかろう。

(5)都道府県迷惑条例
 東京都の「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」(平成16年条例第179号・平成17年4月1日施行)5条1項において、「何人も、人に対し、公共の場所又は公共の乗物において、人を著しくしゆう恥させ、又は人に不安を覚えさせるような卑わいな言動をしてはならない。」と定め、卑わい行為の一形態として規制されている盗撮行為について違法性の高い「言動」にあたるとして罰則を強化(1年以下の懲役又は100万円以下の罰金)している。
 筆者がGoogleの撮影で見た限りベランダや庭に干してある下着の撮影例はないようであるが、仮にあればあきらかに同条例違反に該当することとなろう。

(6)肖像権
 「肖像権」とは、一般的に自己の肖像(写真、絵画、彫刻)をみだりに撮影されたり、使用公表されたりしないプライバシーを守る人格的権利である。
 筆者も実際にストリート・ビューを見て気がついた点の1つであるが、家並みの写真のなかに歩いている個人が結構写っている点である。個人を特定できる程度の鮮明度があるいか否かは別として肖像権に違反する危険性はあろう。

4.わが国の国や地方自治体の取組み事例
(1)国の対応
 経済産業省がGoogleに対し数回にわたる改善要求を行っている旨のメデ居ア報道(産経新聞)もあるが、筆者自身その根拠が確認できないため無視する。
 次に首相官邸サイト「犯罪対策閣僚会議」が2008年12月22日にまとめた「犯罪に強い社会の実現のための行動計画2008 ―『世界一安全な国、日本」の復活を目指して』―」8頁以下を見ておく。

第1 身近な犯罪に強い社会の構築
2 犯罪に強いまちづくりの推進
「③ 道路周辺の映像を表示するサービスに係る防犯対策等の検討
実在する道路周辺の映像をインターネット上で立体的に表示するサービスについて、防犯上の問題点等を検討し、問題点がある場合は、対策について検討する。」
 これだけである。なんともコメントのしようがない。

(2)東京都「情報公開・個人情報保護審議会」の「ストリート・ビュー問題」の審議内容
 委員の顔ぶれを見れば中央官庁の審議会とあまり変わらなく、そこでの議論内容はわが国のプライバシー問題や人権問題および消費者保護等に関する専門的議論と解しえよう。(ただし、筆者もそうであるが、一部委員はこの問題が議題となって初めて同サービスについて改めて勉強したことや、わが国の関係する法律から見た違法性については具体的な議論はまったく行われていない点は問題である。法律専門家が中心の会議の割には常識論に終始しており、スイスやカナダの保護委員会による企業告訴など司法活動等に比べインパクトが極めて弱い(欧米の大企業は完全に無視するであろう)。わが国の審議会方式の限界が見える。)
 2008年11月と2009年2月の2回にわたり審議している。また、第39回会合ではグーグル株式会社執行役員広報部長の舟橋義人氏とポリシーカウンセルの藤田一夫氏を招いての審議が行われている。
[第38回会合]:平成2008年11月25日(火)開催。第39回会合での第38回審議に関する事務局報告等に基づき、筆者の責任で審議内容を要約する。

①基本的な問題
・サービス提供の目的として、利便性や娯楽性が挙げられているが、日本のような住宅事情や生活環境では公道から撮影されたものであったとしても、プライバシー侵害を引き起こしやすい。
・本人が知らないうちに、そのような映像がインターネットに公開されることの必要性が、サービス提供の目的と比較衡量した場合に、不十分である。(公開の社会的な公益性が明確ではない。)
・個人情報保護法との関係が整理されても、肖像権の侵害などプライバシー侵害については、民事の損害賠償の問題として個々に判断されることになる。
・グーグル社は、「私道からの撮影は行わない」「削除の申し出があれば画像削除する」などの対応は行っている。
・「規制か企業の自由か」と対立的に捉えるのではなく、社会的な合意形成が望まれる。そのためには、利便性とプライバシー保護との比較衡量に立った、企業の自主的なプライバシーヘの配慮が求められる。

②プライバシー配慮の具体策
 「撮影の事前通知・公表を行ってはどうか」「インターネット公開の時点での事前通知・公表を行ってはどうか」「撮影カメラ位置の高さ(2.5メートル)を再検討してはどうか」「商業地、観光地と住居専用地域の線引きはできないか」などの意見が出された。

③海外の動向
「諸外国の状況」については、「諸外国でも活発に議論されているが、フランスやカナダだけでなく、ドイツのある州は違法宣言をした結果Googleが撤退した例やオプトインを条件に認めるべきとする意見等各国とも意見が二分している。(筆者注29)

④「個人情報保護法の問題」
「個人情報保護法についても結論は出ておらず、直ちに保護法違反といえる状況にはない」との意見や「個人の顔や表札等が明瞭に判別できる画像については、意図的に取得され、かつ恒常的にインターネットで公開されており、本人や知人には識別できるので、個人情報保護法(第2条第1項)で定義する個人情報に該当するとみてよいのではないかという意見が出された。
 「自宅や生活状況の画像について」は、公道からストリートの映像を撮影しているだけで、個々の家の名称を示しているわけではないので個人情報に該当するかどうかの判断は非常に難しいが、その映像のなかに個々の家が含まれており、それがデータベース化されて、住所録や苗字の入った地図と照合すると容易に特定の個人の自宅や生活状況が検索できるので、個人情報保護法で定義する個人情報に該当するとみてよいのではないかという意見が出された。

⑤「地域安全の問題」
 後述する町田市議会の意見書にもあるとおり「犯罪等に悪用されるのではないかという懸念がある」との意見が出された。

(3)2008年8月の地方自治法99条に基づく町田市議会決議「地域安全に関する意見書」
 意見書の一部を抜粋する。市民の問題意識が反映されていると感じた。
「画像撮影に際し、被写体となる地域や個人への事前告知も撮影告知も公開許可願いもなくインターネット上に公開された。画像には、民家やその家庭の私物、車、敷地内の様子、通行人や自宅内にいる人の姿等が写し込み、自動でぼかすとされた人の顔が判別出来るものや、車のナンバー、表札の文字が読み取れるものが少なくない。空き巣や振り込め詐欺等の犯罪に悪用される危険性、児童生徒の通学路や教育施設等に防犯上の不安を生むとする声もある。
問題のある画像については利用者から申し出れば削除に応じているが、そもそもインターネットを利用しない人に対し、自宅等が世界に公開されている現状が十分に行き渡っていないという現状もある。」

5.筆者の総括(conclusion)
 これからはGoogleの撮影活動そのものが市民のビューの被写体になる?。
 筆者自身改めてGoogleの行動に関する情報を集めてみた。その1例を紹介する。英国でストリート・ビューの特殊撮影車が警察官から不審車として尋問されている写真である。
 欧米では市民や人権擁護団体であるウォッチャーの目は厳しいし社会的影響力も大きい。従来から身についた人権意識や正義感かも知れないが、要注意である。独立的権限を持つ公的機関や行政監督機関である“Watchdog”だけでなく、英国のように組織化されていない市民の監視や実力行使により、Googleの撮影活動自体がつぶされる日が日本でも来るかも知れない。
 また、わが国ではあまり論じられていないが、スイス保護委員の訴状が指摘しているとおり、「他人にそこにいること自体を知られたくない」もしくは「他人が知ることで更なる危険が起こりうる」場所(sensibler Umgebung)があるはずである。例えば女性の保護家、刑務所、老人ホーム(ケアサービス機関を含む)、学校、社会福祉事務所(ハローワーク等)、裁判所、病院、弁護士事務所など機微性の高い場所での匿名性を保証していかなければならないものである。
 このように限定される範囲は数え上げればかなり多いはずであり、Googleが解決すべき課題は多い。


(筆者注1)スイス連邦情報保護および情報自由化委員を根拠法(連邦情報保護法)に則して訳すと「情報保護および情報自由化に関する連邦議会公選委員」である。サイトでその任務が説明されており、任務の柱は(1)情報・プライバシー保護、(2)連邦行政の透明性に対する国民の情報公開支援である。その意味では、ドイツで同様の公選委員会形式の機関である“Der Bundesbeauftragte für den Datenschutz und die Informationsfreiheit”(直訳すると「情報保護および情報の自由化に関する連邦議会公選委員」と共通するし、(2)の任務は海外の先進国の趨勢である。しかし、スイスの保護委員の情報保護の対象は官民の活動を問わないのに反し、(筆者注20)で説明するとおり、ドイツ連邦保護委員はあくまで連邦行政機関・準機関の行為に対する保護(州の委員は民間企業の直接監視機能もある)機関である点を理解しておく必要がある。

(筆者注2)スイスの連邦や州(canton)の裁判制度を理解していないと、連邦保護委員がなぜ行政裁判所に裁判を提起したか、その手続上の意味が分からないと考え、筆者なりに調べてみた。
連邦最高裁判所(Bundesgericht )のサイトが唯一簡単に解説している。しかし、海外の法律専門家向け説明としては内容的に不満であるが、内外を含め他に使えるものがない(おそらく先進国の司法サイトの中で最も説明が不足している(その最大の理由は、後述するとおり裁判官に法律家以外もなるという古典的司法制度である)。EU加盟国であれば他国との整合性をもった比較が出来ようが、このような点は金融・ビジネスでは一流国でも政治面ではスイスの大きな課題であろう)。従って、ここで「連邦」レベルの司法制度に関する部分のみ一部仮訳し簡単に整理しておく。

B Auf Bundesebene(連邦レベル)の裁判所の役割・機能

1.Das Bundesgericht (連邦最高裁判所):
連邦最高裁判所の主導的役割は、最終審として州および連邦で提起された法的問題を決定、判断することにある。取扱う事件は民法、刑法、行政法および憲法に関するものである。最高裁判所は判決を通じ最終的な連邦としての決定を下すことで、連邦最高裁判所としての連邦法の統一的適用を保証し、その強化を図る。

2.Das Bundesverwaltungsgericht(連邦行政裁判所)
以前はスイス連邦控訴委員会および連邦省庁に対する告訴サービス部門であったが、新たに再度「連邦行政裁判所」として統合された。
連邦行政裁判所の判決は、連邦最高判所判決の一部として引用される。

3.Das Bundesstrafgericht(連邦刑事裁判所)
ベリンツォーナ(スイス南部)にある連邦刑事裁判所は、刑事事件の第一審として連邦裁判所の管轄事件(テロ、爆弾犯罪、禁止された諜報犯罪、反逆反罪、マネーローンダリング、組織犯罪、ホワイトカラー犯罪)の裁判管轄権を持つ。その判決は連邦最高裁判所判決として引用される。連邦刑事裁判所の第一公訴部はさらに連邦検事の職務遂行や不作為、強制措置および裁判管轄に関する争いについての起訴責任を持つ。

 また、司法警察の捜査全般の監督や連邦レベルの犯罪の捜査活動において優先的捜査権をリードする。強制的な措置に関しては連邦最高裁判所に上訴することができる。

 第二公訴部は、特定の国際的な犯罪行為に対する公訴の可否を決定する。この決定に対しては連邦最高裁判所への限定的な上訴手続が存する。

4.Militärgerichte(軍事裁判所)
軍事裁判所は、基本的に軍人が犯した犯罪行為に関する裁判所で軍事刑法が適用される。

C Richter, Zusammensetzung der Gerichte, Anwälte(裁判官、裁判所の構成、弁護士 )
Allgemeines(総論)
 スイスでは、必ずしもすべての裁判官が博士や修士という資格を持つ高度な司法教育を受けてはいないため諸人権についての理解は完全でない:すなわち治安判事職にある人が司法の専門的な教育を受けていないため健全な人権について理解できない。しかし、彼らも仲裁当事者としては適している。兼務者として任務を遂行する裁判官もいる。法教育者や弁護士は、彼らの時間の一部を裁判官活動にさいている。女性は従来以上に多く裁判所から数多く指名されている。一定の裁判(例えばレイプ事件)では共同した作業が必要となる。このような事件では裁判所による釈放は全員が参加する裁判官会議で行われる。

1.Zusammensetzung(裁判所の構成)
A Zivilgerichte(民事裁判の場合)
 通常裁判は1人の裁判官または素人の陪審裁判官2人で行う。通常時の裁判は地域的に限定されて(町や郡)おり公衆が利用しやすい施設内にある。第一審裁判官または地区裁判官は、1人または3人の陪審裁判官が判決を行う。

B.Strafgerichte(刑事裁判の場合)
―警察裁判所:第一審では通常、裁判長が弁護士とともに1人で判決する。
―第一審の刑事裁判所:中程度に重い犯罪行為(それ自身最高刑に算定される)の場合は最低3人からなる刑事裁判所裁判官と1人の必須とされる担当弁護士で構成される。また公判は、裁判長となる1人の法学者と陪審リストから選らばれる数人からなる陪審で構成される。

―刑事裁判所、巡回裁判所:刑事裁判所は第一審刑事裁判所の判決に対する控訴にもとづく重大犯罪を裁く裁判所で7人の裁判官(うち3人は法律家)で構成する。巡回裁判所は1人の法律家(裁判長)、一定数の市民および市民陪審で構成する。

C. Verwaltungsgerichte(行政裁判の場合)
 行政裁判所は通常3部構成で裁判を行う。裁判長は法律家と素人からなる陪席裁判官であるが、しばしば関係分野の実務専門家:例えば税問題の場合は公認会計士、受託者、公証人等も任務に当たる。

D.Bundesgericht und erstinstanzliche eidgenössische Gerichte(連邦最高裁判所の場合)
 連邦最高裁判所は3人または5人の裁判官からなり全員が法律家である。イスラム法に関する裁判など特別な裁判では行政裁判所で多くの判決を経験した1人の裁判官が担当することもある。連邦最高裁判所においては緊急性から公的な法的手段が明らかにゆるされないとき以外は1人の裁判官での裁判開始決定は禁止される。
(以下、省略する)

(筆者注3)EUのプライバシー保護に関する代表的な域内共通NPO“Watchdog”は“EDRi”である。同組織そのものについての詳細は、同団体のホーム・ページで「European Digital Rightsは2002年6月に設立、 現在、27のプライバシーや市民権団体がEDRIの会員資格があり、EUの17の異なる国に拠点または事務所を置いている。 “EDRi”会員は、情報社会で市民権を守るために力を合わせる。 EUでの活発な組織の協力の必要性と目的は、EUや国際的な規制・監督機関に対し、EU域内におけるインターネット、著作権、およびプライバシーに関するより多くの影響力のある規制強化に向けた規則等を作り出すことである。」と説明している。
 なお、同団体の週刊広報ニュース“EDRi-gram”の最新号(11月18日付)の項目10でスイスの保護委員による提訴の情報を報じている。同ニュースはは「」一覧性があり、効率的に人権問題に関する情報検索が出来る。

(筆者注4) 決着が長引いていたスイス(UBS)と米国の間の金融取引における個人情報保護をめぐる秘密保持義務と課税回避幇助問題の和解合意については、2009年8月13日に海外メデイアが報じたとおりである。なお、当時のロイター通信等の記事では和解文書や政府間の合意文書の内容については明らかでないとしていた。
 UBSや米国連邦財務省連邦税課税庁(IRS)等の資料に基づき、本件につき筆者が調べた範囲で解説する。
【UBSの2つのリリースの概要】
 2009年11月17日にUBSは次のリリースを発表している。極めて実務的に詳細にまとめられており、また顧客に対する説明としても分かりやすい(さすが世界的金融機関である)。和解文書の署名日は2009年8月19日であり、基本的な合意内容はリリースされているが、政府間の問題でもあり、公表までの水面下の調整や準備作業があったといえる。以下、両リリースの内容を統合してその要旨をまとめておく。
・今回の合意に伴うUBSの支払はない。
・UBSは2009年8月19日、「“John Doe” summons(米国の司法制度において裁判所は被告個人名を特定することなく召喚(summon)することが出来る。例えばIRS は,VISA,MasterCard 及びAmerican Express からのオフショアのクレジットやデビットカード口座を利用している米国市民や居住者についての情報を要求し,世界の77カ国からクレジットおよびデビットカードの口座情報を受け取っているとされる。(長崎大学経済学部助教授栗原克文氏「各国間での税制の相違と国際的租税回避問題」381頁から引用、一部補筆)」に関し、2008年7月21日に米国IRSおよび連邦司法省がフロリダ南部連邦地裁に起こした民事訴訟の却下につき和解文書に署名した。

・同和解により、2009年8月31日、米国IRSはスイス連邦財務省国税局(Eidgenössische Steuerverwaltung :ESTV/ Swiss Federal Tax Administratiom:SFTA)に対し既存の米国・スイス間の二重課税防止条約(US-Switzerland Double Taxation
Treaty:DTT/Doppelbesteuerungsabkommens zwischen den USA und der schweis)に基づきスイス国内でUBSが管理する直接またはオフショア会社を経由した米国民の約4,450口座につき行政支援要求が承認された。
 本要求を受領次第、ESTVはUBSに対し、DTTに定める「課税回避詐欺行為等(tax fraud or the like)」の基準に基づき米国・スイス政府間で合意した特別な基準に合致する口座に関する情報提供提出命令を発する(連邦裁判所のレビューを受ける)。
ESTVが述べているとおり、これらの口座は既存のDTTが定める「課税回避詐欺行為等」の要件を100%満たすか否かにつき調査が行われる。スイス・米国政府間の合意内容に基づく特別な基準は11月17日にESTVが発布した別添のとおりである。
・UBSは、現在該当する顧客に対し米国IRSがDTTに基づき行う要求の範囲内で顧客への通知を行っており、今回の和解合意に定める期限(2009年9月1日から270日)以内に要求された口座情報をESTVに提出する。
(“John Doe” Settlementおよび2国間の条約手続について詳細内容
  また、米国政府は、2009年12月31日までに本条約によりカバーされない全口座に関する疑念を持った“John Doe” summonsを撤回する。

・米国税法における自発的開示手続(Voluntary disclosure)
 IRSは永年米国の納税者に対し米国連邦税法の完全な遵守のため自発的情報開示の慣行を働きかけてきた。この慣行は現在も残されており税還付やUBSにあるオフショア口座保持の結果その他の義務を負う米国の納税者は、2009年10月15日に期限がきれる2009年3月23日に通知された任意開示要求に関するIRSの特別な罰則回避措置(special penalty initiative)にもかかわらず可能である。(なお、“special penalty initiative”とはいかなるものを指すのか。自信はないが次のような内容ではないか。「タックス・シェルターの開示イニシアティブ」( Tax Shelter Disclosure Initiative )やセトルメント・オファー( ‘Settlement Offer’ )と称されるものである。これらは、一種のアムネスティ・プログラム( Amnesty Program )であり、納税者が濫用的なタックス・シェルターへの関与の事実等を自主的に開示すれば、附帯税の部分的な免除やタックス・シェルターに係る費用(プロモーターに対する手数料等)の控除・税務上の損金処理を認めるというものである。(税務大学校研究部教授松田直樹氏 「租税回避行為への対抗策に関する一考察」68頁以下から引用)。IRSが永年実施してきた“voluntary disclosure practice”
への参画は一般的に納税者への刑事訴追を排除することになる。

 顧客は口座情報をIRSに提供するよう支持することが出来る。すなわち“John Doe” summonsに関し、顧客はUBSに対し自身に代り口座情報をIRSに提供する合意や指示を行うことが出来る。

(筆者注5)スイス連邦財務省国税局(Eidgenössische Steuerverwaltung :ESTV/ Swiss Federal Tax Administratiom:SFTA)サイトでは、米国外に口座を持つ米国人納税者における2国の当局間の情報共有について解説がある。

(筆者注6)市民の感覚では納得で出来ない不安感を一例であるが「あるブログ」が代弁している。Google は削除依頼を受け付けてはいるが、実際わが国の消費者自身が海外のような委員会等公的機関の後押しなしに差止め請求等を実行できるであろうか。この問題についても機会を改めて述べたい。

