2009年11月24日火曜日

海外における新型インフルエンザ感染拡大阻止に向けた最新動向と新たな取組み課題等(N0.16)

 
 わが国の優先者への新型インフルエンザ・ワクチン接種が11月から始まり、一部では死亡事例の報告が聞かれるが(11月20日現在の厚生労働省の発表では13例)、前倒しスケジュールも発表されるなど、具体的な対応は進んでいる。
 一方、海外も同様に優先者への接種が進んでいるとされるものの、カナダでは11月20日に世界的に見ても最大手のワクチン・メーカーであるグラクソ・スミス・クライン(GlaxoSmithKleine;GSK)が製造した新型インフルエンザ・ワクチン“Pandemrix TM”について同社から「アナフィラキシー反応(anaphylactic reactions)」(筆者注1)のリスクに鑑みて各州の保健機関への接種の中止要請およびカナダ国内での同社のワクチンの回収が行われている旨のニュースが報道された。
 わが国のメディアではその内容についてあまり詳細には報道されていないため、来年に入ってのわが国の輸入ワクチン接種開始にかけての不安感もあり、改めてカナダ連邦や各州の保健機関の対応状況について正確と思われる情報を集めてみた。(筆者注2)
 この接種の緊急中断要請についてカナダ政府の保健機関サイトでは特段具体的に報じていない。また、保健機関というより公安機関であるカナダ公共安全省(Public Safety Canada)サイトで見てもワクチンの適格性・接種拡大計画が順調に進んでいる旨の情報が中心である。
 しかし、一方ではカナダ国内の疫学関係者が10月21日の連邦保健省が 発表したGSK製“Arepanrix”の販売承認に関する暫定決定は拙速であると指摘するなど(カナダの承認の前提となった治験結果はベルギーで行った結果に基づくものである)、また州保健当局の対処にも混乱があるようである。
 世界的に見て、ワクチンの安全性はWHOの世界的接種状況や重度の副作用(side effect)に関する報告にもかかわらず、引続き世界中で強い関心事項となっていることも事実である。また、欧州連合の分権化機関である欧州医薬品審査庁(European Medicines Agency:EMEA)は、11月20日に接種拡大勧告を再度行っている。
 世界的なパンデミックの中でH1N1ワクチン接種に係る緊急承認に伴うリスクは過去の臨床試験の経験を超えるものであり、承認緊急承認措置を行うのはカナダだけでなくわが国も同様(特例承認)である。
その意味で、改めて厚生労働省のワクチン専門サイト「 新型インフルエンザワクチンQ&A」「7.海外産ワクチンについて」の説明を読んだ。しかし、今のところそのリスクについては情報収集に努め、Q&Aの改訂は改めて行うといった説明があるのみである。
 いずれにしても国民への不安に応えられるワクチン接種に関する情報開示体制が緊急の課題であろう。


1.カナダの「2009H1N1ワクチン」の承認状況 やワクチン緊急回収の対応状況
(1) 「2009H1N1ワクチン」の承認状況
 カナダ連邦公衆衛生庁(Public Health Agency of Canada:PHAC)は、11月13日にGSK製造の免疫補助材使用(アジュバンテ)ワクチンの①“Arepanrix”と②非使用ワクチンの2種を承認するとともに、妊婦への早期接種を実施するためオーストリアの③「CSLバイオセラピー社」製“Panvax H1N1”の使用を承認した旨発表した。(筆者注3) (筆者注4)

