2011年3月9日水曜日
警察庁が死因究明・検視体制の強化策の検討動向とわが国のフォレンジック体制整備への取組み問題
2月26日、筆者は英国法務省の検死官規則(Coroners Rules 1984)の一部改正の背景と司法改革の観点からみた意義について解説した。(筆者注1)
また、FBIが現在稼動させている「統合自動指紋認証・検索システム(Integrated Automated Fingerprint Identification System:IAFIS)」の次期システムである「次世代生体認証システム(Next Generation Identification System:NGI」の構築計画の概要について、2007年12月27日の本ブログ(その1 ,その2 )で簡単に紹介した(“NGI”については3月8日、FBIは初期動作能力確認が成功した旨リリースしており、筆者は米国政府の本格的な生体認証データベース戦略につき別途取りまとめ中である)。
今回のブログの執筆にあたり、わが国の警察庁関係の資料を読んでいたところ、2010年1月から検討を行っている警察庁「犯罪死の見逃し防止に資する死因究明制度の在り方に関する研究会」の検討資料の中で英国(イングランド&ウェールズ)の報告資料(4頁)での2009年「コロナー法改正」に関する解説が目にとまった。
同研究会の検討状況についてはあまり知られていない問題であるが、「不審死」をめぐる問題意識が捜査・司法関係でも高まっていることは興味深い点であり、検討状況と課題につき概要をまとめた。
一方、検視や死因究明問題と極めて深くかかわる法科学問題として「フォレンジック科学(Forensic Science)」への取組み問題がある。
筆者は日頃から米国NIJ(連邦司法省・司法研究所)(筆者注2)(筆者注3)の“Forensic Sciences”、FBIの“Forensic Science Communications”、大学(米国マーシャル大学の“Marshall University Forensic Science Center”等)の発信情報にも目を通すことが多いが、わが国として本格的な研究をすべき時期はとっくに過ぎているように思える。
今回のブログは、この問題についてはわが国としての取組み課題のみ整理する。
1.警察庁「犯罪死の見逃し防止に資する死因究明制度の在り方に関する研究会」の検討概要
(1)設置目的および今後の検討予定
2010年7月に行った「研究会中間とりまとめ」から以下の点を抜粋する。なお、筆者として気になるのはこのような死因究明制度の整備について法医学や刑事法関係者等による検討は極めて望ましいことといえるが、(3)で述べるとおり、本来の研究成果や今後の実施線表が見えてこない研究は意味がない。まさに税金と時間の無駄である。
「犯罪死を見逃さない死因究明制度の確立を図るべく、中井洽国家公安委員会委員長の発案により、本年1月、警察庁に、法医学者、刑法学者等により構成する「犯罪死の見逃し防止に関する死因究明制度の在り方に関する研究会」が設置された。本研究会は平成22年度末に一定の結論を出すことを目指して議論を進めているが、凶悪犯罪の放置に直結する犯罪死の見逃しを防止するための施策を充実させることが喫緊の課題であるとの認識の下に、早急に対応策を講ずる必要がある事項については、可能な限り、平成23年度予算から着手することが望ましいと判断した。
中間とりまとめは、このような判断に立って、関係当局における来年度予算の検討に資することを目的として、今後5年間を目途に、犯罪死の見逃し防止に資する死因究明制度を確立するに当たり必要となる施策や実現すべき目標値等についてこれまでの議論を整理したものであり、より具体的な内容や、その実現のための方法等については、現在行っている死因究明についての先進的な国々の制度についての実地調査の結果等も参考にしつつ、今後さらに議論を深めて、研究会としての結論を出すこととしている。(以下略す)」
(2)これまでの検討内容と海外の調査資料
第1回(2010年1月29日)
第2回(2010年2月19日)
第3回(2010年3月19日)海外調査対象国として、フィンランド、スェーデン、ドイツ、オーストラリア、英国を候補にあげた。
第4回(2010年4月16日)
第5回(2010年5月28日)フィンランドの報告
第6回(2010年7月2日)オーストラリア(ビクトリア州)の報告
第7回(2010年7月30日)英連邦(イングランドおよびウェールズ)およびドイツ(ハンブルク州)の報告、中間取りまとめ
第8回(2010年9月16日)
第9回(2010年10月15日)スェーデン王国の報告)
第10回(2010年11月19日)今後の検討課題の整理
第11回(2010年12月17日)最終取りまとめに向けた論点整理
第12回(2011年1月28日)
(3)同研究会の審議経過や論点整理を読んでの感想
第11回の議事要旨等を読んでみた。同研究会は初めから平成23年度予算の確保目的の研究会という側面が強いものであり、期待していなかったこともあるが、今後の課題を整理しただけで約1年間の研究成果というには程遠いと感じた。ここでは具体的な問題点の指摘は行わないが、今後の進むべき行程表(progress schedule)が見えてこない。研究会は専門家の勉強会や単なる意見交換会の場ではないはずである。
事務局の体制(筆者注4)も含め、この程度の内容で本当に先進国並みの制度に生まれ変われるのか疑問が大である。
(4)いわゆる先進国の死因究明研究の実務や体制実態は本当に進んでいるのか
各国の実態は、中間報告で指摘されている「実地調査」に基づき研究会で配布された資料程度のものであろうか。
筆者の専門外のテーマではあるが、先進国として調査報告がなされているドイツやその他EU加盟国の情報等に基づき最近時に見た課題の要旨のみまとめておく。なお、不審死問題は薬物、アルコール等依存症、メンタルヘルス、児童虐待(child abuse)等とも極めて関係が深い問題である点を再認識した。
なお、オランダやアイルランドについては参照すべき論文のテーマとURLのみ記した。
①ドイツ
「ドイツ医師会雑誌(国際版)(Deutsches Ärzteblatt International))の2010年8月の公表論文「死後の外表検案:死亡原因と死亡の種類の決定(The Post Mortem External Examination:Determination of the Cause and Manner of Death)」の内容を一部引用する。死亡原因の詳細な解析実施国の例としてその内容は参考となろう。
1)著者はボン大学付属病院・法医学研究所(Universitätsklinikum Bonn):医学博士 Burkhard Madea とケルン大学付属病院・法医学研究所(Universitätsklinikum Köln):医学博士 Markus Rothschild である。
2)検討の背景
死後外表検案は医師が患者に出来る最後の医療サービスである。その目的は医学的な診断書の作成だけでなく、司法過程の公益に対し「事実」を提供することにある。主な任務は、死亡の厳密な確認、死亡原因の決定および死因の種類の調査である。
3)研究目標
①ドイツにおける死亡原因に関する基礎データに基づき、死亡認定における医学的な外表検案のコア項目を形成する。すなわち、死亡原因の決定と死因の種類の調査について正確に説明する。
②不審死についてどのように認定するかについて、具体的解決策を提供する。
③死亡証明の目的に関し医師の診断の法的要件および義務について説明する。
4)死亡統計により示された死亡原因
・2007年中にドイツ国内で報告された死亡件数は818,271件である。連邦政府統計局によるとうち784,962件は自然死であった。ドイツには全国ベースの死亡場所の統計はない。しかし、50%の死亡場所は病院(病院自身のデータによると)で、残り25%が自宅、残り約15%が介護施設(care home)である。残りの10%は移送中や労働災害である。