(筆者注7)“EDÖB” のストリート・ビューに関する問題意識はかなり高い。専用サイトを設けている。
 なお余談であるが、スイスの大衆メデイアである“swissinfo.ch”の本件に関する日本語版記事を読んだ。
 記事の内容はおおむね事実であるが、「連邦情報保護・透明性維持担当課 ( EDÖB(筆者注:連邦情報保護委員会のドイツ語略称)/PFPDT(筆者注:フランス語の略称))) 」のハンスペーター・トュール氏は8月21日に発表されたコミュニケで述べた。」と言う説明はおかしい(「連邦情報保護委員」が正しい)。また、「こうしたストリートビュー実施以前に、「スイス情報保護委員協会 ( Privatim ) 」のチューリヒの責任者ブルノー・ベーリスヴィル氏は、「本人の承認を得る以前の個人情報漏れ」がストリートビューの問題だと主張していた」とある。“Privatim”はスイスの州(kanton)の保護委員協議会(die schweizerischen Datenschutzbeauftragten)の新名称である。同協議会は保護法に基づくもので“Dr. iur. Bruno Baeriswyl”氏は同協議会のチューリヒ州代表委員である。
 念のため筆者自身フランス語の記事の原文も読んだが、保護委員会については正式名称である“le préposé fédéral à la protection des données et à la transparence”が使われている。“le préposé” は仏和辞典で見ると「担当者、職員、係員」であるが、“Google Translate”で訳すと、同委員会の英文表示である“The Federal Data Protection and Information Commissioner”となり正しい意味が理解できる。
 欧州委員会(European Commission)のように当初の小規模時の機関名がそのまま残っているが、実際は2万5千人を擁するEU全体の強力な行政機関もあるのである。言語は生きている、仏和辞典の限界か。
 同記事の最後に(仏語からの翻訳、里信邦子)とあるが、特に法律関係の場合、単に記事の日本語への置き換えだけでなく、その内容に関する事項については関係サイトに当たるなど努力と工夫が必要であろう。

(筆者注8)訴状固有のURLはない。起訴状原本を閲覧するときは連邦保護委員のプレス・リリースの最後にある“Klageschrift”をクリックして欲しい。

(筆者注9) わが国では参考にできるものがないので、スイス連邦情報保護法の関係条文を仮訳しておく(EUの公式サイトの英文訳もデータが古い)。
①スイス連邦情報保護法第29条 (Art. 29 Abklärungen und Empfehlungen im Privatrechtsbereich) 第3項(Art. 29 Abs. 3)
「委員は、自らの調査に基づき個人データ処理の変更または停止処理について勧告することができる。」
②第29条第4項(Art. 29 Abs. 4)
「3項の委員勧告が不遵守または拒否されたときは、委員は連邦行政裁判所の案件として判決を求めることが出来る。また、委員は同判決に対し控訴する権利がある。」

(筆者注10)スイス連邦行政裁判所法第35条b号(Art.35 b VGG)(仮訳)
「連邦行政裁判所は次の問題につき第一審として判決を行う。
A号 略
b号 連邦情報保護法(1992年6月19日)第29条第4項に定める情報保護にかかる民間部門の監督機関の勧告に係る紛争」

(筆者注11) スイス連邦情報保護法第33条(仮訳)
「委員が委託された事案において、第27条第2項または第29条第1項の規定に従い状況を調査した結果、個人について更なる補償されるべき重大な損害を被る脅威が存すると判断されるとき、連邦行政裁判所の情報保護につき権限をもつ部門長に緊急措置を申請することができる。
その手続は、「連邦民事訴訟法に関する連邦法(1947年12月4日)」第79条から第84条を準用する。」

(筆者注12)撮影用カメラつき撮影専用車は自動車とは限らない。パリや米国の場合、三輪自転車(tricycle) も使われている。

(筆者注13) EUの「保護指令29条専門調査委員会」、1995年EU保護指令(95/46/EC)に基づき設置された機関で情報保護とプライバシーに関する独立諮問機関である。業務内容は同 指令第30条および「個人情報の処理と電子通信部門におけるプライバシーの保護に関する欧州議会及び理事会(2002年7月12日)指令(2002/58/EC)」15条に規定する。

(筆者注14) 「カナダ・プライバシー委員事務局」の任務とその根拠となる2つの連邦プライバシー保護法(“Privacy Act”と“PIPEDA”)等について簡単に説明しておく。公式の体系的法解説もある。
(1)「委員」のジェファニー・ストダータ(Jennifer Stoddart)氏を代表とする事務局はカナダ連邦議会(上院・下院)の直属機関であり、副委員はシャルタン・ベルニエ氏とエリザベス・デナム氏の2人である。
 委員は“Privacy Act”上の監督責任があり、副委員は“PIPEDA”上の監督責任があるという2法に基づく分業体制がとられている。具体的な責任業務内容は次のとおりである。
①プライバシーに関する苦情の調査、監査の指揮および2つの連邦保護法に基づく裁判活動
②官民の機関・団体における個人情報の取扱いの慣行等の報告・公表
③プライバシー問題に関する調査の支援、受託や出版
④プライバシー問題に関する国民の認識や理解についての推進

 なお、余談であるがカナダ政府が実施している電子政府の一環としての官報のデジタル・アーカイブは有益である。 「カナダ国立図書館・文書館(LAC)が、官報“Canada Gazette”のバックナンバー(1841~1997年)をデジタル化しています。1998年以後のものは、すでに政府のウェブサイトで公開されていますが、LACはそれ以前のものを対象にしています。2009年にデジタル化完了見込みとのことですが、デジタル化済みのものはすでに検索できるようになっています。
なおこのCanada Gazetteを検索できるウェブサイトは、Canada Gazetteに関する電子展示の一部として、2008年5月に構築されています。」(国立国会図書館カレントアウェアネス・ポータル2008年6月10日より一部抜粋)
 この官報の電子化はいろいろな意味でカナダの法令検索の効率化に貢献している。
 
(2)カナダ「1985年プライバシー法(Privacy Act:Act (R.S., 1985, c. P-21)」
 同法は約250の連邦政府部局の個人情報の収集・使用・公開を制限して国民のプライバシー権を保護するものであり、国民はこれら機関に対し個人情報への自身のアクセスや修正権を定める。なお、連邦議会図書館のサイトが同法の内容をわかりやすく解説している。
カナダ「2000年個人情報保護および電子文書法(Personal Information Protection and Electronic Documents Act:PIPEDA) (2000, c. 5) )」
 同法は民間機関や団体の商業活動における個人情報の収集・使用・公開に関する基本ルールを定めたものである。プライバシー法と同様、国民はこれら機関に対する個人情報への自身のアクセス権や修正権が定められている。なお、PIPEDAは制定当初は政府の監督下にある銀行、航空会社、電気通信など民間企業の商業活動における個人情報の収集、使用および公開に適用されていたが、現在は、小売業、出版社、製造メーカー、その他地方で事業展開する規制される企業(ただし、その従業員の個人情報には非適用)にも適用される。
特に、同法は州の保護法の実質的内容が連邦“Act”と同様であるとして、連邦政府が適用除外としていないすべての商業活動を行う機関、団体等に適用される(現在、該当する州は、ブリティッシュコロンビア、アルバータ、ケベックの3州のみである)。
 一方、カナダでは米国と同様、連邦や州法で分野別保護立法(Sector-Specific Legislation Dealing with Privacy)が存在する。例えば、連邦銀行法(Bank Act)は連邦規制監督機関が保有する個人の取引情報の使用や公開に関する規制条項を含む。また、ほとんどの州では消費者信用報告での個人情報の取扱いに関する法規を持つとともに医師等機微情報を扱う専門家の収集する情報の扱いに関する規定を有している。

(3) プライバシー委員事務局の外部諮問委員会(External Advisory Committee) 機能とメンバー構成について紹介する。
 無数の公共政策の展望に関するプライバシーや情報保護におけるバランスの取れた考え方を提案し、委員の活動に反映させることである。委員は電話、電子メールや私的会合等を通じ特定の疑問に答えるとともに制度全体のイニシアティブに関する問題については頻繁なる会合を重ねる。委員の顔ぶれを見るとオタワ大学情報工学部助教授、カナダ製造輸入会社のCEO(元連邦内閣閣僚)、ビクトリア大学政治科学部教授、ケベック大学州立行政学院(École nationale d'administration publique)授、コラグループ(Cora Group)(官民の戦略開発企業グループ) 代表、プライバシー問題や情報政策の専門家・コンサルタント(元ブリティシュコロンビア州の情報保護委員)等計16人である。

(筆者注15)わが国の民間企業ではなじみがないであろう“policy counsel”とはいかなる任務を行い資格等が必要か。たまたま、GoogleワシントンD,C地区担当の“privacy policy counsel”の公募要綱を見つけた。土地柄、連邦議会担当(ロビー活動)という特殊性があるのかもしれないが。
The role: Privacy Policy Counsel
As a Privacy Policy Counsel, you will handle U.S. federal government relations and public policy issues related to privacy and consumer protection issues in a dynamic and growing business environment. In this role, you will advocate Google's public policy positions in a way that reflects the goals and values of the company. Areas of focus include a deep understanding of privacy law and emerging privacy policy issues especially as they relate to the online world. This role also requires significant experience with congressional committees and federal agencies engaged in privacy policy making. In addition, as Privacy Policy Counsel, you will help advise product and engineering teams on the public policy implications of products and will work as part of a closely coordinated and cross-functional global team.

(筆者注16)カナダ連邦議会下院「情報公開法改正、プライバシーおよび内閣等の政治倫理に関する常任委員会 (Standing Committee on Access to Information ,Privacy and Ethics(ETHI)」の正確な役割・権能について理解するため、補足しておく。
 まず、連邦議会との関係では2004年12月14日に恒久委員会として承認された。具体的な法案研究機能報告の項目は次のとおりであるが、連邦保護委員との協同作業関係が明らかである。
①1980年情報公開法改正問題
②2008年財政年度情報公開委員年次報告
③2008年財政年度プライバシー委員年次報告
④プライバシー法改正問題
⑤カメラ監視(Google、Canpages等)に関するプライバシー問題とのかかわり
⑥2008年度個人情報保護および電子文書法の適用に関するプライバシー委員報告
⑦大臣や国務大臣ガイドにおける政治倫理基準のレビュー、他

 なお、筆者は同員会の模様を確認したところ連邦議会上院・下院の本会議や委員会の審議内容が好きな時間に自宅等で居ながらにして音声等で確認できる専用サイト“ParlVU”を見つけた。そこでは” ParlVU just keeps getting better! At a glance, you can now view and scroll to specific times within an event” と説明されている。主権者である国民が議会の活動が簡易にかつ正確に出来るものである。わが国でも国会審議の放映は一部行われているが「検索性」はまだまだである。時間のあるときにじっくり研究するつもりである。

(筆者注17)カナダ“canpages”はGoogleやYahooと同様の総合検索サイトである。そのHPを見ると「業種」「人物」「逆引き」「交通手段・地図」が利用できる。特定の企業を地図情報で確認してみたが、最大に拡大してもGooglのように写真はない。

(筆者注18) カナダ「利益衝突倫理コミッショナー(the Conflict of Interest and Ethics Commissioner)」の機能については、齋藤憲司「政治倫理をめぐる各国の動向―アメリカ、英国及びカナダの改革―」(国立国会図書館「レファレンス2008年9月号35頁以下) が詳しく解説している。

(筆者注19) “authority”を個人情報保護委員会と訳した理由は、そのメンバー構成を見て考えたものである。大学教授、最高裁判事と弁護士からなり代替委員も含め法執行専業機関とは思えないことによる。

(筆者注20)ドイツ連邦情報保護・情報自由化委員(BfDI)や州(land) 情報保護・情報自由委員の法的根拠も含む任務や権限についてわが国ではまとまった解説が少ないのでここで簡単に説明しておく(詳細な内容は最新の保護法や1BfDIサイトで確認して欲しいが、BfDIのサイトの情報の正確さの順位は当然ながら独語、仏語、英語等である)。
ところで、ドイツ連邦情報保護法では“Bundesbeauftragten”という用語が出てくる。その意味するところは情報保護に関する「連邦政府・議会の全権委任(選挙)を得た連邦機関・準連邦機関に対する独立監査委員」ということである。海外で一般的に第三者機関として官民を問わず保護機能を持つとされる「コミッショナー」との相違の有無があるのか具体的権限や法的地位等を調べてみたが、特にドイツが特殊とは思えない。また、ドイツ保護委員事務局の保護法の公式英文訳も“Bundesbeauftragten”を「コミッショナー」としている。
一方、わが国で従来から使われているドイツのみ「データ保護監察官」と言う訳語がどこから来ているのか良く分からない(第22条第4項で連邦政府との関係では公法上の官吏と定められていることや連邦政府の監督下におかれることがその理由か否かは不明である)。
 しかし、連邦議会の定数の過半数による投票で信認されるということつまり国民代表の委任に基づく法的地位と独立性をもつ点が重要である。「コミッショナー(保護委員)」と呼ぶにつき、例えば2007年9月25~28日にカナダで開催された「第29回国際プライバシーおよび情報保護監督者会議」のメンバーリストの表示を見て欲しい。(わが国は従来から不参加)
Germany: Federal Data Protection Commissioner (Bundesbeauftragten für
den Datenschutz) International Conference of Privacy and Data Protection Authorities ACCREDITED AUTHORITIES(公認監督機関)(As of the 29th Conference held in Montreal, Canada—September 25-28, 2007)
 また、連邦の準監督機関として州の保護委員も参加(バイエルン州の例:Bavaria: Privacy Commissioner (Bayerische Landesbeauftragte für den Datenschutz)と表示されている。第30回の同会議参加者は60カ国、570名である。なお、過去の会議の一覧はオーストラリアのサイトで確認できる。
 ところで第30回会議はドイツのストラスブルグで開催されており、その会議の模様はビデオなどでも詳細に確認できる。( “opening speeches”を行っているのが連邦情報保護委員のPeter Schaar氏である。
(ちなみに2009年11月4~6日に第31回会議がスペインのマドリッドで開催されている。)

(筆者注21)フランクフルト州の情報保護委員ヨハネス・カスパー氏の例で、ドイツの保護委員のキャリア特性を見てみる(ハンブルグ保護委員およびハンブルグ大学サイトから引用した。一般的といえるか否かは自信がない)。また同氏が決して憲法や保護法の専門家でない点が面白いし研究材料であろう。
1962年 誕生(現在47歳)
1989年 第一次司法試験合格
1992年 ゲッティゲン大学法学系で博士号取得
1994年 第二次司法試験合格
1995年~1999年 ハンブルグ大学研究部で教育担当
1996年以降 ハンブルグ大学法学部講師
1999年~2000年 航空法(Luftverkehrsrecht)専門弁護士(ハンブルグ、ベルリン) 
2000年~2002年 フランクフルトのドイツ国際教育学研究所(Internationale
Pädagogische Forschung in Frankfurt a.M.)で教育法にかかる資金運用と運用部勤務
2002年~2009年 シュレスヴィッヒ・ホルシュタイン州議会の学術公務部長代行
2004年 生涯公務員資格(das Beamtenverhältnis auf Lebenszeit)の任命にもとづき行政
部長に指名
2007年以降 ハンブルグ大学法学部非常勤教授(Honorarprofessor)
2009年5月以降 ハンブルグ州情報保護・情報自由化委員

(筆者注22)ドイツにおける州の保護委員は、州や自治体の機関に対する監視だけでなく、州の住民からの苦情・調査要求等に基づき民間企業に対する直接的な監視・監督ならびに改善要請が出来る。(2007年度(財)NEC C&C財団調査研究事業「オーストリア・ドイツ・エストニアにおける電子行政サービスの動向」(2007年11月)14頁参照)

(筆者注23)オーストラリアの“Trade Practice Act 1974”の訳語を調べてみた。同法は公正競争と消費者保護法として極めて重要な法律であるが、わが国での訳語は「取引業務法」(jetro)「公正取引法」(jetro)「取引慣行法」(公正取引委員会、消費者庁、オーストラリア競争委員会 )等区々である。わが国の消費者庁や公正取引委員会等ともかかわる問題であり、筆者なりに法律の内容を調べてみた。
 同法は,競争法規と消費者保護法規の2つの主要部分からなっており、競争・消費者委員会(Australian Competition and Consumer Commission:ACCC)(1995年11月に取引慣行委員会(Trade Practices Commission,1974年創設)と価格監視委員会(Prices Surveillance Authority,1983年創設)の2つの組織が統合されて設立された組織で,連邦法たる取引慣行法および州・準州法たる競争コードの執行面に責任を負う唯一の独立の競争当局)の法執行業務の根拠法である。
 そうであるとなら表面的な名称からみると意訳になるが、あえて訳語は「競争取引および消費者保護法」と言ったほうがACCCとの関係も含め正確に理解されると思うがいかがか。(同法を具体的に見ると、競争規制規定が中心であり、消費者保護に関する部分は一部(第5章、6章)であり、内容的に見てわが国の現行法と比較すると「製造物責任法」や「特定商取引に関する法律」等の内容が近い。)

(筆者注24)オーストラリアのACCCの12月5日付ニュースで最近面白いテーマが取り上げられていた。
 ACCCは、オーストラリア・アイスホッケー連盟は選手が同連盟が承認しない試合でプレーするのを阻止するというポリシー通知(同ポリシーはレフリーやコーチ陣を含むすべての選手と連盟職員に適用される。)を破棄するよう働きかける勧告通知(案)を発布したというものである。その理由は、①連盟の通知行為はライバルのホッケーリーグが効率よく競争を行う能力を減じさせ、また選手の参入障壁をつくり、アイスホッケー競争機構・管理サービス規定に関し新たな拡大解釈をもたらすこと、②同行為は個人的なリーグ経営者のリンク賃貸や競争能力を制限させるというものである。

(筆者注25) 地図情報と自治会の地図の関係について気になっていたのであるが、筆者自身散歩がてら近隣住宅地の自治会の地図の状況をWatchしてみた。すると最近手当てしたと思われる自治会会員名のみ(番地表示は残してある)とした自治会地図看板を見つけた。上からペンキで塗ってあることから急遽手当てしたものと思われる。ちなみに、わが自治会の地図はそのまま表示されている。前記のような例を集め自治会長に相談せねばと思い帰宅した。

(筆者注26) 「考えられる法的根拠」にあげられている項目のみ参考とした。

(筆者注27)筆者は「光学的記録の違法性」以上にストリート・ビューの場合、被写体である本人がまったく撮影の事実を知りうる機会やその「オプト・アウト」権が完全に保証されないまま、世界中に閲覧可能とする営業行為の違法性こそが「場所的・空間的私的領域」を前提とするプライバシー権上問題視すべきであると考える。

(筆者注28)Googleはサイト上で本人による「削除」の具体的方法を説明している。筆者はその説明に則して11月25日午後4時3分に削除要請を行った。即受付済メールが届き、翌26日午前9時過ぎには自宅の周りのビューは不可(画面自体黒く変わり「この画面は都合により公開を停止しています」と表示)と相成った。
 この手続自体は決して難しいものではなく、Googleが対外的に説明しているとおりである。ただし、要請者から出された削除理由についてどこまで厳格に運用しているかは不明である。筆者の身元を十分承知しているがゆえの措置かもしれない。気になる読者はまず確認のうえ是非ためされてはいかがか。

(筆者注29)筆者が問題視したいのは、立法政策・戦略論議をすべき審議会での説明で唯一海外の状況を説明すべき研究者の説明があまりにも情報不足(または意図的に焦点をぼかしているのか不明であるが)なことである(いずれの研究者も筆者は面識があるだけに残念である)。今回のブログと議事録を比較していただければその点は明らかであろう。筆者は欧米の議会証言(testimony)を読む機会が多いが、そこでの責任は極めて重く、その反面、議員やメディアへの影響も明らかである。