(2)ワクチン接種開始後の副作用報告とGSKのワクチン回収
①GSKからカナダの各州の衛生当局に対し発せられた回収通知の内容は次のようなものであった。
 「GSKはカナダへ出荷した10月分のワクチン(October batch)の接種時に、重大かつ即時的アナフラキシー反応が見られた。同反応は通常10万回の接種で1回なのであるが今回は2万回に1回見られたためその調査のため回収要請を行う。」
 なお、メデイア記事によるとアナフィラキシー反応は短期的なもので患者は全員回復したとある。
②州別の対応は記事によると次のとおりである。
・マニトバ州:GSKからの警告前にワクチンの接種が終了しており、未使用回収済ワクチンは出荷63,000投与分のうち地方の保健所にあった630であった。
・オンタリオ州:1,500投与分を保有する保健当局は接種を開始しておらず、調査結果が明らかになるまで接種は棚上げとする。
・アルバータ州:同州の保健当局はワクチン配布を中止したが同州においてアレルギー反応の報告は行われていない。

2.カナダにおけるワクチン接種によるアレルギー反応の具体例
 以下の情報はあくまで医療専門メディア情報であるが参考にはなろう。
 なお、連邦公衆衛生庁の主席管理官であるデビッド・バトラー・ジョーンズ博士はカナダ国民向けのワクチン660万回投与分を準備しているが、現時点の重大な副作用報告は36件であると述べている。
(1)アレルギー反応の大部分はワクチン接種時の数分間に始まる。
(2)吐き気(nausea)、ひりひりする痛み(soreness)、頭痛(headaches)、発熱(fever)など温和な副作用が見られた(これらは季節性インフルエンザ・ワクチンでも見られる)。
(3)これらの症状を訴えた患者は、直ちに接種場所に待機していた医療関係者により処置された。なお、ワクチン接種後1人が死亡したと信じられているケースについてバトラー博士は死亡は最終的にワクチン接種によるものと関連づけられない点を強調している。

3.“Pandemrix”の特性とワクチン承認のあり方
 メデイアの記事から簡単に紹介する。
(1) “Pandemrix”は不活性化したウイルス・ワクチン種(A/California/7/2009(H1N1)v-like strain(X-179A))を一部含む。
(2) “Pandemrix”は1投与量ごとに肩の筋肉の注射される。2回目の投与は少なくとも3週間後に行われ、2回目の接種は6か月から9歳以下の子供に投与される。
(3) “Pandemrix”は現在のパンデミックを引き起こしている“A(H1N1)v”ウイルスのヘマグルチニン(赤血球凝集素(haemagglutinins):表面タンパク) (筆者注5)を極少量含んでいる。しかし、はじめに不活性化されているので症状を引き起こさない。
(4) “Pandemrix”接種で最も共通的(10回の投与で1回程度見られる)に見られる副作用は次のようなものである。
副作用:頭痛、関節痛(arthralgia)、筋肉痛(myalgia)
反応:硬化(hardening)、膨張(swelling)、痛み、赤らむ(redness)、熱やだるさ
(5)欧州委員会(EMEA)は、2008年5月20日にH5N1ワクチンとしてGSKの
“Pandemrix”を承認したもので、その後2009年9月29日にH1N1ワクチンとして承認したものである。

 最後に筆者はまったくの門外漢であるが、カナダ保健省自身が“Arepanrix”の暫定承認決定書において同ワクチンをH1N1パンデミック開始以前の段階で開発された試作品(prototype)または“mock”(模擬)vaccineと説明している。
「H5N1ウイルス」と「H1N1ウイルス」の疫学的に見た相違はよく分からないが、少なくとも将来「人」使った実験台といわれないようメーカーだけでなく内外の規制当局の慎重な取組みを期待する。

(筆者注1) 「アナフィラキシー」はⅠ 型アレルギーに分類される全身性疾患であり,時に生命を脅かすようなショック状態(アナフィラキシーショック)に陥ることがある。(川崎医療福祉大学「川崎医療福祉学会誌」vol.17、No.1 2007 71頁以下から引用)

(筆者注2)筆者自身疫学専門家ではないため輸入ワクチンの安全性について関係者のブログを参考までに調べた。輸入ワクチンでも免疫補助材使用のものと使用しないもの、さらに製造メーカー、国により免疫補助材を認めない国(米国)等について平易に説明されている「Sasayama’s Weblog」は参考になった。特に主要国で複数のワクチン開発の方法を採用している米国等の取組みの違いなどが明確に理解できた。