・2007年中の入院患者の入院数17,178.573件のうち6092,198件が内科で、2番目に多かったのが外科で3,592,386件であった。内科部門のうち、最も多いのは心臓病(cardiology)で続いて、胃腸系病(gastroenterology)、血液系病(hematology)、老人化病(geriatrics)の順である。死者総数818,271件のうち258,684件は心臓疾患で、最も共通的な原因は虚血性心疾患(ischemic heart disease)(148,641件)で、2番目に多かった原因は悪性新生物(malignant neoplasms)(211,765件)である。
・年齢別に見ると40歳以下において変死は病気による死亡内因より頻繁である。40歳以上についても悪性新生物疾患や虚血性心疾患による死亡は急増しない。
・これらのデータは、ドイツ連邦統計局は基礎疾患および死亡証明に基づく死亡証明書に基づきエントリーによるコード化したデータから導き出す。
・それとは対照的に、州(land)の統計局においては、基礎疾患を自動的に死因に結びつける統計を使用しない。すなわち、コード入力者は各死亡証明書の記載内容を検証し、基礎疾患の有無を決定し、ICD(疾病および関連保健問題の国際統計分類)規則に基づきその基礎疾患のコードを入力する。
しかしながら、多様化する死亡原因過程を背景として、唯一死亡原因の表示において死亡原因統計のニーズや健康の指数から導き出すデータを部分的に充足するのみである。
(以下略す)
②オランダ
1998年7月、オランダ・トリンボス・メンタルヘルス・依存症研究所:Trimbos Institute Netherlands Institute of Mental Health and Addiction
「REITOXサブ任務3.3に関する最終報告書で与えられた提案の実現の実行可能性調査―医薬関連の報告に関するデータの品質と比較可能性を向上させるためにー(Feasibility study of the implementation of the proposals given in the final report of REITOX sub-task 3.3 - to improve the quality and comparability of data on drug-related deaths―Final report―)」
③アイルランド
「アイルランド・医学ジャーナル2011年1月(104巻1号)(Irish Medical Journal:January 2011 Volume 104 Number 1)
「法医学設定時の致命的な外傷性頭部外傷へのアルコールの貢献度問題(The Contribution of Alcohol to Fatal Traumatic Head Injuries in the Forensic Setting)」
④EUの法医学問題の公的専門機関
EUの公的機関として、ドイツのケルンに本部を置く「欧州法医学評議会(European Council of Legal Medicine:ECLM)」が加盟国における法医学とりわけ「不審死」等に関する科学、教育および専門的な問題に取組むため重要な機能を担うと考える。
設置準備途上ということもあり、各国の情報サイト内容も含めほとんど“under construction”な事項が多い。(筆者注5)
ECLMのHPから、基本的な内容のみ紹介するにとどめる。
1)正式名称および登録場所
・EU加盟国の代表からなる評議会は、「欧州法医学評議会(以下“ECLM”という)」と称する。
・ドイツ連邦共和国のケルン(Cologne)を本部の登録場所とする。
2)設置目的およびその範囲
・“ECLM”は、EUにおける法医学に関する規律・統制を扱う公的機関とする。
・“ECLM”は、EU内における科学、教育および専門的な事項に関する規律規制機関とする。
・本規律・統制にかかわる専門家は、法システム(およびその専門的教育)の枠組内で不審死や身体への危害にかかる捜査(investigation)、その評価(evaluation)および解明(elucidation)についての高度な医学的能力を持つ者とみなす。
3)加盟資格
“ECLM”は、EU加盟国および欧州自由貿易連合(EFTA)加盟国の関係機関が指名した代表で構成され、そこでは法医学にかかる規律を完全に理解し、またそこではアカデミックな普遍性を構築し、かつ慎重な検討ののち対等な立場から意見を提供する。
・EU加盟国は前記1)につき最大3名を代表とできる。また希望する国については追加の代表の選任は出来るが、その場合は「オブザーバー」資格であり投票権は持たない。
4) “ECLM”には、執行委員会(Executive Board)を置く。
(以下略す)
2.わが国における「フォレンジック科学(Forensic Science)」に関する総括的な体制整備の重要性
わが国の「フォレンジックス問題」は、「デジタル・フォレンジック」や「コンピュータ・フォレンジック」等ベンダー企業が都合が良い範囲で訳語を使い分けていることが混乱のもとになっていると思える。
例えば、情報漏洩を中心としたセキュリティ・インシデント発生時、原因究明や再発防止策としてのデジタルデータに対する「フォレンジック調査」といったサイトがある現状を見ると本質的な整理が遅れているといえる。一般的にいえば確かにまだ定義自体が明確化されているとは言いがたいが「フォレンジック科学(Forensic Science)」という包括的な言葉で統一の上、内容整理を行うべきであると考える。
(1)“Forensic Science”の要素を細分化したらどのような分野に整理できるのか。
あくまでドイツの影響を受けた医学分野から見た例示的な内容と思えるが、「名古屋市立大学大学院医学研究科」の整理内容を基に、以下の分類と英訳語をまとめてみた。
①法医学(Forensic Medicine):頻繁に使われる名称ではあるが、そのさし示す範囲は若干曖昧である。 一般的にはForensic Pathology,Forensic Toxicology、 および医療活動のmedico-legalな側面の三者を含むと考えられる。また、Forensic Sciencesの一分野として扱われることが多い。
②Forensic Pathology(法病理学):死体現象,損傷・窒息その他の外因死および内因死を扱う。 したがって米語では狭い意味での法医学にはこの語が用いられる。
③Forensic Toxicology(法中毒学):法的問題を有する事例から得られた試料の薬毒物分析・評価を行う。
④Forensic Genetics(法医遺伝学):従来は法医血清学と呼ばれ、血液型等の遺伝的多型による個人識別を目的としていた。また本邦ではドイツの影響や、国内の歴史的経緯から法医学の一主要分野を形成していた。その後1985年JeffreysによるDNAフィンガープリント法の開発や、1987年MullisらによるPCR法の発表を契機に、DNA多型が検査・研究対象の主流となり現在に至っている。
⑤Forensic Odontology, Forensic Dentistory(法歯学):歯科所見をもとに個人識別等を行うのが主たる目的である。 わが国では従来法医学の一分野とされていたが、近年は独立した分野を形成しつつある。またDNA多型も主要な研究領域となっている。
⑥Forensic Anthropology(法人類学):主たる対象は骨検査であり、歴史的試料も扱う。欧米では Physical Anthropology の一分野として位置づけられており、本邦においてもその傾向はある。この分野においてもDNA多型検出技術が導入されている。
わが国の医科大学における法医学の系統講義の内容として扱われるのはおおむね上記の分野である。
同サイトでは、その他にこれに関する法医学分野として次のものが列記されている。
⑦Legal Medicine(法医学):この語は Forensic Medicineよりも広い意味で用いられる場合とMedical Jurisprudence (medico-legal aspects of medical practice)の意味で用いられる場合がある。本邦の法医学教室の英語名称はDepartment of Legal Medicineであるところが多いが、これは主としてドイツ法医学の影響によるものと考えられる。
⑧Forensic Entomology(法昆虫学):主に死体を蚕食する昆虫の生活環(life cycle)と死体昆虫相の遷移(succession)を指標として、死後経過時間の推定を行う。