〔参照URL〕
・スイス連邦情報保護委員のサイトのリリース文である。なお、起訴状原本(Klageschrift:ドイツ語のみ)についてはリリースからのみリンクできる。(独語/英語)
http://www.edoeb.admin.ch/aktuell/index.html?lang=de
http://www.edoeb.admin.ch/aktuell/index.html?lang=en
・スイス連邦情報保護委員のサイトの2009年3月以降のstreet view問題の経緯説明(英語)
http://www.edoeb.admin.ch/themen/00794/01124/01595/index.html?lang=en
・スイス連邦情報保護法第29条(独語のみ)
http://www.admin.ch/ch/d/sr/235_1/a29.html
・スイス連邦行政裁判所法35条(独語のみ)
http://www.admin.ch/ch/d/sr/173_32/a35.html
・EU指令第29条専門調査委員会の専用サイト(英語)
http://ec.europa.eu/justice_home/fsj/privacy/news/index_en.htm
・カナダのプライバシー委員によるgoogleに対する原画写真情報の保存期間など再改善意見書(英語)
http://www.priv.gc.ca/media/nr-c/2009/let_090821_e.cfm
・ギリシャ個人情報保護委員会のstreet viewの許可条件書に関するニュースサイト(ここからリリース内容にリンク可)(英語)
http://www.dpa.gr/portal/page?_pageid=33,43547&_dad=portal&_schema=PORTAL
・ドイツ・ハンブルグ州保護法委員サイトのGoogleとの「原画像データ」削除の合意報道(独語のみ)
http://www.hamburg.de/datenschutz/aktuelles/1546460/pressemeldung-2009-06-17.html
・フランスCNILのstreet viewと情報・プライバシー保護法に関する説明サイト(仏語のみ)
http://www.google.fr/intl/fr/press/streetview/privacy.html
・英国“Privacy International”の情報委員(ICO)に対する意見書
http://www.privacyinternational.org/article.shtml?cmd%5B347%5D=x-347-564039
・2008年11月25日(火)第38回東京都情報公開・個人情報保護審議会議事録
(ただし配布資料そのものは見れない。)
http://www.metro.tokyo.jp/POLICY/JOHO/JOKO/SHINGI/e7j1k400.htm

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2009年11月24日火曜日

海外における新型インフルエンザ感染拡大阻止に向けた最新動向と新たな取組み課題等(N0.16)

 
 わが国の優先者への新型インフルエンザ・ワクチン接種が11月から始まり、一部では死亡事例の報告が聞かれるが(11月20日現在の厚生労働省の発表では13例)、前倒しスケジュールも発表されるなど、具体的な対応は進んでいる。
 一方、海外も同様に優先者への接種が進んでいるとされるものの、カナダでは11月20日に世界的に見ても最大手のワクチン・メーカーであるグラクソ・スミス・クライン(GlaxoSmithKleine;GSK)が製造した新型インフルエンザ・ワクチン“Pandemrix TM”について同社から「アナフィラキシー反応(anaphylactic reactions)」(筆者注1)のリスクに鑑みて各州の保健機関への接種の中止要請およびカナダ国内での同社のワクチンの回収が行われている旨のニュースが報道された。
 わが国のメディアではその内容についてあまり詳細には報道されていないため、来年に入ってのわが国の輸入ワクチン接種開始にかけての不安感もあり、改めてカナダ連邦や各州の保健機関の対応状況について正確と思われる情報を集めてみた。(筆者注2)
 この接種の緊急中断要請についてカナダ政府の保健機関サイトでは特段具体的に報じていない。また、保健機関というより公安機関であるカナダ公共安全省(Public Safety Canada)サイトで見てもワクチンの適格性・接種拡大計画が順調に進んでいる旨の情報が中心である。
 しかし、一方ではカナダ国内の疫学関係者が10月21日の連邦保健省が 発表したGSK製“Arepanrix”の販売承認に関する暫定決定は拙速であると指摘するなど(カナダの承認の前提となった治験結果はベルギーで行った結果に基づくものである)、また州保健当局の対処にも混乱があるようである。
 世界的に見て、ワクチンの安全性はWHOの世界的接種状況や重度の副作用(side effect)に関する報告にもかかわらず、引続き世界中で強い関心事項となっていることも事実である。また、欧州連合の分権化機関である欧州医薬品審査庁(European Medicines Agency:EMEA)は、11月20日に接種拡大勧告を再度行っている。
 世界的なパンデミックの中でH1N1ワクチン接種に係る緊急承認に伴うリスクは過去の臨床試験の経験を超えるものであり、承認緊急承認措置を行うのはカナダだけでなくわが国も同様(特例承認)である。
その意味で、改めて厚生労働省のワクチン専門サイト「 新型インフルエンザワクチンQ&A」「7.海外産ワクチンについて」の説明を読んだ。しかし、今のところそのリスクについては情報収集に努め、Q&Aの改訂は改めて行うといった説明があるのみである。
 いずれにしても国民への不安に応えられるワクチン接種に関する情報開示体制が緊急の課題であろう。


1.カナダの「2009H1N1ワクチン」の承認状況 やワクチン緊急回収の対応状況
(1) 「2009H1N1ワクチン」の承認状況
 カナダ連邦公衆衛生庁(Public Health Agency of Canada:PHAC)は、11月13日にGSK製造の免疫補助材使用(アジュバンテ)ワクチンの①“Arepanrix”と②非使用ワクチンの2種を承認するとともに、妊婦への早期接種を実施するためオーストリアの③「CSLバイオセラピー社」製“Panvax H1N1”の使用を承認した旨発表した。(筆者注3) (筆者注4)

(2)ワクチン接種開始後の副作用報告とGSKのワクチン回収
①GSKからカナダの各州の衛生当局に対し発せられた回収通知の内容は次のようなものであった。
 「GSKはカナダへ出荷した10月分のワクチン(October batch)の接種時に、重大かつ即時的アナフラキシー反応が見られた。同反応は通常10万回の接種で1回なのであるが今回は2万回に1回見られたためその調査のため回収要請を行う。」
 なお、メデイア記事によるとアナフィラキシー反応は短期的なもので患者は全員回復したとある。
②州別の対応は記事によると次のとおりである。
・マニトバ州:GSKからの警告前にワクチンの接種が終了しており、未使用回収済ワクチンは出荷63,000投与分のうち地方の保健所にあった630であった。
・オンタリオ州:1,500投与分を保有する保健当局は接種を開始しておらず、調査結果が明らかになるまで接種は棚上げとする。
・アルバータ州:同州の保健当局はワクチン配布を中止したが同州においてアレルギー反応の報告は行われていない。

2.カナダにおけるワクチン接種によるアレルギー反応の具体例
 以下の情報はあくまで医療専門メディア情報であるが参考にはなろう。
 なお、連邦公衆衛生庁の主席管理官であるデビッド・バトラー・ジョーンズ博士はカナダ国民向けのワクチン660万回投与分を準備しているが、現時点の重大な副作用報告は36件であると述べている。
(1)アレルギー反応の大部分はワクチン接種時の数分間に始まる。
(2)吐き気(nausea)、ひりひりする痛み(soreness)、頭痛(headaches)、発熱(fever)など温和な副作用が見られた(これらは季節性インフルエンザ・ワクチンでも見られる)。
(3)これらの症状を訴えた患者は、直ちに接種場所に待機していた医療関係者により処置された。なお、ワクチン接種後1人が死亡したと信じられているケースについてバトラー博士は死亡は最終的にワクチン接種によるものと関連づけられない点を強調している。

3.“Pandemrix”の特性とワクチン承認のあり方
 メデイアの記事から簡単に紹介する。
(1) “Pandemrix”は不活性化したウイルス・ワクチン種(A/California/7/2009(H1N1)v-like strain(X-179A))を一部含む。
(2) “Pandemrix”は1投与量ごとに肩の筋肉の注射される。2回目の投与は少なくとも3週間後に行われ、2回目の接種は6か月から9歳以下の子供に投与される。
(3) “Pandemrix”は現在のパンデミックを引き起こしている“A(H1N1)v”ウイルスのヘマグルチニン(赤血球凝集素(haemagglutinins):表面タンパク) (筆者注5)を極少量含んでいる。しかし、はじめに不活性化されているので症状を引き起こさない。
(4) “Pandemrix”接種で最も共通的(10回の投与で1回程度見られる)に見られる副作用は次のようなものである。
副作用:頭痛、関節痛(arthralgia)、筋肉痛(myalgia)
反応:硬化(hardening)、膨張(swelling)、痛み、赤らむ(redness)、熱やだるさ
(5)欧州委員会(EMEA)は、2008年5月20日にH5N1ワクチンとしてGSKの
“Pandemrix”を承認したもので、その後2009年9月29日にH1N1ワクチンとして承認したものである。

 最後に筆者はまったくの門外漢であるが、カナダ保健省自身が“Arepanrix”の暫定承認決定書において同ワクチンをH1N1パンデミック開始以前の段階で開発された試作品(prototype)または“mock”(模擬)vaccineと説明している。
「H5N1ウイルス」と「H1N1ウイルス」の疫学的に見た相違はよく分からないが、少なくとも将来「人」使った実験台といわれないようメーカーだけでなく内外の規制当局の慎重な取組みを期待する。

(筆者注1) 「アナフィラキシー」はⅠ 型アレルギーに分類される全身性疾患であり,時に生命を脅かすようなショック状態(アナフィラキシーショック)に陥ることがある。(川崎医療福祉大学「川崎医療福祉学会誌」vol.17、No.1 2007 71頁以下から引用)

(筆者注2)筆者自身疫学専門家ではないため輸入ワクチンの安全性について関係者のブログを参考までに調べた。輸入ワクチンでも免疫補助材使用のものと使用しないもの、さらに製造メーカー、国により免疫補助材を認めない国(米国)等について平易に説明されている「Sasayama’s Weblog」は参考になった。特に主要国で複数のワクチン開発の方法を採用している米国等の取組みの違いなどが明確に理解できた。

(筆者注3) 連邦保健省(Health of Canada)は、2009年10月21日に「食品・医薬品法(Food and Drug Act)」30.1条に基づき“Arepanrix”(AS03-Ajuvanted H1N1 Pandemic Influenza Vaccine)の暫定承認命令(Interim Order)を発した。その通知決定書では、今回の承認は緊急的な対処目的で限定的治験に基づくもので、同省は販売開始後においても同省および公衆衛生庁はワクチンの品質、非臨床・臨床データに基づく継続的モニタリングを行うと明記している。
 なお、PHACサイトではH1N1ワクチンの承認発表とあわせ、従来から指摘されているワクチンの安定化・保存材である水銀物質「チロメサール(thimerosal)」の健康上の問題指摘に対する説明や安全性や効果等に関する解説を行っている。しかし、「チロメサール」とワクチンとの関係については横浜市衛生研究所が専門的な視点で次のとおり解説している。「チメロサール( thimerosal )は、殺菌作用のある水銀化合物で、以前はワクチンに保存剤として、よく添加されていました。しかし、最近では、日本でも、チメロサール( thimerosal )を添加しないワクチンや、チメロサール( thimerosal )を減量したワクチンが増え、チメロサール( thimerosal )をワクチンの保存剤としてできるだけ添加しない方向にあります。」
 このような説明を読むにつけ、輸入ワクチンのリスク問題は解決していないように思う。

(筆者注4) EU加盟国におけるワクチン市販後の監視体制とはいかなるものであろうか。専門家の解説を探してみた。
「英国では、MHRAのVRMMが国内の集計を実施:①ワクチン・メーカーからの情報、②臨床医が発行するイエローカード(予防接種証明書)を用いる。ドイツではPEIのpharmacovigilance部門が、全国の臨床医とワクチン・メーカーからの情報をon lineで収集。メーカーからのものが大部分で10~15%が臨床医から入手。
これらEU各国の情報がEMEAに集められ、相互にデータの把握が可能。一部のデータはインターネット上で公開されている。
一方、わが国ではメーカーの副作用情報は「独立行政法人医薬品医療機器総合機構健康被害救済部」、臨床医情報は「厚労省医薬食品局総務課医薬品副作用被害対策室」ということでその情報統合化が課題である」と説明している。(富山県衛生研究所 倉田毅:2008年12月5日に筆者が一部加筆)
 なお、英国のイエローカード制度(正確には「イエローカード副作用報告システム(Yellow Card Scheme)」)についてはアポネット研究会が詳しく解説している。わが国でもサリドマイド事件等多くの薬害被害問題が起きているのであるが、国民の理解向上策をいまだに模索しているのが現状である。

(筆者注5)ワクチン効果と「 ヘマグルチニン」についてはわが国でも多くの解説があり参照されたい。筆者は愛知県薬剤師会のサイトを読んでよく理解できた。


〔参照URL〕
http://www.phac-aspc.gc.ca/alert-alerte/h1n1/vacc/rec-h1n1-eng.php
http://www.dancewithshadows.com/pillscribe/glaxosmithkline-recalls-a-lot-of-h1n1-vaccine-pandemrix-from-canada-due-to-side-effects/
http://www.who.int/csr/disease/swineflu/notes/briefing_20091119/en/index.html
http://www.who.int/csr/disease/swineflu/notes/briefing_20091119/en/index.html

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2009年11月20日金曜日

カリフォルニア州司法長官とウェルズ・ファーゴの子会社3社のARSに関する14億ドルの返還和解が成立

 
 11月18日、カリフォルニア州司法長官エドモンド・G.ブラウン(Edmond G. Brown Jr.)とウェルズ・ファーゴの子会社3社が行ったオークション・レート証券(auction-rate security:ARS)を購入した投資家への14億ドル(約1,232億円)の返還和解が成立した。
 このARS取引をめぐる投資家への返還について、例えば2008年8月21日にメリル・リンチがニューヨーク州司法長官やSEC等と和解しており、同年7月24日に同州のクオモ司法長官はUBSに対し民事訴訟 を起こした後、8月11日に194億ドル(約1兆7千億 円)で和解するなど一連の和解事例があげられる。(ニューヨーク州の司法省長官サイトで見てもARSをめぐる和解は2008年7月以降続いており、今回のカリフォルニア州の和解もこれら一連の司法機関や法執行機関対応であることはいうまでもなかろう。
 一方、2009年3月30日、ニューヨーク連邦地方裁判所はUBSに対するクラス・アクションについて棄却命令(dismiss order)(筆者注1)を下した。その理由は、前述した2008年8月11日付けのニューヨーク州や連邦の金融監督機関や法執行機関のUBSとの和解で、流動性のない証券を持たされた原告自身すでにUBSによる額面によるARSの買取を選択した以上、買値全額を受け取っているというものである(購入時1株当り25,000ドル支払い、和解により1株当り25,000ドル受け取る)。(筆者注2)
 今回のブログは、カリフォルニア州の和解のニュース・リリースの概要とそもそも問題となった“ARS”とはいかなる取引でどのようなリスクがあるのか等について改めて簡単に整理する。特に、リリースの最後に指摘しているとおり、2005年3月にSEC、米国四大会計事務所および米国財務会計基準審議会(FASB)がいずれも“ARS”は現金同等と扱うべきでないことを決定した警告をウェルズ・ファーゴは無視した点が最大の起訴事由といえる。
 また同様な監視強化の動きとしては、11月16日に証券監督者国際機構(IOSCO) (筆者注3)専門委員会は、市中協議文書「リテール投資家に対する販売時(Point of Sale)の販売時の開示に関する原則」を公表し、広く意見を求めている(コメント期限は2010年2月16日)。本文書は集団投資スキーム(CIS)について、情報開示に関する原則を提示するものでわが国の金融庁も概訳し取扱機関の関心を求めており、関連情報として追記する。
 なお、今回紹介する返還和解だけでなく証券詐欺行為に対し米連邦裁判所陪審が2008年8月17日、クレディ・スイス・グループの元ブローカーで、証券詐欺などの罪で起訴されたエリック・バトラー被告(37歳)にすべての起訴事実について有罪の評決を下すなど、米国の金融危機を背景とした証券取引詐欺訴訟は多くの事例を見るが、今回は省略する。


1.カリフォルニア州司法長官等の投資家に対する返還金和解のリリース内容
 以下のとおり仮訳した。その投資家保護の意義と法執行機関としての問題意識が表れていると感じた。
 
 カリフォルニア州司法長官エドモンド・G.ブラウン(Edmond G. Brown Jr.) は本日“誤解を招く投資アドバイス(misleading advice)”に基づくオークション・レート証券を購入した投資家、慈善団体、中小企業に対しウェルズ・ファーゴの子会社3社に対する14億ドルの画期的な和解について合意した。

「ウェルズ・ファーゴは、確固たる利益と流動性を約束してオークション・レート証券を購入するよう数千の投資家を勧誘したが、市場が崩壊した時、これら投資家はのけ者にされ置き去りにされた。誤解を招く助言に基づき投資家はこれらのリスクのある証券を購入したのである。今や、一般投資家や中小企業は最終的にこれらの資金を取り戻せる。」
 
 本日の和解に基づき、ウェルズ・ファーゴは全米の数千の小口顧客、慈善団体や全米の中小企業に対しいまや流動性のないARSをカリフォルニア州の投資家分の7億ドルを含む14億ドルを買い戻すことになる。同時にウェルズ・ファーゴはカリフォルニア司法長官府にかかる法律手続費用および将来にわたるモニタリング費用(筆者注4)も支払う。

 2008年2月、全米のARS市場は凍りつき、その投資家は自分が保有する証券の売却が不可となった。2009年前半に長官はカリフォルニア州の証券法した理由で、ウェルズ・ファーゴの子会社である「ウェルズ・ファーゴ投資、LLC(Wells Fargo Investments,LLC)(筆者注5)」、「ウェルズ・ファーゴ仲介業務サービス、LLC(Wells Fargo Brokerage Services,LLC)」および「ウェルズ・ファーゴ金融機関向け証券サービス、LLC(Wells Fargo Institutional Securities,LLC)(筆者注6)」を起訴した。(筆者注7)(筆者注8)司法長官の起訴はウェルズ・ファーゴが重要な事実を省略して、ARSについて繰り返し安全で流動性があり現金と同様の投資方法であるといった誤った説明を行い販売してきたことを理由とする。また、ウェルズ・ファーゴは販売代理店に対する適切な監督、教育を怠ったとともに不適切な投資の販売行為を行ったことも起訴事由に当たる。

 本起訴は、ウェルズ・ファーゴがARSのリスクや過去におけるオークションの失敗という産業界や社内の警告を明らかに無視した点を争うものである。
 2005年3月にSEC、米国四大会計事務所および米国財務会計基準審議会(FASB)がいずれも“ARS”は現金同等と扱うべきでないことを決定している。これらの警告にもかかわらず、ウェルズ・ファーゴは安全、流動性があり現金類似の投資対象として2008年の前半に全米のオークション市場が凍結するまで積極的に販売し続けていた。

 また、ウェルズ・ファーゴは“ARS”をマーケテイングや販売する際に“ARS”がどのような投資商品でオークション手続がどのように機能するかについて、そのリスクやオークションが失敗に終わったときの当然の結果について情報提供を行っていなかった。

2.“ARS” の商品スキームおよびリスク発生の経緯と具体的リスク
(1)わが国のオークション・レート証券(ARS)の定義
 わが国で“ARS”について正確に説明した資料を探してみた。2008年8月8日付けのロイター通信(日本語版)は次のように米国の現状を解説している。

「米連邦政府や州政府がオークション・レート証券(ARS)の販売をめぐり、大手金融機関の取り締まりを強化している。ARSは当初、安全で流動性の高い金融商品として販売されたが、世界的な信用収縮の影響で今年2月に市場がまひし、投資家が、保有するARSを売却できない状態となっている。

