2011年9月11日日曜日

オーストラリア連邦裁判所がACMAによる初めてのSMSスパム裁判の有罪判決を確定



 わが国では、本ブログも含めオーストラリアの裁判所判決を詳しく引用する例は少ない。今回の紹介する連邦裁判決はスパム犯罪に対する特徴のある判決である。

 すなわち、“Safe Divert”と呼ばれる詐欺手口を使い、香港を拠点とする出会い系サイト会社3社およびその幹部やオペレーター計5人が被告、携帯電話の活用、SMSチャット・ゲートウェイを利用、被告8人中7人に対する罰金刑合計額が2,225万豪ドル(約17億8千万円)と極めて高額であること等である。

 今回のブログは、これら犯罪の手口を解説するとともにスパム問題の規制・監督機関である「オーストラリア連邦通信メディア庁(Australian Communication & media Authority:ACMA)」「連邦競争・消費者委員会(Australian Competition and Consumer Commission :ACCC)」のスパムに対する近年の法執行や起訴の状況について紹介することが目的である。

 米国であれば、この種の犯罪の起訴や法執行は「連邦司法省」や「FBI」の独壇場になると思うが、オーストラリアではまず通信メディア庁(ACMA)(筆者注1)による法執行・規制が優先している点がわが国の姿勢と共通性があるとも考え、紹介するものである(法執行の詳細な説明もACMA自身が行っていることも欧米各国とも異なる対応であり、興味深い)。
 また、法執行時のプレスリリースには必ずその根拠法令や最近時の関連法執行に関する解説を注記するのは英国と同じスタイルである。わが国も参考とすべき点であろう。

 取りまとめにあたり、以前にも本ブログ(筆者注2)で取り上げたACCCが運営する詐欺阻止専門サイト“SCAM watch”等も参照した。(筆者注3)

 なお、この情報と併せ「オーストラリア連邦裁判所(Federal Court of Australia)」判例等検索サイトの先進性・機能性についても紹介する予定であったが、機会を改める。


1.ACMAの最近時の詐欺犯罪規制の実態
(1)オーストラリアにおけるスパム規制法や規則ならびに関係法令
A. 「2003年スパム法(Spam Act 2003)」は2004年4月10日に施行した。国際的なスパムの傾向の分析機関である“Sophos”のデータによると、それまではスパムメールの発信・中継頻度でみたオーストラリアは第10位であったが、同法施行後、第32位に下がった。(筆者注4)

 同法は、商業目的の電子メッセージの送信については次の要件を定める。
a.受取人の同意に基づき送信すること、その同意は明らかな意思表示もあるし
あるいは一定の行動や既存のビジネス関係に基づくものもある(consent 原則)。
b.発信者の特定できる情報を同時に発信しなければならない(identity原則)。
c.受取人が将来発信者から受取りを「オプト・アウト」できる容易な手段を提供していること(unsubscribe原則)。

 同法の適用範囲は、商業目的の「E-mail」、「インスタント・メッセージ」(筆者注5)、「SMS(ショート(テキスト)・メッセージ・サービス)」(筆者注6)、「MMS(マルティメディア・メッセージング・サービス:イメージベースの携帯電話間のメッセージ交換)」(筆者注7)が対象となる。ただし、ファクシミリ、インターネット・ポップアップ広告(筆者注8)および音声によるマーケティング行為は除かれる。なお、マーケティング活動における電話呼出しとファクシミリは“Do Not Call Registry”の登録により受信拒否が可能である。
 同法25条に基づき反復した法人の違反者に対しては、1日あたり最高110万豪ドル(約8,800万円)、個人の場合は最高22万豪ドル(約1,760万円)の罰金刑(民事罰)が科される。(第4章 民事罰)(筆者注9)
 また、オーストラリアのスパム法第4章24条では連邦裁判所による民事罰たる科料(pecuniary penalty)、同章25条が民事罰の最高刑、同章26条はACMAが連邦政府に代り違反行為の6か月以内に連邦裁判所に民事裁判を提訴できる(民事罰裁判中に刑事訴追は出来ない(27条)。
 28条は裁判所による「付随的被害者救済命令(ancillary order)」規定である。同条にいう民事訴追を受けて裁判所が支払いを命じるもので当局は各種要因を考慮して算定(行為の態様、損害の程度、背景事情、違反歴等を考慮する旨法律に規定あり。具体的な算定ガイドラインは存在しない)のうえ制裁金の勧告額を提示)する。(筆者注10)