(2) “Forensic Science”から見たその他の分野
あくまで筆者の個人的見解であり、詳細な内容は省略するが、犯罪捜査やサイバー犯罪捜査上で欠かせないもので広い意味から見た主要な分野をあげておく
①コンピュータ・フォレンジックス(Computer Forensics)およびデジタル・フォレンジックス(Digital Forensics)
②犯罪捜査学(Criminalistics)
③DNA鑑定とタイピング(DNAを元に遺伝子型を決定する手法)(DNA typing)
④指紋認証学(Fingerprints)
(3) “Forensic Science”の体系化
前記の多様な分野について、その内容をいかように整理すべきか。前述した米国マーシャル大学はNIJの資金支援による研究の連携が顕著な大学であり、そのマスターコース用サイト(Master of Science Degree Program)では次の4つに取組み分野をカリキュラムとして整理している。捜査実務的な面等も踏まえており、参考になろう。
①DNA分析に関し司法関係者のための無料のフォレンジックス検査を提供している。そこでは性的暴行(sexual assault)、近親相姦(incest)、身体特性の識別(body identification)、殺人等の検査も支援する。
②フォレンジック化学(薬物分析、毒物、物証等)
③デジタル・フィレンジックス・
④犯罪現場の捜査(Examining the Scene of the crime)
(4)更なる検討課題
A.広く国民や関係者の関心を集める情報提供のあり方の研究の必要性
例えば、米国は連邦ベースでDNAや指紋鑑定等の重要性に鑑みて、法執行者・捜査官、法科学者、裁判所事務官、鑑識管理者、研究者、政策立案者や議員、犠牲者擁護団体のメンバー等の参加を目的とする政策専門サイト“DNA initiative”を設置して、広く国民の関心を集めている。
同イニシアティブの本来の目標とする点は、次のようにまとめられている。わが国でも共通的な課題の部分もあると考える。
①重大な暴行犯罪(レイプ、殺人や誘拐)や鑑定・検査を要する有罪判決を受けた罪人に関する分析が的確に行われていないDNAサンプルの現下の未処理分の削減
②DNA鑑定等に関し、時宜に合致した犯罪捜査研究機関の能力向上
③あらたなDNA技術の開発や全ての法科学分野の研究・開発の振興
④刑事司法専門家のために、より広範囲のDNA証拠に関する教育内容の開発や支援の提供
⑤公判で検証されなかった犯罪現場における有罪判決後におけるDNA検査へのアクセスを提供
⑥DNA法科学技術が行方不明者や人骨の識別問題を完全に解決するのに利用されることを保証
⑦無実の人の保護
B.同サイトでまとめられている米国連邦フォレンジック関係法とその目的について参考として列記しておく。
①「2004年万人のための司法手続法(Justice for All Act of 2004)」:犯罪被害者の権利を確立し、DNA 検査の充実を図るなど、刑事司法制度に関わる人の権利および保護を強化することを目的とする。(筆者注6)
②「2000年DNAサンプル未処理削減法(DNA Backlog Elimination Act of 2000)」:FBIの「統合DNAインデックス・システム(Combined DNA Index System:CODIS)」の利用に関し、各州に助成金を提供するとともに一定の暴力犯罪や性犯罪におけるDNAサンプルの収集や解析を提供する。
③ 「1996年犯罪情報技術支援法(Crime Information technology Act of 1996)」:州際における刑事司法の同一性、情報、伝達およびフォレンジックスに関する改善施策を提供する。
④ 「1994年DNA鑑定法(DNA Identification Act of 1994)」:DNA鑑定の品質保証を進めるため、解析研究機関への資金供与およびDNA記録やサンプルのインデックスの収集につき承認する。
3.認定研究機関や民間サービス・ベンダーのDNA鑑定の品質保証問題
(1)わが国の品質や基準問題
わが国における「DNA型データベース・システムの問題点」に関し、2007年(平成19年)12月21日、日本弁護士連合会は「警察庁DNA型データベース・システムに関する意見書」を公開している。そこで指摘されており、米国のDNAデータベースの信頼性比較で重要と思った点は、「品質保証」(同意見書17頁以下)である。(筆者注7)
法医学等関係者の報告内容で確認したが、わが国ではDNA鑑定の品質に関する法律はない。あえて言えば、1997年(平成9年)12月5日に日本DNA多型学会・DNA鑑定検討委員会が発表した「DNA鑑定についての指針」、1999年6月12日に 日本法医学会・親子鑑定についてのワーキンググループが発表した「親子鑑定についての指針」、2001年に文部科学省・厚生労働省・経済産業省がまとめた「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針(その後、3回改訂されている)」があるのみである。(千葉大学大学院医学研究院法医学教室サイト等から引用)(筆者注8)
(2)米国のDNA鑑定認定研究機関(DNA Testing Laboratory)の認定や格付け機関等による品質保証の取組み(筆者注9)
A.認定基準とその表示
米国の場合、厳格な認定基準がある。民間ベンダーの例として米国“DNA Diagnostics Center:DDC”サイトで見る具体的な認定(Accreditations)基準のクリアー状況を確認してほしい。
B.「DNA諮問委員会(DAB)」、「米国AABB」(筆者注10)および「米国病理学会(CAP)」等の認定基準策定や格付け
米国におけるDNA鑑定研究機関における品質保証の査定基準等について、歴史的な経緯を概観しながら振り返る。(2005年2・3月発刊“Forensic Magazine”第2巻第2号「DNA研究室のための品質保証文書の進化」および同誌2007年4月「フォレンジックDNA研究室の進化と直面する課題」から抜粋、引用した。このマガジン・サイトは専門的でありかつ良く整理されている。)
1988年、FBIはバージニア州カンチコ(Quantico)のFBIにDNA分析手法に関する技術作業グループ(Technical Working Group on DNA Analysis Methodes:TWGDAM)を設置した。DNA検査に関する品質保証ガイドラインWGDAMの成功は、DNA鑑定に水準を引上げただけでなく、すべてのフォレンジックの規律の水準を引上げた。その技術が成熟した時点で“SWGDAM”または“Scientific Working Group on DNA Analysis Methods”という名称に改められ、その包括名称は“Scientific Working Group:SWG”となった。
これを受けて、フォレンジックの規律につき科学的な基準の改善を行うため特定の分野ごとに品質保証の必要性の記述と最善の実践内容(bestpractices)に関するガイドラインを詳述するため、次のとおり新たなグループが設置された。FBIの解説では、現時点で20のワーキング・グループがある。うち主要なものをあげる。
①SWGDAM:DNA Analysis Methods
②SWGDE:Digital Evidence(www.swgde.org)
③SWGDQC:Questioned Documents
④SWGDRUG:Analysis of Seized Drugs(www.swgdrug org)
⑤SWGFST:Latent Fingerprints
⑥SWGGUN:Firearms and Toolmarks(www.swggun.org)
⑦SWGIBRA:Illicit Business Records
⑧SWGIT:Imaging Technologies(www.swgit.org)
⑨SWGMAT:Materials Analysis(www.swgmat.org)
⑩SWGSTAIN:Bloodstain Pattern Analysis(www.swgstain.org)