ARSの仕組みやこれまでの経緯は以下の通り。
・ARSは長期債の一種。1984年に初めて発行された。課税・非課税の双方がある。金利は短期市場金利に連動し、一定期間ごとに入札で見直す。入札は、7日、28日、35日ごとに行うケースが多い。
・発行体にとっては、短期金利で長期資金を調達できる利点がある。ARSの市場規模は3300億ドル。米国の州・市・公的機関による発行が、全体の半分を占める。残りは、クローズドエンド型ファンド、企業、教育ローン機関などが発行していた。
 ・ARSは、現金に近い性質を持つ流動性の高い金融商品として販売され、通常の預金よりも高い金利を求める個人投資家、富裕層、企業などが購入していた。
・今年に入るまで入札が不成立になるケースはほとんどなかったが、サブプライムローン(信用度の低い借り手向け住宅ローン)問題で業績の悪化した大手金融機関が、ARSの買い入れを中止したことで、今年2月以降、入札が成立しないケースが相次いだ。多くのARSには金融保証会社(モノライン)の保証が付いており、モノラインの経営悪化も、ARS市場の縮小に拍車をかけた。」
 ・トムソン・ロイターのデータによると、過去8年間ARSの引受額が多かった金融機関は、シティグループ、UBS、ゴールドマン・サックス、RBC、モルガン・スタンレーリーマン・ブラザーズLEH.N、JPモルガン、ワコビアWB.N、メリルリンチMER.N、バンク・オブ・アメリカなど。
 ・ARS市場の混乱で、ARSの金利は長期金利を上回る水準に跳ね上がった。投資家は保有するARSを換金できず、発行体は高金利の支払いを余儀なくされた。入札が不成立となったニューヨーク・ニュージャージー港湾公社のケースでは、20%の金利支払いを迫られた。(以下略す)」

 一方、わが国の“ARS”の解説例を見てみよう。2008年8月14日付けフジサンケイ・ビジネスの記事は次のとおり紹介している。

「ARSは、州や市といった自治体などが発行する長期債券の一種で、1984年に初めて発行されました。金利は短期市場に連動し、一定期間を過ぎると入札で金利を再び設定します。
 発行側としては、短期市場金利で長期資金を調達できるメリットがあります。発行体は自治体のほかにも、信用力の高い企業や教育ローン機関なども発行し、その市場規模は3000億ドル(約33兆円)にものぼります。発行体の信用力も高いことから、金融市場では「安全性が高い金融商品」として知られています。通常の預金よりも金利が高いため、個人投資家や企業などが購入していたようです。
 安全性が高いのに、米大手金融機関が買い戻しているのはなぜでしょうか。
 実は、金融機関側の販売方法に問題があったとされています。投資家に販売する際、損失のリスクがあるにもかかわらず、「換金性が高く、現預金と変わらない」などと説明したことを自治体などは問題視しているようです。
 もともと換金性が高かったためこうしたセールストークになっていたようですが、昨年夏に端を発したサブプライム(高金利型)住宅ローンの焦げ付き問題により、ARSの神話が徐々に崩れていきました。(以下略す)」

 以上のように、ARSは米国における金融破たんの影響の広がりと深さが多くの投資家を巻き込んだ事例の1つといえる。
 翻って、わが国の詐欺的証券アドバスに対する司法機関や金融監督機関の対応はどのようなものといえようか。ためしに金融庁のサイトから「オークション・レート証券」や「ARS」を検索してみた。結果は「ゼロ」であった。

(筆者注1)筆者自身、スタンフォード大学ロースクールの「クラス・アクション」専門解説サイト(正式名は“The Securities Class Action Clearinghouse”)を定期的に読んでいるが、この件は忙しさに紛れ読み飛ばしていた。改めて調べると、ARSをめぐる多くのクラス・アクションが提起されており、3月30日の裁判所命令の対象となった事件は2008年3月21日に申し立てられた証券法違反を理由(告訴状参照)とするものである。以降の裁判経緯や決定内容等がわかりやすく一覧になっている。

(筆者注2)、USBに対する複数クラス・アクションが統合されており、3月30日のニューヨーク連邦地方裁判所の判決はすべてを棄却することを承認するものである。なお、判決後20日以内に原告は再告訴できるのであるが、原告は5月6日に同裁判所に再告訴している。その詳細は同ロースクール・サイトでは確認できなかった。

(筆者注3) 1.証券監督者国際機構(International Organization of Securities Commissions :IOSCO、通常イオスコと呼ばれます)は、世界109の国・地域(2008年11月現在)の証券監督当局や証券取引所等から構成されている国際的な機関であり、以下の4つを目的としています。
•①公正・効率的・健全な市場を維持するため、高い水準の規制の促進を目的として協力すること。
•②国内市場の発展促進のため、各々の経験について情報交換すること。
•③国際的な証券取引についての基準及び効果的監視を確立するため、努力を結集すること。
•④基準の厳格な適用と違反に対する効果的執行によって市場の健全性を促進するため、相互に支援を行うこと。
金融庁サイトの説明から一部抜粋引用。なお、改めて注意しておくが“IOSCO”を、「通常イオスコ」と言うのはわが国だけである。海外では恥をかくので注意して欲しい。)

(筆者注4)「将来にわたるモニタリング費用」とはいかなるものか。これに類した表現を含む米国の類似の和解判決を読んでみた。正確な金額は不明であるが、おそらく和解内容の遵守状況を法執行機関として監視する諸費用であり、環境破壊裁判では汚染状態をなくす費用等が例示されている。

(筆者注5)米国における“LLC”とはいかなる経営組織をいうのであろうか。「有限責任会社」と言う訳語が一般的に使われているが、組合(partnership)や会社、法人(corporation)の違いは何か。
 現中央大学法科大学院教授の大杉謙一氏が2001年1月に発表した「米国におけるリミティッド・ライアビリティー・カンパニー(LLC)およびリミティッド・ライアビリティー・パートナーシップ(LLP)について」(日本銀行金融研究所/金融研究/2001.1)でわが国の旧有限会社等と比較しつつ正確にまとめられている(なお、2006年5月1日施行の会社法により有限会社法は廃止され、有限会社の新設は出来ない点に留意されたい)。一言で言うと「LLCはスモール・ビジネスを主として念頭においた組織形態であり、小規模会社に私法上というよりもむしろ税法上の恩典を与えることを主目的として導入された組織形態」とある。今回被告となったウェルズ・ファーゴの子会社はウェルズファーゴ経営実体の業務別担当部門そのものであることになり、今回の和解においてウェルズ・ファーゴ・グループ自体の責任を前面においたリリース等の意味がやっと理解できた。

(筆者注6) “Wells Fargo Institutional Securities,LLC”は正確にはウェルズ・ファーゴ証券の機関投資家担当の子会社のようである。

(筆者注7)起訴状(12頁)によると第一訴因(first cause)はカリフォルニア州法人法(California Corporations Code)25401条にもとづく証券詐欺(security fraud)、第二訴因は25216(a)条にもとづくブローカー・ディラーによる証券詐欺(security fraud by a broker-dealer)である。
25401. It is unlawful for any person to offer or sell a security in this state or buy or offer to buy a security in this state by means of any written or oral communication which includes an untrue statement of a material fact or omits to state a material fact necessary in order to make the statements made, in the light of the circumstances under which they were made, not misleading.

25216. (a) No broker-dealer or agent shall effect any transaction in, or induce or attempt to induce the purchase or sale of, any security in this state by means of any manipulative, deceptive or other fraudulent scheme, device, or contrivance. The commissioner shall, for the purposes of this subdivision, by rule define such schemes, devices or contrivances as are manipulative, deceptive, or otherwise fraudulent.

なお、カリフォルニア州の法律検索のイロハについては11月13 日の筆者ブログ 2.(2)を参照されたい。 

(筆者注8) わが国では“CALIFORNIA CORPORATIONS CODE”自体一般的でないので簡単に補足する。
「カリフォルニア州の法人の設立根拠法は、CALIFORNIA CORPORATIONS CODEで、各種法人や非法人組織の規定も整備されています。
 Title 1.CORPORATIONS(会社)
 Title 2.PARTNERSHIPS(組合)
 Title 2.5. LIMITED LIABILITY COMPANIES(有限責任会社)
 TITLE 3.UNINCORPORATED ASSOCIATIONS(法人化されていない組織)
 Title 4~ Title 5 省略
 カリフォルニアの会社設立は州当局(Secretary of State)への法人設立の届出(110条)を行い、届出から90日以内に受理され効力が発行します。設立の届出から90日以内に定款の内容の一定の情報(STATEMENT OF INFORMATION)について届出が義務付けられています(1502条)。
東京フィールド法律事務所のブログから引用)

〔参照URL〕
http://ag.ca.gov/newsalerts/release.php?id=1834&
http://ag.ca.gov/cms_attachments/press/pdfs/n1719_wellsfargoaffiliates.pdf
http://www.leginfo.ca.gov/cgi-bin/calawquery?codesection=corp&codebody=&hits=20

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2009年10月20日火曜日

欧州委員会「情報社会・メデイア担当委員」ヴィヴィアン・レディングのデジタル時代の近未来課題

 
 2009年10月6日に欧州委員会の「情報社会とメデイア担当委員(the European Commission in charge of Information Society and Media)」ヴィヴィアン・レディング氏(Viviane Reding)が「インターネットと欧州のデジタル戦略に関する近未来の課題(The Future of the Internet and Europe’s Digital Agenda)」と題する討議を立ち上げた。
 わが国でもインターネット社会の近未来課題として「ソーシャル・ネットワーク(web 2.0)」、「クラウド・コンピュータ」や「3Dやヴァーチャル社会」等が一般新聞にも紹介され始めている。しかし、プライバシー保護やセキュリティの視点から論じたものが多く、インターネットの限界を見据え、デジタル社会の「通信・放送」といった観点から本格的に論じたものはまだ数少ないのが現実である。同氏は、特にEU加盟国の電気通信監督機関の取組み課題という観点から本格的に論じ、例えばEU内の携帯電話会社によるVoIPのブロッキングの実態という具体的に踏み込んだ課題を提起するとともに「インターネットの中立性確保や通信量の限界」さらに「本のデジタル化」「デジタル・コンテンツの主導」等というICTの理念や新たな課題を立法論と併せ論じたものであり、欧米では多くの専門メディアで紹介されている。
 本ブログで取り上げた背景は、単なる翻訳作業ではなく同氏の提起している欧州内での政策議論の背景や事実関係を正確に理解できるよう筆者なりに注書きで補強する目的で取り上げたものである。細部に誤解等があろうが関係者による補正の指摘があればなお望ましい。
 なお、わが国の通信・放送委員会(日本版FCC)構想が新たな論議を呼ぶであろうことはいうまでもないが、FCCやFTC(証券取引委員会)等欧米の「委員会制度」の導入の前提として中央官庁の機能からの独立性の前提等正確な機能分析が必要であり、この問題は別途解説したい。(筆者注1)
 

1.序論
 現存の人々の記憶にある限り最悪の金融経営、失業率が引続き上がる等経済危機がEUや家族に対し極めて破壊的な影響を持ち続けている。2008年11月26日に欧州委員会が提案した欧州経済回復計画(A European Economic Recovery Plan)(筆者注2)の中心にあるのは「迅速な投資の必要性(smart investment)」である。私はこの「未来への投資」の意味するところは、すなわちEUが景気後退に続く成長段階に入るためにその位置に到達することを保証することにあると思う。従って、おそらく将来の成長と生産性の基盤を形成するための迅速な投資が最も重要な分野であるが故に、本日のフォーラムにおいてEUのデジタル戦略の近未来について討議することは極めてタイムリーなことである。

2.インターネットの近未来
 過去10年以内にインターネット(以下「ネット」という)は新たな技術装置(novel technical gadget)の利用から先進国の経済システムの中核に成長した。これはネットが持つ水平的な本質すなわちどこでも使え、産業界全体を通じ、ビジネスやレジャーという分野を問わず経済、社会面で利用されていることにある。従って、EUや米国の双方において生産性向上の半分以上の原動力となった。ネットは情報・通信技術を通じビジネスや経済の広い範囲さらに市民や消費者にとっての社会的利益をもたらすメディアである。
 我々がすでに理解しているとおり、ネットの成長は目を見張るものがあるが、単なる成長だけではなく「変化」し続けるのである。ネットは本来コミュニティの専門ユーザーのためのコンピュータ・システム間の情報仲介を意図して設計されたものであり、無限に増加するユーザー数、アプリケーションやビジネス・モデルに耐えられないという本質を持つ。
 ネットの構造的な制約・限界はますます世界中で認識され、ネットの近未来は世界中のICT政策協議の主要テーマとなっている。最近開催された「インターネット経済の未来(the Future of the Internet Economy)」と題するOECD閣僚会議(OECD Ministerial Conference)(筆者注3)において、OECD加盟国は社会・経済的重要性に鑑みてアプリケーション開発およびネットをより堅固、多用途化する戦略を支援し、かつ新しい活用を包含・最適化した統治モデルに合致した準備を支援するという取組み課題を再確認した。
 欧州委員会は政策方針立案と研究への資金援助の双方において支援を行ってきた。後で政策方針について言及するが、まず初めにネットの未来の調査・開発(R&D)に関するEUの第7次フレームワーク計画(the 7th Framework Programme)(筆者注4)について説明したい。第7次フレームワーク計画のICTプログラム(筆者注5)は2年以上にわたり約9億ユーロ(約1,188億円)をもってネットの近未来のさまざまな側面を目指すICTプロジェクトの最適管理(portfolio)を現在支援している。ICT研究の中でネットの近未来研究は2011年から2013年の極めて優先度の高いテーマとして残されている。
 近未来のネットのR&Dは、とりわけソーシャル・ネットワーク(web 2.0)、セキュリティやプライバシー問題、可動性やブロードバンド接続ニーズ、「モノのインターネット(Internet of Things)」(筆者注6)、分配型サーバー・ファーム(サービスのクラウド・コンピューティング)および新しく膨大な形式・量を持つコンテンツ(3Dやヴァーチャル世界)の出現でさらに駆り立てられている。

 これらの開発は、ネットのインフラストラクチャーの容量の膨大な増加を必要とする。ネットのトラフィック量は年間60%増加しており、可動式端末についていえば成長率は年間100%である。これに対応して、ネットの通信量の優先付け技術(traffic prioritization techniques)はネットワーク容量を最適化するとともに過密による混乱を回避するため開発されている。しかしながら、一部の通信量を優先させることは残りの通信部分を制限することになり、特に競争上の影響に関し慎重な対応を保持することが不可欠といえる。
 欧州委員会は、EU内におけるインターネットが公正な競争と消費者がその利益を理解できるようオープンかつ政治的(筆者注7)に中立な特性の保持を最優先する。

 一般的にみてヨーロッパの消費者とプロバイダーは、今まさにその議論が始まった米国に比べネットの中立性に関し全体的に見て比較的良い位置にあるように思う。これは競争促進的な(pro-competitive)EUの監督・規制のおかげでヨーロッパの消費者は強引に規制解除された米国の通信市場に比べ、サービスプロバーダーをより競争的に利用することが可能となっているからである。すなわち欧州委員会と加盟国の通信規制機関は、過去数年間消費者の申出内容をより透明にし、かつ段階的に競争を強化することにより競争的通信市場を共同して開発することを保証してきた。

 しかしながら、我々が市場と技術開発の間の過程において起こりうるインターネットの中立性における新たな脅威に対し非常に用心深くとらえる多くの理由がある。
 EUの数カ国の携帯電話会社によるVoIPサービスのブロッキングや通信差別(discrimination)がその例である。これは、2007年11月13日の欧州議会において本委員会が提案し現在、欧州議会(Parliament)およびEU理事会(the Council)で最終合意(立法化)される予定の「電気通信パーケージ(Telecoms Package)」(筆者注8)改革の背景である。この改革の実現により、EUの電気通信市場における消費者にとっての競争性や市場力がより強化されるとともに非競争的な行動(このEU競争法上の手段についてはすでにEC条約(ローマ条約(筆者注9))第81条、第82条により規制されている)(筆者注10) に対し追加的安全策を提供することが可能となる。
 加盟国の通信監督機関は、とりわけエンドユーザーがアクセスや情報の配信を受けもしくは自らの選択権にもとづきアプリケーションやサービスを実行できる能力の促進を求められるといえる。このことはEUにおけるネットの「中立特性」の強化に貢献するであろう。
 競争的な力のみではネットの開放の安全保障に不十分な場合、当該加盟国の通信監督機関はEU電気通信改革の下で、ネットワーク送信サービス(EUの電子通信ネットワークの普遍的サービスと消費者の権利に関する指令により(ユニバーサル・サービス指令(筆者注11)第22条第3項))(筆者注12)その最小限の品質を設定することで市場への介入が可能になるであろう。これは消費者と向い合った新しい透明性要求によって支援されることになろう(第21条および第22条)。
 モバイルのブロードバンド・ネットワークにおけるVoIPのブロックの例に関し、2009年7月1日発効の第2次EU Roaming Regulation(筆者注13)はWiFi、VoIPやInstant Messaging Services等の代替手段の利用や技術の出現について何ら障害となってはならない。従って、ネットの中立性を支持するこれらの改革はしばしば過小評価されるが、電気通信改革や欧州議会議員にとって非常に重要な点であるだけでなく、多くの欧州議会の大臣は同Regulationの立法過程における対応に関する電気通信パッケージの言い回しにおいて強調することがふさわしいと見ている。
 私は中立性を高めるためこれらの新しいツールをうまく利用すべきであると考える。私自身一部の携帯電話会社がVoIPのブロッキングを継続しているケースに関し、この根拠に基づき行動する用意がある点を述べている。さらに、私は2010年に本委員会がこれらの新しい道具をいかにうまく利用するか広い視点から論議が深まることを期待する。

 新しい電気通信パッケージはネットの中立性につきかなり体力を労して応えている。しかしながら、私は技術と規制がこの数年さらに発展することも知っている。そして、私はネットの中立性に関し本当の脅威が来たときは常にその防御の最前線に立つと考えている。

 あなた方は、私および欧州委員会が全体として緊密な精査に基づく開発を維持しかつ欧州議会やEU理事会に対しネットの中立性を実施する状態につき定期的な報告をあてにすることが出来る。