B.スパム法第6章は「当局との強制的約束(enforceable undertaking)」に関する規定である。(筆者注11)

(スパム法により、次の機関はその公的機能や言論の自由等から適用除外されている。政府関係省庁、登録された政党、慈善団体、宗教団体、教育機関(現在および元学生への通知))

C. 「2004年スパム規制に関する規則(Spam Regulations 2004)」
 2003年スパム法に基づき制定され、2004年4月8日に公布された。

D. 「1997年電気通信法(Telecommunication Act 1997」

E.業界の自主規制綱領の制定と監督機関による登録
 スパム法規制とは別にオーストラリアでは、電子マーケティングやインターネットサービス関連業界は3つの自主規制綱領(Code of Practice)やガイダンスを策定している。その一部は2006年5月3日付けの本ブログで詳しく説明しているが、さらに今回はまとめて補足する。
a.「電子マーケテイング実践綱領(e-Marketing Code of Practice)」11/8(21)
オーストラリア・ダイレクト・マーケティング協会(ADMA)等多くの業界団体が2003年3月策定、2005年3月16日に監督機関であるACA(オーストリア通信庁、ACMAの前身)に登録された。(全67頁)

b.「ベストDM実践ガイドライン(Best Practice Guideline) 」
 ADMAが2001年1月に他の産業界や消費者を中心に「ベスト・マーケティング実践ガイドライン(Best Practice Marketing Guideline) 」をまとめ、その後ADMAはDMの形態の変化に応じ次のようなガイドラインを策定、公表している。
Best Practice for Direct Mail 
Environmental Guidelines
Chance Draws and Competitions
Online Marketing Guidelines
Best Practice for Use of Data in Direct Marketing
Mobile Marketing Code of Practice
Best Practice for List Management

c. 「インターネット業界スパム実践綱領(Internet Industry Spam code of Practice)」 (全29頁)
 オーストラリアのインターネット産業協会(IIA)11/8(25)が2005年12月(第1版)に策定、2006年3月16日にACMA登録された。

(2)オーストラリアにおけるスパム犯罪の急増とACMAの積極的な法執行の取組み
 ACMAの法執行は他の監督機関と同様な法執行を行っている。すなわち、「当局との強制的約束(enforceable undertaking)」(18件)、「法律に基づく正式警告(formal warnings)」(23件)、「法律にもとづく正式の違法通知(formal notice)」、「違反通知(infringement notice)」(筆者注12)(26件)、「スパム行為の停止にかかる裁判所差止命令(injunction)」(1件)、「連邦裁判所への告訴(prosecute a person in the Federal Court)」(2件)である。(括弧内はこれまでAMCAが行ってきた取扱件数)。
 ACMAのこれまでの主要な法執行活動の詳細は法執行専門サイトで一覧になっている。

2.差止命令から起訴、さみだれ式に下された連邦裁判所判決の概要
 AMCAサイトでは今回取上げた事件(QUD 426 of 2008)についてまとまった解説はない。前記法執行記録の中にまぎれており、分かりにくい。
 筆者の判断であらためて本訴訟の経緯のみ抜粋して時系列で解説する。なお、本裁判以降にもスパム裁判が行われており、その判決結果についても最後に追加する。

(1)2009年1月13日、AMCAは違法なSMSスパム行為を行ったことを理由にスパム法に基づき法人3社(Mobilegate Limited,Winning Bid Pty Ltd,Jobspy Pty Ltd )および個人5人(Simon Anthony Owen,Tarek Andreas Salcedo,Scott Mark Moles, Glenn Christopher Maughan,Scott Gregory Philips)を被告とするブリスベンの連邦裁判所への手続を開始した旨リリースした。