⑪SWGDOG:Dog and Orthogonal Detector Guideline(www.swgdog.org)
1995年、DNA諮問委員会(DAB)が「1994年DNA鑑定法」のもとでの議会の命令に基づき、FBIによる明確に分離した形で設置された。
同委員会の当初の目標は基礎的な検査の実現可能性への勧告を行うとともにDNA鑑定認定研究室の品質基準およびDNA有罪犯罪者データベースの構築であった。
TWGDAMおよびSWGDAMのガイドラインや各種フォレンジックや規格設定機関の情報を使用して、DABはFBI長官宛「フォレンジック鑑定研究室の品質保証基準」を提示した。これらの基準は1998年7月15日に承認され、1998年10月1日に施行された。
前記基準においてDNA鑑定認定研究室は試験活動にとって適切な文書化された品質保証システムの構築が義務化され「本質保証マニュアル」は最低限、次の記述が義務付けられた。
(a)達成目標、(b)組織および管理、(c)人的な資格認定、(d)施設、(e)証拠の統制(evidence control)、(f)検証(validation)、(g)分析手順(analytical procedures)、(h)検定(calibration)およびその維持(maintenance)、(i)習熟度試験(proficiency testing)、(j)修正措置(corrective action)、(k)報告、(l)再点検(review)、(m)安全性、(n)監査(audits)
C.品質保証基準
①「1994年DNA鑑定法」に基づき「DNA諮問委員会(DNA Advisory Board:DAB )」は、1998年10月に「犯罪DNAテストを行う研究室の品質保証基準(Quality Assurance Standards for Forensic DNA Testing Laboratories:Forensic Standards)」、1999年4月に「犯罪者DNAデータベース化を行う研究室の品質保証基準(Quality Assurance Standards for Convicted Offender DNA Databasing Laboratories :Offender Standards)」を策定、公開した。
この2つの品質保証基準についてはFBI長官に、2000年7月に報告が行われた。
②「犯罪DNAテストを行う研究室の品質保証基準」等の改定
FBI長官は2009年に「統合DNA インデックス・システム(Combined DNA Index System:CODIS)」に参加するための最小基準の改定を行った。なお、“CODIS”は、1990年に14の州及び地方の犯罪研究所によるパイロット・プロジェクトとして運用が開始されたシステムであり、「地方DNAインデックス・システム(Local DNA Index System:LDIS)」、「州DNA インデックス・システム(State DNA Index System:SDIS)」および「全米DNA インデックス・システム(National DNA Index System:NDIS)」の三層の階層から構成されている。
「犯罪DNAテストを行う研究室の品質保証基準」および「DNA データベース研究室の品質基準(QUALITY ASSURANCE STANDARDS FOR DNA DATABASING LABORATORIES)」の改定を行い、これら改定基準は2009年7月1日施行された。
C.ISO 17025など国際基準への対応
DNA鑑定認定研究室などDNA鑑定をビジネスとする研究所等は米国の基準のみでなく、国際基準である“ISO 17025”(ISOのHP でアクセスできるが具体的な規格内容は有料である)をクリアーしなければならない。
(3)EUの「欧州フォレンジック科学ネットワーク研究所(European Network Forensic Science Institute:ENFSI)」におけるDNA鑑定の国際フォレンジック鑑定評価基準認定
わが国では一部専門家でしか報じられていないようであるが、FBI以外のフォレンジック法科学の先進的研究ネットワークとして紹介すべきは「欧州フォレンジック科学ネットワーク研究所(European Network Forensic Science Institute:ENFSI)」であろう。(筆者注11)
(筆者注1)筆者自身ブログ原稿を書きながら「検死」に関する法概念を整理してみたが無理であった。とりあえずWikipediaの「検死」説明から引用する。
「検死(Autopsy))は、死体を検分すること。日本では「検死」という法律用語は無いので明確な定義はない。一般に以下の3つの概念を包括した用語。
①検視(External examination on Forensic autopsy)
検察官またはその代理人として検察事務官や司法警察員(検視官)が、異状死体に対し犯罪性の有無を捜査する作業を指す。刑事訴訟法第229条に基づいて実施される。この時、解剖はせず、視覚、触覚、嗅覚を使い、着衣や所持品を調査し判断する。
②検案(External examination on Clinical autopsy)
医師が死体に対し、臨床的に死因を究明する作業を示す。医師法第19条に基づいてこれにより死体検案書を交付する。犯罪性の有無に関わらず、外傷性なのか、病死なのか死因を医学的臨床的に評価することである。画像検査・血液検査等も含めて臨床的に判断する。
③解剖(Internal examination on autopsy)
医師・歯科医師等が死因究明のために解剖を施行して死因を特定する作業を示す。日本の法律上では司法解剖・行政解剖・病理解剖と分類される。刑事訴訟法第168条に基づいて司法解剖が、死体解剖保存法第8条に基づいて行政解剖が、死体解剖保存法に基づいて病理解剖が行われる。
(筆者2)このブログ原稿を執筆している間にも、NIJから同研究所がスポンサーとなるフロリダ国際大学(Florida International University)で2011年4月、5月、7月、12月にわたり開催する「研究ワークショップ」の案内が届いた(参加は無料である)。
今回の一連の研究テーマは、「犯罪現場の担当者向け有益な微物証拠分析(Instrumental Trace Evidence Analysis)」分野に関する実践教育と説明されている。参考までに、NIJがスポンサーとなる「フォレンジックに関する教育プログラムの主要分野」を列記しておく。
①法廷でのプレゼンテーション手法と法廷官吏への対応
②犯罪現場の調査(Crime scene investigation)
③爆発物(Explosive)および「化学・生物・放射性物質・核兵器(CBRN)」への対応
④指紋採取や保存
⑤火器の検査
⑥フォレンジックDNA/生物学
⑦痕跡証拠(Impression Evidence)*
⑧フォレンジック研究室の管理と経営
⑨法医学的死亡検査(Medicolegal death investigation)
⑩顕微鏡検査(Microscopy)
⑪質問書面類
⑫毒物(Toxicology)および規制物質検査
⑬微物証拠(Trace Evidence)*
なお、*「痕跡証拠」とは、犯人が犯罪現場に残す、あるいは犯罪現場から持ち帰る物的証拠のうち、ある物体がその他の物体と接触することにより、接触された物体に残される形状が解析対象となる証拠物。痕跡証拠は、その痕跡の元になった「ある物体」が何であるかを明らかにすることを目標に鑑定が行われる。痕跡証拠には、指紋、発射痕、工具痕、歯型(バイトマーク)、足跡、タイヤ痕、血痕飛沫パターン、筆跡等が含まれる
また、*「微物証拠」とは、犯人が犯罪現場に残す、あるいは犯罪現場から持ち帰る物的証拠のうち、残存物そのものが解析対象となるものをいう。それらの多くが微細物であることから、微物証拠と呼ばれるが) 微物証拠には、毒物、塗膜片、ガラス片、土壌、花粉、種子、麻薬・覚せい剤、血液、体液、唾液、毛髪、油類などがある。微物証拠の鑑定では、分析機械の精度や分析法によって結果が変化することはあっても、同種の機械や分析法を用いた場合には、同一の結論が導かれることが期待される。
( 「工具痕鑑定用語集」から抜粋した)。