3.欧州委員会の近未来デジタル課題とは(Future Commission’s Digital Agenda)
 バローゾ欧州委員会委員長と私は、すでに立法措置の目標となる「真のデジタル単一市場(genuine digital single market)」の主たる障害と取組むことを目的とした明確な「EUのデジタル課題」を定義する次期任務(next Commission)への取組みを発表した。消費者は完全な汎ヨーロッパ・サービスの利益を得られなければならず、また企業は新しい市場へのアクセス権を得なければならない。今日、単一市場の重要な問題は「オンライン」に関する問題で起こる。もし我々が電気通信規則の近代化やブロードバンドの立ち上り(take-up)の推進、超高速で競争的かつ安全な次世代ネットワークに関する仕事に関しネットに基づくサービスを巻き取らないとすると、単一市場はひそかに弱体化することになろう。しかし、目的地に進むに価値がないとすれば最善の高速道路が十分でないがゆえに、デジタル・サービスやデジタル・コンテンツにより簡単にアクセスできることが必要となる。
 今日デジタル・サービスの自由化の動きは、加盟国の国内レベルでの細分化された規則により著しい障害に出会っており、この問題が解決されない限り企業や消費者は知識経済(knowledge economy)の最大の可能性に達し得ないであろう。消費者側における信頼性の欠如の問題の解決を支援するため、メグルナ・クネワ消費者保護担当委員(Meglena Kuneva)と私は2009年5月に消費者のオンラインに関する諸権利について説明する多言語オンライン情報ツール“eYou Guide”を立ち上げた。
 私は“e-Commerce”がネットの生命力であり、すべての関係者が残されたままの障害に協力して取組むべきとするICOMP(Initiative for a Competitive Online Marketplace)(筆者注14)に賛同する。e-Commerce市場で活動する経営者たちを支援するため「e-Commerce指令(the eCommerce Directive) 」(筆者注15)に追加されるべく審議が行われている「消費者の権利に関する指令案(the Draft Consumer Rights Directive)」(筆者注16)を優先すべきであり、私は欧州議会に支援を再確認した。消費者および単一市場が問題となる時、SMSやデータローミング規制の採択の時と同様、欧州議会は我々にすべてのヨーロッパの消費者の利益のため何をなすべきかまた欧州議会が迅速な採択を行うべきか示してくれた。しかし、デジタル・サービスの単一市場化に関し我々がデジタル・コンテンツの越境利用規定についてみる時、そのギャップはさらに明確になる。デジタル技術は創造的仕事のコミニケーションをより容易にさせ、免許権に関する伝統的実践内容はその限界に到達すると思われる。デジタル技術は価値連鎖(value chain) (筆者注17)において新たな役者と役割をもたらすとともに創造的コンテンツの手続や流通に関する条件を変えてきている。コンテンツ部門は著者、プロデューサー、出版社、著作権管理団体(collecting societies)および配給会社(distributing companies)等「伝統的なプレイヤー」に限定されない。消費者は、自らがコンテンツを作り出すいわゆる「生産消費者(prosumers)」となってオンライン・メデイアにおいて次第に重要な役割を演じるとともに一般的に「メデイア多元論(media pluralism)」と民主主義の利益に対するサービスを供給する。
 しかし、ビジネス・モデルと技術供与はこれらの新しいコンテンツに十分適合できないため、このことが法的オンライン・コンテンツの有用性を制限するだけでなくニューメデイア・サービスの開発・供給そのものを停止させてしまう。
 我々の未来は新しいタイプのメディアで満たされるであろうが、今日ニューメデイア・サービスはコンテンツ権の明確化のため極めて複雑で割高でかつコストがかかる手続に直面している。その結果、プロバイダーは特定のEU加盟国の大国のユーザーのみ(小国のユーザーにとって不利益なかたちで)サービスを提供することを決定する。正直に言おう。デジタル・コンテンツの供給に関し、EUは世界最大の市場であること主張できない、27の別々の市場なのである。このことはこれらの問題に取組む際に米国を目標とする法的手段における競争的有利性に貢献するのである。

4.本のデジタル化への挑戦(The challenge of books digitisation)
(1)本のデジタル化と“Orphan Works”
 私が第一におく優先課題は、①大量の本のデジタル化、②著作権の保護期間が存続しているが著作権者の識別・連絡先の特定ができない著作物すなわち“Orphan Works”(筆者注18)問題である。我々の文化遺産がEU市民にとって近づきがたいままであることは容認できない。文化遺産は1クリックで読めてかつそうあるべきである。欧州の出版社や著者の権利が尊重されかつ公正に報酬が保障されることが可能となる欧州著作登録(European Rights Registry)(筆者注19)または欧州著作権登録システム(European System of Rights Registries)を含む「本のデジタル化」を奨励する一連の欧州規則を新たに設けるべきである。そのためには既存の“ARROW(the Accessible Registeries of Rights Information and Orphan Works)”や“Europeana”(筆者注20)のような革新的プロジェクトの役割を強く認識することが求められよう。
(2)コンテンツ・オンラインでの主導権
 第二に、我々はユーザーが自由に買えまたどこでも楽しめ、いかなるオンライン・プラットフォーム上支払対象となるコンテンツに関するルールと調和した市場が必要である。
 コンテンツ・プラットフォームに関する今回の委員会の「付託・要請文(mandate)」の最後の前でコンテンツ・オンライン・プラットフォーム(Content Online Platform)(筆者注21)の議論の結果を考慮し、チャーリー・マクグリービー委員(Commissioner Charlie McGreevy)と私はコンテンツの権利者、インターネット・サービスプロバイダーおよび消費者の利益に関し、デジタル単一市場への道を敷き詰めるにあたり一連の可能な政策や立法上の選択肢に関する「考え方をまとめた文書(reflection paper)」(筆者注22)と合せ公の議論を刺激したい。
 我々は、デジタル・コンテンツの消費者ニーズと権利者の間のバランスについて再評価するため働くつもりである。その主要目的は、欧州のどこで制作されたものでもデジタル・コンテンツに簡単かつ楽しくアクセスできることとなろう。
 我々は、EUの他の委員会と協同してコンテンツ・クリエーターが消費者の高い期待に合致させる一方でそれらのクリエイターの権利を保証するつもりである。サービス・プロバイダー、消費者および権利の保有者にとって共に仕事を行い、バランスの取れたアプローチを実現することが最善の方法であり、また私はICOMPにこのような過程に参加するとともに前向きに取組むよう要請したい。

5.情報社会におけるプライバシー問題(Privacy in the Information Society)
 しかし、欧州のデジタル課題はコンテンツ問題に限るべきでない。すなわち、次期委員会が目指すべき取組み課題として次のような切迫した課題がある。私が極めて注意を払っている1つの問題は「オンライン環境におけるプライバシーと個人情報保護問題」である。私はプライバシーに関し特定の意味を持つ3つ-①ソーシャル・ネットワーキング、②行動ターゲティング広告(筆者注23)、③RFID(ICチップ)-技術・商業面の開発に関する問題を引用したい。
第一に、ソーシャル・ネットワーキングは参加者がどこにいたとしても新しいコミュニケーションの利用形態面および人々を集めるという特性において強力な潜在能力を持つ。しかし、ネットワーカーは自分のネットワーク上に掲載されたあらゆるウェブ上のプロフィールについて誰がアクセスしてどのように使用しているかに認識しているであろうかを知りえない。私の意見では「プライバシー」保護はソーシャルネットワーキング・プロバイダーとそのユーザーにとって最優先の問題であるべきである。私は少なくとも未成年のプロフィールについてはネット検索エンジンは不履行かつ利用不能でなければならないと固く信じる。欧州委員会は、すでにプロバイダーの自主規制によりソーシャル・ネットワーキングサイトへの未成年に関し注意して扱うよう呼びかけている。私はすでに対処しなければならない時のため「新規則」を準備している。しかし、それは他に手段がない場合のためである。
 第二に、欧州委員会に対し繰り返し指摘されているプライバシー問題が「行動ターゲティング広告」の問題である。それは、広告目標でより明確なかたちでネットユーザーの閲覧状況をモニタリングするシステムであり、当該個人の事前の同意がある場合のみ使用が可能である。
 「透明性」と「選択」がこの今回の討議のキーワードである。本委員会は我々のプライバシー権に対する尊重を保証するため「行動ターゲティング広告」について緊密にモニタリングしている。私はEU加盟国がこの義務を怠ったときとるべき行動に躊躇するつもりはない。その初めての例が、本委員会が「Phorm事件」(筆者注24)で英国に対して取った行動である。
 第三に、プライバシーに影響する最新の技術傾向は有名なICチップ(RFID)である。RFIDはビジネスをより効率的またよりよく組織化するものであるが、私はもしそれが 消費者に対して使われる(on the consumers)のではなく、消費者によって使われる(by the consumers)のであれば欧州において歓迎されると信じる。いかなる欧州人もどのような目的で使うのか予め説明を受け、またその除去やスイッチを切るという選択肢なしにその所持物にICチップ1つを登載すべきでない。人々によって受け入れられたときのみ「モノのインターネット」は機能するであろう。
 我々は現在EUの電気通信規則の改正と合せEUのプライバシー法の強化しており、それらにおいて個人情報のコントロール権に確実化が必要なとき新しい主導とともに戻るつもりである。とりわけ、これらの個人情報が影響するであろう第三国(筆者注25)と提携しつつ実行することになろう。

6.欧州のウェブサイトに対するより多くの信頼
 デジタル欧州戦略(Digital Europe Strategy)(筆者注26)は、ヨーロッパのウェブサイトが消費者の信頼を組み込むため自己規制システムの開発に新しい機動力を与えることになろう。消費者の信頼は欧州のデジタル・サービスの信頼性と品質を保証する信頼性付与機関(European trusted authorities)または「トラスト・マーク(trustmarks)」を通じ構築される。欧州のトップ・ドメイン名である“dot.eu”は、EU内の「eu.ドメイン」に登録する各企業が欧州の法律に従わねばならないためこの成功が重要な点である。
 “.eu”を探すと何らかの形式で基本的な保護が与えられ高度な規格に合致する企業は“.eu”を採用することで差別化できる。「トラスト・マーク」問題は非常に長い期間検討されてきたが欧州システムとしてはほとんど進歩していない。それは産業界の団体や消費者団体―特に私は欧州消費者連盟(the European Consumers’ Organisation: Bureau européen des unions de consommateurs:BEUC)を想定している-は私が信じるところの持続可能性のある欧州トラスト・マーク(海外でインターネット・サーフを行う我々のユーザーに信頼や巨大なオンライン市場の利益を与える)の確立のためともに集合すべきである。その必要があれば、本委員会は行動を起こす準備が出来ている。

7.ブロードバンド・インターネット(Broadband Internet)
 デジタル課題は新しい委員によってさらに発展されるであろうし、私は彼らの決定すべきことを先取りしないよう慎重であるべきである。しかし、私が取るであろう1つのリスクはブロードバンドが近未来の課題の重要な役割を果たすと確信して予測することである。私は5年間の欧州委員会の情報社会とメディア担当委員として、部分的ではあるが欧州経済回復計画においてブロードバンドを極めて高い優先的に位置づけていることの背景である。
 我々は本日ブロードバンド戦略について時間をかけた議論の時間はないが、3つの質問すなわち「なぜ」「何を」「いつ」について答えることで我々の考えを紹介するとともに欧州経済回復においてブロードバンドが重要な役割を果たすことについて説明したい。

(1)なぜブロードバンド・インターネットなのか
 我々はICT投資と経済の業績が直接リンクすることを知っている。それはあらゆる産業部門を水平的にかたちで改革能力や生産性を改善させ、自然資源の最適化を支援してくれる。それは、また公共部門の効率性と効果向上の重要な操縦者であり、また我々市民の生活の質を向上させるのに不可欠である。ICTは、我々により多くのエネルギー効率や正確な環境モニタリングさらにより良い公共医療サービスや高齢化社会の状態の改善に関しユニークな解決策を与えてくれる。
 ICT革新を配備、使用する点でリーダー的であるEU加盟国は、高い経済成長と市民に提供するサービスにおける世界標準(world benchmarks)を確立し、またより低炭素経済(lower carbon economies)に向けた動きを牽引している。
 なぜブロードバンドなのか:答えは簡単である。ICTの最善の使用における基本的な慣らし状態(pre-condition)は高速ブロードバンドの配備である。
 欧州委員会が提案するものは何か:経済回復パッケージの一部として我々は農村村落における高速インターネットを拡大、アップグレードするための資金的保証を行った。この資金支援はブロードバンドへのアクセスを持たない農村地域の23%を目標にしたものである。
 この提案(Rural Development Plans)の目的は次の2つである。すなわち、①すべての欧州人は、どこ住む人もブロードバンド・インターネットの利益を享受出来ることを保証すること、②可能な限り迅速に資金供与を行い、即効性の刺激を経済に与えることである。後者に関し、その成果は期待したよりやや遅いといえる。その最新の成果は「農村部開発計画(Rural Development Plans)」 中、ブロードバンドに割り当てられた50億200万ユーロ(約6,677億円 )のうちわずか315万ユーロ(約4億1,900万円)であった。私は加盟国の数か国が本委員会が承認した農村部開発計画の資金利用に配慮する決定に消極的なことに失望している。しかし、私は当該国を引続き納得させるつもりであり、さらに極めて高速のブロードバンドを支援する一連の規則手当てとガイドライン策定を進めている。
 ブロードバンドを推進しかつ始めるためには、また、先進的越境ウェブベース・サービスにとって好ましい条件の要求も促されなければならない。言い換えれば、「デジタル単一市場」とは私が先ほど話した「デジタル課題」の主目的なのである。
(3)最後の質問、結果はいつでるのか
 最初に悩むのは経済を刺激するため資金の緊急注入問題であるしかし、また一方で我々はデジタル社会の水平線に向けて短期的な先を見る必要がある。ICTは景気循環によって引き起こされる必然的変動にもかかわらず、近代化が確実なペースで続く部門である。私は景気回復の「若芽(green shoots)」について話しているのではない。私は、継続的に我々に生産性利益を獲得を獲ることを許し、経済を成長させ、またより高い生活水準を成し遂げる長期の技術発展について話しているのである。すなわち、このことは欧州の経済回復の重要性はもとより、より生産的なビジネスや一方ではその組織また他方では革新的生産物およびより消費者の選択の重要性を提案したい理由である。

8.結論
 私は欧州を見通すことについて自信がある。それは我々の莫大な強さだけではない。すなわち、安定した民主主義、単一市場、そして成功した単一通貨等過去5年間欧州委員会が成し遂げてきたもの、とりわけ歴史において最大の拡大に成功し、遠大で法的に拘束力を持つエネルギーと気候変化目的を持つ初めての地域となった点である。そして、あなた方の携帯電話から安い電話がかけられるようになったことを忘れないでほしい。
 しかし一方で、私は奇妙な方法で我々が危機によってかえって強くなったと考える。その危機が我々に欧州および地球規模での経済の相互依存性について教えてくれたからである。
 今、我々は自らの繁栄を守るため将来に向け政策の協調や早期化を行うべきであることを知っている。我々は目的の新たな意味を認識している。私は、今ますます強力になりまた解決と創意において欧州が21世紀の経済の主役になると信じている。

(筆者注1)本原稿の執筆中に、筆者が参加しているデスカッション・グループ:ハーバード大学ロースクールの “The Berkman Center for Internet & Society”がFCCの研究委託に基づきとりまとめた報告書「次世代の接続性:世界におけるブロードバンド・インターネットの変遷と政策(Next Generation Connectivity: A review of broadband Internet transitions and policy from around the world)第一次草案」(全232頁)が公表され、FCCが広く意見(パブリック・コメント:期限11月16日)を求めている旨のレターが同センターより筆者の手元に届いた(10月15日付のロイター通信もこの件を報じている)。筆者としてもレディング氏が今回投げかけた課題とともに各国のオープン・アクセスの確保やブロードバンドの競争政策について別途の詳細な検討が必要であると考える。

(筆者注2)同委員の問題提起を正確に理解するためには“A European Economic Recovery Plan”(欧州委員会2008年11月26日提案 "2008年12月11~12日の欧州理事会(EU首脳会議)採択) ”の閲覧が必須である。総務省の以下の資料もある
 2009~2010年の2年間で2000億€(加盟国負担1700億€、EU予算・欧州投資銀行(EIB)予算300億€*)。(*EIB:156億€、EU 予算:144億€)
■2008年12月12日欧州理事会において合意。今後、予算案が欧州議会において審議予定。
■2009年3月、欧州委員会は進捗状況調査を公表予定。
■エネルギー供給やブロードバンド環境改善のために、EU予算の未使用剰余金(本来は農業分野に充当)を転用し50億€(2009~2010)支出。(ブロードバンドインフラ整備に当てられる額は10億€。)
■使途を自由に決定できる21億€の調査研究予算(既存予算の使途振替)は、グリーンカー構想、エネルギー効率建築、未来の工場構想、超高速インターネットに配分。
総務省「ICTビジョン懇談会(第2回)」平成21年1月27日(火)開催参考資料3「主要国における最近の経済対策(概要)」より抜粋。ただし、この要約資料は同懇談会の性格からEU委員会が提案した計画の本来の主旨・全体像を網羅したものではない。正確な理解のためにはJETROブリュッセルセンターがまとめた「EUの景気対策~欧州経済回復計画の概要」の閲覧を薦めるし、その内容を理解していないと同委員の主張の背景・根拠が理解できない。

(筆者注3)「インターネット経済の未来(A Future of the Internet Economy)」と題するOECD閣僚会議は2008年6月17~18日韓国ソウルで開催された。その結果は「韓国宣言(THE SEOUL DECLARATION FOR THE FUTURE OF THE INTERNET ECONOMY)」としてまとめられている。

(筆者注4) わが国で EUの第7 次フレームワーク計画について解説した資料としては、駐日欧州委員会代表部サイト新エネルギー・産業技術総合開発機構のサイト東北経済産業局情報等があげられる。EU加盟国間の共同研究活動,欧州研究評議会(European Research Council:ERC)を通して実施される基礎的研究,人材の流動性の促進,「知」に基盤を置く地域や中小企業の支援,この4つの助成を行うものである。いずれにしても時々刻々と変化しているので欧州委員会の当該サイトで最新情報のチェックが重要である。

(筆者注5)EUの研究会発情報サービスである“Community Research and Development Information Service-CORDIS”はテーマ別に分類されナビゲーションがしやすくしてある。すなわち①農業と食糧供給(agriculture and Food supply)、②生物学と医薬(biology and medicine)、③エネルギー(energy)、④環境と気候(environment and climate)、⑤産業と産業技術(industry and industrial technology)、⑥情報通信技術(information and communication)、⑦実地研究(research in practice)、⑧研究成果の出力(research outputs)、⑨社会経済的な関心(social and economic concerns)、⑩輸送と建設(transport and construction)である。

(筆者注6) 東京大学大学院情報学環教授の坂村健氏の2009年7月5日の毎日新聞での説明によると“Internet of Things”とはモノを結ぶインターネットのような次世代環境である。EUの“7th Framwork Programme”のcasagras project で検討されており、わが国でいうユビキタスのような概念であるとある。わが国の調査研究機関でも取組んでいる例がある。しかし、一般向にはこのような説明でよかろうが、わが国のICT関係者は満足できまい。筆者なりにEUの“CORDIS”サイトから調べてみた。簡単にいうと“CASAGRAS(Coordination and support action for global RFID-related activities and standardisation)”とは「インターネット・ネットワークを介したグローバルなRFID関連の活動と標準化に関する調整と支援活動」のことである。本プロジェクトにはわが国(坂村教授がメンバーである)を始め中国、フランス、ドイツ、韓国、イギリス、米国が参加している。その活動の経緯については“CORDIS”や“CASAGRAS”最終報告等を参照されたい。いずれにしても従来取り上げられてきたインターネットの利用概念とは異なるものであり、研究に値するテーマと言えよう。

(筆者注7)ここで言う「政治的」とは狭義の政治的という意味ではない。後述するとおり、現政権や特定の事業者への批判的意見も含まれるし、実際筆者も総合セキュリティソフトを利用していてなぜアクセス禁止メッセージが出るのか判断に迷うケースがある。このブロック問題はEUだけでなく筆者がディスカッション・メンバーとなっている米国人権擁護団体Center for Democracy & Technology:CDTの最新情報で実際経験済である。

(筆者注8)“Telecoms Reform Package” とは2007年11月13日レデイング氏が欧州議会に初めて提案した「2002年EU電気通信規則」改正による電気通信改革のことである。EUの単一市場化を目指すとともに、競争を促進することによって、消費者により有利な市場として市場を活性化をするため、特に高速無線ブロードバンド市場の活性化を目的としている。
 また、レディング氏は2008年6月12日のEU電気通信閣僚会議の後、EUの電気通信改革の背景や具体的進め方について整理している。併せて読まれたい。
 なお、本原稿を執筆中、2008年1月に情報通信研究所特別研究員本間雅雄氏がまとめたレポート「欧州委員会、テレコム市場改革プランを採択」を読んだ。EU内や米国の議論も踏まえまとめられているが、体系的・専門的に整理された内容とは思えない。