(筆者注3) 連邦保健省(Health of Canada)は、2009年10月21日に「食品・医薬品法(Food and Drug Act)」30.1条に基づき“Arepanrix”(AS03-Ajuvanted H1N1 Pandemic Influenza Vaccine)の暫定承認命令(Interim Order)を発した。その通知決定書では、今回の承認は緊急的な対処目的で限定的治験に基づくもので、同省は販売開始後においても同省および公衆衛生庁はワクチンの品質、非臨床・臨床データに基づく継続的モニタリングを行うと明記している。
 なお、PHACサイトではH1N1ワクチンの承認発表とあわせ、従来から指摘されているワクチンの安定化・保存材である水銀物質「チロメサール(thimerosal)」の健康上の問題指摘に対する説明や安全性や効果等に関する解説を行っている。しかし、「チロメサール」とワクチンとの関係については横浜市衛生研究所が専門的な視点で次のとおり解説している。「チメロサール( thimerosal )は、殺菌作用のある水銀化合物で、以前はワクチンに保存剤として、よく添加されていました。しかし、最近では、日本でも、チメロサール( thimerosal )を添加しないワクチンや、チメロサール( thimerosal )を減量したワクチンが増え、チメロサール( thimerosal )をワクチンの保存剤としてできるだけ添加しない方向にあります。」
 このような説明を読むにつけ、輸入ワクチンのリスク問題は解決していないように思う。

(筆者注4) EU加盟国におけるワクチン市販後の監視体制とはいかなるものであろうか。専門家の解説を探してみた。
「英国では、MHRAのVRMMが国内の集計を実施:①ワクチン・メーカーからの情報、②臨床医が発行するイエローカード(予防接種証明書)を用いる。ドイツではPEIのpharmacovigilance部門が、全国の臨床医とワクチン・メーカーからの情報をon lineで収集。メーカーからのものが大部分で10~15%が臨床医から入手。
これらEU各国の情報がEMEAに集められ、相互にデータの把握が可能。一部のデータはインターネット上で公開されている。
一方、わが国ではメーカーの副作用情報は「独立行政法人医薬品医療機器総合機構健康被害救済部」、臨床医情報は「厚労省医薬食品局総務課医薬品副作用被害対策室」ということでその情報統合化が課題である」と説明している。(富山県衛生研究所 倉田毅:2008年12月5日に筆者が一部加筆)
 なお、英国のイエローカード制度(正確には「イエローカード副作用報告システム(Yellow Card Scheme)」)についてはアポネット研究会が詳しく解説している。わが国でもサリドマイド事件等多くの薬害被害問題が起きているのであるが、国民の理解向上策をいまだに模索しているのが現状である。

(筆者注5)ワクチン効果と「 ヘマグルチニン」についてはわが国でも多くの解説があり参照されたい。筆者は愛知県薬剤師会のサイトを読んでよく理解できた。


〔参照URL〕
http://www.phac-aspc.gc.ca/alert-alerte/h1n1/vacc/rec-h1n1-eng.php
http://www.dancewithshadows.com/pillscribe/glaxosmithkline-recalls-a-lot-of-h1n1-vaccine-pandemrix-from-canada-due-to-side-effects/
http://www.who.int/csr/disease/swineflu/notes/briefing_20091119/en/index.html
http://www.who.int/csr/disease/swineflu/notes/briefing_20091119/en/index.html