(筆者注3)3月9日、筆者に連邦司法省司法研究所(NIJ)から届いたメールで、定期的に発刊している雑誌「NIJ Journal No. 267, Winter 2010」が発刊された旨が記されていた。雑誌そのものは後日手元に郵送されてくるのであるが、とりあえず内容を確認したところ、今回のブログに関係する小論文があったのでその概要を紹介する。米国における死因調査の課題がまとめられている。
①表題「死亡原因調査につき監察医と検死官に分断化されている現状改善に向けた課題(Improving Forensic Death Investigation)」
②この問題については、米国では2009年8月に米国科学アカデミー(National Academy of Sciences :NAS)がまとめた「米国における法科学の強化に向けた政策方針(Strengthening Forensic Science in the United States:A Path Forward)」が米国の死因調査の監察医(medical examiner)と検死官(coroners)のパッチワーク作業による「分断化」「不十分さ」ならびに「寄せ集め」が原因で、その調査の標準化を難しくしている点を指摘した。
また、この問題は2010年6月7日~9日にNIJと全米法科学センター(National Center for Forensic Science:NCFS)の共催で開催された「フォレンジック死因調査シンポジューム(Forensic Death Investigation Symposium)」でジョージア州捜査局沿岸部地方監察医であるアッショウ・ダウンズ(Upshaw Downs)氏も多くの点で共通の問題があると指摘した。
NAS報告の特に第9章「監察医と検死官のシステム統合化:現状と今後の必要性」はメディアの関心を集めたが、結果的にはその調査結果は目新しいものはなかった。このため、前記シンポジュームが開催され、検死官、監察医、法病理学者(forensic pathologists)、検視官(death investigators)、法執行官等が集まり、①法的ならびに倫理面からの問題、②教育・トレーニングおよび認証プログラム、③技術、および④死因調査に関する今後の研究領域等の分野の情報の緊密化に取組んだ。
④NAS報告第9章において最も多くの論議を呼んだのは「検死官システムの排除」である。
(以下、省略する)
(筆者注4) 公的検討研究会でありながら、資料面や審議内容が具体的に見えてこない。中間取りまとめ資料はPDF化されていないし、海外の先進国の報告資料の内容も具体的な制度改革のための参考とするには情報不足である。
この程度のものであれば、 「山口大学医学部法医学教室」や「日本の検視・司法解剖の問題を斬る!」等と大差がない。
(筆者注5)“ECLM”のサイトでは一部の国の情報のみは閲覧が可能となっている。ドイツやノルウェー2/27(24)である。特にノルウェーはEU加盟国ではないがEEA(欧州経済領域)の国として参加しており、現時点では最も詳しい法医学の研究体制に関する解説を行っている。
(筆者注6)国立国会図書館 中川かおり「2004年万人のための司法手続法―犯罪被害者の権利を確立し、DNA 検査の充実を図るための米国の法律―」が詳しく解説している。
(筆者注7)「(1) 現在, 日本の警察においては、第三者機関によるDNA 型鑑定の品質保証がなされていない。しかしながら、品質保証は、DNA型鑑定の信頼性を保つ上で不可欠であり、米国及び欧州では,このような方策が採られている。
ア まず、米国においては、1994(平成6)年に米国DNA鑑定法(DNA Identification Act of 1994)が可決され、連邦捜査局(FBI)長官は、DNA品質保証の方法に関する諮問委員会を任命しなければならないとされ、諮問委員会は、品質保証の基準(DNAの分析を必要とする際の犯罪科学研究所や分析官の技術・技能検定の基準も含む)を作成し、必要に応じて定期的に改正し、勧告を行わなければならないとされている。
そして、同法により設置されたDNA諮問委員会は、1998(平成10)年に「犯罪DNA テストを行う研究室の品質保証基準、1999(平成11)年に「犯罪者DNAデータベース化を行う研究室の品質保証基準」を設けている。
また、FBI長官は、勧告された基準を考慮した後、品質保証の基準(DNAの分析を実施する際の犯罪科学研究所や分析官の技術・技能検定の基準も含む)を発しなければならないとされている。
その結果、米国では、これらの基準を守ることが、DNA鑑定の法廷での信頼性の前提とされている。」
(筆者注8)海外の動向も含めDNA鑑定そのものについては、国立国会図書館レファレンス(2006年1月号) 岡田 薫「DNA 型鑑定による個人識別の歴史・現状・課題」、またDNA鑑定の証拠性の法的考察に関しては、一橋法学第1巻第3号(2002年11月) 徳永 光「DNA証拠の許容性―Daubert判決の解釈とその適用―」等参照。
(筆者注9)米国におけるDNA鑑定の品質保証基準問題を含む“Forensics”全般にわたる専門的な解説が充実している雑誌として“Forensic Magazine”を推奨する。同サイトは、多様な分野につき実務面から整理する上でも参考になり、今回のブログの執筆にあたり基礎的な解説を参照させてもらった。“e-Newsletters”も無料で読める。
(筆者注10) “AABB”の名称は、1947年に設置された当時の名称「米国血液銀行協会(America Association of Blood Banks:AABB)」を続いて使用してきていたが、その機能の多様化などもあり2005年に改称問題を議論した。しかし、歴史的な意義や知名度から従来の名称である“AABB”を引き継いだ。ただし、サイトでも表示されているとおり、キャッチフレーズは「世界的な輸血と細胞療法の推進(Advancing Transfusion and Cellular Worldwide)」で統一した。
“AABB”は、輸血学(transfusion medicine)と細胞療法分野にかかわる個人および機関を代表するNPO団体である。患者やドナーのケアや安全性を最適化する目的で、基準の策定、認定および教育プログラムの開発ならびに提供を行う。世界中の80カ国以上、会員は約2,000の団体と約8,000人の個人会員からなり、医師、看護師、科学者、研究者、行政官、医療技術者および健康管理サービス業者等から構成されている。
(筆者注11) 「欧州フォレンジック科学ネットワーク研究所(European Network Forensic Science Institute:ENFSI)」については、そのワーキング作業部会についての解説を含め、科学警察研究所「法科学技術、13(1),2008年」5頁:勝又義直「裁判所における科学鑑定の評価について」が紹介している。
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2011年3月5日土曜日
3月1日、米国連邦最高裁判所(U.S.Supreme Court)は、 「連邦通信委員会(FCC)」と「AT & T Inc.」の間で争われていた「連邦情報公開法(Freedom of Information Act:FOIA)」7(C)条(筆者注1)にいう「personal privacy exemption」の解釈につき、裁判官の全員一致(8-0)で法人には適用しない旨の解釈判決を下した。(事件番号:No. 09-1279 )
筆者が、この判決を初めに知ったのは連邦司法省・情報政策局(Office of Information Policy:OIP)からの「FOIA速報(FOIA Post)」であった。(筆者注2)
この裁判は連邦控訴裁判所という下級審判決に対する政府の最高裁への裁量上訴という事件で、その統一的解釈や判断が強く求められていたこと、さらに米国の主要プライバシー擁護団体(筆者注3)やメディア、言論の自由擁護団体等から「法廷の友(Amicus Curiae)」が出されるなど話題の多かった裁判でもある。
今回のブログは、(1)同裁判の経緯や主な争点を整理、(2)プライバシー擁護団体など第三者による専門的意見である“Amicus Curiae”の内容、(3)この問題を迅速に報じた連邦最高裁(筆者注4)やOIPの背景にあるオバマ政権の電子政府の中核となる「オープン・ガバメント政策」の意義や連邦政府のCIO等IT強化体制そのものについて解説を行うものである。