(筆者注9) 「ローマ条約」とは、欧州経済共同体 (EEC) 設立に関する、フランス、西ドイツ、イタリア、ベルギー、オランダおよびルクセンブルグが1957年3月25日にローマで調印、1958年1月1日に発効した「欧州経済共同体設立条約 (Treaty establishing the European Economic Community) 」(1993年11月に発効したマーストリヒト条約により、他の事項とともに共同体と条約両方の名称から"経済"を除去する修正を受けた。この結果「欧州共同体設立条約」または「EC条約」と呼ばれている)および同日調印された「欧州原子力共同体(Treaty establishing the European Atomic Energy Community:EURATOM)」とあわせと総称として「ローマ条約」といわれる。

(筆者注10)EU競争法は市場の統合と消費者の保護を主要な目的とし、競争法違反規制と企業集中規制の2分野から成っている。競争法違反はEC条約(ローマ条約、1958年発効)第81条(anti-competitive agreements)、第82条(abuse of dominant positions)により規制されている。(国立国会図書館「レファレンス」2005年5月号高澤美有紀「EU競争法の改正―執行手続の強化と分権化」)から一部抜粋。

(筆者注11)「EUの電気通信分野のユニバーサル指令」をはじめとする「サービス指令」についてはジェトロが2007年7月「 サービス分野の市場統合とサービス指令(EU)」で制定の経緯や内容について詳しく解説しており、その中(12~13頁)で電気通信分野について解説されている。すなわち「電気通信ネットワークおよびサービスの共通規制枠組みに関する2002年3月7日付欧州議会および理事会指令2002/21/EC」により、電気通信関連の新たな規制枠組みができた。同枠組み指令は、「認証指令」、「アクセス指令」、 「ユニバーサル指令」、「プライバシーと電子通信に関する指令」の4つの指令とともに電子通信セクターの競争力を高め既成の電気通信に関する法的枠組みを改善することを目的とした電気通信規制パッケージを構成している。同枠組み指令は、2002年4月24日に発効し、2003年7月24日までに加盟国で国内法制化することが規定された。」

(筆者注12)Reding 氏のEU原稿では第22条第3項とあるが現行ユニバーサル指令の原本に当たったが第3項はない。このため昨年10月にメールのやり取りをしているReding氏の担当秘書役Francoise Mingelbier氏に改めて照会メールを送ったところ、約3時間後にReding氏のスポークスマンMartin Selmayr氏にかわり同氏より回答が来た。参考までにその回答要旨を簡単に説明しておく。
「第22条第3項は加盟国の電気通信監督機関による中立性保証条項で現在欧州議会やEU理事会において最終審議中であり、その回答に第3項案が添付されていた。レディング氏がスピーチ中に引用したのはそのことである。また、委員会は現在そのような条項(ガイドライン等)の追加が国際通信市場にとって新たな障害となりうるかにつき欧州電気通信規制機関(the Body of European Regulators in Telecom:BERT)に意見具申中である。」
筆者にとって以外に早い回答であったが、欧米の場合、このように質問の意義に応じ迅速な回答が来るのが通常である。国際的知識人の良識を感じた。

(筆者注13)“International Roaming”について説明しておく。EUのウェブサイトの説明によると国際ローミングとは、ローミングサービスの一つ。契約している国内通信事業者のサービスを、海外の提携事業者の設備を利用して受けられるようにすること。また、そのようなサービスをいう。インターネット接続サービスや携帯電話などで提供されている。DDIやIDOの携帯電話であるcdmaOne(CDMA(Code Division Multiple Access)方式を使用したデジタル携帯電話システムで米国CDG(CDMA Development Group)の登録商標)は世界的な規格であり、海外でも多くの事業者がcdmaOneによるサービスを提供しているため、多くの国でローミングサービスを受けることができる。

(筆者注14)“ICOMP” はオンライン出版社、広告主、インターネットやネットワークサービス・プロバイダーおよびオンライン広告代理店などインターネット・ビジネスに関する業界団体の業界主導のための団体である。ヨーロッパ、北米、中東の14カ国40社以上の企業、業界団体、消費者団体、個人がICOMPプリンシプルを支持している。 ,

(筆者注15) 2000年6月8日に、欧州議会・閣僚理事会は、欧州域内市場における消費者と事業者に情報社会サービスの一定の法的確実性の提供に関する指令いわゆる「電子商取引指令(2000/31/EC)」を採択した。本指令は、加盟国間のオンライン・サービスの自由な流通を確保することによって域内市場を適切に機能させることを目的としており、具体的には、サービス・プロバイダーの設立、商用の電気通信、電子契約、オンライン媒介サービス事業者(intermediary service providers)の透明性・情報要件および責任制限、裁判外紛争処理等に関する国内法令を調和させることを意図している。本指令の重要な特徴のひとつが、いわゆる「域内市場条項(Internal Market clause)または「本国の原則(‘country of origin’principle)」を採用していることである。この原則は、情報社会サービスは原則としてサービス・プロバイダーが設立された加盟国の法律に支配されるというもので域内電子商取引について生じる適用法の問題を一定の範囲で解決したものといわれている。
 加盟国は2002年1月17日より前にその内容を国内法に編入しなければならないとされていた(第22条第1項)。しかし、実際における各国の立法は遅れている一方で現在の立法状況について一覧形式のEU公式資料はない。このため筆者は“epractice.eu”サイトの電子政府(eGovernment)の資料(factsheets)および当該国のポータル等を基に調べ、参考までに27カ国中4カ国の立法化状況(関係法律名および成立・施行年月日など)を以下のとおりまとめた(調査時間の関係で残りの23カ国については省略する)。
 なお、EU加盟国法等外国法に精通されている読者であれば理解されると思うが、EUの公式資料だけでは正確な法律名は説明されていないため筆者なりに補足するとともに法律の原文にリンクさせたので、関心のある方は法律の原文(英訳化もかなり進んでいる)を直接当たられたい。
①オーストリア: ”eCommerce Gesetz; ECG” 2002年1月1日施行。
②ベルギー:2003年3月11日に次の2つの法律が採択された「ベルギー憲法第77条が目的とする情報社会サービスの特定の側面に関する法律p. 12960(Loi sur certains aspects juridiques des services de la société de l’information visés à l’article 77 de la Constitution)」「情報社会サービスの特定の側面に関する法律p. 12963(Loi sur certains aspects juridiques des services de la société de l’information)」
③ブルガリア:「電子商取引法(ЗАКОН ЗА ЕЛЕКТРОННАТА ТЪРГОВИЯ В сила от 24.12.2006 г. Обн. ДВ. бр.51, изм. доп. ДВ бр. 105/2006 г., ДВ бр. 41/2007 г. )」 2006年6月23日成立(法律第51号)、2006年12月24日施行」。(英訳条文
④キプロス:「電子商取引法」2004法律第156号(I)。2004年4月30日成立。キプロス官報 (112(Ι)/2000, Νόμος που προνοεί για την αναγραφή της τιμής πώλησης και της τιμής ανά μονάδα μέτρησης των προϊόντων τα οποία προσφέρονται από τους εμπόρους στους καταναλωτές προκειμένου να βελτιωθεί η ενημέρωση των καταναλωτών και να διευκολυνθεί η σύγκριση των τιμών) 

(筆者注16) 「いわゆる消費者の権利に関する指令案(the Draft Consumer Rights Directive)」は欧州委員会が2008年10月8日に採択のうえ欧州議会およびEU理事会に提出し、2009年9月28日に議会において討議方針説明(position paper)が行われている。
 その内容の詳細や審議経過については欧州委員会保健消費者保護総局(the Directorate General for 'Health and Consumers:DG-SANCO)消費者対策課(Consumer Affaires)のサイトで詳しく解説されている。なお、DG-SANCOの守備範囲は、①食物・食品の安全性、②消費者保護、③公衆衛生をその柱としており、EUの“2009 H1N1”といった緊急問題も扱っている。

(筆者注17)「バリュー・チェーン」とは、1985年Michael Porterがベストセラー「競争優位の戦略(Competitive Advantage: Creating and Sustaining Superior Performance)」で提唱したもの。 競争優位を生み出すためには製品の付加価値(販売価格―原料コスト)だけに着目せず、生産活動を主活動と支援活動に分け、それぞれの活動が価値(value)を生み出すという構造でありことを認識し、各活動を分析、最適化を行うことで競争優位につなげるという考え方。これまでは、個々の企業間での連鎖過程を主に意味していたが、企業群、業界のネットワーク間での連鎖までも含めて、バリュー・ネットワークという新しい企業の定義も出てきている。(経済産業省商務情報政策局情報セキュリティ制政策室資料等より抜粋)

(筆者注18) 英国図書館(BL)の試算では,著作権の保護期間が存続している同館蔵書のうち40%がOrphan Worksである,とされているほどであり,欧州デジタル図書館高次専門家グループ(HLEG)ではこれらをデジタル化し,インターネットで公衆送信するための環境整備の必要性を提起していた。この提起を受けて,HLEGの著作権サブグループは2007年9月から,利害関係者を集め,Orphan Worksの利用に先立つ「著作権者の真摯な調査」のガイドラインを策定してきた。この利害関係者会議には,国立図書館・文書館などの文化機関,出版社・著作者・実演家等の権利者団体の双方から代表が参加し,著作物の形態に基づく4つのセクター(文書資料(text),視聴覚資料(audiovisual),視覚・写真資料(visual/photography),音楽・音声資料(music/sound))ごとのワーキンググループでの協議および全体での協議を行ってきた。こうした協議の結果,2008年6月4日,欧州委員会のレディング(Viviane Reding)情報社会・メディア担当委員長臨席のもと,BL,フランス国立図書館(BnF),英国公文書館(NA),欧州国立図書館長会議(CENL)や各権利者団体が,『Orphan Worksのための真摯な調査ガイドライン』に合意し,覚書に署名を行った。(国立国会図書館カレントアウェアネス・ポータルNo.132 2008年7月23日号より抜粋。

(筆者注19)Reding 氏の主張は“Book Rights Registry”をさしていると思う。そうであるとすると最近わが国でも話題となっているGoogle社が進めている書籍のデジタル化の話とつながる。国立国会図書館の9月8日付けカレントアウェアネス・ポータルで次のような記事がでており、参考までに紹介する。「Google社は、書籍のデジタル化について、欧州で販売中の書籍に限り権利者に事前に許諾を得る方式に変更すると発表しています。同社は、米国で絶版であっても欧州で販売中である書籍については権利者の事前許諾を個別に得るまではGoogleブックスに加えないとしています。また、同社は欧州の出版社と欧州の著者をBooks Rights Registryの委員会に追加する提案も行っているようです(GoogleがEUに大幅譲歩、書籍スキャンをopt-in方式に変更し、Book Rights Registryで2議席も約束)」。

(筆者注20)欧州デジタル図書館 “Europeana”は2008年11月20日に公開された。これは,欧州連合に加盟する27か国の,合計1,000を超える国立図書館・文化機関等が提供している,合計200万点以上の各種デジタルコンテンツ(書籍,地図,録音資料,写真,文書,絵画,映画など)へのアクセスを提供するポータルサイトの機能を果たすものであり,登録ユーザがデータを保存できる個人用ページ“MyEuropeana”やタグ付与機能など,Web 2.0機能も有している。公開時点で提供されている200万点のコンテンツの過半数(52%)はフランスの機関によるものであり,オランダ,英国がともに10%と続いている。有名なコンテンツとしては,ベートーベンの交響曲第9番を筆頭に,マグナ・カルタ(大憲章),フランス人権宣言,ダンテの『神曲』,フェルメールの絵画『真珠の耳飾りの少女』,モーツァルトの自筆書簡・楽譜,シベリウスの作品の演奏,ベルリンの壁崩壊時の映像などが含まれている。(国立国会図書館カレントアウェアネス・ポータル2008年12月10日号より抜粋)

(筆者注21)同委員会が取組む “Creative Content Online”については“Audiovisual and Media policies”サイトで詳しく説明されている。

(筆者注22) Reding氏に直接確認していないが、文脈からみて「考え方をまとめた文書」とは2009年5月に委員会が発表した “Content Online Platform”であろう。

(筆者注23) 「行動ターゲティング広告(Behavioral Targeting Advertising: BTA)」とは、インターネット広告の一種で、各ユーザーをWebサイト上での行動履歴に基づいて分類し、ユーザーごとに最適な広告を配信できるようにした方法のことである。行動ターゲティング広告においては、クッキー情報を元にしてWebブラウザ単位でユーザーの行動が追跡されており、そのWeb上での行動履歴が専用サーバーに蓄積されている。この行動履歴を数百の行動パターンに分析し、次回の広告配信の機会に反映させることによって、ユーザーにとって最も適した広告内容が配信可能になっているとされる。
 従来のバナー広告やリスティング広告などのような広告配信の仕組みでは、広告の内容は広告媒体であるWebサイトのコンテンツに合わせて選択されていた。これに対して行動ターゲティング広告では、広告媒体サイトのコンテンツに関係なく個々のユーザーに合わせた広告を配信させることができるという利点がある。(「IT用語辞典バイナリー」から引用)

(筆者注24)「Phorm事件」については、欧州委員会のプレス発表等に基づき作成されたわが国の解説記事の問題点につき、ブログ(Foreign Media Analyst in Japan)が2009年4月27日付け記事「NRIの英国政府の“phorm”に対する取組みと欧州委員会の強硬姿勢の紹介記事の具体的問題点」指摘している。しかしNRIの記事はいまだに修正されていない。この無責任さが問題である。(「平野龍冶」は筆者の第二ペンネームである)

(筆者注25)Reding氏に確認したわけではないが、ここでいう「第三国」は主に米国を指すものと思う。その根拠はEUと米国政府間の「セーフ・ハーバー協定」の存在である。2009年10月6日に米国連邦取引委員会(FTC) は、連邦商務省(U.S.Department of Commerce)の強力な支援のもとで欧州連合(EU)・米国連邦政府間の「プライバシー保護に関するセーフ・ハーバー合意(筆者注1)」に基づく米国企業6社に対する遵守指針違反に基づく個別告訴につき和解に達した旨発表した。
 セーフ・ハーバー合意のもととなったのは1998年10月に発効した個人情報保護に関するEU指令(「個人データ処理に係わる個人の保護及び当該データの自由な移動に関する1995年10月24日の欧州議会および理事会の95/46/EC指令」)である。同指令は、十分なレベルの個人情報保護を行っていないEU域外の第三国に対して、EU域内の個人情報の移転を禁ずることを定めたもので、これにより域外の事業者がEU市場から締め出される懸念が生まれた。
 これに対して米国は、法規制の導入による個人情報保護を提案するEUとは異なり、民間による自主規制を尊重する立場をとっており、法規制のあり方についても個別法によるセグメント方式を採用している。このため、米国政府はEUに働きかけ、1999年4月に個人情報の取り扱いについての保護基準を導入することで合意し、その具体的指針となるセーフ・ハーバー協定を結んだ。セーフ・ハーバー協定は、1)本人への通告(notice)、2)消費者の選択、3)第三者への情報の移転、4)本人のアクセス権、5)セキュリティ対策、6)データの一体性、7)法執行の7つの保護遵守指針(privacy principles)からなり、ここに示される条件を遵守する企業はEU指令のいう「適切な」個人情報保護を行っているものとみなされる。

(筆者注26)「 デジタル欧州戦略(digital Europe strategy)」についてReding 氏が2009年7月9日に“Lisbon Council” (ベルギーに設立された非営利団体(NPO))でスピーチしている。Reding 氏のスピーチはYoutubeでも確認できる。彼女なりのキャラクターがにじみ出たスピーチである。


〔参照URL〕
http://europa.eu/rapid/pressReleasesAction.do?reference=SPEECH/09/446&format=HTML&aged=0&language=EN&guiLanguage=en
http://ec.europa.eu/research/fp7/index_en.cfm
http://ec.europa.eu/news/science/071113_1_en.htm


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2009年9月12日土曜日

米国やEU加盟国における銀行上級役員や職員の高額報酬問題の現状と課題

 【はじめに】
 去る9月9日にオランダ銀行協会が銀行上級役職員の固定給や賞与についてコンプライアンスを前提とする行動規範を策定した旨公表したとわが国のメデイアも報じた。筆者は実は2009年春にこの問題につきブログ原稿の下書きを作成していたが多忙のため棚上げになっていた。
 しかし、今回のオランダ銀行協会等の動きの背景にある金融先進国の動向はわが国の金融監督機関行政や金融機関としても無視しえない経営上重要な問題を含んでおり、そのためには正確な情報提供が不可欠と考え急遽取り纏めたものである。後日あらためて最新情報に基づきより詳細なレポートをまとめるつもりである。

【要旨】
 2009年2月5日付日本経済新聞は、米国オバマ大統領とガイトナー財務長官が資本注入など公的支援を受けている金融機関の経営者層の年間総報酬を50万ドル(約4,500万円)に制限する旨報道した。
 筆者の手元の資料に基づき正確に言うと、2月4日に連邦財務省およびホワイトハウスは金融危機のため政府から支援の内容により2つに区分した「役員報酬規制ガイドライン」(筆者注1)を発布した旨リリースしている。米国の「2008年緊急経済安定化法(Emergency Economic Stabilization Act of 2008:EESA)」に基づく財務省を中心とする各種施策のうち、同省は2008年10月30日に不良資産救済プログラム(Troubled Asset Relief Program)下における資本注入プログラム(Capital Purchase Program)(筆者注2)の適用金融機関の経営責任を問うため役員報酬制限に関する連邦暫定最終規則(October Interim Final Rule:31 CFR Part 30)を公表した。さらに本年1月16日には、役員報酬に関する報告および記録に関する規定等を同規則に追加している。

 その後、AIGが連邦政府から総額約1,735億ドル(約16.7兆円)巨額の公的資金を投入、その見返りとして政府は同社の株式の8割を保有するという状況下でニューヨーク州のクオモ司法長官(Andrew M. Cuomo)が調査した結果、破綻原因を作った金融子会社の上級幹部等にボーナスを計1億6,500万ドル(約158億円)支給していた事実が明らかとなった。

 わが国では欧米金融機関の役員報酬規則やガイドラインの詳しい内容はほとんど報じられていないが(筆者注3)、納税者(taxpayer)たる国民を納得させるには必須のものと言えよう。また、3月3日付けのウォールストリート・ジャーナルはバンク・オブ・アメリカが2009年1月1日にメリル・リンチの買収の直前にメリル幹部に現金や株式で約10億円以上のボーナスを受けとった上級役員が11人、約3億円以上が149人いると具体名をあげて報じている。(筆者注4)

 一方、米国以上に金融危機の深刻化が進んでいるEU主要国とりわけ英国やドイツ、オランダ、フランス、スイスの役員報酬問題はどうなっているのか。手元の資料で見る限り米国に比べ政府自体の姿勢も曖昧な点が気になっていたが、2月25日に欧州委員会は金融機関と市場の監督強化による金融危機の再来を防止するため、専門家グループによる31項目からなる勧告(recommendations)をとりまとめ公表した。同勧告は、(1)EU加盟27か国のための投資ファンドに関する共通ルールの策定、(2)株主保護およびEUの金融部門の危機管理システムの確立という観点に則し銀行員のボーナス支給額に上限(キャップ)を設けるといった内容が含まれている。

 さらに9月4日、5日にロンドンで開催された20か国国・地域(G20)の財務相・中央銀行総裁会議が金融持株会社やグローバル金融グループ、金融機関の上級経営者、インベストメント・バンカーやトレーダー(筆者注5)に対する長期的視点に立った業績報酬といった報酬規制の国際的基準の必要性を共同声明に盛り込んだ。

 これと時期を同じくして9月9日にはING等金融大国であるオランダ銀行協会、財務省が銀行上級役員等の固定給や賞与について銀行免許に従い、オランダ国内だけでなく、EU加盟国等における具体的行動規制を盛り込んだ全役職員が遵守すべき行動規範(Banking Code)を公表した。(筆者注6)

 また、英国では個別金融機関の役員報酬問題から金融監督機関である金融サービス機構(FSA)(筆者注7)(筆者注8)の経営層や事務スタッフの報酬引上げ問題も話題となっている。