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2009年11月20日金曜日

カリフォルニア州司法長官とウェルズ・ファーゴの子会社3社のARSに関する14億ドルの返還和解が成立

 
 11月18日、カリフォルニア州司法長官エドモンド・G.ブラウン(Edmond G. Brown Jr.)とウェルズ・ファーゴの子会社3社が行ったオークション・レート証券(auction-rate security:ARS)を購入した投資家への14億ドル(約1,232億円)の返還和解が成立した。
 このARS取引をめぐる投資家への返還について、例えば2008年8月21日にメリル・リンチがニューヨーク州司法長官やSEC等と和解しており、同年7月24日に同州のクオモ司法長官はUBSに対し民事訴訟 を起こした後、8月11日に194億ドル(約1兆7千億 円)で和解するなど一連の和解事例があげられる。(ニューヨーク州の司法省長官サイトで見てもARSをめぐる和解は2008年7月以降続いており、今回のカリフォルニア州の和解もこれら一連の司法機関や法執行機関対応であることはいうまでもなかろう。
 一方、2009年3月30日、ニューヨーク連邦地方裁判所はUBSに対するクラス・アクションについて棄却命令(dismiss order)(筆者注1)を下した。その理由は、前述した2008年8月11日付けのニューヨーク州や連邦の金融監督機関や法執行機関のUBSとの和解で、流動性のない証券を持たされた原告自身すでにUBSによる額面によるARSの買取を選択した以上、買値全額を受け取っているというものである(購入時1株当り25,000ドル支払い、和解により1株当り25,000ドル受け取る)。(筆者注2)
 今回のブログは、カリフォルニア州の和解のニュース・リリースの概要とそもそも問題となった“ARS”とはいかなる取引でどのようなリスクがあるのか等について改めて簡単に整理する。特に、リリースの最後に指摘しているとおり、2005年3月にSEC、米国四大会計事務所および米国財務会計基準審議会(FASB)がいずれも“ARS”は現金同等と扱うべきでないことを決定した警告をウェルズ・ファーゴは無視した点が最大の起訴事由といえる。
 また同様な監視強化の動きとしては、11月16日に証券監督者国際機構(IOSCO) (筆者注3)専門委員会は、市中協議文書「リテール投資家に対する販売時(Point of Sale)の販売時の開示に関する原則」を公表し、広く意見を求めている(コメント期限は2010年2月16日)。本文書は集団投資スキーム(CIS)について、情報開示に関する原則を提示するものでわが国の金融庁も概訳し取扱機関の関心を求めており、関連情報として追記する。
 なお、今回紹介する返還和解だけでなく証券詐欺行為に対し米連邦裁判所陪審が2008年8月17日、クレディ・スイス・グループの元ブローカーで、証券詐欺などの罪で起訴されたエリック・バトラー被告(37歳)にすべての起訴事実について有罪の評決を下すなど、米国の金融危機を背景とした証券取引詐欺訴訟は多くの事例を見るが、今回は省略する。


1.カリフォルニア州司法長官等の投資家に対する返還金和解のリリース内容
 以下のとおり仮訳した。その投資家保護の意義と法執行機関としての問題意識が表れていると感じた。
 
 カリフォルニア州司法長官エドモンド・G.ブラウン(Edmond G. Brown Jr.) は本日“誤解を招く投資アドバイス(misleading advice)”に基づくオークション・レート証券を購入した投資家、慈善団体、中小企業に対しウェルズ・ファーゴの子会社3社に対する14億ドルの画期的な和解について合意した。

「ウェルズ・ファーゴは、確固たる利益と流動性を約束してオークション・レート証券を購入するよう数千の投資家を勧誘したが、市場が崩壊した時、これら投資家はのけ者にされ置き去りにされた。誤解を招く助言に基づき投資家はこれらのリスクのある証券を購入したのである。今や、一般投資家や中小企業は最終的にこれらの資金を取り戻せる。」
 
 本日の和解に基づき、ウェルズ・ファーゴは全米の数千の小口顧客、慈善団体や全米の中小企業に対しいまや流動性のないARSをカリフォルニア州の投資家分の7億ドルを含む14億ドルを買い戻すことになる。同時にウェルズ・ファーゴはカリフォルニア司法長官府にかかる法律手続費用および将来にわたるモニタリング費用(筆者注4)も支払う。