 起訴事由の内容は次のとおりである。
a.被告は、“Safe Divert”または“Maybemeet”と呼ばれるSMSのテキストデータをリレーするマーケティング・サービスを供給、広告、または販促した。
b.被告は、同時に捏造で作った出会い系サイトや偽の加入者プロファイルを利用してオーストラリアの携帯電話のアカウントを持つ利用者を金銭的な利益を不正に得る目的で騙した(1SMSメッセージあたり最高5豪ドルが費用として課金されるように設計した)。
その結果、犯人グループは200万豪ドル以上を違法に稼いだとACMAは見ている。

 また、ACMAは被告のデートサイトを利用するための誤解を招く見掛け倒しの表現の使用は「1974年競争取引および消費者保護法(Trade Practices Act 1974)」(筆者注23:参照)に違反すると告訴した。

 ACMAは、起訴状において宣言(declarations)、差止命令(injunctions)および刑罰その他の命令を求めた。また被害拡大を回避すべく「暫定差止命令(interim injunction)」もあわせて求めた。

(2)2009年8月14日、連邦裁判所(ローガン判事(John Alexander Logan))は被告5人(Mobilegate Limited,Winning Bid Pty Ltd,jobspy Pty Ltd, Simon Anthony Owen,Tarek Andreas Salcedo)に対する「差止命令」および「宣言」を下した。5人の刑罰に関する審問(hearing)は未定であるが、残りの3人の被告に対する審問は11月30日に行われる旨発表された。

(3)2009年10月23日、ブリスベンの連邦裁判所は被告5人に対し、「2003年スパム法」違反に基づく合計1,575万豪ドル(約12億6千万円)の罰金刑判決を下した。被告各人別の刑罰内容は次のとおりである。
a.Mobilegate Limited・・・・・・・・・・500万豪ドル(約4億円)
b.Winning Bid Pty Ltd・・・・・・・・・・350万豪ドル(約2.8億円)
c.Simon Anthony Owen・・・・・・・・・・300万豪ドル(約2.4億円)
d.Tarek Andreas Salcedo・・・・・・・・・300万豪ドル
e.Glenn Christopher Maughan・・・・・・・125万豪ドル(約1億円)

(4) 2009年12月16日、ブリスベンの連邦裁判所は次の被告2人に対し、計650万豪ドルの罰金刑を科した。10月23日の罰金刑と合計すると2,225万豪ドル(約17億8千万円)となる。
f.Jobspy Pty Ltd・・・・・・・・・・・・400万豪ドル(約3.2億円)
g.Scott Mark Moles・・・・・・・・・・・250万豪ドル(約2億円)

 ACMAは起訴状で、被告f、gは他の被告とともに本物の出会い系サイトのユーザーの携帯電話番号を入手する目的でにせのウェブサイト・プロファイルや許可なしに写真を掲載するなど複雑な手口を用いた。ACMAは被告は2005年後半以来この手口にかかったオーストラリア人の被害総額は400万豪ドル(約3億2千万円)以上であると主張している。

(5)2010年11月5日、最後の被告h.Scott Gregory Philips(35歳)に対する連邦裁の判決が12月1日に下される予定である旨ACMAは公表した。
 フィリップ被告は元pinkbits.comおよびInternet Billing Servicesのオペレーターであり、またユーザーから本物の携帯電話番号の提示を勧誘する係りであった。