 わが国でも、地域金融機関等の経営悪化の状況は今後より具体的なかたちで問題視されるであろうが(3月13日に金融庁が公表した第二地銀3行に対する資本参加等)、国民の多くが生活の危機的状況下にあるなか、政府や監督機関はより透明な経営を実現すべくその機会を積極的に広げるべきであろう(筆者注9)。
 
 今回のブログは、(1)米国財務省の役員報酬規制ガイドラインの概要、(2)EU、スイス、オランダや英国の主要金融機関における役員やスタッフの報酬プログラムの具体的見直しの状況、および(3)各国政府の取組み姿勢等について最新資料に基づき解説する。


1.米国財務省の役員報酬規制ガイドラインの概要
〔2月4日付財務省リリースの要旨〕
(1)2月4日、財務省は現在の金融危機の解決を目指して米国政府から公的支援を受けている金融機関の役員報酬に関する新たな規制ガイドラインを公表した。そこに盛り込まれた諸施策は、公的資金が不適切に個人の所得に向けられることなくわが国の金融システムを安定化させることにより経済全体を強化するという公益目的のみに向けられるよう設計されている。すなわち、これら諸施策は金融界のトップ経営者の報酬が密接に株主や金融機関の利益と調整されるだけでなく、公的支援の最終的スポンサーである納税者との調整を行うものである。
(2)本ガイドラインは「一般的に利用される資本入手プログラム(generally available capital access program)」と特に金融機関が必要とする場合の「例外的支援プログラム(exceptional assistance)」の2つに区分する。前者は金融機関が受け取る金額限度と納税者への特定の返還方法はすべて同一である。また、本プログラムの最終目標は、中小企業や家庭等への融資において重要な役割を果たす比較的小規模の地域銀行に資金を提供することで、経済回復に必要な信用供与の支援を金融システム全体に保障するものである。従来、政府が発表してきた金融安定化策資本注入計画(不良資産救済プログラム(Troubled Asset Relief Program:TARP )がその例である。
 一方、後者は標準的な支援以上のものを必要とする金融機関に対するものであり、同支援基準のもとで支援を受ける銀行は特に財務省との間で交渉結果を踏まえた協定を結ばなければならない。後者の例としてはAIG、バンクオブアメリカ、シティとの取引を含む。

Ⅰ.役員報酬規則の遵守とCEOによるその証明義務
 政府の支援を受ける全金融機関は、役員報酬規則の遵守を確実なものとしなければならない。いかなる形式であれ支援を受ける全金融機関のCEOは、法令、財務省、契約上の役員報酬を厳格に遵守していることについて毎年証明することが義務づけられる。さらに政府支援を求める金融機関の報酬決定委員会(compensation committee)は上級役員報酬の調整について過剰かつ不要なリスク負担を負わないよう説明した資料の提出が義務化される。

 Ⅱ.役員報酬に関する今後(筆者注10)強制される条件
A.例外的資金支援を受ける金融機関の場合
①従来の規制プログラムは、支援を受けている金融機関における上級役員に対する譲渡制限付株式以外の総年間報酬が50万ドル以上の者に対し、税控除措置(tax deduction)(必要経費としての計上)を禁止している。改正ガイドラインは、同制限を発展的に撤廃し、譲渡制限株式(Restricted Stock)(筆者注11)以外(cashによる報酬)について50万ドル以下に制限するという内容である。具体的には次のような内容が新たに課される。

②上級役員への追加的支給は、如何なる場合でも譲渡制限株式によるものでなければならず、当該株式は、政府支援債務を完済した場合にのみ譲渡制限が解除される。例外的資金支援を受けている金融機関の上級役員に対する50万ドルを超える報酬は、譲渡制限株式または他の類似の長期的奨励手段によらなければならない。譲渡制限株式を受取る上級役員は、政府に支援金を返済した後(この返済には、契約に基づく配当金の支払いを含み、当該配当金で納税者の現在価値が保証される)か、または一定の期間(金融機関が、どの程度返済義務を果たしているか、納税者の利益がどの程度保護されているか、また貸出・安定化の基準がどの程度満たされているか等について検討のうえで定められる一定の期間)が経過した後のみ現金化することができる。
譲渡制限株式を利用することによって、例外的資金支援を受けている金融機関の上級役員には、納税者にかかるコストを最小化するとともに、株主の長期的利益になるように努めようとする動機が働くことになろう。

③役員報酬の体系と戦略は、完全に情報開示されなければならず、また「法的拘束力のない投票権(“Say on pay” resolution)」に従うものとする。この“Say on pay”とは、経営者の報酬を株主総会の議案として株主の「賛否」を問うものである。 上級役員の報酬体系およびその報酬が健全なリスク管理と連動しているかについての合理性を説明した資料が、拘束力のない株主決議において承認されなければならないとするものである。ただし上記の通り、この決議は“advisory voting”つまり勧告的決議で可決したとしても経営者を法的に拘束しない(現在の制度には、株主の拘束力のない決定権条項はない)。(筆者注12)

④賭け的経営行為に関与した経営トップの役員について、ボーナスといった報酬を条件付で減らす「条件付回収条項(clawback provision)」(筆者注12)の制定を求める。例外的支援の下での現行の制度では、 上位5人の上級役員にしかボーナス条件付回収条項は適用されない。今後は、例外的資金支援を受けている金融機関は、ボーナスに関し条件付回収条項を設けなければならず、また、当該機関の財務情報や自分自身の成功報酬を計算する上で必要な数値実績につき不正確な情報を提供したと後日判明した場合には、上位5人以下の20名の上級役員からも回収するという条項を設けなければならない。

⑤上級役員についてのゴールデン・パラシュート(Golden Parachutes)の禁止拡大
 金融機関に例外的資金支援を認める現行制度は、解任に際し支払われる多額(平均年収の3年分)の割増退職金であるゴールデン・パラシュート(筆者注13)の受取りを、上位5人の上級役員について禁止しているが、それを上位10人の役員にまで拡大する。さらに、それ以下の25名の役員については、最低1年分の報酬を超える退職金を受け取ることを禁止する。

⑥金融機関の取締役会による特別に贅沢な支出の承認に関するポリシーを採択の義務化
 政府から例外的資金支援を受ける金融機関は、航空旅客サービス、オフィスや事務所の改修、娯楽、休日のパーティおよび会議やイベント等に関し、すべての全社的ポリシーを策定しなくてはならない。なお、このポリシーは、会社の通常の業務に関係する販売会議や職員の教育、報奨金等企業の通常の業務運営上に必要な合理的支出を対象としたものではない。
 こうした新しい規則は、これまでのガイドラインの規定範囲を超えるものであり、過度な支出や贅沢な支出と認められるものについては、CEOによる支出証明を求めることになる。また、金融機関は、ホームページ上でこれらの経費の支出に関するポリシーを公開しなければならない。

B.一般的に利用可能な資本支援を受ける金融機関の場合
 財務省は、将来の一般的に利用可能な資本入手プログラムに関連して求められる役員報酬について、パブリックコメントに付すこと条件として以下のような「ガイダンス(案)」を提案する予定である。
①上級役員の年間総報酬は、完全かたちでの一般公開し(Full Public Disclosure)また株主の投票により承認された場合を除き50万ドルを上限とする。
 一般に利用可能な資本入手プログラムに参加する金融機関は、報酬内容の開示による50万ドルに加え譲渡制限株式の取得に関する規則につき、また要求された場合には、「法的拘束力のない投票権(Say on pay resolution)」に基づきその放棄をなしうる。
 将来の資本入手プログラムに参加するすべてに金融機関は、上級役員およびその他の従業員について過度のかつ不要な危険負担を行わないよう、報酬協定(compensation arrangements)の理由を見直し、かつ開示しなければならない。
 なお、現行の資本入手プログラムの下では、金融機関は上位5人の上級役員の報酬協定のみ過度かつ不要な危険負担を回避するための見直しや承認するのみでよかった。

②欺まん的不公正な慣行を行っているトップ経営者がいる場合のボーナスの「条件付回収条項」の適用
 例外的資金支援を受ける金融機関に適用される「条件付回収条項」は、一般的資本支援を受ける金融機関にも等しく適用される。資本買取プログラム(Capital Purchase Program)の下で上位5人の役員に適用されていた「条件付回収条項」はさらに奨励金の支払計算に使用する財務諸表(financial statements)や業績評価指標(performance metrics)に関し、故意に不正確な情報を流したと認められる場合は5人に続く上位20人の上級役員に対しても適用される。

③上級役員に対するゴールデン・パラシュートに基づく支給の禁止
 一般的に利用可能な資本支援を受ける金融機関の場合においても、ゴールデン・パラシュートに基づく支給禁止は強化される。すなわち現行は解任時に3年分の年間報酬が認められているのに対し、今後は上位5人の上級役員に対し1年分の報酬額以上のゴールデン・パラシュートに基づく給付は認められなくなる。

④贅沢な支出に関する取締役会の承認ポリシーの採択
 本ポリシーは例外的資金支援を受ける金融機関向けのものであるが、同様のことが一般的に利用可能な資本支援を受ける金融機関にも適用される。現行の資本買取プログラムには贅沢な支出に関するガイドラインはまったく決められていない。

C.長期的観点に立った規制改革
 報酬戦略は適切なリスク管理、長期的価値および企業の成長と並ぶものでなければならない。そのためには次のステップを踏まなければならない。

①公的金融機関は自身の報酬決定委員会において健全なリスク管理のための戦略の見直しとその開示が求められる。
 財務省長官と証券取引員会委員長は、政府による支援を受けていない金融機関も含め、報酬決定委員会に対し、役員や一定以上クラスの従業員の関する報酬協定の見直しや開示について、健全なリスク管理の推進や自社および株主にとって長期的価値の創造との調和をいかに行うかにつき協調して取組なくてはならない。
②トップ経営者の報酬は長期的見通しを奨励するという観点が求められる。

 この10年間、金融機関のトップ経営者はますます株主や経済全体のために長期的経済的価値の創造を見通すことに努めてきたというコンセンサスがある。
 真剣に考慮すべき価値がある1つの考え方として、金融機関のトップ経営者は数年間株式を維持しさらに企業の長期的観点から経済的利益が得られると判断できるときに初めてそれを現金化すべきであるというものがある。

③役員報酬に関する法的拘束力のない投票権(Say on pay resolution)の行使
 金融面の回復支援を受ける金融機関を以上に、金融機関の所有者である株主はいかに報酬報奨的な構造がリスク管理を推進させるというのと同様の意味で、役員報酬のレベル設定および経済全体としての長期的な価値の創造の双方の視点から拘束力のない投票権を行使すべきである。

④ ホワイトハウスと連邦財務省による長期的役員報酬のあり方に関するカンファレンスの開催
 財務省長官は、役員報酬の改革問題につき、株主の擁護者、主な公的年金、機関投資家のリーダー、政策立案者、役員、学識経験者、その他を交えた会議のホストを務める予定である。また、金融機関の役員報酬に関し良き実践例やガイドラインの確立のためのモデル役員報酬発議に関する証言、コメントおよび白書を求める。

2.EU委員会の高度専門家グループ(ラロズィール・グループ:議長Jacques de Larosière)による立案政策や金融監督等の改善勧告報告書
 本報告書(全文)は4章全86頁からなるが、次のとおりの構成である(筆者注14)。わが国の政策立法者(policy maker)や金融関係者は、世界中の金融危機をめぐる日々のメデイア情報を悲壮感をもって単に眺めるのではなく、本報告書の持つ意義を改めて分析し、真の原因の探求と長期的観点に立った政策のありかた、見直し項目について早急に研究を進めることが、金融システム全体の安定化と底の見えない不況からより早い段階での脱出につながるのではないか。

第Ⅰ章 金融危機の原因(causes of the financial crisis)
(1)マクロ経済面の原因(例:過剰流動性、低金利―極めてルーズな金融政策―特に米国);大規模かつ世界的な不均衡の累積;リスクの過大または過小な価格付け(mispricing of risk)、レバレッジ金融機関(低い自己資産比率で巨額な資金を動かす金融機関)の大規模な増加)
(2)リスク管理(金融機関、監督機関、規制機関のリスク管理および透明性の欠如―影のバンキングシステムの集積、証券化(the originate to distribute model))およびほとんど理解不可能な複雑性を導いた。)
(3)信用格付け機関
仕組み商品(structured products)や主要な利益の対立に関する大規模な失敗
(4)企業統治
 弱い株主と企業管理の弱さ(間違った動機づけをもたらす役員報酬計画)
(5)規制・監督
 誤った景気循環誇張作用(Procyclicality)(筆者注15)
(以下略す)筆者注9を参照されたい。

3.スイス、オランダや英国における報酬問題と政府の姿勢
(1)スイス
 3月4日にスイス金融最大手のUBSは、4月15日の株主総会で現取締役会議長のピーター・クラー(Peter Kurer)は再任せず、スイス連邦政府の元財務相(元連邦議会議員)であるカスパル・フィリガー(Kaspar Villiger:68歳)が議長に就任する人事内定を発表した。EUのメデイアによると、UBSのトップ経営者は1週間ごとに変わるという不安定な経営を続けており、2月28日に前任CEOマルセル・ローナー(Marcel Rohner)が退任したばかりであり、さらにUBS自身、昨年来米国の連邦内国歳入庁(Internal Revenue Service:IRS)から約17,000人のUBSに口座を有する米国の富裕層の氏名の公表を刑事訴追のかたちで迫られており、同行は顧客名の公開は銀行秘密保護法違反と反論しつつも最終的には2009年2月18日に課税回避幇助(ほうじょ)の疑いを認め、7億8,000万ドル(約760億5,000万円)を米国政府に支払うことで合意するなど、多難な経営を問われている。
 このような状況下でUBSは2008年11月27日の臨時株主総会において、①既存の報酬体系の見直し(Review of existing compensation systems)(UBSグループは臨時株主総会に先立ち11月17日に役員報酬報告(Compensation Report-)—新報酬モデル(USB’s New Compensation Model)-を公表している)、②報酬制度の変更(Changes to compensation programs)、③付与済インセンティブ・アワーズ(報奨報酬)の返還に関する事項(筆者注16)(Issue of repayment of previously granted incentive awards)を決定した。
 新報酬モデル(全15頁)の柱となる項目は、(1)UBSの報酬改定の主要要因(key facts)、(2)2008事業年度における可変的役員報酬(variable compensation for 2008)、(3)2009年度以降における報酬計画(compensation 2009 and beyond)、(4)UBSのコーポレート・ガバナンスと報酬ポリシー(corporate governance and compensation policy)である。以下、各項目の要旨のみ説明するが、その透明性の徹底性を理解するために、わが国の関係者による詳細な分析は必須と考える。
(1) UBSの報酬改定の主要要因
①2008事業年度について、UBSのトップ経営者にはボーナスは支給しない。取締役会議長(Chairman of the Board )、CEOおよびUBSグループ執行役員会のメンバーは固定基本給のみ受け取る。さらに全上級管理職(all members of the senior management)に対し2008年度は変額報酬部分を減額する。
②2009事業年度以降については、今回定めた新報酬モデルをトップ経営層に適用する。新報酬モデルは次の3つの要素からなる。
1.固定基本給(A fixed base salary)
2.変額現金報酬(variable cash compensation)
3.変額株式付与報酬(variable equity compensation)
変額現金報酬は、プラスボーナスまたはマイナスボーナスというシステムに基づき、最大年間変動現金報酬の3分の1は積極的な事業展開結果に従い事業年度末に支給される。また残りはボーナス計算上、第三者預託(escrow)により保持される。
 同様の概念が株式付与報酬にも適用され、数年以上のUBSの積極的な業績に基づき支給される。当該株式数およびその価値はUBS株式の長期的価値の醸成と価格実績に依存する。支給された株式は、3年経過後のみ完全に確定し(vest)、トップ経営層はこれら株式をさらに長期に保有することが義務付けられる。会長およびUBSグループ執行役員会に関する2009年報酬モデルはすでに改定された。同様の報酬改定は以下の役員クラスやいわゆる「進んでリスクを取った特定の従業員(specific employees,the so-call “risk takers”)」に対し同様の方法で行なわれる。また、それ以外の従業員に関しては、変額報酬の現行システムは基本的には変わらない。
(2) 2008事業年度における可変的役員報酬
会長およびUBSグループ執行役員12名のボーナスはない。非常勤役員等は2008年度に関しては引続き固定報酬を受け取るが、その半分は現金で残り半分の株式は4年間保有が固定され売却はできない。また、変額報酬の一般原則として、2008年度に関しては銀行の業績悪化を反映し減額する。2009年1月末までに年間の金融業績が確定したときは変額報酬の規模、組成およびその割当についてスイス連邦銀行委員会(Swiss Federal Banking Commission:SFBC)と協議のうえ決定することになる予定である。
UBSは、マルセル・オスペル元会長など旧経営陣が受け取った役員報酬のうち約7,000万スイスフラン(約58億3,000万円)の返還を決定しており、またピーター・クラ-会長等現経営陣も2008年のボーナス返上を決定している(前記インセンテイブ・アワーズの返還)。
 
(2)オランダ
 オランダ銀行協会(加盟銀行数87)の諮問委員会が2009年4月7日に行った「信頼を回復するために(Restoring Trust)」と題する報告書への対応として作成したのが今回の「行動規範(Code Banken:Banking Code)」である。英国「フィナンシャル・タイムズ」が報じたところ行動規範の前書きの最後にもあるとおり、本規範(全16頁)は銀行協会が監督機関である財務省への強い配慮があり、また内容面でも本ブログで述べたとおり国際的な監督当局等の動向も十分に配慮したもので今後他国への影響も視野に入れた内容といえる。
 本ブログでは、その前書きの内容および目次からその主旨と全体構成を見る。
A.前書き
・行動規範はオランダ金融監督法(We op het financieel toezicht:Wft)に基づき銀行免許を持つ銀行のオランダ国内およびEU加盟国内の支店活動を含むすべての活動に適用する。銀行が金融グループの一部の場合や連結ベースの場合でも適用し、また本規範の諸原則は銀行グループの関係機関にもすべて適用する。
・2008年12月10日制定した「オランダ・コーポレートガバナンス規範(De Nederlandse corporate governance code )」は加盟銀行に適用され、非加盟銀行に対しても任意ではあるが時として適用され、本規範もガバナンス規範の基本原則を取り込んでいる。特に本規範は取締役会、監査役会や銀行におけるリスク管理や監査に焦点を当てている。また規範は報酬(beloning)に関する基本原則を含むものである。
・行動規範は自らよって立つものではなく国内、欧州および国際法や規則、判例法や規範すべてを視野に入れたものである。国内、欧州および国際事情、個々の銀行(銀行グループの場合はグループ)の活動や特性は本規範の適用時に考慮されなければならない。年次報告において各銀行は規範を適用また適用しなかった場合はその理由の全部または一部を含め説明を行わねばならず、またウェブ上でその報告を行わねばならない。
・リスク選考(riscobereidheid)は、銀行が目標の追求に向け合理的に予見できる量を参照せねばならない。
・金融商品承認手順(Product Goedkeuringsproces)は、特定の商品が銀行の支出とリスクにおいてあるいは顧客の利益に則して作成、配分されるよう参照されなければならない。この手順は注意義務とリスク管理において大規模な試験を包含するものである。
・本規範は2010年1月1日施行予定である。
・国際的な規範の導入や策定を状況に応じタイミングを見て、将来本規範の改定が必要となろう。
・本規範の遵守状況については、財務省と協議のうえ任命する独立監視委員会が毎年モニタリングする。