 2008年2月、全米のARS市場は凍りつき、その投資家は自分が保有する証券の売却が不可となった。2009年前半に長官はカリフォルニア州の証券法した理由で、ウェルズ・ファーゴの子会社である「ウェルズ・ファーゴ投資、LLC(Wells Fargo Investments,LLC)(筆者注5)」、「ウェルズ・ファーゴ仲介業務サービス、LLC(Wells Fargo Brokerage Services,LLC)」および「ウェルズ・ファーゴ金融機関向け証券サービス、LLC(Wells Fargo Institutional Securities,LLC)(筆者注6)」を起訴した。(筆者注7)(筆者注8)司法長官の起訴はウェルズ・ファーゴが重要な事実を省略して、ARSについて繰り返し安全で流動性があり現金と同様の投資方法であるといった誤った説明を行い販売してきたことを理由とする。また、ウェルズ・ファーゴは販売代理店に対する適切な監督、教育を怠ったとともに不適切な投資の販売行為を行ったことも起訴事由に当たる。

 本起訴は、ウェルズ・ファーゴがARSのリスクや過去におけるオークションの失敗という産業界や社内の警告を明らかに無視した点を争うものである。
 2005年3月にSEC、米国四大会計事務所および米国財務会計基準審議会(FASB)がいずれも“ARS”は現金同等と扱うべきでないことを決定している。これらの警告にもかかわらず、ウェルズ・ファーゴは安全、流動性があり現金類似の投資対象として2008年の前半に全米のオークション市場が凍結するまで積極的に販売し続けていた。

 また、ウェルズ・ファーゴは“ARS”をマーケテイングや販売する際に“ARS”がどのような投資商品でオークション手続がどのように機能するかについて、そのリスクやオークションが失敗に終わったときの当然の結果について情報提供を行っていなかった。

2.“ARS” の商品スキームおよびリスク発生の経緯と具体的リスク
(1)わが国のオークション・レート証券(ARS)の定義
 わが国で“ARS”について正確に説明した資料を探してみた。2008年8月8日付けのロイター通信(日本語版)は次のように米国の現状を解説している。

「米連邦政府や州政府がオークション・レート証券(ARS)の販売をめぐり、大手金融機関の取り締まりを強化している。ARSは当初、安全で流動性の高い金融商品として販売されたが、世界的な信用収縮の影響で今年2月に市場がまひし、投資家が、保有するARSを売却できない状態となっている。

ARSの仕組みやこれまでの経緯は以下の通り。
・ARSは長期債の一種。1984年に初めて発行された。課税・非課税の双方がある。金利は短期市場金利に連動し、一定期間ごとに入札で見直す。入札は、7日、28日、35日ごとに行うケースが多い。
・発行体にとっては、短期金利で長期資金を調達できる利点がある。ARSの市場規模は3300億ドル。米国の州・市・公的機関による発行が、全体の半分を占める。残りは、クローズドエンド型ファンド、企業、教育ローン機関などが発行していた。
 ・ARSは、現金に近い性質を持つ流動性の高い金融商品として販売され、通常の預金よりも高い金利を求める個人投資家、富裕層、企業などが購入していた。
・今年に入るまで入札が不成立になるケースはほとんどなかったが、サブプライムローン(信用度の低い借り手向け住宅ローン)問題で業績の悪化した大手金融機関が、ARSの買い入れを中止したことで、今年2月以降、入札が成立しないケースが相次いだ。多くのARSには金融保証会社(モノライン)の保証が付いており、モノラインの経営悪化も、ARS市場の縮小に拍車をかけた。」
 ・トムソン・ロイターのデータによると、過去8年間ARSの引受額が多かった金融機関は、シティグループ、UBS、ゴールドマン・サックス、RBC、モルガン・スタンレーリーマン・ブラザーズLEH.N、JPモルガン、ワコビアWB.N、メリルリンチMER.N、バンク・オブ・アメリカなど。
 ・ARS市場の混乱で、ARSの金利は長期金利を上回る水準に跳ね上がった。投資家は保有するARSを換金できず、発行体は高金利の支払いを余儀なくされた。入札が不成立となったニューヨーク・ニュージャージー港湾公社のケースでは、20%の金利支払いを迫られた。(以下略す)」