3.連邦裁判所における初めてのスパム有罪裁判例
 オーストラリア連邦裁判所は2003年スパム法16条、22条に違反したとするACMAの告訴に対し、2006年10月27日、 Clarity1 Pty Ltd社に対して450万豪米ドル(約3億6千万円)、 同社専務取締役Wayne Mansfield氏に対して100万豪米ドル(約8千万円)の科料を命じた(Australian Communications and Media Authority v Clarity1 Pty Ltd [2006] FCA 410)。
 同裁判の事実関係、双方の主張内容や判決の結論部分ならびにマーケッターの留意事項については“Australia FindLaw”が詳しく解析しているので参照されたい。その電子メール・マーケッターにとってのポイントが最後にまとめられているので引用する。
①オプト・アウトの道具を包含させることのみで、受信者に同意の推定を避ける義務を課すことにはならない。
②発信者と受信者の間のコミュニケーションが一方的であるときは「取引関係」があるとは推定されない。
③関連する電子メールアドレスを公開したからという事実のみでは「同意」があったとは推定されない。
④商業電子メールの送信はスパム法16条の適用を受ける。

(2)「当局との強制的約束(enforceable undertaking)」例
 ACMAのサイトで過去18件の合意内容の詳細が確認できる。

(3) 「違反通知(infringement notice)」例
・2007年6月21日、ACMAは「ピッチ・エンターテインメント・グループ(Pitch Entertainment Group)」および「インターナショナル・マシーナリー・パーツ株式会社(International Machinery Parts Pty Ltd)」に対し、スパム法違反を理由にそれまでの最高額の罰金(前者は1日あたり11,000豪ドル(約88万円)、後者は1日あたり4,400豪ドル(約352,000円))である。

4.恋愛詐欺サイトへの警告
 前述した“ACCC”が運営する詐欺阻止専門サイト“SCAM watch”では「デートと恋愛詐欺(Dating and Romance scams)」警告専門サイトがある。ここでの詳細は省略するが、わが国でもすでに始まっているのかもしれない。


(筆者注1) “ACMA”の組織の歴史的経緯について補足しておく。2005年7月1日、オーストラリア通信庁(ACA)とオーストラリア放送庁(ABA)が統合し、通信、放送分野の規制監督機関として“ACMA”が設立された。“ACMA”電気通信事業および放送事業の規制・監視、インターネット・コンテンツの規制、競争政策の施行、消費者保護、電子メディア環境の監視、周波数管理等を所掌する。

(筆者注2) 連邦競争・消費者委員会や1974年取引慣行法(The Trade Practices Act)について概要について参考とすべきわが国のサイトのURLをあげておく。
公正取引委員会
オーストラリアの弁護士

 なお、筆者のブログ(筆者注23)では “The Trade Practices Act”を「 取引慣行法」というのは正確でないとし、意訳となるが「競争取引および消費者保護法」という訳語を用いた。日本語解説は内容的には唯一参考といえるものであり、そのまま引用する。

(筆者注3) ACCC は排除命令を出す権限がないため、被害者への救済は訴訟をもって実現しなければならない。具体的にACCC は、差止命令、一定の被害者のための損害賠償や付随的な命令を求める訴訟(第87 条1B 項、同条1C 項)、情報の開示や訂正広告を求める訴訟(第80条、第86C 条2 項、第86D 条)、事実認定(第83 条)、違法行為についての宣言(declaration)などを求める訴訟などの権限を持っている。

(筆者注4) “Sophos”は、毎年「ソフォス・スパム送信国ワースト12」を発表している。2010年7月~9月調査結果では、中国が圏外になり、上位12カ国の順位と割合は次のとおりである。
1.米国:18.6%、2.インド7.6%、3.ブラジル:5.7%。4.フランス:5.4%、5.英国:5.0%、6.ドイツ:3.4%、7.ロシア:3.0%、7.韓国:3.0%、9.ベトナム:2.95、10.イタリア:2.8%、11.ルーマニア:2.3%、12.スペイン:1.8%
 以上見るようにいわゆるIT先進国が軒並み並んでいる。なお、2004年8月時点では日本は第6位(2.87%)であった。
 地域別で見ると、1.欧州:33.1%、2.アジア:30.0%、3.北アメリア:22.3%、4.南アメリカ:11.5%、5.アフリカ:2.3%、である。