B.規範の目次
1.行動規範の遵守(NALEVING CODE)
2.監督委員会(RAAD VAN COMMISSARISSEN)
2.1 メンバー構成と専門知識(Samenstelling en deskundigheid)
2.2 任務と活動方法(Taak en werkwijze)
3. 常務会(RAAD VAN BESTUUR)
3.1 メンバー構成と専門知識(Samenstelling en deskundigheid)
3.2任務と活動方法(Taak en werkwijze)
4. リスク管理(RISICOMANAGEMENT)
5.監査(AUDIT)
6.報酬方針(BELONINGSBELEID)
6.1 基本原則(Uitgangspunt)
6.2 統冶(Governance)
6.3 取締役会メンバーの報酬(Bestuurdersbeloning)
6.4 可変報酬(Variabele beloning)

(3)英国の主要金融機関の役員報酬の見直しの論議
A.破綻・国有化銀行のトップ経営者の報酬問題と政府・議会の論争
 英国の代表的な銀行の経営破たんの状況はわが国でも日々伝えられるが、ドイツやスイスの大銀行のトップであるCEO等がボーナス受給を放棄したのに比べ、ブラウン首相を始めとする政府の姿勢も必ずしも明確でなかった。筆者も昨年秋以降状況を主要メデイアによりフォローしていたが、議会の公聴会をはじめ閣内、労働組合会議など閣外の関係者を巻き込んだ論議が行われ、その間に大手金融機関はますます損失額が膨らむといった英国金融システム自体がマイナス・スパイラルに陥っていたことは間違いない。
 最近の話題では、3月20日付インデペンデント紙はでダーリング財務相が国有化が進んでいる金融機関のトップ経営者のボーナスや報酬にキャップをかけることを拒否したと報じている。同相は、19日の下院特別財務委員会(Treasury Select Committee)において議員(MP)に対し、政府は金融部門の過度な報酬支給に対し行動をとることを強く希望するが、一方でキャップによる規制は英国の税収入面でブラックホールを作ることになり「両刃」の手段と考えると述べている。すなわち、政府の所得税および国民保険の12%が伝統的に金融部門からの収入に依存しており、仮に役員報酬にキャップをかけるとしたら税収面で痛手を受けるし、また税金で尻拭いした金融機関の(bailed out banks)トップ経営者はより高い報酬を求めて海外の金融機関に移るであろうと証言している。
 他方で、同相は将来の報酬支給に対する要請のために報酬に関する強制規範を設けることにより、経営を失敗した銀行員(元RBSのCEOのフレッド・ゴッドウインに対する70万3000ポンド(約2,320万円)の報酬支給を含む)を活性化させることに対する国民の怒りに政府として応えることが不可欠であると述べている。なお姿勢が曖昧である。

B.金融サービス機構(FSA)が金融機関向け「報酬実施基準(remuneration code of practice)」を策定・施行
 FSAは2009年8月12日に銀行、住宅金融組合(building society)およびブローカーデーラーのための「報酬実施基準(Reforming remuneration practices in financial services)」公表し、その施行は2010年1月1日である。(筆者注17)英国のメディア情報等によると、次のような内容である。
・施行時期までに各機関は報酬基準の策定やリスク管理強化と調和のための適用および維持に関する手続・実施方法を定めなくてはならない。
・本基準は報酬方針の声明の作成を金融機関に義務付けるもので、「8原則」とその詳細なガイダンスからなる。FSAは近々金融機関の報酬委員会の委員長に関する文書を作成する予定である。
・本基準は賞与報酬の仕組みに関しては、当初FSAが公表した基準案に比べ詳細な記述はないが、8原則の中で上級行員(senior employees)やリスクを扱う担当者(risk takers)に関する記述を置き、リスク管理を強化している。
・「8原則」は次の分野をカバーしている。
①報酬方針とそのメンバー(例えば報酬委員会(remuneration committee)、報酬方針声明)の役割
②報酬とリスク問題および法遵守の設定手順(Procedure for setting remuneration and risk and compliance function)
③従業員の報酬に関するリスクと法遵守効果
④収益ベースの測定とリスク調整(Profit-based measurement and risk- adjustment)
⑤長期業績測定(Long-term performance measurement)
⑥非財務面の業績測定基準(Non-financial performance metrics)
⑦長期的奨励計画の業績測定方法(Measurement of performance for long-term incentive plans)
⑧報酬の仕組み

C.金融監督機関であるFSAの役職員の報酬問題
 FSAの副議長であったSir James Crosbyは2009年2月11日に急遽辞任しておりFSAの役職員の報酬問題は英国のメディア度も時々取り上げられている。


(筆者注1)「経営者報酬ガイドライン」自体わが国ではなじみが薄い概念である。一方、わが国の銀行も含め経営の透明性の見る上で必須の要素であろう。その意味で本ブログの執筆中に見出した同ガイドラインに関する報告書「2007年度経営者報酬ガイドライン-報酬ガバナンスの確立を-」日本取締役協会(ディスクロージャー委員会)は海外と日本の役員報酬比較や動向も含め大変参考になった(内容から見て米国人材コンサルティング会社タワーズぺリンの寄与度が高いように感じられたが)。

(筆者注2)米国経済・金融の課題は毎日報道されているとおり、実際、行政における混乱の程度はかなりひどいといえる。従って、財務省等による「役員報酬規制」問題に特化して見ても、連邦規則の内容は刻々と変化しており、次のような経緯・内容を正確に理解しておく必要がある。
(1)2008年10月14日連邦財務省は2008年緊急経済安定化法(EESA)に基づくその支援適用金融機関が遵守すべき「役員報酬」および「コーポレート・ガバナンス」に関する次の3基準を「財務省通達」のかたちで公表した。
①不良資産競売プログラム(Troubled Asset Auction Program):EESAに基づき財務省に3億ドル(約290億円)以上で不良資産を競売する金融機関は、ゴールデン・パラシュート条項を含む新たな上級役員との雇用契約の締結を禁止する。(財務省通達2008-TAAP)
 さらに、EESA下で金融機関は50万ドル以上の役員の役員報酬の税控除措置(tax deduction)が禁止され、また一定のゴールデン・パラシュート報酬についても同措置を禁止、さらにゴールデン・パラシュート支給額に対し20%の消費税(excise tax)が課される。(内国歳入庁通達2008-94)
②資本買取プログラム:適用金融機関は、(ⅰ)金融機関自身の価値を脅かす不要かつ過度のリスクを行うことを上級役員に奨励するような報奨報酬を行わないこと、(ⅱ)後日実質的に不適切と判断された損益計算書等に基づく上級役員に支払われたボーナスや報奨の返還義務、(ⅲ)内国歳入庁規則に基づくゴールデン・パラシュート支給の禁止、(ⅳ)50万ドルを超える役員報酬の税額控除を行わない合意が求められる。
③業績悪化金融機関へのケースバイケースに応じたプログラム:前記②と同様であるが、ゴールデン・パラシュート支給に関してはより厳格な禁止規定が、設けられる予定である。
(2)2009年1月16日財務省は、役員報酬に関する報告および記録保存義務を追加した暫定最終規則を公表した。なお、財務省は役員報酬に関する連邦規則についてFAQを作成し公表している。
 今回の規則により金融機関のCEOは、毎年、事業年度終了後135日以内に今回の役員報酬基準を遵守しているかにつき認証を行うことが求められ、さらに買取対象金融機関と財務省の間で結ばれる証券買取契約の手続完了日後、120日以内にCEOは報酬決定委員会がリスク担当役員とともに上級役員報奨報酬契約において不要かつ過度のリスクを勧めていないことを保証すべく見直したことについて認証することが求められる。CEOは、これらの結果を毎年TARPの主席法遵守担当官(TARP Chief Compliance Officer)に報告しなければならない。
 また、当該金融機関はこれらの各認証後6年間実証結果の記録を保存するとともにTARPの主席法遵守担当官に当該記録を提供しなければならない。

(筆者注3)米国財務省のガイドラインについて、経済コラムニストの小笠原誠治氏が2009年2月5日のブログで翻訳されており、本ブログでも参考にさせていただいた。ただし、同氏のブログでは英国やドイツ等についての報告は行われていない。

(筆者注4)ニューヨーク州司法長官アンドリュー・クオモ(Andrew Cuomo)は、今回のメリル幹部に対するボーナス支給が証券取引法違反に該当する点につき捜査を進めており、これに対しバンクオブアメリカ(BOA)は3月5日にマンハッタンのニューヨーク州最高裁判所に対しボーナス支給に関する元メリルリンチCEOジョン・セイン(John Thain)の内部通報に基づく証言について、その機密性に関する緊急機密性保護命令(temporary confidentiality order)を求めた。一方、同長官はこの申立を却下するよう同裁判所に申し立てている。

(筆者注5) “investment banker”とは「インベストメント・バンク」においてその主要業務につき各種ファイナンス、金融工学や運用技法および証券・法律・税等の知識・経験を用いた財務相談やM&A、法人・公的機関・資産家等に運用アドバイスを行う金融のプロを言う。「インベストメント・バンク」は「投資銀行」と訳されて「銀行」という言葉が入ってはいるが、個人向けの融資は行わない。“Investment Bank”という呼称は、個人などから預かった預金を元手に企業に融資を行う“ Commercial Bank”と区別するための用語である。商業銀行はその収益の大部分を主に企業に融資することにより発生する利息に依るのに対し、投資銀行の収益は株式や債券の資本市場における発行時に発行額に応じて徴収する手数料に依ることが特徴で、自らはバランスシート上に大きなアセットを有さないので「銀行」と訳されているが、むしろ「法人向け証券会社」にイメージが近い。主に、株式市場を通じた企業の資金調達や、M&Aコンサルティングを手がけている外資系の金融機関を指す言葉で、インベストメント・バンクには預金の受入れ等の商業銀行業務の兼業は、法的には認められていない。なお、日本にも、このような事業を営んでいる企業は数多く存在しており、その多くは証券会社が担っている。
 歴史的にみると1990年代には高度な金融工学技術を駆使して複雑な企業合併や巨額の資金調達アドバイスを行えるゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーのような米系投資銀行に対して、日本の大企業や政府系機関が相談するようになり、日本で「投資銀行」「インベストメント・バンク」などの名称が知られはじめた。その後、不良債権処理やM&A仲介、債権の証券化などを手がけながら存在感を強め、2000年代に入るとインベストメント・バンクは一般的に認知されるようになった。
 インベストメント・バンクの主要業務は、顧客企業に対する有価証券の発行による資本市場からのファイナンス、M&Aコンサルティング、財務分野では、各種保有資産の流動化による資金調達(不動産やローン債権の証券化等)、金利や為替等のデリバティブ(スワップやオプション取引等金融商品の価格変動リスクを回避し、低コストでの調達や高利回りの運用といった有利な条件を確保するために開発された取引)を用いた財務リスクヘッジなどがある。また、ノンリコースローンやプロジェクトファイナンス等の、企業やプロジェクトが将来生み出すキャッシュフローに依拠した融資判断を行う先進的な融資も行っている。
 一方、インベストメント・バンクは、有価証券やデリバティブのトレーディング等も行う。投資顧問先やヘッジファンドなどのように、クライアント企業のために行うトレーディングや、自己勘定のために行うトレーディングがある。その責任担当者を”trader”と言う。
(SITE BANKのM&A辞典「インベストメント・バンク(Investment Bank)」解説から一部抜粋・追加。)

(筆者注6)オランダ銀行協会等が定めた規範の英文の原語は“Provisional Banking Code”である。わが国のメディアは行動規範と訳しているが正確には「倫理規範」の要素も含まれるといえよう。ちなみに世界的金融グループである“Deutche Bank”経営方針(日本語)を読んで欲しい。そこには倫理規範や行動方針の考えが明示されている。

(筆者注7)わが国では英国FSAは比較的多くの機会の紹介されている割には、その内容は正確でない。すなわち本文で述べたとおり、FSAの役員報酬がなぜ問題になるかはFSAの機能・組織論の理解なしには語れないのである。FSAは「2000年金融サービス市場法」に基づき設立された独立非政府機関たる保証有限責任会社(company limited by guarantee)である。「保証有限責任会社」とは営利を目的としない社団が法人格を取得する際に用いられる会社形態であり、Chairman(会長) が議長を務める取締役会があり、また業務執行の最高責任者CEOが置かれるなど民間事業会社と類似の組織を持つ。実際FSAサイトを見ると財務省が任命するFSAの取締役会のメンバーは会長(Adair, Lord Turner)、CEO(Hector Sants)、常務取締役3名(Sally Dewar、David Kenmir,Jon Pain)、非常勤役員(non-executive member)9名(Carolyn Fairbairn,Peter Fisher,Brian Flanagan,Karin Forseke,Sir John Gieve,Professor David Miles,Michael Slack,Hugh Stevenson,なお副議長であったSir James Crosbyは2009年2月11日に急遽辞任しており、現状は8名である)

(筆者注8)Sir James Crosbyの辞任報道に対する国民の関心は高い。彼は2008年9月18日にロイズ・TSBが買収した英国住宅金融最大手HBOSのCEOであった人物である。ガーデアン紙(電子版)、タイムズ・オンライン等によるとHBOSの世界的リスク管理部門長であったPaul Moore氏による内部通報に基づく議会下院特別委員会(select committee)の論議が辞任の引き金になったようであり、英国ゴードン・ブラウン政権はこのままでいくとますます混迷の度合いを深めていくようである。

(筆者注9)最近時、わが国の金融機関においても役員退職慰労金を廃止し、株式報酬型ストックオプション(新株予約権)の導入が行われ、各金融機関のホームページへも掲載されている。しかし、UBS等の例に見るとおり、欧米の企業ではさらにストック・オプションから譲渡制限付株式報酬への移行も行われ始めている。

(筆者注10) 前記小笠原誠治氏もブログ(追記)で指摘されているとおり、「将来の(going forward)」という用語は問題である。この規制ガイドラインは今後の新たに適用される金融機関への規制ルールであってAIG、バンクオブアメリカ、シティには適用されないと読める。それでは、今回の規制強化は世論を無視した骨抜き対策としか言いようがなかろう。

(筆者注11)“Restricted Stock(RS)”とは、譲渡制限期間付きの株式を付与する報酬プランである。RSを付与された役員や従業員は、譲渡制限期間中に配当を受け取ったり、議決権を行使することができる。ただし、譲渡制限期間が終了する前に退職するとRSの権利を失う。・・・・・RSは、一般に役職員の引留め効果が高いといわれる。ストック・オプションでは、権利確定時の株価が行使価格を上回らないと無価値になるのに対し、RSでは株価が下がってもゼロにならない限り報酬金額はゼロにならない。(野村総合研究所「資本市場クォータリー2004年冬」より引用)

(筆者注12)“Say on Pay”の意義は大和総研の吉川満氏や鈴木裕氏のレポートを参考にした。このような新語については必ずしも法的に見た適切な訳語がないことが一般的であり、レポート作成者はその辺を慎重に配慮した内容の精査が求められよう。また米国企業の動向で内容を精査することも大事である。例えばアップルは2009年4月28日付けで「アップル、Form 10-Qを修正」と題するリリースを行い、その中で「アップル取締役会の報酬委員会は、これまでSay on Pay問題の動向を注視してきましたが、近い将来、新しい法律または規則によって、すべての上場会社において何らかのSay on Pay投票が必要とされるようになるものと予想しています。また、仮にそうならない場合でも、アップルは来年度、Say on Pay 勧告的決議の導入をいたします。」と述べている。
 この点についてわが国のシンクタンクの解説例で見ると、みずほ総研『みずほ米州インサイト』2009年8月11日号西川珠子氏「米国における役員報酬規制強化~政府による金融支援対象企業から全上場企業に適用拡大へ~」2頁の“Say on Pay”の説明は「役員報酬に関する株主承認決議の義務付け」とのみで法的拘束力問題については言及していない。この新制度論議は十分米国内での議論されていないことも事実であるが、読者に正確なイメージを提供することが調査担当者としては必須であろう。特に西川氏のレポートはわが国では貴重なレポートだけに残念である(本注は筆者のこれまでの研究論文の査読経験から見た感想である)。

(筆者注13) “clawback provision”について、わが国では的確な訳語やまともな解説はほとんどない。筆者なりに解説を行っておくが、今回の金融危機を背景に欧米の金融機関における“clawback provision”の取組みや研究は進むであろう。
“Clawback Provision” とは、 日本語にすると「条件付回収条項」であり、ボーナスの一部は「人質」として差し押さえられていて、将来、会社にとって不利になるような取引に手を染めたり、会社の風評に傷つけたり、業績悪化を招くような仕事をした場合は、人質になっているボーナスは没収されるという条項である。“clawback provision”に合意しないとボーナスは払って貰えなくなる。

(筆者注14)“Golden Parachutes”に関する人事・経営面の解説を読んだのは経団連経済本部経済政策グループ?の藤原清明氏の論文が専門外の筆者にとって大変参考になった。
ただし原稿が未定稿と記されており気になって直接本人に照会したが、その後見直しは行っていないとのことであった。ここで補足すると、「ゴールデン・パラシュートとは、敵対的買収の標的にされた会社の経営陣が経営の座を譲り渡す代わりに多額(解任前の5年間の課税対象期間の平均年間報酬の3倍)の割増退職金を受け取る取り決めをさす。ハイジャックされた旅客機からパイロットだけが落下傘で脱出、そしてその落下傘は100ドル札を無数に貼って作られたものだった・・・。そんなイメージが浮かびやすい見事なネーミングである。」http://blog.livedoor.jp/blue_monday_777_3/archives/54860726.html他

(筆者注15)31の勧告を含め、本報告書の内容の重要点を理解するには、別途公表された要旨(18頁)を読むことをすすめる。

(筆者注16)「プロシクリカリティ(procyclicality)」とは金融機関の貸出を通じた信用膨張と信用収縮の景気循環への増幅効果をいう。2008年11月15日に米国ワシントンで開催されたG20金融サミットでの「金融・世界経済に関する首脳会合宣言」などで使用されてから一般的になった言葉と思っていたが、実は「景気悪化時には貸出の信用度が低下するので、バーゼルⅡの下では自己資本賦課が増加するため、金融機関の貸出姿勢が後退して景気の悪化を増幅する、という主張である。」と2004年11月に「新BIS 規制案の特徴と金融システムへの影響」において日本銀行信用機構局参事役 宮内 篤氏が紹介されている。

(筆者注17)「 付与済インセンティブ・アワーズ」という訳語はUBSの日本語サイトから直接引用した。日本の株主は、言葉の意味がほとんど理解できないであろうから、補足しておく。役員や従業員に対するインセンテイブ・アワーズとは、いわゆる報奨型報酬である。欧米の企業では株式関連報酬が一般的であり、代表的なものとしては、①ストック・オプション、②譲渡制限付株式、③パフォーマンス株式、④パフォーマンス・ユニット、⑤SAR(Stack Appreciation Rights:株価連動型報奨受給権)などがある。報酬に支払方法で区分すると①と⑤は値上がり利益型、②と③は株式の価値そのものが報酬となる、④は金額固定型である。

(筆者注18)FSAは2009年3月18日に経営リスクが集中する大銀行やブローカーデイーラーのほか連結自己資本価値(consolidated regulatory capital worth)が10億ポンド(約 1,490億円)または同価値が20億ポンド(約2,980億円)の国際金融グループの支店およびFSAが監督下におく金融機関や住宅金融組合向けの「報酬実施基準(案)」を公式に発表した。約45の金融機関が対象となるがFSAこの基準は報酬の絶対額を定めるものではないと述べている。

〔参照URL〕
http://www.whitehouse.gov/the_press_office/TreasuryAnnouncesNewRestrictionsOnExecutiveCompensation/
http://ec.europa.eu/commission_barroso/president/pdf/statement_20090225_en.pdf
http://business.timesonline.co.uk/tol/business/industry_sectors/banking_and_finance/article5721401.ece?&EMC-Bltn=MLWE7A
http://www.ubs.com/3/e?pg=1&or=r&lo=t&qt=2008+compensation+ceo
http://www.nvb.nl/scrivo/asset.php?id=291492
http://www.fsa.gov.uk/pubs/policy/ps09_15.pdf

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