 一方、わが国の“ARS”の解説例を見てみよう。2008年8月14日付けフジサンケイ・ビジネスの記事は次のとおり紹介している。

「ARSは、州や市といった自治体などが発行する長期債券の一種で、1984年に初めて発行されました。金利は短期市場に連動し、一定期間を過ぎると入札で金利を再び設定します。
 発行側としては、短期市場金利で長期資金を調達できるメリットがあります。発行体は自治体のほかにも、信用力の高い企業や教育ローン機関なども発行し、その市場規模は3000億ドル(約33兆円)にものぼります。発行体の信用力も高いことから、金融市場では「安全性が高い金融商品」として知られています。通常の預金よりも金利が高いため、個人投資家や企業などが購入していたようです。
 安全性が高いのに、米大手金融機関が買い戻しているのはなぜでしょうか。
 実は、金融機関側の販売方法に問題があったとされています。投資家に販売する際、損失のリスクがあるにもかかわらず、「換金性が高く、現預金と変わらない」などと説明したことを自治体などは問題視しているようです。
 もともと換金性が高かったためこうしたセールストークになっていたようですが、昨年夏に端を発したサブプライム(高金利型)住宅ローンの焦げ付き問題により、ARSの神話が徐々に崩れていきました。(以下略す)」

 以上のように、ARSは米国における金融破たんの影響の広がりと深さが多くの投資家を巻き込んだ事例の1つといえる。
 翻って、わが国の詐欺的証券アドバスに対する司法機関や金融監督機関の対応はどのようなものといえようか。ためしに金融庁のサイトから「オークション・レート証券」や「ARS」を検索してみた。結果は「ゼロ」であった。

(筆者注1)筆者自身、スタンフォード大学ロースクールの「クラス・アクション」専門解説サイト(正式名は“The Securities Class Action Clearinghouse”)を定期的に読んでいるが、この件は忙しさに紛れ読み飛ばしていた。改めて調べると、ARSをめぐる多くのクラス・アクションが提起されており、3月30日の裁判所命令の対象となった事件は2008年3月21日に申し立てられた証券法違反を理由(告訴状参照)とするものである。以降の裁判経緯や決定内容等がわかりやすく一覧になっている。

(筆者注2)、USBに対する複数クラス・アクションが統合されており、3月30日のニューヨーク連邦地方裁判所の判決はすべてを棄却することを承認するものである。なお、判決後20日以内に原告は再告訴できるのであるが、原告は5月6日に同裁判所に再告訴している。その詳細は同ロースクール・サイトでは確認できなかった。

(筆者注3) 1.証券監督者国際機構(International Organization of Securities Commissions :IOSCO、通常イオスコと呼ばれます)は、世界109の国・地域(2008年11月現在)の証券監督当局や証券取引所等から構成されている国際的な機関であり、以下の4つを目的としています。
•①公正・効率的・健全な市場を維持するため、高い水準の規制の促進を目的として協力すること。
•②国内市場の発展促進のため、各々の経験について情報交換すること。
•③国際的な証券取引についての基準及び効果的監視を確立するため、努力を結集すること。
•④基準の厳格な適用と違反に対する効果的執行によって市場の健全性を促進するため、相互に支援を行うこと。
金融庁サイトの説明から一部抜粋引用。なお、改めて注意しておくが“IOSCO”を、「通常イオスコ」と言うのはわが国だけである。海外では恥をかくので注意して欲しい。)