(筆者注5) 「インスタント・メッセージ(Instant Message/Instant Messaging)」は,略して「IM(アイエム)」と呼ばれる。エンドユーザーが使うクライアント・ソフトのことを「インスタント・メッセンジャー」や「メッセンジャー」などという。これも「IM」と呼ばれる。現在、よく使われているメッセンジャーはマイクロソフトの「Windows Messenger」(Windows XPに標準)やWindows Live Messenger(Windows Vistaに標準)。Yahoo! JAPANが提供する「Yahoo!メッセンジャー」やGoogleの「Google Talk」も人気がある。(ITpro「インスタント・メッセージとはなにか」より引用)

(筆者注6) 「ショート・メッセージ・サービス(Short Message Service:SMS)」とは、携帯電話やPHS同士で短文を送受信するサービスである。Text Message(テキストメッセージ)とも呼ばれる。

(筆者注7)「 MMS(Multimedia Messaging Service)」とは、携帯電話を使ったメールシステムの1つで、テキストのほか、静止画/動画/音楽といったデータを送受信することができる。欧州の携帯電話で一般的に使われているSMSが発展したもので次世代SMSといわれている。

(筆者注8) 「インターネット・ポップアップ広告」とは、ある特定のウェブページを開いた時に自動的に一番手前に表示される広告用の小さなウィンドウをいう。

(筆者注9) オーストラリア刑法(Crime Act of 1914)4AA条における「罰則点数 (penalty unit) は、110豪ドルを意味する」と規定する。従って、例えば法律に”1,000 penalty units”と規定されていれば具体的な罰金金額は「11万豪ドル」となる。

(筆者注10) 同命令は、「差止命令」とともに連邦裁判所に頻繁に申し立てられている。その例として、「利益吐出し(disgorgement)」が挙げられるが、これは違法行為により得た利益を強制的に取り上げる行為である。なお、発生した損害に対する填補賠償(restitution)は認容されても、被害者の金銭を利用して利益を得たという証拠がない以上は、利益吐出し(disgorgement)は認められない。

(筆者注11)スパム法 第6章に定める「当局との間の強制力を持つ合意(enforceable undertakings)」とは、「規制当局(ACMA)は、スパム・メールまたはアドレス収集目的とする違法ソフトに関し、大臣の命令に基づき、規制対象者による規制の自発的執行の提案を受け入れることができるものである(38条)。規制の自発的執行を強制することはできないし、ACMAの同意が前提となるが対象者はその撤回や変更ができる。提案を受け入れた場合、当該の規制対象者は、自発的執行の不履行が確認されるまで、訴追を受けたり、定額罰金または裁量的要件を科されることはない。合意に基づく法執行違反に対し裁判所の命令を求めうる。(39条)」

(筆者注12) ACMAの法執行行為である「違反通知(infringement notice)」は同法30条および別表3(schedule 3)に定めるものである。すなわち、違反行為の通知だけでなく法律に定める罰金額を適用するものである。わが国で言うと独禁法の違反行為に対する「課徴金」(課徴金とは,カルテル・入札談合等の違反行為防止という行政目的を達成するため,行政庁が違反事業者等に対して課す金銭的不利益のことをいう)に相当するといえる。

[参照URL]
・ACMAの「2003年スパム法」に基づく法執行行為の一覧
http://www.acma.gov.au/scripts/nc.dll?WEB/STANDARD/1001/pc=PC_310314

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本ブログは、2010年11月9日掲載文の改訂版である。
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2011年9月4日日曜日

米国連邦取引委員会(FTC)が両親や家族のためのなりすまし詐欺等から子供の個人情報保護ガイダンスを公表



 わが国では2003年(平成15年)5月30日に成立、2005年4月1日に全面施行された「 個人情報の保護に関する法律(平成15年5月30日法律第57号)」の教育現場で起きた最大の課題は現場での「過剰反応問題」であろう。
 全面施行にあたり、各省庁はそれぞれ現場での混乱を避けて法律の的確な運用を行うべくガイドラインを作成したことは読者も記憶にあろう。しかし、それでも現場では混乱が起きた。特に両親や家族にとって学校や教育機関が保有する子供の個人情報の内容やその具体的な取扱いがどのようになっているのか、知りたくても十二分に知りえない部分があったことが混乱を広げたように思える。(筆者注1)