1.「FCC対AT & T Inc.」裁判と今回の最高裁判決の要旨
(1)FCCの&T社の告訴、裁判の経緯、争点と判決の要旨(筆者注5)
コーネル大学ロースクールの解説では第3巡回区控訴裁判所判決等にもとづき事実関係を説明している。以下、要約する。
[事実関係]
“FOIA”は、連邦機関は一部適用除外の場合を除き、開示要求者に対し保有する記録を開示しなければならない。この開示を拒否したときは要求者は連邦地方裁判所に告訴することが出来ると定める。
本件において問題となった同法が定める開示の例外の場合とは、次の3つの場合である。
①連邦機関は、特権的または機密性の高い企業機密および1個人から入手した商業営利または金融取引情報(例外規定§552(b)(4))
②個人のプライバシーへの不当な侵害(unwarranted invasion)を構成するであろう個人的かつ医療情報ファイルおよび類似のファイル(例外規定§552(b)(6))
③個人のプライバシーへの不当な侵害(unwarranted invasion)を構成するであろう法執行目的で収集した記録または情報でその収集した範囲内のみのもの(例外規定§552(b)(7)(C))
米国の第2位の携帯電話事業者であるAT&T社はFCC(筆者注6)の連邦による費用の還付と引き換えに小学校や中学校への通信機器やサービスの提供を行う「米国民ブロードバンド普及プログラム(E-rate Program)」(筆者注7)に参加した。
AT&T社はE-rate規則に違反したことをFCCに通知したが、結果的に政府は同社に払いすぎていたことになった。FCCの法執行局(Enforcement Bureau)は調査を行い、AT&T社が応じた範囲で情報の提出を求めた。最終的にAT&T社は50万ドルの支払に合意した。
一方、競合相手である通信サービス業者の非営利団体である“COMPTEL” はFCCに対し調査の内容としてAT&T社から入手した情報および「E-rate Program」に関する情報の開示を要求した。2005年8月、FCCは一部開示は承諾したが、一部についはもし開示するとFOIA§552(b)(4)に該当するまたはAT&T社にとって競争力への侵害を引き起こすという理由により開示を拒否した。
価格情報に加え、AT&T社の従業員や顧客を特定する情報の開示は、FOIA§552(b)(7)(C)に該当すると言うものであった。
FCCはその他の調査から得られた請求書や電子メールを含む全記録を開示することとし、AT&T社が主張した「自社のプライバシー権」の基づく例外規定の適用を拒否した。
このFCCの決定に対するAT&T社からの行政不服審査請求(administrative appeal)に対し、FCCは“personal privacy rights”を有する「corporate citizen(社会の一員としての企業の責任や義務)」の主張を退けた。
AT&T社はこの問題の解決につき第3巡回区控訴裁判所にFOIA§552(b)(7)(C)には法人を含むという解釈の見直しを求めた。同裁判所はFCCへの差し戻し再手続命令(remanding)にあたり、個人の場合と同様に法執行による法人に対する不面目(public embarrassment)、ハラスメントや恥辱(stigma)がありうると判示した。
2010年9月28日、連邦最高裁は訟務長官の裁量上訴(certiorari)を認め、法人がFOIA§552(b)(7)(C)の適用を受けられるか否かの判断を行うこととした。
最高裁のジョン・ロバーツ(John Roberts)裁判長は判決文において以下の解釈を下した。(エリーナ・ケーガン(Elina Kagan)判事は訟務長官(solicitor general)として本件の最高裁への裁量上訴(certiorari)を申請しているため口頭弁論や裁決には参加せず。)(筆者注8)
「形容詞は通常はかかる名詞の意味を反映するが、それは常にではない。時としてそれらは自身の異なる意味を帯びる。・・・通常我々は、法人(corporations)や法主体(artificial entities)(筆者注9)について言及するときに「個性(personal characteristics)」、「身の回り品(personal effects)」、「私信(personal correspondence)」、「個人的影響(personal influences)」や「個人的な悲しみ(personal tragedy)」という言葉を口にしない。
これは、法人が個人的な手紙、影響、悲しみを持つことはなく、そのことを表すために“personal”という言葉を使わないからである。
我々は、FOIAの目的の意味からして法人を含むという理由で適用除外規定である7(C)条を法人に適用する主張は組しない。
すなわち、個人のプライバシーへの不当な侵害(unwarranted invasion)を構成するという理由に基づく法執行情報の開示要求に対するFOIAによる保護は、法人までは拡大しない。」
また、同裁判所は、FOIAの「個人およびその医療ファイル(persona and medical files)」という言葉についても法人には適用しない旨明示した。
なお、最高裁は判決文中、1974年にFOIA改正時に司法長官が「メモ(Department of Justice’s Attorney General’s Memorandum on the 1974 Amemdments to the FOIA)」において「7(C)例外規定は、法人およびその他の法主体に適用できるとは思えない」ことを引用している。
(2)最高裁は、2010年1月19日に口頭弁論(oral arguments)を行い、メリット・ブリーフ(筆者注10)や“Amicus Curiae”についての論議が行われた。口頭弁論の内容の詳細についてはコーネル大学ロースクール(筆者注4)やピッツバーグ大学ロースクールのサイト「JURIST」が詳しく報じているので略す。
2.連邦最高裁における業界団体やプライバシー擁護団体ならびにメディア等の法廷意見(Merit Brief)や「法廷の友(Amicus Curiae)」の主な内容
(1)“COMPTEL”の主張(本裁判につき米国法曹協会(ABA)サイトがまとめた“Merit Brief”33-34頁参照)
連邦議会はFOIAの制定目的は市民(citizenry)が適切に情報を得て政府機関の活動をチェックするというものであり、また法人につきプライバシー権に基づく開示の例外を与えることはこの法の制定目的を害すると強く主張した。
(2)“Reporters Committee for Freedom of the Pres”や報道機関22社の主張
法人につきプライバシー権を与えることは国民への危険な安全情報記録や企業の公衆衛生義務違反など重要な法人の情報を求めるジャーナリストやニュース・メディアの番犬機能を阻害する。(ABAがまとめた“Amicus briefs”“Merit Brief”18頁参照)
(3) “Citizens for Responsibility and Ethics in Washigton”の主張
我々やメディアの任務の目標は、BP社の原油流出事故のように健康への危機と環境被害への対応に関する政府の対応についてひろく国民に情報提供することにある。仮に法人の開示の例外を許すならこのような情報への我々のアクセスは極めて制限される。(ABAがまとめた“Amicus briefs”“Merit Brief”16-17頁参照)
(4)前記の意見に対し、AT&T社や米国商工会議所(United State Chamber of Commerce)は次のような反論を提出した。
FOIA§552(b)(7)(C)の例外規定の制定目的は、法執行機関により重大な結果をもたらす個人や法人を保護することであり、企業のプライベートな情報を競争相手を含む公衆に情報開示することは、この目的を弱体化する。(Brief of Respondent 43頁参照)