(筆者注4)「将来にわたるモニタリング費用」とはいかなるものか。これに類した表現を含む米国の類似の和解判決を読んでみた。正確な金額は不明であるが、おそらく和解内容の遵守状況を法執行機関として監視する諸費用であり、環境破壊裁判では汚染状態をなくす費用等が例示されている。

(筆者注5)米国における“LLC”とはいかなる経営組織をいうのであろうか。「有限責任会社」と言う訳語が一般的に使われているが、組合(partnership)や会社、法人(corporation)の違いは何か。
 現中央大学法科大学院教授の大杉謙一氏が2001年1月に発表した「米国におけるリミティッド・ライアビリティー・カンパニー(LLC)およびリミティッド・ライアビリティー・パートナーシップ(LLP)について」(日本銀行金融研究所/金融研究/2001.1)でわが国の旧有限会社等と比較しつつ正確にまとめられている(なお、2006年5月1日施行の会社法により有限会社法は廃止され、有限会社の新設は出来ない点に留意されたい)。一言で言うと「LLCはスモール・ビジネスを主として念頭においた組織形態であり、小規模会社に私法上というよりもむしろ税法上の恩典を与えることを主目的として導入された組織形態」とある。今回被告となったウェルズ・ファーゴの子会社はウェルズファーゴ経営実体の業務別担当部門そのものであることになり、今回の和解においてウェルズ・ファーゴ・グループ自体の責任を前面においたリリース等の意味がやっと理解できた。

(筆者注6) “Wells Fargo Institutional Securities,LLC”は正確にはウェルズ・ファーゴ証券の機関投資家担当の子会社のようである。

(筆者注7)起訴状(12頁)によると第一訴因(first cause)はカリフォルニア州法人法(California Corporations Code)25401条にもとづく証券詐欺(security fraud)、第二訴因は25216(a)条にもとづくブローカー・ディラーによる証券詐欺(security fraud by a broker-dealer)である。
25401. It is unlawful for any person to offer or sell a security in this state or buy or offer to buy a security in this state by means of any written or oral communication which includes an untrue statement of a material fact or omits to state a material fact necessary in order to make the statements made, in the light of the circumstances under which they were made, not misleading.

25216. (a) No broker-dealer or agent shall effect any transaction in, or induce or attempt to induce the purchase or sale of, any security in this state by means of any manipulative, deceptive or other fraudulent scheme, device, or contrivance. The commissioner shall, for the purposes of this subdivision, by rule define such schemes, devices or contrivances as are manipulative, deceptive, or otherwise fraudulent.

なお、カリフォルニア州の法律検索のイロハについては11月13 日の筆者ブログ 2.(2)を参照されたい。 

(筆者注8) わが国では“CALIFORNIA CORPORATIONS CODE”自体一般的でないので簡単に補足する。
「カリフォルニア州の法人の設立根拠法は、CALIFORNIA CORPORATIONS CODEで、各種法人や非法人組織の規定も整備されています。
 Title 1.CORPORATIONS(会社)
 Title 2.PARTNERSHIPS(組合)
 Title 2.5. LIMITED LIABILITY COMPANIES(有限責任会社)
 TITLE 3.UNINCORPORATED ASSOCIATIONS(法人化されていない組織)
 Title 4~ Title 5 省略
 カリフォルニアの会社設立は州当局(Secretary of State)への法人設立の届出(110条)を行い、届出から90日以内に受理され効力が発行します。設立の届出から90日以内に定款の内容の一定の情報(STATEMENT OF INFORMATION)について届出が義務付けられています(1502条)。
東京フィールド法律事務所のブログから引用)

〔参照URL〕
http://ag.ca.gov/newsalerts/release.php?id=1834&
http://ag.ca.gov/cms_attachments/press/pdfs/n1719_wellsfargoaffiliates.pdf
http://www.leginfo.ca.gov/cgi-bin/calawquery?codesection=corp&codebody=&hits=20

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