 その背景には毎度のことであるが、(1)ガイダンスの内容が一般人には理解しやすいレベルのなっていないこと、(2)さらに現場の教育担当者も問題の本質を理解できないため教育実務が混乱を極めたことであろう。

 今回のブログは、9月1日に米国の消費者保護機関である「連邦取引委員会(Federal Trade Commission)」が策定、公表した「消費者向け警告リリース」の意義を解説することである。特に、子供と「なりすまし詐欺」被害という一見結びつかない問題の本質ならびに被害に遭わないための施策を具体例として紹介することにある。


1.学校におけるあなたのお子さんの個人情報を保護する意義
(1)学校生活に戻ってみよう。新しいノートの購入、お弁当のパック、通学方法の確認、必要書類―登録簿記入、詳細な健康状態や予防接種の記入(筆者注2)、親の許可同意書(permission slips)(筆者注3)の記入等、年に1回の儀式として緊急連絡先等を記入する。これら学校が指定する様式は個人情報でかつ機微情報の記入を必要とする。
 詐欺師等は、あなたの子供の名前やこれら機微情報を悪用する。例えば、子供の社会保障番号は連邦政府による給付や支援措置(government benefits)(筆者注4)、銀行の口座開設、クレジットカードの口座開設、ローンや公益事業の申し込みならびに住居の賃貸等に利用するのである。
 FTCは子供がなりすまし詐欺の被害者に遭わないよう数年間もしくは子供が就職、奨学金や自動車ローンを利用するまでの間、検知されないリスク対策の重要性を警告する。

2.なりすまし詐欺のリスクを最小化するための具体的方法
 あなたの子供や家族の個人情報を守るために法律がある。例えば、連邦教育省(U.S.Department of Education)が執行する連邦「家族の教育権およびプライバシー保護法(Family Educational Rights Privacy Act:FERPA)」(筆者注5)がある。また、就学児童の両親に対し他の家族を含む第三者の情報共有に関する問い合わせのオプトアウト権の権利を規定する。

 FTCは学校に入学した児童の両親に次の施策を助言する。
(1)誰があなたの子供の個人情報に接近する手段をもっているか調べること、そして子供の記録が安全な場所に保管されていることを確認する。

(2)子供に送られてきた郵便物や電子メールで子供の個人情報を求める内容がないか注意を向ける。「個人識別情報」、「ディレクトリ情報」や「オプトアウト」等の用語を探すこと。あなたが子供の個人情報を明らかにする前に、かならずどのように使用され、誰と共有されるか調べること。

(3)“FERPA”に基づき学校が通知する親の権利について次の内容を読んで理解すること。
①子供の教育成績記録(education records)を点検、精査する。
②その記録中の情報の公開につき同意する。
③記録につき誤りの修正を行う。

(4)学生のディレクトリー情報のポリシーに関し、学校に以下の内容を照会する。
①学生のディレクトリー情報は、子供の氏名、住所、生年月日、電話番号、電子メールアドレスおよび写真であること。
②“FERPA”は学校はデレクトリーポリシーについて両親や保護者に通知し、第三者へのディレクトリー情報の伝達のオプトアウト権を提供すべき点を定める。あなたは書面で申し入れを行いかつコピーをとっておくことが最善である。
③学生の調査に関する学校のポリシーの写しを要求すべきである。
④生徒および両親の学校の受託契約者への情報開示時の事前調査内容修正権(Protection of Pupil Rights Amendment:PPRA)(筆者注6)
⑤学校で実施されるが、学校が支援しないプログラムに子供が参加する場合はその実施団体のプライバシーポリシーを読んで、子供の個人情報がどのように使用されまた誰に共有されるかについて必ず理解すること。
⑥あなたの子供の学校が情報漏えいを犯したと信じるときは行動を起こしなさい。その際、交渉内容は書面で記録すべきです。さらに必要に応じ苦情部(Family Policy Complaint Office)や学校の委員会に手紙を出すべきである。