さらに、開示が要求された情報について合法的な公益が存するときは、政府は公益が企業のプライバシー権を上回ると判断するなど公平な考慮を優先させるのであり、報道機関の番犬機能は侵害されない。(Brief of Respondent 45頁参照)
反対に、AT&T社としては法人に“personal privacy”の権利を認めないことはそれらの情報への経済や産業界の競争者の自動的なアクセスを認めることなり、競争力を傷つけると主張した。(Brief of Respondent 43頁参照)
また、競争的な「個人」情報の開示に直面した法人は法執行機関の調査の真っ最中においてお互いに自発的な協力を躊躇する可能性についても主張した。(Brief of Respondent 43頁参照)
一方、米国商工会議所(Unites States Chamber of Commerce:Chamber)はAT&T社の主張を擁護すべく次のような“Amicus Curiae”(23頁)を述べた。
この例外が否定されると法人の法執行機関の調査への法遵守に水を差すと述べ、さらにAT&T社がFCCに対し自主的に法違反の事実を報告した点に注目し、企業機密が漏洩する惧れがあるとなるとこれらの対応についても法人は不承不承となることを指摘した。
また、中小企業の場合、所有者の“personal privacy”が法人との重なる面が多いため特定の被害が発生する点も指摘した。
3.オバマ政権の電子政府の中核となる「オープン・ガバメント政策」の意義や連邦政府のCIO等IT強化体制の実態
前政権であるブッシュ政権の電子政府政策の目玉は2002年成立した「電子政府法(E-Government Act of 2002)( Public Law 107–347)」であり、また連邦省庁横断型の電子政府サービス用ポータルサイト“First.gov”(現在は“USA.gov”)等のように、ITの導入による行政の効率化や国民の利便性向上であった。
(1)2009年12月「オープン・ガバメント指令」
2009年誕生したオバマ政権は、従来の電子政府政策の方向性を、最新のウェブ技術を活用した政府情報の積極的な公開、および政府決定プロセスへの市民参加を促進する「オープン・ガバメント政策」、すなわち民主主義の強化に重点を置いている。オバマ大統領は、連邦政府全体を統括する初めての最高情報責任者(連邦CIO)と最高技術責任者(連邦CTO)を新設して連邦政府のIT強化体制を整えると、2009年12月8日、オープン・ガバメント実現の3原則「透明性 (Transparency)」「国民参加 (Participation)」「官民連携 (Collaboration)」を中核に据えた「オープン・ガバメント指令(Open Government Directive)」を発令した。同指令の特徴は、1) 連邦政府が設置したイニシアチブを手本に行動計画を策定するよう、各省庁に対して4カ月以内という明確な期限を設けて求め、連邦政府の役割強化と政策における具体的な成果を追求している点、2)「透明性」、「国民参加」、「官民連携」の実現を、行政コストの削減・自然災害対策・医療サービスの向上・雇用創出につなげるという方向性を明示している点である。
(2)「透明性(Transparency)」に関する動き
連邦政府は、オープン・ガバメント指令と同時に、「米国民に向けたオープン・ガバメント進捗報告書(Open Government Progress Report to the American People)」を発表した。同報告書では、指令の3原則の定義に加え、各イニシアチブが分野・目的別に紹介されている。この定義によれば、「透明性」とは「政府の保有する情報を国民に公開することで行政の説明責任を果たすこと」である。透明性実現のため、 “DATA.gov”(筆者注11)、”IT dashboard ”、 “Open government” 、“USA spending.gov” 、 “Recovery.gov”、官報のXML化などのイニシアチブが実行されている。(以上の説明はNTT データの米国マンスリーニュース2010年11号から一部抜粋。)
(筆者注1) §552. Public information; agency rules, opinions, orders, records, and proceedingsの条文内容は次のとおりである。
(a)連邦機関の開示義務に関する原則規定
(b)例外規定
(4) trade secrets and commercial or financial information obtained from a person and privileged or confidential;
(6) personnel and medical files and similar files the disclosure of which would constitute a clearly unwarranted invasion of personal privacy;
(7) records or information compiled for law enforcement purposes, but only to the extent that the production of such law enforcement records or information
(C) could reasonably be expected to constitute an unwarranted invasion of personal privacy,
(以下、略す)」
(筆者注2)“OIP”の記事は最高裁の判決文の内容については細目を紹介しているが、この裁判そのものについて全体像についてはコーネル大学やピッツバーグ大学のレポートの方が分かりやすい。
(筆者注3)団体名を以下列記する。 “Reporters Committee for Freedom of the Press”、 “American Society of News Editors” 、 “Citizens for Responsibility and Ethics in Washigton” 、 “ACLU” 、 “Electronic Frontier Foundation” 、 “National Security Archive” 、 “Openthegovernment.org” 、 “Associated Press”
(筆者注4)連邦最高裁は3月2日のウェブサイト“Recent Decisions”で「判決要覧(syllabus)」と本判決文(原文)を公開している。このような情報開示の迅速性も政府が進めるオープン・ガバメントの一環といえよう。
(筆者注5)対象期間が2011年1月19日の口頭弁論までであるが、コーネル大学ロースクールの「法情報研究所(Legal Information Institute)」が裁判経緯、法的解釈上の争点等について詳細に解説している。関係する資料等についてはリンクが張られているので検索の手間も省ける。
(筆者注6)連邦通信委員会(FCC)の基本的な機能や任務ならびにその組織の概要についてFCCの工学・技術局技術調査部のGeorge Tannahill氏が2009年3月4日、 「日米相互認証協定(MRA)」国際研修会でわかりやすく解説しているのでその要旨を紹介しておく。
「①FCCは、公益のために民間電気通信産業分野の規制を所管。無線サービスに混信を起こす可能性を最小限にするため、送信機その他の設備の技術基準を制定。また、市場出荷される機器が技術要求事項に適合するよう認証制度を管理。
②FCCの業務の根拠を定めるのは連邦行政規則(連邦規則集第47編(47 CFR))でその内訳として「管理規則(すべてのその他の規則条項に適用される一般要求事項を規定)」と「無線業務規則(ユーザーの免許及び機器認証試験の要求事項を規定)」が定められている。
③FCCの組織中、法執行局は監視、監督の立場から必要に応じ罰金等の行政処分を行う。」
(筆者注7)“E-rate”とは、「1996年制定の電気通信法(Telecommunications Act)で定められた、「米国内のあらゆる人々に対して平等の通信サービスを提供する」という「ユニバーサル・サービス」規定に基づく補助金制度として、位置付けられている。1997年に、独立の政府機関である連邦通信委員会(Federal Communications Committee: FCC)がE-rateを含めた「ユニバーサル・サービス」施行規則を制定し、1998年よりE-rateによる割引が実施されている。」