(筆者注1) 文部科学省が策定したガイドラインの内容を検索する方法を説明しておく。極めて当然の方法でリンクできると思っていた。これがとんでもない誤解であることは読者自身が経験して欲しい。まずは混迷を極めるであろう。
 筆者なりに整理したので参考までに手順をあげておく。①文部科学省のサイトマップ→②申請・手続き→③情報公開・個人情報保護の「個人情報」→④個人情報保護制度の概要―個人情報保護法関連―→⑤平成16年(2004年)11月11日 文部科学省告示第161号「学校における生徒等に関する個人情報の適正な取扱いを確保するために事業者が講ずべき措置に関する指針」

 ちなみに、消費者庁サイトでは各省庁のガイドラインの一覧を作成している。そこでガイドライン名「学校における生徒等に関する個人情報の適正な取扱いを確保するために事業者が講ずべき措置に関する指針」を指定してリンクさせてみた。リンク先として前記①の画面が出るのみである。また、平成19年度文部科学省白書第2部第14章第6節 個人情報の保護:1.文部科学省における個人情報保護の取組の中でガイドラインへのリンク個所をクリックしてみた。やはり前記①の画面が出てくる。なぜ、直接リンクできるURL:http://www.mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2010/05/10/1251542_2.pdf―にアクセスできるように作業出来ないのか。

(筆者注2)シリコンバレーやサンフランシスコでクリニックを開いているM.D.の小林秀一氏のHP が州立学校の入学時の保健手続について詳しく解説しているので一部抜粋した。「公衆衛生」に対する米国保健機関の姿勢が鮮明に出ている。なお、一部州の機関(カリフォルニア州保健局:DHCS)の公式資料へのリンクは筆者の責任で補筆した。

「カリフォルニア州の学校(kindergartenからhigh school まで)に入学(転入を含む)するためには、その学年に応じて、法律で定められた一定の保健手続きを経る必要があります。これは各々の生徒の健康を守るとともに、各種感染症の学校での蔓延を防ぐという目的があります。必要な手続きは、(1)健康診断、(2)結核予防、(3)予防接種、に分けられます。

(1)健康診断について
・ Grade1への入学時に、「学校入学のための健康診断書(Health Examination For School Entry: Form PM171A)」を学校に提出する必要があります。このフォームは、入学を希望する学校、各学校区(school district)のオフィスの他、州保健局サイトからも入手できます。
・ この診断書を用意するために、Kindergarten入学の6ヶ月前(2月1日以降)から、Grade1の開始後3ヶ月以内(12月1日まで)に、医師の健康診断を受けなくてはなりません。期日を過ぎても診断書の提出がない場合には、退校処分になることもあります。

(2)結核予防(tuberculin test)について
・ カリフォルニアの学校に入学する生徒は、ツベルクリン反応(以下ツ反)を必ず受けなくてはなりません。
・ この検査は、Kindergartenへの入学あるいは転入前の18ヶ月以内、海外を含めたCounty外からGrade1-Grade12に転入する場合には、その前6ヶ月以内に行われなければなりません。

(3)予防接種(immunization)について
・ カリフォルニア州の学校に入学(転入を含む)する場合には、その学年に応じて、規定の予防接種を終了していることが必要です。」

(筆者注3) “permission slip”とは、親など親権者が学校の活動時に承認したことを示す書類のこと。遠足の際などに、親が子供達の参加を認めるときに用いられる。

(筆者注4) “government benefits”に関し、わが国で正確に解説したものを見ない。同ウェブサイトは、米国の市民税納付システム、連邦政府の規則制定、電子研修・教育、給付制度に関する情報提供などを対象とする「電子政府」の取組みの一環として複雑な連邦政府給付・支援措置へのアクセスをいかに迅速にかつ正確に行うかという観点から、2002年(GovBenefits.gov)にホワイトハウスが中心となって政府と市民、政府と企業および政府のウェブサイト間をつなぐ様々な品揃えと管理のシステムを創設したのである。当初のパートナーである連邦機関は10であり。具体的なプログラム数は55であったが、現在は17連邦機関、1,000以上のプログラムをフォローしている。

 同サイトをカテゴリー別に見ると次のような項目に分類されている。
①キャリアー開発支援、②保育や育児支援、③弁護支援や各種カウンセリング、④障害者支援、⑤災害時支援、⑥教育や訓練、⑦エネルギー支援、⑧環境持続・保持、⑨食物や栄養支援、⑩交付金や奨学金、特別研究員支援、⑪健康管理、⑫住宅支援、⑬生活支援、⑭ローン返済、⑮メディカイドやメディケア、⑯社会保障、⑰納税支援、他

(筆者注5)連邦教育省は、2011年4月7日に児童や学生のプライバシー保護強化の一環として、(1)“FERPA” の解釈の明確化、(2)政府投資の効果の判断および(3)州政府間の学校が保有する学生個人データの共有化等を図るため、以下の新たな安全保護強化策を公表した。

(1)連邦教育省に初めてチーフ・プライバシー・オフィサー(キャサリン・スタイル:Kathleen Styles)を任命。
(2)全米教育統計センター(National Center for Education Statistics:NCES)内に“Privacy Technical Assistance Center (PTAC)” を設置。同センターの役割は、幼児教育から大学院教育における(P-20 Education Community)プライバシー、機密性およびデータ・セキュリティに関する1箇所で用が足せる情報源として機能する。センターはプライバシー保護に関するFAQ、情報源ライブラリー、個人情報の統治計画策定に関するチェックリストを含むツールキットを開発する。
(3)プライバシー保護における最善の実践のための技術面の3つのガイダンスを策定
Basic Concepts and Definitions for Privacy and Confidentiality in Student Education Records 

Data Stewardship: Managing Personally Identifiable Information in Electronic Student Education Records 
Statistical Methods for Protecting Personally Identifiable Information in Aggregate Reporting 
(4) “FERPA”の解釈の明確化を図るため規則案(NPRM)を提示

(筆者注6) わが国で“PPRA”に関する解説は皆無である。連邦教育省に専用の解説サイトがあるので概要部を仮訳しておく。この問題はわが国ではほとんど問題になっていないように思うが、実は委託先管理面でのプライバシー保護や第三者提供に関し重要な課題が含まれている。
(1)“PPRA”の根拠法:20 U.S.C. §1232h  および 34 CFR Part 98(PART 98—STUDENT RIGHTS IN RESEARCH, EXPERIMENTAL PROGRAMS, AND TESTING)

(2)“PPRA”は学校から資金を提供される受託プログラムにおいて適用される。次の2つの方法において両親および学生の権利を保護することを目的とする。
①学校および受託業者において子供が参加する教育省が資金支援する調査、分析および評価に関し両親による査定が可能なように指示すべきことを保証する。
②次の事項に関し生徒の個人情報を開示する教育省が資金支援する調査、分析、評価を行う場合、学校および契約者は事前に両親の事前の文書による同意を得るべき点を保証する。
・政治的参加状況
・学生や家族に関する困難な精神的および心理学的な問題
・性行動や態度
・不法、反社会的および自らを有罪に導いたり品位をおとしめる行動
・家族関係につき緊密な関係を有する他の個人の批判的な評価
・弁護士、医師や大臣に対する法的特権を有する者との関係
・収入(ただし財政的支援を受けるため適格性判断を決する場合を除く)

 両親や学生はこれらの権利が侵害されたと信じうる場合は教育省「家族のポリシー遵守部(Family Policy Complaint Office)」に対し書面をもって訴えることができる。


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