“E-rate”の財源としては、全米の通信事業者が拠出する「ユニバーサル・サービス基金」から捻出されている。この基金の補填のために、通信事業者は一般の電話加入者に対し電話料金の10%程度を「ユニバーサル・サービス料金」として徴収する、といったことが成されている。また、E-rateの運用に関する実務については、FCCの監督のもと、Universal Service Administrative Company(USAC)という民間の非営利機関が担当している。
E-rateが実施されてはや10年近くになるが、E-rateは学校や図書館でのインターネット接続、またブロードバンド接続の促進に貢献しているとの評価がある一方、運用状況に対する批判も多い。(以下略す)」
(筆者注8)米国の訟務長官(solicitor general)とは、連邦最高裁判所で連邦政府が当事者となっている訴訟に際し、政府のために弁論(amicus curiae)を行う官職であり、連邦司法省の公務員である。ケーガン判事は元第47代訟務長官でその任期は2009年3月~2010年5月であった。)
(筆者注9) 翻訳の専門家も法的な用語として「Entity」の的確な訳語は難しいらしい。ちなみに、契約翻訳専門家によるブログである「契約翻訳ヴァガボンド」が苦労話を展開している。その中で、世界的な英米法辞典「Black’s Law Dictionary Eighth Edition」の説明が引用されている。
“entity. An organization (such as business or an governmental unit) that has a legal identity apart from its members.
corporate entity. A corporation's status as an organization existing independently of its shareholders. ● As a seperate entity, a corporation can, in its own name, sue and be sued, lend and borrow money, and buy, sell, lease, and mortgage property.(略)
public entity. A governmental entity, such as a state government or one of its political subdivisions.”
この大辞典は筆者が大学院時代に利用し、今も手元にあるのは“Revised Fourth Edition”(定価6,720円)であるが、以下のとおり極めて簡単な内容である。
“Legal existence.Department of Banking v.Hedges,136 Neb.382,286 N.W.277,281”
(筆者注10)“Merit Brief”とは、裁判用語で「裁判上の具体的争点に関し主張する制定法や判例法に基づき裁判で使用する目的の法的意見書をいう。」
本裁判において1月19日に提出された“Merit briefs”および“Amicus briefs(Amicus Curiae)”は以下のとおりである。(米国法曹協会(ABA)サイトによる)。
(1)Merit briefs
・Brief for Petitioner Federal Communications Commission, et al.
・Brief for Respondent Comptel in Support of Petitioners
・Brief for Respondent AT&T, Inc., et al.
・Reply Brief for Petitioner Federal Communications Commission, et al.
・Reply Brief for Respondent Comptel in Support of Petitioners
(2)Amicus briefs
・Brief for the Reporter's Committee for Freedom of the Press — ALM Media, LLC, the
American Society of News Editors, the Associated Press, the Association of American
Publishers, Inc., Bay Area News Group, Bloomberg L.P., the Citizen Media Law
Project, Daily News, L.P., Dow Jones & Company, Inc., The E.W. Scripps Company,
the First Amendment Coalition, First Amendment Project, Gannett Co., Inc., NBC
Universal, Inc., the National Press Photographers Association, Newspaper
Association of America, the New York Times Co., NPR, Inc., the Society of Professional
Journalists, Stephens Media LLC, Tribune Company, and the Washington Post in
Support of Petitioner (reprint)
・Brief for Collaboration on Government Secrecy in Support of Petitioner
・Brief for Free Press in Support of Petitioner
・Brief for the Project on Government Oversight, the Brechner Center for Freedom of Information, and Tax Analysts in Support of Petitioner (reprint)
・Brief for Citizens for Responsibility and Ethics In Washington, the Electronic Frontier
Foundation, the American Civil Liberties Union, the American Library Association, the
Association of Research Libraries, the National Security Archive, and
Openthegovernment.Org in Support of Petitioner
・Brief for Constitutional Accountability Center in Support of Petitioner
・Brief for National Association of Manufacturers in Support of Respondent AT&T, Inc.
・Brief for the Chamber of Commerce of the United States of America in Support of
Respondent AT&T, Inc.
・Brief for the Business Roundtable in Support of Respondent AT&T, Inc.
(筆者注11)ホワイトハウスの発表では、“DATA.gov”は2009年5月に47のデータを用意して発足したが、約1年後の2010年5月にはデータ数は25万を越えた。同サイトへの総アクセス件数は9,760万件となっている。
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